日番谷に転生した   作:使い手なない

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第35話「虚圏へ」

 

 現世、空座町。

 

「……井上さんが、虚圏へ?」

 

 日番谷冬華は、伝令機から告げられた報告に眉をひそめた。

 

『はい。断界の通行記録と残留霊圧を調査した結果、破面による接触があった可能性が極めて高いと判明しました』

 

「……そうですか」

 

 冬華は静かに目を伏せた。

 

 やはり、そうなってしまった。

 

 藍染惣右介。

 

 彼が井上織姫の能力に目をつけることは、前世の記憶から知っていた。

 

 だからこそ、警戒していたのだ。

 

 しかし、結果は変わらなかった。

 

(……私が、もう少し注意していれば)

 

 ぎゅっと拳を握り締める。

 

 だが、いつまでも後悔しているわけにはいかない。

 

「分かりました。引き続き調査をお願いします」

 

『了解しました!』

 

 通信が切れる。

 

「……冬華ちゃん」

 

 隣にいた松本乱菊が、心配そうに顔を覗き込んだ。

 

「大丈夫?」

 

「……はい」

 

 冬華は小さく頷いた。

 

「少し、悔しいだけです」

 

「……そう」

 

 乱菊はそれ以上追及しなかった。

 

 代わりに、冬華の肩へそっと手を置く。

 

「まだ、助けられないって決まったわけじゃないわ」

 

「……!」

 

「織姫ちゃんは強い子よ。きっと、私たちが迎えに行くまで頑張ってくれるわ」

 

「……そうですね」

 

 冬華は顔を上げた。

 

 その翡翠色の瞳に、再び光が宿る。

 

「ありがとうございます、松本さん!」

 

「ふふっ。どういたしまして!」

 

 その時だった。

 

「――冬華姉ちゃん!」

 

 聞き慣れた声が響いた。

 

 振り返ると、黒崎一護が駆け寄ってくるところだった。

 

「一護さん!」

 

「井上がいなくなったって、本当か!?」

 

「……はい」

 

 冬華は頷いた。

 

「現在、尸魂界が詳しい状況を調査しています。ただ、破面が関与している可能性が高いそうです」

 

「……くそっ!」

 

 一護が歯を食いしばった。

 

「俺が……もっと早く気づいてりゃ……!」

 

「一護さん」

 

 冬華は静かに声をかけた。

 

「自分を責めないでください」

 

「……でもよ!」

 

「井上さんがいなくなったことは、私も悔しいです」

 

 冬華は一護の目をまっすぐに見つめた。

 

「ですが、今は助ける方法を考えましょう」

 

「…………」

 

 一護はしばらく黙っていた。

 

 やがて、ゆっくりと頷く。

 

「……ああ」

 

 その拳には、強い力が込められていた。

 

「絶対に助ける」

 

「……はい!」

 

 冬華も頷いた。

 

「私も、そのつもりです!」

 

     ◇

 

 それから間もなく。

 

 尸魂界から、現世先遣隊に帰還命令が下された。

 

 藍染による破面の活動が活発化していること。

 

 井上織姫が虚圏へ連れ去られた可能性が高いこと。

 

 そして、今後の対応を護廷十三隊全体で協議する必要があること。

 

 それらを理由として、山本元柳斎重國総隊長が先遣隊の帰還を命じたのだ。

 

「……帰るのかよ」

 

 事情を聞いた一護が、険しい表情を浮かべた。

 

「井上がいなくなったってのに?」

 

「……はい」

 

 冬華は申し訳なさそうに頷いた。

 

「私たちは護廷十三隊の隊士です。総隊長の命令には従わなければなりません」

 

「……っ!」

 

 一護が拳を握る。

 

「じゃあ、井上はどうすんだよ!」

 

「……一護さん」

 

 冬華は一歩近づいた。

 

「私は、井上さんを見捨てるつもりはありません」

 

「……!」

 

「ただ、今すぐ虚圏へ向かっても、敵の戦力や配置が分からない状態では危険です」

 

