日番谷に転生した   作:使い手なない

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第36話「呪眼僧伽」

 

虚圏、虚夜宮。

 

 ――ザッ。

 

「……ここが、虚圏ですか」

 

 黒腔を抜けた日番谷冬華は、目の前に広がる光景を見つめた。

 

 どこまでも続く白い砂。

 

 頭上には、夜空のような漆黒の空間。

 

 そして、その中央にそびえ立つ巨大な白亜の宮殿。

 

 虚夜宮。

 

 藍染惣右介が本拠地としている、虚たちの城だった。

 

「……随分と殺風景なところですね」

 

「へっ。景色なんざどうでもいい」

 

 隣で、更木剣八が獰猛に笑った。

 

「強え奴がいりゃ、それで十分だ!」

 

「……更木隊長らしいですね」

 

 冬華は苦笑する。

 

「ねえねえ、とうか!」

 

 更木の肩に乗った草鹿やちるが、楽しそうに身を乗り出した。

 

「ここ、すっごく広いね!」

 

「そうですね!」

 

「迷子になりそう!」

 

「……やちるさんは、特に気をつけてくださいね?」

 

「えへへ!」

 

 そんなやり取りをしていると。

 

「……皆さん」

 

 卯ノ花烈が穏やかに声をかけた。

 

「まずは、負傷している方々の救出を優先しましょう」

 

「はい!」

 

 冬華は表情を引き締めた。

 

 今回の目的は、黒崎一護たちの救援。

 

 そして、井上織姫の保護だ。

 

 敵の本拠地である以上、何が起こるか分からない。

 

「……それでは、手分けしましょうか」

 

「そうですね」

 

 卯ノ花が頷く。

 

 その隣では、涅マユリが不機嫌そうに周囲を見渡していた。

 

「……まったく。随分と趣味の悪い建築物だネ」

 

「涅隊長?」

 

「フン。私は私の目的を果たすだけだヨ」

 

 そう言うと、マユリはネムを伴って歩き始めた。

 

「……あっ、涅隊長!」

 

「何かネ?」

 

「お気をつけて!」

 

「……余計なお世話だヨ」

 

 マユリは振り返ることなく去っていった。

 

「……ふふっ」

 

 冬華は小さく笑った。

 

 その直後。

 

「――おい、日番谷!」

 

「はい?」

 

 更木が肩越しに振り返った。

 

「てめえはどっちに行く?」

 

「私は、ルキアさんを探します」

 

「……そうかよ」

 

 更木は口元を吊り上げた。

 

「なら、俺は別のところに行くぜ!」

 

「……更木隊長!」

 

「あ?」

 

「救援が目的だということ、忘れないでくださいね!」

 

「分かってるっての!」

 

「……本当でしょうか」

 

 冬華が疑わしそうに見つめると、更木は豪快に笑った。

 

「じゃあな!」

 

「とうか、またねー!」

 

「はい! やちるさんもお気をつけて!」

 

 二人が去っていく。

 

 冬華はその背中を見送ってから、卯ノ花へ向き直った。

 

「卯ノ花隊長」

 

「はい」

 

「ルキアさんの霊圧を探してみます。もし重傷を負っていた場合は、治療をお願いしてもよろしいでしょうか?」

 

「もちろんです」

 

 卯ノ花は優しく微笑んだ。

 

「見つけたら、知らせてください」

 

「ありがとうございます!」

 

 冬華は深く頭を下げた。

 

 そして。

 

「……では、行ってきます!」

 

 ――シュンッ!

 

 銀白色の髪をなびかせ、小さな身体が消えた。

 

     ◇

 

 虚夜宮、内部。

 

 白い回廊を、一筋の影が駆け抜けていく。

 

「……っ!」

 

 冬華は瞬歩を繰り返しながら、周囲の霊圧を探っていた。

 

 広い。

 

 想像以上に、虚夜宮は広大だった。

 

 しかも、あちこちで戦闘が行われているらしく、複数の強い霊圧が入り乱れている。

 

(……一護さんたちは、どこに……)

 

 その時。

 

「……!」

 

 冬華の足が止まった。

 

 微かに感じる、覚えのある霊圧。

 

 それは。

 

「……ルキアさん!?」

 

 冬華の表情が変わった。

 

 弱い。

 

 あまりにも、弱すぎる。

 

 まるで、今にも消えてしまいそうなほどに。

 

「……っ!」

 

 冬華は床を蹴った。

 

 ――ドンッ!

