日番谷に転生した   作:使い手なない

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第21話「現世の休日」

 

 瀞霊廷、十番隊隊舎。

 

「――冬華隊長!」

 

「はい?」

 

 隊長室で書類を整理していた日番谷冬華は、聞き慣れた声に顔を上げた。

 

 そこには、腰に手を当てた松本乱菊が立っていた。

 

「明日から三日間、お休みを取ってください!」

 

「……はい?」

 

 冬華は、きょとんと首を傾げた。

 

「お休み、ですか?」

 

「そう! お休み!」

 

「でも、まだお仕事が……」

 

「もうほとんど終わってるじゃない!」

 

「……あっ、確かに!」

 

 机の上に視線を落とす。

 

 積み上がっていた書類は、すっかり片づいていた。

 

「最近、隊務が終わったら修行ばっかりでしょ? たまにはゆっくりしないと!」

 

「えへへ……! でも、修行も楽しいですよ?」

 

「そういう問題じゃないの!」

 

 乱菊は呆れたようにため息をついた。

 

「せっかくなんだから、現世にでも遊びに行ってきたら?」

 

「……現世!」

 

 冬華の翡翠色の瞳が、ぱっと輝いた。

 

「いいですね!」

 

「でしょう?」

 

「現世のお菓子も食べたいですし、お洋服も見てみたいです!」

 

「ふふっ。そうこなくっちゃ!」

 

 乱菊は満足そうに頷いた。

 

「隊のことは私に任せて、楽しんできなさい!」

 

「はい! ありがとうございます、松本さん!」

 

 冬華は嬉しそうに微笑んだ。

 

     ◇◆◇

 

 翌日。

 

 現世、空座町。

 

「――わあっ!」

 

 賑やかな商店街に、冬華の弾んだ声が響いた。

 

 今日は死覇装ではない。

 

 義骸に入り、白いブラウスと淡い水色のスカートを身につけている。

 

 銀白色の髪は普段どおり肩にかかり、翡翠色の瞳が楽しそうに街並みを映していた。

 

「ふふっ! やっぱり現世は面白いですね!」

 

 行き交う自動車。

 

 色とりどりの看板。

 

 店先に並ぶ洋服や雑貨。

 

 尸魂界では見られないものばかりだ。

 

(……そういえば、転生前はこういう景色が当たり前だったんですよね)

 

 懐かしさを覚えながら、冬華は商店街を歩いていく。

 

 途中で見つけた洋菓子店では、ショートケーキを一つ購入した。

 

「……んんっ!」

 

 一口食べた瞬間、冬華の表情が輝いた。

 

「おいしいです……!」

 

 ふわふわのスポンジ。

 

 甘い生クリーム。

 

 そして、瑞々しい苺。

 

「……ふふっ!」

 

 思わず頬が緩む。

 

(……松本さんにも買って帰りたいですね!)

 

 もっとも、尸魂界へ持ち帰るには少々面倒な手続きが必要になる。

 

 冬華は少し残念そうにしながらも、残りのケーキを美味しくいただいた。

 

 その後も、洋服を眺めたり、本屋に立ち寄ったり。

 

 久しぶりの休日を満喫していた。

 

 やがて。

 

「……あれ?」

 

 空を見上げる。

 

 先ほどまで晴れていた空に、灰色の雲が広がっていた。

 

「……雨が降りそうですね」

 

 ぽつり。

 

 頬に冷たい雫が落ちた。

 

「……あっ!」

 

 続いて、ぽつぽつと雨粒が降り始める。

 

「傘、買っておけばよかったです……!」

 

 冬華は苦笑しながら、近くの軒下へ駆け込んだ。

 

 雨脚は、少しずつ強くなっていく。

 

「……うーん」

 

 冬華は空を見上げた。

 

(……六月の雨、ですか)

 

 ふと。

 

 頭の片隅に、一つの記憶が浮かんだ。

 

(……そういえば)

 

 黒崎真咲。

 

 黒崎一護の母親。

 

 原作では、六月十七日に死亡した人物。

 

(……確か、命日は六月十七日でしたよね)

 

 冬華は少し考え込んだ。

 

(……でも、何年の出来事だったでしょうか?)

