瀞霊廷、十番隊隊舎。
日番谷冬華が第三席に昇進してから、数週間が経過した。
「――霜天に坐せ、氷輪丸!」
――ゴオオオッ!
訓練場に、冷たい風が吹き荒れた。
銀白色の髪を揺らしながら、冬華が二本の氷輪丸を構える。
右手には、自分自身の氷輪丸。
左手には、草冠宗次郎から託された氷輪丸。
二本の刀身から、凄まじい冷気が噴き出した。
「……っ!」
冬華は両手に霊圧を集中させる。
一本ずつなら、問題なく始解できる。
しかし、二本同時となると話は別だった。
――バキンッ!
「……あっ!?」
右手の氷輪丸から伸びた氷が砕け散った。
続いて、左手の氷輪丸から放たれていた冷気も消えてしまう。
「……むぅ」
冬華は頬を膨らませた。
「また失敗です……」
これで何度目だろう。
二本同時の始解。
十番隊へ配属されて以来、何度も挑戦してきた課題だった。
通常状態での二刀流は、かなり上達した。
京楽春水から指導を受けたことで、二本の刀をより自由に扱えるようにもなっている。
しかし。
(……やっぱり、始解は難しいですね)
冬華は二本の氷輪丸を見つめた。
どちらも同じ名を持つ斬魄刀。
けれど、それぞれが独立した刀だ。
二本へ同時に霊圧を流し込もうとすると、どうしても制御が乱れてしまう。
「……うーん」
冬華は首を傾げた。
そして、ふと思い出す。
『二本あるからって、両方で斬らなきゃいけないわけじゃないんだよ』
「……あっ」
京楽の言葉だった。
冬華は、ぱちぱちと瞬きをした。
(……そういえば)
これまで、二本の氷輪丸へ同じように霊圧を流そうとしていた。
右手にも、左手にも。
同じ量を、同じタイミングで。
けれど。
(……別に、同じようにする必要はありませんよね?)
冬華の翡翠色の瞳が輝いた。
「……よし!」
もう一度、二本の氷輪丸を構える。
今度は、やり方を変えてみることにした。
◇◆◇
「……まずは、右手から」
冬華は静かに息を吐いた。
右手の氷輪丸へ、ゆっくりと霊圧を流す。
「霜天に坐せ、氷輪丸!」
――ゴオオッ!
刀身から冷気が噴き出した。
氷雪が渦を巻き、巨大な氷の竜が姿を現す。
「……うん!」
ここまでは、いつも通り。
冬華は右手の氷輪丸を構えたまま、左手へ意識を向ける。
(……右手の霊圧を維持しながら)
左手にも、少しずつ霊圧を流し込む。
最初から同じ量を流す必要はない。
まずは、右手の始解を安定させる。
そのうえで、左手の氷輪丸の力を引き出す。
「……霜天に坐せ、氷輪丸!」
――ゴオオオッ!
「……っ!」
左手の氷輪丸からも、冷気が噴き出した。
空気中の水分が凍りつき、白い霧が広がる。
そして。
――ゴオオオオッ!!
二頭目の氷竜が、ゆっくりと姿を現した。
「…………!」
冬華は目を見開いた。
右手の氷輪丸から生まれた氷竜。
左手の氷輪丸から生まれた氷竜。
二頭の巨大な氷竜が、訓練場の上空に浮かんでいる。
「……で、できました!」
冬華の顔がぱっと輝いた。
「二本同時の始解、成功です!」
思わず飛び跳ねそうになる。
しかし。
――ピシッ!
「……あっ!?」
片方の氷竜に亀裂が走った。
冬華は慌てて霊圧を調整する。
「わわっ! 駄目です、駄目です!」
右手の氷竜を維持しながら、左手の氷竜にも霊圧を送る。
すると、今度は右手の氷竜が揺らいだ。
「……むむむ!」
冬華は必死に集中した。
しばらくして。
「……ふう!」
ようやく二頭の氷竜が安定した。
冬華は額の汗を拭う。
(……なるほど)
二本同時の始解そのものは成功した。
けれど、維持するだけでも相当な集中力が必要だ。
(……これを動かすとなると、もっと難しそうですね)
冬華は上空の氷竜を見上げた。
そして。
「……でも!」
にっこりと微笑む。
「せっかく成功したんですから、頑張りましょう!」
◇◆◇
それから、しばらくして。
「……右!」
――ゴオッ!
