日番谷に転生した   作:使い手なない

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第32話「第六十刃」

 

 現世、空座町。

 

 夜の街を、銀白色の影が駆け抜けていた。

 

「……ルキアさん!」

 

 日番谷冬華は、建物の屋根を蹴って加速する。

 

 先ほどまで感じられていた朽木ルキアの霊圧が、急激に弱まっていた。

 

 さらに、その近くには黒崎一護の霊圧。

 

 そして。

 

(……この霊圧!)

 

 凶暴で、荒々しい。

 

 先ほど倒した破面とは、明らかに格が違う。

 

 冬華は翡翠色の瞳を鋭く細めた。

 

(……グリムジョー!)

 

 原作知識から、その正体には心当たりがあった。

 

 第六十刃。

 

 グリムジョー・ジャガージャック。

 

 藍染が率いる十刃の一人。

 

「……間に合ってください!」

 

 冬華はさらに速度を上げた。

 

     ◇

 

 ――ドォォンッ!

 

「ぐあっ!」

 

 黒崎一護の身体が、建物の壁へ叩きつけられた。

 

 砕けたコンクリートが、夜の道路へ降り注ぐ。

 

「……くそっ!」

 

 一護は斬月を支えに立ち上がった。

 

 その視線の先には、一人の男。

 

 青い髪。

 

 鋭い眼光。

 

 そして、獣のような笑み。

 

「なんだよ、もう終わりか?」

 

 グリムジョーが退屈そうに首を傾げた。

 

「卍解まで使って、その程度かよ」

 

「……うるせえ!」

 

 一護は歯を食いしばった。

 

 少し離れた場所には、倒れたルキアの姿がある。

 

 グリムジョーの一撃を受け、意識を失っていた。

 

「……ルキア!」

 

「人の心配してる場合か?」

 

 グリムジョーが笑った。

 

「次はてめえの番だぜ!」

 

 ――ドンッ!

 

 地面が砕ける。

 

 グリムジョーが一護へ迫った。

 

「……っ!」

 

 一護が斬月を構える。

 

 だが、その瞬間。

 

「――そこまでです!」

 

 ――キィィンッ!

 

「……あ?」

 

 グリムジョーの拳が、二本の刀によって受け止められていた。

 

 銀白色の髪。

 

 翡翠色の瞳。

 

 黒い死覇装に、白い隊長羽織。

 

「……冬華姉ちゃん!?」

 

 一護が目を見開いた。

 

「一護さん!」

 

 冬華はグリムジョーの拳を弾き、素早く後退する。

 

「ルキアさんをお願いします!」

 

「……お、おう!」

 

「治療が必要です! 安全な場所へ!」

 

「分かった!」

 

 一護は倒れたルキアへ駆け寄った。

 

 その様子を見ながら、グリムジョーが口元を歪める。

 

「……おいおい」

 

 冬華へ視線を向けた。

 

「今度は随分ちっこいのが出てきたじゃねえか」

 

「……ちっこい?」

 

 冬華の眉がぴくりと動いた。

 

「……失礼ですね!」

 

「あ?」

 

「これでも、護廷十三隊の隊長なんですよ!」

 

「……隊長?」

 

 グリムジョーは冬華の羽織を見た。

 

 そして。

 

「……ははっ!」

 

 楽しそうに笑い始めた。

 

「そうかよ! そいつはいい!」

 

 凶暴な霊圧が膨れ上がる。

 

「だったら、少しは楽しませてくれよ!」

 

「……望むところです!」

 

 冬華は二本の氷輪丸を構えた。

 

     ◇

 

 ――キィンッ!

 

 激しい金属音が響いた。

 

 グリムジョーの拳を、冬華は右手の氷輪丸で受け流す。

 

 同時に左手の刀を振るう。

 

「……おっと!」

 

 グリムジョーが身体を反らした。

 

 刃が頬のすぐ横を通過する。

 

「……へえ!」

 

 グリムジョーが笑った。

 

「速えじゃねえか!」

 

「ありがとうございます!」

 

 冬華は即座に踏み込んだ。

 

 右。

 

 左。

 

 さらに、身体を回転させながら斬撃を繰り出す。

 

 ――キィン! キィン!

 

 グリムジョーは腕を交差させ、硬い鋼皮で刃を受け止める。

 

「……っ!」

 

 冬華の表情が引き締まった。

 

(……硬い!)

