日番谷に転生した   作:使い手なない

6 / 16
第6話「霜天に坐せ」

 

 真央霊術院。

 

 入学から数か月が経過した。

 

「――やあっ!」

 

 ――ヒュッ!

 

 訓練場に、木刀が風を切る音が響いた。

 

「……っと!」

 

 日番谷冬華は、振り下ろされた木刀を受け流し、素早く横へ踏み込んだ。

 

 そのまま相手の脇腹へ木刀を向ける。

 

 しかし。

 

「甘い!」

 

「……わっ!?」

 

 草冠宗次郎が身体をひねり、冬華の一撃をかわした。

 

 続けて、鋭い踏み込み。

 

「……!」

 

 冬華は咄嗟に木刀を構え直した。

 

 ――カンッ!

 

 二本の木刀がぶつかる。

 

「むむむ……!」

 

「ははっ! どうした、冬華!」

 

「まだまだです!」

 

 冬華が一歩引いた。

 

 そして、再び踏み込もうとした、その時。

 

「そこまで!」

 

 教官の声が響いた。

 

「二人とも、見事だった!」

 

「……ふう!」

 

 冬華は木刀を下ろし、小さく息を吐いた。

 

「また勝てませんでした……!」

 

「いや、今日は危なかったぞ」

 

 草冠も木刀を下ろして笑った。

 

「前よりずっと動きがよくなってる」

 

「本当ですか!?」

 

「ああ。特に足運びがな」

 

「えへへ……!」

 

 冬華は嬉しそうに微笑んだ。

 

 数か月前までは、独学の癖が目立っていた斬術。

 

 しかし、教官の指導と草冠との稽古によって、その技術は着実に向上していた。

 

 歩法も同様だ。

 

 短距離の瞬歩なら、以前より安定して使用できる。

 

 鬼道についても、初歩的な術をいくつか習得していた。

 

(……うん! 順調ですね!)

 

 もっとも、まだまだ学ぶことは多い。

 

 だからこそ、毎日の授業が楽しかった。

 

「そういえば、冬華」

 

「はい?」

 

「今日の午後、斬魄刀についての授業があるらしいぞ」

 

「……!」

 

 冬華の翡翠色の瞳が輝いた。

 

「本当ですか!?」

 

「ああ。ようやく本格的に教わるみたいだな」

 

「……ふふっ!」

 

「……冬華?」

 

「楽しみです!」

 

 冬華は満面の笑みを浮かべた。

 

「ずっと待っていたんですから!」

 

     ◇◆◇

 

「斬魄刀とは、死神自身の魂を写し取る刀である」

 

 午後の授業。

 

 教官は生徒たちを前に、斬魄刀について説明していた。

 

「諸君らが扱うことになる浅打は、持ち主の魂を写し取り、やがてその者だけの斬魄刀へと変化していく」

 

 教官は一本の刀を掲げた。

 

「そして、本日から諸君らにも浅打を支給する!」

 

「「「おおおっ!」」」

 

 教室が一気に騒がしくなった。

 

(……来ました!)

 

 冬華の翡翠色の瞳が輝く。

 

 ついに、自分の斬魄刀を手にする日が来たのだ。

 

「順番に受け取りに来い!」

 

 生徒たちが次々と浅打を受け取っていく。

 

 そして。

 

「日番谷冬華!」

 

「はい!」

 

 冬華は元気よく返事をして、教官の前へ進んだ。

 

「これがお前の浅打だ。大切に扱うように」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

 差し出された刀を、両手で受け取る。

 

「……!」

 

 その瞬間。

 

 ――ひやり。

 

 指先に、かすかな冷たさが伝わった。

 

(……あれ?)

 

 冬華は小さく首を傾げた。

 

 けれど、その感覚はすぐに消えてしまう。

 

(……気のせいでしょうか?)

