日番谷に転生した   作:使い手なない

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第22話「完成形・大紅蓮氷輪丸」

 

 瀞霊廷、十番隊隊舎。

 

「――九十八……九十九……!」

 

 訓練場の中央。

 

 日番谷冬華は、静かに霊圧を練り上げていた。

 

 銀白色の髪が、微かな霊圧の流れに揺れる。

 

 その小柄な身体を覆っているのは、幾重にも重ねられた霊圧の膜。

 

 幼い頃から続けてきた、霊圧制御の修行。

 

 かつては全身に薄く霊圧を纏わせるだけだった技術も、今では実戦で使用できるほどに成長していた。

 

(……あと、一層!)

 

 冬華は意識を集中させる。

 

 全身を覆う九十九層の霊圧。

 

 その最も外側に、さらに薄い膜を形成していく。

 

 ――キィン!

 

「……っ!」

 

 澄んだ音が響いた。

 

 百層。

 

 ついに、目標としていた数へ到達した。

 

「……できました!」

 

 冬華の翡翠色の瞳が、ぱっと輝いた。

 

「やりましたーっ!」

 

 思わず両手を上げる。

 

 長い年月をかけて磨いてきた霊圧制御。

 

 その一つの到達点だった。

 

「――冬華隊長?」

 

「あっ、松本さん!」

 

 訓練場の入口から、松本乱菊が顔を覗かせた。

 

「また修行してたんですか?」

 

「はい!」

 

「もう……最近、本当にそればっかりですね」

 

「えへへ! でも、今日はいいことがあったんですよ!」

 

「いいこと?」

 

「霊圧多層膜が百層になりました!」

 

「……えっ?」

 

 乱菊が目を丸くした。

 

「百層って……あの、ずっと目標にしてた?」

 

「そうです!」

 

「……はあ」

 

 乱菊は呆れたように息を吐いた。

 

「本当に、どこまで強くなるつもりなんですか?」

 

「もちろん、もっともっと強くなりますよ!」

 

 冬華は嬉しそうに胸を張った。

 

「それに、もう一つ試したいことがあるんです!」

 

「……もう一つ?」

 

「はい!」

 

 冬華は背中の二本の氷輪丸へ視線を向けた。

 

「大紅蓮氷輪丸の、完成形です!」

 

     ◇◆◇

 

 瀞霊廷、一番隊隊舎。

 

「――卍解の完成形、じゃと?」

 

「はい!」

 

 山本元柳斎重國の前で、冬華は元気よく頷いた。

 

「最近、卍解の氷華が最後の一輪まで減るようになったんです!」

 

「ふむ……」

 

「それで、最後の一輪が消えたらどうなるのか、確認したいんです!」

 

 山本は静かに目を細めた。

 

「……通常の訓練場では危険じゃな」

 

「そうなんです!」

 

 冬華は真剣な表情で頷いた。

 

「どのくらいの力が出るのか、私にも分からなくて……」

 

「……よかろう」

 

「……えっ?」

 

「儂が相手をしてやる」

 

「…………」

 

 冬華は固まった。

 

 そして。

 

「――ええっ!?」

 

 思わず声を上げる。

 

「そ、総隊長がですか!?」

 

「不満か?」

 

「い、いえ! そんなことありません!」

 

 冬華は慌てて首を横に振った。

 

「でも、お忙しいのでは……?」

 

「お主の卍解がどれほどのものか、儂も興味がある」

 

 山本は静かに告げた。

 

「それに、完成形とやらの力が未知数である以上、相手を務める者にも相応の実力が必要じゃ」

 

「……!」

 

 冬華の表情が、ぱっと明るくなった。

 

「ありがとうございます!」

 

「ただし、場所はこちらで指定する」

 

「はい!」

 

「……無間じゃ」

 

「……無間?」

 

 冬華は首を傾げた。

 

 その時だった。

 

「――いやあ、山じいも思い切ったことをするねえ」

 

「あっ! 京楽隊長!」

 

 振り返ると、そこには京楽春水が立っていた。

 

 花柄の羽織を揺らしながら、いつものように飄々とした笑みを浮かべている。

 

「やあ、冬華ちゃん」

 

「こんにちは!」

 

「聞いたよ。山じいと手合わせするんだって?」

 

「はい!」

 

「……いやあ、凄いねえ」

 

