瀞霊廷、十番隊隊舎。
日番谷冬華が十番隊隊長に就任してから、数週間が経過した。
「……よし!」
隊長室の机に積まれていた最後の書類へ判を押し、冬華は満足そうに微笑んだ。
「これで午前中のお仕事は終わりですね!」
「お疲れさま、冬華隊長!」
向かいの机では、松本乱菊が大きく伸びをしていた。
「いやあ、冬華ちゃんが隊長になってから、書類仕事が早く終わるようになったわねえ」
「松本さんも、ちゃんとお仕事してくれるようになりましたからね!」
「……あら?」
「えへへ!」
冬華は楽しそうに笑った。
隊長になってからというもの、以前よりも忙しい毎日を送っている。
隊士たちの任務の割り振り。
各部隊との連絡。
現世から届く報告書の確認。
覚えることは山ほどあった。
それでも、冬華は充実した日々を過ごしていた。
「さて、それでは私は訓練場へ行ってきます!」
「えっ? また修行?」
「はい!」
冬華は元気よく頷いた。
「最近、あまり氷輪丸と向き合う時間が取れていませんでしたから!」
「……冬華ちゃん」
「はい?」
「たまには休んだら?」
「ちゃんと休んでいますよ?」
「いつ?」
「……寝る時です!」
「それは休息というより生活に必要なことでしょ!」
「……あれ?」
冬華が首を傾げると、乱菊は呆れたようにため息をついた。
「まったく……一心隊長とは違う意味で手がかかるんだから」
「えへへ……!」
「褒めてないわよ?」
「分かっています!」
冬華は笑いながら立ち上がった。
背中には、交差する二本の氷輪丸。
白い隊長羽織が、ふわりと揺れた。
「それでは、行ってきます!」
「はいはい。無理しないでね!」
「はい!」
◇◆◇
十番隊、訓練場。
「……ふう」
冬華は広々とした訓練場の中央に立ち、ゆっくりと息を吐いた。
背中から二本の氷輪丸を抜き放つ。
右手には、自分自身の氷輪丸。
左手には、草冠宗次郎から託された氷輪丸。
「――霜天に坐せ、氷輪丸!」
――ゴオオオッ!!
二本の刀身から、凄まじい冷気が噴き出した。
足元に霜が広がり、周囲の空気が一気に冷え込む。
「……よし!」
冬華は二本の氷輪丸を構えた。
そして、同時に振り抜く。
――ゴオオオオッ!!
二体の巨大な氷竜が生まれた。
一体は右から。
もう一体は左から。
轟音を響かせながら、訓練場の上空を駆け抜ける。
冬華は二本の刀を操り、氷竜の軌道を変化させた。
互いに交差し、旋回し、再び上昇する。
その動きは、以前よりも遥かに滑らかだった。
(……うん。二本同時の始解は、かなり安定してきましたね)
京楽春水から教わった二刀流。
そして、長年積み重ねてきた霊圧制御。
その成果は、確実に現れていた。
しかし。
「……あれ?」
冬華は、ふと眉を寄せた。
二体の氷竜が交差した瞬間。
互いの身体を構成する氷雪が、わずかに混ざり合ったのだ。
(……今のは?)
冬華は二本の氷輪丸へ視線を落とした。
どちらの刀からも、同じ冷気が流れている。
同じ名前。
同じ能力。
同じ氷雪系最強の斬魄刀。
けれど、これまでは別々の刀として扱ってきた。
「……もしかして」
冬華は小さく呟いた。
「二本の氷輪丸って……もっと深いところで繋がっているんでしょうか?」
試しに、二本の刀へ流す霊圧を揃えてみる。
右手と左手。
それぞれに流れる霊圧を、少しずつ同調させていく。
すると。
――ゴウンッ!!
「……っ!」
二本の氷輪丸が、同時に震えた。
上空を舞っていた二体の氷竜が、互いに引き寄せられる。
そして。
――ゴオオオオオッ!!