 

 凄まじい速度で回廊を駆け抜ける。

 

(……お願いです!)

 

 間に合って。

 

 その一心で、冬華は走った。

 

     ◇

 

 虚夜宮、ある一室。

 

 白い床に、一人の少女が倒れていた。

 

 朽木ルキア。

 

 十三番隊に所属する死神。

 

 その身体には、深い傷が刻まれている。

 

 アーロニーロ・アルルエリとの戦闘によって負った傷だった。

 

 そして。

 

 その傍らに、一人の破面が立っていた。

 

 褐色の肌。

 

 額に並ぶ奇妙な紋様。

 

 静かな表情を浮かべた男。

 

 第七十刃。

 

 ゾマリ・ルルー。

 

「……死神か」

 

 ゾマリは倒れたルキアを見下ろした。

 

「すでに戦闘不能。ならば、ここで始末しておくべきだろう」

 

 ゆっくりと刀を持ち上げる。

 

 その刃が、ルキアへ向けられた。

 

 そして。

 

 ――ヒュンッ!

 

「――そこまでです!」

 

 甲高い金属音が響いた。

 

 ――キィンッ!

 

「……何?」

 

 ゾマリの刀が、弾かれる。

 

 次の瞬間。

 

 倒れたルキアの前に、小柄な少女が立っていた。

 

 銀白色の髪。

 

 翡翠色の瞳。

 

 白い隊長羽織。

 

 そして、両手に握られた二本の斬魄刀。

 

「……間に合いました」

 

 冬華は小さく息を吐いた。

 

 その視線が、倒れたルキアへ向けられる。

 

「……ルキアさん」

 

 ひどい傷だった。

 

 すぐに治療が必要だ。

 

 しかし。

 

 今は、目の前の敵を退けなければならない。

 

「……貴様」

 

 ゾマリが静かに口を開いた。

 

「何者だ?」

 

 冬華は顔を上げた。

 

「護廷十三隊、十番隊隊長」

 

 二本の氷輪丸を構える。

 

「日番谷冬華です!」

 

「……隊長か」

 

 ゾマリの目が細められた。

 

「なるほど。救援が来たというわけか」

 

「はい」

 

 冬華は頷いた。

 

「その方を連れて帰ります。邪魔をしないでいただけますか?」

 

「……愚かな」

 

 ゾマリは刀を構え直した。

 

「ここは藍染様の城。侵入者を見逃す理由などない」

 

「……そうですか」

 

 冬華は小さく息を吐く。

 

「でしたら、仕方ありませんね」

 

 翡翠色の瞳が鋭くなる。

 

「――お相手します!」

 

     ◇

 

 ――シュンッ!

 

 先に動いたのは、ゾマリだった。

 

 その姿が、一瞬で消える。

 

「……!」

 

 冬華の瞳が動いた。

 

 右。

 

 ――キィンッ!

 

 鋭い斬撃を、右手の氷輪丸で受け止める。

 

「……ほう」

 

 ゾマリが小さく呟いた。

 

「私の響転を見切るか」

 

「……速いですね!」

 

 冬華は微笑んだ。

 

 しかし、次の瞬間。

 

 左手の氷輪丸が閃く。

 

 ――ヒュンッ!

 

「……!」

 

 ゾマリが後方へ跳んだ。

 

 その頬を、一筋の赤い線が走る。

 

「……何?」

 

 指先で傷に触れる。

 

 血が付着していた。

 

「……私に傷を?」

 

「すみません」

 

 冬華は二本の刀を構え直した。

 

「ですが、こちらも急いでいるので!」

 

 ――シュンッ!