 京楽は苦笑した。

 

「僕だったら、できれば遠慮したいところだけど」

 

「えへへ! せっかくの機会ですから!」

 

「……本当に、君は変わらないねえ」

 

 京楽は肩をすくめた。

 

 すると、山本が口を開いた。

 

「春水。お主には立会人を務めてもらう」

 

「……僕が?」

 

「うむ」

 

「……やれやれ」

 

 京楽は頭を掻いた。

 

「分かったよ、山じい」

 

 そして、冬華へ視線を向ける。

 

「頑張ってね、冬華ちゃん」

 

「はい!」

 

 冬華は満面の笑みで頷いた。

 

「全力で頑張ります!」

 

     ◇◆◇

 

 瀞霊廷地下。

 

 無間。

 

 果てが見えないほど広大な空間に、三人の死神が立っていた。

 

「……わあ」

 

 冬華は周囲を見渡した。

 

「本当に広いですね!」

 

「まあ、普通の訓練場とはわけが違うからねえ」

 

 京楽が苦笑する。

 

 ここは、本来なら重罪人を幽閉するための場所。

 

 今回の模擬戦は、山本総隊長の判断による特例だった。

 

「……さて」

 

 山本がゆっくりと歩き出す。

 

 そして、冬華から少し離れた位置で立ち止まった。

 

「日番谷冬華」

 

「はい!」

 

「遠慮は無用じゃ。持てる力をすべて使うがよい」

 

「……はい!」

 

 冬華は大きく頷いた。

 

 背中の二本の氷輪丸へ手を伸ばす。

 

 ――シャキン!

 

 二本の刀身が、同時に抜き放たれた。

 

「……ふう」

 

 冬華は静かに息を吐く。

 

 そして。

 

「――卍解!」

 

 ――ゴオオオオッ!!

 

 凄まじい冷気が、無間を駆け抜けた。

 

 二本の氷輪丸が眩い光に包まれ、氷雪の渦の中で一つに融合する。

 

「――大紅蓮氷輪丸!!」

 

 ――ズオオオオッ!!

 

 冬華の背中に、巨大な氷の翼が広がった。

 

 腕や脚を覆う氷。

 

 鋭く伸びる氷の尾。

 

 そして、背後に浮かぶ幾輪もの氷華。

 

 その姿を見て、京楽が小さく口笛を吹いた。

 

「……いやあ。相変わらず、とんでもない霊圧だねえ」

 

「えへへ!」

 

 冬華は嬉しそうに笑った。

 

 しかし、正面に立つ山本は微動だにしない。

 

 その手には、杖に収められた斬魄刀。

 

 流刃若火。

 

 炎熱系最強の斬魄刀。

 

 だが、山本はそれを解放する様子を見せなかった。

 

「……総隊長?」

 

「儂は、まず始解を使わずに相手をしよう」

 

「……分かりました!」

 

 冬華は氷輪丸を構えた。

 

 その身体を、百層の霊圧多層膜が覆う。

 

 京楽が二人を見渡した。

 

「……それじゃあ」

 

 いつもの笑みを消し、静かに告げる。

 

「――始め!」

 

 その瞬間。

 

 ――ドンッ!!

 

 冬華の姿が消えた。

 

「――はあっ!」

 

 ――ギィィン!!

 

 氷輪丸と山本の刀が激突する。

 

「……っ!」

 

 冬華の腕に、凄まじい衝撃が走った。

 

(……重いっ!)

 

 山本は、ただ一撃を受け止めただけ。

 

 それなのに、まるで巨大な岩へ斬りかかったような感覚だった。

 

「……ふん!」

 

 ――ガキィン!!

 

 山本が刀を振るう。

 

「……っ!?」

 

 冬華は咄嗟に氷輪丸で受け止めた。

 

 しかし。

 

 ――パキパキパキッ!!

 

 全身を覆う霊圧多層膜が、次々と砕け散る。

 

(……二十、三十……!)

