瀞霊廷、十番隊隊舎。
「――九十八……九十九……!」
訓練場の中央。
日番谷冬華は、静かに霊圧を練り上げていた。
銀白色の髪が、微かな霊圧の流れに揺れる。
その小柄な身体を覆っているのは、幾重にも重ねられた霊圧の膜。
幼い頃から続けてきた、霊圧制御の修行。
かつては全身に薄く霊圧を纏わせるだけだった技術も、今では実戦で使用できるほどに成長していた。
(……あと、一層!)
冬華は意識を集中させる。
全身を覆う九十九層の霊圧。
その最も外側に、さらに薄い膜を形成していく。
――キィン!
「……っ!」
澄んだ音が響いた。
百層。
ついに、目標としていた数へ到達した。
「……できました!」
冬華の翡翠色の瞳が、ぱっと輝いた。
「やりましたーっ!」
思わず両手を上げる。
長い年月をかけて磨いてきた霊圧制御。
その一つの到達点だった。
「――冬華隊長?」
「あっ、松本さん!」
訓練場の入口から、松本乱菊が顔を覗かせた。
「また修行してたんですか?」
「はい!」
「もう……最近、本当にそればっかりですね」
「えへへ! でも、今日はいいことがあったんですよ!」
「いいこと?」
「霊圧多層膜が百層になりました!」
「……えっ?」
乱菊が目を丸くした。
「百層って……あの、ずっと目標にしてた?」
「そうです!」
「……はあ」
乱菊は呆れたように息を吐いた。
「本当に、どこまで強くなるつもりなんですか?」
「もちろん、もっともっと強くなりますよ!」
冬華は嬉しそうに胸を張った。
「それに、もう一つ試したいことがあるんです!」
「……もう一つ?」
「はい!」
冬華は背中の二本の氷輪丸へ視線を向けた。
「大紅蓮氷輪丸の、完成形です!」
◇◆◇
瀞霊廷、一番隊隊舎。
「――卍解の完成形、じゃと?」
「はい!」
山本元柳斎重國の前で、冬華は元気よく頷いた。
「最近、卍解の氷華が最後の一輪まで減るようになったんです!」
「ふむ……」
「それで、最後の一輪が消えたらどうなるのか、確認したいんです!」
山本は静かに目を細めた。
「……通常の訓練場では危険じゃな」
「そうなんです!」
冬華は真剣な表情で頷いた。
「どのくらいの力が出るのか、私にも分からなくて……」
「……よかろう」
「……えっ?」
「儂が相手をしてやる」
「…………」
冬華は固まった。
そして。
「――ええっ!?」
思わず声を上げる。
「そ、総隊長がですか!?」
「不満か?」
「い、いえ! そんなことありません!」
冬華は慌てて首を横に振った。
「でも、お忙しいのでは……?」
「お主の卍解がどれほどのものか、儂も興味がある」
山本は静かに告げた。
「それに、完成形とやらの力が未知数である以上、相手を務める者にも相応の実力が必要じゃ」
「……!」
冬華の表情が、ぱっと明るくなった。
「ありがとうございます!」
「ただし、場所はこちらで指定する」
「はい!」
「……無間じゃ」
「……無間?」
冬華は首を傾げた。
その時だった。
「――いやあ、山じいも思い切ったことをするねえ」
「あっ! 京楽隊長!」
振り返ると、そこには京楽春水が立っていた。
花柄の羽織を揺らしながら、いつものように飄々とした笑みを浮かべている。
「やあ、冬華ちゃん」
「こんにちは!」
「聞いたよ。山じいと手合わせするんだって?」
「はい!」
「……いやあ、凄いねえ」
京楽は苦笑した。
「僕だったら、できれば遠慮したいところだけど」
「えへへ! せっかくの機会ですから!」
「……本当に、君は変わらないねえ」
京楽は肩をすくめた。
すると、山本が口を開いた。
「春水。お主には立会人を務めてもらう」
「……僕が?」
「うむ」
「……やれやれ」
京楽は頭を掻いた。
「分かったよ、山じい」
そして、冬華へ視線を向ける。
「頑張ってね、冬華ちゃん」
「はい!」
冬華は満面の笑みで頷いた。
「全力で頑張ります!」
◇◆◇
瀞霊廷地下。
無間。
果てが見えないほど広大な空間に、三人の死神が立っていた。
「……わあ」
冬華は周囲を見渡した。
「本当に広いですね!」
「まあ、普通の訓練場とはわけが違うからねえ」
京楽が苦笑する。
ここは、本来なら重罪人を幽閉するための場所。
今回の模擬戦は、山本総隊長の判断による特例だった。
「……さて」
山本がゆっくりと歩き出す。
そして、冬華から少し離れた位置で立ち止まった。
「日番谷冬華」
「はい!」
「遠慮は無用じゃ。持てる力をすべて使うがよい」
「……はい!」
冬華は大きく頷いた。
背中の二本の氷輪丸へ手を伸ばす。
――シャキン!
