現世、空座町。
浦原商店での特訓から、数日が経過した。
「……ふう」
日番谷冬華は、空を見上げながら小さく息を吐いた。
今日も空座町は平和だった。
道行く人々は普段どおりの生活を送り、街には穏やかな時間が流れている。
しかし。
(……そろそろ、でしょうか)
冬華は、その翡翠色の瞳を細めた。
先日の破面襲撃。
第六十刃グリムジョー・ジャガージャック。
限定解除後は圧倒できたものの、帰刃した際の実力までは確認できなかった。
そして、藍染惣右介が用意している戦力は、彼だけではない。
(……次は、もっと厄介なことになるかもしれませんね)
そんなことを考えていた、その時だった。
――ズンッ!
「……っ!」
冬華が足を止めた。
空気が、震える。
遠く離れた場所から、複数の強大な霊圧が現れた。
「……来ましたか!」
冬華はすぐさま伝令機を取り出した。
「こちら日番谷です! 破面の霊圧を確認しました!」
『こちら技術開発局! 現世に複数の破面が出現したことを確認!』
「限定解除の許可をお願いします!」
『すでに承認されています! 現世先遣隊の限定解除を許可!』
「ありがとうございます!」
通信を切る。
冬華の表情が引き締まった。
「……さて!」
背中の二本の氷輪丸へ手を伸ばす。
「今度こそ、好きにはさせませんよ!」
次の瞬間。
――シュンッ!
冬華の姿が、その場から消えた。
◇
空座町、郊外。
冬華が到着した時には、すでに複数の死神が集まっていた。
「――冬華ちゃん!」
「松本さん!」
乱菊が手を振る。
その隣には、恋次、一角、弓親の姿もあった。
「皆さん、ご無事ですね!」
「おう!」
恋次が頷いた。
「けど、どうやら今回は前より数が多いみてえだぜ」
「……そうですね」
冬華は正面へ視線を向けた。
そこには、複数の破面が立っていた。
巨大な体躯を持つ男。
奇妙な仮面の残骸をつけた少年。
そして、細身の身体に不敵な笑みを浮かべる青年。
さらに、その後方には二体の破面が控えている。
「……へえ?」
細身の青年が冬華を見た。
「君が、あの日番谷冬華?」
「……はい?」
冬華が首を傾げる。
「そうですが……」
「ふうん」
青年は楽しそうに笑った。
「思ってたより、ずいぶん可愛いんだね」
「……えっ?」
「こんな女の子が隊長だなんて、死神って面白いねぇ」
「……ありがとうございます?」
冬華が少し困ったように返す。
すると、青年は声を上げて笑った。
「あははっ! 褒めてないんだけど!」
「……そうでしたか」
冬華は小さく息を吐いた。
「それで、あなたは?」
「僕?」
青年は自分の胸を指差した。
「ルピ・アンテノール」
そして、楽しそうに笑う。
「新しい第六十刃さ!」
「……第六十刃」
冬華の瞳がわずかに細められる。
「なるほど。グリムジョーさんの後任ですか」
「……へえ?」
ルピが目を細めた。
「知ってるんだ?」
「以前、戦いましたので」
「ああ!」
ルピは手を叩いた。
「そういえば、君があいつの腕を壊したんだっけ!」
「……はい」
「おかげで僕が第六になれたんだよねぇ」
ルピは愉快そうに笑った。
「感謝した方がいいのかな?」
「……必要ありませんよ」
冬華は静かに答えた。
「それより、何のために現世へ来たんですか?」
「さあ?」
ルピは肩をすくめた。
「君たちと遊ぶため、かな?」
「……そうですか」
冬華は二本の氷輪丸を抜いた。
「では、こちらもお相手します!」
「……へえ!」
ルピの笑みが深くなる。
「いいねぇ!」
その時。
「――おい!」
巨大な破面が前へ出た。
「俺の相手はどいつだ!」
「……ヤミー」
ルピが面倒そうに振り返る。
「好きにすれば?」
「けっ!」
ヤミーが不機嫌そうに鼻を鳴らした。
すると。
「――おい、デカブツ!」
一角が前へ出た。
「お前の相手は俺がしてやる!」
「……あ?」
ヤミーが睨みつける。
「何だ、てめえ?」
「斑目一角だ!」
その隣に、恋次も並んだ。
「俺も付き合うぜ!」
「……二人がかりか?」
ヤミーが笑った。
「雑魚が何人集まろうが同じだ!」
「……言ってくれるじゃねえか!」
恋次が蛇尾丸を抜いた。
一方。
「……冬華ちゃん!」
乱菊が声をかける。
「私たちは、あっちの二人を引き受けるわ!」
「……はい!」
冬華は頷いた。
「お願いします!」
「任せて!」
弓親も優雅に微笑んだ。
「美しく片付けてみせるよ」
「……ふふっ!」
冬華は小さく笑った。
「皆さん、無理はしないでくださいね!」
それぞれが散開する。
そして。
「……さて!」
冬華は正面へ向き直った。
「ルピさん!」
「……ん?」
「あなたのお相手は、私です!」
「……あはっ!」
ルピが笑った。
「いいよ!」
その瞳に、残忍な光が宿る。
「どれくらい強いのか、試してあげる!」
◇
――ダンッ!
