現世、空座町。
夜の街を、銀白色の影が駆け抜けていた。
「……ルキアさん!」
日番谷冬華は、建物の屋根を蹴って加速する。
先ほどまで感じられていた朽木ルキアの霊圧が、急激に弱まっていた。
さらに、その近くには黒崎一護の霊圧。
そして。
(……この霊圧!)
凶暴で、荒々しい。
先ほど倒した破面とは、明らかに格が違う。
冬華は翡翠色の瞳を鋭く細めた。
(……グリムジョー!)
原作知識から、その正体には心当たりがあった。
第六十刃。
グリムジョー・ジャガージャック。
藍染が率いる十刃の一人。
「……間に合ってください!」
冬華はさらに速度を上げた。
◇
――ドォォンッ!
「ぐあっ!」
黒崎一護の身体が、建物の壁へ叩きつけられた。
砕けたコンクリートが、夜の道路へ降り注ぐ。
「……くそっ!」
一護は斬月を支えに立ち上がった。
その視線の先には、一人の男。
青い髪。
鋭い眼光。
そして、獣のような笑み。
「なんだよ、もう終わりか?」
グリムジョーが退屈そうに首を傾げた。
「卍解まで使って、その程度かよ」
「……うるせえ!」
一護は歯を食いしばった。
少し離れた場所には、倒れたルキアの姿がある。
グリムジョーの一撃を受け、意識を失っていた。
「……ルキア!」
「人の心配してる場合か?」
グリムジョーが笑った。
「次はてめえの番だぜ!」
――ドンッ!
地面が砕ける。
グリムジョーが一護へ迫った。
「……っ!」
一護が斬月を構える。
だが、その瞬間。
「――そこまでです!」
――キィィンッ!
「……あ?」
グリムジョーの拳が、二本の刀によって受け止められていた。
銀白色の髪。
翡翠色の瞳。
黒い死覇装に、白い隊長羽織。
「……冬華姉ちゃん!?」
一護が目を見開いた。
「一護さん!」
冬華はグリムジョーの拳を弾き、素早く後退する。
「ルキアさんをお願いします!」
「……お、おう!」
「治療が必要です! 安全な場所へ!」
「分かった!」
一護は倒れたルキアへ駆け寄った。
その様子を見ながら、グリムジョーが口元を歪める。
「……おいおい」
冬華へ視線を向けた。
「今度は随分ちっこいのが出てきたじゃねえか」
「……ちっこい?」
冬華の眉がぴくりと動いた。
「……失礼ですね!」
「あ?」
「これでも、護廷十三隊の隊長なんですよ!」
「……隊長?」
グリムジョーは冬華の羽織を見た。
そして。
「……ははっ!」
楽しそうに笑い始めた。
「そうかよ! そいつはいい!」
凶暴な霊圧が膨れ上がる。
「だったら、少しは楽しませてくれよ!」
「……望むところです!」
冬華は二本の氷輪丸を構えた。
◇
――キィンッ!
激しい金属音が響いた。
グリムジョーの拳を、冬華は右手の氷輪丸で受け流す。
同時に左手の刀を振るう。
「……おっと!」
グリムジョーが身体を反らした。
刃が頬のすぐ横を通過する。
「……へえ!」
グリムジョーが笑った。
「速えじゃねえか!」
「ありがとうございます!」
冬華は即座に踏み込んだ。
右。
左。
さらに、身体を回転させながら斬撃を繰り出す。
――キィン! キィン!
グリムジョーは腕を交差させ、硬い鋼皮で刃を受け止める。
「……っ!」
冬華の表情が引き締まった。
(……硬い!)
先ほどのシャウロンとは違う。
斬撃の威力が足りない。
限定霊印。
現世への派遣に伴い、隊長格の霊圧は大きく制限されている。
本来の力の二割。
その状態で、第六十刃を相手にしているのだ。
「……どうした?」
グリムジョーが笑う。
「さっきまでの勢いはよ!」
――ドンッ!
「……っ!」
強烈な蹴り。
冬華は二本の刀を交差させて受け止めた。
しかし。
「……くっ!」
身体が大きく後退する。
足元の空気を蹴り、何とか姿勢を立て直した。
「……なるほど」
冬華は小さく息を吐いた。
「……やっぱり、強いですね」
「ああ?」
「ですが!」
翡翠色の瞳が輝く。
「――まだ、負けませんよ!」
――シュンッ!
