日番谷に転生した   作:使い手なない

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第26話「疑惑」

 

 瀞霊廷、十番隊隊舎。

 

 黒崎一護との再会から、しばらく。

 

「……ふう」

 

 日番谷冬華は、隊長室の机に広げられた資料を見つめていた。

 

 銀白色の髪に、澄んだ翡翠色の瞳。

 

 小柄な身体を包む死覇装の上には、十番隊の隊長羽織。

 

 背中には、二本の氷輪丸が収められている。

 

「……やっぱり、おかしいですね」

 

 机の上にあるのは、五番隊隊長・藍染惣右介の死亡事件に関する報告書だった。

 

 発見時刻。

 

 発見場所。

 

 現場の状況。

 

 そして、遺体を目撃した隊士たちの証言。

 

 そのどれもが、藍染の死を前提として記されている。

 

 しかし。

 

(……そもそも、遺体なんてありませんでしたからね)

 

 冬華が見たのは、壁に突き刺さった一本の刀だけ。

 

 他の隊士たちが見たという血まみれの藍染など、どこにも存在しなかった。

 

 原因は分かっている。

 

 鏡花水月。

 

 五感を支配する完全催眠。

 

 冬華は、かつて藍染が催した始解のお披露目で、その能力を回避していた。

 

 だからこそ、偽装死体に騙されなかったのだ。

 

(……問題は、ここからです)

 

 冬華は報告書を閉じた。

 

 藍染が生きていることは分かっている。

 

 しかし、それを証明する証拠がない。

 

 周囲の死神たちは、すでに鏡花水月の完全催眠にかかっている。

 

 仮に藍染が目の前に現れたとしても、彼らが正しく認識できるとは限らない。

 

 そして何より。

 

(……藍染隊長は、私が完全催眠にかかっていないことを知っているんでしょうか)

 

 市丸ギンは気づいていた。

 

 第24話で、冬華が遺体を見えないと告げた時の反応。

 

 あの男は、明らかに動揺していた。

 

 ならば、すでに藍染へ報告している可能性もある。

 

「……困りましたねえ」

 

 冬華は頬杖をついた。

 

 正直なところ、今すぐ藍染を捕まえられるなら、そうしたかった。

 

 しかし、相手はあの藍染惣右介だ。

 

 原作知識があるからといって、何も考えずに動けばいいわけではない。

 

 こちらの行動一つで、未来が大きく変わる可能性もある。

 

 そして。

 

「……桃ちゃん」

 

 冬華の表情が曇った。

 

 藍染の死を信じ、市丸ギンへ斬りかかった幼馴染。

 

 それを止めた自分を見る、あの悲しそうな瞳。

 

(……ちゃんと、お話しできるといいんですけど)

 

 冬華は小さく息を吐いた。

 

     ◇◆◇

 

 瀞霊廷、四番隊隊舎。

 

「……なるほど」

 

 穏やかな声が響いた。

 

 冬華の正面には、四番隊隊長・卯ノ花烈が座っている。

 

「つまり、日番谷隊長には、最初から遺体が見えていなかったのですね」

 

「はい」

 

 冬華は頷いた。

 

「何度確認しても、壁に刀が刺さっているようにしか見えませんでした」

 

「……刀、ですか」

 

 卯ノ花は静かに目を伏せた。

 

「興味深いお話です」

 

「……何か分かりましたか?」

 

「いいえ。現時点では、まだ何とも」

 

 卯ノ花は穏やかに答えた。

 

「ただ、私が確認した遺体には、確かに不自然な点がありました」

 

「……!」

 

 冬華の表情が引き締まる。

 

「それは……?」

 

「詳しいことは、もう少し調べてからお話ししましょう」

 

「……そうですか」

 

 冬華は少し残念そうに頷いた。

 

 しかし、卯ノ花は続けた。

 

「ですが、日番谷隊長」

 

「はい?」

 

「あなたの証言は、決して無意味ではありません」

 