 

 冬華が消えた。

 

「……!」

 

 ゾマリの目が見開かれる。

 

 背後。

 

 ――キィンッ!

 

 振り返りざまに刀を合わせる。

 

 しかし。

 

 ――ガキンッ!

 

「……ぐっ!」

 

 二撃目が、ほとんど同時に襲いかかった。

 

 ゾマリの身体が後方へ弾かれる。

 

「……馬鹿な」

 

 着地したゾマリが、冬華を睨んだ。

 

「私の響転を……上回るだと?」

 

「……ふふっ」

 

 冬華は小さく笑った。

 

「速さには、少し自信があるんです!」

 

「……思い上がるな!」

 

 ゾマリの姿が揺らぐ。

 

 次の瞬間。

 

 その身体が、二つに分かれた。

 

「……!」

 

「――双児響転」

 

 二人のゾマリが、同時に冬華へ迫る。

 

 左右から繰り出される斬撃。

 

 しかし。

 

 ――キィンッ! キィンッ!

 

 冬華は二本の氷輪丸で、それぞれの攻撃を受け止めた。

 

「……なるほど!」

 

 冬華の瞳が輝く。

 

「面白い技ですね!」

 

「……何?」

 

「ですが!」

 

 冬華の足元に、霊圧が集中する。

 

 ――ドンッ!

 

「……っ!?」

 

 次の瞬間。

 

 冬華は、二人のゾマリの間から姿を消した。

 

 そして。

 

「――こちらです!」

 

 ――ガキィンッ!

 

 本体のゾマリが、背後からの斬撃を辛うじて受け止める。

 

「……ぐっ!」

 

 だが、もう一本。

 

 左手の氷輪丸が、その脇腹を浅く切り裂いた。

 

「……っ!」

 

 ゾマリが大きく距離を取る。

 

 分身が消えた。

 

「……あり得ん」

 

 その表情に、初めて明確な動揺が浮かんでいた。

 

「私の響転は、十刃最速……!」

 

「……そうなのですか?」

 

 冬華は少し首を傾げた。

 

「ですが、私の瞬歩の方が速いみたいですね」

 

「……っ!」

 

 ゾマリの表情が歪む。

 

 冬華は静かに刀を構え直した。

 

「……まだ、続けますか?」

 

「……当然だ」

 

 ゾマリが低く答えた。

 

「藍染様に仕える私が、貴様ごときに敗れるわけにはいかん」

 

 そして。

 

 ゆっくりと刀を持ち上げる。

 

「……見せてやろう」

 

 その霊圧が、急激に膨れ上がった。

 

「――鎮まれ、呪眼僧伽」

 

 ――ゴオオオオッ!

 

「……!」

 

 冬華は咄嗟に距離を取った。

 

 凄まじい霊圧が、室内を満たしていく。

 

 ゾマリの身体が変貌する。

 

 下半身が巨大な球根のような形状となり、その全身に無数の眼が現れた。

 

「……これが、帰刃」

 

 冬華は静かに呟いた。

 

 ゾマリが笑う。

 

「……終わりだ、死神」

 

 その眼の一つが、冬華へ向けられた。

 

「――愛(アモール)」

 

 ――ギンッ!

 

「……!」

 

 冬華は瞬歩で横へ跳んだ。

 

 直後。

 

 背後の壁に、奇妙な眼の紋様が浮かび上がる。

 

「……これは」

 

 冬華が目を細める。

 

「私の眼が捉えたものは、私の支配下に置かれる」

 

 ゾマリが静かに告げた。

 

「貴様の身体も、例外ではない」

 

「……なるほど」

 

 冬華は小さく頷いた。

 

「随分と厄介な能力ですね」

 

「理解したところで、逃れられはせん」

 

 複数の眼が、一斉に冬華へ向けられる。

 

 しかし。

 

「――氷輪丸!」

 

 ――ゴオオッ!

 

 冬華の前方に、巨大な氷壁が出現した。

 

 次の瞬間。

 

 その表面に、いくつもの眼の紋様が浮かび上がる。

 

「……!」

 

 冬華はそれを確認すると、即座に刀を振った。

 

 ――パキィンッ!

