日番谷に転生した   作:使い手なない

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第19話「鏡花水月」

 

 瀞霊廷、十番隊隊舎。

 

 日番谷冬華が十番隊隊長に就任してから、数年の月日が流れた。

 

 かつて二本の氷輪丸を融合させ、瀞霊廷全域に雪を降らせた少女は、今も変わらず修行に励んでいた。

 

「――卍解!」

 

 ――ゴオオオオオッ!!

 

「大紅蓮氷輪丸!!」

 

 凄まじい冷気が、訓練場に吹き荒れた。

 

 二本の氷輪丸が重なり合い、一本の刀へと変化する。

 

 背中から巨大な氷の翼が広がり、長い氷の尾が伸びた。

 

 手足を覆う氷。

 

 そして、背後に浮かぶ十二枚の氷華。

 

 融合した大紅蓮氷輪丸。

 

 しかし、その力は数年前とは大きく異なっていた。

 

「……よし!」

 

 冬華は満足そうに微笑んだ。

 

 以前は卍解を発動するだけで、瀞霊廷全域に雪が降ってしまった。

 

 だが、今は違う。

 

 膨大な氷雪の力を、自分の意思で制御できるようになっていた。

 

 周囲に漏れ出す冷気は最小限。

 

 訓練場の外には、霜一つ広がっていない。

 

(……うん。随分と安定しましたね)

 

 冬華は氷輪丸を構えた。

 

「――氷竜旋尾!」

 

 ――ゴオオオッ!!

 

 巨大な氷竜が生まれた。

 

 その巨体が訓練場の上空を駆け抜ける。

 

 冬華は刀を振るい、氷竜の軌道を変化させた。

 

 右へ。

 

 左へ。

 

 そして、急上昇。

 

 氷竜は空中で大きく旋回すると、無数の氷の結晶となって消えていった。

 

「……ふふっ!」

 

 冬華は嬉しそうに笑った。

 

(……いい感じです!)

 

 数年間の修行によって、融合卍解の霊圧消費は大幅に改善されていた。

 

 以前なら、これほどの氷雪を操ればすぐに維持が難しくなっていただろう。

 

 しかし、今はまだ余裕がある。

 

 そして。

 

 ――パキッ。

 

 背後の氷華が、一枚砕けた。

 

「……!」

 

 冬華は振り返った。

 

 残り十一枚。

 

 さらに時間が経過する。

 

 ――パキッ。

 

 十枚。

 

 九枚。

 

 八枚。

 

 冬華は呼吸を整えながら、霊圧を循環させ続けた。

 

(……まだ、いけます!)

 

 背中の氷の翼が大きく広がる。

 

 全身を流れる霊圧を調整し、卍解の維持に集中する。

 

 やがて。

 

 ――パキッ。

 

 残り三枚。

 

 二枚。

 

 そして。

 

 ――パキンッ!

 

「……っ!」

 

 最後の一枚。

 

 冬華の翡翠色の瞳が、鋭く細められた。

 

(……あと、一枚!)

 

 原作では、この氷華がすべて散った時、大紅蓮氷輪丸は完成する。

 

 しかし、今の自分が使っているのは、二本の氷輪丸が融合した卍解。

 

 同じ変化が起こる保証はない。

 

(……それでも!)

 

 冬華は霊圧を集中させた。

 

 ――ゴウンッ!!

 

 氷の翼が震える。

 

 身体の奥から、強い負担が押し寄せた。

 

「……くっ!」

 

 冬華は歯を食いしばった。

 

 あと少し。

 

 もう少しで、最後の氷華が散る。

 

 しかし。

 

 ――ピシッ。

 

 氷の翼に亀裂が走った。

 

(……駄目ですね)

 

 冬華は、すぐに判断した。

 

 ここで無理に霊圧を注ぎ込めば、制御を失う可能性がある。

 

 隊長として、周囲へ被害を出すわけにはいかない。

 

「……今日は、ここまでです!」

 

 冬華は静かに刀を下ろした。

 

 ――パァァァッ!!