 

 先ほどのシャウロンとは違う。

 

 斬撃の威力が足りない。

 

 限定霊印。

 

 現世への派遣に伴い、隊長格の霊圧は大きく制限されている。

 

 本来の力の二割。

 

 その状態で、第六十刃を相手にしているのだ。

 

「……どうした?」

 

 グリムジョーが笑う。

 

「さっきまでの勢いはよ!」

 

 ――ドンッ!

 

「……っ!」

 

 強烈な蹴り。

 

 冬華は二本の刀を交差させて受け止めた。

 

 しかし。

 

「……くっ!」

 

 身体が大きく後退する。

 

 足元の空気を蹴り、何とか姿勢を立て直した。

 

「……なるほど」

 

 冬華は小さく息を吐いた。

 

「……やっぱり、強いですね」

 

「ああ?」

 

「ですが!」

 

 翡翠色の瞳が輝く。

 

「――まだ、負けませんよ!」

 

 ――シュンッ!

 

 瞬歩。

 

 冬華の姿が消えた。

 

「……!」

 

 グリムジョーが振り返る。

 

 その背後から、二本の刃が迫った。

 

 ――キィンッ!

 

「……ははっ!」

 

 グリムジョーが笑う。

 

「面白え!」

 

 だが、次の瞬間。

 

 ――ドンッ!

 

「……っ!」

 

 グリムジョーの拳が、冬華の腹部を捉えた。

 

 鈍い衝撃。

 

 冬華の身体が吹き飛ばされる。

 

 空中で回転し、屋根の上へ着地した。

 

「……ふう」

 

 冬華は腹部へ手を当てた。

 

 霊圧多層膜。

 

 身体の周囲に重ねた霊圧の防御膜が、衝撃を受け止めていた。

 

 しかし。

 

(……何層か、破られましたね)

 

 やはり、まともに受け続けるわけにはいかない。

 

「……おい」

 

 グリムジョーが目を細めた。

 

「今のを食らって、なんで平気なんだ?」

 

「……秘密です!」

 

「ああ!?」

 

 冬華は小さく微笑んだ。

 

「敵に手の内を教えるわけにはいきませんから!」

 

「……くくっ!」

 

 グリムジョーが笑う。

 

「いいねえ!」

 

 そして。

 

「――もっと楽しませろよ!」

 

 再び、二人が激突した。

 

     ◇

 

 その頃。

 

 空座町の各地では、先遣隊の死神たちが破面との戦闘を続けていた。

 

 松本乱菊。

 

 阿散井恋次。

 

 斑目一角。

 

 綾瀬川弓親。

 

 それぞれが強敵を相手に苦戦を強いられていた。

 

 しかし、尸魂界からの連絡によって、戦況は大きく動こうとしていた。

 

 ――限定解除。

 

 現世で制限されていた隊長格の霊圧を、本来の状態へ戻す許可。

 

 その知らせは、冬華のもとにも届いた。

 

     ◇

 

「――日番谷隊長!」

 

「……!」

 

 伝令を受けた冬華が、目を見開いた。

 

「限定解除の許可が下りました!」

 

「……ありがとうございます!」

 

 冬華は小さく微笑んだ。

 

 そして、正面のグリムジョーへ視線を戻す。

 

「……お待たせしました」

 

「あ?」

 

 グリムジョーが眉をひそめた。

 

「何の話だ?」

 

「……実はですね」

 

 冬華は二本の氷輪丸を構え直した。

 

「今まで、少しだけ力を制限されていたんです」

 

「……は?」

 

「ですが!」

 

 翡翠色の瞳が鋭く輝く。

 

「――ここからは、本気でいきます!」

 

 次の瞬間。

 

 ――ゴオオオオッ!!

 

「……っ!?」

 

 凄まじい霊圧が、空座町の夜空へ解き放たれた。

 

 周囲の空気が震える。

 

 建物の窓が、びりびりと音を立てた。

 

 冬華の銀白色の髪が、霊圧の奔流によって大きく揺れる。

 

「……おいおい」

 

 グリムジョーが目を見開いた。

 

「……なんだよ、それ」

 

 先ほどまでとは、まるで違う。

 

 霊圧の密度。

 

 そして、圧力。

 

「……これが、私の本来の力です!」

 

 冬華はにっこりと微笑んだ。

 

「……ははっ!」

 

 グリムジョーが笑った。

 

「最高じゃねえか!」

 

 しかし。

 

 その笑みは、次の瞬間に消えることになった。

 

「――霜天に坐せ、氷輪丸!」

 

 ――ゴオオオッ!