一頭の氷竜が、訓練場の上空を旋回した。
「……左!」
――ゴオオッ!
もう一頭の氷竜が、反対方向へ動く。
「……よし!」
冬華は嬉しそうに頷いた。
しかし、二頭を同時に動かそうとした瞬間。
――ガキンッ!
「……あっ!」
二頭の氷竜がぶつかってしまった。
氷の破片が、ぱらぱらと地面へ落ちる。
「……うぅ」
冬華は肩を落とした。
「難しいです……」
二頭の氷竜を生み出すことはできた。
一頭ずつなら、自由に動かせる。
しかし、同時に別々の動きをさせようとすると、途端に制御が難しくなる。
(……頭の中が、こんがらがってしまいます)
右の氷竜を前へ。
左の氷竜を後ろへ。
そんな単純な動きでさえ、思うようにいかない。
「……うーん」
冬華は考え込んだ。
そして、再び京楽との稽古を思い出す。
『二本あるってのは、それだけ選べることが多いってことさ』
「……選べること」
冬華は、二頭の氷竜を見上げた。
(……そうですよね)
二頭いるからといって、必ず同時に動かす必要はない。
片方を動かし、もう片方は待機させる。
必要になった時だけ、役割を切り替える。
(……二刀流と、同じです!)
冬華は微笑んだ。
「……それなら!」
右手の氷輪丸を振る。
――ゴオッ!
一頭の氷竜が、勢いよく前方へ飛び出した。
左手の氷竜は、その場で待機。
「……次!」
今度は左手の氷輪丸を動かす。
――ゴオオッ!
二頭目の氷竜が、上空へ舞い上がった。
右手の氷竜は、ゆっくりと旋回する。
「……ふふっ!」
冬華は嬉しそうに笑った。
(……できています!)
完全に同時操作できているわけではない。
けれど、二頭を別々に動かせるようになってきた。
ならば。
「……もう少し!」
冬華は両手の氷輪丸を構え直した。
右手の氷竜を前方へ。
左手の氷竜を上空へ。
それぞれ異なる方向へ動かす。
――ゴオオオッ!!
二頭の氷竜が、訓練場の上空を駆け抜けた。
「……やった!」
冬華の声が弾む。
二頭の氷竜が、それぞれ別の軌道を描いている。
右の氷竜が大きく旋回し、左の氷竜がその内側を通り抜けた。
――ゴオオオオッ!
冷たい風が吹き荒れる。
銀白色の髪が、ふわりと舞い上がった。
「……ふふっ!」
冬華は満面の笑みを浮かべた。
「双竜操作、成功です!」
◇◆◇
「……おいおい」
その時だった。
「何だ、こりゃあ!?」
「……あっ!」
聞き慣れた声に、冬華が振り返る。
訓練場の入口に、志波一心と松本乱菊が立っていた。
二人とも、上空を飛ぶ氷竜を見上げている。
「隊長さん! 松本さん!」
冬華は嬉しそうに手を振った。
「見てください!」
右手の氷輪丸を動かす。
――ゴオッ!
一頭の氷竜が旋回した。
続いて、左手。
――ゴオオッ!