 

 氷の翼が砕け散る。

 

 氷の尾も、手足を覆っていた氷も消えていった。

 

 一本になっていた氷輪丸が、再び二本へと分かれる。

 

「……ふうっ!」

 

 冬華は大きく息を吐いた。

 

「……惜しかったですねえ」

 

 少し残念そうに呟く。

 

 けれど、その表情は明るかった。

 

「でも、前よりずっと長く維持できました!」

 

 冬華は二本の氷輪丸を見つめた。

 

「ありがとうございます、氷輪丸!」

 

 そして、嬉しそうに微笑んだ。

 

     ◇◆◇

 

「――冬華隊長ー!」

 

「あっ、松本さん!」

 

 訓練場の入口から、松本乱菊が歩いてきた。

 

「もう! また修行してたの?」

 

「はい!」

 

「……本当に好きねえ」

 

「えへへ!」

 

 冬華は笑いながら二本の氷輪丸を背中へ戻した。

 

 白い隊長羽織が、ふわりと揺れる。

 

 数年の間に、冬華の背丈も随分と伸びていた。

 

 今では百四十五センチほど。

 

 もっとも、乱菊と並べば、まだまだ小柄だったが。

 

「それで、今日はどうだったの?」

 

「聞いてください! 氷華が残り一枚になるまで卍解を維持できたんです!」

 

「あら、すごいじゃない!」

 

「はい!」

 

 冬華は満面の笑みを浮かべた。

 

「あと少しで、もっと強くなれそうなんです!」

 

「……冬華ちゃんって、本当に修行の話になると嬉しそうよね」

 

「だって、強くなれるのは楽しいですから!」

 

「ふふっ。そういうところは昔から変わらないわね」

 

 乱菊は楽しそうに笑った。

 

 そして、ふと思い出したように手を叩く。

 

「あっ、そうそう!」

 

「はい?」

 

「五番隊からお誘いが来てるわよ」

 

「……五番隊?」

 

「ええ。藍染隊長から、冬華隊長宛てに」

 

「…………」

 

 冬華の笑顔が、一瞬だけ止まりかけた。

 

 しかし、すぐに首を傾げる。

 

「藍染隊長から、ですか?」

 

「そう。なんでも、斬魄刀の始解を披露する会を開くんですって」

 

「……始解の?」

 

「ええ。五番隊の隊士たちにも見せるらしくて、冬華隊長もよかったらどうかって」

 

「…………」

 

 冬華は、静かに瞬きをした。

 

(……来ましたか)

 

 鏡花水月。

 

 藍染惣右介の斬魄刀。

 

 表向きは、霧と水流を操る流水系の能力。

 

 しかし、その本当の力は。

 

(……完全催眠)

 

 一度でも始解の解放を見た者を、五感すべてにわたって欺く恐るべき能力。

 

 原作では、多くの隊長たちがその術中に陥っていた。

 

 冬華は、その事実を知っている。

 

(……まさか、直接招待されるとは思いませんでしたね)

 

「冬華ちゃん?」

 

「……あっ、はい!」

 

「どうする?」

 

 冬華は少し考える素振りを見せた。

 

 断ることはできる。

 

 しかし、藍染から直接招待された以上、不自然に避け続けるのも得策ではない。

 

 それに。

 

(……準備は、してありますから)

 

 冬華はにっこりと微笑んだ。

 

「ぜひ、参加させていただきます!」

 

     ◇◆◇

 

 瀞霊廷、五番隊隊舎。

 

「冬華ちゃーん!」

 

「あっ! 桃ちゃん!」

 

 五番隊の廊下を歩いていた冬華へ、雛森桃が嬉しそうに駆け寄ってきた。

 

「来てくれたんだね!」

 

「はい! お誘いいただきましたから!」

 

「えへへ! 嬉しいなあ!」

 

 桃は満面の笑みを浮かべた。

 

 二人は幼い頃からの友人だ。

 

 冬華が死神になってからも、時間を見つけては一緒に食事をしたり、近況を話したりしている。

 

 その関係は、今も変わっていなかった。

 

「それにしても、冬華ちゃん」

 

「はい?」

 

「隊長羽織、すっかり似合うようになったね!」

 

「えへへ! ありがとうございます!」

 

 冬華は嬉しそうに笑った。

 

「桃ちゃんも、副隊長のお仕事は順調ですか?」

 

「うん! 藍染隊長がいつも丁寧に教えてくださるから!」

 

「……そうなんですね」

 

「本当にすごい方なんだよ! 隊士のこともよく見てくださるし、いつも優しくて……!」

 

 藍染の話をする桃の表情は、とても明るかった。

 

 冬華は、その姿を静かに見つめた。

 

(……桃ちゃん)

 

 原作の雛森桃。

 

 藍染惣右介を心から尊敬し、その裏切りによって深く傷ついた少女。

 

 目の前の幼馴染は、まだ何も知らない。

 