 

 たった一撃。

 

 それだけで、何十層もの防御が破壊された。

 

「……くぅっ!」

 

 冬華は大きく後退した。

 

 だが、倒れない。

 

 残った霊圧の膜が衝撃を和らげ、身体への直撃を防いでいた。

 

「……ほう」

 

 山本が目を細めた。

 

「今の一撃を耐えるか」

 

「……えへへ!」

 

 冬華は額に浮かんだ汗を拭った。

 

「百層まで増やしておいて、よかったです!」

 

「……なるほど」

 

 山本は静かに頷いた。

 

「幼少の頃より続けてきた霊圧制御を、ここまで昇華させたか」

 

 その言葉に、冬華は嬉しそうに笑った。

 

「はい!」

 

 しかし。

 

「じゃが、防ぐだけでは勝てぬぞ」

 

「……っ!」

 

 山本の姿が消えた。

 

 ――シュンッ!

 

(……速い!)

 

 冬華は咄嗟に反応する。

 

 だが、山本はすでに目の前にいた。

 

「――ふん!」

 

 ――ドゴォッ!!

 

「……きゃっ!?」

 

 強烈な掌打。

 

 冬華の身体が吹き飛ばされる。

 

 ――ズザザザッ!!

 

 氷の翼を広げ、地面を滑りながら着地した。

 

「……はぁっ!」

 

 冬華は素早く体勢を立て直す。

 

(……やっぱり、総隊長は凄いですね!)

 

 斬魄刀の能力を使わず、ここまで圧倒してくる。

 

 純粋な斬術。

 

 白打。

 

 瞬歩。

 

 そして、圧倒的な戦闘経験。

 

 そのすべてが、冬華を上回っていた。

 

(……でも!)

 

 冬華は小さく笑った。

 

(……まだまだ、これからです!)

 

     ◇◆◇

 

「――竜霰架!」

 

 ――ゴオオオッ!!

 

 巨大な氷の竜が、山本へ襲いかかった。

 

「……ふん!」

 

 山本は刀を振るう。

 

 ――ズバァン!!

 

 氷の竜が、真っ二つに切り裂かれた。

 

 しかし。

 

「――氷天百華葬!」

 

 ――ゴオオオオッ!!

 

 無間の上空に、巨大な氷雪の雲が広がった。

 

 そこから、無数の雪片が降り注ぐ。

 

 雪片が地面へ触れた瞬間、次々と氷の華が咲いていく。

 

「……ほう」

 

 山本が目を細める。

 

 冬華は氷の翼を広げた。

 

「まだまだいきますよ!」

 

 ――ズオオオッ!!

 

 無数の氷柱が、山本を取り囲む。

 

 さらに、その隙間を縫うように氷の竜が襲いかかった。

 

 圧倒的な物量。

 

 逃げ場を塞ぐように展開された氷雪。

 

 しかし。

 

「……甘いわ!」

 

 ――ドンッ!!

 

 山本の霊圧が膨れ上がる。

 

 次の瞬間。

 

 ――バキバキバキッ!!

 

 周囲の氷柱が、次々と砕け散った。

 

「……っ!」

 

 冬華は目を見開く。

 

(……霊圧だけで!?)

 

 だが、驚いている暇はない。

 

 山本が一気に距離を詰めてきた。

 

「――っ!」

 

 冬華は瞬間的に霊圧を脚へ集中させる。

 

 ――ドンッ!

 

 爆発的な加速。

 

 山本の斬撃を紙一重で回避し、その背後へ回り込んだ。

 

「――はあっ!」

 

 今度は腕へ霊圧を集中。

 

 全身の霊圧制御を利用した、瞬間的な身体能力の強化。

 

 ――ギィィン!!

 

 強烈な斬撃が、山本の刀へ叩き込まれる。

 

「……むっ!」

 

 山本の足が、わずかに動いた。

 

「……!」

 

 冬華の瞳が輝く。

 

(……押せた!)

 

 しかし。

 

「……見事じゃ」

 

 山本は静かに告げた。

 

「じゃが、まだ甘い」

 

「……えっ?」

 

 ――ドゴォッ!!

 

「……きゃあっ!?」

 

 山本の拳が、冬華の腹部へ叩き込まれた。

 

 ――パキパキパキッ!!

 

 霊圧多層膜が、凄まじい勢いで砕け散る。

 

 冬華の身体が吹き飛ばされた。

 

 ――ズガァン!!

 

 地面へ叩きつけられる寸前、氷の翼を広げて勢いを殺す。

 

「……はぁっ、はぁっ!」

 

 冬華は膝をついた。

 

 すぐさま霊圧を練り直し、破壊された防御層を再形成する。

 

(……強い!)