先に動いたのはルピだった。
鋭い踏み込み。
その手が、冬華へ伸びる。
しかし。
――シュンッ!
「……っ!?」
ルピの視界から、冬華が消えた。
「……え?」
「――こちらです!」
背後から声が響く。
――キィンッ!
ルピが慌てて刀を抜き、振り返った。
二本の氷輪丸が、左右から迫る。
「……っ!」
辛うじて一撃を受け止める。
だが。
「――はっ!」
冬華の左手が動いた。
――ザシュッ!
「……ぐっ!?」
ルピの肩口が裂けた。
血が飛び散る。
「……なっ!?」
ルピが大きく後退した。
「……速っ!」
「……まだですよ!」
冬華が踏み込む。
――キィンッ!
右。
左。
そして、斜め下からの斬撃。
ルピは必死に刀を振るうが、二本の氷輪丸を捌ききれない。
「……くそっ!」
ルピの表情から、余裕が消えた。
「何なんだよ、君!」
「……十番隊隊長です!」
「それは知ってるよ!」
ルピが叫ぶ。
冬華は小さく微笑んだ。
「では、少し本気でいきますね!」
「……は?」
その瞬間。
「――霜天に坐せ、氷輪丸!」
――ゴオオオッ!
二本の氷輪丸から、凄まじい冷気が噴き上がった。
周囲の気温が、一気に下がる。
「……っ!?」
ルピが目を見開いた。
「二本とも……!?」
「……はい!」
冬華は二本の氷輪丸を構えた。
「では、続けましょう!」
――シュンッ!
「……っ!」
ルピが反応した時には、冬華はすでに目の前にいた。
――キィンッ!
刀を受け止める。
しかし。
――パキパキッ!
「……なっ!?」
ルピの刀を握る腕に、氷が広がり始めた。
「……くそっ!」
ルピは慌てて距離を取る。
霊圧を放出し、腕の氷を砕いた。
「……何だよ、それ!」
「氷雪系の斬魄刀ですので!」
冬華はにっこりと微笑んだ。
「凍らせるのは得意なんです!」
「……っ!」
ルピの額に、青筋が浮かんだ。
「……調子に乗るなよ!」
◇
少し離れた場所。
「……いやぁ」
浦原喜助が、扇子を広げていた。
「これはまた……」
その視線の先では、冬華がルピを圧倒している。
斬術。
瞬歩。
霊圧制御。
そして、二本の氷輪丸による氷雪能力。
どれも、非常に高い水準に達していた。
(……なるほど)
浦原が目を細める。
(……先日の特訓では、かなり余裕を残していたわけっスね)
限定状態での戦闘を見た時点でも、その技量には感心していた。
だが、今回は違う。
霊圧制限のない状態。
しかも、相手は十刃。
それでも、冬華の動きには無駄がない。
「……いやはや」
浦原は小さく笑った。
「本当に、とんでもない隊長さんっスねぇ」
ただし、その瞳は油断なく戦場全体を見渡していた。
戦況が崩れれば、いつでも動けるように。
だが、今のところ。
その必要はなさそうだった。
◇
「――くそっ!」
ルピが叫んだ。
その身体には、すでにいくつもの傷が刻まれている。
一方、冬華の隊長羽織には、傷一つない。
「……あり得ない!」
ルピが歯を食いしばった。
「僕は第六十刃だぞ!?」
「……はい」
冬華は静かに頷いた。
「ですが、十刃だからといって、必ず勝てるわけではありませんよ」
「……っ!」
ルピの表情が歪んだ。
「……だったら!」
その手が、斬魄刀へ伸びる。
「――縊れ、蔦嬢!」
――ドオオオッ!
