現世、空座町。
破面たちの襲撃から、数日が経過した。
「――いらっしゃいませ」
浦原商店。
店の奥から、縞模様の帽子をかぶった男が姿を現した。
「……おや?」
男は、店先に立つ少女へ視線を向けた。
銀白色の髪に、翡翠色の瞳。
黒い死覇装の上には、護廷十三隊の隊長羽織。
そして、背中には二本の斬魄刀が収められている。
「これはこれは。護廷十三隊の隊長さんじゃないっスか」
「……初めまして!」
日番谷冬華は、丁寧に頭を下げた。
「十番隊隊長の日番谷冬華と申します!」
「……ほう」
男は扇子を広げた。
「浦原喜助っス。いやぁ、まさか隊長さんが直々に来てくださるとは」
「ふふっ! 浦原さんのお噂は、一護さんから伺っています!」
「……黒崎サンから?」
「はい!」
冬華はにっこりと微笑んだ。
「それに、元十二番隊隊長でいらっしゃることも存じていますよ!」
「…………」
浦原の扇子が、ぴたりと止まった。
「……へえ」
帽子の影で、その瞳がわずかに細められる。
「そこまでご存じとは。なかなか情報通な隊長さんっスね」
「……えへへ」
冬華は少し照れたように笑った。
「一応、隊長ですから!」
「……なるほど」
浦原は再び扇子を動かした。
「では、立ち話もなんですし、奥へどうぞ」
「ありがとうございます!」
◇
浦原商店、奥の座敷。
冬華は出されたお茶を一口飲んだ。
「……おいしいですね!」
「そいつはどうも」
浦原が扇子を揺らす。
「それで、今日はどういったご用件で?」
「先日の破面襲撃について、少しお話を伺いたくて」
「……なるほど」
浦原は頷いた。
「グリムジョー・ジャガージャックの件っスね」
「……ご存じでしたか」
「ええ。黒崎サンからも話を聞いてますよ」
冬華は真剣な表情になった。
「彼は第六十刃でした。限定解除後、左腕を破壊することはできましたが、帰刃は使わせていません」
「……ほう」
浦原が目を細める。
「始解だけで、そこまで?」
「はい」
冬華は頷いた。
「ですが、まだ本当の実力は分かりません」
「……なるほど」
浦原は扇子を閉じた。
「確かに、十刃の帰刃は警戒する必要がありますね」
「それに、第六ということは、さらに上位の十刃が存在するはずです」
「……その通りっス」
浦原の表情が、わずかに真剣なものへ変わった。
「藍染さんがどれほどの戦力を揃えているのか、まだ全容は掴めてません」
「……そうですよね」
冬華は小さく息を吐いた。
藍染惣右介。
かつて護廷十三隊五番隊隊長を務めていた男。
その正体を知っていながら、完全に止めることはできなかった。
そして今、藍染は虚圏で着実に戦力を整えている。
「……浦原さん」
「はい?」
「今後、さらに強力な破面が現世へ来る可能性は高いですよね?」
「……ええ」
浦原は頷いた。
「むしろ、今回で終わりとは考えない方がいいでしょうね」
「……分かりました!」
冬華は力強く頷いた。
「ありがとうございます!」
「……おや?」
浦原が首を傾げる。
「もういいんスか?」
「はい!」
冬華は立ち上がった。
「これから、やることができましたので!」
「……やること?」
「ふふっ!」
冬華は楽しそうに微笑んだ。
「仲間たちの特訓です!」
「…………」
浦原は一瞬、目を丸くした。
そして。
「……なるほど」
口元に笑みを浮かべた。
「それは、頼もしい隊長さんっスね」
「……えへへ」
冬華は少し照れたように笑った。
すると、浦原が扇子を閉じる。
「でしたら、一つご提案があるんスけど」
「……はい?」
「うちの地下訓練場、使ってみませんか?」
「……えっ!?」
冬華が目を丸くした。
「いいんですか!?」
「もちろん」
浦原はにっこりと笑った。
「周囲を気にせず訓練できますし、広さも十分ありますからね」
「……ありがとうございます!」
冬華は嬉しそうに頭を下げた。
「ぜひ、使わせてください!」
「はいはい。じゃあ、準備しておきますよ」
浦原は扇子で口元を隠した。