二本の刀身が、同時に抜き放たれた。
「……ふう」
冬華は静かに息を吐く。
そして。
「――卍解!」
――ゴオオオオッ!!
凄まじい冷気が、無間を駆け抜けた。
二本の氷輪丸が眩い光に包まれ、氷雪の渦の中で一つに融合する。
「――大紅蓮氷輪丸!!」
――ズオオオオッ!!
冬華の背中に、巨大な氷の翼が広がった。
腕や脚を覆う氷。
鋭く伸びる氷の尾。
そして、背後に浮かぶ幾輪もの氷華。
その姿を見て、京楽が小さく口笛を吹いた。
「……いやあ。相変わらず、とんでもない霊圧だねえ」
「えへへ!」
冬華は嬉しそうに笑った。
しかし、正面に立つ山本は微動だにしない。
その手には、杖に収められた斬魄刀。
流刃若火。
炎熱系最強の斬魄刀。
だが、山本はそれを解放する様子を見せなかった。
「……総隊長?」
「儂は、まず始解を使わずに相手をしよう」
「……分かりました!」
冬華は氷輪丸を構えた。
その身体を、百層の霊圧多層膜が覆う。
京楽が二人を見渡した。
「……それじゃあ」
いつもの笑みを消し、静かに告げる。
「――始め!」
その瞬間。
――ドンッ!!
冬華の姿が消えた。
「――はあっ!」
――ギィィン!!
氷輪丸と山本の刀が激突する。
「……っ!」
冬華の腕に、凄まじい衝撃が走った。
(……重いっ!)
山本は、ただ一撃を受け止めただけ。
それなのに、まるで巨大な岩へ斬りかかったような感覚だった。
「……ふん!」
――ガキィン!!
山本が刀を振るう。
「……っ!?」
冬華は咄嗟に氷輪丸で受け止めた。
しかし。
――パキパキパキッ!!
全身を覆う霊圧多層膜が、次々と砕け散る。
(……二十、三十……!)
たった一撃。
それだけで、何十層もの防御が破壊された。
「……くぅっ!」
冬華は大きく後退した。
だが、倒れない。
残った霊圧の膜が衝撃を和らげ、身体への直撃を防いでいた。
「……ほう」
山本が目を細めた。
「今の一撃を耐えるか」
「……えへへ!」
冬華は額に浮かんだ汗を拭った。
「百層まで増やしておいて、よかったです!」
「……なるほど」
山本は静かに頷いた。
「幼少の頃より続けてきた霊圧制御を、ここまで昇華させたか」
その言葉に、冬華は嬉しそうに笑った。
「はい!」
しかし。
「じゃが、防ぐだけでは勝てぬぞ」
「……っ!」
山本の姿が消えた。
――シュンッ!
(……速い!)
冬華は咄嗟に反応する。
だが、山本はすでに目の前にいた。
「――ふん!」
――ドゴォッ!!
「……きゃっ!?」
強烈な掌打。
冬華の身体が吹き飛ばされる。
――ズザザザッ!!
氷の翼を広げ、地面を滑りながら着地した。
「……はぁっ!」
冬華は素早く体勢を立て直す。
(……やっぱり、総隊長は凄いですね!)
斬魄刀の能力を使わず、ここまで圧倒してくる。
純粋な斬術。
白打。
瞬歩。
そして、圧倒的な戦闘経験。
そのすべてが、冬華を上回っていた。
(……でも!)
冬華は小さく笑った。
(……まだまだ、これからです!)
