瀞霊廷、十番隊隊舎。
「――よし!」
日番谷冬華は、机の上に置かれた書類を確認すると、満足そうに頷いた。
現世への先遣隊派遣。
山本元柳斎重國から正式な命令を受けてから、数日。
ようやく出発の準備が整ったのだ。
「松本さん! 準備はできましたか?」
「もちろんよぉ!」
元気な返事が返ってくる。
冬華が振り返ると、そこには大きな荷物を抱えた松本乱菊が立っていた。
「…………」
「ん? どうしたの、冬華ちゃん?」
「……松本さん」
「なぁに?」
「その荷物、何ですか?」
「え? 着替えとか、お化粧道具とか、色々よ?」
「……任務ですよね?」
「もちろん!」
「……旅行じゃないんですよ?」
「分かってるわよぉ!」
乱菊は楽しそうに笑った。
「でも、せっかく現世に行くんだもの! 色々楽しみたいじゃない!」
「……まったく」
冬華は呆れたようにため息をついた。
けれど、その口元には小さな笑みが浮かんでいた。
久しぶりの現世。
そして、久しぶりに会える友人たち。
冬華自身も、少しだけ楽しみにしていたのだから。
「……さて!」
冬華は背中の二本の氷輪丸を確認する。
「それでは、行きましょう!」
「はーい!」
こうして、護廷十三隊の現世先遣隊が動き始めた。
◇
現世、空座町。
「――到着です!」
穿界門を抜けた冬華は、軽やかに地面へ降り立った。
銀白色の髪が、ふわりと揺れる。
その後ろから、乱菊たちも次々と姿を現した。
「いやぁ、久しぶりの現世ねぇ!」
乱菊が大きく伸びをする。
「相変わらず賑やかなところだわ!」
「……観光に来たんじゃねえぞ」
呆れた声を上げたのは、阿散井恋次だった。
「分かってるわよぉ」
「絶対分かってねえだろ……」
「まあまあ!」
冬華は二人の間に入って微笑んだ。
「まずは、皆さんの行動を確認しましょう!」
今回の先遣隊は六名。
十番隊隊長、日番谷冬華。
同副隊長、松本乱菊。
六番隊副隊長、阿散井恋次。
十三番隊所属、朽木ルキア。
十一番隊第三席、斑目一角。
同第五席、綾瀬川弓親。
いずれも実力のある死神たちだ。
「今回の任務は、破面の動向調査と現世の防衛です」
冬華は全員を見渡した。
「敵の能力は未知数です。単独での無理な交戦は避け、異常があればすぐに連絡してください」
「了解した」
ルキアが頷く。
「ま、敵が出てきたらぶっ倒しゃいいんだろ?」
一角が不敵に笑った。
「一角さん!」
「分かってるって!」
冬華は頬を膨らませる。
「もう……!」
「ふふっ。相変わらず可愛い隊長さんだね」
弓親が楽しそうに微笑んだ。
「か、可愛いは関係ありません!」
冬華の頬が少し赤くなる。
そんな様子を見て、乱菊がくすくすと笑った。
「さて、冬華ちゃん!」
「はい?」
「まずは黒崎君のところに行くんでしょ?」
「はい!」
冬華は嬉しそうに頷いた。
「一護さんたちの無事も確認したいですから!」
◇
空座町、黒崎医院。
「――一護さーん!」
「……ん?」
玄関先で聞き覚えのある声が響いた。
黒崎一護が顔を出すと、そこには見覚えのある銀白色の髪の少女が立っていた。
黒い死覇装。
白い隊長羽織。
そして、背中に二本の氷輪丸。
「……え?」
一護は目を丸くした。
「……冬華姉ちゃん!?」
「はい!」
冬華はぱっと笑顔になった。
「お久しぶりです、一護さん!」
「お、おう! 久しぶり!」
一護は驚きながらも笑みを浮かべた。
「なんでここにいるんだよ!?」
「現世への派遣任務です!」
「派遣任務?」
「はい! 私が先遣隊の指揮を任されまして!」
「……マジかよ」
一護は冬華の後ろを見た。
乱菊。
恋次。
ルキア。
一角。
弓親。
「……ずいぶん大所帯だな」
「それだけ、今回の敵が危険ということです」
冬華の表情が少し真剣になる。
「……一護さん」
「ん?」
「先日、破面と戦ったと聞きました」
「……ああ」
一護は表情を引き締めた。
「とんでもねえ奴らだった」
「……怪我はありませんか?」
「もう大丈夫だ」
「……本当ですか?」