 

 尸魂界で長い年月を過ごしてきたこともあり、現世の西暦については曖昧な部分がある。

 

 黒崎一護が九歳の頃だったことは覚えている。

 

 しかし、現在の一護が何歳なのかまでは把握していない。

 

(……場所も、確か川の近くだったような……)

 

 冬華は小さく首を傾げた。

 

「……うーん。さすがに、そこまでは覚えていませんね」

 

 原作の出来事をすべて正確に覚えているわけではない。

 

 それに、今いる場所が事件現場に近いとも限らない。

 

「……さて!」

 

 冬華は気持ちを切り替えた。

 

「せっかくのお休みですし、もう少し散策しましょうか!」

 

     ◇◆◇

 

 それから、しばらくして。

 

 ――ザアアアアッ!

 

 雨は、ますます激しくなっていた。

 

「……結構降りますね」

 

 冬華は商店街で購入した傘を差しながら、住宅街を歩いていた。

 

 足元には小さな水たまりができ、道路を流れる雨水が細い筋を描いている。

 

「……ふふっ!」

 

 それでも、冬華の機嫌は悪くなかった。

 

 雨に濡れた街並みも、どこか懐かしい。

 

 そんなことを考えながら、川沿いの道へ差しかかった時だった。

 

「――あっ!」

 

 少し離れた場所から、少年の声が聞こえた。

 

「……?」

 

 冬華は何気なく顔を向けた。

 

 そこに、一人の少年が立っていた。

 

 橙色の髪。

 

 まだ幼さの残る顔立ち。

 

 そして、少年の視線の先には。

 

 川辺に立つ、小さな少女の姿。

 

「…………」

 

 冬華の足が止まった。

 

(……え?)

 

 橙色の髪の少年。

 

 川辺の少女。

 

 雨の日。

 

 その光景が、記憶の奥にある一場面と重なった。

 

「――危ねえ!」

 

 少年が、突然走り出した。

 

 その瞬間。

 

 冬華の翡翠色の瞳が、大きく見開かれた。

 

(――黒崎一護!?)

 

 そして。

 

(……まさか、今日!?)

 

 ――バサッ!

 

 冬華は、持っていた傘を投げ捨てた。

 

「――待ってください!!」

 

 雨の中へ、全力で駆け出す。

 

 義骸に入っているため、瞬歩は使えない。

 

 それでも。

 

 幼い頃から鍛え続けてきた身体の動かし方。

 

 相手の動きを捉える観察力。

 

 そして、迷いのない一歩。

 

 冬華は濡れた地面を蹴り、一気に少年との距離を詰めた。

 

「――っ!」

 

 伸ばした両腕が、少年の身体を捉える。

 

 ――ぎゅっ!

 

「うわっ!?」

 

 冬華は一護を背後から抱き止め、そのまま足を踏ん張った。

 

「……はぁっ!」

 

 勢いを殺し、しっかりと立ち止まる。

 

 雨が、銀白色の髪を濡らしていく。

 

(……間に合った!)

 

「な、何すんだよ!?」

 

 一護が驚いたように振り返った。

 

「危ないですよ!」

 

「でも! あそこに女の子が!」

 

「……!」

 

 冬華は一護を抱き止めたまま、川辺へ視線を向けた。

 

 しかし。

 

「…………」

 

 少女の姿は、すでに消えていた。

 

 そして。

 

 その背後に潜んでいたはずの虚の気配も、遠ざかっている。

 

(……グランドフィッシャー)

 

 冬華は目を細めた。

 

(……逃げたんですか?)

 

 疑似餌を使い、人間を誘い寄せる虚。

 

 原作では、多くの死神から逃げ延びてきた狡猾な存在だった。

 

 冬華は、先ほどの自分の行動を思い返す。

 

 普通の人間なら、あの距離から走り出した一護を止めるのは難しかっただろう。

 

 しかも、自分は疑似餌の少女には目もくれず、一護だけを止めた。

 

(……警戒されたのでしょうか?)

