日番谷に転生した   作:使い手なない

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第37話「黒翼大魔」

 

 虚圏、虚夜宮。

 

 ――ドォォォンッ!!

 

 凄まじい轟音とともに、白亜の壁が砕け散った。

 

「――ぐあっ!!」

 

 黒崎一護の身体が、瓦礫の中へ叩きつけられる。

 

 その顔には、白い仮面。

 

 手には、漆黒の斬魄刀――天鎖斬月。

 

 卍解と虚化。

 

 現在の一護が持つ、最大限の力だった。

 

 しかし。

 

「……その程度か」

 

 冷たい声が響いた。

 

 崩れた壁の向こう。

 

 巨大な黒い翼を広げた、一人の破面が宙に浮かんでいる。

 

 頭部には角を思わせる兜。

 

 白い衣装を纏った身体。

 

 そして、その手には緑色の光の槍。

 

 第四十刃。

 

 ウルキオラ・シファー。

 

 帰刃――黒翼大魔。

 

「……くそっ!」

 

 一護が瓦礫を押しのけて立ち上がる。

 

 しかし、足元がふらついた。

 

 全身には無数の傷。

 

 呼吸も荒い。

 

 すでに限界が近づいていた。

 

「……まだだ!」

 

 一護は天鎖斬月を握り直した。

 

「俺は……井上を連れて帰るんだ!」

 

「……無意味だ」

 

 ウルキオラが静かに告げる。

 

「貴様が何を望もうと、力の差は埋まらない」

 

 その姿が消えた。

 

「……っ!?」

 

 ――シュンッ!

 

 次の瞬間。

 

 ウルキオラは、一護の眼前に現れていた。

 

「……終わりだ」

 

 緑色の光の槍が、一護の胸へ向けられる。

 

「――黒崎くん!!」

 

 少し離れた場所で、井上織姫が悲鳴を上げた。

 

 しかし。

 

 一護には、もう避ける余裕がなかった。

 

(……くそっ!)

 

 その時だった。

 

「――させません!!」

 

 ――キィィィンッ!!

 

「……!?」

 

 甲高い金属音が響いた。

 

 ウルキオラの光の槍が、横から弾かれる。

 

 そして。

 

 一護の前に、小柄な少女が降り立った。

 

 銀白色の髪。

 

 鮮やかな翡翠色の瞳。

 

 白い隊長羽織。

 

 両手には、二本の斬魄刀。

 

「……間に合いました!」

 

 少女が小さく息を吐く。

 

 一護は、その背中を呆然と見つめた。

 

「……え?」

 

 見覚えがある。

 

 いや、見間違えるはずがない。

 

「……冬華、姉ちゃん……?」

 

 日番谷冬華。

 

 護廷十三隊、十番隊隊長。

 

 その少女が、振り返った。

 

「一護さん!」

 

 いつもの、優しい笑顔。

 

「助けに来ました!」

 

「……なんで、ここに……!?」

 

「救援部隊として来たんです!」

 

 冬華は一護の身体を見て、表情を曇らせた。

 

「……ひどい傷ですね」

 

「いや、俺はまだ……!」

 

「無理をしないでください!」

 

 冬華はきっぱりと言った。

 

「ここからは、私が引き受けます!」

 

「……でも!」

 

「一護さん」

 

 冬華は穏やかに微笑んだ。

 

「井上さんを、お願いします」

 

「……!」

 

 一護が目を見開く。

 

 冬華は続けた。

 

「私が戦っている間、一護さんは傷を治してください。井上さんも、お願いしますね!」

 

「……日番谷隊長……!」

 

 織姫が頷いた。

 

「はい!」

 

 一護は悔しそうに拳を握った。

 

 だが、自分の身体が限界に近いことも分かっていた。

 

「……分かった」

 

 そして。

 

「冬華姉ちゃん……頼む!」

 

「はい!」

 

 冬華は力強く頷いた。

 

「お任せください!」

 

     ◇

 

「……隊長か」

 

 ウルキオラが静かに口を開いた。

 