瞬歩。
冬華の姿が消えた。
「……!」
グリムジョーが振り返る。
その背後から、二本の刃が迫った。
――キィンッ!
「……ははっ!」
グリムジョーが笑う。
「面白え!」
だが、次の瞬間。
――ドンッ!
「……っ!」
グリムジョーの拳が、冬華の腹部を捉えた。
鈍い衝撃。
冬華の身体が吹き飛ばされる。
空中で回転し、屋根の上へ着地した。
「……ふう」
冬華は腹部へ手を当てた。
霊圧多層膜。
身体の周囲に重ねた霊圧の防御膜が、衝撃を受け止めていた。
しかし。
(……何層か、破られましたね)
やはり、まともに受け続けるわけにはいかない。
「……おい」
グリムジョーが目を細めた。
「今のを食らって、なんで平気なんだ?」
「……秘密です!」
「ああ!?」
冬華は小さく微笑んだ。
「敵に手の内を教えるわけにはいきませんから!」
「……くくっ!」
グリムジョーが笑う。
「いいねえ!」
そして。
「――もっと楽しませろよ!」
再び、二人が激突した。
◇
その頃。
空座町の各地では、先遣隊の死神たちが破面との戦闘を続けていた。
松本乱菊。
阿散井恋次。
斑目一角。
綾瀬川弓親。
それぞれが強敵を相手に苦戦を強いられていた。
しかし、尸魂界からの連絡によって、戦況は大きく動こうとしていた。
――限定解除。
現世で制限されていた隊長格の霊圧を、本来の状態へ戻す許可。
その知らせは、冬華のもとにも届いた。
◇
「――日番谷隊長!」
「……!」
伝令を受けた冬華が、目を見開いた。
「限定解除の許可が下りました!」
「……ありがとうございます!」
冬華は小さく微笑んだ。
そして、正面のグリムジョーへ視線を戻す。
「……お待たせしました」
「あ?」
グリムジョーが眉をひそめた。
「何の話だ?」
「……実はですね」
冬華は二本の氷輪丸を構え直した。
「今まで、少しだけ力を制限されていたんです」
「……は?」
「ですが!」
翡翠色の瞳が鋭く輝く。
「――ここからは、本気でいきます!」
次の瞬間。
――ゴオオオオッ!!
「……っ!?」
凄まじい霊圧が、空座町の夜空へ解き放たれた。
周囲の空気が震える。
建物の窓が、びりびりと音を立てた。
冬華の銀白色の髪が、霊圧の奔流によって大きく揺れる。
「……おいおい」
グリムジョーが目を見開いた。
「……なんだよ、それ」
先ほどまでとは、まるで違う。
霊圧の密度。
そして、圧力。
「……これが、私の本来の力です!」
冬華はにっこりと微笑んだ。
「……ははっ!」
グリムジョーが笑った。
「最高じゃねえか!」
しかし。
その笑みは、次の瞬間に消えることになった。
「――霜天に坐せ、氷輪丸!」
――ゴオオオッ!
二本の氷輪丸から、凄まじい冷気が噴き上がる。
夜空に、無数の氷の結晶が舞った。
「……なっ!?」
グリムジョーが目を見開く。
次の瞬間。
――シュンッ!
冬華の姿が消えた。
「……っ!?」
反応するよりも早く。
――ザシュッ!
「ぐあっ!」
グリムジョーの肩に、斬撃が走った。
鮮血が散る。
「……てめえ!」
反撃の拳。
しかし。
「――遅いです!」
冬華は軽やかに身を翻した。
左手の氷輪丸が閃く。
――ザンッ!
「……ぐっ!」
今度は脇腹。
グリムジョーが大きく後退した。
「……くそっ!」
その表情から、余裕が消えていた。
(……速え!)
先ほどまでとは、まるで違う。
斬撃の速度。
踏み込みの鋭さ。
そして、氷雪の制御。
「……ふざけんな!」
グリムジョーが吠えた。
――ドンッ!