◇◆◇
「――竜霰架!」
――ゴオオオッ!!
巨大な氷の竜が、山本へ襲いかかった。
「……ふん!」
山本は刀を振るう。
――ズバァン!!
氷の竜が、真っ二つに切り裂かれた。
しかし。
「――氷天百華葬!」
――ゴオオオオッ!!
無間の上空に、巨大な氷雪の雲が広がった。
そこから、無数の雪片が降り注ぐ。
雪片が地面へ触れた瞬間、次々と氷の華が咲いていく。
「……ほう」
山本が目を細める。
冬華は氷の翼を広げた。
「まだまだいきますよ!」
――ズオオオッ!!
無数の氷柱が、山本を取り囲む。
さらに、その隙間を縫うように氷の竜が襲いかかった。
圧倒的な物量。
逃げ場を塞ぐように展開された氷雪。
しかし。
「……甘いわ!」
――ドンッ!!
山本の霊圧が膨れ上がる。
次の瞬間。
――バキバキバキッ!!
周囲の氷柱が、次々と砕け散った。
「……っ!」
冬華は目を見開く。
(……霊圧だけで!?)
だが、驚いている暇はない。
山本が一気に距離を詰めてきた。
「――っ!」
冬華は瞬間的に霊圧を脚へ集中させる。
――ドンッ!
爆発的な加速。
山本の斬撃を紙一重で回避し、その背後へ回り込んだ。
「――はあっ!」
今度は腕へ霊圧を集中。
全身の霊圧制御を利用した、瞬間的な身体能力の強化。
――ギィィン!!
強烈な斬撃が、山本の刀へ叩き込まれる。
「……むっ!」
山本の足が、わずかに動いた。
「……!」
冬華の瞳が輝く。
(……押せた!)
しかし。
「……見事じゃ」
山本は静かに告げた。
「じゃが、まだ甘い」
「……えっ?」
――ドゴォッ!!
「……きゃあっ!?」
山本の拳が、冬華の腹部へ叩き込まれた。
――パキパキパキッ!!
霊圧多層膜が、凄まじい勢いで砕け散る。
冬華の身体が吹き飛ばされた。
――ズガァン!!
地面へ叩きつけられる寸前、氷の翼を広げて勢いを殺す。
「……はぁっ、はぁっ!」
冬華は膝をついた。
すぐさま霊圧を練り直し、破壊された防御層を再形成する。
(……強い!)
分かっていたことだ。
護廷十三隊総隊長。
千年以上にわたって護廷十三隊を率いてきた、最強の死神。
その実力は、冬華の想像を遥かに超えていた。
それでも。
「……えへへ!」
冬華は笑った。
「やっぱり、総隊長は凄いですね!」
「……ほう?」
「でも、私も負けませんよ!」
山本は、その言葉を聞いて静かに笑った。
「……よかろう」
そして、刀を構え直す。
「ならば、儂も少しばかり応えてやろう」
「……えっ?」
山本が、ゆっくりと斬魄刀を掲げた。
その瞬間。
――ゴッ!!
無間の空気が、変わった。
「……っ!?」
冬華の背筋に、冷たいものが走る。
いや。
冷たいのではない。
熱い。
あまりにも、熱い。
まだ炎すら見えていないというのに、周囲の温度が急激に上昇していく。
「……まさか」
冬華の瞳が見開かれた。
山本が、静かに告げる。
「――万象一切灰燼と為せ」
――ゴオオオオオッ!!
「――流刃若火」
次の瞬間。
世界が、炎に包まれた。
◇◆◇
「……っ!?」
京楽春水が、思わず目を細めた。
「……おいおい」
無間を満たす、凄まじい熱気。
山本元柳斎重國の始解。
炎熱系最強の斬魄刀――流刃若火。
その刀身から噴き上がる炎は、周囲の空間そのものを焼き尽くすかのようだった。
「……山じい、本当に解放しちゃったよ」
京楽は苦笑した。
だが、その表情は真剣だった。
(……冬華ちゃん。ここからが本番だよ)
◇◆◇
「……あ、熱いっ!」
冬華は咄嗟に氷の翼を広げた。
――ゴオオオッ!!
周囲に冷気を放ち、迫り来る熱を押し返そうとする。
しかし。
――ジュウウウッ!!