 その緑色の瞳が、冬華を捉える。

 

「護廷十三隊、十番隊隊長。日番谷冬華」

 

「……!」

 

 冬華が僅かに目を細める。

 

「私をご存じなのですか?」

 

「……藍染様から聞いている」

 

 ウルキオラは淡々と答えた。

 

「二本の斬魄刀を操る、氷雪系の死神」

 

「……なるほど」

 

 冬華は小さく頷いた。

 

「随分と詳しいですね」

 

「……貴様も侵入者であることに変わりはない」

 

 ウルキオラが光の槍を構え直す。

 

「ここで排除する」

 

「……できれば、戦いたくはないのですが」

 

 冬華は小さく息を吐いた。

 

「一護さんたちを見逃していただけませんか?」

 

「断る」

 

 即答だった。

 

「……そうですか」

 

 冬華の翡翠色の瞳が鋭くなる。

 

「でしたら、仕方ありませんね」

 

 二本の氷輪丸を構える。

 

「――お相手します!」

 

 ――シュンッ!

 

 冬華の姿が消えた。

 

「……!」

 

 ウルキオラの目が動く。

 

 右。

 

 ――キィンッ!!

 

 光の槍と氷輪丸が衝突した。

 

 しかし。

 

 ――ヒュンッ!

 

 もう一本の氷輪丸が、間髪入れずに襲いかかる。

 

「……っ!」

 

 ウルキオラが身体を捻った。

 

 刃が白い衣装を切り裂く。

 

「……ほう」

 

 ウルキオラが小さく呟く。

 

「速いな」

 

「……ありがとうございます!」

 

 冬華は微笑んだ。

 

 だが、攻撃は止まらない。

 

 ――キィンッ! キィンッ!

 

 右。

 

 左。

 

 さらに踏み込み、斜め下から斬り上げる。

 

 ウルキオラは光の槍で応戦する。

 

 しかし。

 

「……!」

 

 冬華の攻撃は、単純な速度だけではなかった。

 

 左右の刀が、異なる軌道を描く。

 

 一撃を受け止めれば、次の刃が別の角度から迫る。

 

 反撃しようとすれば、もう一本の刀がその動きを妨げる。

 

 そして。

 

 ――ザシュッ!

 

「……っ!」

 

 ウルキオラの肩に、鋭い傷が走った。

 

 鮮血が飛び散る。

 

「……!」

 

 ウルキオラが後退する。

 

 しかし、冬華は逃さない。

 

 ――シュンッ!

 

「――こちらです!」

 

 背後へ回り込む。

 

 ――キィンッ!

 

 光の槍が、辛うじて右手の氷輪丸を受け止めた。

 

 だが。

 

 ――ザシュッ!

 

 左手の氷輪丸が、ウルキオラの脇腹を切り裂いた。

 

「……っ!」

 

 ウルキオラが大きく距離を取る。

 

 冬華も追撃を止め、二本の刀を構え直した。

 

「……やはり、強いですね」

 

 冬華が静かに告げる。

 

「今の攻撃も、もう少し深く入ると思ったのですが」

 

「…………」

 

 ウルキオラは無言で自分の傷へ視線を向けた。

 

 そして。

 

 ――シュウウッ。

 

「……!」

 

 冬華の瞳が僅かに見開かれる。

 

 傷が、塞がっていく。

 

 切り裂かれた肉体が再生し、流れていた血が止まった。

 

「……超速再生ですか」

 

 冬華が呟いた。

 

「厄介ですね」

 

「……驚かんのか」

 

「少しは驚いていますよ?」

 

 冬華は苦笑する。

 

「せっかく傷をつけたのに、治ってしまいましたから」

 

「…………」

 

 ウルキオラは、静かに冬華を見つめた。

 

     ◇

 

「……嘘だろ」

 

 少し離れた場所。

 

 一護は、目の前で繰り広げられる戦闘を呆然と見つめていた。

 

 織姫の双天帰盾が、一護の傷を治療している。

 

 しかし、その視線は冬華から離れない。

 