「…………」

 

「皆が同じものを見ているからといって、それが真実とは限りませんから」

 

 冬華は目を瞬かせた。

 

 そして、ふわりと微笑む。

 

「……ありがとうございます、卯ノ花さん」

 

「ふふ。お礼を言われるほどのことではありませんよ」

 

 卯ノ花は微笑み返した。

 

「ただし、十分にお気をつけください」

 

「……?」

 

「もし、あなたの見たものが正しいのであれば……この事件は、私たちが考えている以上に複雑なのかもしれません」

 

「……はい」

 

 冬華は真剣な表情で頷いた。

 

 それは、誰よりも理解しているつもりだった。

 

     ◇◆◇

 

 それから、しばらくして。

 

 瀞霊廷の通路を歩いていた冬華は、ふと足を止めた。

 

「……あれ?」

 

 少し先から、聞き覚えのある霊圧を感じる。

 

 五番隊副隊長。

 

 雛森桃。

 

「……桃ちゃん?」

 

 冬華は顔を上げた。

 

 そして、通路の向こうに現れた人物を見て、ぱっと表情を明るくする。

 

「あっ! 桃ちゃん!」

 

「…………」

 

 しかし。

 

 雛森は、立ち止まったまま動かなかった。

 

「……桃ちゃん?」

 

 冬華は首を傾げる。

 

 いつもの桃ちゃんなら、笑顔で駆け寄ってきてくれるはずだった。

 

 けれど、今は違う。

 

 雛森の顔は青白く、その手には一通の手紙が握られていた。

 

「……冬華ちゃん」

 

「……はい?」

 

 雛森が、ゆっくりと顔を上げる。

 

 その瞳には、涙が浮かんでいた。

 

「……教えて」

 

「……?」

 

「藍染隊長を殺したのは……冬華ちゃんなの?」

 

「…………え?」

 

 冬華は固まった。

 

 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

 

「……桃ちゃん?」

 

「答えてよ……!」

 

 雛森の声が震える。

 

「冬華ちゃんが……藍染隊長を殺したの!?」

 

「……違います!」

 

 冬華は即座に否定した。

 

「私は藍染隊長を殺していません!」

 

「……嘘」

 

「嘘じゃありません!」

 

 冬華は一歩踏み出した。

 

「桃ちゃん、落ち着いてください! 何があったんですか!?」

 

「……これ」

 

 雛森は、手に持っていた手紙を握りしめた。

 

「藍染隊長が……私に残してくれた手紙……」

 

「…………!」

 

 冬華の表情が変わった。

 

(……来ましたか)

 

 藍染の手紙。

 

 原作でも、雛森を日番谷へ向かわせる原因となったもの。

 

 そして、この世界では。

 

(……私が、犯人にされているんですね)

 

 冬華は唇を噛んだ。

 

「……桃ちゃん。その手紙を、少し見せてもらえませんか?」

 

「……嫌」

 

「……え?」

 

「冬華ちゃんには……見せたくない」

 

「…………」

 

 雛森は、涙をこぼしながら続けた。

 

「藍染隊長は……全部知ってたんだよ……!」

 

「……桃ちゃん」

 

「冬華ちゃんが……危険なことを考えてるって……!」

 

 冬華は息を呑んだ。

 

「……違います」

 

「じゃあ、どうして!?」

 

 雛森が叫ぶ。

 

「どうして、藍染隊長の遺体が見えないなんて言ったの!?」

 

「……それは」

 

「どうして、市丸隊長を庇ったの!?」

 

「…………」

 

「藍染隊長が死んだのに……冬華ちゃんだけ、平気そうな顔をして……!」

 

 冬華の胸が、ちくりと痛んだ。

 

 平気だったわけではない。

 

 ただ、藍染が死んでいないことを知っていただけだ。

 

 しかし。

 

 それを今、どう説明すればいいのだろう。

 

「……桃ちゃん」

 

 冬華は、できるだけ優しい声で呼びかけた。

 

「私を信じてください」

 

「…………」

 

「私は、桃ちゃんを傷つけるようなことはしません」

 

「……っ!」

 

「だから、お願いです。少しだけ、お話を――」

 

「――嘘つき!!」

 

 雛森の叫びが響いた。

 

 次の瞬間。

 

 ――シャキン!!

