尸魂界、西流魂街一区――潤林安。
雛森桃が真央霊術院へ旅立ってから、六年あまりが経過した。
桃は無事に霊術院を卒業し、護廷十三隊の五番隊へ入隊したという。
そして、潤林安に残った一人の少女もまた、着実に成長していた。
「……よし!」
朝の庭先。
銀白色の髪を揺らしながら、日番谷冬華が木刀を振り下ろした。
振り上げ、振り下ろす。
足を踏み込み、再び振るう。
(……うん。少しは様になってきましたね)
冬華は満足そうに頷いた。
剣術の練習を始めたのは、数年前のことだ。
いずれ斬魄刀を扱うことになるのだから、今のうちから慣れておこうと思ったのである。
もっとも、正式に剣術を教わった経験はない。
町で見かけた剣の稽古を参考にしたり、自分なりに足運びを工夫したり。
あくまで見よう見まねだ。
(本格的な斬術は、霊術院で教わりましょう)
木刀を置き、冬華は軽く身体をほぐした。
続いて、足元へ霊力を集中させる。
(……次は、こっちですね)
瞬歩。
死神が使用する高速移動技術。
原作知識から存在は知っているものの、具体的な方法までは分からない。
それでも、何年も試行錯誤を続けた結果――。
「……えいっ!」
タンッ!
地面を蹴った冬華の身体が、一瞬で数メートル先へ移動した。
「……っとと!」
勢いを殺しきれず、数歩よろめく。
「むぅ……。やっぱり止まるのが難しいですね」
冬華は小さく頬を膨らませた。
瞬間的な加速には成功している。
けれど、原作で見た瞬歩には遠く及ばない。
(まあ、独学ですし。これからですよね!)
気を取り直し、今度は自分の身体を覆う霊圧へ意識を向ける。
二十層。
極薄の霊圧膜が、幾重にも重なっていた。
以前は五層が限界だったが、長年の修行でここまで増やすことができた。
とはいえ、全てを完全に独立制御するには、まだ集中が必要だ。
(目標の百層までは、あと八十層……)
先は長い。
「……ふふっ」
それでも、冬華は楽しそうに微笑んだ。
努力した分だけ、少しずつ成長できる。
それが嬉しかった。
「冬華ー! 朝ご飯だよー!」
「あっ、はーい!」
おばあちゃんの声に返事をして、冬華は家へ駆け込んだ。
◇◆◇
「それじゃあ、おばあちゃん! 行ってきます!」
「ああ。気をつけるんだよ」
「はい!」
朝食を終えた冬華は、元気よく家を出た。
今日は瀞霊廷の近くまで足を運ぶ予定だ。
真央霊術院の入学試験について、詳しい案内を確認するためである。
(桃ちゃんも、もう立派な死神なんですよね……)
幼い頃から一緒に過ごした友達。
今では五番隊の隊士として働いている。
(私も、早く追いつきたいですね)
そんなことを考えながら歩いていると――。
「あら?」
不意に、女性の声が聞こえた。
「ちょっと、そこの可愛い子!」
「……はい?」
振り返った冬華は、思わず目を丸くした。
そこに立っていたのは、長い金髪を持つ、華やかな雰囲気の女性だった。
死覇装を身に纏い、腰には斬魄刀。
そして、何より目を引くのは――。
(……松本乱菊さん!?)
冬華は内心で驚いた。
護廷十三隊十番隊副隊長。
松本乱菊。
原作で何度も見た人物が、目の前に立っていた。
「ねえ、あなた。この辺りの子?」
「あっ、はい! 潤林安に住んでいます!」
「そうなのね。ふふっ、可愛いわねえ」
乱菊はにこにこと笑いながら、冬華の顔を覗き込んだ。
「綺麗な髪。それに、翡翠色の瞳も素敵ね」
「えへへ……ありがとうございます!」
素直に褒められ、冬華は嬉しそうに微笑んだ。
「あら、笑った顔も可愛い!」
「そ、そんなに褒められると照れちゃいます……!」
「ふふふっ!」
乱菊は楽しそうに笑った。
そして、ふと表情を変える。
「……ところで、あなた」
「はい?」
「ずいぶん変わったことをしているわね?」
冬華は首を傾げた。
「変わったこと、ですか?」
「ええ。身体の周りに霊圧を纏っているでしょう?」
「……!」
冬華の翡翠色の瞳が、大きく開かれた。
(……気づかれました!)