 

 二本の氷輪丸から、凄まじい冷気が噴き上がる。

 

 夜空に、無数の氷の結晶が舞った。

 

「……なっ!?」

 

 グリムジョーが目を見開く。

 

 次の瞬間。

 

 ――シュンッ!

 

 冬華の姿が消えた。

 

「……っ!?」

 

 反応するよりも早く。

 

 ――ザシュッ!

 

「ぐあっ!」

 

 グリムジョーの肩に、斬撃が走った。

 

 鮮血が散る。

 

「……てめえ!」

 

 反撃の拳。

 

 しかし。

 

「――遅いです!」

 

 冬華は軽やかに身を翻した。

 

 左手の氷輪丸が閃く。

 

 ――ザンッ!

 

「……ぐっ!」

 

 今度は脇腹。

 

 グリムジョーが大きく後退した。

 

「……くそっ!」

 

 その表情から、余裕が消えていた。

 

(……速え!)

 

 先ほどまでとは、まるで違う。

 

 斬撃の速度。

 

 踏み込みの鋭さ。

 

 そして、氷雪の制御。

 

「……ふざけんな!」

 

 グリムジョーが吠えた。

 

 ――ドンッ!

 

 強烈な踏み込み。

 

 右腕を振り上げる。

 

「――ぶっ潰してやる!」

 

 その拳が、冬華へ迫った。

 

 しかし。

 

「……そこです!」

 

 冬華は右手の氷輪丸を振るった。

 

 ――パキィンッ!

 

「……あ?」

 

 グリムジョーの左腕に、氷が生まれた。

 

 手首。

 

 肘。

 

 そして、肩へ。

 

 凄まじい速度で、氷結が広がっていく。

 

「……何だ、こりゃ!?」

 

 グリムジョーが腕を振り払おうとする。

 

 だが。

 

「――逃がしません!」

 

 冬華は左手の氷輪丸を振り下ろした。

 

 ――バキィィィンッ!!

 

「――がああああっ!?」

 

 凄まじい破砕音。

 

 凍結したグリムジョーの左腕が、肩の下から砕け散った。

 

 氷の欠片とともに、鮮血が夜空へ舞う。

 

「……て、てめえ……!」

 

 グリムジョーが肩を押さえた。

 

 その顔が、怒りで歪む。

 

「……俺の腕を……!」

 

 冬華は静かに二本の氷輪丸を構えた。

 

「……これ以上、戦う必要はありません」

 

「……ああ!?」

 

「あなたは、もう十分に傷ついています」

 

 冬華の表情は真剣だった。

 

「撤退してください」

 

「……ふざけんな!」

 

 グリムジョーの霊圧が膨れ上がる。

 

「――ぶっ殺してやる!!」

 

 しかし。

 

 その瞬間。

 

「――グリムジョー」

 

「……っ!?」

 

 冷たい声が響いた。

 

 グリムジョーが振り返る。

 

 そこには、夜空に開かれた黒腔。

 

 そして、その前に立つ一人の男がいた。

 

 黒い肌。

 

 目元を覆う白い布。

 

 かつて護廷十三隊九番隊隊長を務めていた男。

 

 東仙要。

 

「……東仙!」

 

 グリムジョーが顔を歪めた。

 

「何しに来やがった!」

 

「帰還命令だ」

 

 東仙は淡々と告げた。

 

「これ以上の戦闘は許可しない」

 

「……ふざけんな! 今いいところなんだよ!」

 

「その負傷で、まだ戦うつもりか」

 

「……っ!」

 

 グリムジョーが歯を食いしばる。

 

 失われた左腕。

 

 肩から流れる血。

 

 霊圧の乱れからも、その負傷の深刻さは明らかだった。

 

「……命令に背いて勝手に現世へ侵攻した挙げ句、その有様か」

 

 東仙の声は冷たい。

 

「帰還後、藍染様に報告する」

 

「……てめえ!」

 

 グリムジョーが殺気を向ける。

 

 しかし、東仙は取り合わなかった。

 

 そして。

 