 

 分かっていたことだ。

 

 護廷十三隊総隊長。

 

 千年以上にわたって護廷十三隊を率いてきた、最強の死神。

 

 その実力は、冬華の想像を遥かに超えていた。

 

 それでも。

 

「……えへへ!」

 

 冬華は笑った。

 

「やっぱり、総隊長は凄いですね!」

 

「……ほう?」

 

「でも、私も負けませんよ!」

 

 山本は、その言葉を聞いて静かに笑った。

 

「……よかろう」

 

 そして、刀を構え直す。

 

「ならば、儂も少しばかり応えてやろう」

 

「……えっ?」

 

 山本が、ゆっくりと斬魄刀を掲げた。

 

 その瞬間。

 

 ――ゴッ!!

 

 無間の空気が、変わった。

 

「……っ!?」

 

 冬華の背筋に、冷たいものが走る。

 

 いや。

 

 冷たいのではない。

 

 熱い。

 

 あまりにも、熱い。

 

 まだ炎すら見えていないというのに、周囲の温度が急激に上昇していく。

 

「……まさか」

 

 冬華の瞳が見開かれた。

 

 山本が、静かに告げる。

 

「――万象一切灰燼と為せ」

 

 ――ゴオオオオオッ!!

 

「――流刃若火」

 

 次の瞬間。

 

 世界が、炎に包まれた。

 

     ◇◆◇

 

「……っ!?」

 

 京楽春水が、思わず目を細めた。

 

「……おいおい」

 

 無間を満たす、凄まじい熱気。

 

 山本元柳斎重國の始解。

 

 炎熱系最強の斬魄刀――流刃若火。

 

 その刀身から噴き上がる炎は、周囲の空間そのものを焼き尽くすかのようだった。

 

「……山じい、本当に解放しちゃったよ」

 

 京楽は苦笑した。

 

 だが、その表情は真剣だった。

 

(……冬華ちゃん。ここからが本番だよ)

 

     ◇◆◇

 

「……あ、熱いっ!」

 

 冬華は咄嗟に氷の翼を広げた。

 

 ――ゴオオオッ!!

 

 周囲に冷気を放ち、迫り来る熱を押し返そうとする。

 

 しかし。

 

 ――ジュウウウッ!!

 

 氷が、次々と蒸発していく。

 

「……っ!」

 

(……これが、流刃若火!)

 

 知識としては知っていた。

 

 炎熱系最強の斬魄刀。

 

 その圧倒的な火力。

 

 だが、実際に目の当たりにすると、まるで別物だった。

 

 刀身から噴き上がる炎。

 

 周囲を満たす熱気。

 

 そして、山本自身から放たれる凄まじい霊圧。

 

(……怖い!)

 

 冬華は、思わず息を呑んだ。

 

 もし、あの炎をまともに受ければ。

 

 百層の霊圧多層膜があっても、無事では済まない。

 

 それでも。

 

「……ふうっ!」

 

 冬華は大きく息を吐いた。

 

 そして、氷輪丸を握り直す。

 

(……でも、逃げません!)

 

 ここで退いていては、完成形へ到達できない。

 

 何より。

 

 目の前には、全力で応えてくれている山本総隊長がいる。

 

「……いきます!」

 

 冬華は氷輪丸を振り上げた。

 

「――氷天百華葬!」

 

 ――ゴオオオオッ!!

 

 無間の上空に、巨大な氷雪の雲が広がる。

 

 無数の雪片が、山本へ降り注いだ。

 

 しかし。

 

「……ふん!」

 

 山本が流刃若火を振るう。

 

 ――ゴオオオオオッ!!

 

 巨大な炎の奔流が、雪片を飲み込んだ。

 

 ――ジュウウウッ!!

 

 氷雪が、次々と蒸発していく。

 

「……くっ!」

 

 冬華は氷の翼を広げ、上空へ飛び上がった。

 

 そして。

 

「――はああっ!」

 

 巨大な氷の竜を生み出す。

 

 ――ズオオオッ!!

 

 氷の竜が、炎へ突っ込んだ。

 

 ――ゴオオオオッ!!

 

 炎と氷が激突する。

 

 凄まじい水蒸気が、周囲へ広がった。

 

「……むっ!」

 

 山本が目を細める。

 

 その一瞬。

 

 冬華は霊圧を脚へ集中させた。

 

 ――ドンッ!