もう一頭が、反対方向へ飛んでいく。
「……おおっ!?」
一心が目を丸くした。
「お前、二本同時に始解できるようになったのか!?」
「はい!」
冬華は元気よく頷いた。
「今日、初めて成功したんです!」
「すげえじゃねえか!」
一心が豪快に笑った。
「がはははっ! まさか氷輪丸の竜が二頭も飛ぶとはな!」
乱菊も目を輝かせる。
「冬華ちゃん! すごいじゃない!」
「……えへへ!」
冬華は嬉しそうに笑った。
「まだ練習中ですけど、少しずつ動かせるようになってきました!」
「もう! 本当に頑張り屋さんなんだから!」
乱菊が冬華へ駆け寄ろうとする。
しかし。
「……っと、待て待て」
一心が片手を上げた。
「日番谷。ちょっといいか?」
「……はい?」
「その二頭、どれくらい維持できる?」
「……えっと」
冬華は首を傾げた。
「まだ、そんなに長くは……」
「だろうな」
一心は上空の氷竜を見上げた。
「霊圧の消費が、かなり激しいぞ」
「……あっ」
言われてみれば、確かにそうだった。
二本の氷輪丸へ霊圧を流し続けているため、一本だけの始解とは比べものにならないほど消耗している。
しかも、二頭を別々に動かすには、常に細かな制御が必要だった。
「……そうですね」
冬華は素直に頷いた。
「まだまだ、改善しないといけません」
「おう!」
一心は満足そうに笑った。
「でも、今日のところは十分だろ!」
「……え?」
「新しいことができるようになったんだ。無理してぶっ倒れる必要はねえ!」
冬華は少し考えた。
そして。
「……はい!」
にっこりと微笑んだ。
「今日は、ここまでにします!」
冬華は二本の氷輪丸を下ろした。
すると、上空の氷竜がゆっくりと崩れ、無数の氷の粒となって消えていく。
冷たい風が収まった。
「……ふう」
冬華は大きく息を吐いた。
さすがに、少し疲れた。
けれど。
(……できました)
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
ずっと挑戦してきた二本同時の始解。
それが、ようやく形になったのだ。
「冬華ちゃーん!」
「……わっ!?」
次の瞬間。
乱菊が勢いよく抱きついてきた。
「おめでとうーー!」
「ま、松本さん!?」
「もう! また一つ成長しちゃったわねえ!」
「く、苦しいですぅ……!」
冬華は乱菊の腕の中で、じたばたと手を動かした。
一心が腹を抱えて笑う。
「がはははっ! よかったな、日番谷!」
「た、隊長さん! 助けてください!」
「いやあ、めでたいめでたい!」
「隊長さーん!!」
十番隊の訓練場に、賑やかな声が響いた。
◇◆◇
その日の夕方。
冬華は隊舎の縁側に座っていた。
「……ふう」
夕日に染まる空を見上げる。
今日、二本同時の始解に成功した。
二頭の氷竜も、まだぎこちないながら別々に動かせるようになった。
(……京楽隊長のおかげですね)
あの時、二刀流の考え方を教わっていなければ、もっと時間がかかっていたかもしれない。
冬華は嬉しそうに微笑んだ。
「……ふふっ!」
けれど。
これで終わりではない。
二頭の氷竜を自在に操るには、まだまだ訓練が必要だ。
霊圧の消費も大きい。
そして、何より。
(……次は、卍解ですね)
冬華は、そっと背中の氷輪丸へ視線を向けた。
大紅蓮氷輪丸。
かつて、草冠を守ろうとして発動した力。
あの時は、制御することさえできなかった。
今でも、長時間の維持は難しい。
けれど。
(……今なら、もう少し上手に扱えるかもしれません)
三年間、斬術と瞬歩を鍛えてきた。
霊圧制御も、以前よりずっと上達した。
そして今日、二本同時の始解にも成功した。
少しずつ。
確実に。
自分は強くなっている。
「……よし!」
冬華は小さく拳を握った。
「明日からは、卍解の修行も頑張りましょう!」
その時。
「冬華ちゃーん! ご飯よー!」
「……あっ!」
隊舎の中から、乱菊の声が響いた。
「はーい! 今行きます!」
冬華は元気よく返事をした。
そして、立ち上がる。
「……ふふっ!」
銀白色の髪を揺らしながら、少女は楽しそうに笑った。
まだまだ、強くなれる。
そう思うだけで、明日が楽しみだった。
十番隊第三席、日番谷冬華。
二本の氷輪丸を操る少女は、新たな力を手に入れた。
そして、その先には。
さらなる高みが待っている。
――第12話「双竜」・完。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
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