瀞霊廷、一番隊隊舎。
五番隊隊長、藍染惣右介の死亡が報告されてから、間もなく。
護廷十三隊の隊長たちに、緊急招集がかけられた。
「……また隊首会ですか」
日番谷冬華は、小さく息を吐いた。
背中には、二本の氷輪丸。
銀白色の髪を揺らしながら、隊長たちが集まる広間へ足を踏み入れる。
そこには、すでに多くの隊長が集まっていた。
「おや、冬華ちゃん」
「あっ、京楽さん!」
八番隊隊長、京楽春水が声をかけてきた。
「大変なことになっちゃったねえ」
「……そうですね」
冬華は頷いた。
しかし、その表情はどこか複雑だった。
藍染の遺体。
いや、正確には遺体など存在しなかった。
冬華の目に映っていたのは、壁に突き刺さった一本の刀だけ。
周囲の隊士たちには、血まみれの藍染が見えていたという。
(……鏡花水月)
完全催眠。
その恐ろしさを、冬華は改めて実感していた。
そして。
(……桃ちゃん、大丈夫でしょうか)
昨日の雛森の姿が、頭から離れない。
大切な友人を傷つけてしまった。
その事実が、胸に重くのしかかっていた。
――ゴンッ!!
杖が床を打つ音が響く。
「――静粛に」
山本元柳斎重國の声に、広間が静まり返った。
「すでに承知しておろうが、五番隊隊長、藍染惣右介が遺体となって発見された」
隊長たちの表情が引き締まる。
「現在、四番隊を中心に調査を進めておる。しかし、事件の全容は未だ明らかになっておらぬ」
「…………」
冬華は静かに話を聞いていた。
その時。
「……総隊長」
穏やかな声が響いた。
四番隊隊長、卯ノ花烈だった。
「現場に居合わせた日番谷隊長から、気になる証言があったと聞いております」
「……む?」
山本の視線が冬華へ向けられる。
「日番谷冬華。何か申したか」
「……はい」
冬華は一歩前へ出た。
「私には、藍染隊長の遺体が見えませんでした」
「…………」
広間が静まり返った。
「……何?」
山本の眉が動く。
「どういう意味じゃ」
「そのままの意味です」
冬華は落ち着いて答えた。
「皆さんには藍染隊長の遺体が見えていたそうですが、私には壁に刀が刺さっているようにしか見えなかったんです」
「……刀?」
京楽が首を傾げた。
「それはまた、妙な話だねえ」
「はい。私も驚きました」
冬華は頷いた。
「ですが、何度見ても刀にしか見えませんでした」
「…………」
卯ノ花は静かに冬華を見つめていた。
「……日番谷隊長」
「はい?」
「その刀について、もう少し詳しくお聞かせいただけますか?」
「……えっと」
冬華は少し考える。
「壁に突き刺さっていました。少なくとも、私には人の姿には見えませんでした」
「……なるほど」
卯ノ花は小さく頷いた。
その表情は穏やかなままだったが、何かを考えているようにも見えた。
「……興味深いお話ですね」
「…………」
冬華は、そっと息を吐いた。
(……卯ノ花さんなら)
原作でも、藍染の偽装死に違和感を覚えた人物。
彼女なら、この証言を無視することはないだろう。
「――よい」
山本が口を開いた。
「日番谷の証言についても、調査を進めよ」
「承知いたしました」
卯ノ花が頭を下げる。
「各隊は旅禍への警戒を継続するとともに、藍染の事件についても情報を集めるのじゃ」
「「「はっ!」」」
「――解散!」
こうして、隊首会は終了した。
◇◆◇
瀞霊廷。
「……ふう」
隊首会を終えた冬華は、屋根の上へ降り立った。
周囲では、旅禍の捜索が続いている。
遠くからは、時折戦闘の音が聞こえてきた。
(……一護さん、どこにいるんでしょう)
冬華は辺りを見渡した。
前世の記憶が正しければ、黒崎一護はすでに阿散井恋次と戦っているはずだ。
そして、この後には更木剣八との戦いが待っている。
(……その前に、会えるといいんですけど)
そう考えた、その時だった。
「……ん?」
冬華は足を止めた。
少し離れた場所から、強い霊圧を感じる。
隊長格には届かないものの、普通の隊士とは比較にならないほど大きな霊圧。
しかも、どこか荒削りだ。
(……もしかして)
冬華は小さく笑った。
「……見つけました!」
次の瞬間。
――ヒュン!