冬華がじっと顔を覗き込む。
「……ほ、本当だって!」
「……なら、よかったです!」
冬華は安心したように微笑んだ。
その様子に、一護も少しだけ表情を緩める。
「……相変わらずだな、冬華姉ちゃん」
「……?」
「いや、何でもねえ」
そう言って、一護は小さく笑った。
「それにしても、親父がいなくてよかったかもな」
「……一心さんですか?」
「ああ。今、往診に出てるんだ」
「そうなんですね」
冬華は小さく頷いた。
かつての十番隊隊長。
志波一心。
今は黒崎一心として、この現世で暮らしている。
そのことは、冬華も以前から知っていた。
「……また、ゆっくりご挨拶したいですね」
「……ん?」
「いえ、何でもありません!」
冬華はにっこりと微笑んだ。
「それより、一護さん!」
「なんだ?」
「しばらく現世に滞在しますので、よろしくお願いしますね!」
「……おう!」
◇
それから、先遣隊はそれぞれの滞在先を探すことになった。
そして。
「――井上さん!」
「……あれ?」
夕方。
自宅へ戻ってきた井上織姫は、玄関前に立つ二人の女性を見つけて目を丸くした。
「松本さん!?」
「やっほー、織姫!」
「それに……!」
織姫の視線が、乱菊の隣へ向けられる。
銀白色の髪。
翡翠色の瞳。
白い隊長羽織をまとった、小柄な美少女。
「……日番谷隊長!?」
「お久しぶりです、井上さん!」
冬華はにっこりと微笑んだ。
「お元気でしたか?」
「は、はい!」
織姫は嬉しそうに頷いた。
「日番谷隊長も、お元気そうでよかったです!」
「ありがとうございます!」
冬華は嬉しそうに笑った。
すると、乱菊が織姫の肩へ手を回した。
「ねえねえ、織姫!」
「はい?」
「お願いがあるんだけどぉ……」
「お願い、ですか?」
「私たち、しばらく現世に滞在することになったのよ」
「はい!」
「それでね……」
乱菊はにっこりと微笑んだ。
「――泊めてくれない?」
「……えっ?」
織姫は一瞬、きょとんとした。
そして。
「もちろんです!」
「やったぁ!」
「……ええっ!?」
冬華が思わず声を上げた。
「い、井上さん! 本当にいいんですか!?」
「はい!」
織姫は満面の笑みを浮かべた。
「お二人なら大歓迎です!」
「……ありがとうございます!」
冬華は深々と頭を下げた。
「ご迷惑をおかけしないようにしますね!」
「そんな、迷惑だなんて!」
織姫は慌てて首を振った。
「むしろ嬉しいです!」
そして、冬華の顔をじっと見つめる。
「……それにしても」
「……はい?」
「日番谷隊長って、本当に可愛いですねぇ……!」
「……えっ!?」
冬華の頬が、ぽっと赤くなった。
「い、いきなり何ですか!?」
「だって、すっごく綺麗な髪ですし! 目も宝石みたいで!」
「そ、そんな……!」
「ねえ、松本さん!」
「でしょー?」
乱菊が得意げに頷いた。
「うちの隊長、すっごく可愛いのよ!」
「松本さんまで!?」
冬華は真っ赤になって抗議した。
しかし、二人は楽しそうに笑っている。
「……もう!」
冬華は頬を膨らませた。
「二人とも、からかわないでください!」
「からかってないわよぉ!」
「本当ですよ!」
「……うぅ」
冬華は恥ずかしそうに俯いた。
そんな様子を見て、織姫はますます嬉しそうに微笑んだ。
◇
夜。
井上家の食卓には、三人分の夕食が並んでいた。
「――いただきます!」
冬華は元気よく手を合わせた。
「はい! どうぞどうぞ!」
織姫が嬉しそうに笑う。
冬華は箸を手に取り、目の前の料理へ視線を向けた。
「……これは?」
「特製あんこクリームシチューです!」
「…………」
冬華の動きが止まった。
「……あんこ?」
「はい!」
「……シチューに?」
「はい!」
織姫は満面の笑みで頷いた。
「甘さとまろやかさが絶妙なんですよ!」
「……そ、そうなんですね」
冬華は料理を見つめた。
隣では乱菊が楽しそうに笑っている。
「ほらほら、冬華ちゃん! 食べてみなさいよ!」
「……松本さんも食べてくださいね?」
「もちろんよ!」