「そんなこと言ってる間に、井上が……!」

 

「……分かっています」

 

 冬華の声が、少しだけ強くなった。

 

「私だって、今すぐ助けに行きたいです」

 

「…………」

 

「ですが、私は隊長です。自分の気持ちだけで、仲間たちを危険にさらすわけにはいきません」

 

 一護は何も言わなかった。

 

 冬華は少しだけ表情を和らげる。

 

「尸魂界へ戻ったら、私からも総隊長へ進言します」

 

「……冬華姉ちゃん」

 

「ですから、もう少しだけ待っていてください」

 

「…………」

 

 一護はしばらく冬華を見つめていた。

 

 やがて、小さく息を吐く。

 

「……分かった」

 

「……!」

 

「冬華姉ちゃんがそう言うなら、信じる」

 

 その言葉に、冬華は嬉しそうに微笑んだ。

 

「ありがとうございます!」

 

 だが。

 

 一護の瞳に宿る決意が、消えていないことにも気づいていた。

 

(……一護さん)

 

 彼が大切な仲間を見捨てるはずがない。

 

 それは、誰よりもよく知っている。

 

     ◇

 

 尸魂界、瀞霊廷。

 

 一番隊隊舎。

 

 広い会議室には、護廷十三隊の隊長たちが集まっていた。

 

 その中央。

 

 日番谷冬華は、山本元柳斎重國の前に立っていた。

 

「――以上が、現世における破面の活動状況です」

 

 冬華が報告を終える。

 

 山本は静かに目を閉じていた。

 

「……ふむ」

 

 やがて、ゆっくりと口を開く。

 

「新たな第六十刃、ルピ・アンテノールか」

 

「はい」

 

「帰刃した相手を、始解のみで封じたというのじゃな」

 

「……はい。ただ、別の破面に救出されてしまいました」

 

「それでも十分な戦果じゃ」

 

 山本は杖を鳴らした。

 

「よくぞ現世の被害を抑えた」

 

「ありがとうございます!」

 

 冬華は頭を下げた。

 

 その隣では、京楽春水が笠の下で微笑んでいた。

 

「いやぁ、冬華ちゃんもすっかり頼もしくなったねぇ」

 

「京楽隊長!」

 

「帰刃した十刃を始解だけで、か。僕も負けていられないなぁ」

 

「……もう、からかわないでください!」

 

 冬華が少し頬を膨らませる。

 

 京楽は楽しそうに笑った。

 

 だが、山本が杖を鳴らすと、室内は再び静まり返った。

 

「……問題は、井上織姫の件じゃ」

 

 その言葉に、冬華の表情が引き締まる。

 

「調査の結果、井上織姫は破面と接触した後、虚圏へ移動した可能性が極めて高い」

 

 山本は隊長たちを見渡した。

 

「藍染が何を企んでおるかは分からぬ。じゃが、奴の目的が崩玉に関係しておることは間違いあるまい」

 

「……総隊長」

 

 冬華が口を開いた。

 

「井上さんの救出については、どのようにお考えでしょうか?」

 

「現時点で、虚圏への救出部隊は派遣せぬ」

 

「……!」

 

「藍染との決戦に備え、戦力を整えることが最優先じゃ」

 

「……ですが!」

 

 冬華は思わず声を上げた。

 

「井上さんは、私たちの仲間です!」

 

「分かっておる」

 

 山本の声は厳しかった。

 

「じゃが、敵の本拠地へ不用意に踏み込めば、藍染の思う壺となろう」

 

「…………」

 

 冬華は唇を結んだ。

 

 その判断が、間違っているとは言えない。

 

 藍染は極めて危険な敵だ。

 

 しかも、虚圏には複数の十刃が存在している。

 

 準備もなく突入すれば、甚大な被害が出る可能性がある。

 

(……それでも)

 

 冬華は拳を握り締めた。

 

 織姫を見捨てるという選択だけは、したくなかった。

 

 しかし、ここで感情的になっても意味はない。

 

 冬華は静かに息を整えた。

 

「……承知しました」

 

