日番谷に転生した   作:使い手なない

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第14話「おかえりなさい」

 

 瀞霊廷、十番隊隊舎。

 

「――よし! 俺が直接行ってくる!」

 

「……えっ?」

 

 隊長室に響いた声に、日番谷冬華は思わず顔を上げた。

 

 机の向こうでは、十番隊隊長の志波一心が一枚の報告書を手にしている。

 

「隊長! また勝手に決めて!」

 

 松本乱菊が呆れたように声を上げた。

 

「仕方ねえだろ! 現世で死神の失踪が続いてるんだぞ!」

 

「だからって、隊長自ら調査に行く必要があるんですか?」

 

「ある!」

 

 一心は力強く頷いた。

 

「何人も死神が消えてるんだ。普通の虚が相手じゃねえ可能性もある」

 

「……それは、そうですけど」

 

 乱菊は小さくため息をついた。

 

 その隣で、冬華は黙って報告書を見つめていた。

 

(……やっぱり)

 

 現世で続く死神の失踪。

 

 異常な虚の存在。

 

 そして、志波一心が自ら調査へ向かう。

 

(……ホワイトの事件ですね)

 

 前世で知っていた出来事が、いよいよ現実になろうとしている。

 

「……日番谷?」

 

「……あっ、はい!」

 

 一心に呼ばれ、冬華は顔を上げた。

 

「どうした? 難しい顔して」

 

「……いえ」

 

 冬華は少し迷った。

 

 危険な事件だ。

 

 本当なら、自分も同行したい。

 

 けれど、ここで介入すれば、黒崎一護の誕生につながる出来事まで変えてしまうかもしれない。

 

「……隊長さん」

 

「ん?」

 

「絶対に、無事に帰ってきてくださいね」

 

 一心は一瞬だけ目を丸くした。

 

 そして、豪快に笑った。

 

「がはははっ! 何だ、心配してくれてんのか?」

 

「当たり前です!」

 

 冬華は頬を膨らませた。

 

「隊長さんは、私たちの隊長なんですから!」

 

「……おう!」

 

 一心は笑顔で親指を立てた。

 

「任せとけ!」

 

「まったく……」

 

 乱菊は呆れたようにため息をついた。

 

「それで、留守中の仕事はどうするんですか?」

 

「松本と日番谷に任せた!」

 

「やっぱり!」

 

「がはははっ!」

 

「……もう!」

 

 冬華も思わず笑ってしまった。

 

 いつもの十番隊。

 

 いつもの隊長。

 

 だからこそ。

 

(……どうか)

 

 冬華は、そっと拳を握った。

 

(……無事に帰ってきてください)

 

     ◇◆◇

 

 それから、しばらくして。

 

 十番隊隊舎。

 

「……よし!」

 

 冬華は一枚の書類に目を通し、筆を置いた。

 

 目の前には、整理された書類の山。

 

 隊長が不在の間も、十番隊の仕事は続いている。

 

 第三席として、冬華にもやるべきことは多かった。

 

「……あと少しですね」

 

 次の書類へ手を伸ばす。

 

 しかし。

 

(……隊長さん、大丈夫でしょうか)

 

 どうしても、一心のことが気になってしまう。

 

 数日前の模擬戦。

 

 不完全な卍解を使い、全力で挑んだ。

 

 それでも、一心には敵わなかった。

 

 始解を使わせるところまでは追い詰めたものの、その後は圧倒的な実力差を思い知らされた。

 

(……あんなに強い人ですから)

 

 冬華は小さく息を吐いた。

 

 原作では、一心は生き延びる。

 

 けれど、自分が存在するこの世界でも、必ず同じ結果になるとは限らない。

 

「冬華ちゃーん!」

 

「……あっ、松本さん!」

 

 顔を上げると、乱菊が部屋へ入ってきた。

 

「どう? お仕事は順調?」

 

「はい! もう少しで終わります!」

 

「さっすが冬華ちゃん!」

 

 乱菊は嬉しそうに笑った。

 

「本当に助かるわぁ!」

 