「……冬華姉ちゃん、あいつと普通に戦えてんのかよ……!」

 

 自分は、虚化しても歯が立たなかった。

 

 それなのに。

 

 冬華は二本の刀を操り、ウルキオラを押している。

 

 しかも、卍解すら使用していない。

 

「……すごい」

 

 織姫も思わず呟いた。

 

「日番谷隊長……あんなに強かったんだ……」

 

「……ああ」

 

 一護が頷く。

 

「強いのは知ってたけどよ……」

 

 その目が、さらに大きく見開かれる。

 

「……ここまでとは思わなかったぜ」

 

 その時。

 

 ウルキオラが、ゆっくりと右手を持ち上げた。

 

     ◇

 

「……!」

 

 冬華は、ウルキオラの指先へ視線を向けた。

 

 そこに、霊圧が集まり始めている。

 

 だが、先ほどまでとは色が違った。

 

 漆黒。

 

 周囲の空気を呑み込むような、黒い霊圧。

 

「……ならば、これはどうだ」

 

 ウルキオラが静かに告げる。

 

「――黒虚閃」

 

 ――ドォォォンッ!!

 

 黒い奔流が、冬華へ襲いかかった。

 

「……っ!」

 

 冬華は咄嗟に瞬歩を発動した。

 

 直後。

 

 ――ズガァァァンッ!!

 

 先ほどまで立っていた場所が、黒い虚閃に呑み込まれる。

 

 白い床が消し飛び、背後の壁が崩壊した。

 

「……危ないですね!」

 

 冬華は空中で体勢を整えた。

 

 しかし。

 

「……余所見か」

 

「……!」

 

 ――シュンッ!

 

 ウルキオラが眼前に現れた。

 

 光の槍が、鋭く振り下ろされる。

 

 ――ガキィンッ!!

 

「……っ!」

 

 冬華は二本の氷輪丸を交差させた。

 

 強烈な衝撃。

 

 足元の床が砕ける。

 

 だが、冬華は踏みとどまった。

 

「――はあっ!」

 

 ――キィンッ!

 

 右手の刀で光の槍を弾く。

 

 同時に、左手の氷輪丸を振り抜いた。

 

 ――ザシュッ!

 

「……!」

 

 ウルキオラの胸元に傷が走る。

 

 しかし、今度はすぐに反撃が来た。

 

 ――ドンッ!

 

 黒い翼が、冬華へ叩きつけられる。

 

「……っ!」

 

 冬華は咄嗟に後方へ跳んだ。

 

 だが、翼の先端が隊長羽織を掠める。

 

 ――ビリッ!

 

「……あっ」

 

 冬華が一瞬、目を丸くした。

 

 白い隊長羽織の裾が、僅かに裂けている。

 

「……羽織が」

 

 小さく呟く。

 

「破れてしまいました……」

 

「…………」

 

 ウルキオラは無言で冬華を見つめた。

 

「……戦闘中に気にすることか」

 

「……すみません」

 

 冬華は少し困ったように笑った。

 

「大切なものなので」

 

 そして。

 

 すぐに表情を引き締める。

 

「ですが、今は戦闘に集中します!」

 

 ――シュンッ!

 

 冬華が再び踏み込んだ。

 

 ――キィンッ!

 

 光の槍と氷輪丸が激突する。

 

 さらに。

 

「――竜霰架!」

 

 ――ゴオオオッ!!

 

 氷雪がウルキオラの周囲に広がり、鋭い氷の柱となって突き出した。

 

「……!」

 

 ウルキオラは翼を広げ、上空へ逃れる。

 

 しかし。

 

 冬華はすでに、その動きを読んでいた。

 

 ――シュンッ!

 

「……!」

 

 ウルキオラの頭上。

 

 冬華が、二本の氷輪丸を振り下ろす。

 

 ――ガキィンッ!!

 

「……ぐっ!」

 

 ウルキオラの身体が、地面へ叩き落とされた。

 

 ――ドォォンッ!!

 

 白い床が砕け散る。

 

 さらに。

 

 ――パキパキパキッ!