冬華は小さく息を吸った。
そして。
「……いただきます!」
ぱくり。
「…………」
もぐもぐ。
「……あれ?」
冬華は目を瞬かせた。
「……意外と、おいしいです!」
「本当ですか!?」
織姫の顔がぱっと明るくなる。
「はい!」
冬華は嬉しそうに頷いた。
「不思議な味ですけど、甘くておいしいですね!」
「やったぁ!」
織姫が両手を上げて喜ぶ。
「冬華ちゃん、優しいわねぇ」
「……松本さん?」
「何でもないわよぉ!」
三人の笑い声が、部屋に響いた。
久しぶりの現世。
久しぶりの友人たちとの交流。
そして、温かな食卓。
冬華は、心から楽しいと思っていた。
藍染との戦いを終えてから、ずっと修行ばかりの日々だった。
こうして誰かと笑い合う時間も、やはり大切なのだ。
「……井上さん」
「はい?」
「泊めていただいて、本当にありがとうございます!」
冬華は柔らかく微笑んだ。
「こちらこそです!」
織姫も嬉しそうに笑った。
「また明日も、色々お話ししましょうね!」
「はい!」
冬華は元気よく頷いた。
――そのときだった。
◇
「――っ!?」
冬華の表情が、一瞬にして変わった。
翡翠色の瞳が鋭くなる。
「……冬華ちゃん?」
乱菊も異変に気づいた。
次の瞬間。
――ズンッ!
空座町の各地に、複数の強大な霊圧が出現した。
「……これは!」
織姫が息を呑む。
「……破面!」
冬華は即座に立ち上がった。
「松本さん!」
「ええ!」
乱菊も真剣な表情で頷く。
「皆さんにも連絡を!」
「了解!」
冬華は背中の二本の氷輪丸へ手を伸ばした。
「井上さん!」
「は、はい!」
「ここから動かないでください! 私たちが対処します!」
「……分かりました!」
織姫が頷く。
冬華は小さく微笑んだ。
「大丈夫です!」
そして。
「――行きましょう!」
二人は夜の空座町へ飛び出した。
◇
空座町、上空。
冬華は瞬歩で建物の屋根を駆け抜けていた。
隣には乱菊。
「……冬華ちゃん!」
「はい!」
「敵の霊圧、かなり強いわ!」
「……分かっています!」
冬華は周囲の霊圧を探った。
複数の破面。
それぞれが異なる場所へ移動している。
「松本さん!」
「なに!?」
「各隊員に連絡してください! 無理な交戦は避けるようにと!」
「了解!」
乱菊が伝令を送る。
その直後。
「――ほう」
頭上から声が響いた。
「死神か」
「……!」
冬華は足を止めた。
夜空に、一人の男が立っていた。
仮面の残骸を持つ、長身の破面。
シャウロン・クーファン。
「……隊長格、か」
シャウロンが冬華の羽織を見つめる。
「これは面白い」
「……松本さん」
冬華は静かに口を開いた。
「先に行ってください」
「……冬華ちゃん?」
「ここは私が引き受けます」
「……分かったわ!」
乱菊は頷いた。
「気をつけてね!」
「はい!」
乱菊が瞬歩で離れていく。
シャウロンは、その背中を見送った。
「……逃がしてよかったのか?」
「……問題ありません」
冬華は背中の氷輪丸へ手を伸ばした。
「あなたの相手は、私ですから」
「……ふっ」
シャウロンが笑う。
「随分と自信があるようだな」
「……そう見えますか?」
「隊長とはいえ、現世では力を制限されているはずだ」
「……よくご存じですね」
冬華は静かに二本の氷輪丸を抜き放った。
「ですが」
翡翠色の瞳が、鋭く細められる。
「――それだけで勝敗が決まるわけではありませんよ」
◇
――キィィン!
夜空に、鋭い金属音が響いた。
シャウロンの斬撃を、冬華は右手の氷輪丸で受け流す。
そして、左手の刀を振るった。
「……っ!」
シャウロンが素早く身を引く。
刃が、その胸元をかすめた。
「……ほう!」
シャウロンが目を細める。
「なかなか速いな」
「……ありがとうございます!」
冬華は小さく微笑んだ。
しかし、その足は止まらない。
――シュンッ!
瞬歩。
一瞬でシャウロンの側面へ回り込む。
「……!」
右手の斬撃。
それを防がせた瞬間、左手の刀が別の角度から迫る。
――キィン!