 

 理由は分からない。

 

 ただ、グランドフィッシャーが襲撃を諦めたことだけは確かだった。

 

(……追いかけたいところですが)

 

 冬華は腕の中の少年へ視線を落とした。

 

 今は、こちらが先だ。

 

「……お姉ちゃん?」

 

「あっ、はい!」

 

 冬華は一護へ視線を戻した。

 

「もう大丈夫ですよ!」

 

「……でも、女の子が……」

 

「……いなくなっちゃいましたね」

 

「…………」

 

 一護は不安そうに川辺を見つめた。

 

 冬華は、その頭を優しく撫でた。

 

「でも、危ないところでしたよ? あんなに急に走り出したら、怪我をしてしまいます!」

 

「……うん」

 

「ふふっ! 分かってくれたならいいんです!」

 

 冬華はにっこりと微笑んだ。

 

 その時だった。

 

「――一護!!」

 

「……!」

 

 女性の声が響いた。

 

 振り返ると、一人の女性が雨の中を駆け寄ってきていた。

 

 長い橙色の髪。

 

 優しそうな顔立ち。

 

 そして、息子を心配する表情。

 

(……黒崎真咲さん!)

 

「一護! 大丈夫!?」

 

「母ちゃん!」

 

 真咲は一護の前に膝をつき、その身体を抱き締めた。

 

「もう! 急に走り出したら危ないでしょう!」

 

「……ごめん」

 

「怪我はない?」

 

「うん!」

 

 真咲はほっと息を吐いた。

 

 そして、冬華へ視線を向ける。

 

「あの……もしかして、この子を止めてくださったんですか?」

 

「はい!」

 

 冬華は明るく頷いた。

 

「川の方へ走っていったので、危ないと思いまして!」

 

「……そうだったんですね」

 

 真咲は深く頭を下げた。

 

「本当にありがとうございます!」

 

「いえいえ! 怪我がなくてよかったです!」

 

 冬華は嬉しそうに微笑んだ。

 

 その笑顔を見て、真咲も安心したように笑った。

 

「ほら、一護もお礼を言いなさい」

 

「……うん」

 

 一護は冬華を見上げた。

 

「……ありがとな、お姉ちゃん」

 

「……ふふっ!」

 

 冬華は、ぱっと笑顔になった。

 

「どういたしまして!」

 

 そして、もう一度一護の頭を撫でた。

 

(……よかった)

 

 黒崎真咲。

 

 本来なら、この日に命を落としていたはずの女性。

 

 その人が、今。

 

 目の前で笑っている。

 

(……間に合いました!)

 

 冬華の胸に、温かな喜びが広がった。

 

「……あら?」

 

 真咲が、冬華の濡れた髪に気づいた。

 

「あなた、びしょ濡れじゃない!」

 

「あっ、えへへ……!」

 

 冬華は少し照れたように笑った。

 

「急いでいたので、傘を置いてきちゃいました!」

 

「まあ! それなら、なおさらお礼をしなくちゃ!」

 

 真咲は優しく微笑んだ。

 

「よかったら、うちに来ない? タオルも貸せるし、温かいものでも飲んでいって!」

 

「……えっ?」

 

 冬華は一瞬、目を丸くした。

 

 そして。

 

「……それじゃあ、お言葉に甘えちゃいます!」

 

 嬉しそうに頷いた。

 

     ◇◆◇

 

「――それにしても、本当に助かりました!」

 

「えへへ! そんなにお礼を言われると照れちゃいます!」

 

 雨が弱まり始めた住宅街。

 

 冬華は真咲と一護に付き添い、黒崎家へ向かっていた。

 

「お姉ちゃん、名前は?」

 

「私ですか?」

 

「うん!」

 

「日番谷冬華です!」

 

「とうか?」

 

「はい! 冬華ですよ!」

 

「ふーん!」

 

 一護は興味深そうに冬華を見つめた。

 

