日番谷に転生した   作:使い手なない

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第27話「真実」

 

 瀞霊廷。

 

 雛森桃との衝突から、三日が経過した。

 

 その間、日番谷冬華は決して手をこまねいていたわけではない。

 

 藍染惣右介の不可解な死。

 

 中央四十六室から下される不自然な命令。

 

 そして、雛森桃に残された一通の手紙。

 

 十番隊の職務をこなしながら、冬華は松本乱菊の協力を得て、可能な限り情報を集めていた。

 

 しかし、調べれば調べるほど、疑惑は深まるばかりだった。

 

 そして今日。

 

 冬華は、四番隊隊舎を訪れていた。

 

「……なるほど。中央四十六室の命令について、ですか」

 

「はい」

 

 隊長室。

 

 机を挟んで向かい合うのは、四番隊隊長の卯ノ花烈。

 

 その傍らには、副隊長の虎徹勇音が控えている。

 

「ここ数日、過去の通達と照らし合わせてみたんです。やっぱり、今回の処刑には不自然な点が多すぎます」

 

 冬華は持参した書類を机に並べた。

 

「処刑日時の変更。双殛の使用。そして、隊長格からの問い合わせに対する回答の少なさ……」

 

「確かに、異例の対応が続いていますね」

 

 卯ノ花は書類へ目を落とした。

 

「ですが、中央四十六室の決定に異議を唱えるには、それ相応の根拠が必要です」

 

「……分かっています」

 

 冬華は頷いた。

 

「だから、もう一つ確認したいことがあるんです」

 

「何でしょう?」

 

「藍染隊長の遺体についてです」

 

 勇音が、ぴくりと肩を揺らした。

 

「日番谷隊長……」

 

「卯ノ花さん。以前、私がお話ししたことを覚えていますか?」

 

「ええ。あなたには、藍染隊長の遺体が見えなかったというお話ですね」

 

「はい」

 

 あの日。

 

 多くの死神たちが、壁に突き刺さった藍染の遺体を目撃した。

 

 しかし、冬華の目に映っていたのは、一本の斬魄刀だけだった。

 

「検分の際にも、気になる点があったとおっしゃっていましたよね?」

 

「……そうですね」

 

 卯ノ花は静かに頷く。

 

「遺体そのものに、説明のつかない違和感がありました。もっとも、それだけで偽物と断定することはできません」

 

「でも、もし……」

 

 冬華は、一度言葉を切った。

 

「私たちが見ているものが、最初から本物ではなかったとしたら?」

 

「……!」

 

 勇音が息を呑む。

 

「そんな……! ですが、あれほど多くの隊士が藍染隊長の遺体を……!」

 

「そうなんです。だからこそ、おかしいんですよ」

 

 冬華は真剣な表情で続けた。

 

「大勢が同じものを見たからといって、それが真実だとは限りません」

 

 卯ノ花は、しばらく冬華を見つめていた。

 

 やがて、ゆっくりと口を開く。

 

「……日番谷隊長」

 

「はい」

 

「あなたは、何を疑っているのですか?」

 

「藍染隊長は、本当は死んでいないんじゃないかと思っています」

 

「……!」

 

「そして、もし生きているなら……中央四十六室の不自然な命令とも、何か関係があるのかもしれません」

 

 勇音の表情が強張った。

 

「そ、それでは、まるで藍染隊長が……!」

 

「まだ、証拠はありません」

 

 冬華は首を横に振った。

 

「だからこそ、確かめたいんです」

 

 卯ノ花は静かに目を伏せた。

 

「……中央四十六室へ、直接赴くつもりですか?」

 

「はい」

 

「容易に立ち入れる場所ではありませんよ」

 

「承知しています。それでも、今は確かめる必要があると思うんです」

 

 しばしの沈黙。

 

 やがて、卯ノ花が立ち上がった。

 

「……分かりました」

 

「卯ノ花さん?」

 

「私も同行しましょう」

 

「えっ?」

 

「あなたのお話には、確かに無視できない点があります。それに、藍染隊長の遺体を検分した者として、私にも確かめる責任があります」

 

 卯ノ花は勇音へ視線を向けた。

 

「勇音。あなたも来てください」

 

「は、はい!」

 

 冬華は、ぱっと表情を明るくした。

 

「ありがとうございます、卯ノ花さん!」

 

「お礼は、まだ早いですよ」

 

 卯ノ花は穏やかに微笑んだ。

 

「何もなければ、それが一番なのですから」

 

「……はい!」

 

 冬華は力強く頷いた。

 

