真央霊術院。
入学から数日が経ち、いよいよ本格的な実技授業が始まった。
「……ふふっ!」
「冬華、朝から随分と機嫌がいいな」
「えへへ……! だって、今日は斬術の授業ですよ!」
訓練場へ向かう廊下。
日番谷冬華は、隣を歩く草冠宗次郎に嬉しそうな笑顔を向けた。
「ようやく正式な剣術を教えてもらえるんです!」
「そういえば、入学前から練習してたんだっけ?」
「はい! でも、ずっと独学でしたから」
「なるほどな」
草冠は小さく笑った。
「じゃあ、今日は冬華の腕前を見せてもらおうかな」
「むっ……! 草冠さんこそ、負けませんからね!」
「ははっ! 楽しみにしてるよ」
二人は笑い合いながら、訓練場へと足を踏み入れた。
◇◆◇
「では、まず基本の構えから始める!」
訓練場には、一組の生徒たちが整列していた。
全員の手には木刀が握られている。
「斬術は、ただ刀を振ればいいというものではない。姿勢、重心、足運び、そして間合い。すべてが重要になる!」
(……なるほど!)
冬華は真剣な表情で教官の説明を聞いていた。
これまで何年も木刀を振ってきた。
しかし、正式な指導を受けるのは初めてだ。
「まずは素振りだ。構え!」
「「「はい!」」」
生徒たちが一斉に木刀を構える。
冬華も両手で木刀を握り、正面へ向けた。
「始め!」
号令とともに、木刀が振り下ろされる。
冬華もそれに合わせて一振り。
続けて二振り、三振り。
(……うん。いつもどおりですね)
長年繰り返してきた動作だ。
木刀を振ること自体には慣れている。
しかし――。
「日番谷!」
「はいっ!」
教官が冬華の前で足を止めた。
「少し構えを見せてみろ」
「はい!」
冬華は背筋を伸ばし、木刀を構えた。
教官はその姿をじっと観察する。
「……なるほど。独学で剣術を学んでいたのか?」
「はい! 見よう見まねですけど……」
「悪くない。だが、少し重心が前に寄りすぎているな」
「……!」
「その構えでは、踏み込んだ後の対応が遅れる。もう少し腰を落としてみろ」
「はい!」
冬華は言われたとおりに姿勢を修正した。
「……こうでしょうか?」
「そうだ。もう一度振ってみろ」
「はい!」
木刀を振り下ろす。
――ヒュッ!
先ほどよりも滑らかに、刃筋が通った。
(……あっ!)
冬華の翡翠色の瞳が輝く。
(全然違います!)
ほんの少し姿勢を変えただけ。
それなのに、身体の動きが驚くほど自然になった。
「……ほう」
教官が感心したように眉を上げる。
「一度の指摘で修正したか」
「ありがとうございます!」
冬華は嬉しそうに頭を下げた。
「とっても振りやすくなりました!」
「……うむ。その感覚を忘れるな」
「はい!」
教官が次の生徒へ向かう。
その様子を見ていた草冠が、小さく笑った。
「……さすがだな、冬華」
「えへへ……! でも、まだまだですよ!」
「そうか?」
「はい! 草冠さんの構えも、すごく綺麗ですから!」
「……よく見てるな」
草冠は少し驚いたように目を瞬かせた。
実際、草冠の木刀の扱いは見事だった。
無駄の少ない動作。
安定した足運び。
そして、自然な重心移動。
冬華よりも、剣術の基本が身についている。
「草冠さん、剣術を習ったことがあるんですか?」
「ああ。少しだけな」
「やっぱり!」
冬華は嬉しそうに笑った。
「今度、私にも教えてください!」
「いいけど……冬華の方がすぐ上手くなりそうだな」
「そんなことありませんよ!」
「ははっ。どうだか」
そんな二人の様子を、教官は少し離れた場所から眺めていた。
(……日番谷冬華に、草冠宗次郎か)
どちらも、入学試験で優秀な成績を収めた生徒だ。
しかし、実際に指導してみると、その才能は予想以上だった。
(今年の一組は、なかなか面白そうだな)
◇◆◇
続いて行われたのは、歩法の授業だった。
「歩法とは、戦闘における移動技術の総称だ!」
教官が生徒たちの前に立つ。
「その中でも、高度な歩法技術の一つが瞬歩である!」
(……来ました!)