二体の氷竜が重なり合い、巨大な冷気の渦が生まれた。
「……すごい!」
冬華は驚きながらも、すぐに霊圧を制御した。
冷気の渦が収束し、氷竜が消えていく。
「…………」
静寂が戻った訓練場。
冬華は二本の氷輪丸を見つめた。
(……今まで、こんな反応はありませんでした)
まるで。
二本の氷輪丸が、互いを呼び合っているようだった。
「……氷輪丸」
冬華は静かに微笑んだ。
「少し、お話ししましょうか」
◇◆◇
――氷の世界。
果てしなく広がる氷原。
頭上には、暗い空。
遠くには巨大な氷山が連なっている。
冬華は、その中央に立っていた。
「……久しぶりですね」
自分自身の精神世界。
氷輪丸と向き合うため、何度も訪れた場所だった。
しかし。
「……!」
冬華は目を見開いた。
目の前に、巨大な氷竜がいた。
いや。
二体。
二体の巨大な氷竜が、冬華を見下ろしていた。
一体は、これまで何度も言葉を交わしてきた氷輪丸。
そして、もう一体。
その姿を見た瞬間、冬華は理解した。
「……草冠さんの、氷輪丸?」
二体の氷竜が、静かに冬華を見つめる。
『……ようやく気づいたか』
低く、重厚な声が響いた。
「……氷輪丸!」
冬華は嬉しそうに顔を上げた。
『二つの刃。二つの力』
『されど、我らの名は一つ』
「……はい」
冬華はゆっくりと頷いた。
『汝はこれまで、我らを二振りの刀として扱ってきた』
『それは間違いではない』
『だが、それだけが我らの在り方ではない』
「……!」
冬華は二体の氷竜を見上げた。
「……もしかして」
小さく息を呑む。
「二本の氷輪丸を、一つにできるんですか?」
二体の氷竜が、同時に瞳を細めた。
『汝が望むならば』
「…………」
冬華は、そっと胸に手を当てた。
草冠宗次郎。
真央霊術院で出会った、大切な友人。
一緒に剣を振るい、笑い合った日々。
そして、最後に託された氷輪丸。
(……草冠さん)
冬華は静かに目を閉じた。
あの日から、ずっと二本の氷輪丸を使い続けてきた。
草冠の氷輪丸を失いたくなかった。
彼が生きていた証を、手放したくなかった。
けれど。
「……一つ、聞いてもいいですか?」
『申してみよ』
「二本が一つになったら……草冠さんの氷輪丸は、なくなってしまうんでしょうか?」
二体の氷竜は、しばらく沈黙した。
やがて。
『否』
「……!」
『二つの力を重ねることと、一方を失うことは異なる』
『汝が二振りを求めれば、我らは二振りの刃となろう』
『汝が一つの力を求めれば、我らは一振りの刃となろう』
冬華の翡翠色の瞳が、大きく見開かれた。
「……そう、なんですね」
そして。
「……よかった」
心から安堵したように微笑んだ。
「私、どちらの氷輪丸も大切なんです」
冬華は二体の氷竜を見上げた。
「草冠さんが託してくれた氷輪丸も」
「ずっと私と一緒にいてくれた、あなたも」
その声には、迷いがなかった。
「だから……これからも、二本とも一緒に戦ってください!」
――ゴオオオオオッ!!
二体の氷竜が、同時に咆哮した。
氷原が震える。
巨大な氷山が軋み、空から無数の雪が舞い落ちる。
そして。
二体の氷竜が、ゆっくりと空へ昇った。
互いに旋回しながら、その身体を重ねていく。
――ゴオオオオオオッ!!
凄まじい冷気が、世界を包み込んだ。
冬華は銀白色の髪を揺らしながら、その光景を見上げていた。
二体の氷竜が、一つになる。
やがて、冷気の渦が晴れた。
そこにいたのは。
一体の、巨大な氷竜。
先ほどまでの二体を遥かに上回る、雄大な姿だった。
『……日番谷冬華』
「……はい!」
『我らの力、汝に託そう』
冬華は満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます、氷輪丸!」
◇◆◇
十番隊、訓練場。
「…………」
冬華は、ゆっくりと目を開いた。
両手には、二本の氷輪丸。
しかし、先ほどまでとは明らかに違っていた。
(……分かります)
二本の刀から伝わる霊圧。
それぞれが独立していながら、深いところで繋がっている。
(……二本とも、ちゃんとここにいる)
冬華は嬉しそうに微笑んだ。
「……よし!」
二本の氷輪丸を構える。
そして、ゆっくりと息を吸った。
「――卍解」
――ゴウンッ!!