 

 氷壁が砕け散る。

 

 支配された氷が、無数の破片となって床へ落ちた。

 

「……ほう」

 

 ゾマリが目を細める。

 

「私の能力を防いだか」

 

「……防いだというより」

 

 冬華は静かに答えた。

 

「代わりに、氷を支配されたみたいですね」

 

 氷を操るのは、冬華自身。

 

 だが、アモールを受けた氷は、ゾマリの支配下に置かれる。

 

 ならば。

 

(……支配された部分を、すぐに切り離せばいい)

 

 冬華は二本の氷輪丸を構えた。

 

「……では、続けましょう!」

 

     ◇

 

 ――ゴオオオッ!

 

 氷雪が吹き荒れる。

 

 冬華は氷壁を次々と展開し、ゾマリの眼から放たれる支配攻撃を遮断していた。

 

 しかし。

 

「……無駄だ!」

 

 ゾマリが叫ぶ。

 

 無数の眼が、異なる方向へ向けられる。

 

 壁。

 

 床。

 

 天井。

 

 次々と眼の紋様が浮かび上がっていく。

 

「……っ!」

 

 冬華は瞬歩で移動しながら、周囲を見渡した。

 

 支配された物体が増えている。

 

 このままでは、戦場そのものがゾマリの武器になりかねない。

 

「……ならば!」

 

 冬華が左手の氷輪丸を振るう。

 

「――竜霰架!」

 

 ――ゴオオオッ!

 

 巨大な氷竜が、ゾマリへ向かって突進した。

 

「……愚かな!」

 

 ゾマリの眼が、氷竜へ向けられる。

 

 その頭部に、眼の紋様が浮かんだ。

 

 だが。

 

「……今です!」

 

 冬華が右手の氷輪丸を振り下ろす。

 

 ――パキィンッ!

 

 氷竜の頭部が砕け散った。

 

 支配された部分だけが切り離され、残る氷がゾマリの周囲へ広がる。

 

「……何!?」

 

 ゾマリが目を見開く。

 

 その瞬間。

 

 冬華の姿が消えた。

 

 ――シュンッ!

 

「……っ!」

 

 ゾマリが慌てて眼を動かす。

 

 しかし、遅い。

 

「――縛道の八十一、断空!」

 

 ――ドンッ!

 

 透明な障壁が、ゾマリの眼と冬華の間に出現した。

 

 直後、障壁の表面に眼の紋様が浮かぶ。

 

「……!」

 

 冬華は即座に障壁の維持を解き、さらに瞬歩で移動した。

 

(……鬼道の障壁でも、完全には防げませんか)

 

 だが、攻撃を受け止める時間は稼げる。

 

 それだけで十分だった。

 

「……貴様!」

 

 ゾマリが声を荒らげる。

 

「なぜ、そこまで動ける!」

 

「……ふふっ」

 

 冬華は微笑んだ。

 

「ずっと、修行してきましたから!」

 

 ――シュンッ!

 

 再び姿が消える。

 

 ゾマリの眼が追う。

 

 だが、捉えられない。

 

 右。

 

 左。

 

 背後。

 

 天井。

 

 冬華は瞬歩を繰り返しながら、ゾマリの周囲に氷を展開していく。

 

「……っ!」

 

 ゾマリはようやく気づいた。

 

 自分が、追い込まれていることに。

 

「……貴様、何を……!」

 

「……そろそろ、終わりにしましょうか」

 

 冬華は静かに告げた。

 

 その直後。

 

 ゾマリの眼の一つが、倒れたルキアへ向けられた。

 

「……!」

 

 冬華の表情が変わる。

 

「――させません!」

 

 ――ドンッ!

