瀞霊廷、十番隊隊舎。
日番谷冬華が十番隊へ配属されてから、三年の月日が流れた。
「――はっ!」
――キィン!
訓練場に、鋭い金属音が響いた。
銀白色の髪を揺らしながら、冬華が二本の氷輪丸を振るう。
右手の刀で相手の斬撃を受け流し、左手の刀を素早く振り抜いた。
「うおっ!?」
相手の隊士が慌てて後退する。
しかし、冬華は逃さない。
――瞬歩。
一瞬で距離を詰め、右手の氷輪丸を相手の首元へ突きつけた。
「……そこまで、です!」
「……参った!」
隊士が両手を上げる。
冬華はにっこりと微笑み、二本の刀を下ろした。
「ありがとうございました!」
「いやあ、相変わらず強いな、日番谷!」
「えへへ……! ありがとうございます!」
冬華は嬉しそうに笑った。
三年前。
十番隊へ配属されたばかりの頃は、二本の刀を同時に扱うことさえ難しかった。
しかし、数え切れないほどの訓練と実戦を重ねた今では、二刀流もすっかり様になっている。
もっとも。
(……まだまだ、ですね)
冬華は二本の氷輪丸を見つめた。
右手に、自分自身の氷輪丸。
左手に、草冠宗次郎から託された氷輪丸。
どちらも大切な斬魄刀だ。
だからこそ、もっと上手に扱えるようになりたい。
(……二本とも、もっと自由に動かせたらいいんですけど)
そんなことを考えていると。
「おやおや。こりゃまた、珍しいものを見つけちゃったねえ」
「……?」
聞き慣れない声がした。
冬華が振り返ると、訓練場の入口に一人の男性が立っていた。
笠を被り、花柄の羽織を纏った男。
どこか気の抜けた笑みを浮かべている。
しかし、その姿を見た周囲の隊士たちは、一斉に姿勢を正した。
「きょ、京楽隊長!?」
「やあやあ。そんなに畏まらなくてもいいよ」
男はひらひらと手を振った。
護廷十三隊、八番隊隊長。
京楽春水。
冬華は目を丸くした。
(……京楽春水さん!?)
もちろん、知っている。
前世で読んだ『BLEACH』でも、非常に印象に残っている人物だ。
そして何より。
(……二刀流の達人!)
冬華の翡翠色の瞳が、ぱっと輝いた。
◇◆◇
「いやあ、一心君に用があって来たんだけどねえ」
京楽はのんびりとした口調で言った。
「通りかかったら、ずいぶん面白い稽古をしてるじゃないか」
「……あっ!」
冬華は慌てて背筋を伸ばした。
「日番谷冬華です! よろしくお願いします!」
「うんうん。よろしくねえ、日番谷ちゃん」
京楽はにこやかに頷いた。
そして、冬華の背中へ視線を向ける。
「それにしても、斬魄刀を二本持ってるとはねえ」
「……はい!」
「噂には聞いてたけど、実際に見ると不思議なもんだ」
京楽は興味深そうに目を細めた。
「ちょっと、さっきの動きを見せてもらってもいいかな?」
「……えっ?」
「二刀流の稽古さ。せっかくだし、もう少し見てみたいんだよ」
「は、はい!」
冬華は元気よく頷いた。
そして、再び二本の氷輪丸を抜く。
「……それでは!」
右手の刀を振る。
続いて、左手。
さらに右から斬り込み、左で追撃する。
――ヒュッ! ヒュッ!