「……日番谷冬華」

 

「……東仙さん」

 

 冬華は二本の氷輪丸を構え直した。

 

「お久しぶりです」

 

「……まさか、君がここまでの力を身につけていたとはな」

 

「……ありがとうございます」

 

 冬華は静かに微笑んだ。

 

「ですが、褒めていただいても見逃しませんよ?」

 

「……そうか」

 

 東仙は短く答えた。

 

「今は交戦するつもりはない」

 

「……そうですか」

 

 冬華は警戒を解かない。

 

 東仙も、それ以上踏み込もうとはしなかった。

 

「行くぞ、グリムジョー」

 

「……チッ!」

 

 グリムジョーが舌打ちする。

 

 そして、冬華を睨みつけた。

 

「……覚えてろよ、死神!」

 

「…………」

 

「次は絶対に殺す!」

 

 冬華は静かに答えた。

 

「……私も、負けるつもりはありませんよ」

 

「……くくっ!」

 

 グリムジョーが笑う。

 

「その顔、覚えたぜ」

 

 そして。

 

 東仙とともに、黒腔の奥へ姿を消した。

 

 夜空に開いていた黒い裂け目が、ゆっくりと閉じていく。

 

「……ふう」

 

 冬華は小さく息を吐いた。

 

(……東仙さんまで来るとは)

 

 だが、追撃はしない。

 

 今は、それよりも優先すべきことがある。

 

「……ルキアさん!」

 

     ◇

 

「冬華姉ちゃん!」

 

「一護さん!」

 

 冬華は一護のもとへ駆け寄った。

 

 少し離れた場所では、ルキアが倒れている。

 

「ルキアさんの容体は!?」

 

「……まだ意識が戻らねえ」

 

「……そうですか」

 

 冬華はルキアの傍らに膝をついた。

 

 傷は深い。

 

 だが、霊圧はまだ感じられる。

 

「……大丈夫です」

 

 冬華は一護を見上げた。

 

「すぐに治療を受けさせましょう!」

 

「……ああ!」

 

 冬華は伝令を送り、救護の手配を進めた。

 

 やがて、負傷したルキアは治療を受けることになった。

 

「……冬華姉ちゃん」

 

「はい?」

 

「……助かった」

 

 一護が小さく頭を下げた。

 

「冬華姉ちゃんが来てくれなかったら、どうなってたか……」

 

「……一護さん」

 

 冬華は優しく微笑んだ。

 

「友達を助けるのは、当たり前ですよ!」

 

「……そっか」

 

 一護も小さく笑った。

 

 そして、先ほどの戦闘を思い返す。

 

「……それにしても、やっぱすげえな」

 

「……はい?」

 

「冬華姉ちゃんだよ」

 

 一護は苦笑した。

 

「あいつ、めちゃくちゃ強かったんだぞ。それなのに、腕一本持っていっちまうんだからな……」

 

「……そうですね」

 

 冬華は少し考えた。

 

「確かに、強い相手でした」

 

「……だろ?」

 

「はい。ですが、まだ帰刃を使わせていませんから」

 

「……帰刃?」

 

「破面が本来の力を解放する能力です」

 

 冬華は真剣な表情になった。

 

「今回は勝てましたが、次も同じようにいくとは限りません」

 

「……そっか」

 

 一護は小さく頷いた。

 

 冬華はそんな一護へ微笑みかける。

 

「……でも!」

 

「ん?」

 

「一護さんも、ルキアさんを守ろうと頑張っていたじゃないですか!」

 

「……お、おう」

 

「ですから、今はゆっくり休んでください!」

 

「……ああ」

 

 一護は少しだけ笑った。

 

「ありがとな、冬華姉ちゃん」

 

「はい!」

 

     ◇

 

 それから、しばらくして。

 

 先遣隊の隊員たちは、冬華のもとへ集まっていた。

 

「――冬華ちゃーん!」

 

「松本さん!」

 

 乱菊が駆け寄ってくる。

 

「無事だったのね!」

 

「はい!」

 

 冬華は嬉しそうに頷いた。

 

「松本さんも、ご無事で何よりです!」

 

「いやぁ、結構危なかったわよぉ」

 

「……やっぱり、強かったですか?」

 

「ええ。限定解除がなかったら、どうなってたか……」

 

 乱菊は肩をすくめた。

 