瞬歩で、その場から姿を消した。
◇◆◇
瀞霊廷の路地裏。
「……くそっ」
黒崎一護は、斬月を肩に担ぎながら歩いていた。
先ほどの阿散井恋次との戦闘。
勝ちはしたものの、決して楽な相手ではなかった。
身体には、まだ痛みが残っている。
「……急がねえと」
ルキアを助ける。
そのために、こんなところで立ち止まっている暇はない。
そう考えた、その時だった。
「――一護さん!」
「……あ?」
突然、聞き覚えのある声がした。
一護が顔を上げる。
そして。
「……え?」
目を見開いた。
路地の先。
そこに、一人の少女が立っていた。
肩にかかる銀白色の髪。
澄んだ翡翠色の瞳。
小柄で華奢な身体に、整った可憐な顔立ち。
そして、背中には二本の刀。
「……まさか」
一護は呆然と呟いた。
「……冬華、姉ちゃん?」
「あっ!」
少女が嬉しそうに笑う。
「覚えていてくれたんですね!」
「……っ!」
一護は思わず声を上げた。
「――冬華姉ちゃん!?」
「はい! お久しぶりです、一護さん!」
冬華は満面の笑みを浮かべた。
「大きくなりましたねえ!」
「いや、待て待て待て!」
一護は慌てて手を振った。
「何で冬華姉ちゃんが、こんなところにいるんだよ!?」
「えっと……お仕事です!」
「仕事!?」
「はい!」
冬華は元気よく頷いた。
その時。
「……ん?」
一護の視線が、冬華の羽織へ向けられた。
白い羽織。
背中には、十番隊を示す紋章。
「…………」
一護は、しばらく固まった。
「……おい」
「はい?」
「その羽織……」
「……?」
「まさか、冬華姉ちゃん……」
冬華は首を傾げる。
そして、何でもないことのように答えた。
「はい! 十番隊の隊長をしています!」
「…………」
数秒の沈黙。
そして。
「――隊長ォ!?」
一護の叫びが、路地裏に響き渡った。
「ちょっと待て! 冬華姉ちゃん、隊長だったのかよ!?」
「えへへ。実はそうなんです!」
「実はそうなんです、じゃねえだろ!!」
冬華は楽しそうに笑った。
「ふふっ。一護さん、昔よりずっと元気ですね!」
「そういう問題じゃねえって……!」
一護は頭を抱えた。
かつて、雨の日に自分を助けてくれた少女。
あの時も、とんでもなく強かった。
しかし、まさか護廷十三隊の隊長だったとは。
「……マジかよ」
一護は呆然と呟いた。
冬華は、そんな一護を微笑ましそうに眺めていた。
「……そういえば」
「……ん?」
「お母さんは、お元気ですか?」
「…………」
一護の表情が、ぴたりと止まった。
「……母さん、か」
「……?」
冬華は首を傾げる。
その反応に、胸の奥がざわついた。
「……一護さん?」
「……死んだよ」
「…………え?」
一護は静かに告げた。
「母さんは、もういねえ」
「…………」
冬華の笑顔が消えた。
「……そんな」
思わず、声が漏れる。
「……だって、あの時……」
あの雨の日。
グランドフィッシャー。
冬華は、一護を助けた。
そして、真咲が死ぬ未来も変えられたはずだった。
そう思っていた。
しかし。
「……そう、だったんですね」
冬華は俯いた。
一護は、そんな冬華を見つめる。
「……冬華姉ちゃん」
「……はい」
「あの時は、ありがとな」
「……え?」
「俺を助けてくれただろ」
冬華が顔を上げる。
一護は、少しだけ照れくさそうに視線を逸らした。
「……ちゃんと覚えてるからさ」
「…………」
冬華は、しばらく何も言えなかった。
そして。
「……ありがとうございます」
小さく微笑んだ。
だが、その胸には複雑な思いが残っていた。
(……真咲さん)
未来を変えたつもりだった。
けれど、すべてを救えたわけではない。
その事実を、冬華は静かに受け止めた。
◇◆◇
「……さて!」
冬華は、ぱんっと両手を合わせた。
「一護さん!」
「……ん?」
「ここから先へ進むつもりなんですよね?」
「……ああ」
一護の表情が引き締まる。
「ルキアを助けに行く」
「……そうですか」
冬華は静かに頷いた。
そして。
「では、少しだけ手合わせしましょう!」
「…………は?」
一護が固まった。
「……何でだよ!?」
「だって、私は十番隊の隊長ですから!」
冬華は笑顔で答えた。
「旅禍を見つけたのに、何もしないわけにはいきません!」
「……いや、それはそうだけどよ……」
「安心してください! 本気で倒したりしませんから!」
「それ、全然安心できねえんだけど!?」
冬華はくすくす笑った。
そして、背中の氷輪丸を一本抜き放つ。
――シャキン。
「……さあ、一護さん」
翡翠色の瞳が、まっすぐに一護を見つめた。
「私を突破してみてください!」
「…………」
一護は、しばらく冬華を見つめていた。
しかし、やがて大きく息を吐く。
「……分かったよ」
斬月を構える。
「後悔すんなよ、冬華姉ちゃん!」
「はい!」
冬華は嬉しそうに微笑んだ。
「いつでもどうぞ!」
次の瞬間。
「――うおおおおっ!!」
一護が地面を蹴った。
――ドンッ!!