鋭い風切り音が連続した。
以前とは比べものにならないほど滑らかな動き。
だが。
「……ふうん」
京楽は顎に手を当てた。
「なるほどねえ」
「……どうでしょうか?」
冬華が期待に満ちた目を向ける。
京楽は少し考えてから、口を開いた。
「うん。上手だよ。三年でそこまで扱えるようになったんなら、大したもんだ」
「……えへへ!」
「ただねえ」
「……はい?」
「ちょっと、真面目すぎるかな」
「……真面目?」
冬華は首を傾げた。
「君、右で斬ったら左でも斬ろうとしてるだろう?」
「……あっ」
言われてみれば、その通りだった。
二本の刀を持っているのだから、両方を使わなければ。
そんな意識が、どこかにあったのかもしれない。
京楽は笑った。
「二本あるからって、両方で斬らなきゃいけないわけじゃないんだよ」
「…………」
「片方で受けて、もう片方で斬る。片方を囮にして、もう片方を本命にする」
京楽は腰の二本の斬魄刀へ手を添えた。
「時には片方だけ使ってもいいし、相手に使わせると思わせるだけでもいい」
「……なるほど」
「二本あるってのは、それだけ選べることが多いってことさ」
冬華は、じっと自分の刀を見つめた。
(……選べることが、多い)
これまでは、二本の刀をどう動かすかばかり考えていた。
しかし。
(……どう動かさないか、ということも大切なんですね)
冬華は顔を上げた。
「……京楽隊長!」
「ん?」
「もしよろしければ、少しだけ稽古をつけていただけませんか!?」
「……おや?」
京楽が目を瞬かせる。
そして、楽しそうに笑った。
「ははっ! こりゃまた、積極的なお嬢さんだ」
「……だ、駄目でしょうか?」
「いやいや。構わないよ」
「……!」
「ただし、お手柔らかに頼むよ?」
「はい!」
冬華は嬉しそうに頷いた。
◇◆◇
訓練場の中央。
冬華と京楽が向かい合っていた。
周囲には、いつの間にか十番隊の隊士たちが集まっている。
「おい、京楽隊長が稽古をつけるらしいぞ!」
「相手は日番谷か!?」
「すげえな……!」
ざわめきが広がる。
冬華は二本の氷輪丸を構えた。
対する京楽も、二本の斬魄刀を抜いている。
もちろん、互いに始解はしない。
純粋な斬術と歩法による稽古だ。
「さてさて」
京楽は肩の力を抜いた。
「いつでもどうぞ」
「……はい!」
冬華は地面を蹴った。
――瞬歩。
一瞬で京楽の懐へ踏み込む。
右手の氷輪丸を振り下ろした。
――キィン!
「おっと」
京楽が片方の刀で受け流す。
冬華は即座に左手の氷輪丸を横薙ぎに振るった。
しかし。
――キンッ!
もう一本の刀に、あっさりと止められた。
「……っ!」
「うんうん。いい速さだねえ」
京楽は涼しい顔をしていた。
(……全然、動じていません!)
冬華は素早く後退する。
そして、再び瞬歩。
今度は側面へ回り込んだ。
「……はっ!」
右。
左。
連続する斬撃。
しかし、京楽は必要最小限の動きで受け流していく。
――キィン! キンッ!
「……っ!」
冬華の額に、うっすらと汗が浮かんだ。
(……すごい)
速い。
いや、それだけではない。
京楽の刀は、まるで冬華がどこを狙うのか最初から分かっているかのように動く。
しかも、二本の刀が互いの動きを邪魔しない。
(……これが、隊長の二刀流……!)
その時。
「日番谷ちゃん」
「……はいっ!」
「ちょっと、肩に力が入りすぎじゃないかな?」
――ヒュッ!
「……わっ!?」
京楽の右の刀が、冬華の左肩へ向かって伸びた。
冬華は咄嗟に左の氷輪丸で受ける。
しかし、次の瞬間。
京楽のもう一本の刀が、冬華の脇腹へ迫っていた。
「……っ!」
――瞬歩!
冬華は慌てて距離を取った。
あと少し遅ければ、完全に一本取られていただろう。
「……危なかったです!」
「ははっ。今のはよく避けたねえ」
京楽は楽しそうに笑った。
「でも、分かっただろう?」
「……はい」
「二本の刀は、いつも同じように動かす必要なんてないんだよ」
冬華は静かに頷いた。
そして、二本の氷輪丸を構え直す。
(……同じように、動かす必要はない)
右手。
左手。
それぞれに役割を持たせる。
けれど、その役割を固定する必要もない。
(……なら!)
冬華は再び踏み込んだ。
右手の氷輪丸を大きく振り上げる。
京楽がそれを迎え撃とうとした。
しかし。
冬華は、右の刀を振り下ろさなかった。
「……おや?」
代わりに、左手の氷輪丸を低い位置から突き出す。
――ヒュッ!