 

 周囲の床から、巨大な氷柱が突き出した。

 

 ウルキオラの退路を塞ぐ。

 

「……!」

 

 冬華が着地する。

 

 そして、二本の氷輪丸を構え直した。

 

「……そろそろ、終わりにしませんか?」

 

「…………」

 

 ウルキオラは、ゆっくりと立ち上がった。

 

 傷は再生している。

 

 しかし、その表情には僅かな変化があった。

 

「……なるほど」

 

 静かに呟く。

 

「貴様の実力は理解した」

 

「……ありがとうございます」

 

 冬華は小さく頷いた。

 

「ですが、これ以上戦う必要はありません」

 

「……必要がない?」

 

「はい」

 

 冬華は穏やかに答えた。

 

「私たちを見逃していただければ、それで終わりです」

 

「…………」

 

 ウルキオラは、しばらく冬華を見つめていた。

 

 そして。

 

「……思い上がるな」

 

 低い声が響いた。

 

「貴様は、まだ俺のすべてを見たわけではない」

 

「……!」

 

 冬華の表情が引き締まる。

 

 ウルキオラが、ゆっくりと翼を広げた。

 

「……見せてやろう」

 

 その周囲で、霊圧が膨れ上がっていく。

 

「俺の、もう一つの姿を」

 

     ◇

 

 ――ゴオオオオオッ!!

 

「……っ!?」

 

 凄まじい霊圧が、虚夜宮を揺るがした。

 

 黒い奔流が、ウルキオラの身体を包み込む。

 

 ――ドォォォンッ!!

 

 床が砕け散る。

 

 壁が軋み、天井が震える。

 

「……これは!」

 

 冬華は両足に霊圧を集中させた。

 

 吹き荒れる霊圧の中、二本の氷輪丸を構え続ける。

 

「……何だよ、これ……!」

 

 離れた場所で、一護が目を見開いた。

 

 織姫も、思わず身を縮める。

 

「……黒崎くん……!」

 

「……ああ」

 

 一護が歯を食いしばった。

 

「……まだ、こんな力を隠してやがったのか……!」

 

 その時。

 

 ウルキオラの声が響いた。

 

「――刀剣解放第二階層」

 

 ――ゴオオオオオオッ!!

 

 黒い霊圧が、さらに膨れ上がった。

 

 そして。

 

 ゆっくりと、その奔流が晴れていく。

 

「…………」

 

 冬華は息を呑んだ。

 

 そこにいたのは、先ほどまでとは異なる姿のウルキオラだった。

 

 頭部から伸びる、長く鋭い角。

 

 漆黒の翼。

 

 黒い毛皮に覆われた四肢。

 

 そして、細長い尾。

 

 胸元には、虚の孔。

 

 まるで、悪魔そのもの。

 

「……これが」

 

 冬華は静かに呟いた。

 

「第二階層……」

 

「……そうだ」

 

 ウルキオラが答える。

 

「この姿を、藍染様にもお見せしたことはない」

 

「……!」

 

「貴様には、特別に見せてやろう」

 

 その緑色の瞳が、冬華を捉えた。

 

「……絶望を」

 

 ――シュンッ!

 

「……!?」

 

 冬華の目が見開かれた。

 

 速い。

 

 先ほどまでとは、比較にならない。

 

 次の瞬間。

 

 ――ドォンッ!!

 

「……ぐっ!」

 

 強烈な蹴りが、冬華の腹部へ迫った。

 

 咄嗟に二本の氷輪丸を交差させる。

 

 さらに、腕と腹部へ霊圧を集中。

 

 幾層もの霊圧の膜を形成した。

 

 しかし。

 

 ――ガキィンッ!!

 

「……がはっ!」

 

 衝撃が、防御を貫いた。

 

 小柄な身体が、後方へ吹き飛ばされる。

 

 ――ドォォンッ!!