「……いやぁ、楽しみっスねぇ」
◇
翌日。
浦原商店、地下訓練場。
「――というわけで!」
広大な訓練場の中央。
冬華は、集まった先遣隊の面々を見渡した。
「今日は、皆さんの特訓をしたいと思います!」
「……特訓?」
恋次が首を傾げる。
「はい!」
冬華は元気よく頷いた。
「次の破面襲撃に備えて、少しでも実力を高めておきたいんです!」
「……なるほどな」
恋次が腕を組んだ。
その隣では、一角が楽しそうに笑っている。
「はっ! いいじゃねえか!」
「一角さん!」
「隊長さんが直々に相手してくれるんだろ?」
「はい!」
冬華はにっこりと微笑んだ。
「もちろんです!」
「……へえ!」
一角の笑みが深くなる。
「そいつは楽しみだぜ!」
一方。
「……ええー」
乱菊が不満そうな声を上げた。
「冬華ちゃん、せっかく現世に来てるんだから、もっと遊びましょうよぉ」
「松本さん!」
「はぁい……」
冬華に見つめられ、乱菊は渋々頷いた。
「……ところで、日番谷隊長」
弓親が口を開いた。
「訓練内容はどうするつもり?」
「まずは、皆さんの戦い方を確認させてください!」
冬華は背中の二本の氷輪丸へ手を伸ばした。
「その後、それぞれの長所を活かせるように練習しましょう!」
「……ほう」
恋次が笑った。
「面白そうじゃねえか」
「それと!」
冬華は人差し指を立てた。
「今日は私も限定霊印をつけたまま、お相手します!」
「……は?」
恋次が目を瞬かせた。
「限定状態で?」
「はい!」
「……隊長、それで大丈夫なんスか?」
「ふふっ!」
冬華は楽しそうに微笑んだ。
「やってみれば分かりますよ!」
少し離れた場所では、浦原が壁にもたれていた。
「……いやぁ」
扇子を広げる。
「これは、面白いものが見られそうっスね」
◇
「――まずは、阿散井さんからです!」
「……おう!」
恋次が前へ出た。
手には蛇尾丸。
「手加減はしませんよ、隊長!」
「もちろんです!」
冬華は二本の氷輪丸を抜いた。
ただし、始解はしない。
あくまで斬術と歩法を中心とした訓練だ。
「……では!」
冬華が微笑む。
「いつでもどうぞ!」
「――行くぜ!」
――ダンッ!
恋次が踏み込んだ。
「――咆えろ、蛇尾丸!」
蛇尾丸の刀身が、節を連ねた鞭状へ変化する。
――ヒュンッ!
鋭い斬撃が冬華へ迫った。
しかし。
「……よっ!」
冬華は軽く身を翻した。
蛇尾丸の刃が、すぐ横を通過する。
「……っ!」
恋次がさらに刀を振るう。
右。
左。
そして、上段からの斬撃。
だが。
「……ふふっ!」
冬華は笑みを浮かべたまま、すべてを回避した。
「……くそっ!」
恋次が舌打ちする。
「全然当たらねえ!」
「阿散井さん!」
「……あ?」
「蛇尾丸の間合いは、とても優秀です!」
「……おう?」
「ですが、攻撃を外した後の隙が大きいですね!」
冬華は瞬歩で距離を詰めた。
「――例えば!」
――キィンッ!
「……っ!?」
恋次が慌てて刀を引き戻す。
だが、その前に。
冬華の右手の氷輪丸が、恋次の首元で止まっていた。
「……こうなります!」
「…………」
恋次が固まった。
「……マジかよ」
冬華は刀を下ろした。
「でも、蛇尾丸の強みを活かせば、もっと戦いやすくなると思います!」
「……どうすりゃいい?」
「相手との距離を一定に保つだけではなく、近づかれたときの動きも考えてみましょう!」
「……なるほどな」
恋次は真剣な表情で頷いた。
「……もう一回、お願いします!」
「はい!」
冬華は嬉しそうに微笑んだ。
◇
「――次は俺だ!」
一角が前へ出た。
「一角さん!」
冬華は元気よく頷いた。
「よろしくお願いします!」
「おう!」
一角は獰猛に笑った。
「遠慮なくいくぜ!」
――ダンッ!
一角が踏み込む。
鋭い斬撃。
冬華は右手の氷輪丸で受け流した。
――キィンッ!
「……ほう!」
一角が笑う。
「やるじゃねえか!」
「ありがとうございます!」
冬華は左手の刀を振るった。
――キィンッ!