「おっとっと!」
京楽がわずかに身体をひねった。
その隙を狙い、冬華は右手の刀を振り抜く。
だが。
――キィン!
京楽の刀が、冬華の斬撃を受け止めた。
続いて、もう一本の刀が冬華の首元でぴたりと止まる。
「……!」
「はい、そこまで」
京楽がにっこりと笑った。
冬華は目を丸くする。
そして。
「……参りました!」
素直に頭を下げた。
◇◆◇
「いやあ、驚いたねえ」
京楽は刀を鞘へ収めた。
「たった一度の助言で、あんな動きができるとは」
「……えへへ!」
冬華は嬉しそうに笑った。
「京楽隊長の教え方が、とても分かりやすかったので!」
「ははっ。そう言ってもらえると嬉しいねえ」
京楽は楽しそうに頷いた。
「でも、まだまだ伸びるよ、君は」
「……本当ですか!?」
「もちろん。二刀流ってのは、なかなか奥が深いからねえ」
冬華の瞳が輝く。
「……もっと練習します!」
「うんうん。その意気だ」
その時。
「おーい! 何やってんだ、お前ら!」
訓練場に豪快な声が響いた。
「あっ、隊長さん!」
冬華が振り返る。
そこには、志波一心と松本乱菊が立っていた。
「京楽さん! うちの隊士相手に何してんだよ!」
「いやあ、一心君。ちょっと面白い子を見つけちゃってねえ」
「面白い子?」
「うん。なかなか筋のいい二刀流使いだよ」
一心は冬華を見た。
「……お前、京楽さんに稽古つけてもらってたのか?」
「はい!」
「がはははっ! そりゃ贅沢な話だ!」
乱菊も嬉しそうに近づいてきた。
「冬華ちゃん! よかったじゃない!」
「はい! すごく勉強になりました!」
「ふふっ! 頑張ったわねえ!」
乱菊が冬華の頭を撫でる。
「……えへへ!」
冬華は嬉しそうに笑った。
そんな二人を眺めながら、京楽が口を開く。
「それにしても、一心君」
「あん?」
「君のところには、ずいぶん面白い子がいるんだねえ」
「おう! 自慢の隊士だぜ!」
一心は胸を張った。
「まだまだ伸び盛りだけどな!」
「ははっ。そりゃ将来が楽しみだ」
京楽は冬華へ視線を向ける。
「日番谷ちゃん。また機会があったら稽古しようか」
「……本当ですか!?」
「もちろん」
「ありがとうございます!」
冬華は深々と頭を下げた。
京楽は満足そうに笑った。
「いやあ、素直ないい子だねえ」
「そうだろ?」
一心が得意げに頷く。
「ただし、仕事には厳しいけどな!」
「……隊長さん?」
「……おっと」
冬華がにっこりと微笑む。
「今日の書類は、もう終わったんですか?」
「…………」
一心の笑顔が固まった。
京楽が吹き出す。
「はははっ! こりゃ一本取られたねえ!」
「笑い事じゃねえよ、京楽さん!」
「隊長さん! お仕事してください!」
十番隊の訓練場に、賑やかな笑い声が響いた。
◇◆◇
それから数日後。
「日番谷! ちょっと来い!」
「……はい?」
隊長室に呼ばれた冬華は、不思議そうに首を傾げた。
部屋へ入ると、一心と乱菊が待っていた。
「隊長さん、松本さん。どうしたんですか?」
「おう。まあ、そこに座れ!」
「……?」
冬華は言われた通りに腰を下ろした。
一心は机の上の書類を手に取る。
「日番谷。お前が十番隊に入って、もう三年になるな」
「……はい!」
「現世任務もずいぶんこなした。虚の討伐実績も申し分ねえ」
「ありがとうございます!」
「それに、後輩の面倒もよく見てるし、仕事も真面目だ」
乱菊が嬉しそうに微笑む。
「そうなのよねえ。冬華ちゃんがいると、本当に助かるのよ!」
「……えへへ!」
冬華は少し照れた。
すると、一心がにやりと笑った。
「そこでだ」
「……はい?」
「お前を、十番隊第三席に任命することになった!」
「…………」
冬華は、ぱちぱちと瞬きをした。
「……え?」
「第三席だ!」
「…………」
「……日番谷?」
「……ええええっ!?」
冬華の声が隊長室に響いた。
「わ、私がですか!?」
