日番谷に転生した   作:使い手なない

2 / 2
第2話「小さな決意」

 

 尸魂界、西流魂街一区――潤林安。

 

 雛森桃が真央霊術院へ旅立ってから、数か月が経った。

 

「……ふぅ」

 

 朝日が差し込む庭先で、一人の少女が小さく息を吐いた。

 

 銀白色の髪に、翡翠色の瞳。

 

 日番谷冬華である。

 

 その小さな身体には、目には見えないほど薄い霊圧の膜が纏われていた。

 

(……よし。今日も安定していますね)

 

 冬華は自分の両手を見下ろした。

 

 霊圧を身体の外へ放出するだけなら、それほど難しくない。

 

 問題は、その霊圧を一定の厚さに保ち続けることだった。

 

 少しでも集中を乱せば、膜は途切れてしまう。

 

 しかも、全身を覆うとなれば、制御する範囲も広い。

 

(最初は三分も維持できませんでしたけど……)

 

 今では、普通に歩き回る程度なら問題なく維持できるようになっていた。

 

 もっとも、まだ一層だけだ。

 

 冬華が目指しているのは、その百倍。

 

 百層の霊圧膜を、それぞれ独立して制御することだった。

 

(百層……。我ながら、とんでもない目標を立てましたね)

 

 思わず苦笑する。

 

 けれど、無意味な修行ではない。

 

 霊圧を精密に操れるようになれば、防御だけでなく、攻撃や斬魄刀の操作にも応用できるはずだ。

 

 何より、将来の強敵たちを考えれば、これくらいの努力は必要だろう。

 

「冬華ー! 朝ご飯だよー!」

 

「あっ、はーい!」

 

 おばあちゃんの声が聞こえた。

 

 冬華は霊圧膜を維持したまま、元気よく家へ駆け込んだ。

 

     ◇◆◇

 

「最近、ずいぶん早起きだねえ」

 

「えへへ。朝の空気が気持ちいいですから!」

 

「それだけじゃないだろう?」

 

「……ばれました?」

 

「ふふふ。冬華のことなら、何でもお見通しだよ」

 

 おばあちゃんは楽しそうに笑った。

 

 冬華もつられて微笑む。

 

「でも、無理はしていませんよ?」

 

「本当かい?」

 

「はい! ちゃんと休憩もしています!」

 

「それならいいんだけどねえ」

 

 おばあちゃんは冬華の頭を優しく撫でた。

 

「桃ちゃんに会うためにも、元気でいなくちゃね」

 

「……はい!」

 

 冬華は嬉しそうに頷いた。

 

 桃が旅立ってから、家の周りは少し静かになった。

 

 以前は毎日のように遊びに来ていた友達。

 

 その声が聞こえないのは、やっぱり寂しい。

 

 けれど。

 

(約束しましたからね)

 

 いつか、真央霊術院で再会する。

 

 その約束が、冬華の背中を押していた。

 

     ◇◆◇

 

 それから、さらに半年が過ぎた。

 

「……二層目!」

 

 冬華の身体を覆う霊圧が、わずかに揺らめいた。

 

 一層目の上に、もう一枚。

 

 極薄の霊圧膜が重なる。

 

(……できた!)

 

 冬華の顔がぱっと明るくなった。

 

 しかし。

 

「……あっ」

 

 喜んだ瞬間、二層目が消えた。

 

「むぅ……」

 

 冬華は小さく頬を膨らませた。

 

(喜ぶのは、安定させてからですね)

 

 気を取り直して、もう一度。

 

 一層目。

 

 二層目。

 

 今度は慎重に、霊圧の流れを整えていく。

 

 数秒。

 

 十数秒。

 

 そして――。

 

「……やった!」

 

 二層の霊圧膜が、安定した。

 

 冬華は思わず両手を握りしめる。

 

 百層には、まだ遠い。

 

 それでも、確かな一歩だった。

 

     ◇◆◇

 

 修行は霊圧制御だけではない。

 

 冬華は毎朝、町外れの道を走るようになった。

 

「はっ……はっ……!」

 

 小さな足で地面を蹴る。

 

 最初はすぐに息が上がっていたが、今では随分と長い距離を走れるようになった。

 

 身体を動かすこと。

 

 霊圧を操ること。

 

 どちらも大切だ。

 

(原作の日番谷隊長も、天才とはいえ努力していたはずですから)

 

 冬華は額の汗を拭った。

 

(……それにしても)

 

 自分の小さな手足を見下ろす。

 

(この身体、いつになったら大きくなるんでしょう?)

 

 周囲の子供たちと比べても、冬華はかなり小柄だった。

 

 原作の日番谷冬獅郎も小柄だったことを考えると、少々不安になる。

 

(……まあ、可愛いからいいですけど)

 

 冬華は小さく笑った。

 

 そして、再び走り出した。

 

     ◇◆◇

 

 さらに時が流れた。

 

 冬華の霊圧制御は、少しずつ上達していた。

 

 三層。

 

 四層。

 

 五層。

 

 重ねられる霊圧膜は増え、今では日常生活でも安定して維持できる。

 

 もっとも、全ての層を別々に動かすとなると、まだ難しい。

 

(……一層目だけ、右手に集中させて……)

 

 冬華は右手を持ち上げた。

 

 五層のうち、一層だけを動かす。

 

 残りの四層は、そのまま。

 

「……よし!」

 

 成功した。

 

 以前なら、他の層まで一緒に動いてしまっていただろう。

 

 小さな成長。

 

 けれど、その積み重ねが何より大切だった。

 

「冬華ー!」

 

 縁側から、おばあちゃんが声をかける。

 

「少し休んだらどうだい?」

 

「あっ、そうですね!」

 

 冬華は笑顔で駆け寄った。

 