氷が、次々と蒸発していく。
「……っ!」
(……これが、流刃若火!)
知識としては知っていた。
炎熱系最強の斬魄刀。
その圧倒的な火力。
だが、実際に目の当たりにすると、まるで別物だった。
刀身から噴き上がる炎。
周囲を満たす熱気。
そして、山本自身から放たれる凄まじい霊圧。
(……怖い!)
冬華は、思わず息を呑んだ。
もし、あの炎をまともに受ければ。
百層の霊圧多層膜があっても、無事では済まない。
それでも。
「……ふうっ!」
冬華は大きく息を吐いた。
そして、氷輪丸を握り直す。
(……でも、逃げません!)
ここで退いていては、完成形へ到達できない。
何より。
目の前には、全力で応えてくれている山本総隊長がいる。
「……いきます!」
冬華は氷輪丸を振り上げた。
「――氷天百華葬!」
――ゴオオオオッ!!
無間の上空に、巨大な氷雪の雲が広がる。
無数の雪片が、山本へ降り注いだ。
しかし。
「……ふん!」
山本が流刃若火を振るう。
――ゴオオオオオッ!!
巨大な炎の奔流が、雪片を飲み込んだ。
――ジュウウウッ!!
氷雪が、次々と蒸発していく。
「……くっ!」
冬華は氷の翼を広げ、上空へ飛び上がった。
そして。
「――はああっ!」
巨大な氷の竜を生み出す。
――ズオオオッ!!
氷の竜が、炎へ突っ込んだ。
――ゴオオオオッ!!
炎と氷が激突する。
凄まじい水蒸気が、周囲へ広がった。
「……むっ!」
山本が目を細める。
その一瞬。
冬華は霊圧を脚へ集中させた。
――ドンッ!
爆発的な加速。
水蒸気の中を駆け抜け、山本の側面へ回り込む。
「――はあっ!」
――ギィィン!!
氷輪丸と流刃若火が激突した。
「……っ!?」
凄まじい熱が、刀身を通じて伝わってくる。
冬華は咄嗟に霊圧多層膜を集中させた。
――パキパキパキッ!!
何層もの防御が、熱と衝撃によって破壊される。
「……くぅっ!」
冬華は大きく後退した。
しかし、すぐに体勢を立て直す。
「……ほう」
山本が目を細めた。
「儂の炎を前にして、なお踏み込むか」
「……はい!」
冬華は額の汗を拭った。
「まだまだ、頑張れます!」
「……よかろう」
山本は流刃若火を構え直した。
「ならば、どこまで耐えられるか見せてみよ!」
――ゴオオオオッ!!
巨大な炎が、冬華へ襲いかかった。
「……っ!」
冬華は氷の翼を広げる。
さらに、全身の霊圧多層膜を強化した。
――ズガァァン!!
炎と氷が激突する。
凄まじい衝撃。
冬華の身体が、大きく揺らいだ。
「……くぅぅっ!」
霊圧多層膜が、次々と砕け散る。
それでも。
冬華は倒れなかった。
(……あと少し!)
その背後では。
――パキン。
氷華が、一輪消えた。
――パキン。
さらに一輪。
――パキン。
また一輪。
そして。
最後の氷華が、一輪だけ残った。
◇◆◇
「……なるほど」
京楽が静かに呟いた。
山本の炎。
冬華の氷。
その二つが激突するたび、無間には凄まじい霊圧が広がっていた。
しかし、京楽の視線は冬華の背後へ向けられている。
(……いよいよか)
最後の氷華。
それが消えた時。
冬華の卍解は、完成形へ到達する。
「……さて」
京楽は小さく息を吐いた。
「何が起こるんだろうねえ」
◇◆◇
「――はああっ!」
冬華は氷輪丸を振るった。
――ゴオオオッ!!
巨大な氷の竜が、山本へ襲いかかる。
しかし。
「……ふん!」
山本が流刃若火を振るう。
――ズバァァン!!
氷の竜が、炎によって消し飛ばされた。
「……っ!」
冬華は歯を食いしばる。
周囲は灼熱の炎に包まれている。
氷を生み出しても、次々と蒸発していく。
霊圧多層膜も、すでに何度も破壊されていた。
(……強い!)