強烈な踏み込み。
右腕を振り上げる。
「――ぶっ潰してやる!」
その拳が、冬華へ迫った。
しかし。
「……そこです!」
冬華は右手の氷輪丸を振るった。
――パキィンッ!
「……あ?」
グリムジョーの左腕に、氷が生まれた。
手首。
肘。
そして、肩へ。
凄まじい速度で、氷結が広がっていく。
「……何だ、こりゃ!?」
グリムジョーが腕を振り払おうとする。
だが。
「――逃がしません!」
冬華は左手の氷輪丸を振り下ろした。
――バキィィィンッ!!
「――がああああっ!?」
凄まじい破砕音。
凍結したグリムジョーの左腕が、肩の下から砕け散った。
氷の欠片とともに、鮮血が夜空へ舞う。
「……て、てめえ……!」
グリムジョーが肩を押さえた。
その顔が、怒りで歪む。
「……俺の腕を……!」
冬華は静かに二本の氷輪丸を構えた。
「……これ以上、戦う必要はありません」
「……ああ!?」
「あなたは、もう十分に傷ついています」
冬華の表情は真剣だった。
「撤退してください」
「……ふざけんな!」
グリムジョーの霊圧が膨れ上がる。
「――ぶっ殺してやる!!」
しかし。
その瞬間。
「――グリムジョー」
「……っ!?」
冷たい声が響いた。
グリムジョーが振り返る。
そこには、夜空に開かれた黒腔。
そして、その前に立つ一人の男がいた。
黒い肌。
目元を覆う白い布。
かつて護廷十三隊九番隊隊長を務めていた男。
東仙要。
「……東仙!」
グリムジョーが顔を歪めた。
「何しに来やがった!」
「帰還命令だ」
東仙は淡々と告げた。
「これ以上の戦闘は許可しない」
「……ふざけんな! 今いいところなんだよ!」
「その負傷で、まだ戦うつもりか」
「……っ!」
グリムジョーが歯を食いしばる。
失われた左腕。
肩から流れる血。
霊圧の乱れからも、その負傷の深刻さは明らかだった。
「……命令に背いて勝手に現世へ侵攻した挙げ句、その有様か」
東仙の声は冷たい。
「帰還後、藍染様に報告する」
「……てめえ!」
グリムジョーが殺気を向ける。
しかし、東仙は取り合わなかった。
そして。
「……日番谷冬華」
「……東仙さん」
冬華は二本の氷輪丸を構え直した。
「お久しぶりです」
「……まさか、君がここまでの力を身につけていたとはな」
「……ありがとうございます」
冬華は静かに微笑んだ。
「ですが、褒めていただいても見逃しませんよ?」
「……そうか」
東仙は短く答えた。
「今は交戦するつもりはない」
「……そうですか」
冬華は警戒を解かない。
東仙も、それ以上踏み込もうとはしなかった。
「行くぞ、グリムジョー」
「……チッ!」
グリムジョーが舌打ちする。
そして、冬華を睨みつけた。
「……覚えてろよ、死神!」
「…………」
「次は絶対に殺す!」
冬華は静かに答えた。
「……私も、負けるつもりはありませんよ」
「……くくっ!」
グリムジョーが笑う。
「その顔、覚えたぜ」
そして。
東仙とともに、黒腔の奥へ姿を消した。
夜空に開いていた黒い裂け目が、ゆっくりと閉じていく。
「……ふう」
冬華は小さく息を吐いた。
(……東仙さんまで来るとは)
だが、追撃はしない。
今は、それよりも優先すべきことがある。
「……ルキアさん!」
◇
「冬華姉ちゃん!」
「一護さん!」
冬華は一護のもとへ駆け寄った。
少し離れた場所では、ルキアが倒れている。
「ルキアさんの容体は!?」
「……まだ意識が戻らねえ」
「……そうですか」
冬華はルキアの傍らに膝をついた。
傷は深い。
だが、霊圧はまだ感じられる。
「……大丈夫です」
冬華は一護を見上げた。
「すぐに治療を受けさせましょう!」
「……ああ!」
冬華は伝令を送り、救護の手配を進めた。
やがて、負傷したルキアは治療を受けることになった。
「……冬華姉ちゃん」
「はい?」
「……助かった」
一護が小さく頭を下げた。
「冬華姉ちゃんが来てくれなかったら、どうなってたか……」