二本の刀身が、同時に輝いた。
「大紅蓮氷輪丸!!」
――ゴオオオオオオッ!!
凄まじい冷気が、訓練場を包み込んだ。
二本の氷輪丸から溢れ出した氷雪が、巨大な渦となって巻き上がる。
その中心で、二本の刀身が重なり合った。
――キィィィン!!
澄んだ音が響く。
そして。
冬華の手には、一本の氷輪丸が握られていた。
――バサァッ!!
背中から、巨大な氷の翼が広がる。
長い氷の尾。
手足を覆う氷。
背後には、十二枚の氷華。
大紅蓮氷輪丸。
その姿は、これまでの卍解と大きく変わらない。
しかし。
「……っ!」
冬華は思わず息を呑んだ。
(……なんて、霊圧……!)
身体の奥から、凄まじい力が湧き上がってくる。
これまでの卍解とは、比較にならない。
氷雪の力が、全身を駆け巡っていた。
そして。
――ひらり。
「……あれ?」
冬華の頬に、冷たいものが触れた。
白い、小さな結晶。
「……雪?」
冬華は空を見上げた。
青空から、雪が舞い落ちていた。
一つ。
二つ。
三つ。
やがて、無数の雪が降り始める。
「……わあ」
冬華は目を輝かせた。
「……綺麗ですね」
けれど。
その雪は、十番隊の訓練場だけに降っていたわけではなかった。
――瀞霊廷。
白い雪が、静かに舞い落ちていた。
一番隊隊舎。
六番隊隊舎。
八番隊隊舎。
そして、瀞霊廷の街並み。
季節外れの雪が、瀞霊廷全域を包み込んでいた。
それは、二本の氷輪丸が融合したことで生まれた、あまりにも強大な氷雪の力の余波だった。
――ゴオオオッ!!
冬華の背中で、巨大な氷の翼が広がる。
その周囲には、無数の氷の結晶が浮かんでいた。
(……すごい)
冬華は氷輪丸を見つめた。
(……これが、二本の氷輪丸の力……!)
試しに、刀を振り上げる。
――ゴオオオオッ!!
巨大な氷竜が生まれた。
これまでの氷竜を遥かに上回る大きさ。
その巨体が、訓練場の上空を駆け抜ける。
「……っ!」
冬華はすぐに氷竜を上空へ誘導した。
周囲の建物へ被害を出すわけにはいかない。
そして、氷竜を空中で霧散させる。
――パァァァッ!!
無数の氷の結晶が、空へ散った。
「……ふう」
冬華は小さく息を吐いた。
しかし。
「……っ!?」
突然、身体に強い負担がかかった。
背中の氷の翼が、わずかに揺らぐ。
――パキッ。
背後に浮かぶ氷華の一枚に、亀裂が走った。
(……霊圧の消費が、速い……!)