それでも。
(……あと、一輪!)
冬華は氷輪丸を握り直した。
その瞬間。
山本が動いた。
――ドンッ!!
「……っ!?」
凄まじい速度。
炎を纏った流刃若火が、冬華へ迫る。
(……避けられない!)
冬華は咄嗟に霊圧を全身へ集中させた。
残された防御を、可能な限り厚くする。
そして。
――パキン。
最後の氷華が、砕け散った。
「…………!」
冬華の身体に、異変が起こる。
――ゴオオオオッ!!
凄まじい冷気が、無間を満たした。
「……むっ!?」
山本の瞳が、わずかに見開かれる。
目の前にいた少女の姿が、変わっていく。
小柄だった身体が成長し、手足が伸びる。
銀白色の髪が舞い上がり、翡翠色の瞳が静かに山本を見据えた。
氷の翼が砕け散り、冷気が周囲へ広がっていく。
その霊圧は、先ほどまでとは明らかに異なっていた。
「……これは!」
京楽が思わず声を漏らす。
山本も、瞬時に異変を察知した。
だが。
冬華はすでに、氷輪丸を構えていた。
「――四界氷結」
――キィィィィン!!
世界が、白く染まった。
「……っ!」
山本が瞬歩で後退する。
同時に、流刃若火の炎が膨れ上がった。
――ゴオオオオッ!!
凄まじい炎が、迫り来る冷気と激突する。
――ズガァァァン!!
炎と氷。
二つの力が、真正面からぶつかり合った。
無間を満たす、凄まじい霊圧。
しかし。
――ピキィィン!!
「……むっ!?」
山本の左腕の一部が、瞬く間に凍結した。
流刃若火の炎をもってしても、完全には防ぎきれなかったのだ。
「…………!」
京楽の表情が変わる。
「……おいおい」
思わず、呟いた。
「……嘘だろう?」
あの山本元柳斎重國が。
始解「流刃若火」を解放した状態で、攻撃を受けていた。
しかも、完成形へ移行した直後の、たった一撃で。
「…………」
山本は、凍りついた左腕へ視線を落とした。
そして。
「……ふっ」
静かに笑った。
「見事じゃ、日番谷冬華」
「……!」
冬華は目を見開いた。
「……総隊長?」
山本は流刃若火を軽く振るう。
――ゴオオッ!
左腕を覆っていた氷が、炎によって砕け散った。
「これ以上は、無間といえども危険じゃろう」
山本は刀を下ろした。
「ここまでじゃ」
「……!」
冬華は、はっとした。
「……はい!」
すぐに氷輪丸を下ろす。
周囲に広がっていた冷気が、ゆっくりと収まっていった。
山本も流刃若火の炎を収める。
無間に、ようやく静寂が戻った。
「……ふむ」
山本は左腕を軽く動かした。
そして、冬華を見据える。
「……恐るべき力じゃな」
「……えへへ!」
冬華は少し照れたように笑った。
「ありがとうございます!」
山本は静かに頷いた。
「じゃが、慢心するでないぞ」
「はい!」
「力を得ることと、力を使いこなすことは別じゃ」
「……はい!」
冬華は真剣な表情で頷いた。
「もっと修行します!」
「……うむ」
山本は満足そうに目を閉じた。
◇◆◇
「――いやあ、参ったねえ」
模擬戦を終えた冬華のもとへ、京楽が歩いてきた。
「冬華ちゃん、とんでもないものを見せてくれたねえ」
「えへへ!」
冬華は嬉しそうに笑った。
「私も、こんなに凄いとは思っていませんでした!」
「……君が一番驚いてるのかい?」
「はい!」
冬華は素直に頷いた。
「だって、完成形になるのは初めてですから!」
「……ははは!」
京楽は思わず笑った。
「本当に、君らしいねえ」
そして、山本へ視線を向ける。
「それにしても、山じいが流刃若火を使うとはねえ」
「……うむ」
山本は静かに頷いた。
「それだけの力を、日番谷は示したということじゃ」
「……!」
冬華の表情が、ぱっと輝いた。
「ありがとうございます!」
しかし。
「……うーん」
冬華は、ふと考え込んだ。
「どうしたんだい?」
「……完成形、凄く強かったんですけど」
冬華は氷輪丸へ視線を落とした。
「やっぱり、時間がかかるのが問題ですよね」
「……そうだねえ」
京楽も頷いた。