冬華は思わず身を乗り出した。
瞬歩。
死神が使用する高速移動技術。
これまで独学で何度も練習してきたものの、まだ満足に扱えていない。
(今日こそ、ちゃんと覚えたいですね!)
「まずは手本を見せよう」
教官が軽く腰を落とす。
次の瞬間。
――シュンッ!
「……!」
教官の姿が消えた。
そして、数メートル離れた場所に現れる。
「「「おおおっ!」」」
生徒たちから歓声が上がった。
冬華も目を輝かせる。
(……すごい!)
速い。
けれど、冬華が驚いたのは速度だけではなかった。
(……動きに無駄がありません!)
踏み込み。
霊力の流れ。
そして、移動後の姿勢。
どれも、自分の独学とはまるで違っていた。
「では、各自やってみろ!」
生徒たちが一斉に練習を始める。
しかし、当然ながら簡単にはいかない。
「うわっ!?」
「全然進まないぞ!」
「足がもつれた!」
あちらこちらから悲鳴が上がった。
そんな中。
「……よし!」
冬華は小さく拳を握った。
(まずは、いつもどおりに……!)
足元へ霊力を集中させる。
そして――。
――シュッ!
「……わっ!?」
数メートル先へ、一瞬で移動した。
しかし。
「きゃあっ!?」
勢いを殺しきれず、身体が前へ傾く。
――ぽすっ。
「……っと!」
倒れそうになった冬華の肩を、草冠が支えた。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます……!」
冬華は少し恥ずかしそうに頬を染めた。
「また止まれませんでした……」
「いや、そもそも今の動き、すごくなかったか?」
「……そうでしょうか?」
「ああ。普通に数メートル移動してたぞ」
草冠は感心したように笑った。
「本当に入学前から練習してたんだな」
「えへへ……!」
そこへ、教官が歩いてきた。
「日番谷!」
「は、はい!」
「今の動きは何だ?」
「えっと……独学で練習していたものです!」
「……独学?」
教官は目を丸くした。
「誰にも教わらずに、あそこまで?」
「はい! でも、止まるのが苦手で……」
「……なるほどな」
教官は少し考えた後、冬華の足元を指差した。
「霊力を一気に放出しすぎている。移動することばかり考えて、制動に使う霊力を残していないんだ」
「……あっ!」
「瞬歩は速く動くだけではない。正確に止まり、次の動作へ移ることも重要だ」
「はい!」
「まずは速度を落とせ。移動と停止を一つの動作として意識してみろ」
(……移動と停止を、一つに……)
冬華は目を閉じた。
足元へ流す霊力を調整する。
これまで、移動する瞬間に集中させていた霊力。
その流れを、少しだけ変える。
「……よし!」
再び踏み込んだ。
――シュッ!
先ほどよりも短い距離。
けれど。
「……!」
今度は、しっかりと両足で着地した。
「……できました!」
冬華は嬉しそうに飛び跳ねた。
「先生! 止まれました!」
「……ああ。見事だ」
教官は感心したように頷いた。
(……一度説明しただけで、霊力の流れを修正したのか?)
通常、瞬歩の習得には相応の訓練が必要になる。
それを、この少女は。
(……いや。長年の独学があってこそ、か)
教官は小さく笑った。
「だが、まだ瞬歩としては未完成だ。今の感覚を繰り返し練習しろ」
「はい!」
冬華は元気よく返事をした。
すると。
「……冬華!」
「はい?」
草冠が少し離れた場所から手を振っていた。
「俺も少しできたぞ!」
次の瞬間。
草冠の身体が素早く前へ進む。
冬華ほどの速度ではない。
しかし、姿勢を崩さずに数歩分の距離を移動してみせた。
「……わあ!」
冬華は嬉しそうに拍手した。
「すごいです、草冠さん!」
「ははっ! まだまだだけどな!」
「私も負けませんよ!」
「ああ。こっちこそ!」
二人は笑い合い、再び練習を始めた。
◇◆◇
さらに数日後。
今度は鬼道の実技授業が行われた。
「鬼道は、霊力を用いて発動する術だ」
教官が生徒たちを見渡す。
「破道、縛道、そして回道など、用途によってさまざまな系統が存在する」
(……鬼道!)