 

 斬魄刀が抜き放たれる。

 

「……桃ちゃん!?」

 

「――飛梅!!」

 

 ――ボオオッ!!

 

 雛森の斬魄刀から、炎が噴き上がった。

 

 そのまま、冬華へ向けて放たれる。

 

「……っ!」

 

 冬華は即座に背中の氷輪丸を抜いた。

 

 ――ヒュン!

 

 一閃。

 

 鋭い剣風が炎を裂き、左右へ散らす。

 

 通路の壁が熱を帯びた。

 

「桃ちゃん! やめてください!」

 

「嫌っ!!」

 

 雛森が地面を蹴る。

 

 ――キィィン!!

 

 飛梅と氷輪丸が激突した。

 

 しかし、実力差はあまりにも大きい。

 

 冬華は片手で攻撃を受け止めたまま、微動だにしなかった。

 

「……桃ちゃん」

 

「……っ!」

 

「お願いです。落ち着いてください」

 

「……うるさい!」

 

 雛森は歯を食いしばる。

 

 再び斬りかかる。

 

 ――キィン!

 

 ――カンッ!

 

 冬華は、そのすべてを受け流した。

 

 反撃することなど、簡単だった。

 

 斬魄刀を弾き飛ばすことも。

 

 鬼道で拘束することも。

 

 霊圧だけで動きを封じることさえ、不可能ではない。

 

 けれど。

 

(……桃ちゃん)

 

 冬華は、目の前の幼馴染を見つめた。

 

 涙を流しながら、必死に刀を振るう雛森。

 

 かつて、潤林安で一緒に笑い合った少女。

 

 霊術院へ進学する日、笑顔で送り出した大切な友達。

 

 その桃ちゃんが、今、自分へ本気で刃を向けている。

 

「……っ」

 

 冬華の胸が締めつけられた。

 

 その時だった。

 

「……おやおや」

 

 聞き覚えのある声が響いた。

 

「えらい騒ぎになってますなあ」

 

「……!」

 

 冬華が視線を向ける。

 

 通路の先。

 

 そこには、三番隊隊長・市丸ギンが立っていた。

 

 いつものように、細い目をさらに細めて笑っている。

 

「……市丸隊長」

 

「日番谷隊長。何してはるん?」

 

「…………」

 

 冬華は答えなかった。

 

 ギンの視線が、雛森へ向けられる。

 

「……雛森副隊長も、随分と熱心やねえ」

 

「……っ!」

 

 雛森の表情が歪んだ。

 

「市丸……隊長……!」

 

 藍染を殺した犯人だと疑っていた男。

 

 そして、その男を庇った幼馴染。

 

 雛森の混乱は、さらに深まっていく。

 

「……桃ちゃん!」

 

 冬華が呼びかける。

 

 しかし、雛森は冬華を睨みつけた。

 

「……どうして」

 

「……?」

 

「どうして、また……!」

 

 雛森の声が震える。

 

「どうして冬華ちゃんは……市丸隊長を庇うの!?」

 

「……違います!」

 

「何が違うの!?」

 

 冬華は言葉に詰まった。

 

 雛森を守りたい。

 

 藍染の嘘を暴きたい。

 

 そして、市丸ギンも救いたい。

 

 けれど、そのすべてを今ここで説明することはできなかった。

 

「……桃ちゃん」

 

 冬華は、ゆっくりと氷輪丸を下ろした。

 

「私は、桃ちゃんの敵じゃありません」

 

「…………」

 

「昔から、ずっと……」

 