凄まじい勢いで距離を詰め、斬月を振り下ろす。
しかし。
――キィン!!
「……っ!?」
冬華は片手の氷輪丸で、あっさりと受け止めた。
「……いい踏み込みですね!」
「……くっ!」
一護は即座に斬月を引き、横薙ぎに振るう。
――ヒュン!
だが、冬華の姿が消えた。
「……なっ!?」
「こちらですよ!」
「……っ!」
背後から声がした。
一護が慌てて振り返る。
しかし、そこにはすでに冬華の姿がない。
「……くそっ!」
「ふふっ。まだまだですね!」
冬華は少し離れた場所に立っていた。
その表情には、余裕がある。
一護は歯を食いしばった。
(……速え!)
恋次との戦いでも、これほどの速さは感じなかった。
いや。
そもそも、動きが見えない。
「……だったら!」
一護は再び踏み込んだ。
斬月を大きく振りかぶる。
――ブオン!!
強烈な斬撃。
しかし。
――キィン!!
冬華は氷輪丸をわずかに傾け、斬月の軌道を逸らした。
「……っ!」
「力任せでは駄目ですよ、一護さん!」
そのまま冬華が一歩踏み込む。
――トン。
「……え?」
氷輪丸の峰が、一護の肩へ軽く触れた。
「……一本です!」
「……は!?」
一護は目を見開いた。
冬華は、にこにこと笑っている。
「……くそっ!」
一護は再び斬月を構えた。
それから、何度も斬りかかった。
上段。
横薙ぎ。
踏み込みからの連撃。
しかし。
――キィン!
――カンッ!
――ヒュン!
そのすべてが、冬華に受け流される。
そして、冬華の氷輪丸は何度も一護の身体へ届いた。
もちろん、刃を立ててはいない。
だが、実戦なら何度斬られていたか分からなかった。
「……はあっ、はあっ……!」
一護は肩で息をした。
「……何なんだよ、その強さ……!」
「えへへ。これでも、たくさん修行しましたから!」
「……修行ってレベルじゃねえだろ……!」
冬華は楽しそうに笑った。
しかし、やがてその表情が少しだけ真剣になる。
「……一護さん」
「……あ?」
「最後に、一つだけ確かめさせてください」
「……何だよ?」
冬華は、ゆっくりと氷輪丸を下ろした。
そして、鞘へ収める。
――チン。
「……え?」
一護が目を瞬かせる。
冬華は、両手を身体の横へ下ろした。
完全に無防備な姿勢。
「……私を、本気で斬ってください」
「…………は?」
一護は固まった。
「……いや、待てよ!」
「はい?」
「何言ってんだよ!?」
「大丈夫ですよ。遠慮はいりません」
「そういう問題じゃねえだろ!!」
一護は思わず声を荒らげた。
「冬華姉ちゃんは、俺を助けてくれた人だぞ!?」
「…………」
「そんな相手を、本気で斬れるわけねえだろ!!」
冬華は、少しだけ目を見開いた。
そして。
「……ふふっ」
嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます、一護さん」
「……あ?」
「そう言ってもらえて、嬉しいです」
「…………」
冬華は、一護をまっすぐに見つめた。
「でも、私は今、あなたの前に立ちはだかる死神の隊長です」
「……っ!」
「もし、私を倒さなければルキアさんを助けに行けないとしたら……どうしますか?」
「…………」
一護は、言葉を失った。
冬華を傷つけたくない。
それは本心だ。
しかし。
ルキアを助ける。
そのために、ここまで来た。
今さら引き返すことなど、できない。
「……くそっ」
一護は、斬月を握り直した。
「……本当に、いいんだな?」
「はい!」
冬華は笑顔で頷いた。
「遠慮なく、どうぞ!」
「…………」
一護は歯を食いしばった。
そして。
「――後で文句言うなよ!!」
――ドンッ!!