 

 ルキアの前に、厚い氷壁が出現する。

 

 その表面に、眼の紋様が浮かんだ。

 

 冬華はすぐさま氷壁を砕き、別の氷壁を展開した。

 

「……貴様!」

 

 ゾマリが叫ぶ。

 

「そこまでして、その死神を守るか!」

 

「……当然です!」

 

 冬華はまっすぐに答えた。

 

「ルキアさんは、私の大切な仲間です!」

 

「……くだらん!」

 

 ゾマリの眼が、一斉に冬華へ向けられる。

 

「ならば、まとめて支配してやろう!」

 

 だが。

 

「……残念ですけど」

 

 冬華は小さく微笑んだ。

 

「もう、準備はできています!」

 

 ――ゴゴゴゴッ!

 

「……何!?」

 

 ゾマリの周囲で、床が凍りつき始めた。

 

 壁。

 

 天井。

 

 そして、足元。

 

 先ほどから冬華が展開していた氷が、一斉に成長する。

 

「……これは!」

 

 ゾマリが目を見開いた。

 

 逃げようとする。

 

 しかし。

 

「――双竜氷獄!」

 

 ――ゴオオオオオッ!!

 

 二匹の巨大な氷竜が、左右から襲いかかった。

 

「……馬鹿な!?」

 

 ゾマリが眼を向ける。

 

 だが、氷竜は複数の氷柱を巻き込みながら、その巨体でゾマリを包囲していた。

 

 一部が支配されても、すべてを止めることはできない。

 

「……っ!」

 

 逃げ道はない。

 

 そして。

 

 ――ドォォォンッ!!

 

 二匹の氷竜が、ゾマリを挟み込んだ。

 

「……ぐあああっ!!」

 

 凄まじい冷気が爆発する。

 

 床から伸びた氷柱が、ゾマリの身体を固定。

 

 さらに、天井から降り注いだ氷が、その周囲を覆い尽くした。

 

 ――パキパキパキッ!

 

「……っ!?」

 

 ゾマリが必死に身体を動かそうとする。

 

 しかし、動かない。

 

 巨大な氷の牢獄。

 

 その中央に、ゾマリは完全に捕らえられていた。

 

「……終わりです」

 

 冬華は静かに告げた。

 

 そして、右手の氷輪丸を掲げる。

 

「……もう一つ」

 

 ――パキィンッ!

 

「……なっ!?」

 

 ゾマリの全身に存在する眼。

 

 その一つ一つを、薄い氷が覆い始めた。

 

 額。

 

 胸。

 

 腕。

 

 球根状の下半身。

 

 すべての眼が、次々と氷によって塞がれていく。

 

「……や、やめろ!」

 

 ゾマリが叫んだ。

 

「私の眼を……!」

 

「……安心してください」

 

 冬華は静かに答えた。

 

「眼を傷つけるつもりはありません。ただ、能力を使えないようにしているだけです」

 

「……っ!」

 

 最後の眼が、氷に覆われる。

 

 ――パキンッ!

 

 そして。

 

 静寂が訪れた。

 

     ◇

 

「……さて」

 

 冬華は氷の牢獄へ近づいた。

 

 ゾマリは身体を拘束されたまま、歯を食いしばっている。

 

「……もう勝負はつきました」

 

 冬華は穏やかに告げた。

 

「降伏してください」

 

「……何?」

 

「これ以上、戦う必要はありません」

 

「……ふざけるな!」

 

 ゾマリが怒鳴った。

 

「私に、死神へ降伏しろと言うのか!」

 

「……はい」

 

 冬華は頷いた。

 

「あなたがこれ以上抵抗しないのであれば、命まで奪うつもりはありません」

 

「……戯言を!」

 

 ゾマリが激しく身体を動かそうとする。

 

 しかし、氷の拘束はびくともしない。

 

「私は……藍染様に忠誠を誓った身!」

 

「…………」

 

「貴様ら死神などに、屈するものか!」

 

 冬華は静かにゾマリを見つめた。

 

 その表情に、怒りはない。

 

「……そうですか」

 

 小さく息を吐く。

 

「でしたら、しばらくそのままでいてください」

 

「……何?」

 

「降伏していただけない以上、拘束は解除できません」

 

 冬華は氷輪丸を構え直した。

 

「ですが、すでに戦闘不能の相手を殺す必要もありませんから」

 

「……貴様!」

 

 ゾマリが声を荒らげる。

 