「おう!」
「さ、三席って……あの、第三席ですよね!?」
「他にどんな第三席があるんだよ!」
一心が豪快に笑う。
「これまでの実績を踏まえて推薦したんだ。正式な手続きも済んでる」
「…………」
冬華は呆然とした。
三年前。
十番隊へ配属されたばかりの頃は、右も左も分からなかった。
それが今では。
(……私が、第三席……)
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
「……ありがとうございます!」
冬華は深々と頭を下げた。
「これからも、一生懸命頑張ります!」
「おう! 期待してるぜ!」
その瞬間。
「冬華ちゃーーん!!」
「……わっ!?」
乱菊が勢いよく抱きついてきた。
「おめでとうーー!!」
「ま、松本さん!?」
「もう! 本当に立派になっちゃって!」
「く、苦しいですぅ……!」
冬華は乱菊の胸元に埋もれながら、じたばたと手を動かした。
一心は腹を抱えて笑っている。
「がはははっ! よかったな、日番谷!」
「た、隊長さん! 笑ってないで助けてください!」
「いやあ、めでたいめでたい!」
「隊長さーん!!」
しばらくして、ようやく解放された冬華は、頬を膨らませた。
「……もう!」
「ふふっ! ごめんね、冬華ちゃん!」
乱菊はまったく悪びれずに笑っている。
すると、一心がぽんと手を叩いた。
「よし! これで書類仕事ももっと任せられるな!」
「……えっ?」
「第三席だからな! 隊の仕事もどんどん覚えてもらわねえと!」
冬華は、じっと一心を見つめた。
「……隊長さん」
「ん?」
「もしかして、私に書類仕事を押しつけるために昇進させたんじゃ……」
「……んなわけねえだろ!」
「本当ですか?」
「本当だって!」
その隣で、乱菊がそっと視線を逸らした。
「……松本さん?」
「……てへっ!」
「てへっ、じゃありません!」
一心の豪快な笑い声が響く。
こうして、日番谷冬華は十番隊第三席となった。
◇◆◇
その日の夕方。
十番隊の訓練場。
「……ふう」
冬華は二本の氷輪丸を抜いた。
京楽から教わったことを思い出す。
二本あるからこそ、選べることが増える。
必ずしも、両方を同じように使う必要はない。
「……よし!」
冬華は右手の刀を振るった。
続けて左手。
しかし、今度は途中で動きを変える。
右手の刀を囮にし、左手で斬る。
左手で受け、右手で突く。
片方だけを動かし、もう片方は次の一手に備える。
――ヒュッ! ヒュッ!
刀が風を切る。
以前よりも、ずっと自由に動かせる気がした。
「……ふふっ!」
冬華は嬉しそうに微笑んだ。
(……やっぱり、二刀流って面白いですね!)
そして、二本の氷輪丸を見つめる。
通常状態での二刀流は、かなり上達した。
けれど。
(……まだ、二本同時の始解はできていません)
氷輪丸。
同じ名を持つ、二本の斬魄刀。
それぞれを始解することはできても、同時に力を引き出そうとすると、霊圧の制御が難しくなる。
さらに、不完全な卍解にも課題が残っていた。
(……もっと、強くならないと)
冬華は静かに息を吐いた。
藍染惣右介。
いずれ訪れる、あの男との戦い。
その時までに、できる限りの力を身につけておきたい。
けれど、焦ってはいけない。
今日、京楽から教わったことも、積み重ねてきた三年間があったからこそ理解できたのだ。
「……一歩ずつ、ですね!」
冬華はにっこりと微笑んだ。
そして、二本の氷輪丸を構える。
「……さて!」
翡翠色の瞳が、夕日に輝いた。
「もう少しだけ、頑張りましょうか!」
――ヒュッ!
再び、二本の刀が風を切る。
十番隊第三席、日番谷冬華。
少女の成長は、まだまだ続いていく。
――第11話「二刀流の師匠」・完。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
引き続きよろしくお願いします!