 山本が目を開く。

 

「……うむ」

 

「ですが、状況が変わった際には、救出部隊の派遣を再検討していただけますか?」

 

「必要と判断すれば、当然じゃ」

 

「……ありがとうございます!」

 

 冬華は深く頭を下げた。

 

 そして。

 

「総隊長。もう一つ、よろしいでしょうか?」

 

「……申せ」

 

「破面への対応について、提案があります」

 

 その言葉に、何人かの隊長が冬華へ視線を向けた。

 

「……破面への対応?」

 

 砕蜂が眉をひそめる。

 

「何を提案するつもりだ、日番谷隊長」

 

「はい」

 

 冬華は背筋を伸ばした。

 

「今後、藍染との戦闘が本格化すれば、十刃を含む多数の破面と交戦することになると思います」

 

「当然だろう」

 

「ですが……」

 

 冬華は一度言葉を区切った。

 

「藍染を討つことと、その配下の破面を全員殺すことは、必ずしも同じではないと思うのです」

 

「……ほう?」

 

 京楽が興味深そうに目を細めた。

 

 一方、砕蜂は険しい表情を浮かべる。

 

「敵を生かせと?」

 

「無条件に、という意味ではありません」

 

 冬華は首を振った。

 

「戦意を失った者や、降伏した者については、可能な範囲で捕縛を優先できないかと考えています」

 

「……理由を聞こう」

 

 山本が告げた。

 

「はい」

 

 冬華は頷いた。

 

「虚圏には、数え切れないほどの虚が存在しています。その中でも十刃は、特に強大な力を持つ存在です」

 

 室内を見渡す。

 

「もし、その上位戦力が一斉に失われれば、虚圏の勢力構造が大きく変化する可能性があります」

 

「……なるほどねぇ」

 

 京楽が呟いた。

 

「力の空白ができれば、別の連中が暴れ始めるかもしれないってことかい?」

 

「はい!」

 

 冬華は頷いた。

 

「虚圏の混乱が現世に波及する可能性もあります。魂魄の循環や三界の均衡に、どのような影響が出るのかも分かりません」

 

「……ふむ」

 

 浮竹十四郎が静かに口を開いた。

 

「確かに、虚圏の秩序が大きく崩れれば、現世にも影響が及ぶかもしれないね」

 

「ですが」

 

 冬華は続けた。

 

「もちろん、仲間の命を危険にさらしてまで敵を助けるべきだとは思いません」

 

 その翡翠色の瞳が、まっすぐ山本を見つめる。

 

「ただ、殺さずに制圧できる相手まで、必ず討伐する必要はないのではないでしょうか」

 

「…………」

 

 会議室に沈黙が落ちた。

 

 やがて。

 

「……くだらねえ」

 

 更木剣八が鼻を鳴らした。

 

「敵が斬りかかってきたら斬る。それだけだろうが」

 

「……ふふっ」

 

 冬華は少し困ったように笑った。

 

「更木隊長には、少し難しいお願いかもしれませんね」

 

「あ?」

 

「いえ、何でもありません!」

 

 京楽が肩を震わせた。

 

「……くくっ」

 

「笑うんじゃねえよ、京楽!」

 

「いやぁ、ごめんごめん」

 

 そんなやり取りの後。

 

 山本が、静かに口を開いた。

 

「……日番谷冬華」

 

「はい!」

 

「貴様の懸念は理解した」

 

「……!」

 

「じゃが、護廷十三隊の使命は三界の守護じゃ。敵への情けによって味方を失うことは、断じて許されぬ」

 

「……はい」

 

「その上で」

 

 山本は杖を強く鳴らした。

 

「戦意を失った者、あるいは降伏した者については、状況に応じて捕縛を認める」

 

「……!」

 

「ただし、敵が抵抗を続ける場合は躊躇するな。味方の安全を最優先とせよ」

 

「……はい!」

 

 冬華の表情が明るくなった。

 

「ありがとうございます、総隊長!」

 

「礼を言う必要はない」

 

 山本は静かに目を閉じた。

 