「……一護さん」
冬華は優しく微笑んだ。
「友達を助けるのは、当たり前ですよ!」
「……そっか」
一護も小さく笑った。
そして、先ほどの戦闘を思い返す。
「……それにしても、やっぱすげえな」
「……はい?」
「冬華姉ちゃんだよ」
一護は苦笑した。
「あいつ、めちゃくちゃ強かったんだぞ。それなのに、腕一本持っていっちまうんだからな……」
「……そうですね」
冬華は少し考えた。
「確かに、強い相手でした」
「……だろ?」
「はい。ですが、まだ帰刃を使わせていませんから」
「……帰刃?」
「破面が本来の力を解放する能力です」
冬華は真剣な表情になった。
「今回は勝てましたが、次も同じようにいくとは限りません」
「……そっか」
一護は小さく頷いた。
冬華はそんな一護へ微笑みかける。
「……でも!」
「ん?」
「一護さんも、ルキアさんを守ろうと頑張っていたじゃないですか!」
「……お、おう」
「ですから、今はゆっくり休んでください!」
「……ああ」
一護は少しだけ笑った。
「ありがとな、冬華姉ちゃん」
「はい!」
◇
それから、しばらくして。
先遣隊の隊員たちは、冬華のもとへ集まっていた。
「――冬華ちゃーん!」
「松本さん!」
乱菊が駆け寄ってくる。
「無事だったのね!」
「はい!」
冬華は嬉しそうに頷いた。
「松本さんも、ご無事で何よりです!」
「いやぁ、結構危なかったわよぉ」
「……やっぱり、強かったですか?」
「ええ。限定解除がなかったら、どうなってたか……」
乱菊は肩をすくめた。
恋次も頷く。
「こっちも相当なもんだったぜ」
「……そうですか」
冬華は真剣な表情になった。
今回の襲撃。
敵は六体。
そのうち一体は十刃。
そして、残る破面たちも相当な実力を持っていた。
「……厄介ですね」
冬華が小さく呟く。
「藍染は、これほどの戦力を……」
「……ああ」
恋次が頷いた。
「まだまだいるんだろうな」
「……でしょうね」
冬華は小さく息を吐いた。
すると。
「……ところで、日番谷隊長」
恋次が不思議そうに首を傾げた。
「さっき、黒崎から聞いたんスけど……」
「……はい?」
「隊長、十刃と戦ったんスよね?」
「……ああ、はい!」
冬華は頷いた。
「グリムジョーという破面でした!」
「……で、その腕を砕いたって?」
「……はい!」
「…………」
恋次が固まった。
「……ちょっと待ってください」
「……?」
「十刃って、破面の中でも特に強い連中なんスよね?」
「そうですね」
「……そいつの腕を、砕いた?」
「はい!」
「……卍解で?」
「いえ、始解ですけど……」
「…………」
恋次はしばらく黙り込んだ。
そして。
「……マジかよ」
思わず呟いた。
「……?」
冬華は首を傾げる。
「どうかしましたか?」
「いや……」
恋次は頭をかいた。
「俺たちがあれだけ苦戦してたってのに、隊長は十刃の腕を持っていっちまうのかよ……」
「……えっと」
冬華は少し困ったように笑った。
「限定解除のおかげですよ?」
「いや、それでも十分おかしいだろ……」
恋次が苦笑する。
すると。
「――はっ!」
一角が楽しそうに笑った。
「いいじゃねえか!」
「……一角さん?」
「隊長さん、ずいぶん面白そうな奴と戦ってたんだな!」
「……面白そう?」
冬華は目を瞬かせた。
「いえ、かなり危険な相手でしたよ?」
「だからいいんじゃねえか!」
「……ええっ!?」
一角は不敵に笑った。
「俺もそいつとやり合ってみたかったぜ!」
「一角さん!」
冬華は思わず声を上げた。
「そんなこと言ってる場合じゃありません! 怪我は大丈夫なんですか!?」
「おう! このくらい何ともねえ!」
「……本当ですか?」
「本当だって!」
「……もう!」
冬華は頬を膨らませた。
「無茶しないでくださいね!」
「ははっ!」
一角が豪快に笑う。
その隣では、弓親が小さくため息をついていた。
