瀞霊廷、十番隊隊舎。
日番谷冬華が二本同時の始解に成功してから、三年の月日が流れた。
その間も、冬華は修行を欠かさなかった。
二刀流の練度を高め、斬術と瞬歩を磨き、幼い頃から続けてきた霊圧制御にも取り組んできた。
そして、何より力を注いでいたのが――卍解だった。
「……よし!」
訓練場の中央で、冬華は小さく気合を入れた。
背中には二本の氷輪丸。
そのうち一本、自分自身の氷輪丸を抜き放つ。
「……ふう」
ゆっくりと息を吐き、刀身へ霊圧を集中させる。
今の目標は、始解ではない。
かつて、草冠宗次郎を守ろうとして発動した力。
あれ以来、幾度となく修行を重ねてきた。
発動も維持も、以前とは比べものにならないほど安定している。
それでも、未だ完全には使いこなせていなかった。
氷雪系最強の斬魄刀、その真の力。
「――卍解!」
――ゴオオオオッ!!
凄まじい冷気が、冬華を中心に吹き荒れた。
「大紅蓮氷輪丸!」
――バキバキバキッ!!
氷が形成される音が響く。
冬華の背中から、巨大な氷の翼が広がった。
さらに、長い氷の尾。
手足にも氷が纏わりつき、背後には氷華が浮かび上がる。
「……っ!」
冬華は翡翠色の瞳を細めた。
(……発動は、問題ありませんね)
卍解の維持にも、以前ほど苦労はしなくなった。
しかし、力を大きく動かそうとすると、途端に霊圧の消耗が増してしまう。
(……まだ、無駄が多いですね)
冬華は自分の翼を見つめた。
卍解の力は強大だ。
始解とは比べものにならないほどの氷雪を操ることができる。
だが、強大な力を持つことと、それを自在に扱うことは別だった。
「……もう少し、霊圧の流れを……」
冬華が集中を深めた、その時だった。
「おーい! 日番谷!」
「……あっ!」
聞き慣れた声が響いた。
訓練場の入口に立っていたのは、十番隊隊長の志波一心だった。
「隊長さん!」
「おう! 今日も修行か!」
「はい!」
冬華は嬉しそうに頷いた。
「今日は卍解の修行をしているんです!」
「見りゃ分かるっての!」
一心は豪快に笑った。
そして、冬華の姿をじっと見つめる。
「……ふむ」
「……?」
「前に見た時より、随分と安定してるじゃねえか」
「本当ですか!?」
「おう。だが、まだ霊圧の使い方が荒いな」
「……うっ」
冬華は思わず肩を落とした。
「やっぱり、分かりますか……」
「そりゃあな!」
一心はにやりと笑った。
「よし! ちょうどいい!」
「……はい?」
「日番谷! 俺と一戦やってみねえか?」
「……えっ!?」
冬華は目を丸くした。
◇◆◇
「隊長さんと、模擬戦ですか?」
「おう!」
一心は楽しそうに頷いた。
「卍解ってのは、ただ発動できりゃいいってもんじゃねえ。実際に戦いながら使ってみるのが一番だ!」
「……なるほど!」
冬華の瞳が輝いた。
これまでも卍解を使った戦闘訓練は重ねてきた。
だが、隊長格を相手に全力で戦う機会はなかった。
「ぜひ、お願いします!」
「がはははっ! いい返事だ!」
一心は腰の斬魄刀を抜いた。
しかし、始解する様子はない。
「俺はこのままでいくぜ!」
「……始解しないんですか?」
「おう! まずは今のお前の実力を見てやる!」
「……分かりました!」
冬華は氷輪丸を構え直した。
相手は護廷十三隊の隊長。
始解していないからといって、油断できる相手ではない。
(……全力でいきましょう!)
一心は肩に斬魄刀を担ぎ、にやりと笑った。
「いつでも来い!」
「……はい!」
冬華は地面を蹴った。
――ヒュンッ!