 恋次も頷く。

 

「こっちも相当なもんだったぜ」

 

「……そうですか」

 

 冬華は真剣な表情になった。

 

 今回の襲撃。

 

 敵は六体。

 

 そのうち一体は十刃。

 

 そして、残る破面たちも相当な実力を持っていた。

 

「……厄介ですね」

 

 冬華が小さく呟く。

 

「藍染は、これほどの戦力を……」

 

「……ああ」

 

 恋次が頷いた。

 

「まだまだいるんだろうな」

 

「……でしょうね」

 

 冬華は小さく息を吐いた。

 

 すると。

 

「……ところで、日番谷隊長」

 

 恋次が不思議そうに首を傾げた。

 

「さっき、黒崎から聞いたんスけど……」

 

「……はい?」

 

「隊長、十刃と戦ったんスよね?」

 

「……ああ、はい!」

 

 冬華は頷いた。

 

「グリムジョーという破面でした!」

 

「……で、その腕を砕いたって?」

 

「……はい!」

 

「…………」

 

 恋次が固まった。

 

「……ちょっと待ってください」

 

「……?」

 

「十刃って、破面の中でも特に強い連中なんスよね?」

 

「そうですね」

 

「……そいつの腕を、砕いた?」

 

「はい!」

 

「……卍解で?」

 

「いえ、始解ですけど……」

 

「…………」

 

 恋次はしばらく黙り込んだ。

 

 そして。

 

「……マジかよ」

 

 思わず呟いた。

 

「……?」

 

 冬華は首を傾げる。

 

「どうかしましたか?」

 

「いや……」

 

 恋次は頭をかいた。

 

「俺たちがあれだけ苦戦してたってのに、隊長は十刃の腕を持っていっちまうのかよ……」

 

「……えっと」

 

 冬華は少し困ったように笑った。

 

「限定解除のおかげですよ?」

 

「いや、それでも十分おかしいだろ……」

 

 恋次が苦笑する。

 

 すると。

 

「――はっ!」

 

 一角が楽しそうに笑った。

 

「いいじゃねえか!」

 

「……一角さん?」

 

「隊長さん、ずいぶん面白そうな奴と戦ってたんだな!」

 

「……面白そう?」

 

 冬華は目を瞬かせた。

 

「いえ、かなり危険な相手でしたよ?」

 

「だからいいんじゃねえか!」

 

「……ええっ!?」

 

 一角は不敵に笑った。

 

「俺もそいつとやり合ってみたかったぜ!」

 

「一角さん!」

 

 冬華は思わず声を上げた。

 

「そんなこと言ってる場合じゃありません! 怪我は大丈夫なんですか!?」

 

「おう! このくらい何ともねえ!」

 

「……本当ですか?」

 

「本当だって!」

 

「……もう!」

 

 冬華は頬を膨らませた。

 

「無茶しないでくださいね!」

 

「ははっ!」

 

 一角が豪快に笑う。

 

 その隣では、弓親が小さくため息をついていた。

 

「まったく、一角は相変わらずだね」

 

 そして、冬華へ視線を向ける。

 

「でも、始解だけで十刃をそこまで追い詰めるなんて、さすがだよ」

 

「……ありがとうございます!」

 

 冬華は嬉しそうに微笑んだ。

 

 すると。

 

「ふふっ!」

 

 乱菊が得意げに笑った。

 

「当然よ!」

 

「……松本さん?」

 

「だって、うちの冬華ちゃんだもの!」

 

「……ええっ!?」

 

 冬華が目を丸くする。

 

「な、何ですか、それ!?」

 

「そのままの意味よぉ!」

 

 乱菊は楽しそうに冬華の肩を抱いた。

 

「昔からずーっと努力してきたんだから! これくらい驚かないわ!」

 

「……松本さん」

 

 冬華は少しだけ頬を赤くした。

 

「……ありがとうございます」

 

「ふふっ!」

 

 乱菊が優しく微笑む。

 

 しかし。

 

「……でも!」

 

 冬華は顔を上げた。

 

「まだ、油断はできませんよ!」

 

「……ん?」

 

「今回の相手は、第六十刃でした」

 

 冬華は真剣な表情になった。

 

「つまり、さらに上位の十刃が存在するということです」

 

「……確かにな」

 

 恋次が頷く。

 