「……松本さんのお仕事も、ちゃんと残してありますからね?」

 

「えっ!?」

 

「えっ、じゃありません!」

 

 冬華は頬を膨らませた。

 

「副隊長の確認が必要な書類は、松本さんが確認してください!」

 

「もう! 冬華ちゃんってば真面目なんだから!」

 

「当たり前です!」

 

 いつものやり取り。

 

 けれど、乱菊はふと表情を和らげた。

 

「……隊長のこと、心配?」

 

「……!」

 

 冬華は少し驚いたように瞬きをした。

 

 そして、こくりと頷く。

 

「……はい」

 

「大丈夫よ」

 

 乱菊は優しく微笑んだ。

 

「あの人、ああ見えてすっごく強いんだから」

 

「……知っています」

 

 冬華は小さく笑った。

 

「この前の模擬戦でも、全然敵いませんでしたから」

 

「ふふっ。そうでしょう?」

 

「……でも」

 

 冬華は窓の外へ視線を向けた。

 

「強い人でも、怪我をすることはありますから」

 

「……そうね」

 

 乱菊も静かに頷いた。

 

 その時だった。

 

「――松本副隊長!」

 

 廊下から、慌ただしい足音が響いた。

 

「現世へ向かわれた隊長から、予定されていた連絡がありません!」

 

「……!」

 

 冬華は勢いよく立ち上がった。

 

     ◇◆◇

 

「……まだ連絡がないんですか?」

 

「はい。こちらからも呼びかけていますが、応答がありません」

 

 隊士の報告を聞き、乱菊が眉をひそめた。

 

「……まったく、あの隊長は」

 

 普段なら、連絡を忘れているだけだと笑い飛ばせたかもしれない。

 

 しかし、今回は違う。

 

 死神の失踪が続く、原因不明の事件。

 

 その調査に向かった隊長と連絡が取れないのだ。

 

「松本さん!」

 

 冬華が声を上げた。

 

「私、現世へ行きます!」

 

「冬華ちゃん……」

 

「隊長さんの安否を確認してきます!」

 

 冬華の表情は真剣だった。

 

 ここまで来れば、未来が変わることを恐れている場合ではない。

 

 事件そのものに介入するつもりはない。

 

 けれど、隊長が無事かどうかも分からないまま、待っていることなどできなかった。

 

 乱菊は少し考え込んだ。

 

 そして、頷く。

 

「……分かったわ」

 

「……!」

 

「隊長の安否確認を最優先にして。もし危険な相手がいたら、無理に戦わずに戻ってきなさい」

 

「はい!」

 

「現世への派遣手続きは、こっちで進めるわ。許可が下りたらすぐに出発して」

 

「ありがとうございます!」

 

 冬華は深く頭を下げた。

 

 乱菊は、そんな冬華の頭をぽんと撫でる。

 

「……気をつけてね」

 

「はい!」

 

 冬華は力強く頷いた。

 

     ◇◆◇

 

 現世。

 

 夜の街には、冷たい雨が降っていた。

 

 ――ヒュンッ!

 

 建物の屋根に、一人の少女が降り立つ。

 

 銀白色の髪。

 

 翡翠色の瞳。

 

 背中には、二本の氷輪丸。

 

 日番谷冬華だった。

 

「……ふう」

 

 冬華は周囲を見渡した。

 

 現世への到着後、すぐに一心の霊圧を探り始めていた。

 

(……隊長さん)

 

 目を閉じ、意識を集中させる。

 

 雨の音。

 

 街のざわめき。

 

 そして、周囲に漂う微かな霊圧。

 

「……!」

 

 冬華は目を開いた。

 

(……見つけました!)

 

 覚えのある霊圧。

 

 間違いない。

 

 志波一心のものだ。

 

(……よかった。生きています!)

 

 冬華の顔に、安堵の色が浮かんだ。

 

 しかし、すぐに表情を引き締める。

 

 霊圧が、普段よりも弱まっている。

 

(……まさか、怪我を?)