「今回だって、山じいが相手をしてくれたから、最後まで氷華を減らせたわけだし」
「はい……」
もし、相手が藍染惣右介だったら。
完成形へ到達する前に、戦いが終わってしまうかもしれない。
(……それじゃあ、駄目ですよね)
冬華は小さく頷いた。
そして。
「……あっ!」
何かを思いついたように顔を上げた。
「だったら、最初から氷華を全部壊せばいいんじゃないでしょうか!」
「…………」
「…………」
京楽と山本が、同時に沈黙した。
「……冬華ちゃん?」
「はい!」
「……今、何て?」
「氷華を、自分で壊せないかなって!」
冬華はにっこりと微笑んだ。
「そうすれば、すぐに完成形になれますよね!」
「……いやあ」
京楽は額に手を当てた。
「そんな簡単に言うことじゃないと思うんだけどねえ」
「えへへ! でも、試してみる価値はありますよね!」
山本は、しばらく冬華を見つめていた。
そして。
「……好きにするがよい」
「本当ですか!?」
「ただし、無謀な真似は許さん」
「はい!」
冬華は元気よく頷いた。
「ありがとうございます!」
京楽は、そんな冬華を見て苦笑した。
「……まったく」
そして、山本へ小さく呟く。
「山じい。とんでもない子を隊長にしたもんだねえ」
「……ふん」
山本は静かに鼻を鳴らした。
「それが護廷十三隊の力となるのならば、何よりじゃ」
◇◆◇
その日の夕方。
十番隊隊舎。
「――ただいま戻りました!」
「あっ! 冬華隊長!」
隊長室に戻った冬華を、乱菊が迎えた。
「どうでした? 総隊長へのお願いは」
「えへへ!」
冬華は満面の笑みを浮かべた。
「大成功でした!」
「……大成功?」
「はい!」
そして、嬉しそうに胸を張る。
「ついに、大紅蓮氷輪丸の完成形を習得しました!」
「…………え?」
乱菊が固まった。
「……完成形?」
「はい!」
「……あの、ずっと修行してた?」
「そうです!」
「…………」
乱菊は、しばらく冬華を見つめていた。
そして。
「――冬華隊長ーっ!!」
「わわっ!?」
突然、冬華を抱き締めた。
「おめでとうございます!!」
「ま、松本さん!?」
「すごいじゃないですか!」
「えへへ……!」
冬華は少し照れながらも、嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます!」
「もう! 今日はお祝いですね!」
「……お祝い!」
冬華の瞳が輝いた。
「ケーキ、食べてもいいですか!?」
「もちろん!」
「やったーっ!」
冬華は両手を上げて喜んだ。
そんな姿を見て、乱菊は楽しそうに笑う。
「ふふっ! 本当に、うちの隊長は可愛いんだから!」
「えへへ!」
冬華も嬉しそうに笑った。
大紅蓮氷輪丸の完成形。
それは、長い修行の末に手にした、新たな力。
だが、その力にも弱点は存在する。
(……次は、氷華を一瞬で消せるようにならないと!)
冬華は小さく拳を握った。
まだまだ、強くなれる。
もっと速く。
もっと正確に。
そして、どんな相手にも対応できるように。
「……よし!」
冬華は元気よく顔を上げた。
「明日からも、頑張りましょう!」
「……冬華隊長?」
「はい?」
「明日はお休みにしてくださいね?」
「……えっ!?」
乱菊は、にっこりと微笑んだ。
「今日くらい、ゆっくりしてください!」
「……は、はい!」
冬華は少しだけ肩を落とした。
けれど、すぐに笑顔になる。
「えへへ! それじゃあ、今日はいっぱいケーキを食べます!」
「ふふっ! そうしてください!」
十番隊隊舎に、楽しそうな笑い声が響いた。
こうして。
日番谷冬華は、ついに大紅蓮氷輪丸の完成形へ到達した。
氷雪系最強の斬魄刀。
その真の力を手にした少女は、さらなる高みを目指して歩み続ける。
――第22話『完成形・大紅蓮氷輪丸』・完。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
引き続きよろしくお願いします!