 そして三人は、中央四十六室へと向かった。

 

     ◇

 

 中央四十六室。

 

 瀞霊廷の司法を司る、最高機関。

 

 普段であれば、隊長格であっても自由な出入りは許されない場所だ。

 

 その重厚な扉の前に、三人は立っていた。

 

「……静かですね」

 

 勇音が小さく呟く。

 

「そうですね」

 

 冬華は扉を見上げた。

 

 周囲に人の気配はない。

 

 不自然なほどの静寂。

 

(……やっぱり)

 

 胸の奥に、嫌な予感が広がっていく。

 

「日番谷隊長」

 

 卯ノ花が静かに声をかけた。

 

「……はい」

 

「参りましょう」

 

 三人は、扉を開いた。

 

 そして。

 

「――っ!?」

 

 勇音が息を呑んだ。

 

 広い室内。

 

 そこにあったのは、無数の死体だった。

 

 血に染まった床。

 

 倒れ伏した賢者たち。

 

 中央四十六室を構成する者たちが、誰一人生きていなかった。

 

「そ、そんな……!」

 

 勇音が口元を押さえる。

 

 冬華も、思わず眉をひそめた。

 

(……やっぱり、こうなっていましたか)

 

 知識としては知っていた。

 

 けれど、実際に目の当たりにすると、その凄惨さに胸が締めつけられる。

 

 卯ノ花はすぐに遺体へ歩み寄った。

 

 その表情から、いつもの穏やかな微笑みが消えている。

 

「……勇音」

 

「は、はい!」

 

「遺体の状態を確認してください」

 

「分かりました!」

 

 勇音が動き出す。

 

 卯ノ花自身も遺体を調べ、やがて静かに口を開いた。

 

「……亡くなってから、相当な時間が経過しています」

 

「……そうですか」

 

「少なくとも、ここ数日の出来事ではありません」

 

 冬華は目を伏せた。

 

 つまり。

 

 中央四十六室から下されていた命令は、すでに存在しない者たちの名義で発せられていたことになる。

 

「……誰かが、中央四十六室になりすましていた」

 

 冬華が呟く。

 

「その可能性が高いですね」

 

 卯ノ花は静かに頷いた。

 

 そのときだった。

 

「――見事だね」

 

 背後から、穏やかな声が響いた。

 

「……!」

 

 冬華は即座に振り返る。

 

 入口付近。

 

 そこに、一人の男が立っていた。

 

 眼鏡をかけた、穏やかな顔立ちの死神。

 

 五番隊隊長。

 

 藍染惣右介。

 

「……藍染隊長」

 

 冬華は、その名を口にした。

 

 藍染は微笑んでいる。

 

 まるで、いつものように隊長会議で顔を合わせたときのように。

 

「やあ、日番谷隊長。卯ノ花隊長も一緒とはね」

 

「……藍染隊長」

 

 卯ノ花が静かに口を開いた。

 

「お亡くなりになったはずでは?」

 

「そういうことになっていたね」

 

 藍染は、あっさりと答えた。

 

「……随分と簡単に認めるんですね」

 

 冬華が言う。

 

「ここまで来られてしまっては、隠す意味もないだろう?」

 

「……そうですか」

 

 冬華は、藍染から目を離さなかった。

 

 その背後から、もう一人の男が姿を現す。

 

「いやぁ……えらいことになりましたなぁ」

 

 細い目。

 

 いつもの笑み。

 

 三番隊隊長、市丸ギン。

 

「……市丸隊長」

 

「おや、日番谷隊長。そんな怖い顔せんといてください」

 

 ギンは楽しそうに笑った。

 

「久しぶりに会うた気ぃしますわ」

 

「……三日前にも会いましたよね?」

 

「せやったかなぁ?」

 

 とぼけるギンを、冬華はじっと見つめた。

 

 あの日。

 

 桃が自分へ襲いかかったときも、ギンはそこにいた。

 

 そして今。

 

 藍染の隣に立っている。

 

「……市丸隊長も、藍染隊長の協力者だったんですね」

 

「さて、どうでしょう?」

 

 ギンは笑みを崩さない。

 

 その答えを待つことなく、卯ノ花が口を開いた。

 

「藍染隊長。中央四十六室の方々を殺害したのは、あなたですか?」

 

「……そうだよ」

 

 あまりにも平然とした返答だった。

 

 勇音が目を見開く。

 

「なっ……!」

 

「彼らには、少々邪魔をしてもらいたくなかったのでね」

 

「……そのために、全員を?」

 