「その髪、すげえな!」

 

「……髪ですか?」

 

「うん! 真っ白!」

 

「えへへ! 綺麗でしょう?」

 

「うん!」

 

「ふふっ! ありがとうございます!」

 

 冬華は嬉しそうに笑った。

 

 真咲も微笑ましそうに二人を見ている。

 

「冬華ちゃんって、とっても可愛いわね!」

 

「……えっ!」

 

 冬華は少し頬を赤らめた。

 

「えへへ……! ありがとうございます!」

 

 そんな会話を交わしているうちに、一軒の建物が見えてきた。

 

 黒崎医院。

 

「ここが、私たちのお家よ!」

 

「……!」

 

 冬華は、その看板を見上げた。

 

(……黒崎医院)

 

 そして。

 

(……ということは)

 

 玄関の扉が開いた。

 

「――おおっ! おかえり、真咲!」

 

 中から、一人の男性が顔を出した。

 

 黒い髪。

 

 無精髭。

 

 そして、どこか見覚えのある豪快な笑顔。

 

「一護も帰ってきたか! よーし! 父ちゃんの愛を受け止めろー!」

 

「うわっ! やめろよ親父!」

 

「ぐはあっ!?」

 

 一護の蹴りが、一心の腹に突き刺さった。

 

「……あはは!」

 

 真咲が楽しそうに笑う。

 

 冬華も、思わず笑いそうになった。

 

 しかし。

 

「……ん?」

 

 一心が、冬華へ視線を向けた。

 

「……お?」

 

「…………」

 

 二人の視線が合う。

 

 一瞬。

 

 一心の表情が固まった。

 

「…………」

 

「…………」

 

 そして。

 

「……えへへ!」

 

 冬華は、満面の笑みを浮かべた。

 

「お久しぶりです、隊長さん!」

 

「――ぶほっ!?」

 

 一心が盛大にむせた。

 

「な、ななな、何のことだ!?」

 

「……ふふっ!」

 

「お、俺は黒崎一心! しがない町医者だぞ!?」

 

「はい! そうなんですね!」

 

「そ、そうだ!」

 

「でも、隊長さんですよね?」

 

「違うわ!!」

 

 即答だった。

 

 冬華は楽しそうに笑った。

 

「えへへ! 分かりました!」

 

「……本当か?」

 

「はい! そういうことにしておきますね!」

 

「全然分かってねえだろ!?」

 

 そんな二人を、真咲が不思議そうに見つめていた。

 

「……一心?」

 

「……お、おう!」

 

「冬華ちゃんと知り合いなの?」

 

「いや! 初対面だ!」

 

「……そうなの?」

 

「はい!」

 

 冬華はにっこりと微笑んだ。

 

「私の知り合いに、そっくりな方がいるんです!」

 

「……そ、そういうことだ!」

 

 一心は何度も頷いた。

 

 その様子を見て、真咲はくすくすと笑った。

 

「ふふっ! なんだか面白いわね!」

 

「……ははは!」

 

 一心は乾いた笑い声を上げた。

 

 冬華は、そんな姿を見て嬉しそうに微笑んでいた。

 

(……隊長さん)

 

 かつての十番隊隊長。

 

 志波一心。

 

 豪快で、少し大雑把で。

 

 けれど、部下のことを大切にしてくれた人。

 

 その人が今、こうして家族と笑っている。

 

(……よかったです)

 

 冬華は、そっと胸を撫で下ろした。

 

     ◇◆◇

 

「――それじゃあ、そろそろ失礼しますね!」

 

「あら、もう帰っちゃうの?」

 

「はい! 今日はありがとうございました!」

 

 黒崎家の玄関。

 

 借りたタオルで髪を乾かした冬華は、真咲たちへ深く頭を下げた。

 

「こちらこそ、本当にありがとう!」

 

 真咲は優しく微笑んだ。

 

「またいつでも遊びに来てね!」

 

「はい!」

 

「冬華姉ちゃん!」

 

「……はい?」

 