「まったく、一角は相変わらずだね」
そして、冬華へ視線を向ける。
「でも、始解だけで十刃をそこまで追い詰めるなんて、さすがだよ」
「……ありがとうございます!」
冬華は嬉しそうに微笑んだ。
すると。
「ふふっ!」
乱菊が得意げに笑った。
「当然よ!」
「……松本さん?」
「だって、うちの冬華ちゃんだもの!」
「……ええっ!?」
冬華が目を丸くする。
「な、何ですか、それ!?」
「そのままの意味よぉ!」
乱菊は楽しそうに冬華の肩を抱いた。
「昔からずーっと努力してきたんだから! これくらい驚かないわ!」
「……松本さん」
冬華は少しだけ頬を赤くした。
「……ありがとうございます」
「ふふっ!」
乱菊が優しく微笑む。
しかし。
「……でも!」
冬華は顔を上げた。
「まだ、油断はできませんよ!」
「……ん?」
「今回の相手は、第六十刃でした」
冬華は真剣な表情になった。
「つまり、さらに上位の十刃が存在するということです」
「……確かにな」
恋次が頷く。
「しかも、今回の相手は帰刃も使っていません」
冬華は静かに続けた。
「次に戦うときは、もっと厳しい戦いになるかもしれません」
「……なるほどな」
一角が不敵に笑った。
「ますます面白くなってきたじゃねえか!」
「一角さん!」
「分かってるって!」
冬華は呆れたようにため息をついた。
「……まったく」
だが、その口元には小さな笑みが浮かんでいた。
「……とにかく!」
冬華は全員を見渡した。
「まずは、皆さんが無事でよかったです!」
にっこりと微笑む。
「本当に、お疲れさまでした!」
「……おう!」
「はいはい、お疲れさま!」
仲間たちも笑みを浮かべた。
◇
その後。
冬華は尸魂界へ戦闘報告を送った。
現世に出現した六体の破面。
そのうち一体が、第六十刃グリムジョー・ジャガージャックであったこと。
限定解除後、始解の氷輪丸によって左腕を破壊したこと。
そして、東仙要が現れ、グリムジョーを連れて虚圏へ撤退したこと。
報告を終えた冬華は、小さく息を吐いた。
「……ふう」
ひとまず、今回の襲撃は終わった。
だが。
(……藍染)
冬華は夜空を見上げた。
あの男が、これで諦めるはずがない。
今回の襲撃は、始まりにすぎないのだ。
「……もっと、強くならないと」
小さく呟く。
しかし、すぐに首を振った。
「……いえ!」
冬華は頬を軽く叩いた。
「まずは、今できることからですね!」
そして、仲間たちのもとへ戻っていった。
◇
翌日。
空座町。
「――さて!」
冬華は元気よく両手を合わせた。
「今日は、現世の調査を進めましょう!」
「……ええ?」
隣では乱菊が不満そうな声を上げた。
「昨日あんなに戦ったのに、もうお仕事?」
「もちろんです!」
「……少しくらい休んでもいいじゃない」
「松本さん!」
「はぁい……」
乱菊が肩を落とす。
冬華は小さく笑った。
「でも、調査が終わったら、少しだけお買い物をしてもいいですよ!」
「……本当!?」
乱菊の顔がぱっと明るくなった。
「はい!」
「やったぁ!」
「……ただし!」
冬華は人差し指を立てた。
「任務が終わってからです!」
「分かってるわよぉ!」
その返事に、冬華は少しだけ不安を覚えた。
◇
空座町の街並み。
冬華は乱菊とともに、昨夜の戦闘が行われた場所を巡っていた。
「……ここですね」
冬華は建物の屋根に降り立った。
周囲には、破面の霊圧の残滓がわずかに残っている。
「……かなり薄くなっていますね」
「そうねぇ」
乱菊も周囲を見渡した。
「昨日の戦闘の影響も、だいぶ落ち着いてきたみたい」
「……よかったです」
冬華は小さく頷いた。
幸い、周辺の被害は大きく広がっていない。
だが、次も同じとは限らない。
「……引き続き、警戒が必要ですね」
「そうね」
乱菊が頷いた。
そして。
「……ところで、冬華ちゃん」
「はい?」
「そろそろ、お昼じゃない?」
