瀞霊廷、一番隊隊舎。
日番谷冬華が隊長資格試験に合格してから、数日が経過した。
「……ふう」
冬華は小さく息を吐いた。
目の前には、一枚の白い羽織。
背中には、護廷十三隊を示す十の文字が刻まれている。
十番隊隊長羽織。
かつて志波一心が纏っていたものと、同じ役職を示す羽織だった。
「……本当に、私が着るんですね」
冬華は少し緊張した面持ちで呟いた。
「日番谷冬華」
「はい!」
正面に立つ山本元柳斎重國の声に、背筋を伸ばす。
「貴様を、本日付で護廷十三隊十番隊隊長に任命する」
「……はい!」
「隊長とは、単に強き者が就く地位ではない。隊士を率い、規律を守り、尸魂界を護る責務を負う者じゃ」
「はい!」
「その責務、決して忘れるでないぞ」
冬華は真剣な表情で頷いた。
「……分かりました!」
そして、深く頭を下げる。
「日番谷冬華、精一杯務めさせていただきます!」
「うむ」
山本が静かに頷いた。
「では、羽織を纏うがよい」
「はい!」
冬華は差し出された隊長羽織を受け取った。
白い布地に袖を通す。
――ふわり。
真新しい羽織が、小柄な身体を包み込んだ。
背中には、二本の氷輪丸。
銀白色の髪と白い隊長羽織が、柔らかく揺れる。
「……どうでしょうか?」
冬華が少し照れくさそうに尋ねる。
山本は静かにその姿を見つめた。
「……似合っておる」
「……!」
冬華の表情がぱっと明るくなった。
「ありがとうございます!」
「ただし、見た目だけで満足するでないぞ」
「も、もちろんです!」
慌てて答える冬華。
その様子に、山本は小さく息を吐いた。
「……まったく」
そして、杖を床へ突く。
「これより隊首会を執り行う。新たな十番隊隊長として出席せよ」
「――はい!」
◇◆◇
一番隊隊舎、隊首会の間。
広々とした室内には、護廷十三隊の隊長たちが集まっていた。
「……!」
冬華は思わず息を呑んだ。
(……すごい)
目の前に並ぶのは、護廷十三隊を代表する死神たち。
いずれも、隊長の名にふさわしい実力者ばかりだ。
(……この中に、私も並ぶんですね)
少しだけ緊張する。
しかし。
「やあ、冬華ちゃん」
「あっ、京楽隊長!」
八番隊隊長、京楽春水が穏やかに手を振っていた。
「おやおや。隊長羽織、よく似合ってるじゃないか」
「えへへ……ありがとうございます!」
「ははっ。ついこの間まで二刀流を教えていた子が、もう隊長とはねえ」
「京楽隊長のおかげです!」
「いやいや。君自身が頑張った結果だよ」
京楽は嬉しそうに笑った。
「おめでとう、日番谷」
「浮竹隊長!」
隣に立つ浮竹十四郎も、優しく微笑んでいる。
「これからは同じ隊長同士だ。困ったことがあれば、いつでも相談してくれ」
「はい! ありがとうございます!」
冬華は嬉しそうに頭を下げた。
その時だった。
「……おい」
「……?」
低い声が響いた。
振り返ると、そこには大柄な男が立っていた。
十一番隊隊長、更木剣八。
片目を眼帯で覆い、肩には隊長羽織を引っかけている。
「てめえが新しい十番隊隊長か?」
「は、はい!」
冬華は背筋を伸ばした。
「日番谷冬華です! よろしくお願いします!」
「……ふん」
更木は冬華を見下ろした。
「ちっせえな」
「……!」
冬華の頬が、わずかに膨らんだ。
「……これから大きくなります!」
「ハッハッハ!」
更木が豪快に笑う。
「そうかよ!」
そして、口元を吊り上げた。
「で、強えのか?」
「えっと……それなりには!」
「それなり、ねえ」
更木は楽しそうに笑った。
「今度、俺と斬り合おうぜ」
「……えっ!?」
「隊長になったんだろ? だったら遠慮はいらねえよな!」
「い、いえ! 遠慮とかではなくてですね!」
「ハッ! 楽しみにしてるぜ!」
そう言い残し、更木は笑いながら離れていった。
「…………」
冬華は呆然とその背中を見送った。
(……怖い人ですね!?)