 冬華は、悲しそうに微笑んだ。

 

「……お友達でしょう?」

 

「……っ!」

 

 雛森の瞳が揺れた。

 

 一瞬。

 

 本当に、一瞬だけ。

 

 かつての優しい表情が戻りかけた。

 

 しかし。

 

「……だったら」

 

 雛森は、震える声で呟いた。

 

「だったら……どうして、藍染隊長が……!」

 

「…………」

 

「どうして……冬華ちゃんの名前が、手紙に……!」

 

 涙が頬を伝う。

 

 そして。

 

「……もう、分かんないよ……!」

 

 雛森は、飛梅を握りしめた。

 

 冬華は静かに見つめる。

 

「……桃ちゃん」

 

 もう一度、手を伸ばそうとした。

 

 けれど。

 

「――来ないで!!」

 

「……っ!」

 

 冬華の足が止まった。

 

 雛森は、涙で濡れた瞳を向けた。

 

 そして。

 

「……冬華ちゃんなんて」

 

 震える唇が、言葉を紡ぐ。

 

「……大嫌い」

 

「…………え?」

 

 冬華は、呆然とした。

 

 まるで、時間が止まったようだった。

 

 大嫌い。

 

 その言葉が、頭の中で何度も繰り返される。

 

「…………」

 

 冬華の手が、ゆっくりと下がった。

 

「……そっか」

 

 小さな声が漏れる。

 

「……嫌われちゃいましたか」

 

 雛森は何も答えなかった。

 

 ただ、涙を流していた。

 

 冬華は俯く。

 

「……ごめんなさい」

 

 何に対する謝罪なのか、自分でも分からなかった。

 

 ただ。

 

 今は、それしか言えなかった。

 

 その場に、重い沈黙が落ちる。

 

 やがて、騒ぎを聞きつけた隊士たちが駆けつけた。

 

 冬華は、静かに氷輪丸を鞘へ収める。

 

「……雛森副隊長を、お願いします」

 

 隊士たちが戸惑いながらも頷いた。

 

 雛森は抵抗することなく、彼らに付き添われて歩き出す。

 

 その背中を、冬華は見送った。

 

「…………」

 

 ギンは、少し離れた場所からその様子を眺めていた。

 

 いつもの笑みは浮かべたまま。

 

 しかし、何も言わない。

 

 冬華もまた、ギンへ声をかけることはなかった。

 

 ただ、小さく頭を下げる。

 

「……失礼します」

 

 そして。

 

 ――ヒュン。

 

 瞬歩で、その場を後にした。

 

 ギンは、冬華が消えた方向を静かに見つめた。

 

「…………」

 

 やがて、細い目をわずかに開く。

 

「……難儀な子やなあ」

 

 その呟きは、誰にも聞こえなかった。

 

     ◇◆◇

 

 瀞霊廷、十番隊隊舎。

 

「……ただいま、戻りました」

 

 隊長室の扉が開いた。

 

 しかし、その声には、いつもの元気がなかった。

 

「……あら?」

 

 書類を整理していた松本乱菊が顔を上げる。

 

「冬華ちゃん? おかえりなさ……」

 

 そこで、言葉が止まった。

 

 冬華の様子が、明らかにおかしかった。

 

 俯いた顔。

 

 力なく垂れた肩。

 

 いつもなら真っ先に浮かべる笑顔もない。

 

「……冬華ちゃん?」

 

「……はい」

 

「どうしたの?」

 

「…………」

 

 冬華は答えなかった。

 

 ただ、自分の椅子へ向かい、静かに腰を下ろす。

 

「……ふう」

 

 小さなため息。

 

 乱菊は、しばらくその様子を見つめていた。

 

 そして、手に持っていた書類を机へ置く。

 

「……何かあったのね」

 

「……いえ」

 

 冬華は首を横に振った。

 

「大丈夫です」

 

「…………」

 

「ちょっと……疲れちゃっただけですから」

 