瞬歩。
一瞬で間合いを詰め、氷輪丸を振り下ろす。
「――はあっ!」
――キィン!
一心が斬魄刀で受け止めた。
「おっ! いい踏み込みだ!」
「まだです!」
冬華は翼を広げる。
――ゴオッ!
氷の翼が空気を切り裂き、身体が一気に上昇した。
そのまま上空で体勢を整える。
「……それなら!」
氷輪丸を振るった。
――ゴオオオッ!!
巨大な氷塊が形成され、一心へ向かって降り注ぐ。
「おおっ!?」
一心が地面を蹴った。
――ドドドドッ!!
氷塊が訓練場へ突き刺さり、白い霧が舞い上がる。
しかし。
「そんなもんじゃ、当たらねえぞ!」
「……っ!」
霧の向こうから、一心が飛び出してきた。
瞬歩。
冬華が反応した時には、すでに目の前まで迫っている。
――キィン!!
「……くっ!」
冬華は氷輪丸で斬撃を受け止めた。
しかし、衝撃で身体が後方へ押し飛ばされる。
「……わわっ!」
翼を広げ、空中で姿勢を立て直した。
「がはははっ! どうした、日番谷!」
「……まだまだです!」
冬華は再び氷輪丸を構えた。
◇◆◇
それから、しばらくして。
「――はあっ!」
――キィン!
「……っ!」
――ガキンッ!
訓練場に、何度も金属音が響いた。
冬華は卍解の力を利用し、空中から連続攻撃を仕掛ける。
氷雪で一心の進路を塞ぎ、瞬歩で側面へ回り込む。
さらに、翼を使って高度を変えながら斬撃を繰り出した。
しかし。
「甘い!」
「……わっ!?」
一心が冬華の斬撃を弾いた。
続けて、鋭い踏み込み。
――ドンッ!
「……っ!」
一心の蹴りが、冬華の腹部を捉えた。
しかし。
――バキバキバキッ!!
「……お?」
一心が眉を上げた。
冬華の身体を覆っていた霊圧が、幾重にも砕け散ったのだ。
冬華は後方へ吹き飛ばされながらも、氷の翼を広げて体勢を立て直した。
「……ふう!」
「……今のは何だ?」
「えへへ……!」
冬華は少し得意げに微笑んだ。
「昔から練習していた、霊圧の膜です!」
「霊圧の膜?」
「はい!」
冬華は自分の腕へ視線を向けた。
「薄い霊圧の膜を、何層も重ねているんです!」
「……ほう」
「今は最大で六十層まで重ねられるようになりました!」
「六十層!?」
一心は目を丸くした。
「お前、そんなことまでやってたのか!」
「えへへ……!」
冬華は嬉しそうに笑った。
「小さい頃から、ずっと練習していましたから!」
「がはははっ! とんでもねえ努力家だな!」
一心は豪快に笑った。
「だが、今ので結構壊れただろ?」
「……はい」
冬華は素直に頷いた。
全身を覆っていた霊圧の膜。
そのうち、腹部を守っていた部分は大きく損傷している。
(……やっぱり、隊長さんの攻撃は重いですね)
冬華は静かに霊圧を整えた。
壊れた膜を、少しずつ再形成する。
しかし、その間にも霊圧は消費されていく。
(……無駄遣いはできません)
冬華は氷輪丸を構え直した。
◇◆◇
「おい、日番谷!」
「……はい!」
一心が声をかけた。
「お前、ちょっと力を使いすぎだぞ!」
「……え?」
「卍解の力が強いのは分かる! だがな、何でもかんでも全力で動かす必要はねえんだ!」
「……!」
冬華は目を見開いた。
「翼を動かす時も、氷を作る時も、全部に霊圧を注ぎ込みすぎだ!」
「……なるほど」
冬華は自分の翼を見つめた。
(……確かに)