シャウロンが辛うじて受け止める。
「……二刀流か!」
「はい!」
冬華は軽やかに身体を回転させた。
連続する斬撃。
右。
左。
そして、再び右。
シャウロンは次々と迫る刃を防ぎながら、少しずつ後退していった。
(……妙だ)
シャウロンは眉をひそめる。
霊圧そのものは、想定していた隊長格ほどではない。
しかし。
(……動きが読めん!)
斬撃の角度。
踏み込みの速さ。
そして、霊圧の使い方。
どれも異常なほど洗練されている。
「……なるほど」
シャウロンが笑みを消した。
「どうやら、見くびっていたようだ」
「……そうですか?」
冬華は静かに刀を構え直した。
「でしたら、もう少し本気でお願いします!」
「……言ってくれる!」
シャウロンが踏み込んだ。
鋭い斬撃。
冬華は左手の氷輪丸で受け止める。
――ギィン!
火花が散った。
その瞬間。
冬華は右足へ霊圧を集中させた。
――ドンッ!
「……なっ!?」
爆発的な加速。
シャウロンの視界から、冬華の姿が消えた。
「……後ろか!」
振り返る。
だが。
「――違いますよ!」
声は、真下から響いた。
「……っ!?」
冬華はすでに懐へ潜り込んでいた。
右手の氷輪丸が閃く。
――ザシュッ!
「ぐっ……!」
シャウロンの身体に、浅い傷が走った。
鮮血が散る。
シャウロンは大きく後退した。
「……貴様!」
冬華は追撃せず、静かに刀を構える。
「……そろそろ、終わりにしましょうか」
「……ふざけるな!」
シャウロンの霊圧が膨れ上がる。
「ならば、こちらも本来の力を――!」
刀を構え直す。
帰刃。
破面が真の力を解放するための能力。
しかし。
「――霜天に坐せ、氷輪丸!」
――ゴオオオッ!
「……っ!?」
シャウロンが目を見開いた。
冬華の二本の氷輪丸から、凄まじい冷気が噴き上がる。
周囲の空気が、一瞬にして凍りついた。
「……何!?」
足元。
そこから氷が伸びる。
――バキバキバキッ!
「……っ!?」
シャウロンの両脚が、瞬く間に氷に包まれた。
「……小細工を!」
力任せに氷を砕こうとする。
だが。
「――遅いです!」
冬華が踏み込んだ。
――シュンッ!
霊圧操作による瞬間加速。
そして、二本の氷輪丸が交差する。
――ザンッ!
「……がっ……!」
シャウロンの身体に、深い斬撃が刻まれた。
次の瞬間。
――パキィィン!
傷口から氷が広がる。
シャウロンの身体が、瞬く間に凍りついていった。
「……ば、馬鹿な……!」
その言葉を最後に。
――パリンッ!
凍りついた身体が砕け散った。
夜空に、細かな氷の欠片が舞い落ちる。
「……ふう」
冬華は小さく息を吐いた。
二本の氷輪丸を静かに下ろす。
「……やっぱり、強かったですね」
冬華は砕け散った氷を見つめた。
限定霊印によって、霊圧は大きく制限されている。
それでも、斬術や瞬歩の技量まで失われるわけではない。
ましてや、霊圧操作の精度も。
山本総隊長との修行で磨いてきた技術。
それらを組み合わせれば、限られた力でも戦うことはできる。
「……さて!」
冬華は顔を上げた。
「松本さんたちは……」
周囲の霊圧を探る。
乱菊。
恋次。
一角。
弓親。
そして。
「……っ!?」
冬華の表情が凍りついた。
遠く離れた場所。
そこにあったはずの霊圧が、急激に弱まっていた。
「……ルキアさん!?」
冬華は息を呑んだ。
さらに、その近くには。
「……一護さん!?」
黒崎一護の霊圧。
そして、それを上回るほどの、凶暴な霊圧。
「…………!」
冬華は即座に刀を構え直した。
迷っている時間はない。
「……待っていてください!」
翡翠色の瞳が鋭く輝く。
「――今、行きます!」
――シュンッ!
冬華の姿が、夜空から消えた。
全力の瞬歩。
目指す先は、ルキアと一護のいる場所。
そこでは今、想像を超える強敵が待ち受けていた。
――第31話『現世先遣隊』・完。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
引き続きよろしくお願いします!