「私を愚弄するつもりか!」

 

「いいえ」

 

 冬華は首を振った。

 

「あなたが強いことは、十分に分かりました」

 

「……!」

 

「だからこそ、これ以上戦う必要はないと思うんです」

 

 ゾマリは何も答えなかった。

 

 ただ、悔しそうに歯を食いしばる。

 

 冬華はその様子を確認すると、氷の拘束をさらに補強した。

 

 能力を封じたとはいえ、相手は十刃。

 

 油断するわけにはいかない。

 

「……これで、よし」

 

 そして。

 

 冬華は振り返った。

 

「――ルキアさん!」

 

     ◇

 

「……ルキアさん!」

 

 冬華は倒れたルキアの傍らへ駆け寄った。

 

 膝をつき、傷の状態を確認する。

 

「……ひどい」

 

 胸元には深い傷。

 

 霊圧も、著しく弱まっている。

 

 しかし。

 

「……よかった」

 

 冬華は小さく息を吐いた。

 

 まだ、生きている。

 

 すぐに治療すれば、助かるはずだ。

 

「……ルキアさん」

 

 そっと肩へ手を添える。

 

「もう大丈夫ですよ」

 

 その時。

 

「……う……」

 

「……!」

 

 ルキアの唇が、微かに動いた。

 

「……にい……さま……」

 

 冬華の目が見開かれる。

 

「……ルキアさん!」

 

「……にい……さま……?」

 

 うっすらと、ルキアの目が開いた。

 

 しかし、そこにいたのは兄ではなかった。

 

 銀白色の髪。

 

 翡翠色の瞳。

 

 見覚えのある、可憐な少女。

 

「……ひつ……がや……隊長……?」

 

「……はい!」

 

 冬華は嬉しそうに微笑んだ。

 

「助けに来ました!」

 

「……なぜ……ここに……」

 

「救援部隊として、虚圏へ来たんです」

 

「……そう……か……」

 

 ルキアの表情が、僅かに和らいだ。

 

「……すま……ない……」

 

「……謝らないでください!」

 

 冬華は首を振った。

 

「今は、ゆっくり休んでください」

 

「…………」

 

「必ず、助けますから」

 

 ルキアは何かを言おうとした。

 

 しかし、そのまま再び意識を失った。

 

「……ルキアさん」

 

 冬華は静かに目を伏せた。

 

 そして、伝令機を取り出す。

 

「――こちら、日番谷冬華です!」

 

 通信をつなぐ。

 

「卯ノ花隊長、聞こえますか!」

 

『……はい。日番谷隊長』

 

 穏やかな声が返ってきた。

 

「ルキアさんを発見しました!」

 

『……!』

 

「ですが、重傷です。すぐに治療が必要です!」

 

『分かりました。現在地を教えてください』

 

「はい!」

 

 冬華は周囲の構造と霊圧の位置を確認し、場所を伝える。

 

『承知しました。勇音とともに向かいます』

 

「ありがとうございます!」

 

『日番谷隊長』

 

「はい?」

 

『それまで、朽木さんをお願いしますね』

 

「……はい!」

 

 冬華は力強く頷いた。

 

「お任せください!」

 

 通信が切れる。

 

 冬華はルキアの傍らへ座り、傷口の状態を確認しながら、できる範囲で霊圧を安定させた。

 

 回道の専門家ではない。

 

 だが、応急処置程度なら行える。

 

「……もう少しだけ、頑張ってくださいね」

 

 静かに声をかける。

 

 その視線が、ふと氷の牢獄へ向けられた。

 

 ゾマリは、依然として拘束されたままだ。

 

 冬華は伝令機を操作し、捕縛した十刃についても報告を送った。

 

 そして。

 

 しばらくして。

 

「――日番谷隊長!」

 

「……!」

 

 聞き慣れた声が響いた。

 

 振り返ると、卯ノ花烈と虎徹勇音が駆け寄ってくるところだった。

 

「卯ノ花隊長!」

 

 冬華は立ち上がった。

 

「こちらです!」

 