「はははっ!」
京楽が隣で笑っていた。
「いやあ、気に入られちゃったみたいだねえ」
「……京楽隊長、笑い事じゃありません!」
「大丈夫、大丈夫。ああいう人だから」
「全然大丈夫な気がしません!」
冬華は思わず頬を膨らませた。
そんなやり取りをしていると。
「……日番谷隊長」
「……!」
落ち着いた声が響いた。
振り返ると、そこには黒髪の青年が立っていた。
六番隊隊長、朽木白哉。
整った顔立ちに、静かな眼差し。
その佇まいには、名門貴族の当主らしい気品が漂っていた。
「朽木隊長!」
冬華は慌てて姿勢を正した。
「初めまして! 日番谷冬華です!」
「……朽木白哉だ」
白哉は短く答えた。
「隊長資格試験に合格したと聞いている」
「はい!」
「ならば、その実力に相応しい働きを期待する」
「……!」
冬華は真剣な表情で頷いた。
「はい! 頑張ります!」
「……うむ」
白哉はそれだけ告げると、静かに自分の位置へ戻っていった。
(……すごく真面目な人ですね)
冬華は小さく息を吐いた。
その時。
「日番谷隊長」
「……!」
今度は、柔らかな声が聞こえた。
振り返った先には、穏やかな笑みを浮かべる眼鏡の男。
五番隊隊長、藍染惣右介。
「隊長就任、おめでとう」
「……藍染隊長」
冬華は丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございます!」
「君のような若い死神が隊長になるとは、実に素晴らしいことだね」
藍染は優しく微笑んだ。
「これからの活躍を期待しているよ」
「はい!」
冬華も笑顔で応える。
けれど。
(……藍染惣右介)
胸の奥に、わずかな緊張が走った。
目の前の男が何者なのか。
冬華は知っている。
だが、それを表情に出すわけにはいかない。
「……ありがとうございます。精一杯務めます!」
「うん。期待しているよ」
藍染は穏やかに頷き、その場を離れた。
「…………」
冬華は静かに息を吐いた。
(……今は、まだ)
不用意に動くべきではない。
それだけは、分かっていた。
そして。
「――静粛に!」
山本総隊長の声が響いた。
室内の空気が、一瞬で引き締まる。
隊長たちが、それぞれの位置へ並んだ。
冬華も慌てて十番隊隊長の位置へ向かう。
「……よし」
小さく息を吐き、背筋を伸ばす。
山本が口を開いた。
「本日より、十番隊隊長に日番谷冬華が就任した」
静かな室内に、その声が響く。
「日番谷冬華」
「はい!」
「今後は護廷十三隊の隊長として、その責務を果たすがよい」
「――はい!」
冬華は力強く返事をした。
そして、並び立つ隊長たちへ向けて深く頭を下げる。
「十番隊隊長、日番谷冬華です!」
顔を上げる。
翡翠色の瞳には、確かな決意が宿っていた。
「まだ未熟なところもありますが、精一杯頑張ります!」
「よろしくお願いします!」
京楽が穏やかに微笑む。
浮竹も嬉しそうに頷いた。
白哉は静かに目を閉じ、更木は退屈そうに笑っている。
藍染は、いつもと変わらない穏やかな表情だった。
こうして。
日番谷冬華は、正式に護廷十三隊の隊長たちの一員となった。
◇◆◇
瀞霊廷、十番隊隊舎。
「……ただいま戻りました!」
冬華が隊舎へ足を踏み入れた、その瞬間。
「――冬華隊長ーっ!!」
「……わっ!?」
勢いよく飛び込んできたのは、松本乱菊だった。
――ぎゅうっ!