 

 冬華は白い壁に激突した。

 

 壁が大きく陥没し、無数の亀裂が走る。

 

 そのまま床へ崩れ落ちた。

 

「――冬華姉ちゃん!!」

 

 一護が叫ぶ。

 

 しかし。

 

 ――パラパラッ。

 

 瓦礫の中から、冬華が立ち上がった。

 

「……っ、はあ……!」

 

 口元から、鮮血が滴る。

 

 腹部に鈍い痛みが走っていた。

 

(……肋骨が……)

 

 折れてはいない。

 

 だが、何本か痛めたらしい。

 

 霊圧の膜で衝撃を和らげたはずだった。

 

 それでも、ここまでの損傷を受けている。

 

(……防御していなければ、危なかったですね)

 

 冬華は血を拭い、二本の氷輪丸を握り直した。

 

「……なるほど」

 

 苦しげに息を吐く。

 

「これは、相当ですね……」

 

「……まだ立てるか」

 

 ウルキオラが無表情で告げる。

 

「だが、いつまで耐えられる?」

 

「……そうですね」

 

 冬華は呼吸を整えた。

 

「少し、厳しそうです」

 

「……ならば」

 

 ウルキオラの姿が消えた。

 

「……終わりだ」

 

 ――シュンッ!

 

「……!」

 

 冬華は咄嗟に瞬歩を発動した。

 

 ――ドォンッ!!

 

 直後。

 

 先ほどまで立っていた場所が、凄まじい衝撃で粉砕される。

 

 だが。

 

「……遅い」

 

「……!?」

 

 背後。

 

 ――ドンッ!!

 

 ウルキオラの拳が、冬華の左肩へ叩き込まれた。

 

「――ああっ!!」

 

 鈍い衝撃が走る。

 

 左腕から、一瞬だけ力が抜けた。

 

 ――ドォォンッ!!

 

 冬華の身体が、床を跳ねる。

 

 転がりながら、辛うじて体勢を立て直す。

 

 しかし。

 

 ――シュンッ!

 

「……っ!」

 

 ウルキオラが、すでに眼前にいた。

 

 鋭い爪が、冬華へ迫る。

 

 ――ザシュッ!!

 

「……あっ!」

 

 左肩から、鮮血が散った。

 

 隊長羽織が切り裂かれ、白い布が赤く染まる。

 

 冬華は歯を食いしばり、右手の氷輪丸を振り抜いた。

 

「――はあっ!」

 

 ――キィンッ!!

 

 ウルキオラは片腕で、その刃を弾いた。

 

 そして。

 

 ――ドンッ!!

 

「……ぐっ!」

 

 腹部へ、さらに一撃。

 

 冬華の身体が大きく吹き飛ばされる。

 

 ――ドォォンッ!!

 

 床へ叩きつけられた冬華は、苦しげに咳き込んだ。

 

「……ごほっ!」

 

 口元から、血が零れる。

 

 左肩が熱い。

 

 腹部も痛む。

 

 呼吸をするたび、肋骨が軋んだ。

 

 それでも。

 

 冬華は、二本の氷輪丸を手放さなかった。

 

「…………」

 

 ウルキオラが静かに見下ろす。

 

「……貴様の技量は認めよう」

 

 その声に、感情はない。

 

「だが、それだけでは埋まらない差がある」

 

「……ええ」

 

 冬華は、ゆっくりと身体を起こした。

 

「……そのようですね」

 

 額から流れた血が、頬を伝う。

 

 白い隊長羽織は破れ、左肩は赤く染まっていた。

 

 それでも、翡翠色の瞳から闘志は消えていない。

 

「……ですが」

 

 冬華は刀を構え直した。

 

「まだ、終わっていません!」

 

     ◇

 

「――冬華姉ちゃんッ!!」

 

 一護の叫びが響いた。

 

 目の前で、冬華が血を流している。

 

 あの冬華が。

 

 幼い頃から、自分を気にかけてくれていた少女が。

 

 何度も助けてくれた、大切な人が。

 

 傷だらけになっていた。

 

「……くそっ!」

 

 一護は天鎖斬月を握り直した。

 

 そして、立ち上がろうとする。

 

「黒崎くん!?」

 