 卯ノ花はすぐにルキアの傍らへ膝をついた。

 

「……これは」

 

 その表情が、僅かに険しくなる。

 

「勇音」

 

「はい!」

 

「すぐに治療を始めます」

 

「承知しました!」

 

 二人が回道を発動する。

 

 淡い光が、ルキアの身体を包み込んだ。

 

「……卯ノ花隊長」

 

 冬華が心配そうに声をかける。

 

「ルキアさんは……」

 

「……大丈夫です」

 

 卯ノ花は優しく微笑んだ。

 

「間に合いましたよ」

 

「……!」

 

 冬華の表情が明るくなる。

 

「……よかった!」

 

 胸の奥から、安堵の息が漏れた。

 

 その時。

 

「……ところで」

 

 卯ノ花が、部屋の奥へ視線を向けた。

 

「日番谷隊長。あちらは……?」

 

「……あっ!」

 

 冬華が振り返る。

 

 そこには、巨大な氷の牢獄。

 

 そして、その中に捕らえられたゾマリの姿があった。

 

「第七十刃、ゾマリ・ルルーです!」

 

「……十刃を?」

 

「はい!」

 

 冬華は頷いた。

 

「戦闘不能にして、捕縛しました!」

 

「……まあ」

 

 卯ノ花が僅かに目を見開く。

 

 そして、穏やかに微笑んだ。

 

「さすがですね、日番谷隊長」

 

「……えへへ」

 

 冬華は少し照れたように笑った。

 

「ありがとうございます!」

 

 だが、すぐに表情を引き締める。

 

「能力が厄介なので、全身の眼を氷で封じています。拘束を解除する際は、十分に注意してください」

 

「分かりました」

 

 卯ノ花が頷いた。

 

「こちらでも監視しておきましょう」

 

「ありがとうございます!」

 

 冬華は深く頭を下げた。

 

 そして、倒れたルキアへ視線を向ける。

 

「……ルキアさん」

 

 その表情が、柔らかくなる。

 

(……約束、守れましたよ)

 

 朽木隊長。

 

 大切な妹さんは、無事です。

 

     ◇

 

 ルキアの治療が始まったことを確認した冬華は、立ち上がった。

 

「……卯ノ花隊長」

 

「はい?」

 

「私は、他の皆さんを探しに行きます」

 

「……そうですね」

 

 卯ノ花は頷いた。

 

「こちらは私たちに任せてください」

 

「はい!」

 

 冬華は二本の氷輪丸を背中へ収めた。

 

 そして、部屋の出口へ向かう。

 

 だが。

 

 その足が、ふと止まった。

 

「……!」

 

 遠くから、強大な霊圧が伝わってきた。

 

 一つではない。

 

 複数の霊圧が、虚夜宮の奥で激しくぶつかり合っている。

 

 その中に。

 

「……一護さん!」

 

 冬華の瞳が見開かれた。

 

 間違いない。

 

 黒崎一護の霊圧だ。

 

 しかし、その近くには、もう一つ。

 

 冷たく、重く、底知れない霊圧が存在していた。

 

「……これは」

 

 冬華の表情が引き締まる。

 

 明らかに、これまでの破面とは違う。

 

 相当な実力者だ。

 

「……卯ノ花隊長!」

 

「はい」

 

「一護さんの霊圧を見つけました!」

 

「……!」

 

「かなり強い敵と交戦しているようです。私、向かいます!」

 

 卯ノ花は静かに頷いた。

 

「お気をつけて」

 

「はい!」

 

 冬華は笑顔を見せた。

 

 そして。

 

「――行ってきます!」

 

 ――シュンッ!

 

 銀白色の髪が翻る。

 

 白い隊長羽織をなびかせ、小さな身体が回廊の向こうへ消えていった。

 

 向かう先は、虚夜宮の奥。

 

 そこでは今、一護たちの新たな戦いが始まろうとしていた。

 

(……待っていてください、一護さん!)

 

 冬華は速度を上げた。

 

(……すぐに行きますから!)

 

 ――第36話『呪眼僧伽』・完。




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