 

 爆発的な加速。

 

 水蒸気の中を駆け抜け、山本の側面へ回り込む。

 

「――はあっ!」

 

 ――ギィィン!!

 

 氷輪丸と流刃若火が激突した。

 

「……っ!?」

 

 凄まじい熱が、刀身を通じて伝わってくる。

 

 冬華は咄嗟に霊圧多層膜を集中させた。

 

 ――パキパキパキッ!!

 

 何層もの防御が、熱と衝撃によって破壊される。

 

「……くぅっ!」

 

 冬華は大きく後退した。

 

 しかし、すぐに体勢を立て直す。

 

「……ほう」

 

 山本が目を細めた。

 

「儂の炎を前にして、なお踏み込むか」

 

「……はい!」

 

 冬華は額の汗を拭った。

 

「まだまだ、頑張れます!」

 

「……よかろう」

 

 山本は流刃若火を構え直した。

 

「ならば、どこまで耐えられるか見せてみよ!」

 

 ――ゴオオオオッ!!

 

 巨大な炎が、冬華へ襲いかかった。

 

「……っ!」

 

 冬華は氷の翼を広げる。

 

 さらに、全身の霊圧多層膜を強化した。

 

 ――ズガァァン!!

 

 炎と氷が激突する。

 

 凄まじい衝撃。

 

 冬華の身体が、大きく揺らいだ。

 

「……くぅぅっ!」

 

 霊圧多層膜が、次々と砕け散る。

 

 それでも。

 

 冬華は倒れなかった。

 

(……あと少し!)

 

 その背後では。

 

 ――パキン。

 

 氷華が、一輪消えた。

 

 ――パキン。

 

 さらに一輪。

 

 ――パキン。

 

 また一輪。

 

 そして。

 

 最後の氷華が、一輪だけ残った。

 

     ◇◆◇

 

「……なるほど」

 

 京楽が静かに呟いた。

 

 山本の炎。

 

 冬華の氷。

 

 その二つが激突するたび、無間には凄まじい霊圧が広がっていた。

 

 しかし、京楽の視線は冬華の背後へ向けられている。

 

(……いよいよか)

 

 最後の氷華。

 

 それが消えた時。

 

 冬華の卍解は、完成形へ到達する。

 

「……さて」

 

 京楽は小さく息を吐いた。

 

「何が起こるんだろうねえ」

 

     ◇◆◇

 

「――はああっ!」

 

 冬華は氷輪丸を振るった。

 

 ――ゴオオオッ!!

 

 巨大な氷の竜が、山本へ襲いかかる。

 

 しかし。

 

「……ふん!」

 

 山本が流刃若火を振るう。

 

 ――ズバァァン!!

 

 氷の竜が、炎によって消し飛ばされた。

 

「……っ!」

 

 冬華は歯を食いしばる。

 

 周囲は灼熱の炎に包まれている。

 

 氷を生み出しても、次々と蒸発していく。

 

 霊圧多層膜も、すでに何度も破壊されていた。

 

(……強い!)

 

 それでも。

 

(……あと、一輪!)

 

 冬華は氷輪丸を握り直した。

 

 その瞬間。

 

 山本が動いた。

 

 ――ドンッ!!

 

「……っ!?」

 

 凄まじい速度。

 

 炎を纏った流刃若火が、冬華へ迫る。

 

(……避けられない!)

 

 冬華は咄嗟に霊圧を全身へ集中させた。

 

 残された防御を、可能な限り厚くする。

 

 そして。

 

 ――パキン。

 

 最後の氷華が、砕け散った。

 

「…………!」

 

 冬華の身体に、異変が起こる。

 

 ――ゴオオオオッ!!

 

 凄まじい冷気が、無間を満たした。

 

「……むっ!?」

 

 山本の瞳が、わずかに見開かれる。

 

 目の前にいた少女の姿が、変わっていく。

 

 小柄だった身体が成長し、手足が伸びる。

 

 銀白色の髪が舞い上がり、翡翠色の瞳が静かに山本を見据えた。

 

 氷の翼が砕け散り、冷気が周囲へ広がっていく。

 

 その霊圧は、先ほどまでとは明らかに異なっていた。

 

「……これは!」

 

 京楽が思わず声を漏らす。

 

 山本も、瞬時に異変を察知した。

 

 だが。

 

 冬華はすでに、氷輪丸を構えていた。

 

「――四界氷結」

 

 ――キィィィィン!!