 

 冬華は地面を蹴った。

 

 ――ヒュンッ!

 

 瞬歩。

 

 雨の降る街を、一気に駆け抜けていく。

 

     ◇◆◇

 

「……ったく。とんでもねえ虚だったぜ」

 

 雨の中。

 

 志波一心は、建物の屋根の上で小さく息を吐いていた。

 

 死覇装には傷がつき、身体にも負傷が見られる。

 

 しかし、その表情はどこか晴れやかだった。

 

「……さて、そろそろ戻るか」

 

 そう呟いた、その時。

 

「――隊長さーん!!」

 

「……ん?」

 

 聞き慣れた声が響いた。

 

 一心が振り返る。

 

 すると。

 

 ――ヒュンッ!

 

 銀白色の髪を揺らした少女が、目の前に現れた。

 

「……おおっ!?」

 

 一心は目を丸くした。

 

「日番谷じゃねえか!」

 

「隊長さん!」

 

 冬華は一心の姿を見た。

 

 そして、息を呑んだ。

 

「……っ!」

 

 破れた死覇装。

 

 身体に残る傷。

 

 普段とは違う、乱れた霊圧。

 

(……あの隊長さんが)

 

 つい先日、自分の卍解を正面から受け止め、最後には圧倒した相手。

 

 その一心が、これほど傷ついている。

 

 冬華は思わず駆け寄った。

 

「け、怪我してるじゃないですか!」

 

「ん? ああ、これか?」

 

 一心は自分の傷を見下ろした。

 

「がはははっ! ちょっとやられちまってな!」

 

「ちょっとじゃありません!」

 

 冬華は頬を膨らませた。

 

「もう! どれだけ心配したと思ってるんですか!」

 

「お、おう……」

 

 一心は思わずたじろいだ。

 

「連絡もありませんでしたし! 松本さんも心配してましたよ!」

 

「わ、悪かったって!」

 

「本当に、もう……!」

 

 冬華は一心を見上げた。

 

 いつもの豪快な笑顔。

 

 聞き慣れた声。

 

 そして、確かに感じられる霊圧。

 

 目の前にいる。

 

 ちゃんと、生きている。

 

「……よかった」

 

 冬華の声が、小さく漏れた。

 

「……ん?」

 

 一心が首を傾げる。

 

 冬華は、ふわりと微笑んだ。

 

「おかえりなさい、隊長さん!」

 

「……!」

 

 一心は一瞬だけ目を見開いた。

 

 そして。

 

「……おう!」

 

 にかっと笑った。

 

「ただいま、日番谷!」

 

     ◇◆◇

 

「……それで、何があったんですか?」

 

 冬華は一心の隣に立ちながら尋ねた。

 

「おう。妙な虚と戦ってな」

 

「……虚、ですか?」

 

「ああ。普通の虚とはまるで違う奴だった」

 

 一心は腕を組んだ。

 

「見た目も変わってたし、何より強かったな」

 

「……!」

 

 冬華は静かに耳を傾けた。

 

「しかも、戦ってる途中で何者かに斬られちまってよ」

 

「……えっ!?」

 

「おかげで、ちょいと厄介なことになった」

 

 一心は苦笑した。

 

 冬華は、その言葉に息を呑んだ。

 

(……藍染惣右介)

 

 やはり、あの男が関わっていた。

 

「……その人の姿は、見えたんですか?」

 

「いや。完全に不意を突かれたからな」

 

「……そうですか」

 

 冬華は小さく頷いた。

 

 正体を知っていても、今ここで証明することはできない。

 

 それが、もどかしかった。

 

「まあ、最後は何とかなったけどな!」

 

 一心は豪快に笑った。

 

「……隊長さん」

 

「ん?」

 

「もう少し、ご自分の身体を大切にしてください」

 

「がはははっ! 分かった、分かった!」

 

「……本当ですか?」

 

「おう!」

 

「……怪しいです」

 

「おいおい!」

 

 冬華は小さく笑った。

 

 そして、ふと周囲へ視線を向ける。

 

