日番谷に転生した   作:使い手なない

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第15話「隊長不在」

 

 瀞霊廷、十番隊隊舎。

 

「――隊長が、いなくなった?」

 

 松本乱菊の声が、静かな隊長室に響いた。

 

「……はい」

 

 報告に来た隊士が、緊張した面持ちで頷く。

 

「昨夜から行方が分かりません。隊舎にも戻られておらず、連絡も取れない状態です」

 

「……また、勝手にどこかへ行ったんじゃないの?」

 

「それが……」

 

 隊士は言いにくそうに口を開いた。

 

「瀞霊廷内を捜索しましたが、見つかっておりません」

 

「…………」

 

 乱菊は黙り込んだ。

 

 その隣で、日番谷冬華も小さく息を呑んでいた。

 

(……とうとう)

 

 分かっていた。

 

 いつか、この日が来ることは。

 

 けれど。

 

(……本当に、いなくなってしまったんですね)

 

 数日前まで、いつものように笑っていた。

 

 豪快に笑い、乱菊に叱られ、冬華の頭を撫でてくれた。

 

 あの隊長が、もうここにはいない。

 

「……冬華ちゃん」

 

「……はい」

 

 乱菊が冬華へ視線を向けた。

 

「隊長、どこに行ったと思う?」

 

「…………」

 

 冬華は言葉に詰まった。

 

 原作の知識から、ある程度の事情は分かっている。

 

 しかし、それを説明することはできない。

 

「……分かりません」

 

 冬華は静かに首を振った。

 

「でも……無事でいてほしいです」

 

「……そうね」

 

 乱菊は小さく頷いた。

 

 そして、報告に来た隊士へ向き直る。

 

「捜索は続けて。何か分かったら、すぐに報告してちょうだい」

 

「はっ!」

 

 隊士が部屋を出ていく。

 

 静寂が戻った。

 

「……まったく」

 

 乱菊は小さく呟いた。

 

「本当に、勝手なんだから……」

 

 その声は、いつもより少しだけ弱々しかった。

 

     ◇◆◇

 

 それから数日。

 

 十番隊は、隊長不在のまま業務を続けていた。

 

「松本さん、こちらの書類をお願いします!」

 

「はーい……」

 

 乱菊は机に突っ伏したまま返事をした。

 

「……松本さん?」

 

「……分かってるわよぉ」

 

 いつもなら、仕事をサボるために寝転がっているところだ。

 

 けれど、今日は違った。

 

 冬華は、そっと乱菊の顔を覗き込む。

 

「……大丈夫ですか?」

 

「……え?」

 

「少し、お疲れみたいです」

 

「……ふふっ」

 

 乱菊は小さく笑った。

 

「冬華ちゃんには、隠せないわね」

 

 ゆっくりと身体を起こす。

 

「……あの人、どこに行っちゃったのかしら」

 

「…………」

 

「いつも勝手なことばっかりして……でも、最後にはちゃんと帰ってきたのに」

 

 乱菊は窓の外を見つめた。

 

「今回は、何だか嫌な予感がするのよね」

 

「……松本さん」

 

 冬華は、そっと乱菊の手を握った。

 

「……私も、心配です」

 

「……うん」

 

「でも、今は私たちが十番隊を守らないといけません」

 

 冬華は真剣な表情で続けた。

 

「隊長さんが帰ってきた時、困らないように!」

 

「…………」

 

 乱菊は少しだけ目を見開いた。

 

 そして。

 

「……そうね」

 

 ふわりと微笑んだ。

 

「冬華ちゃんの言う通りだわ」

 

「……はい!」

 

 冬華も笑顔を返した。

 

「よーし!」

 

 乱菊は勢いよく立ち上がった。

 

「それじゃあ、今日のお仕事も頑張りましょうか!」

 

「はい!」

 

「……冬華ちゃんが!」

 

「……えっ?」

 

「だって、冬華ちゃんの方が書類仕事得意なんだもの!」

 

「松本さん!?」

 

 冬華は思わず声を上げた。

 

「もう! ちゃんと働いてください!」

 

「あははっ!」

 

 乱菊は楽しそうに笑った。

 

 その笑顔を見て、冬華も少しだけ安心した。

 

     ◇◆◇

 

 数日後。

 

「……日番谷第三席」

 

「……はい?」

 

 十番隊隊舎の廊下。

 

 冬華が振り返ると、一人の隊士が立っていた。

 

「八番隊隊長、京楽春水様がお見えです」

 

「……京楽隊長が?」

 

 冬華は目を丸くした。

 

 そして、すぐに応接室へ向かった。

 

「失礼します!」

 

「やあ、冬華ちゃん」

 

 そこには、見慣れた笠を被った男が座っていた。

 

 八番隊隊長、京楽春水。

 