凄まじい霊圧が噴き上がった。
ルピの背中から、巨大な触手が伸びる。
一本。
二本。
さらに増え続け、合計八本。
その姿は、先ほどまでとは大きく変わっていた。
「……あははっ!」
ルピが笑う。
「これが僕の本当の力だよ!」
「……なるほど」
冬華は興味深そうに見上げた。
「八本の触手ですか」
「余裕ぶっていられるのも今のうちさ!」
ルピが腕を広げる。
「――死んじゃえ!」
――ゴオオッ!
八本の触手が、一斉に冬華へ襲いかかった。
「……!」
冬華が地面を蹴る。
――ドゴォン!
触手が地面を砕いた。
続けて、別の触手が横薙ぎに迫る。
「……よっ!」
冬華は瞬歩で回避した。
しかし。
「――甘い!」
さらに三本の触手が、逃げ道を塞ぐ。
「……なるほど!」
冬華の瞳が輝いた。
「なかなか厄介ですね!」
「……っ!」
ルピの笑みが引きつる。
「何でそんなに楽しそうなんだよ!」
「……いえ!」
冬華は二本の氷輪丸を構え直した。
「少し、面白い戦い方だと思いまして!」
「……ふざけるな!」
触手が一斉に迫る。
だが。
「――はっ!」
冬華が右手の氷輪丸を振るった。
――ザンッ!
一本の触手が切断される。
「……なっ!?」
さらに。
――ザシュッ!
二本目。
――ザンッ!
三本目。
「……っ!?」
ルピが目を見開いた。
「僕の触手が……!」
「……ふふっ!」
冬華は軽やかに着地した。
「確かに、攻撃範囲は広いですね!」
その翡翠色の瞳が、ルピを捉える。
「ですが、動きは見えています!」
「……くそっ!」
ルピが残る触手を振り回した。
切断された部分も、再び伸び始める。
しかし、冬華は慌てない。
瞬歩で攻撃をかわしながら、触手へ氷雪をまとわせていく。
――パキパキッ!
「……っ!?」
ルピの触手が、次々と凍り始めた。
「……何だよ、これ!」
「……氷輪丸の冷気です!」
冬華は静かに答えた。
「あなたの触手は、確かに強力です」
右手の刀を構える。
「ですが、凍らせてしまえば!」
――ザンッ!
氷結した触手が砕け散った。
「……っ!」
ルピが大きく後退する。
その表情には、明らかな焦りが浮かんでいた。
「……あり得ない……!」
新たな第六十刃。
その地位を手にしたばかりの自分が。
たった一人の死神に、ここまで追い詰められている。
「……ふざけるなぁ!」
ルピが叫んだ。
残る触手が、凄まじい勢いで伸びる。
冬華の頭上。
左右。
そして、足元。
あらゆる方向から、逃げ道を塞ぐように迫った。
「――これならどうだ!」
「……!」
冬華は周囲を見渡した。
そして。
「……そうですね」
小さく微笑んだ。
「そろそろ、終わりにしましょうか!」
◇
――ゴオオオッ!
冬華の周囲に、凄まじい冷気が渦巻いた。
「……っ!?」
ルピが目を見開く。
「……何をする気だ!?」
冬華は答えない。
二本の氷輪丸を、静かに構える。
そして。
「――六衣氷結陣!」
――ドドドドドドッ!
六本の巨大な氷柱が、ルピの周囲に出現した。
「……なっ!?」
ルピが振り返る。
右。
左。
前方。
後方。
さらに、残る方向も。
六本の氷柱が、逃げ道を塞ぐように配置されていた。
「……何だよ、これ!」
ルピが触手を伸ばす。
しかし。
――パキィン!
「……っ!?」
触手が、氷柱に触れた瞬間に凍りついた。
「……くそっ!」
慌てて引き戻そうとする。
だが、もう遅い。
「……では!」
冬華は二本の氷輪丸を振り下ろした。
「――凍ってください!」
――ゴオオオオッ!