卍解を維持するための霊圧制御は、三年間で随分と上達した。
それでも、戦闘中は攻撃と移動に意識を取られ、必要以上の霊圧を使ってしまっていた。
(……必要なところに、必要なだけ)
冬華の翡翠色の瞳が輝いた。
「……そういうことですね!」
冬華は小さく微笑んだ。
◇◆◇
「……よし!」
冬華は静かに息を吐いた。
全身に巡らせていた霊圧を、少しずつ調整する。
翼を維持するための霊圧。
氷の尾を形成するための霊圧。
そして、氷輪丸から氷雪を放つための霊圧。
それぞれの流れを意識する。
(……翼は、必要な時だけ強く動かす)
常に全力で羽ばたく必要はない。
(……氷雪も、必要な分だけ)
大量に生み出せばいいというものではない。
さらに、身体を覆う霊圧の膜も調整する。
(……防御も、同じですね)
全身を均等に守るだけでなく、攻撃を受ける瞬間には必要な場所へ霊圧を集中させる。
冬華は、ゆっくりと霊圧を整えていった。
すると。
「……あっ」
背中の翼が、安定した。
先ほどまで感じていた激しい消耗も、少しだけ和らいでいる。
「……ふふっ!」
冬華は嬉しそうに笑った。
「できました!」
「おっ?」
一心が眉を上げた。
「……なるほどな!」
にやりと笑う。
「いいじゃねえか!」
「ありがとうございます!」
「だが、まだ終わってねえぞ!」
「……はい!」
冬華は氷輪丸を構えた。
「もう一度、お願いします!」
「おう! 来い!」
――ヒュンッ!
冬華が瞬歩で飛び出した。
先ほどまでとは違う。
翼を無駄に動かさず、必要な瞬間だけ霊圧を集中させる。
――キィン!
一心の斬魄刀と氷輪丸がぶつかった。
「……っ!」
冬華はすぐさま後退。
今度は小さな氷塊を複数形成し、一心へ放つ。
――ヒュヒュヒュッ!
「おっと!」
一心が斬魄刀で弾く。
その隙に、冬華は側面へ回り込んだ。
「――はあっ!」
――キィン!
再び斬撃がぶつかる。
「がはははっ! さっきより動きがいいじゃねえか!」
「……えへへ!」
冬華は嬉しそうに笑った。
しかし、すぐに表情を引き締める。
(……でも)
まだ、届かない。
一心は余裕を持って攻撃を捌いている。
(……それなら)
冬華は小さく息を吸った。
(……少し、工夫してみましょう!)
◇◆◇
「――はあっ!」
冬華が正面から斬りかかった。
――キィン!
一心が受け止める。
「おう! いいぞ!」
冬華はすぐさま後退した。
そして、氷輪丸を振るう。
――ゴオオッ!
白い冷気が広がった。
「また氷か!」
一心が笑う。
しかし、今度は違った。
冷気の中から、冬華が飛び出してきたのだ。
「――やあっ!」
「おっと!」
一心は斬魄刀を振るった。
――ザシュッ!
刃が冬華の身体を捉える。
しかし。
――パキンッ!
「……あ?」
斬られた冬華の身体が、氷となって砕け散った。
「……氷の分身か!」
一心が目を見開く。
その瞬間。
――ヒュンッ!
本物の冬華が、一心の背後へ現れた。
(……今です!)
瞬歩で間合いを詰める。
氷輪丸を振り抜いた。
「――はあっ!」
――シュッ!
「……っ!」
一心が咄嗟に顔を逸らした。
しかし、完全には避けきれない。
氷輪丸の切っ先が、一心の頬をかすめた。
――ツッ。
一筋の赤い線が走る。
「…………!」
冬華の翡翠色の瞳が見開かれた。
(……当たった!)