 かつて冬華に二刀流を教えてくれた人物だった。

 

「京楽隊長! お久しぶりです!」

 

「うんうん。元気そうで何よりだ」

 

 京楽は穏やかに笑った。

 

「……と言いたいところだけど、今は大変だろう?」

 

「……はい」

 

 冬華は小さく頷いた。

 

「隊長さんが、いなくなってしまいましたから」

 

「……そうだね」

 

 京楽は少しだけ表情を曇らせた。

 

「一心君のことは、僕も気にしているよ」

 

「……ありがとうございます」

 

 冬華は頭を下げた。

 

「それでね」

 

 京楽は、ゆっくりと話題を変えた。

 

「今日は冬華ちゃんに、少し話があって来たんだ」

 

「……私に、ですか?」

 

「うん」

 

 京楽は微笑んだ。

 

「この前、一心君と模擬戦をしたそうだね」

 

「……あっ、はい!」

 

 冬華は頷いた。

 

「でも、最後は負けてしまいました」

 

「それでも、一心君に始解を使わせたんだろう?」

 

「……はい」

 

「大したものだよ」

 

 京楽は感心したように頷いた。

 

「それに、卍解も習得しているそうじゃないか」

 

「……まだ不完全ですけど」

 

「それでも、卍解を使える死神はそう多くない」

 

 京楽は穏やかな口調で続けた。

 

「二本の氷輪丸を扱う技量。第三席としての実績。そして、卍解」

 

「…………」

 

 冬華は黙って耳を傾けた。

 

 京楽は、少しだけ真剣な表情になる。

 

「冬華ちゃん」

 

「……はい」

 

「十番隊の次の隊長について、上の方でも話が出始めているんだ」

 

「……!」

 

 冬華は目を見開いた。

 

「……次の、隊長?」

 

「うん」

 

 京楽は静かに頷いた。

 

「一心君の行方は、まだ分かっていない。だけど、隊長不在の状態をいつまでも続けるわけにはいかないからね」

 

「……そう、ですよね」

 

 冬華は小さく呟いた。

 

 京楽は、そんな冬華をじっと見つめた。

 

「そこで、僕は君の名前を挙げた」

 

「…………えっ?」

 

 一瞬、意味が分からなかった。

 

「……わ、私ですか!?」

 

「そう」

 

 京楽は微笑んだ。

 

「日番谷冬華。君を、次期十番隊隊長の候補として推薦したんだ」

 

「……えええっ!?」

 

 冬華の驚いた声が、応接室に響き渡った。

 

     ◇◆◇

 

「……わ、私が隊長ですか!?」

 

「うん」

 

 京楽は楽しそうに頷いた。

 

「そんなに驚くことかな?」

 

「お、驚きますよ!」

 

 冬華は慌てて答えた。

 

「私、まだ第三席ですし! 卍解だって完全じゃありません!」

 

「それでも、実力は十分にあると思うよ」

 

「……!」

 

「それに、一心君も君のことを高く評価していたそうじゃないか」

 

「……隊長さんが?」

 

「うん」

 

 京楽は穏やかに笑った。

 

「君なら、いつか隊長になれるってね」

 

「…………」

 

 冬華は、そっと視線を落とした。

 

 数日前の模擬戦。

 

 一心が笑いながら言ってくれた言葉。

 

『お前、もう隊長を目指せるところまで来てるぞ』

 

 冬華は、小さく拳を握った。

 

「……でも」

 

 少しだけ、声が震えた。

 

「隊長さんは、まだ……」

 

「……うん」

 

 京楽は静かに頷いた。

 

「分かってるよ」

 

 そして、優しく続けた。

 

「僕だって、一心君には帰ってきてほしい」

 

「……!」

 

「でも、十番隊の隊士たちを守る人間も必要なんだ」

 

「…………」

 

 冬華は黙り込んだ。

 

 隊長。

 

 それは、ただ強いだけで務まる役職ではない。

 

 多くの隊士を率い、その命を預かる立場。

 

 今までの自分とは、責任の重さが違う。

 

「……京楽隊長」

 

「ん?」

 

「私に、本当に務まるのでしょうか」

 

 京楽は、少しだけ笑った。

 

「それを決めるのは、僕じゃないよ」

 

「……え?」

 

「君自身と、これから君を試す人たちさ」

 

 そして、立ち上がる。

 

「近いうちに、一番隊から呼び出しがあると思う」

 

「……一番隊?」

 

「うん」

 

 京楽は笠を軽く持ち上げた。

 

「その時は、自分の気持ちで答えるといい」

 

「……はい」

 

 冬華は静かに頷いた。

 

     ◇◆◇

 

 その日の夕方。

 

「――えええっ!?」

 

 十番隊隊舎に、乱菊の驚いた声が響き渡った。

 