「……え?」
冬華は空を見上げた。
太陽は、すでに高く昇っている。
「……あ、本当ですね」
「でしょー?」
乱菊がにっこりと微笑んだ。
「せっかくだし、何か食べに行かない?」
「……そうですね!」
冬華も微笑んだ。
「午前中の調査も、ひと区切りつきましたし!」
「やったぁ!」
乱菊は嬉しそうに冬華の手を取った。
「じゃあ、行きましょ!」
「……松本さん!?」
ぐいぐいと引っ張られる。
「ま、待ってください!」
「早く早く!」
「……もう!」
冬華は困ったように笑った。
◇
それから、二人は空座町の商店街を歩いていた。
「……わぁ!」
冬華の瞳が輝く。
「久しぶりに来ると、色々変わっていますね!」
「そうねぇ!」
乱菊も楽しそうに周囲を見渡した。
洋服店。
雑貨店。
喫茶店。
色とりどりの看板が並ぶ。
「……あっ!」
冬華が足を止めた。
「松本さん!」
「なぁに?」
「あのお店、見てください!」
冬華が指さした先には、小さな洋菓子店があった。
ショーウィンドウには、可愛らしいケーキが並んでいる。
「……おいしそうですね!」
「ふふっ」
乱菊が笑った。
「冬華ちゃん、甘いもの好きだものねぇ」
「……はい!」
冬華は嬉しそうに頷いた。
「……でも」
少しだけ考える。
「お昼ご飯を食べたばかりですし……」
「別腹よ!」
「……別腹?」
「そう!」
乱菊は自信満々に頷いた。
「甘いものは、別腹なの!」
「……なるほど!」
冬華は感心したように頷いた。
「……って、そんなわけないじゃないですか!」
「あははっ!」
乱菊が笑う。
冬華もつられて笑った。
昨日の激戦が、まるで嘘のようだった。
◇
夕方。
井上家。
「――ただいま戻りました!」
「おかえりなさーい!」
織姫が笑顔で迎えてくれた。
「日番谷隊長! 松本さん!」
「ただいまぁ!」
乱菊が楽しそうに手を振る。
「井上さん!」
冬華は小さな紙袋を差し出した。
「これ、お土産です!」
「……えっ!?」
織姫が目を丸くした。
「私に、ですか?」
「はい!」
冬華はにっこりと微笑んだ。
「今日、商店街で見つけたんです!」
袋の中には、可愛らしい焼き菓子が入っていた。
「……わぁ!」
織姫の顔がぱっと明るくなる。
「ありがとうございます!」
「いえいえ!」
冬華は嬉しそうに笑った。
「泊めていただいているお礼です!」
「そんな、気を遣わなくてもいいのに!」
「……でも」
冬華は少しだけ照れたように微笑んだ。
「井上さんに喜んでもらいたかったので!」
「……日番谷隊長……!」
織姫が感激したように両手を合わせた。
「本当に可愛いです……!」
「……えっ!?」
冬華の頬が赤くなる。
「な、何でそうなるんですか!?」
「だって、そんなこと言われたら……!」
「ふふっ!」
乱菊が笑う。
「やっぱり、うちの隊長は可愛いわねぇ!」
「松本さんまで!?」
冬華は真っ赤になって抗議した。
しかし、二人は楽しそうに笑っている。
「……もう!」
冬華は頬を膨らませた。
けれど。
その口元には、小さな笑みが浮かんでいた。
昨日は、命を懸けた戦いがあった。
明日も、何が起こるか分からない。
それでも。
こうして笑い合える時間がある。
それが、冬華には何よりも嬉しかった。
「……さて!」
冬華は元気よく顔を上げた。
「明日も、頑張りましょう!」
「ええっ!? 明日も調査!?」
乱菊が悲鳴を上げる。
「もちろんです!」
「……冬華ちゃーん!」
「ふふっ!」
織姫が楽しそうに笑った。
そして、冬華も。
「……あははっ!」
声を上げて笑った。
空座町の夜は、穏やかに更けていく。
しかし、その平穏がいつまで続くのか。
それを知る者は、まだ誰もいなかった。
――第32話『第六十刃』・完。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
引き続きよろしくお願いします!