地面を蹴った。
全力の踏み込み。
渾身の一撃。
斬月が、冬華の肩へ振り下ろされる。
しかし。
――ガキィィィン!!
「…………は?」
一護の動きが止まった。
斬月の刃は、確かに冬華へ届いている。
だが。
斬れない。
まるで、分厚い鋼鉄の塊に叩きつけたかのように。
刃が、完全に止まっていた。
「……な、何だよ……これ……!?」
一護は呆然と呟いた。
冬華の肩には、傷一つない。
死覇装すら破れていなかった。
「……ふふっ」
冬華は穏やかに微笑んだ。
「驚きましたか?」
「……驚くに決まってんだろ!!」
一護が叫ぶ。
「何で斬れねえんだよ!?」
「霊圧操作ですよ!」
「……霊圧、操作?」
「はい!」
冬華は自分の肩へ軽く触れた。
「霊圧を何層にも重ねて、身体を守っているんです」
「…………」
一護は言葉を失った。
斬月を全力で振り下ろした。
それなのに、傷一つつけられなかった。
(……これが、隊長……!)
冬華は、そんな一護を見つめていた。
そして。
「……合格です、一護さん!」
「…………は?」
一護が目を瞬かせる。
「……合格?」
「はい!」
冬華は嬉しそうに頷いた。
「あなたの覚悟、ちゃんと見せてもらいました!」
「……いや、待てよ」
一護は困惑した。
「俺、お前に一撃も入れられてねえぞ!?」
「ふふっ。最初から私に勝つ必要なんてありませんよ?」
「……はあ!?」
冬華は、ゆっくりと微笑んだ。
「……強くなりましたね、一護さん」
「…………」
「昔は、私が助けた小さな男の子だったのに」
銀白色の髪が、柔らかな風に揺れる。
「今は、誰かを助けるために、こんなところまで来ているんですね」
「……っ」
一護は、思わず言葉に詰まった。
冬華は優しく微笑む。
「……それに」
「……ん?」
「私を斬りたくないって言ってくれたのも、嬉しかったですよ?」
「…………っ!」
一護の頬が、かあっと赤くなった。
目の前には、翡翠色の瞳を細めて微笑む冬華。
銀白色の髪。
可憐な顔立ち。
先ほどまで圧倒的な強さを見せていた少女とは思えないほど、柔らかな笑顔だった。
「……な、何だよ急に……!」
「……?」
冬華は首を傾げる。
「どうかしました?」
「何でもねえよ!」
「……ふふっ」
冬華は楽しそうに笑った。
「変な一護さんですね!」
「うるせえ!」
一護は顔を逸らした。
そんな様子を見て、冬華はさらに嬉しそうに微笑んだ。
「……さて!」
冬華は一歩横へ移動した。
道を開ける。
「行ってください、一護さん!」
「……え?」
「ルキアさんを、助けに行くんでしょう?」
「…………」
一護は、冬華を見つめた。
「……いいのかよ?」
「はい!」
冬華は頷いた。
「ただし、気をつけてくださいね」
「……?」
「瀞霊廷には、私よりもずっと怖い人がいますから!」
「……マジかよ」
一護は顔を引きつらせた。
冬華はくすくす笑う。
「ふふっ。頑張ってください!」
「…………」
一護は、しばらく冬華を見つめていた。
そして。
「……ありがとな、冬華姉ちゃん」
「……はい!」
「俺、絶対にルキアを助けるから!」
「……ええ!」
冬華は満面の笑みを浮かべた。
「応援しています!」
一護は大きく頷いた。
そして、斬月を肩へ担ぎ直す。
「……じゃあな!」
「はい! また会いましょう!」
次の瞬間。
――タッ!
一護は走り出した。
その背中を、冬華は静かに見送る。
「…………」
かつて、雨の日に出会った少年。
あの時は、守られる側だった。
しかし、今は違う。
誰かを守るために、自分よりも強い相手へ立ち向かえる。
そんな少年へと、成長していた。
「……ふふっ」
冬華は小さく微笑んだ。
「……頑張ってくださいね、一護さん」
そして、空を見上げる。
瀞霊廷には、まだ多くの騒動が待っている。
藍染惣右介。
鏡花水月。
そして、これから訪れる戦い。
「……さて!」
冬華は、気持ちを切り替えた。
「私も、お仕事に戻りましょう!」
銀白色の髪を揺らしながら、冬華は瞬歩でその場を後にした。
――第25話『再会』・完。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
引き続きよろしくお願いします!