六本の氷柱から、凄まじい冷気が噴き上がる。
「……う、うわあああっ!?」
ルピの悲鳴が響いた。
足元から氷が広がる。
脚。
胴体。
腕。
そして、八本の触手。
すべてが、瞬く間に凍結していく。
「……こんな……!」
ルピが必死に抵抗する。
しかし。
「……僕が……第六十刃の……!」
――パキィィィン!
最後の声とともに。
ルピの全身が、巨大な氷の中へ封じ込められた。
「…………」
静寂が訪れる。
冬華は二本の氷輪丸を下ろした。
「……ふう」
小さく息を吐く。
「これで、終わりですね!」
氷の中では、ルピが完全に動きを止めていた。
冬華はしばらく様子を確認する。
そして、周囲へ視線を向けた。
「……皆さんは、大丈夫でしょうか?」
その時だった。
――ドンッ!
「……っ!?」
突然、凄まじい衝撃が氷柱へ叩きつけられた。
――バキィィン!
巨大な氷が砕け散る。
「……えっ!?」
冬華が目を見開いた。
そこには。
「……あー……」
奇妙な声を漏らす少年が立っていた。
ワンダーワイス・マルジェラ。
その腕には、凍結から解放されたルピが抱えられている。
「……あなたは!」
冬華が二本の氷輪丸を構え直した。
だが、ワンダーワイスは冬華を見ようともしなかった。
ただ、ルピを抱えたまま空を見上げる。
その先に。
――バリバリッ!
黒腔が開いた。
「……っ!」
冬華が踏み込もうとする。
しかし。
遠くから、複数の霊圧が急速に移動していくのを感じた。
ヤミー。
そして、他の破面たち。
(……撤退ですか!)
冬華は足を止めた。
ここで深追いすれば、別の場所で戦っている仲間たちの安全を確認できない。
「……仕方ありませんね」
冬華は小さく息を吐いた。
ワンダーワイスはルピを抱えたまま黒腔へ消えていく。
そして。
――バタンッ!
黒腔が閉じた。
「…………」
冬華は空を見上げた。
「……逃げられてしまいましたか」
少し残念そうに呟く。
だが、すぐに表情を引き締めた。
「……皆さんのところへ行きましょう!」
――シュンッ!
冬華の姿が消えた。
◇
それから、しばらくして。
「――皆さん!」
冬華が到着すると、そこには先遣隊の面々が集まっていた。
「……冬華ちゃん!」
「松本さん!」
冬華は安心したように微笑んだ。
「ご無事でしたか!」
「ええ!」
乱菊が頷いた。
「こっちは何とかなったわ!」
「……おう!」
一角が大きく息を吐いた。
「けど、あのデカブツ、相当硬かったぜ」
「……まったくだ」
恋次も苦笑する。
「二人がかりでも、簡単には倒せなかったっスよ」
ヤミーとの戦闘。
恋次が蛇尾丸で間合いを制御し、一角が接近戦を仕掛ける。
第33話の特訓で学んだ連携は、確かに役立っていた。
しかし、ヤミーの耐久力は予想以上だった。
決定打を与える前に、敵が撤退したのだという。
「……なるほど」
冬華は頷いた。
「でも、お二人とも無事でよかったです!」
「……へへっ!」
恋次が笑った。
「次はもっと上手くやってみせますよ!」
「……はい!」
冬華は嬉しそうに微笑んだ。
「期待しています!」
その隣では、弓親が髪を整えていた。
「……僕の方も、少々面倒な相手だったよ」
「綾瀬川さん!」
「でも、以前よりは落ち着いて対応できたかな」
弓親は優雅に微笑んだ。
「日番谷隊長の特訓のおかげかもしれないね」
「……ふふっ!」
冬華が笑う。
「それなら、よかったです!」
「……それより!」
乱菊が冬華へ近づいた。
「冬華ちゃんこそ、大丈夫だったの?」
「……はい!」
冬華は頷いた。
「ルピさんという第六十刃と戦いましたが、無事に勝てました!」
「……第六十刃!?」
恋次が目を丸くする。
「また十刃と戦ったんスか!?」
「……はい!」
「……で、どうなったんだ?」
一角が興味深そうに尋ねる。
「六衣氷結陣で凍結させたのですが、別の破面に救出されてしまいました」
「……は?」
恋次が固まった。
「……帰刃は?」
「使っていましたよ!」
「…………」