しかし、冬華は止まらなかった。
そのまま氷輪丸を振り抜き、足元へ冷気を流し込む。
――バキバキバキッ!!
「……おおっ!?」
一心の足元が、一瞬で凍りついた。
氷が足首から膝へと這い上がる。
「……なるほどな!」
一心はにやりと笑った。
「一撃入れて終わりじゃねえってわけか!」
「はい!」
冬華は翼を広げた。
「まだまだ、いきます!」
――ゴオオオッ!!
巨大な氷の竜が形成された。
氷輪丸から放たれた竜が、一心へ向かって突進する。
「おおおっ!」
一心が斬魄刀を振るった。
――ドガアアアン!!
氷の竜が砕け散る。
しかし、その衝撃で一心の身体が後方へ押し込まれた。
「……っ!」
冬華はすぐさま瞬歩。
一心の側面へ回り込む。
――キィン!!
斬撃がぶつかった。
「がはははっ! やるじゃねえか!」
「……ありがとうございます!」
冬華は嬉しそうに笑った。
しかし、攻撃の手は緩めない。
――ヒュンッ!
瞬歩。
――キィン!
斬撃。
さらに、氷結。
冬華は一心の動きを観察しながら、少しずつ攻撃を組み立てていった。
その度に、一心の表情から余裕が薄れていく。
「……ほう」
一心は小さく呟いた。
「こいつは……思った以上だな」
◇◆◇
「――はああっ!」
冬華が氷輪丸を振り下ろした。
――ゴオオオオッ!!
訓練場の地面が、一気に凍りつく。
一心が瞬歩で後退する。
しかし。
「……っ!?」
着地した先にも、氷が広がっていた。
さらに、左右から巨大な氷の壁がせり上がる。
「……なるほど!」
一心が目を細めた。
「退路を塞いできやがったか!」
冬華は上空で氷輪丸を構えた。
(……今なら!)
周囲の氷雪を、一点へ集中させる。
――ゴゴゴゴゴッ!!
巨大な氷の竜が形成された。
先ほどまでとは比べものにならない、強烈な冷気。
冬華の翡翠色の瞳が輝く。
「――いきます!」
氷輪丸を振り下ろした。
――ゴオオオオオッ!!
氷の竜が、一心へ向かって突進する。
左右には氷の壁。
足元も凍りついている。
逃げ道は限られていた。
「……がははっ!」
一心は笑った。
しかし、その目は真剣だった。
「……こりゃあ、さすがに」
斬魄刀を握り直す。
「始解なしじゃ、ちと厳しいな!」
そして。
「――燃えろ、剡月!」
――ゴオオオオッ!!
凄まじい炎が、一心の斬魄刀から噴き上がった。
「……っ!!」
冬華は目を見開いた。
(……始解!)
次の瞬間。
――ドガアアアアン!!
炎と氷が激突した。
凄まじい衝撃が訓練場を揺らす。
白い蒸気が爆発的に広がり、視界を覆い尽くした。
「……くっ!」
冬華は翼を広げ、衝撃に耐える。
しかし。
――ヒュンッ!
「……っ!?」
蒸気の向こうから、一心が飛び出してきた。
炎を纏った斬魄刀。
先ほどまでとは、明らかに違う霊圧。
「――いくぜ、日番谷!」
「……はいっ!」
冬華は氷輪丸を構えた。
◇◆◇
――キィィン!!
激しい金属音が響いた。
「……っ!」
冬華は一心の斬撃を受け止めた。
しかし、今度は衝撃が違う。
――バキバキバキッ!!
身体を覆う霊圧の膜が、次々と砕け散る。
(……重い!)
冬華は歯を食いしばった。
始解した一心の攻撃は、先ほどまでとは比べものにならない。
だが。
「……まだです!」
冬華は氷の翼を広げ、後方へ飛び退いた。
そのまま氷輪丸を振るう。
――ゴオオッ!!