乱菊は興味深そうに冬華を見つめている。
「しかも、ただ纏っているだけじゃないわね。何層にも分けているの?」
「は、はい。今は二十層です」
「……二十?」
乱菊が目を瞬かせた。
「ちょっと待って。二十層って、全部別々に制御しているの?」
「まだ完璧ではありませんけど……一応、独立して動かせるように練習しています」
「…………」
乱菊はしばらく黙り込んだ。
そして。
「……あなた、何者?」
「えっ?」
「その年で、そんな霊圧制御ができるなんて……」
乱菊は改めて冬華を見つめた。
小柄で華奢な身体。
可愛らしい顔立ち。
しかし、その内側には相当な霊力が秘められている。
しかも、それを無駄に漏らさないよう、精密に制御していた。
「……すごいわね、あなた」
「そ、そうでしょうか?」
「そうよ! 普通、そんなことできないわよ?」
「えへへ……毎日練習していたので!」
冬華は照れくさそうに笑った。
乱菊は思わず頬を緩める。
(……この子、相当な逸材じゃない)
単に霊力が大きいだけではない。
それを扱うための努力も積み重ねている。
何より、本人がそれを特別なことだと思っていないらしい。
「ねえ、あなた。名前は?」
「日番谷冬華です!」
「冬華ちゃんね。私は松本乱菊。護廷十三隊の十番隊で副隊長をしているの」
「松本さんですね! よろしくお願いします!」
「ふふっ。よろしくね!」
乱菊は笑顔で頷いた。
「ところで冬華ちゃん、死神になる気はない?」
「……え?」
「あなたなら、きっと立派な死神になれると思うのよ」
その言葉に、冬華はぱっと顔を輝かせた。
「実は私、真央霊術院に入ろうと思っているんです!」
「あら、そうなの!?」
「はい! 今日は入学試験の案内を確認しに行くところで!」
「まあ、なんて偶然!」
乱菊は嬉しそうに手を叩いた。
「それなら、ちょうどいいわね!」
「ちょうどいい、ですか?」
「ええ! 私も瀞霊廷へ戻るところなの。一緒に行きましょう!」
「いいんですか!?」
「もちろんよ!」
乱菊は冬華の頭を優しく撫でた。
「それに、こんな可愛い子を一人で歩かせるのも心配だもの」
「えへへ……ありがとうございます!」
冬華は嬉しそうに笑った。
(……まさか、こんなところで松本さんに会えるなんて)
原作では、日番谷冬獅郎に死神になることを勧めた人物。
その松本乱菊と、こうして出会うことになるとは。
(……なんだか、不思議ですね)
冬華は小さく微笑んだ。
◇◆◇
「へえ。じゃあ、冬華ちゃんはおばあちゃんと二人暮らしなのね」
「はい! とっても優しいおばあちゃんなんです!」
「ふふっ。大好きなのね」
「もちろんです!」
瀞霊廷へ向かう道中。
冬華と乱菊は、すっかり打ち解けていた。
「そういえば、冬華ちゃん。霊圧を使って何かできたりするの?」
「何か、ですか?」
「ええ。さっきの霊圧制御以外にも」
「……あっ!」
冬華は何かを思いついたように、両手を胸の前へ差し出した。
「ちょっと見ていてください!」
「ん?」
掌の上に、淡い光が集まる。
光はゆっくりと形を変え――。
やがて、小さな花となった。
五枚の花びら。
繊細に形作られた、淡く輝く霊圧の花。
「……わあ!」
乱菊が目を輝かせた。
「なにこれ! すっごく綺麗!」
「えへへ……!」
「これも霊圧で作っているの?」
「はい! 私、お花が好きなので!」
「へえ……!」
乱菊は興味深そうに花を覗き込んだ。
「こんなに細かい形まで作れるなんて……本当に器用なのね」
「ありがとうございます!」
冬華は嬉しそうに微笑んだ。
「よかったら、松本さんにプレゼントします!」
「えっ、いいの?」
「はい!」
「嬉しい!」
乱菊は楽しそうに笑った。
冬華の掌から、小さな花がふわりと浮かび上がる。