 

 世界が、白く染まった。

 

「……っ!」

 

 山本が瞬歩で後退する。

 

 同時に、流刃若火の炎が膨れ上がった。

 

 ――ゴオオオオッ!!

 

 凄まじい炎が、迫り来る冷気と激突する。

 

 ――ズガァァァン!!

 

 炎と氷。

 

 二つの力が、真正面からぶつかり合った。

 

 無間を満たす、凄まじい霊圧。

 

 しかし。

 

 ――ピキィィン!!

 

「……むっ!?」

 

 山本の左腕の一部が、瞬く間に凍結した。

 

 流刃若火の炎をもってしても、完全には防ぎきれなかったのだ。

 

「…………!」

 

 京楽の表情が変わる。

 

「……おいおい」

 

 思わず、呟いた。

 

「……嘘だろう?」

 

 あの山本元柳斎重國が。

 

 始解「流刃若火」を解放した状態で、攻撃を受けていた。

 

 しかも、完成形へ移行した直後の、たった一撃で。

 

「…………」

 

 山本は、凍りついた左腕へ視線を落とした。

 

 そして。

 

「……ふっ」

 

 静かに笑った。

 

「見事じゃ、日番谷冬華」

 

「……!」

 

 冬華は目を見開いた。

 

「……総隊長?」

 

 山本は流刃若火を軽く振るう。

 

 ――ゴオオッ!

 

 左腕を覆っていた氷が、炎によって砕け散った。

 

「これ以上は、無間といえども危険じゃろう」

 

 山本は刀を下ろした。

 

「ここまでじゃ」

 

「……!」

 

 冬華は、はっとした。

 

「……はい!」

 

 すぐに氷輪丸を下ろす。

 

 周囲に広がっていた冷気が、ゆっくりと収まっていった。

 

 山本も流刃若火の炎を収める。

 

 無間に、ようやく静寂が戻った。

 

「……ふむ」

 

 山本は左腕を軽く動かした。

 

 そして、冬華を見据える。

 

「……恐るべき力じゃな」

 

「……えへへ!」

 

 冬華は少し照れたように笑った。

 

「ありがとうございます!」

 

 山本は静かに頷いた。

 

「じゃが、慢心するでないぞ」

 

「はい!」

 

「力を得ることと、力を使いこなすことは別じゃ」

 

「……はい!」

 

 冬華は真剣な表情で頷いた。

 

「もっと修行します!」

 

「……うむ」

 

 山本は満足そうに目を閉じた。

 

     ◇◆◇

 

「――いやあ、参ったねえ」

 

 模擬戦を終えた冬華のもとへ、京楽が歩いてきた。

 

「冬華ちゃん、とんでもないものを見せてくれたねえ」

 

「えへへ!」

 

 冬華は嬉しそうに笑った。

 

「私も、こんなに凄いとは思っていませんでした!」

 

「……君が一番驚いてるのかい?」

 

「はい!」

 

 冬華は素直に頷いた。

 

「だって、完成形になるのは初めてですから!」

 

「……ははは!」

 

 京楽は思わず笑った。

 

「本当に、君らしいねえ」

 

 そして、山本へ視線を向ける。

 

「それにしても、山じいが流刃若火を使うとはねえ」

 

「……うむ」

 

 山本は静かに頷いた。

 

「それだけの力を、日番谷は示したということじゃ」

 

「……!」

 

 冬華の表情が、ぱっと輝いた。

 

「ありがとうございます!」

 

 しかし。

 

「……うーん」

 

 冬華は、ふと考え込んだ。

 

「どうしたんだい?」

 

「……完成形、凄く強かったんですけど」

 

 冬華は氷輪丸へ視線を落とした。

 

「やっぱり、時間がかかるのが問題ですよね」

 

「……そうだねえ」

 

 京楽も頷いた。

 

「今回だって、山じいが相手をしてくれたから、最後まで氷華を減らせたわけだし」

 

「はい……」

 

 もし、相手が藍染惣右介だったら。

 

 完成形へ到達する前に、戦いが終わってしまうかもしれない。

 

(……それじゃあ、駄目ですよね)

 

 冬華は小さく頷いた。

 

 そして。

 

「……あっ!」

 

 何かを思いついたように顔を上げた。

 