冬華は期待に胸を膨らませていた。
原作で何度も見てきた技術。
詠唱によって発動する術。
そして、熟練者が使う詠唱破棄。
(……いつか私も使えるようになりたいですね!)
「本日は、基本的な破道を練習する」
教官が片手を前へ突き出した。
「破道の一――衝!」
――ドンッ!
目の前の標的が、見えない衝撃によって揺れた。
「「「おおっ!」」」
「これが破道の一、衝だ。比較的初歩的な鬼道だが、霊力の制御を誤れば十分な威力を発揮できない」
教官は説明を続けた。
「まずは術式に従って霊力を整えること。威力を出そうとする必要はない」
「「「はい!」」」
生徒たちが順番に練習を始めた。
しかし、初めての鬼道は難しい。
「破道の一、衝!」
――ぽふっ。
「……あれ?」
「もっと霊力を集中させろ!」
「は、はい!」
そんなやり取りが続く。
そして、冬華の順番が回ってきた。
「日番谷。やってみろ」
「はい!」
冬華は標的の前に立った。
(……鬼道は初めてですけど)
霊力を集めること自体には慣れている。
これまで何年も、全身に霊圧の膜を展開してきた。
小さな花を作ることだってできる。
(……大切なのは、霊力を正確に流すことですね)
教わった術式を思い出す。
掌へ霊力を集める。
無駄に広げず、一点へ。
そして。
「破道の一――衝!」
――ドンッ!!
「……!」
標的が大きく揺れた。
周囲の生徒たちが、一斉に冬華を見る。
「……え?」
「今の、すごくないか?」
「初めてだよな……?」
冬華自身も驚いていた。
(……あれ? 思ったより上手くいきました!)
教官が標的を確認する。
「……日番谷」
「は、はい!」
「鬼道を使った経験は?」
「ありません!」
「……本当に初めてか?」
「はい!」
冬華は元気よく頷いた。
「でも、霊力の制御はずっと練習していました!」
「……なるほど」
教官は納得したように頷いた。
鬼道に必要なのは、霊力の量だけではない。
術式を理解し、適切に霊力を流し込む技術。
その点において、この少女は明らかに優れていた。
「……見事だ。霊力の流れにほとんど乱れがない」
「……!」
「初めての鬼道で、ここまで正確に発動できる者は珍しいぞ」
「えへへ……! ありがとうございます!」
冬華は嬉しそうに微笑んだ。
すると。
「……よし。次は俺だな」
草冠が前へ出た。
「頑張ってください、草冠さん!」
「ああ!」
草冠は標的へ手を向ける。
少しだけ呼吸を整え――。
「破道の一、衝!」
――ドンッ!