 無理に笑おうとする。

 

 けれど、その笑顔はひどくぎこちなかった。

 

 乱菊は静かに歩み寄る。

 

「……冬華ちゃん」

 

「……はい?」

 

「こっち向いて?」

 

「……?」

 

 冬華が顔を上げた。

 

 その瞬間。

 

 ――ぎゅっ。

 

「……わっ!?」

 

 乱菊が、冬華を優しく抱きしめた。

 

「ま、松本さん!?」

 

「……もう」

 

 乱菊は、小さく息を吐いた。

 

「そんな顔して、大丈夫なわけないでしょう?」

 

「…………」

 

 冬華は、目を瞬かせた。

 

 乱菊の腕は温かかった。

 

 昔から、ずっとそうだった。

 

 十番隊へ入隊したばかりの頃も。

 

 失敗して落ち込んだ時も。

 

 何か嬉しいことがあった時も。

 

 乱菊は、いつも自分を見守ってくれていた。

 

「……松本さん」

 

「うん?」

 

「……私」

 

 冬華の声が震えた。

 

「……桃ちゃんに」

 

「…………」

 

「……嫌いって、言われちゃいました」

 

 乱菊の表情が変わった。

 

「……雛森に?」

 

「……はい」

 

 冬華は、小さく頷いた。

 

「……大嫌いって」

 

「…………」

 

「私……桃ちゃんに、嫌われちゃいました」

 

 その声は、今にも消えてしまいそうだった。

 

 乱菊は、そっと冬華の頭を撫でる。

 

「……そう」

 

「…………」

 

「……辛かったわね」

 

「……っ」

 

 その一言で。

 

 冬華の中にあった何かが、ぷつりと切れた。

 

「……うっ」

 

 翡翠色の瞳から、涙がこぼれる。

 

「……私、何もしてないのに……」

 

「……うん」

 

「桃ちゃんを……傷つけたくなかっただけなのに……」

 

「……うん」

 

「……どうして……」

 

 冬華は、乱菊の死覇装をぎゅっと握った。

 

「……どうして、あんなことに……!」

 

 ぽろぽろと涙が落ちる。

 

 乱菊は、何も言わずに抱きしめ続けた。

 

 冬華は強い。

 

 それこそ、護廷十三隊の中でも指折りの実力者だ。

 

 山本総隊長とさえ渡り合い、隊長たちからも一目置かれている。

 

 けれど。

 

 どれほど強くなっても。

 

 どれほど優れた斬魄刀を持っていても。

 

 大切な人から向けられた言葉までは、防げない。

 

「……冬華ちゃん」

 

 乱菊が、優しく呼びかけた。

 

「……はい」

 

「雛森のこと、大好きなんでしょう?」

 

「……はい」

 

 冬華は、涙を拭いながら頷いた。

 

「……大好きです」

 

「……そう」

 

「……ずっと、一緒だったんです」

 

 潤林安で過ごした日々。

 

 一緒に笑って。

 

 一緒に遊んで。

 

 桃が霊術院へ進学する時には、少し寂しくて。

 

 それでも、また会えることが嬉しくて。

 

「……大切な、お友達なんです」

 

「……うん」

 

 乱菊は、優しく微笑んだ。

 

「だったら、今は無理に答えを出さなくてもいいんじゃない?」

 

「……え?」

 

「雛森は今、大切な人を失ったと思い込んで、混乱してるのよ」

 

「…………」

 

「だからって、あんたにあんなことを言っていいわけじゃないけどね」

 

 乱菊は、少しだけ眉を下げた。

 

「でも、あの子が今まで冬華ちゃんを大切に思ってきたことまで、嘘になるわけじゃないでしょう?」

 

「……っ」

 

 冬華の瞳が揺れた。

 

「……はい」

 

「だったら、少し時間をあげましょう」

 

「……時間、ですか?」

 

「そう」

 

 乱菊は頷いた。

 