 差し出されたお茶を受け取り、隣に腰を下ろす。

 

「ありがとうございます!」

 

「ふふ。毎日よく頑張るねえ」

 

「えへへ……」

 

 冬華は照れくさそうに笑った。

 

 そのとき、庭先に咲く花が目に入った。

 

 小さな白い花。

 

 風に揺れるその姿を見て、冬華はふと思いつく。

 

(……そうだ)

 

 霊圧を膜の形にできるのなら。

 

 もっと複雑な形にも、できるのではないだろうか。

 

「おばあちゃん、ちょっと見ていてください!」

 

「おや? 何だい?」

 

 冬華は両手を胸の前に差し出した。

 

 掌の上に、霊圧を集める。

 

 薄く。

 

 細く。

 

 丁寧に。

 

 花びらの形を思い浮かべながら、霊圧を少しずつ整えていく。

 

 しかし――。

 

「……あれ?」

 

 できあがったのは、何とも不格好な塊だった。

 

「……お団子?」

 

 おばあちゃんが首を傾げる。

 

「お花です!」

 

「おやまあ」

 

「……まだ途中なんです!」

 

 冬華は少しだけ頬を赤くした。

 

 おばあちゃんは楽しそうに笑っている。

 

「ふふふ。そうかい、そうかい」

 

「もう一回やります!」

 

 冬華は気合いを入れ直した。

 

     ◇◆◇

 

 それから数週間。

 

「……できました!」

 

 冬華の掌の上に、小さな花が浮かんでいた。

 

 淡く輝く、五枚の花びら。

 

 霊圧だけで形作られた、可愛らしい花だった。

 

「わあ……!」

 

 冬華は翡翠色の瞳を輝かせた。

 

 花びらの一枚一枚が、繊細に形作られている。

 

 まだ本物の花ほど精巧ではない。

 

 それでも、初めて成功したのだ。

 

「おばあちゃん!」

 

 冬華は嬉しそうに家へ駆け込んだ。

 

「見てください!」

 

「おやおや、どうしたんだい?」

 

「お花ができたんです!」

 

 差し出した掌の上で、小さな花がふわりと揺れる。

 

 おばあちゃんは目を丸くした。

 

「まあ……綺麗だねえ」

 

「本当ですか!?」

 

「ああ、とっても綺麗だよ」

 

「えへへ……!」

 

 冬華は幸せそうに笑った。

 

 そして、花をおばあちゃんの目の前へ運ぶ。

 

「おばあちゃんに、プレゼントです!」

 

「私にかい?」

 

「はい!」

 

 おばあちゃんは嬉しそうに微笑んだ。

 

「ありがとうね、冬華」

 

「ふふっ。どういたしまして!」

 

 小さな花は、しばらくすると光の粒となって消えてしまった。

 

 けれど。

 

「また作りますね!」

 

「ああ。楽しみにしているよ」

 

 冬華の笑顔は、いつまでも輝いていた。

 

     ◇◆◇

 

 そして、桃が旅立ってから数年。

 

 冬華は、以前よりもずっと成長していた。

 

 霊圧膜の制御。

 

 基礎体力。

 

 霊圧による花の造形。

 

 どれも、毎日の積み重ねによって磨かれている。

 

 もちろん、まだまだ未熟だ。

 

 百層の霊圧膜など、今の冬華には遠い目標でしかない。

 

 それでも。

 

(……そろそろ、ですね)

 

 冬華は庭先で空を見上げた。

 

 真央霊術院。

 

 死神になるための学校。

 

 桃が先に進んだ道。

 

 今度は、自分がそこへ向かう番だった。

 

「おばあちゃん」

 

「なんだい、冬華?」

 

 冬華は振り返り、微笑んだ。

 

「私、真央霊術院に行こうと思います」

 

 おばあちゃんは、少しだけ驚いた顔をした。

 

 けれど、すぐに優しく目を細める。

 

「……そうかい」

 

「はい」

 

「桃ちゃんとの約束もあるものねえ」

 

「それもありますけど……」

 

 冬華は小さく首を振った。

 

「私、死神になりたいんです」

 

 大切な人を守れるように。

 

 未来に待ち受ける悲劇を変えられるように。

 

 そして、誰かが困っているとき、手を差し伸べられるように。

 

「もっと強くなって、たくさんの人を守りたいんです」

 

 冬華は真っ直ぐにおばあちゃんを見つめた。

 

 その翡翠色の瞳には、確かな決意が宿っていた。

 

 おばあちゃんはしばらく黙っていたが、やがて穏やかに微笑んだ。

 

「……立派になったねえ、冬華」

 

「えへへ……まだまだですよ」

 

「そんなことないよ」

 

 優しい手が、冬華の頭を撫でる。

 

「行っておいで。おばあちゃんは、いつだって冬華の味方だからね」

 

「……はい!」

 

 冬華は嬉しそうに笑った。

 

 真央霊術院への道。

 

 その先に、どんな出会いが待っているのか。

 

 どんな困難が待ち受けているのか。

 

 まだ、誰にも分からない。

 

 けれど。

 

(桃ちゃん、もう少し待っていてくださいね)

 

 冬華は空を見上げた。

 

 柔らかな風が吹き、銀白色の髪が揺れる。

 

 少女の小さな決意が、やがて尸魂界の未来を大きく変えていく。

 

 その物語は、まだ始まったばかりだった。

 

 ――第2話「小さな決意」・完。




【あとがき】

第2話をお読みいただき、ありがとうございます!

今回は冬華の修行と成長を描いてみました。

まだまだ未熟ですが、少しずつ強くなっていく冬華を見守っていただければ嬉しいです!

次回はいよいよ新たな出会いと、真央霊術院への入学です!

引き続きよろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。