氷の竜が一心へ襲いかかった。
「おおっ!」
一心は炎を纏った剡月を振るった。
――ドガアアン!!
氷の竜が砕け散る。
しかし、冬華はすでに次の攻撃へ移っていた。
――ヒュンッ!
瞬歩。
一心の背後へ回り込む。
「――はあっ!」
――キィン!!
一心が振り返り、斬撃を受け止めた。
「がはははっ! まだ動けるか!」
「……もちろんです!」
冬華は力強く答えた。
だが、次の瞬間。
「――そらっ!」
――ゴオッ!!
一心の剡月から炎が噴き上がった。
「……っ!」
冬華は咄嗟に霊圧を集中させる。
身体の前面へ、幾重もの霊圧の膜を重ねた。
――ドガアアアン!!
「……きゃあっ!」
衝撃と熱が、冬華を襲った。
――バキバキバキッ!!
霊圧の膜が次々と破壊される。
六十層。
その大半が、一撃で砕け散った。
冬華は大きく吹き飛ばされ、訓練場の端へと叩きつけられた。
「……くっ!」
それでも、倒れない。
氷の翼を広げ、なんとか体勢を立て直す。
「……はあ、はあ……!」
息が荒い。
霊圧も大きく消耗している。
(……やっぱり、強いですね)
冬華は小さく笑った。
けれど、その瞳から闘志は消えていない。
「……もう一度!」
冬華は地面を蹴った。
――ヒュンッ!
瞬歩。
一心へ向かって突進する。
「――はああっ!」
――キィン!!
氷輪丸と剡月が激突した。
「……っ!」
冬華は押し負けそうになりながらも、氷の尾を動かして一心の側面を狙う。
「おっと!」
一心が身をひねってかわした。
その隙に、冬華は氷輪丸を振るう。
――ゴオオッ!!
冷気が一心へ迫る。
しかし。
「――甘い!」
――ドンッ!
一心が一気に間合いを詰めた。
「……っ!?」
冬華が反応した時には、すでに剡月が目の前にあった。
――キィン!!
咄嗟に氷輪丸で受け止める。
しかし、力が違う。
――ガキィン!!
氷輪丸が大きく弾かれた。
「……あっ!」
次の瞬間。
一心の剡月が、冬華の首元でぴたりと止まった。
「……!」
冬華は動きを止めた。
数秒の沈黙。
そして。
「……俺の勝ちだな!」
一心がにやりと笑った。
「……はい」
冬華は小さく息を吐いた。
「参りました!」
◇◆◇
「……ふう!」
冬華はゆっくりと氷輪丸を下ろした。
身体を覆っていた冷気が、静かに薄れていく。
背中の氷の翼が砕け、長い氷の尾も消えていった。
一心も剡月の始解を解き、豪快に笑った。
「がはははっ! いやあ、驚いたぜ!」
「……え?」
「まさか、お前相手に始解を使うことになるとはな!」
「……えへへ!」
冬華は少し照れくさそうに微笑んだ。
「ありがとうございます!」
「しかも、ただ力任せに攻撃したわけじゃねえ」
一心は冬華の頭にぽんと手を置いた。
「相手の動きを見て、考えて、隙を作った。いい戦い方だったぞ!」
「……はい!」
冬華は元気よく頷いた。
「それに、あの霊圧の膜も大したもんだ」
「……本当ですか!?」
「おう! 六十層も重ねて、しかも戦闘中に維持するなんてな!」
一心は感心したように笑った。
「お前、もうそこらの副隊長よりずっと強えぞ!」
「……ええっ!?」
冬華は目を丸くした。
「そ、そんなことありませんよ!」
「がはははっ! 謙遜すんな!」
一心は楽しそうに笑った。
そして、少しだけ真剣な表情になる。
「……日番谷」
「……はい?」
「お前、もう隊長を目指せるところまで来てるぞ」
「…………えっ?」
冬華は固まった。
「……た、隊長ですか!?」
「おう!」
一心は力強く頷いた。