冬華は眉を寄せた。
力は確かに増している。
だが、その膨大な力を維持するだけでも、以前より遥かに多くの霊圧を消費していた。
(……まだ、上手く扱えていませんね)
冬華は無理をせず、刀を下ろした。
巨大な氷の翼が、静かに砕け散る。
氷の尾も、手足を覆っていた氷も消えていった。
そして。
一本になっていた氷輪丸が、再び二本の刀へと分かれた。
「……ふうっ!」
冬華は大きく息を吐いた。
「……やっぱり、まだまだですね」
けれど、その表情は明るかった。
二本の氷輪丸を見つめ、嬉しそうに笑う。
「でも……!」
「これから、もっと強くなれます!」
◇◆◇
「――冬華隊長ーっ!!」
「……わっ!?」
突然、訓練場の入口から大きな声が響いた。
振り返ると、松本乱菊が駆け込んできた。
「ちょっと! 冬華隊長!」
「ま、松本さん!?」
「これ、どういうこと!?」
乱菊は空を指差した。
そこでは、今も白い雪が舞い落ちていた。
「瀞霊廷中で雪が降ってるんだけど!?」
「……えっ?」
「しかも、十番隊の方からすごい霊圧がしたって、あちこちから連絡が来てるのよ!」
「…………」
冬華は、ゆっくりと空を見上げた。
ひらひらと舞い落ちる雪。
そして、自分の手にある二本の氷輪丸。
「……もしかして」
「……もしかして?」
「……私、でしょうか?」
「他に誰がいるのよーっ!!」
「ひゃっ!?」
乱菊の声が訓練場に響き渡った。
「もう! 新しい隊長がいきなり瀞霊廷中に雪を降らせるなんて、聞いたことないわよ!」
「ご、ごめんなさい!」
「まったく……!」
乱菊は大きくため息をついた。
しかし、すぐに冬華の様子に気づいた。
「……それで?」
「……はい?」
「何かあったんでしょ?」
冬華は一瞬きょとんとした。
そして。
「……えへへ!」
嬉しそうに笑った。
「実は、二本の氷輪丸を一つにできるようになったんです!」
「……えっ?」
「卍解の時だけなんですけど!」
「…………」
乱菊は目を瞬かせた。
「……二本を、一つに?」
「はい!」
冬華は二本の氷輪丸を持ち上げた。
「どちらもなくならずに、力を合わせられるようになりました!」
「……そう」
乱菊は、しばらく二本の刀を見つめた。
草冠宗次郎から託された氷輪丸。
冬華が、ずっと大切にしてきたもの。
その意味を、乱菊も知っている。
「……よかったじゃない」
「……はい!」
冬華は満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます!」
乱菊は優しく微笑んだ。
そして。
「……でも!」
「……はい?」
「瀞霊廷中に雪を降らせた件は、ちゃんと報告書を書いてもらうからね!」
「……ええっ!?」
「当然でしょ!」
「そ、そんなあ……!」
冬華は思わず肩を落とした。
その様子を見て、乱菊は楽しそうに笑った。
◇◆◇
夕暮れ。
十番隊隊舎、訓練場。
雪は、ようやく降りやんでいた。
冬華は一人、静かな訓練場に立っていた。
背中には、二本の氷輪丸。
白い隊長羽織が、夕風に揺れる。
「…………」
冬華は、そっと背中の刀へ触れた。
(……草冠さん)
真央霊術院で出会った、大切な友人。
彼が最後に託してくれた氷輪丸。
その刀は、今も確かにここにある。
(……あなたの氷輪丸、私の氷輪丸と一つになれるようになりましたよ)
冬華は静かに微笑んだ。
(でも、安心してくださいね)
(……二本とも、ちゃんと大切にしますから)
そして、空を見上げる。
夕日に染まった空には、もう雪は降っていない。
けれど、冬華の胸には確かな手応えが残っていた。
(……それにしても)
冬華は、そっと自分の手を見つめた。
融合した大紅蓮氷輪丸。
あの圧倒的な氷雪の力。
しかし、まだ十分に制御できていない。
霊圧の消費も激しい。
それでも。
(……氷華が、全部散ったら)
冬華は、そっと自分の手を見つめた。
(原作では、そこから大紅蓮氷輪丸の真の力が解放されるはずです)
けれど。
(……今の私の氷輪丸は、原作とは違いますからね)
二本の氷輪丸。
本来なら存在しないはずの、二振りの斬魄刀。
そして、今回成功した融合。
(……この状態で氷華がすべて散ったら、どうなるんでしょう?)
原作と同じように、完成した大紅蓮氷輪丸へ至るのか。
それとも、まったく別の変化が起こるのか。
それは、冬華にも分からなかった。
「……ふふっ!」
それでも、冬華は楽しそうに微笑んだ。
「楽しみですね、氷輪丸!」
背中の二本の刀が、冷たい風に小さく揺れた。
こうして。
日番谷冬華は、二本の氷輪丸の力を一つにすることに成功した。
しかし、それは完成ではない。
氷雪系最強の斬魄刀。
その真の力へ至る道は、まだ続いている。
――第18話「双竜の融合」・完。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
引き続きよろしくお願いします!