恋次が額を押さえた。
「……マジかよ」
一角が豪快に笑った。
「はっ! やっぱり隊長さんは強えな!」
「……えへへ」
冬華は少し照れたように笑った。
「ありがとうございます!」
すると。
「……いやぁ」
浦原が歩いてきた。
「皆さん、お疲れさまでした」
「……浦原さん!」
冬華が振り返る。
「今回は、ありがとうございました!」
「いえいえ」
浦原は扇子を広げた。
「アタシは何もしてませんからね」
「……ふふっ!」
冬華が微笑む。
「それでも、見守ってくださっていたのでしょう?」
「……おや」
浦原が目を細めた。
「バレてましたか」
「はい!」
冬華は元気よく頷いた。
「浦原さんの霊圧、感じていましたから!」
「……いやぁ、参りましたねぇ」
浦原は苦笑した。
そして、冬華へ視線を向ける。
「それにしても、帰刃した十刃を始解だけで封じ込めるとは」
「……えっ?」
「想像以上でしたよ、日番谷隊長」
「……あ、ありがとうございます!」
冬華が少し照れたように笑う。
しかし。
浦原の表情は、すぐに真剣なものへ変わった。
「……ただ」
「……はい?」
「今回の襲撃、少し妙なんスよね」
「……妙?」
「ええ」
浦原は閉じた扇子を顎に当てた。
「これだけの戦力を投入しておきながら、引き際が早すぎる」
「…………」
冬華の表情が変わった。
確かに、そうだった。
ルピは完全に凍結した。
ヤミーたちも、戦闘を途中で切り上げている。
まるで。
(……最初から、別の目的があったような)
冬華の胸に、嫌な予感が広がった。
「……浦原さん」
「……はい?」
「井上さんは、今どちらに?」
「……井上サン?」
浦原が目を細める。
「確か、尸魂界から現世へ戻る予定だったはずですが……」
「……っ!」
冬華の心臓が、大きく跳ねた。
その瞬間。
――ピピピッ!
伝令機が鳴り響いた。
「……こちら日番谷です!」
『日番谷隊長!』
通信の向こうから、緊迫した声が響く。
『緊急報告です!』
「……何がありましたか?」
『井上織姫の所在が確認できません!』
「…………え?」
冬華の動きが止まった。
『尸魂界から現世へ帰還する途中、消息が途絶えました!』
「…………」
周囲の音が、遠ざかっていく。
乱菊が何かを言っている。
恋次も驚いた表情を浮かべている。
しかし、冬華の耳には入らなかった。
(……井上さんが)
知っていた。
藍染が、織姫の能力に目をつけることを。
だからこそ、警戒していた。
だが。
今回の襲撃。
十刃たちの出現。
そして、突然の撤退。
すべてが、一つにつながっていく。
(……陽動)
冬華は、ぎゅっと拳を握り締めた。
敵の戦力を迎え撃つことに集中していた。
その間に、別の場所で本当の目的を果たされていたのだ。
「……日番谷隊長?」
浦原が静かに声をかける。
冬華は顔を上げた。
その翡翠色の瞳には、先ほどまでの柔らかな笑みはなかった。
「……浦原さん」
「……はい」
「今回の襲撃について、詳しく調べる必要があります」
冬華は静かに告げた。
「……井上さんが、狙われた可能性があります」
「…………」
浦原の瞳が細められた。
「……なるほど」
冬華は空を見上げた。
先ほどまで、破面たちがいた空。
そこにはもう、黒腔の痕跡すら残っていない。
(……井上さん)
胸の奥が、きゅっと締めつけられた。
昨夜まで、同じ家で笑い合っていた少女。
強くて、優しくて、少し不思議なところもある、大切な友人。
その姿が、脳裏に浮かぶ。
「…………」
冬華は静かに息を吸った。
そして。
「……必ず、見つけます」
小さく呟いた。
その声は、決して大きくなかった。
けれど、確かな決意が込められていた。
破面との戦いは、まだ終わっていない。
むしろ。
本当の戦いは、これから始まるのかもしれない。
――第34話『破面再襲撃』・完。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
引き続きよろしくお願いします!