「貴様も隊長ならば、その判断に責任を持て」

 

「……承知しました!」

 

 冬華は深く頭を下げた。

 

(……これで)

 

 少なくとも、道は開けた。

 

 すべての破面を救えるわけではない。

 

 そもそも、救った相手が味方になる保証もない。

 

 それでも。

 

 来たるべき戦いに備えるために。

 

 できることは、一つずつ積み重ねていくしかない。

 

     ◇

 

 それから、数日が経過した。

 

 瀞霊廷、十番隊隊舎。

 

「……はあ」

 

 冬華は机に向かいながら、小さくため息をついた。

 

 目の前には、現世から届いた報告書が置かれている。

 

 黒崎一護。

 

 石田雨竜。

 

 茶渡泰虎。

 

 三人が、浦原喜助の協力によって虚圏へ向かったという報告だった。

 

「……やっぱり、行ってしまいましたか」

 

 冬華は苦笑した。

 

 予想はしていた。

 

 一護が織姫を見捨てるはずがない。

 

 たとえ尸魂界から止められたとしても、きっと自分の意思で助けに向かう。

 

(……本当に、一護さんらしいですね)

 

 その行動力は、一護の長所でもあり、危うさでもある。

 

 冬華は報告書を閉じた。

 

「……無茶だけは、しないでくださいね」

 

 小さく呟く。

 

 しかし、虚圏へ向かった一護たちの戦いは、すでに始まっていた。

 

 やがて、尸魂界にも断片的な情報が届くようになる。

 

 虚夜宮への侵入。

 

 十刃との交戦。

 

 そして、戦況の悪化。

 

 その報告を受けるたび、冬華の胸には焦りが募っていった。

 

(……そろそろ、ですね)

 

 冬華は窓の外を見つめた。

 

 今、自分ができることは限られている。

 

 だが。

 

 その時は、確実に近づいていた。

 

     ◇

 

 さらに時が流れた、ある日。

 

 ――コンコン。

 

「……はい?」

 

 隊長室の扉が叩かれた。

 

「日番谷隊長! 一番隊より緊急の召集命令です!」

 

「……!」

 

 冬華は椅子から立ち上がった。

 

「分かりました! すぐに向かいます!」

 

 背中の二本の氷輪丸を確認する。

 

 そして、白い隊長羽織を翻した。

 

(……来ましたか!)

 

     ◇

 

 一番隊隊舎。

 

 冬華が到着すると、そこにはすでに数人の隊長が集まっていた。

 

 十一番隊隊長、更木剣八。

 

 四番隊隊長、卯ノ花烈。

 

 十二番隊隊長、涅マユリ。

 

 さらに、それぞれの隊に所属する隊士たちの姿もある。

 

「……おや」

 

 卯ノ花が冬華へ微笑みかけた。

 

「日番谷隊長。お久しぶりですね」

 

「卯ノ花隊長!」

 

 冬華も笑顔で頭を下げる。

 

「お久しぶりです!」

 

「お元気そうで何よりです」

 

「はい!」

 

 その隣では、更木が退屈そうに肩を回していた。

 

「……おい、日番谷」

 

「はい?」

 

「てめえも呼ばれたのか」

 

「そうみたいですね!」

 

「……へっ」

 

 更木が笑う。

 

「面白えことになりそうじゃねえか」

 

「……ふふっ」

 

 冬華は苦笑した。

 

「更木隊長は、いつも楽しそうですね」

 

「当たり前だろ」

 

 その時。

 

「……まったく」

 

 涅マユリが不機嫌そうに口を開いた。

 

「私の研究を中断させてまで呼び出すとは、よほど重要な用件なのだろうネ」

 

「……涅隊長」

 

 冬華が挨拶する。

 

「お久しぶりです!」

 

「……フン」

 

 マユリは一瞥しただけだった。

 

 その後ろでは、涅ネムが静かに頭を下げる。

 

「日番谷隊長」

 

「ネムさん!」

 

 冬華はにっこりと微笑んだ。

 

「お久しぶりです!」

 

 ネムも小さく頷いた。

 

 やがて。

 

 ――ドンッ!