 織姫が慌てて声を上げた。

 

「まだ傷が治りきってないよ!」

 

「分かってる!」

 

 一護は歯を食いしばった。

 

「けど……!」

 

 その視線が、冬華へ向けられる。

 

「……あんなの見て、黙ってられるかよ!!」

 

「……黒崎くん……」

 

「冬華姉ちゃんが……!」

 

 一護の声が震えた。

 

「殺されちまうだろうが!!」

 

 再び立ち上がろうとする。

 

 しかし、膝が折れた。

 

「……っ!」

 

 まだ身体が言うことを聞かない。

 

 それが、どうしようもなく悔しかった。

 

「……くそっ……!」

 

 その時だった。

 

「――一護さん!」

 

 冬華の声が響いた。

 

「……!」

 

 一護が顔を上げる。

 

 少し離れた場所。

 

 冬華が、こちらを見ていた。

 

 左肩から血を流しながら。

 

 それでも。

 

 いつものように、優しく微笑んでいた。

 

「……大丈夫です」

 

「……冬華姉ちゃん……!」

 

「私を、信じてください」

 

 冬華は穏やかに告げた。

 

「一護さんは、井上さんのそばにいてあげてくださいね」

 

「……っ!」

 

 一護は唇を噛んだ。

 

 助けたい。

 

 今すぐ、あの場所へ飛び出したい。

 

 だが。

 

 冬華の瞳は、まっすぐだった。

 

 恐怖に屈しているわけでも、無理に強がっているわけでもない。

 

 自分の力を信じて、戦おうとしている。

 

「……分かった」

 

 一護は、拳を握りしめた。

 

「……でも!」

 

 声を張り上げる。

 

「絶対に死ぬなよ!!」

 

 冬華は、一瞬だけ目を丸くした。

 

 そして。

 

「……はい!」

 

 嬉しそうに微笑んだ。

 

「もちろんです!」

 

     ◇

 

「……茶番は終わったか」

 

 ウルキオラが静かに告げた。

 

「……すみません」

 

 冬華は、ゆっくりと振り返った。

 

「お待たせしました」

 

「……貴様は、まだ戦うつもりか」

 

「はい」

 

 即答だった。

 

 冬華は、二本の氷輪丸を握り直す。

 

「一護さんたちを、守らなければなりませんから」

 

「……理解できんな」

 

 ウルキオラが目を細めた。

 

「そこまで傷ついてなお、他人のために戦う理由があるのか」

 

「……ありますよ」

 

 冬華は、静かに答えた。

 

「大切な人たちですから」

 

「…………」

 

 ウルキオラは、無言で冬華を見つめた。

 

「……くだらん」

 

 そして、冷たく告げる。

 

「そんなものが、力の差を埋めることはない」

 

「……そうですね」

 

 冬華は小さく頷いた。

 

「気持ちだけで、勝てるとは思っていません」

 

「……ほう」

 

「ですから」

 

 冬華は、ゆっくりと息を吐いた。

 

 傷ついた左肩へ霊圧を巡らせる。

 

 痛みは消えない。

 

 だが、刀を握ることはできる。

 

「……私も、まだ全力ではありませんから」

 

 その翡翠色の瞳が、鋭く輝いた。

 

「ここからは、こちらも本気でお相手します」

 

「……まだ何かあるというのか」

 

「はい」

 

 冬華は、穏やかに微笑んだ。

 

「お見せします」

 

 そして。

 

 二本の氷輪丸を、胸の前で交差させた。

 

     ◇

 

「……冬華姉ちゃん?」

 

 一護が、目を見開いた。

 

 冬華の周囲で、霊圧が膨れ上がり始めている。

 

 それも、先ほどまでとは比較にならないほどに。

 

「……何だ?」

 

 一護が呟く。

 

「……この霊圧……!」

 

 織姫も、思わず顔を上げた。

 

「……日番谷隊長……?」

 

 その視線の先。

 

 冬華は、静かに二本の氷輪丸を構えていた。

 

 そして。

 

「……氷輪丸」

 

 小さく呟く。

 

 二本の刀が、淡い氷雪の光に包まれ始めた。

 

 ――パキパキパキッ!