「冬華ちゃんが、隊長候補!?」

 

「……はい」

 

 冬華は少し困ったように笑った。

 

「京楽隊長が、推薦してくださったそうです」

 

「すごいじゃない!」

 

 乱菊は勢いよく冬華を抱きしめた。

 

「うちの冬華ちゃんが隊長だなんて!」

 

「ま、松本さん! まだ決まってません!」

 

「いいのよ! 候補になっただけでもすごいんだから!」

 

「……もう!」

 

 冬華は頬を赤らめた。

 

 けれど。

 

「……松本さん」

 

「ん?」

 

「私が隊長になったら……どう思いますか?」

 

 乱菊は少しだけ目を見開いた。

 

 そして、優しく微笑んだ。

 

「……そうね」

 

 少し考えてから、答える。

 

「きっと、いい隊長になると思うわ」

 

「……!」

 

「冬華ちゃんは真面目だし、優しいし、何より隊士たちのことをちゃんと考えられるもの」

 

「……ありがとうございます」

 

 冬華は嬉しそうに微笑んだ。

 

 しかし、乱菊は続けた。

 

「でもね」

 

「……はい?」

 

「隊長になったからって、何でも一人で背負っちゃ駄目よ?」

 

「……!」

 

「困った時は、ちゃんと私を頼りなさい」

 

 乱菊は、にっこりと笑った。

 

「私、これでも副隊長なんだから!」

 

「……ふふっ!」

 

 冬華は思わず笑ってしまった。

 

「はい! 頼りにしています!」

 

「うん!」

 

 乱菊も笑顔を返した。

 

     ◇◆◇

 

 それから数日後。

 

「――日番谷冬華第三席!」

 

「……はい!」

 

 十番隊隊舎に、一番隊の隊士が訪れた。

 

「山本元柳斎重國総隊長より、出頭命令です!」

 

「……!」

 

 冬華は息を呑んだ。

 

 ついに、その時が来た。

 

「……分かりました」

 

 冬華は静かに頷いた。

 

「すぐに向かいます!」

 

     ◇◆◇

 

 瀞霊廷、一番隊隊舎。

 

 重厚な扉の前に、冬華は立っていた。

 

「……ふう」

 

 小さく息を吐く。

 

 そして。

 

「失礼します!」

 

 扉を開いた。

 

 広い室内。

 

 その奥に、一人の老人が立っている。

 

 護廷十三隊総隊長。

 

 山本元柳斎重國。

 

「……日番谷冬華、参りました!」

 

 冬華は深く頭を下げた。

 

「うむ」

 

 山本は静かに頷いた。

 

「面を上げよ」

 

「……はい!」

 

 冬華は顔を上げた。

 

 鋭い眼光が、まっすぐに向けられる。

 

「日番谷冬華」

 

「……はい!」

 

「貴様のこれまでの働きは、報告を受けておる」

 

「……!」

 

「第三席としての実績。二刀の氷輪丸。そして、卍解の習得」

 

 山本は淡々と続けた。

 

「先日の志波一心との模擬戦についても、聞き及んでおる」

 

「……はい」

 

 冬華は緊張した面持ちで頷いた。

 

「志波一心の行方は、未だ知れぬ」

 

「…………」

 

「されど、十番隊をいつまでも隊長不在のままにしておくわけにはいかぬ」

 

 山本は杖を静かに床へ突いた。

 

 ――コツン。

 

「そこで、貴様に問う」

 

「……!」

 

 冬華は背筋を伸ばした。

 

「日番谷冬華」

 

 山本の声が、室内に響く。

 

「貴様に、隊長資格試験を受ける意思はあるか」

 

「…………!」

 

 冬華は息を呑んだ。

 

 隊長。

 

 かつて、自分が憧れた存在。

 

 そして、志波一心が務めていた役職。

 

 数日前まで、考えもしなかった未来。

 

 けれど。

 

(……隊長さん)

 

 冬華は、そっと拳を握った。

 

 豪快に笑う一心の姿が、脳裏に浮かぶ。

 

『お前、もう隊長を目指せるところまで来てるぞ』

 

 そして、乱菊の言葉。

 

『困った時は、ちゃんと私を頼りなさい』

 

 冬華は、静かに顔を上げた。

 

 その翡翠色の瞳に、迷いはなかった。

 

「……はい!」

 

 力強く頷く。

 

「私でよければ、挑戦させてください!」

 

 山本は、しばらく冬華を見つめていた。

 

 そして。

 

「……よかろう」

 

 静かに頷いた。

 

「ならば、その力を示してみせよ」

 

「――はい!」

 

 冬華の返事が、一番隊隊舎に響き渡った。

 

 ――第15話「隊長不在」・完。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

引き続きよろしくお願いします!
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