 

 山本の杖が床を打った。

 

「……揃ったようじゃな」

 

 室内が静まり返る。

 

「此度、貴様らを召集した理由は一つ」

 

 山本はゆっくりと目を開いた。

 

「虚圏へ向かった黒崎一護らの救援じゃ」

 

「……!」

 

 冬華の瞳が輝いた。

 

「虚圏では、すでに複数の十刃との交戦が確認されておる」

 

 山本は続けた。

 

「このまま放置すれば、黒崎一護らが全滅する可能性もある」

 

「……総隊長!」

 

 冬華が一歩前へ出た。

 

「救援部隊として、私も参加させていただけるのですね?」

 

「……うむ」

 

 山本が頷いた。

 

「貴様には、現世での破面との交戦経験がある。十刃を相手にした実績も十分じゃ」

 

「……はい!」

 

「更木剣八。卯ノ花烈。涅マユリ。そして、日番谷冬華」

 

 山本は四人を見渡した。

 

「貴様ら四名を、虚圏救援部隊として派遣する」

 

「……承知しました!」

 

 冬華は力強く答えた。

 

 その隣で、更木が獰猛に笑う。

 

「……へっ! ようやく暴れられるぜ!」

 

「やれやれ」

 

 マユリが肩をすくめる。

 

「虚圏の研究材料が手に入るのなら、悪い話ではないがネ」

 

 卯ノ花は静かに微笑んでいた。

 

「負傷者の治療は、お任せください」

 

 山本は頷いた。

 

「各自、準備を整えよ」

 

「はい!」

 

 冬華は深く頭を下げた。

 

 そして、胸の奥で小さく呟く。

 

(……待っていてください)

 

 一護さん。

 

 井上さん。

 

 そして、ルキアさん。

 

(……今度こそ、助けに行きます!)

 

     ◇

 

 出撃準備を終えた冬華が、一番隊隊舎の廊下を歩いていた時だった。

 

「――日番谷隊長」

 

「……?」

 

 聞き覚えのある声に、冬華は足を止めた。

 

 振り返る。

 

 そこには、六番隊隊長の朽木白哉が立っていた。

 

「朽木隊長!」

 

 冬華は笑顔で頭を下げる。

 

「どうかなさいましたか?」

 

「……虚圏へ向かうそうだな」

 

「はい!」

 

 冬華は頷いた。

 

「これから出発します!」

 

「……そうか」

 

 白哉は静かに目を伏せた。

 

 しばらく、沈黙が流れる。

 

「……?」

 

 冬華が首を傾げた。

 

「朽木隊長?」

 

「…………」

 

 白哉はゆっくりと口を開いた。

 

「……ルキアのことだ」

 

「……!」

 

 冬華の表情が変わる。

 

「……はい」

 

「奴は、虚圏へ向かった黒崎一護らに同行している」

 

「……承知しています」

 

「……そうか」

 

 白哉は短く答えた。

 

 そして。

 

「……日番谷隊長」

 

「はい!」

 

 その鋭い瞳が、冬華をまっすぐに見つめた。

 

「ルキアのことを、頼む」

 

「…………!」

 

 冬華は目を見開いた。

 

 朽木白哉。

 

 護廷十三隊六番隊隊長。

 

 常に冷静で、感情を表に出すことの少ない人物。

 

 そんな彼が。

 

 自分に、妹のことを託している。

 

「……朽木隊長」

 

 冬華は柔らかく微笑んだ。

 

「はい!」

 

 そして、胸を張る。

 

「必ず、ルキアさんを連れて帰ります!」

 

「…………」

 

「ですから、安心して待っていてください!」

 

 白哉はしばらく冬華を見つめていた。

 

 やがて。

 

「……頼んだ」

 

 短く告げる。

 

 それだけだった。

 

 だが、その言葉には確かな信頼が込められていた。

 

「……はい!」

 

 冬華は力強く頷いた。

 

 白哉が背を向ける。

 

 その後ろ姿を見送りながら、冬華は小さく微笑んだ。

 

(……任せてください、朽木隊長)

 

 大切な妹さんは。

 

(……必ず、守りますから!)