一角が弾く。
さらに、踏み込む。
「――はあっ!」
激しい斬撃が続いた。
しかし。
「……一角さん!」
「……ああ!?」
「少し、攻め急ぎすぎです!」
「……何だと!?」
冬華は一角の斬撃を受け流し、そのまま背後へ回り込んだ。
「……っ!」
一角が振り返る。
だが、冬華の刃はすでに肩口で止まっていた。
「……相手が強いほど、焦らずに隙を見つけることが大切ですよ!」
「…………」
一角はしばらく黙っていた。
そして。
「……はっ!」
楽しそうに笑った。
「いいねえ!」
「……?」
「もう一回だ!」
「……ええっ!?」
冬華が目を丸くする。
「ま、まだやるんですか!?」
「当たり前だろ!」
一角は不敵に笑った。
「今度こそ一太刀入れてやるぜ!」
「……もう!」
冬華は困ったように笑った。
「分かりました! でも、無茶はしないでくださいね!」
◇
「――さて!」
冬華は弓親へ視線を向けた。
「次は、綾瀬川さんです!」
「……僕かい?」
「はい!」
弓親は優雅に微笑んだ。
「美しく勝ちたいところだね」
「ふふっ!」
冬華も笑った。
「楽しみにしています!」
――キィンッ!
弓親の斬撃を、冬華は軽やかに受け流す。
しかし。
「……!」
冬華の瞳がわずかに動いた。
弓親の動きは、単純な力押しではない。
相手の反応を見ながら、攻撃の角度を変えてくる。
「……上手ですね!」
「おや、褒めてもらえるとは光栄だね」
弓親が微笑む。
「ですが!」
冬華は踏み込んだ。
「――少し、考えすぎです!」
「……っ!?」
次の瞬間。
冬華の刀が、弓親の首元で止まった。
「……なるほど」
弓親は小さく息を吐いた。
「判断が遅れた、ということか」
「はい!」
冬華は頷いた。
「綾瀬川さんは、相手をよく見ています!」
「……ふむ」
「ですから、もっと自分の判断を信じてもいいと思いますよ!」
「……そうかい」
弓親は微笑んだ。
「参考にさせてもらうよ」
「はい!」
◇
「――次は松本さんです!」
「……ええー?」
乱菊が露骨に嫌そうな顔をした。
「冬華ちゃん、私もやるのぉ?」
「もちろんです!」
「……もう、仕方ないわねぇ」
乱菊はため息をつきながら斬魄刀を抜いた。
「――唸れ、灰猫!」
刀身が灰へと変化する。
細かな灰が、訓練場へ広がった。
「……ふふっ!」
冬華が微笑む。
「では、お願いします!」
「はいはい!」
乱菊が指を動かす。
――ザシュッ!
灰の刃が冬華へ迫った。
しかし。
――シュンッ!
冬華は瞬歩で回避した。
「……あら?」
乱菊が目を丸くする。
「相変わらず速いわねぇ!」
「ありがとうございます!」
冬華は灰の動きを見ながら距離を詰める。
「……でも!」
乱菊が笑った。
「そう簡単には近づけないわよ!」
灰猫が広がる。
冬華の周囲を取り囲むように、灰が舞った。
「……おお!」
冬華の瞳が輝く。
「いいですね!」
「……え?」
「今の使い方、とてもいいと思います!」
冬華は二本の刀を構え直した。
「ですが、灰猫を広く展開すると、松本さん自身の守りが薄くなりやすいですね!」
「……あら」
乱菊が目を瞬かせる。
「確かに、そうかも」
「ですから!」
冬華はにっこりと微笑んだ。
「攻撃だけでなく、自分を守るためにも灰猫を使ってみましょう!」
「……なるほどねぇ」
乱菊が感心したように頷いた。
「冬華ちゃん、すっかり立派な隊長になっちゃって……」
「……えっ!?」
冬華が頬を赤くする。
「い、今は訓練中ですよ!?」
「ふふっ!」
乱菊が笑った。
「はいはい!」
◇
それから、しばらくして。
「……ふう」
冬華は訓練場の端へ視線を向けた。
そこには、ルキアの姿があった。
「……ルキアさん!」
「……日番谷隊長」
ルキアが顔を上げる。
「お身体の具合は、いかがですか?」
「……だいぶ良くなりました」
「……そうですか!」
冬華は安心したように微笑んだ。
「よかったです!」
しかし、ルキアは少しだけ表情を曇らせた。
「……申し訳ありません」
「……はい?」
「先日の戦闘では、何もできず……」
「……ルキアさん」
冬華は優しく首を振った。
「謝る必要はありませんよ」
「……ですが」
「相手は十刃です」
冬華は静かに続けた。
「私だって、限定解除前は苦戦しました」
「……!」
「ですから、あまり自分を責めないでください」
ルキアはしばらく黙っていた。
そして。
「……ありがとうございます」
小さく頭を下げた。
冬華はにっこりと微笑んだ。
「それに!」
「……?」
「ルキアさんの袖白雪、とても綺麗な斬魄刀ですよね!」
「……え?」
「氷雪系の斬魄刀を使う者同士、いつか一緒に訓練してみたいです!」
「……日番谷隊長」
ルキアの表情が、少しだけ和らいだ。
「……ぜひ、お願いします」
「はい!」
冬華は嬉しそうに頷いた。
「でも、今日は見学だけにしてくださいね!」
「……はい」
ルキアも小さく微笑んだ。
◇
午後。
訓練は、再び始まった。
「――よし!」
恋次が蛇尾丸を構える。
「もう一回だ!」
「はい!」
冬華は二本の氷輪丸を構えた。
――ヒュンッ!