「今すぐ仲直りしようとしたって、きっと難しいわ」

 

「…………」

 

「だから、まずは落ち着いて。それから、もう一度ちゃんと話してみなさい」

 

 冬華は、しばらく黙っていた。

 

 そして。

 

「……私」

 

「うん?」

 

「……桃ちゃんと、仲直りしたいです」

 

 乱菊は微笑んだ。

 

「ええ」

 

「……また、一緒に笑いたいです」

 

「……うん」

 

「……昔みたいに」

 

 冬華の声が震える。

 

 乱菊は、もう一度ぎゅっと抱きしめた。

 

「……大丈夫よ」

 

「……松本さん」

 

「少なくとも、私は冬華ちゃんの味方だから」

 

「……っ」

 

「何かあったら、いつでも頼りなさい」

 

 乱菊は、優しく頭を撫でた。

 

「隊長だからって、全部一人で抱え込まなくていいんだからね」

 

「…………」

 

 冬華は、しばらく何も言えなかった。

 

 そして。

 

「……はい」

 

 小さく頷いた。

 

「……ありがとうございます、松本さん」

 

「どういたしまして!」

 

 乱菊は、いつもの明るい笑顔を浮かべた。

 

「ほら! うちの可愛い隊長さん!」

 

「……?」

 

「そんなに泣いてたら、せっかくの可愛いお顔が台無しよ?」

 

「……もう」

 

 冬華は、涙を拭いながら頬を膨らませた。

 

「……松本さんったら」

 

「あら、やっといつもの顔に戻った!」

 

「……ふふっ」

 

 冬華の口元に、小さな笑みが浮かぶ。

 

 乱菊は満足そうに頷いた。

 

「そうそう! 冬華ちゃんは、やっぱり笑ってる方が可愛いわ!」

 

「……えへへ」

 

 冬華は、少し照れくさそうに笑った。

 

「……ありがとうございます」

 

 そして、ゆっくりと乱菊から離れる。

 

 目元には、まだ少し涙の跡が残っていた。

 

 けれど。

 

 その翡翠色の瞳には、先ほどまでとは違う光が宿っていた。

 

「……松本さん」

 

「なあに?」

 

「私、もう少し頑張ってみます」

 

「……ええ」

 

「藍染隊長の事件も、桃ちゃんのことも……」

 

 冬華は、そっと拳を握った。

 

「……ちゃんと、向き合いたいです」

 

 乱菊は優しく微笑む。

 

「うん。冬華ちゃんなら、きっとできるわ」

 

「……はい!」

 

 冬華は、ようやくいつもの笑顔を浮かべた。

 

 窓の外では、瀞霊廷の空が夕焼けに染まり始めていた。

 

 藍染惣右介。

 

 鏡花水月。

 

 そして、幼馴染との決裂。

 

 解決しなければならない問題は、まだ山ほどある。

 

 それでも。

 

(……桃ちゃん)

 

 冬華は、静かに目を閉じた。

 

(……私は、諦めませんからね)

 

 どれほど強い力を手に入れても、守れないものがある。

 

 けれど。

 

 だからといって、諦める理由にはならない。

 

「……よし!」

 

 冬華は、小さく気合を入れた。

 

 その様子を見て、乱菊がくすりと笑う。

 

「……もう大丈夫そうね」

 

「はい!」

 

 冬華は元気よく頷いた。

 

「ご心配をおかけしました!」

 

「ふふっ。いいのよ」

 

 乱菊は、もう一度冬華の頭を撫でた。

 

 冬華は、嬉しそうに目を細める。

 

 そして。

 

 再び机の上に置かれた報告書へ視線を向けた。

 

 藍染の偽装死。

 

 その裏に隠された真実を暴くために。

 

 そして、もう一度、大切な幼馴染と笑い合うために。

 

 日番谷冬華は、再び前を向いた。

 

 ――第26話『疑惑』・完。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
引き続きよろしくお願いします!
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