 自分が信じている隊長の、本当の姿を。

 

「……冬華ちゃん?」

 

「……あっ!」

 

 冬華は微笑んだ。

 

「桃ちゃん、本当に藍染隊長のことを尊敬しているんですね!」

 

「うん!」

 

 桃は嬉しそうに頷いた。

 

「私も、いつか藍染隊長みたいに立派な死神になりたいな!」

 

「……ふふっ」

 

 冬華は優しく笑った。

 

「桃ちゃんは、もう十分立派な死神ですよ!」

 

「ええっ!? そ、そんなことないよ!」

 

「そんなことあります!」

 

「もう、冬華ちゃんったら!」

 

 二人は顔を見合わせて笑った。

 

 その時だった。

 

「――楽しそうだね、二人とも」

 

「……!」

 

 穏やかな声が、廊下に響いた。

 

 振り返ると、そこには一人の男性が立っていた。

 

 眼鏡をかけた、柔和な表情の死神。

 

 五番隊隊長。

 

 藍染惣右介。

 

「あっ! 藍染隊長!」

 

 桃が嬉しそうに声を上げた。

 

 冬華も、自然に微笑む。

 

「こんにちは、藍染隊長!」

 

「こんにちは、日番谷隊長」

 

 藍染は穏やかに笑った。

 

「今日は来てくれてありがとう」

 

「いえ! こちらこそ、お招きいただきありがとうございます!」

 

「君のような若い隊長に見てもらえるのは、私としても嬉しいよ」

 

「えへへ……!」

 

 冬華は少し照れたように笑った。

 

 藍染とは、これまでにも隊首会や隊長同士の会合で何度か顔を合わせている。

 

 いつも物腰が柔らかく、誰に対しても丁寧な人物。

 

 少なくとも、表面上は。

 

「そういえば、日番谷隊長」

 

「はい?」

 

「君の氷輪丸については、以前から興味があったんだ」

 

「……私の氷輪丸、ですか?」

 

「ああ。二振りの同じ斬魄刀を持ち、卍解では一つの力になる。実に珍しい現象だからね」

 

 藍染は穏やかに微笑んだ。

 

「数年前には、瀞霊廷全域に雪を降らせたこともあったそうじゃないか」

 

「……うっ!」

 

 冬華は思わず肩を震わせた。

 

「そ、それは……まだ制御が未熟だった頃の話でして……!」

 

「ははは。責めているわけじゃないよ」

 

「そ、そうですか……!」

 

 冬華はほっと胸を撫で下ろした。

 

 桃がくすくすと笑う。

 

「冬華ちゃん、あの時は大変だったんだよね?」

 

「もう! 桃ちゃんまで!」

 

 三人の間に、穏やかな笑い声が響いた。

 

 しかし。

 

(……やっぱり、気にしているんですね)

 

 冬華は笑顔のまま考えていた。

 

 藍染が二本の氷輪丸に関心を持つこと自体は、不思議ではない。

 

 けれど、この人物の興味を、単なる好奇心として受け取るわけにはいかなかった。

 

「さて」

 

 藍染が静かに口を開いた。

 

「そろそろ始めようか」

 

     ◇◆◇

 

 五番隊、訓練場。

 

 そこには、多くの隊士たちが集まっていた。

 

 中央には藍染惣右介。

 

 その周囲に、五番隊の隊士たちが並んでいる。

 

 冬華は桃とともに、少し離れた場所に立っていた。

 

「楽しみだね、冬華ちゃん!」

 

「はい!」

 

 冬華は元気よく頷いた。

 

 しかし、その内心は穏やかではなかった。

 

(……さて)

 

 藍染の腰には、一振りの斬魄刀。

 

 鏡花水月。

 

 冬華は、そっと呼吸を整えた。

 

(……準備しましょうか)

 

 数年前から、密かに研究を続けてきたものがある。

 

 氷輪丸の氷雪能力。

 

 そして、幼少期から磨き続けてきた精密な霊圧操作。

 

 その二つを組み合わせ、冬華は極めて薄い氷の膜を作り出せるようになっていた。

 

 透明で、柔軟性を持ち、瞳の表面に沿うほど薄い氷膜。

 

 いわば、氷のコンタクトレンズ。

 

 普段は透明なまま視界を確保できる。

 

 しかし、霊圧をわずかに変化させれば、瞬時に光を遮断できる。

 

 鏡花水月への対策として、冬華が準備してきたものだった。

 

(……これなら)