「まだまだ荒削りだがな。卍解も完全じゃねえし、経験も足りねえ」
「……はい」
「だが、それでも十分な実力はある」
そして、にやりと笑った。
「このまま鍛えりゃ、俺の席も危ねえな!」
「……もう!」
冬華は頬を膨らませた。
「隊長さんの方が、ずっと強いじゃないですか!」
「今はな!」
「……むぅ!」
一心は豪快に笑った。
「がはははっ! まあ、これからも頑張れよ!」
「……はい!」
冬華は、にっこりと微笑んだ。
◇◆◇
その日の夕方。
「冬華ちゃーん!」
「……あっ、松本さん!」
隊舎へ戻った冬華を、乱菊が出迎えた。
「聞いたわよ! 隊長と模擬戦したんですって?」
「はい!」
「しかも、隊長に始解まで使わせたって!」
「……えへへ!」
冬華は少し照れくさそうに笑った。
「でも、最後は負けちゃいました!」
「それでもすごいじゃない!」
乱菊は嬉しそうに冬華の頭を撫でた。
「もう! 本当にどんどん強くなっちゃうんだから!」
「……ふふっ!」
冬華は嬉しそうに笑った。
「でも、まだまだですよ!」
「そうなの?」
「はい!」
冬華は力強く頷いた。
「隊長さんには、まだ敵いませんから!」
「ふふっ。まあ、隊長だからねえ」
乱菊は楽しそうに笑う。
「でも、冬華ちゃんが隊長になったら、私も楽できるかしら?」
「……え?」
「だって、冬華ちゃんが隊長なら、書類仕事も全部やってくれそうじゃない?」
「……松本さん!」
冬華は頬を膨らませた。
「副隊長のお仕事は、ちゃんとしてください!」
「あははっ! 冗談よ、冗談!」
「……もう!」
そんな二人のやり取りが、隊舎に響いた。
◇◆◇
数日後。
十番隊隊長室。
「……ん?」
志波一心が、一枚の報告書に目を通していた。
「どうしたんですか、隊長?」
乱菊が首を傾げる。
「いや……ちょっと妙な報告があってな」
「妙な報告?」
「ああ」
一心は報告書を机へ置いた。
「現世で、死神の失踪が続いてるらしい」
「……失踪、ですか?」
ちょうど書類を届けに来ていた冬華が、思わず聞き返した。
「おう。しかも、虚の出現と関係してる可能性がある」
「……!」
冬華の表情が、わずかに変わった。
(……まさか)
現世。
死神の失踪。
そして、虚。
その組み合わせに、覚えがあった。
(……ホワイト)
冬華は、そっと拳を握った。
いずれ起こると知っていた事件。
けれど、いつ始まるのかまでは、正確に覚えていなかった。
「……隊長さん」
「ん?」
「その件、もう少し詳しく教えていただけますか?」
一心は冬華を見た。
「おう。まだ詳しいことは分かってねえんだが……」
そう言って、報告書へ視線を戻す。
冬華は静かに息を吐いた。
(……いよいよ、ですね)
胸の奥に、緊張が走る。
これまで、何度も考えてきた。
未来を知っている自分が、どこまで行動するべきなのか。
何を変え、何を守るべきなのか。
そして。
(……黒崎一護)
まだ生まれていない、未来の死神代行。
彼の誕生へとつながる出来事が、近づいていた。
冬華は一心へ視線を向けた。
豪快で、少しだらしなくて。
けれど、誰よりも部下思いの隊長。
(……隊長さん)
冬華は、心の中で呟いた。
(……どうか、ご無事で)
窓の外では、夕日が瀞霊廷を赤く染めていた。
そして。
現世では、静かに運命の歯車が動き始めていた。
――第13話「大紅蓮氷輪丸」・完。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
引き続きよろしくお願いします!