「しかも、今回の相手は帰刃も使っていません」

 

 冬華は静かに続けた。

 

「次に戦うときは、もっと厳しい戦いになるかもしれません」

 

「……なるほどな」

 

 一角が不敵に笑った。

 

「ますます面白くなってきたじゃねえか!」

 

「一角さん!」

 

「分かってるって!」

 

 冬華は呆れたようにため息をついた。

 

「……まったく」

 

 だが、その口元には小さな笑みが浮かんでいた。

 

「……とにかく!」

 

 冬華は全員を見渡した。

 

「まずは、皆さんが無事でよかったです!」

 

 にっこりと微笑む。

 

「本当に、お疲れさまでした!」

 

「……おう!」

 

「はいはい、お疲れさま!」

 

 仲間たちも笑みを浮かべた。

 

     ◇

 

 その後。

 

 冬華は尸魂界へ戦闘報告を送った。

 

 現世に出現した六体の破面。

 

 そのうち一体が、第六十刃グリムジョー・ジャガージャックであったこと。

 

 限定解除後、始解の氷輪丸によって左腕を破壊したこと。

 

 そして、東仙要が現れ、グリムジョーを連れて虚圏へ撤退したこと。

 

 報告を終えた冬華は、小さく息を吐いた。

 

「……ふう」

 

 ひとまず、今回の襲撃は終わった。

 

 だが。

 

(……藍染)

 

 冬華は夜空を見上げた。

 

 あの男が、これで諦めるはずがない。

 

 今回の襲撃は、始まりにすぎないのだ。

 

「……もっと、強くならないと」

 

 小さく呟く。

 

 しかし、すぐに首を振った。

 

「……いえ!」

 

 冬華は頬を軽く叩いた。

 

「まずは、今できることからですね!」

 

 そして、仲間たちのもとへ戻っていった。

 

     ◇

 

 翌日。

 

 空座町。

 

「――さて!」

 

 冬華は元気よく両手を合わせた。

 

「今日は、現世の調査を進めましょう!」

 

「……ええ?」

 

 隣では乱菊が不満そうな声を上げた。

 

「昨日あんなに戦ったのに、もうお仕事?」

 

「もちろんです!」

 

「……少しくらい休んでもいいじゃない」

 

「松本さん!」

 

「はぁい……」

 

 乱菊が肩を落とす。

 

 冬華は小さく笑った。

 

「でも、調査が終わったら、少しだけお買い物をしてもいいですよ!」

 

「……本当!?」

 

 乱菊の顔がぱっと明るくなった。

 

「はい!」

 

「やったぁ!」

 

「……ただし!」

 

 冬華は人差し指を立てた。

 

「任務が終わってからです!」

 

「分かってるわよぉ!」

 

 その返事に、冬華は少しだけ不安を覚えた。

 

     ◇

 

 空座町の街並み。

 

 冬華は乱菊とともに、昨夜の戦闘が行われた場所を巡っていた。

 

「……ここですね」

 

 冬華は建物の屋根に降り立った。

 

 周囲には、破面の霊圧の残滓がわずかに残っている。

 

「……かなり薄くなっていますね」

 

「そうねぇ」

 

 乱菊も周囲を見渡した。

 

「昨日の戦闘の影響も、だいぶ落ち着いてきたみたい」

 

「……よかったです」

 

 冬華は小さく頷いた。

 

 幸い、周辺の被害は大きく広がっていない。

 

 だが、次も同じとは限らない。

 

「……引き続き、警戒が必要ですね」

 

「そうね」

 

 乱菊が頷いた。

 

 そして。

 

「……ところで、冬華ちゃん」

 

「はい?」

 

「そろそろ、お昼じゃない?」

 

「……え?」

 

 冬華は空を見上げた。

 

 太陽は、すでに高く昇っている。

 

「……あ、本当ですね」

 

「でしょー?」

 

 乱菊がにっこりと微笑んだ。

 

「せっかくだし、何か食べに行かない?」

 

「……そうですね!」

 

 冬華も微笑んだ。

 

「午前中の調査も、ひと区切りつきましたし!」

 

「やったぁ!」

 

 乱菊は嬉しそうに冬華の手を取った。

 

「じゃあ、行きましょ!」

 

「……松本さん!?」

 

 ぐいぐいと引っ張られる。

 

「ま、待ってください!」

 