 雨に濡れた街。

 

 すでに戦闘の気配はない。

 

 しかし、微かに残る異質な霊圧の痕跡。

 

(……ホワイト)

 

 冬華は静かに目を細めた。

 

 戦いは、すでに終わっている。

 

 そして、一心は生きていた。

 

 それだけで、今は十分だった。

 

     ◇◆◇

 

「よし! そろそろ帰るか!」

 

「……はい!」

 

 一心の言葉に、冬華は頷いた。

 

「松本さんも待っていますからね!」

 

「げっ!」

 

「……?」

 

「いや、帰ったら絶対怒られるよなぁ……」

 

「当たり前です!」

 

 冬華はきっぱりと言った。

 

「連絡もせずに、こんな怪我までして!」

 

「……お前も怒ってるじゃねえか!」

 

「怒っています!」

 

「がはははっ!」

 

 一心は楽しそうに笑った。

 

「ま、二人揃って怒られるとするか!」

 

「私は怒られませんよ!?」

 

「そうかぁ?」

 

「そうです!」

 

 二人の声が、雨の街に響いた。

 

 やがて、尸魂界へ戻るための穿界門が開かれる。

 

 冬華は、最後に一度だけ現世を振り返った。

 

(……黒崎真咲さん)

 

 彼女も、この夜の出来事に関わっていたはずだ。

 

 冬華は静かに息を吐いた。

 

 ここから先、一心の運命は大きく変わっていく。

 

 それを知っていても、今の自分には何もできない。

 

「おーい! 日番谷!」

 

「……あっ!」

 

「置いてくぞー!」

 

「待ってください!」

 

 冬華は慌てて一心を追いかけた。

 

 そして、二人は穿界門をくぐっていく。

 

     ◇◆◇

 

 瀞霊廷、十番隊隊舎。

 

「――隊長!!」

 

「……お、おう!」

 

 帰還した一心を出迎えたのは、満面の笑みを浮かべた松本乱菊だった。

 

 ただし。

 

 その額には、青筋が浮かんでいる。

 

「随分と楽しそうですねぇ?」

 

「い、いやぁ……」

 

「連絡もなしに、何をしてたんですか!?」

 

「わ、悪かったって!」

 

「しかも怪我までして!」

 

「だから悪かったっての!」

 

 乱菊の怒声が、隊舎に響き渡る。

 

 その隣で、冬華はにこにこと笑っていた。

 

「……日番谷!」

 

「はい?」

 

「お前も助けてくれ!」

 

「……え?」

 

 冬華は可愛らしく首を傾げた。

 

「隊長さんが悪いんですから、ちゃんと怒られてください!」

 

「お前まで!?」

 

「ふふっ!」

 

 冬華は楽しそうに笑った。

 

 乱菊も、思わず吹き出す。

 

「まったく……本当に心配したんですからね」

 

「……おう」

 

 一心は少しだけ表情を和らげた。

 

「心配かけたな」

 

「……もう」

 

 乱菊は小さくため息をついた。

 

「とにかく、まずは四番隊で治療を受けてください!」

 

「へいへい!」

 

「返事は一回!」

 

「へい!」

 

「……ふふっ!」

 

 冬華は、そんな二人を見て嬉しそうに微笑んだ。

 

 いつもの十番隊。

 

 いつもの隊長と副隊長。

 

 そして、自分もその中にいる。

 

(……やっぱり)

 

 冬華は、そっと胸に手を当てた。

 

(……この場所が、大好きです)

 

 だからこそ、守りたい。

 

 この温かな日常を。

 

 大切な人たちの笑顔を。

 

 冬華は、いつものように笑う一心を見つめた。

 

(……隊長さん)

 

 今日も無事に帰ってきてくれた。

 

 明日も、明後日も。

 

 きっと、こうして笑い合える。

 

 そう願っていた。

 

 しかし。

 

 ――それから数日後。

 

 十番隊隊長、志波一心が姿を消した。

 

 ――第14話「おかえりなさい」・完。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
引き続きよろしくお願いします!
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