 

 目を閉じる必要はない。

 

 顔を背ける必要もない。

 

 ただ、解放を見なければいい。

 

 冬華は、誰にも気づかれないように両目を覆う氷膜を形成した。

 

 冷たさは、ほとんど感じない。

 

 視界も普段と変わらなかった。

 

「――それでは、始めよう」

 

 藍染の声が響いた。

 

 隊士たちが、一斉に姿勢を正す。

 

「私の斬魄刀、鏡花水月は流水系の能力を持っている」

 

 藍染は静かに説明を始めた。

 

「霧と水流による光の乱反射を利用し、敵の視覚を惑わせることができるんだ」

 

 隊士たちから、感心したような声が漏れる。

 

 桃も熱心に耳を傾けていた。

 

 冬華は、その横顔をちらりと見た。

 

(……桃ちゃん)

 

 そして、正面へ視線を戻す。

 

(……大丈夫です)

 

(私が、ちゃんと覚えていますから)

 

 藍染が、ゆっくりと斬魄刀を抜いた。

 

 ――シャキン。

 

 澄んだ金属音が響く。

 

 冬華の心臓が、わずかに高鳴った。

 

(……来ます)

 

 藍染が刀を掲げる。

 

 その瞬間。

 

 冬華は、氷膜へ流す霊圧を変化させた。

 

 ――すっ。

 

 視界が、白く染まった。

 

 何も見えない。

 

 藍染の姿も。

 

 斬魄刀も。

 

 周囲の隊士たちも。

 

 しかし、冬華は表情を変えなかった。

 

 長年磨いてきた霊圧感知によって、周囲の気配は把握できている。

 

 そして。

 

「――砕けろ、鏡花水月」

 

 藍染の声が響いた。

 

 ――キィィィン。

 

 澄んだ音が、訓練場に広がる。

 

「……おおっ!」

 

「すごい……!」

 

 隊士たちから感嘆の声が上がった。

 

「冬華ちゃん! 見て見て!」

 

 隣で桃が嬉しそうに声を上げる。

 

「……はい! すごいですね!」

 

 冬華は笑顔で答えた。

 

 もちろん、何も見えていない。

 

(……落ち着いて)

 

(まだ、戻してはいけません)

 

 冬華は氷膜を維持したまま、周囲の声に耳を傾けた。

 

 隊士たちは、藍染の始解によって生み出された光景に驚いているようだった。

 

 霧。

 

 水流。

 

 光の揺らめき。

 

 しかし、それらが本当に存在しているとは限らない。

 

(……完全催眠)

 

 冬華は、改めてその恐ろしさを実感した。

 

 一度でも解放を見れば、五感すべてを欺かれる。

 

 たとえ相手の能力を知っていても、見せられているものが真実かどうか判断できなくなる。

 

 それが、鏡花水月。

 

 やがて。

 

「――以上が、私の斬魄刀の能力だよ」

 

 藍染の声が響いた。

 

 続いて、刀を鞘へ納める音。

 

 冬華は、さらに数拍待った。

 

 周囲の霊圧に大きな変化がないことを確認し、氷膜をゆっくりと透明へ戻していく。

 

 視界が開けた。

 

 目の前には、穏やかに微笑む藍染がいた。

 

 周囲の隊士たちは、興奮した様子で感想を語り合っている。

 

 桃も嬉しそうだった。

 

「すごかったね、冬華ちゃん!」

 

「はい! さすが藍染隊長ですね!」

 

 冬華は自然に笑った。

 

 しかし。

 

(……本当に、回避できたんでしょうか)

 

 胸の奥には、わずかな不安が残っていた。

 

 原作知識では、解放を見なければ完全催眠にはかからないはず。

 

 自分の目で、あの瞬間を見ていないことも確かだ。

 

 けれど。

 

(……相手は、藍染惣右介ですからね)

 

 油断するつもりはなかった。

 

     ◇◆◇

 

「――日番谷隊長」

 

「……はい!」

 

 披露会が終わり、隊士たちが解散し始めた頃。

 

 藍染が冬華へ声をかけた。

 

「今日はどうだったかな?」

 

 冬華は、にっこりと微笑んだ。

 

「とても勉強になりました!」

 

「それはよかった」

 

 藍染も穏やかに笑った。

 

「君の氷輪丸とは、また違った性質の斬魄刀だからね」

 

「はい! 斬魄刀には本当に色々な能力があるんですね!」

 

「そうだね」

 