「だったら、最初から氷華を全部壊せばいいんじゃないでしょうか!」

 

「…………」

 

「…………」

 

 京楽と山本が、同時に沈黙した。

 

「……冬華ちゃん?」

 

「はい!」

 

「……今、何て?」

 

「氷華を、自分で壊せないかなって!」

 

 冬華はにっこりと微笑んだ。

 

「そうすれば、すぐに完成形になれますよね!」

 

「……いやあ」

 

 京楽は額に手を当てた。

 

「そんな簡単に言うことじゃないと思うんだけどねえ」

 

「えへへ! でも、試してみる価値はありますよね!」

 

 山本は、しばらく冬華を見つめていた。

 

 そして。

 

「……好きにするがよい」

 

「本当ですか!?」

 

「ただし、無謀な真似は許さん」

 

「はい!」

 

 冬華は元気よく頷いた。

 

「ありがとうございます!」

 

 京楽は、そんな冬華を見て苦笑した。

 

「……まったく」

 

 そして、山本へ小さく呟く。

 

「山じい。とんでもない子を隊長にしたもんだねえ」

 

「……ふん」

 

 山本は静かに鼻を鳴らした。

 

「それが護廷十三隊の力となるのならば、何よりじゃ」

 

     ◇◆◇

 

 その日の夕方。

 

 十番隊隊舎。

 

「――ただいま戻りました!」

 

「あっ! 冬華隊長!」

 

 隊長室に戻った冬華を、乱菊が迎えた。

 

「どうでした? 総隊長へのお願いは」

 

「えへへ!」

 

 冬華は満面の笑みを浮かべた。

 

「大成功でした!」

 

「……大成功?」

 

「はい!」

 

 そして、嬉しそうに胸を張る。

 

「ついに、大紅蓮氷輪丸の完成形を習得しました!」

 

「…………え?」

 

 乱菊が固まった。

 

「……完成形?」

 

「はい!」

 

「……あの、ずっと修行してた?」

 

「そうです!」

 

「…………」

 

 乱菊は、しばらく冬華を見つめていた。

 

 そして。

 

「――冬華隊長ーっ!!」

 

「わわっ!?」

 

 突然、冬華を抱き締めた。

 

「おめでとうございます!!」

 

「ま、松本さん!?」

 

「すごいじゃないですか!」

 

「えへへ……!」

 

 冬華は少し照れながらも、嬉しそうに笑った。

 

「ありがとうございます!」

 

「もう! 今日はお祝いですね!」

 

「……お祝い!」

 

 冬華の瞳が輝いた。

 

「ケーキ、食べてもいいですか!?」

 

「もちろん!」

 

「やったーっ!」

 

 冬華は両手を上げて喜んだ。

 

 そんな姿を見て、乱菊は楽しそうに笑う。

 

「ふふっ! 本当に、うちの隊長は可愛いんだから!」

 

「えへへ!」

 

 冬華も嬉しそうに笑った。

 

 大紅蓮氷輪丸の完成形。

 

 それは、長い修行の末に手にした、新たな力。

 

 だが、その力にも弱点は存在する。

 

(……次は、氷華を一瞬で消せるようにならないと!)

 

 冬華は小さく拳を握った。

 

 まだまだ、強くなれる。

 

 もっと速く。

 

 もっと正確に。

 

 そして、どんな相手にも対応できるように。

 

「……よし!」

 

 冬華は元気よく顔を上げた。

 

「明日からも、頑張りましょう!」

 

「……冬華隊長?」

 

「はい?」

 

「明日はお休みにしてくださいね?」

 

「……えっ!?」

 

 乱菊は、にっこりと微笑んだ。

 

「今日くらい、ゆっくりしてください!」

 

「……は、はい!」

 

 冬華は少しだけ肩を落とした。

 

 けれど、すぐに笑顔になる。

 

「えへへ! それじゃあ、今日はいっぱいケーキを食べます!」

 

「ふふっ! そうしてください!」

 

 十番隊隊舎に、楽しそうな笑い声が響いた。

 

 こうして。

 

 日番谷冬華は、ついに大紅蓮氷輪丸の完成形へ到達した。

 

 氷雪系最強の斬魄刀。

 

 その真の力を手にした少女は、さらなる高みを目指して歩み続ける。

 

 ――第22話『完成形・大紅蓮氷輪丸』・完。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
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