そして、乱菊の目の前で静かに揺れた。
「ふふっ。ありがとう、冬華ちゃん」
「どういたしまして!」
もっとも、霊圧の花は長く残るものではない。
しばらくすると、光の粒となって消えてしまった。
「あら、消えちゃった」
「すみません。まだ長くは維持できなくて……」
「いいのよ。とっても綺麗だったわ!」
乱菊は冬華の頭を撫でた。
「あなた、きっと素敵な死神になるわね」
「……!」
冬華は少し驚いたように乱菊を見上げた。
そして、嬉しそうに微笑んだ。
「はい! 頑張ります!」
◇◆◇
それからしばらくして。
真央霊術院の入学試験当日。
「……よし!」
冬華は試験会場の前で、小さく拳を握った。
(落ち着いて、いつもどおりに……)
周囲には、同じように死神を目指す志願者たちが集まっている。
緊張した表情の者。
自信満々に胸を張る者。
その中で、冬華は静かに順番を待っていた。
「次、日番谷冬華!」
「はい!」
名前を呼ばれ、元気よく返事をする。
まず行われたのは、霊力の測定だった。
「では、こちらへ霊力を流してください」
「分かりました!」
試験官の指示に従い、冬華は測定用の器具へ手を添えた。
そして、霊力を流し込む。
次の瞬間。
「……っ!?」
試験官が目を見開いた。
測定器具が、強い光を放ったのだ。
「こ、これは……!」
周囲の試験官たちも、思わず顔を見合わせる。
「……何か問題がありましたか?」
冬華が不安そうに尋ねた。
「い、いや……問題はない」
試験官は咳払いをした。
「むしろ、非常に優秀だ。これほどの霊力を持つ志願者は珍しい」
「……本当ですか!?」
「ああ。それに、霊力の流し方も驚くほど安定している」
「えへへ……ありがとうございます!」
冬華は嬉しそうに微笑んだ。
続く基礎的な適性確認でも、冬華は落ち着いて課題をこなしていった。
もちろん、正式な斬術や鬼道はまだ習っていない。
それでも、長年積み重ねてきた基礎体力と霊圧制御は、確かな成果となって現れていた。
そして――。
「日番谷冬華。合格だ」
「……!」
冬華の顔が、ぱっと明るくなった。
「ありがとうございます!」
深々と頭を下げる。
こうして。
日番谷冬華は、真央霊術院への入学を認められたのだった。
◇◆◇
「おばあちゃん!」
その日の夕方。
冬華は勢いよく家の戸を開けた。
「おや、冬華。おかえり」
「ただいまです!」
冬華は満面の笑みを浮かべた。
「合格しました!」
「……おやまあ!」
おばあちゃんの顔が、嬉しそうに綻んだ。
「そうかい、そうかい。よかったねえ」
「はい!」
冬華は元気よく頷いた。
「これで、桃ちゃんと同じ死神を目指せます!」
「ふふふ。頑張った甲斐があったねえ」
「えへへ……!」
おばあちゃんは冬華の頭を優しく撫でた。
その温かな手に、冬華は幸せそうに目を細める。
やがて、窓の外へ視線を向けた。
夕日に染まる潤林安。
生まれてからずっと暮らしてきた、大切な町。
(……いよいよですね)
真央霊術院。
死神になるための第一歩。
そこには、きっと新しい出会いが待っている。
そして、いつか。
大切な人たちを守れるほど、強くなりたい。
「……頑張りますよ!」
冬華は小さく拳を握った。
銀白色の髪が、夕暮れの風にふわりと揺れる。
花のように優しく、氷のように強い。
そんな死神を目指す少女の、新しい日々が始まろうとしていた。
――第3話「出会い」・完。
【あとがき】
第3話をお読みいただき、ありがとうございます!
今回は松本乱菊との出会いと、真央霊術院への入学を描きました!
長年の修行の成果もあり、冬華は順調に成長していますね!
次回からはいよいよ真央霊術院編!
新たな仲間との出会いや、斬魄刀との物語が始まります!
引き続きよろしくお願いします!