「早く早く!」

 

「……もう!」

 

 冬華は困ったように笑った。

 

     ◇

 

 それから、二人は空座町の商店街を歩いていた。

 

「……わぁ!」

 

 冬華の瞳が輝く。

 

「久しぶりに来ると、色々変わっていますね!」

 

「そうねぇ!」

 

 乱菊も楽しそうに周囲を見渡した。

 

 洋服店。

 

 雑貨店。

 

 喫茶店。

 

 色とりどりの看板が並ぶ。

 

「……あっ!」

 

 冬華が足を止めた。

 

「松本さん!」

 

「なぁに?」

 

「あのお店、見てください!」

 

 冬華が指さした先には、小さな洋菓子店があった。

 

 ショーウィンドウには、可愛らしいケーキが並んでいる。

 

「……おいしそうですね!」

 

「ふふっ」

 

 乱菊が笑った。

 

「冬華ちゃん、甘いもの好きだものねぇ」

 

「……はい!」

 

 冬華は嬉しそうに頷いた。

 

「……でも」

 

 少しだけ考える。

 

「お昼ご飯を食べたばかりですし……」

 

「別腹よ!」

 

「……別腹?」

 

「そう!」

 

 乱菊は自信満々に頷いた。

 

「甘いものは、別腹なの!」

 

「……なるほど!」

 

 冬華は感心したように頷いた。

 

「……って、そんなわけないじゃないですか!」

 

「あははっ!」

 

 乱菊が笑う。

 

 冬華もつられて笑った。

 

 昨日の激戦が、まるで嘘のようだった。

 

     ◇

 

 夕方。

 

 井上家。

 

「――ただいま戻りました!」

 

「おかえりなさーい!」

 

 織姫が笑顔で迎えてくれた。

 

「日番谷隊長! 松本さん!」

 

「ただいまぁ!」

 

 乱菊が楽しそうに手を振る。

 

「井上さん!」

 

 冬華は小さな紙袋を差し出した。

 

「これ、お土産です!」

 

「……えっ!?」

 

 織姫が目を丸くした。

 

「私に、ですか?」

 

「はい!」

 

 冬華はにっこりと微笑んだ。

 

「今日、商店街で見つけたんです!」

 

 袋の中には、可愛らしい焼き菓子が入っていた。

 

「……わぁ!」

 

 織姫の顔がぱっと明るくなる。

 

「ありがとうございます!」

 

「いえいえ!」

 

 冬華は嬉しそうに笑った。

 

「泊めていただいているお礼です!」

 

「そんな、気を遣わなくてもいいのに!」

 

「……でも」

 

 冬華は少しだけ照れたように微笑んだ。

 

「井上さんに喜んでもらいたかったので!」

 

「……日番谷隊長……!」

 

 織姫が感激したように両手を合わせた。

 

「本当に可愛いです……!」

 

「……えっ!?」

 

 冬華の頬が赤くなる。

 

「な、何でそうなるんですか!?」

 

「だって、そんなこと言われたら……!」

 

「ふふっ!」

 

 乱菊が笑う。

 

「やっぱり、うちの隊長は可愛いわねぇ!」

 

「松本さんまで!?」

 

 冬華は真っ赤になって抗議した。

 

 しかし、二人は楽しそうに笑っている。

 

「……もう!」

 

 冬華は頬を膨らませた。

 

 けれど。

 

 その口元には、小さな笑みが浮かんでいた。

 

 昨日は、命を懸けた戦いがあった。

 

 明日も、何が起こるか分からない。

 

 それでも。

 

 こうして笑い合える時間がある。

 

 それが、冬華には何よりも嬉しかった。

 

「……さて!」

 

 冬華は元気よく顔を上げた。

 

「明日も、頑張りましょう!」

 

「ええっ!? 明日も調査!?」

 

 乱菊が悲鳴を上げる。

 

「もちろんです!」

 

「……冬華ちゃーん!」

 

「ふふっ!」

 

 織姫が楽しそうに笑った。

 

 そして、冬華も。

 

「……あははっ!」

 

 声を上げて笑った。

 

 空座町の夜は、穏やかに更けていく。

 

 しかし、その平穏がいつまで続くのか。

 

 それを知る者は、まだ誰もいなかった。

 

 ――第32話『第六十刃』・完。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

引き続きよろしくお願いします!
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