 冬華の声が低くなる。

 

「必要なことだった」

 

「……そうですか」

 

 冬華は、小さく息を吐いた。

 

 目の前の男は、少しも悪びれていない。

 

 何十人もの命を奪い、瀞霊廷全体を欺き、桃の心まで利用した。

 

 それでもなお、穏やかに微笑んでいる。

 

「……藍染隊長」

 

「何だい?」

 

「桃ちゃんに残した手紙も、あなたが書いたんですよね?」

 

「……ああ」

 

 藍染は微笑んだ。

 

「雛森君なら、あの内容を信じてくれると思っていたよ」

 

「…………」

 

「彼女は実に素直だからね」

 

 冬華の指が、わずかに震えた。

 

 桃の泣き顔が脳裏をよぎる。

 

 ――冬華ちゃんなんて、大嫌い。

 

 あの言葉を、冬華は忘れていない。

 

「……そうやって、人の気持ちを利用するんですね」

 

「感情というものは、時に非常に便利なものだよ」

 

「……私は、そうは思いません」

 

 冬華は、まっすぐ藍染を見据えた。

 

「桃ちゃんは、あなたを本当に信頼していたんです」

 

「知っているとも」

 

 藍染の声は、どこまでも穏やかだった。

 

 その態度に、冬華は唇を結んだ。

 

 けれど、感情に任せて飛びかかることはしない。

 

 ここには卯ノ花と勇音もいる。

 

 そして、相手は藍染惣右介なのだ。

 

「……ところで」

 

 藍染が、不意に話題を変えた。

 

「日番谷隊長。君には一つ、聞きたいことがある」

 

「……何でしょう?」

 

「私の死体を見たとき、君は刀しか見えなかったと言ったそうだね」

 

「……はい」

 

「実に興味深い話だ」

 

「……鏡花水月について、ですか?」

 

 卯ノ花が静かに問いかけた。

 

「藍染隊長。あなたの斬魄刀は、流水系の能力だったはずですが……」

 

「ああ。そう説明していたね」

 

 藍染は穏やかに微笑んだ。

 

「だが、鏡花水月の本当の能力は完全催眠だ」

 

「……完全催眠、ですか」

 

 卯ノ花の目が、わずかに細められた。

 

「一度でも始解の解放を目にした者の五感を支配し、あらゆるものを私の望む姿に見せることができる」

 

「そ、そんな……!」

 

 勇音が息を呑む。

 

 冬華も、驚いたように目を見開いた。

 

「……では、あの遺体も?」

 

「そういうことだよ」

 

 藍染は微笑んだ。

 

 卯ノ花は、静かに考え込むような仕草を見せた。

 

「……なるほど。私たちが検分した藍染隊長の遺体も、催眠によって見せられた偽物だったのですね」

 

「その通りだよ」

 

「ですが……」

 

 卯ノ花の視線が、冬華へ移る。

 

「日番谷隊長には、その遺体が見えていなかった」

 

「……はい」

 

 冬華は、小さく頷いた。

 

「それは、私も気になっていたところだ」

 

 藍染が冬華を見つめる。

 

「君だけが、私の完全催眠に囚われていなかった」

 

 その視線が、ふと冬華の瞳で止まった。

 

「……なるほど」

 

「……?」

 

「君の目か」

 

 冬華の表情が、わずかに変わった。

 

「……何のことでしょう?」

 

「微弱だが、君の瞳の周囲には霊力が集中している」

 

 藍染は静かに続けた。

 

「非常に精密な制御だ。注意して見なければ、見落としてしまうほどにね」

 

「…………」

 

「何かを仕込んでいるんだろう? 私の鏡花水月を見ることを避けるために」

 

 冬華は答えなかった。

 

 その沈黙を、藍染は肯定と受け取ったらしい。

 

「やはり、そうか」

 

 藍染は興味深そうに目を細めた。

 

「しかし、不思議だね」

 

「……何がですか?」

 

「君は、私が始解を披露したときから、すでに対策をしていたことになる」

 

「…………」

 

「私は君の前で、敵意を見せた覚えはない」

 

 藍染の笑みが、わずかに深くなった。

 

「それなのに、君はなぜ私を警戒していたんだい?」

 

 冬華は、少しだけ考えた。

 

 もちろん、本当の理由を話すわけにはいかない。

 

 前世の記憶。

 

 この世界の未来。

 

 そんなことを説明するつもりは、最初からなかった。

 

 だから。

 

「……胡散臭かったからです」

 

「…………」

 

 沈黙。

 