標的が大きく揺れた。
「……おお!」
冬華が目を輝かせる。
「草冠さんも成功です!」
「ははっ! 何とかできたな!」
草冠は嬉しそうに笑った。
教官も感心したように頷く。
「草冠も見事だ。霊力の流れが安定している」
「ありがとうございます!」
「ただし、まだ無駄がある。日番谷の霊力制御を参考にするといい」
「はい!」
草冠は冬華へ顔を向けた。
「……これは、教えてもらわないとな」
「もちろんです!」
冬華は満面の笑みを浮かべた。
「その代わり、斬術は草冠さんに教えてもらいますからね!」
「ははっ! いいぜ!」
二人は楽しそうに笑い合った。
◇◆◇
それから、さらに数週間が経過した。
冬華と草冠は、順調に実力を伸ばしていた。
斬術では、草冠が安定した技術を披露する。
冬華も教官の指導を受け、独学の癖を少しずつ修正していた。
歩法では、冬華が目覚ましい成長を見せた。
まだ完全ではないものの、短距離の瞬歩を安定して使用できるようになっていた。
鬼道では、冬華の霊力制御能力が際立っていた。
草冠も優秀な成績を収め、二人は一組の中でも特に注目される存在となっていた。
そして、ある日の放課後。
「……ふう!」
冬華は訓練場の端に腰を下ろした。
「今日もいっぱい練習しましたね!」
「ああ。さすがに疲れたな」
草冠も隣へ座る。
二人の手には、練習で使っていた木刀が握られていた。
「でも、草冠さん。今日の斬術、すごかったです!」
「そうか?」
「はい! 最後の踏み込みなんて、全然隙がありませんでした!」
「ははっ。ありがとな」
草冠は照れくさそうに笑った。
「でも、冬華もかなり上達したよな」
「えへへ……! 草冠さんのおかげです!」
「いや、冬華が頑張ったからだろ」
「……ふふっ!」
冬華は嬉しそうに微笑んだ。
そして、ふと思い出したように口を開く。
「そういえば、草冠さん」
「ん?」
「一年卒業の約束、覚えていますか?」
「もちろん」
草冠は即答した。
「どっちが先に卒業するか、勝負だろ?」
「はい!」
冬華は小さく拳を握った。
「私、絶対に負けませんからね!」
「こっちだって負けるつもりはないぞ」
「ふふっ! 楽しみですね!」
「ああ!」
二人は顔を見合わせて笑った。
その笑顔には、まだ何の陰りもなかった。
◇◆◇
同じ頃。
教官室では、二人の生徒の成績が話題になっていた。
「……日番谷冬華と草冠宗次郎、か」
「ああ。今年の一組にいる二人だ」
教官たちが、机に並べられた記録を眺めている。
「草冠は斬術の基礎が非常に優秀だ。歩法や鬼道の習得も早い」
「日番谷の方は?」
「……正直、驚いている」
一人の教官が苦笑した。
「霊力の制御が異常なほど精密なんだ。鬼道の習得も早い。歩法に至っては、入学前から独学で高速移動を行っていたらしい」
「……独学で?」
「ああ」
教官は頷いた。
「斬術にはまだ粗さがあるが、一度指摘すればすぐに修正する。吸収力が並外れているな」
「なるほど……」
別の教官が成績表を眺める。
「この調子なら、早期卒業も夢ではないかもしれんな」
「ああ。もっとも、まだ入学したばかりだ。これから学ぶことは山ほどある」
「それもそうだな」
教官たちは小さく笑った。
そして、一人がぽつりと呟く。
「……しかし、今年はとんでもない逸材が二人も入ってきたものだな」
その言葉に、誰も異論を唱えなかった。
◇◆◇
一方、その頃。
「草冠さん! 明日は鬼道の復習をしましょう!」
「いいけど、その前に斬術の練習もな」
「もちろんです!」
「……冬華って、本当に元気だな」
「えへへ……!」
夕日に照らされた廊下を、二人は並んで歩いていた。
「だって、毎日新しいことを覚えられるんですよ!」
冬華は嬉しそうに笑った。
「こんなに楽しいこと、なかなかありません!」
「……ははっ!」
草冠も笑った。
「じゃあ、明日も頑張るか!」
「はい!」
冬華は元気よく頷いた。
まだまだ学ぶことは多い。
斬術も、歩法も、鬼道も。
そして、いつか手にする斬魄刀も。
(……もっともっと、強くなりたいですね!)
大切な人たちを守れるように。
そのために、今できることを積み重ねていく。
けれど、今は。
「草冠さん! 帰りに少し寄り道しませんか?」
「寄り道?」
「はい! 綺麗なお花が咲いている場所を見つけたんです!」
「……また花か?」
「むぅ! またって何ですか!」
「ははっ! 悪い悪い!」
「もう……!」
頬を膨らませる冬華。
楽しそうに笑う草冠。
そんな二人の笑い声が、夕暮れの真央霊術院に響いていた。
――第5話「天才少女」・完。
【あとがき】
第5話をお読みいただき、ありがとうございます!
今回は冬華と草冠の実技授業を描きました!
長年の修行の成果を発揮する冬華と、負けず劣らず優秀な草冠。二人とも順調に成長していますね!
次回は、いよいよ斬魄刀との出会い!
引き続きよろしくお願いします!