 一護が、冬華の服の裾を引っ張った。

 

「また来る?」

 

「……ふふっ!」

 

 冬華はしゃがみ込み、一護と目線を合わせた。

 

「もちろんです!」

 

「本当か?」

 

「はい! 約束ですよ!」

 

「……うん!」

 

 一護は嬉しそうに笑った。

 

 冬華も笑顔で頷いた。

 

 そして。

 

「……冬華ちゃん」

 

「はい?」

 

 一心が、少し真面目な表情で声をかけてきた。

 

「……今日は、本当にありがとな」

 

「……!」

 

 冬華は、一心を見上げた。

 

 その言葉には、先ほどまでのふざけた調子はなかった。

 

「一護を助けてくれたんだろ?」

 

「……はい!」

 

「……そうか」

 

 一心は静かに頷いた。

 

「……ありがとう」

 

 冬華は、少しだけ目を細めた。

 

 そして。

 

「……ふふっ!」

 

 いつものように微笑んだ。

 

「どういたしまして、隊長さん!」

 

「……だから、違うっての!」

 

「えへへ!」

 

 一心は呆れたように頭を掻いた。

 

 けれど、その口元には笑みが浮かんでいた。

 

「……まったく。変わらねえなあ」

 

「……!」

 

 冬華は、その言葉に嬉しそうに笑った。

 

「隊長さんも、変わっていませんね!」

 

「……おいおい」

 

 二人は顔を見合わせた。

 

 そして、どちらからともなく笑った。

 

     ◇◆◇

 

 夕暮れ。

 

 空座町の街並みが、茜色に染まっていた。

 

「……ふふっ!」

 

 冬華は、軽い足取りで歩いていた。

 

(……今日は、本当にいい日でした!)

 

 現世のお菓子。

 

 久しぶりの街並み。

 

 そして。

 

(……黒崎真咲さん)

 

 原作では、幼い一護を守るために命を落とした女性。

 

 しかし、今日は違った。

 

 真咲は生きている。

 

 一護も無事だった。

 

 そして、一心も家族と幸せそうに暮らしていた。

 

(……未来は、変えられるんですね)

 

 冬華は、そっと空を見上げた。

 

 原作の知識があるからといって、すべてが思いどおりになるわけではない。

 

 それでも。

 

 今日、自分が行動したことで、一つの悲劇を防ぐことができた。

 

「……よし!」

 

 冬華は小さく拳を握った。

 

「これからも、頑張りましょう!」

 

 藍染惣右介。

 

 鏡花水月。

 

 そして、これから訪れる数々の事件。

 

 まだまだ不安なことは多い。

 

 けれど。

 

(……きっと、大丈夫です!)

 

 冬華は、明るく微笑んだ。

 

 そして、尸魂界へ戻るため、歩き出した。

 

     ◇◆◇

 

 その頃。

 

 黒崎家。

 

「――真咲ー!」

 

「はいはい、どうしたの?」

 

「今日の晩飯は何だ!?」

 

「ふふっ! 今日はカレーよ!」

 

「おおっ! 最高じゃねえか!」

 

 賑やかな声が、家の中に響いていた。

 

 一護も、妹たちも。

 

 いつもどおりの、温かな日常。

 

 そんな中。

 

「……あれ?」

 

 台所に立っていた真咲が、ふと手を止めた。

 

 胸の奥に、奇妙な違和感があった。

 

 痛みではない。

 

 息苦しさでもない。

 

 ただ。

 

 身体の奥にあった何かが、すっぽりと抜け落ちてしまったような。

 

「…………」

 

 真咲は、そっと胸元へ手を当てた。

 

「……気のせい、かしら?」

 

「真咲ー! まだかー!?」

 

「もう! 今作ってるところよ!」

 

 真咲は、いつものように明るく答えた。

 

 そして、再び料理を始める。

 

 先ほどの違和感も、すぐに忘れてしまった。

 

 今日も、黒崎家には笑い声が響いている。

 

 ――第21話『現世の休日』・完。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
引き続きよろしくお願いします!
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