 藍染の笑みが、ほんの一瞬だけ止まった。

 

「……何だって?」

 

「胡散臭かったからです」

 

 冬華は、もう一度はっきりと言った。

 

「いつも穏やかに笑っていらっしゃいますけど、何を考えているのか全然分からなかったので!」

 

「…………」

 

「だから、念のため警戒していました!」

 

 にっこり。

 

 冬華は、実に晴れやかな笑顔を浮かべた。

 

 その瞬間。

 

「……くっ」

 

 藍染の背後から、奇妙な声が漏れた。

 

「……ふ、ふふっ……!」

 

「……市丸」

 

「いやぁ……堪忍してください、藍染隊長」

 

 ギンが口元を袖で隠している。

 

 その肩が、小刻みに震えていた。

 

「まさか……そないな理由やとは……くくっ……!」

 

「……随分と楽しそうだね」

 

「そらもう。藍染隊長が胡散臭い言われるんは、なかなか新鮮ですわ」

 

「…………」

 

 藍染は、静かにギンへ視線を向けた。

 

「……市丸」

 

「はいはい。黙っときます」

 

 そう言いながらも、ギンの笑みは消えない。

 

 冬華は不思議そうに首を傾げた。

 

「……あれ? 市丸隊長は、そう思いませんでした?」

 

「……っ!」

 

 ギンが、とうとう吹き出した。

 

「ふっ……ははっ! あかん、日番谷隊長……!」

 

「……?」

 

「ほんま、おもろい子ですわ……!」

 

 勇音は、何とも言えない表情で立ち尽くしていた。

 

 卯ノ花は、口元にわずかな笑みを浮かべている。

 

 そして藍染は。

 

「……なるほど」

 

 ゆっくりと、眼鏡の位置を直した。

 

「随分と理不尽な理由だね」

 

「そうでしょうか?」

 

「少なくとも、私としては心外だよ」

 

 冬華は、きょとんとした顔で答えた。

 

「……でも、当たっていましたよね?」

 

「…………」

 

 藍染は、答えなかった。

 

 再び、短い沈黙が訪れる。

 

 やがて藍染は、小さく笑った。

 

「……面白いね、日番谷冬華」

 

 その声から、先ほどまでの軽さが消えていた。

 

「だが、それだけで私の能力に対策を施すとは思えない」

 

「……そうですか?」

 

「ああ。君は、まだ何かを隠している」

 

 冬華は、微笑んだまま答えた。

 

「……女の子には、秘密があるものですよ?」

 

「……そうか」

 

 藍染は、それ以上追及しなかった。

 

 ただ、その目は少しも笑っていなかった。

 

「では、その秘密を抱えたまま、ここから帰れると思うかい?」

 

 空気が変わった。

 

 肌を刺すような、重い霊圧。

 

「……っ!」

 

 勇音が息を呑む。

 

 冬華も、表情を引き締めた。

 

「……卯ノ花さん」

 

「ええ」

 

 卯ノ花は静かに頷いた。

 

「勇音。下がっていなさい」

 

「は、はい!」

 

 冬華は一歩前へ出た。

 

 背中に差した二本の氷輪丸へ、両手を伸ばす。

 

「……藍染隊長」

 

「何だい?」

 

「一つだけ、言っておきます」

 

 冬華の翡翠色の瞳が、まっすぐ藍染を捉えた。

 

「私は、あなたを許しません」

 

「……そうか」

 

 藍染は、穏やかに微笑んだ。

 

「それは残念だ」

 

 ――シャキンッ!

 

 冬華が、二本の氷輪丸を抜き放つ。

 

 右手に、自分自身の氷輪丸。

 

 左手に、草冠宗次郎から託された氷輪丸。

 

 冷たい霊圧が、静かに広がっていく。

 

 対する藍染も、腰の斬魄刀へ手をかけた。

 

「……君の実力には、以前から興味があった」

 

 ゆっくりと、刀身が鞘から引き抜かれる。

 

「二本の氷輪丸を操る、史上稀に見る天才。そして、私の鏡花水月に囚われなかった死神」

 

 藍染の視線が、冬華へ向けられた。

 

「……どこまで私に届くのか、見せてもらおう」

 

 冬華は、二本の刀を構えた。

 

(……藍染惣右介)

 

 冬華は、静かに息を吸った。

 

(あなたの思い通りには、させませんからね)

 

 中央四十六室。

 

 その静寂の中で。

 

 二人の隊長が、互いの刃を向け合った。

 

 ――第27話『真実』・完。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
引き続きよろしくお願いします!
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