「きゃああっ! 可愛いーっ!」
「ま、松本さん!?」
乱菊は冬華を抱きしめながら、嬉しそうに笑った。
「もう! 隊長羽織、すっごく似合ってるじゃない!」
「えへへ……ありがとうございます!」
「それに、とうとう本当に隊長になっちゃったのね!」
「はい!」
冬華は嬉しそうに頷いた。
「これからも、よろしくお願いします!」
「もちろんよ!」
乱菊は満面の笑みを浮かべた。
「この松本乱菊、冬華隊長を全力でお支えします!」
「……松本さん!」
「だから、困ったことがあったら何でも言ってね!」
「はい!」
冬華は嬉しそうに微笑んだ。
すると。
「日番谷隊長! ご就任おめでとうございます!」
「おめでとうございます!」
周囲に集まっていた十番隊の隊士たちから、次々と声が上がった。
「……!」
冬華は少し驚いたように目を見開いた。
そして、満面の笑みを浮かべる。
「ありがとうございます!」
深く頭を下げた。
「これからも、よろしくお願いします!」
「「「はい!!」」」
元気な返事が、隊舎に響き渡った。
冬華は嬉しそうに笑った。
(……よかった)
隊長になったからといって、急に皆との関係が変わるわけではない。
それが、何より嬉しかった。
◇◆◇
「さて!」
乱菊が隊長室の扉を開けた。
「こちらが、今日から冬華隊長のお部屋でーす!」
「……!」
冬華はゆっくりと室内へ足を踏み入れた。
見慣れた部屋。
大きな机。
窓から差し込む柔らかな日差し。
かつて、志波一心が仕事をしていた場所。
「…………」
冬華は静かに机へ近づいた。
(……隊長さん)
あの豪快な笑い声が、今にも聞こえてきそうだった。
『よし! 今日も元気にいくぞ!』
そんな声を思い出し、冬華は小さく微笑む。
(……私、本当に隊長になりましたよ)
そして、ゆっくりと椅子に座った。
「……わあ」
思わず声が漏れる。
「なんだか、不思議な気分です」
「ふふっ。そうでしょうね」
乱菊が楽しそうに笑った。
「でも、これからはここが冬華隊長の席よ!」
「……はい!」
冬華は嬉しそうに頷いた。
しかし。
「……あれ?」
ふと、机の上に目を向ける。
そこには。
――ドサッ。
大量の書類が積まれていた。
「…………」
冬華は目を瞬かせた。
「……松本さん?」
「な、なあに?」
「……この書類は?」
「えっと……隊長のお仕事?」
「…………」
冬華はゆっくりと書類の山を見上げた。
一つ。
二つ。
三つ。
かなりの量だった。
「……これ、全部ですか?」
「うん!」
「…………」
冬華は再び乱菊へ視線を向けた。
「……松本さん」
「は、はい!」
「副隊長のお仕事は?」
「……え?」
「松本さんのお仕事です!」
「…………」
乱菊の視線が泳いだ。
「え、えっと……」
「……松本さん?」
「だ、大丈夫よ! ちゃんとやるから!」
「本当ですか!?」
「もちろん!」
乱菊は胸を張った。
「冬華隊長のためだもの!」
「……!」
冬華は嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます!」
「ふふっ!」
「では、まずはこちらの書類からお願いしますね!」
「……えっ?」
冬華は机の上から、分厚い書類の束を持ち上げた。
「副隊長の確認が必要なものを分けておきました!」
「…………」
乱菊の笑顔が固まった。
「……冬華ちゃん?」
「はい!」
「隊長になった途端、ちょっと厳しくなってない?」
「そんなことありませんよ?」
冬華はにっこりと微笑んだ。
「これからも、一緒に頑張りましょうね!」
「……はーい」
乱菊は肩を落とした。
その様子を見て、冬華はくすくすと笑った。
◇◆◇
夕暮れ。
十番隊隊舎、隊長室。
「……ふう」
冬華は書類から顔を上げた。
窓の外では、瀞霊廷の街並みが夕日に染まっている。
乱菊は先ほど、書類を抱えて副隊長室へ戻っていった。
室内には、静かな時間が流れていた。
「…………」
冬華は椅子から立ち上がり、窓辺へ歩み寄った。
白い隊長羽織が、ふわりと揺れる。
背中には、二本の氷輪丸。
冬華はそっと、その柄へ手を伸ばした。
(……草冠さん)
真央霊術院で出会った友人。
一緒に剣を振るい、笑い合った日々。
そして、最後に託された氷輪丸。
(……私、隊長になりましたよ)
冬華は静かに微笑んだ。
(あなたの氷輪丸も、ちゃんと一緒です)
それから。
(……隊長さん)
志波一心。
豪快で、自由で、少し困ったところもあった人。
けれど、誰よりも部下を大切にする隊長だった。
何度も稽古をつけてもらった。
頭を撫でてもらった。
自分なら隊長を目指せると、背中を押してもらった。
(……私、合格しました)
冬華は、そっと拳を握った。
(まだまだ未熟ですけど……)
窓の外へ視線を向ける。
夕日に染まる瀞霊廷。
そして、自分が守るべき十番隊。
(……今度は、私が守ります)
その翡翠色の瞳に、確かな決意が宿った。
「……よし!」
冬華は小さく気合を入れた。
振り返り、隊長机へ戻る。
そこには、まだまだ大量の書類が残っていた。
「……まずは、お仕事ですね!」
冬華は楽しそうに微笑んだ。
こうして。
護廷十三隊十番隊に、新たな隊長が誕生した。
その名は――日番谷冬華。
氷雪系最強の斬魄刀、氷輪丸を二本持つ少女。
彼女の新たな日々が、今、始まろうとしていた。
――第17話「十番隊隊長就任」・完。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
引き続きよろしくお願いします!