蛇尾丸が伸びる。
冬華は瞬歩で距離を詰めようとした。
しかし。
「……!」
恋次はすぐに刀を引き戻さなかった。
代わりに、身体を横へ動かしながら間合いを調整する。
「……おっ!」
冬華の瞳が輝いた。
「いいですね!」
「……まだまだ!」
恋次がさらに攻撃を繰り出す。
今度は、先ほどよりも隙が少ない。
「……ふふっ!」
冬華は楽しそうに微笑んだ。
「その調子です!」
――キィンッ!
斬撃を受け流す。
しかし、その直後。
「――今だ!」
一角が横から踏み込んだ。
「……!」
冬華が振り返る。
さらに。
「――こっちも忘れないでよ!」
弓親が反対側から迫った。
「……あっ!」
冬華が目を丸くする。
「皆さん、連携ですか!?」
「当たり前だろ!」
恋次が笑った。
「一対一じゃ勝てねえなら、三人でやるまでだ!」
「……なるほど!」
冬華は嬉しそうに微笑んだ。
「いいですね!」
――キィンッ!
恋次の斬撃を受け流す。
続いて、一角の攻撃を左手の刀で防ぐ。
しかし。
「……!」
弓親の刀が、冬華の肩口へ迫った。
「――もらった!」
その瞬間。
――シュンッ!
冬華の姿が消えた。
「……えっ!?」
弓親が目を見開く。
次の瞬間。
「――はい!」
三人の背後に、冬華が立っていた。
「……残念でした!」
「…………」
恋次が固まった。
「……マジかよ」
一角が笑う。
「はっ! やっぱ強えな!」
弓親は小さくため息をついた。
「……まったく、美しくない結果だね」
しかし。
「……でも!」
冬華は嬉しそうに微笑んだ。
「今の連携、とてもよかったですよ!」
「……本当か?」
「はい!」
冬華は力強く頷いた。
「特に、阿散井さんが私の動きを制限して、一角さんが正面から攻めて、綾瀬川さんが隙を狙う流れ!」
三人を見渡す。
「とても上手でした!」
「……へえ」
恋次が少し嬉しそうに笑った。
「……そうかよ」
「はい!」
冬華は微笑んだ。
「これなら、次の戦闘でもきっと役に立ちます!」
すると。
「……冬華ちゃん!」
乱菊が手を上げた。
「私も混ざっていい?」
「……もちろんです!」
「ふふっ!」
乱菊が楽しそうに笑う。
「じゃあ、今度は四人ね!」
「……ええっ!?」
冬華が目を丸くする。
「ま、まだ続けるんですか!?」
「当然だろ!」
一角が笑った。
「隊長さんに一太刀入れるまで終われねえ!」
「……もう!」
冬華は困ったように笑った。
けれど。
「……分かりました!」
その翡翠色の瞳が、楽しそうに輝く。
「では、もう一度いきましょう!」
◇
地下訓練場の片隅。
その光景を、浦原喜助が静かに眺めていた。
「……いやぁ」
浦原は扇子を広げた。
「これは、なかなか……」
視線の先では、冬華が四人の死神を相手にしていた。
恋次の蛇尾丸。
一角の鋭い斬撃。
弓親の巧みな足運び。
そして、乱菊の灰猫。
それぞれ異なる間合いから繰り出される攻撃を、冬華は最小限の動きで捌いている。
「……ふむ」
浦原が目を細めた。
(……霊圧を無駄なく使っている)
単純に動きが速いだけではない。
必要な瞬間、必要な箇所へ霊圧を集中させている。
踏み込む瞬間には脚へ。
斬撃を受け流す瞬間には腕へ。
さらに、攻撃を受ける際には、幾重にも重ねた霊圧の膜によって衝撃を分散させていた。
(……これは驚いた)
浦原の口元に、わずかな笑みが浮かぶ。
(……限定状態で、ここまでやりますか)
隊長格の霊圧を大きく制限された状態。
それでも、冬華の動きにはほとんど無駄がない。
むしろ、限られた霊圧を効率よく使うことで、四人の攻撃を巧みに捌いていた。
そして、何より。
「……阿散井さん! 今の動き、とてもよかったです!」
「……おう!」
「一角さん! 少しだけ踏み込みを抑えてみましょう!」