 藍染は静かに頷いた。

 

「だからこそ、私は斬魄刀というものに興味が尽きないんだ」

 

「……なるほど!」

 

 冬華は感心したように頷いた。

 

 藍染は、しばらく冬華を見つめていた。

 

「……ところで、日番谷隊長」

 

「はい?」

 

「君は、随分と霊圧の制御が上手くなったようだね」

 

「……!」

 

 冬華の胸が、一瞬だけ跳ねた。

 

 しかし、表情は変えない。

 

「えへへ! ありがとうございます!」

 

「以前よりも、霊圧の揺らぎが少ない。日頃から相当な修行を積んでいるんだろう?」

 

「はい! 毎日頑張っています!」

 

「素晴らしいことだ」

 

 藍染は穏やかに微笑んだ。

 

「君がこれからどこまで成長するのか、楽しみにしているよ」

 

「ありがとうございます、藍染隊長!」

 

 冬華は深く頭を下げた。

 

 その姿を、藍染は静かに見つめていた。

 

 やがて。

 

「それでは、また隊首会で」

 

「はい! 失礼します!」

 

 冬華は明るく挨拶をして、その場を後にした。

 

     ◇◆◇

 

 夕暮れ。

 

 五番隊隊舎から十番隊へ続く道。

 

「今日は楽しかったね、冬華ちゃん!」

 

「はい!」

 

 冬華は隣を歩く桃へ笑顔を向けた。

 

「桃ちゃんとも、たくさんお話しできましたし!」

 

「えへへ! 私も!」

 

 桃は嬉しそうに笑った。

 

「また今度、一緒にお茶しようね!」

 

「もちろんです!」

 

「約束だよ?」

 

「はい! 約束です!」

 

 二人は笑い合った。

 

 やがて、分かれ道へ差しかかる。

 

「それじゃあ、冬華ちゃん!」

 

「はい! また会いましょう、桃ちゃん!」

 

 桃は元気よく手を振り、五番隊隊舎へ戻っていった。

 

 冬華も手を振り返す。

 

 そして。

 

「…………」

 

 一人になった冬華は、静かに息を吐いた。

 

(……鏡花水月)

 

 藍染の始解。

 

 完全催眠。

 

 その恐ろしさは、原作知識として理解していた。

 

 しかし、実際に目の前で解放されると、想像以上の緊張感があった。

 

(……氷のコンタクトレンズは、上手く機能しました)

 

 少なくとも、自分の視界を遮断することには成功した。

 

 藍染の解放も、直接見てはいない。

 

 だが。

 

(……完全催眠にかかっていないと、証明できたわけではありません)

 

 冬華は、そっと目を伏せた。

 

 そして、先ほどの藍染の言葉を思い出す。

 

『君は、随分と霊圧の制御が上手くなったようだね』

 

「…………」

 

 単なる褒め言葉だったのか。

 

 それとも、何かに気づいていたのか。

 

 冬華には分からない。

 

(……やっぱり、怖い人ですね)

 

 思わず苦笑する。

 

 けれど。

 

「……ふふっ!」

 

 冬華は、すぐに顔を上げた。

 

(……でも)

 

(何もしないまま、原作と同じ未来を迎えるつもりはありません!)

 

 背中には、二本の氷輪丸。

 

 草冠宗次郎から託された刀。

 

 そして、自分自身の刀。

 

 これまで積み重ねてきた修行。

 

 京楽春水から学んだ二刀流。

 

 志波一心から教わった戦い方。

 

 多くの人たちに支えられながら、冬華はここまで強くなった。

 

(……桃ちゃんも)

 

(松本さんも)

 

(みんな、守りたいですからね)

 

 冬華は、そっと背中の氷輪丸へ触れた。

 

 藍染惣右介。

 

 原作で、尸魂界を大きく揺るがした男。

 

 その計画が、いつ本格的に動き始めるのか。

 

 冬華は、おおよその流れを知っている。

 

 しかし、今の世界が原作と同じ未来へ進む保証はない。

 

 だからこそ。

 

「……これからも、頑張りましょうね!」

 

 冬華は二本の氷輪丸へ、明るく語りかけた。

 

 夕日に照らされた白い隊長羽織が、風に揺れる。

 

 その翡翠色の瞳には、確かな決意が宿っていた。

 

 藍染惣右介との、静かな駆け引き。

 

 それはまだ、始まったばかりだった。

 

 ――第19話「鏡花水月」・完。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

引き続きよろしくお願いします!
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