 

「……!」

 

 一護の目が見開かれる。

 

 二本の氷輪丸が、互いに引き寄せられていく。

 

 そして。

 

 ――キィィンッ!!

 

 一つに、融合した。

 

「……なっ!?」

 

 一護が思わず声を上げる。

 

「二本の刀が……!?」

 

 その瞬間。

 

 冬華の周囲で、凄まじい冷気が渦を巻いた。

 

 ――ゴオオオオッ!!

 

 白い床が凍りつく。

 

 壁に霜が広がる。

 

 空気中に、無数の氷の結晶が舞い始めた。

 

「……まさか」

 

 一護が息を呑む。

 

 隊長である冬華が、卍解を使えることは知っていた。

 

 しかし。

 

 実際に、その力を目にしたことはなかった。

 

「……冬華姉ちゃん……!」

 

 冬華は、静かに刀を握り直した。

 

 そして。

 

 その小さな唇が、ゆっくりと開く。

 

「――卍解」

 

 ――ゴオオオオオオオッ!!

 

 凄まじい氷雪の霊圧が、爆発した。

 

「……っ!?」

 

 一護が思わず腕で顔を庇う。

 

 織姫も、目を見開いた。

 

「……すごい……!」

 

 氷雪が、冬華の身体を包み込む。

 

 背中から、巨大な氷の翼が広がっていく。

 

 肩には、氷の竜を思わせる装甲。

 

 背後には、長く伸びる氷の尾。

 

 そして。

 

 その周囲に、四枚の氷華が浮かび上がった。

 

 銀白色の髪が、冷気の中で揺れる。

 

 翡翠色の瞳が、静かにウルキオラを見据えた。

 

「――大紅蓮氷輪丸!」

 

 ――ドォォォォンッ!!

 

 凄まじい霊圧が、虚夜宮を揺るがした。

 

「……何だよ、あれ……!」

 

 一護が呆然と呟く。

 

 目の前に広がる、圧倒的な氷雪の力。

 

 先ほどまでとは、まるで違う。

 

「……冬華姉ちゃん……」

 

 その声が、僅かに震えた。

 

「……まだ、こんな力を隠してたのかよ……!」

 

 織姫も、言葉を失っていた。

 

 美しい。

 

 そう思った。

 

 だが、それ以上に。

 

 恐ろしいほどの霊圧。

 

 まるで、巨大な氷の竜が目覚めたかのようだった。

 

「……これが」

 

 織姫が小さく呟く。

 

「日番谷隊長の……卍解……」

 

     ◇

 

「…………」

 

 ウルキオラは、無言で冬華を見つめていた。

 

 その緑色の瞳が、僅かに細められる。

 

「……なるほど」

 

 静かに呟く。

 

「それが、貴様の切り札か」

 

「……はい」

 

 冬華は穏やかに頷いた。

 

「これが、私の卍解です」

 

 巨大な氷の翼が、ゆっくりと広がる。

 

 周囲の空気が、さらに冷え込んでいく。

 

「……大紅蓮氷輪丸」

 

 冬華は、静かに刀を構えた。

 

「ここからは、私も全力でお相手します」

 

「……面白い」

 

 ウルキオラが、ゆっくりと翼を広げた。

 

「ならば、その力がどこまで通用するか……」

 

 その手に、緑色の霊圧が集まり始める。

 

「……試してやろう」

 

「……はい!」

 

 冬華は、まっすぐにウルキオラを見据えた。

 

 銀白色の髪が、冷気になびく。

 

 氷の翼が、静かに広がった。

 

 そして。

 

「――参ります!」

 

 ――第37話『黒翼大魔』・完。




ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

ウルキオラとの戦闘中ではありますが、作者はここで長考に入ります。

再開時期は未定です。次の一手が決まりましたら、またひょっこり戻ってくるかもしれません。

いつも応援してくださる皆様、本当にありがとうございます!
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