「……分かってるって!」
「綾瀬川さん! 松本さんの灰猫をもっと利用してみてください!」
「……なるほどね」
冬華は四人を圧倒するだけではなく、それぞれの動きを観察し、的確な助言を与えている。
「……なるほど」
浦原は小さく呟いた。
「いい隊長さんっスねぇ」
その声には、いつもの軽薄さとは違う、素直な感心が混じっていた。
◇
さらに、しばらくして。
「――はあっ!」
恋次の蛇尾丸が伸びる。
冬華は軽く身を翻した。
しかし。
「――今よ!」
乱菊が指を動かす。
灰猫が、冬華の退路へ広がった。
「……!」
冬華の瞳が動く。
さらに。
「――もらった!」
一角が正面から踏み込む。
その背後には、弓親。
「……なるほど!」
冬華が微笑んだ。
四人の動きが、先ほどまでとは明らかに違う。
それぞれが自分の役割を理解し、互いの隙を補い合っている。
(……いいですね!)
冬華は二本の氷輪丸を構え直した。
――キィンッ!
一角の斬撃を受け流す。
同時に、左手の刀で弓親の攻撃を防いだ。
しかし。
「――今だ!」
恋次が叫ぶ。
蛇尾丸が、冬華の足元へ迫った。
「……っ!」
冬華は瞬歩で回避する。
だが、その先には灰猫。
「……あっ!」
冬華が目を見開いた。
――ザシュッ!
灰の刃が、白い隊長羽織の裾をかすめた。
「……!」
冬華は空中で身を翻し、少し離れた場所へ着地する。
そして。
「…………」
自分の羽織を見下ろした。
裾に、小さな切れ目が入っている。
「……あっ!」
乱菊が目を丸くした。
「当たった!」
「……おおっ!」
恋次が声を上げる。
「やったじゃねえか!」
一角が豪快に笑った。
「はっ! ようやく一太刀だ!」
「……美しい連携だったね」
弓親も満足そうに微笑んだ。
冬華は、しばらく羽織を見つめていた。
そして。
「……ふふっ!」
嬉しそうに笑った。
「皆さん!」
四人へ向き直る。
「今の、とてもよかったです!」
「……へへっ!」
恋次が笑う。
「ようやく届いたぜ!」
「はい!」
冬華は力強く頷いた。
「この調子なら、もっと強くなれますよ!」
その笑顔に、四人も自然と笑みを浮かべた。
◇
夕方。
長かった訓練が、ようやく終わった。
「……つ、疲れた……」
恋次が地面に座り込む。
「……さすがに、もう動けねえ……」
一角も大きく息を吐いた。
「……くそっ! 最後はもう一回当てたかったぜ!」
「……僕も疲れたよ」
弓親がため息をつく。
「……冬華ちゃーん」
乱菊がぐったりと座り込んだ。
「もう無理ぃ……」
「……皆さん!」
冬華は苦笑した。
「本当に、お疲れさまでした!」
その手には、人数分の飲み物がある。
「はい! どうぞ!」
「……おっ!」
恋次が受け取った。
「ありがとうございます!」
「いえいえ!」
冬華はにっこりと微笑んだ。
「今日は、皆さんとても頑張っていましたね!」
「……まあな」
恋次が苦笑する。
「でも、隊長にはほとんど届かなかったっスけど」
「……そんなことありませんよ!」
冬華は首を振った。
「最後の連携、とても上手でした!」
「……本当か?」
「はい!」
冬華は嬉しそうに頷いた。
「皆さん、確実に成長しています!」
その言葉に、恋次は少しだけ笑った。
「……そっか」
一角も不敵に笑う。
「次こそは、もっと派手に一太刀入れてやるぜ!」
「……ふふっ!」
冬華は楽しそうに微笑んだ。
「楽しみにしています!」
すると。
「……いやぁ、お疲れさまでした」
浦原が歩いてきた。
「……浦原さん!」
冬華が振り返る。
「訓練場を貸していただいて、ありがとうございました!」
「いえいえ」
浦原は扇子を広げた。
「こちらこそ、いいものを見せてもらいましたよ」
「……はい?」
「いやぁ、驚きました」
浦原が目を細める。