 

     ◇

 

 瀞霊廷、転送施設。

 

 虚圏への出撃準備は、すでに整っていた。

 

 空間には、黒腔へとつながる不気味な裂け目が開いている。

 

「……おお!」

 

 冬華は目を輝かせた。

 

「これが、虚圏への入口ですか!」

 

「……おいおい」

 

 更木が呆れたように笑う。

 

「遠足じゃねえんだぞ」

 

「……分かっていますよ!」

 

 冬華は少し頬を膨らませた。

 

「初めて見るので、少し興味があっただけです!」

 

「……へっ!」

 

 更木は楽しそうに笑った。

 

 その肩には、草鹿やちるが乗っている。

 

「ねえねえ、とうか!」

 

「はい、やちるさん!」

 

「向こうには強い奴、いっぱいいるかな?」

 

「……そうですね」

 

 冬華は少し考える。

 

「少なくとも、更木隊長が満足できそうな相手はいると思いますよ!」

 

「やったー!」

 

 やちるが嬉しそうに声を上げた。

 

「けんちゃん! 楽しみだね!」

 

「……ああ!」

 

 更木も獰猛に笑った。

 

 一方。

 

「……皆さん」

 

 卯ノ花が穏やかに声をかけた。

 

「負傷した場合は、無理をせず私たちのところへ来てくださいね」

 

「はい!」

 

 冬華は元気よく頷いた。

 

 その隣では、虎徹勇音が緊張した表情で立っている。

 

「日番谷隊長、よろしくお願いします!」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします!」

 

 冬華は笑顔で答えた。

 

 少し離れた場所では、マユリがネムに何かを指示していた。

 

「……まったく」

 

 マユリが不機嫌そうに呟く。

 

「無駄話はそのくらいにしたまえヨ」

 

「……あっ!」

 

 冬華が振り返る。

 

「すみません!」

 

「フン」

 

 マユリは鼻を鳴らした。

 

 そして、黒腔へ視線を向ける。

 

「さっさと行くぞ」

 

「……はい!」

 

 冬華は頷いた。

 

 背中には、二本の氷輪丸。

 

 右には、自分自身の氷輪丸。

 

 左には、草冠宗次郎から託された氷輪丸。

 

 どちらも、長い年月をともに歩んできた大切な相棒だ。

 

「…………」

 

 冬華は静かに目を閉じた。

 

 虚圏。

 

 藍染惣右介が支配する、虚たちの世界。

 

 そこには、強大な十刃が待ち受けている。

 

 何が起こるか分からない。

 

 だが、今は迷っている場合ではなかった。

 

 冬華は目を開いた。

 

 翡翠色の瞳に、確かな決意が宿る。

 

「……よし!」

 

 小さく気合を入れる。

 

 そして。

 

「――行きましょう!」

 

 冬華は白い隊長羽織を翻した。

 

 その隣で、更木が笑う。

 

「……へっ! 置いてくんじゃねえぞ!」

 

「更木隊長こそ、勝手に先へ行かないでくださいね!」

 

「そいつは約束できねえな!」

 

「……もう!」

 

 冬華が苦笑する。

 

 卯ノ花は穏やかに微笑み、マユリは呆れたように歩き始めた。

 

 四人の隊長。

 

 そして、彼らに同行する隊士たち。

 

 護廷十三隊の精鋭が、次々と黒腔へ足を踏み入れていく。

 

 冬華も、その後に続いた。

 

 足元に広がるのは、暗い空間。

 

 その先には、未知の戦場が待っている。

 

(……一護さん)

 

(……井上さん)

 

(……ルキアさん)

 

 冬華は静かに微笑んだ。

 

(……今、行きますからね!)

 

 そして。

 

 その小さな背中が、闇の向こうへ消えていった。

 

 ――第35話『虚圏へ』・完。




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引き続きよろしくお願いします!
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