「日番谷隊長、その霊圧制御は相当なものっスね」
「……えっ!?」
冬華が目を丸くする。
「……ありがとうございます!」
「限定状態で、あれだけ無駄なく動けるとは」
浦原は感心したように頷いた。
「しかも、二本の斬魄刀を同時に扱うとは……」
「……あっ」
冬華は背中の氷輪丸へ視線を向けた。
「……大切な刀なんです」
「……そうっスか」
浦原はそれ以上、踏み込まなかった。
代わりに、にっこりと微笑む。
「それにしても、指導も見事でしたね」
「……えっ?」
「ただ強いだけじゃなく、相手の長所を見抜いて、それを伸ばしている」
浦原は扇子を揺らした。
「いい隊長さんっスよ」
「…………」
冬華の頬が、じわじわと赤くなった。
「……えへへ」
少し照れたように笑う。
「ありがとうございます!」
その隣では、乱菊が優しく冬華を見つめていた。
「……本当に、いい隊長になったわね」
「……松本さん!?」
「ふふっ!」
乱菊が笑った。
「昔はあんなに小さかったのにねぇ」
「……今も小さいって言いたいんですか!?」
「あら、そんなこと言ってないわよ?」
「……絶対に思ってます!」
「あははっ!」
周囲から笑い声が上がった。
「……もう!」
冬華は頬を膨らませた。
しかし、その表情はどこか嬉しそうだった。
◇
その日の夜。
井上家。
「――ただいま戻りました!」
「おかえりなさーい!」
織姫が笑顔で迎えてくれた。
「日番谷隊長! 松本さん!」
「ただいまぁ!」
乱菊がぐったりと手を振る。
「……松本さん?」
織姫が首を傾げた。
「どうしたんですか?」
「……冬華ちゃんに、たっぷり鍛えられちゃったのよぉ……」
「……ええっ!?」
織姫が目を丸くする。
「日番谷隊長が!?」
「……えへへ」
冬華は少し照れたように笑った。
「皆さん、とても頑張っていましたよ!」
「……すごいです!」
織姫が目を輝かせた。
「日番谷隊長って、やっぱり格好いいですね!」
「……えっ!?」
冬華の頬が赤くなる。
「そ、そんなことありませんよ!」
「あります!」
織姫が力強く頷いた。
「強くて、優しくて、みんなのことを考えていて……!」
「……い、井上さん!?」
「それに、とっても可愛いです!」
「……か、可愛い!?」
冬華が真っ赤になる。
「ふふっ!」
乱菊が笑った。
「そうなのよねぇ!」
「松本さんまで!?」
冬華は思わず両手で頬を押さえた。
「……もう!」
二人の笑い声が、部屋に響く。
冬華は困ったように笑いながらも、どこか嬉しそうだった。
今回の襲撃で、破面たちの脅威を改めて知った。
次に現れる敵は、もっと強いかもしれない。
それでも。
自分一人が強くなるだけでは、守れないものがある。
仲間たちが強くなれば、それだけ多くの人を守ることができる。
そして何より。
仲間たち自身が、生きて帰ってこられる可能性も高くなる。
(……皆さんと一緒に、頑張りましょう)
冬華は小さく微笑んだ。
「……さて!」
元気よく顔を上げる。
「明日も、頑張りましょう!」
「……ええっ!?」
乱菊が悲鳴を上げた。
「冬華ちゃん! 明日も特訓するの!?」
「……ふふっ!」
冬華は楽しそうに笑った。
「どうしましょうか?」
「……もう、勘弁してぇ!」
「あははっ!」
織姫もつられて笑った。
穏やかな夜。
仲間たちとの、何気ない時間。
その温かさを胸に、冬華は明日へと思いを馳せた。
次の戦いが、いつ訪れるかは分からない。
だが、その時は。
今よりも少しだけ強くなった仲間たちとともに、立ち向かうことができるだろう。
――第33話『隊長の特訓』・完。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
引き続きよろしくお願いします!