 

 冬華は刀を見つめた。

 

 まだ何の変哲もない浅打。

 

 しかし、これから長い時間を共にする、大切な刀だ。

 

「……よろしくお願いしますね!」

 

 冬華は小さく微笑んだ。

 

 続いて。

 

「草冠宗次郎!」

 

「はい!」

 

 草冠も浅打を受け取った。

 

「……へえ」

 

 鞘に収められた刀を眺め、嬉しそうに笑う。

 

「これが、俺の刀か」

 

「草冠さん!」

 

「ん?」

 

「お揃いですね!」

 

「……ははっ! まあ、今はみんな同じだけどな!」

 

「むぅ……! それはそうですけど!」

 

 二人は楽しそうに笑い合った。

 

 その後、教官が再び口を開く。

 

「斬魄刀には、それぞれ名前がある」

 

 教室が静まり返った。

 

「斬魄刀の真の力を引き出すには、その名を知り、刀と心を通わせなければならない」

 

 冬華は手元の浅打へ視線を落とした。

 

(……名前)

 

 そして、あることを思い出していた。

 

 ――夢。

 

 幼い頃から、何度も見てきた不思議な夢だ。

 

 一面の銀世界。

 

 吹き荒れる雪。

 

 そして、遠くから響く低い声。

 

 その声は、いつも何かを伝えようとしていた。

 

 けれど。

 

(……名前だけは、聞き取れなかったんですよね)

 

 夢の中で、何度も耳を澄ませた。

 

 声のする方へ歩いてみたこともある。

 

 しかし、決まって吹雪が強くなり、目が覚めてしまう。

 

 前世の記憶を持つ冬華には、その声の主に心当たりがあった。

 

(……氷輪丸)

 

 氷雪系最強の斬魄刀。

 

 原作の日番谷冬獅郎が持つ刀。

 

 自分がその日番谷として生まれた以上、いずれ手にすることになるのだろう。

 

 そう考えていた。

 

「では、これから斬魄刀との対話について学んでもらう」

 

「「「はい!」」」

 

「ただし、焦る必要はない。斬魄刀との対話は容易なものではないからな」

 

 教官は生徒たちを見渡した。

 

「まずは自身の内面へ意識を向けることから始める。刀の声を聞こうとするのではなく、刀の存在を感じ取るのだ」

 

(……なるほど)

 

 冬華は小さく頷いた。

 

 そして、そっと目を閉じる。

 

(……今度こそ)

 

 あの声を、聞いてみたい。

 

     ◇◆◇

 

 その日の夜。

 

 冬華は自室の寝台に横になっていた。

 

「……ふう」

 

 今日も充実した一日だった。

 

 斬術の稽古。

 

 鬼道の復習。

 

 そして、斬魄刀についての授業。

 

(……明日も頑張りましょう!)

 

 冬華は小さく微笑んだ。

 

 それから、ゆっくりと目を閉じる。

 

 やがて。

 

 意識が、深い眠りへと沈んでいった。

 

     ◇◆◇

 

 ――ヒュオオオオオ……。

 

「……ん?」

 

 冷たい風が頬を撫でた。

 

 冬華が目を開ける。

 

 そこには、見覚えのある景色が広がっていた。

 

「……あっ!」

 

 一面の銀世界。

 

 果てしなく続く氷原。

 

 空を覆う灰色の雲。

 

 そして、遠くにそびえる巨大な氷の山々。

 

「……また、この夢ですね」

 

 冬華は周囲を見渡した。

 

 幼い頃から何度も訪れている場所。

 

 けれど、今日は少し様子が違っていた。

 

(……吹雪が弱い?)

 

 いつもなら、前も見えないほど雪が吹き荒れている。

 

 しかし、今夜は違う。

 

 遠くの景色まで、はっきりと見渡すことができた。

 

 その時。

 

『――ようやく、届いたか』

 

「……!」

 

 低い声が響いた。

 

 冬華は勢いよく振り返る。

 

「……誰ですか!?」

 

 返事はない。

 

 しかし、次の瞬間。

 

 ――ゴゴゴゴゴ……!

 

 大地が震えた。

 

「……わわっ!?」

 

 冬華は慌てて足を踏ん張った。

 

 遠くの氷山が揺れる。

 

 その向こうから、巨大な影が姿を現した。

 

「……!」

 

 青白く輝く鱗。

 

 鋭い爪。

 

 長大な身体。

 

 そして、氷雪を纏う巨大な竜。

 

 その姿を見た瞬間、冬華は息を呑んだ。

 

(……やっぱり!)

 

 知っている。

 

 前世で、何度も見た姿だ。

 

「……氷輪丸?」

 

 冬華が小さく呟く。

 

 巨大な竜が、その瞳を向けた。

 

『……ほう』

 

 低い声が響く。

 

『我が名を知っているのか』

 

「……はい!」

 

 冬華は嬉しそうに頷いた。

 

「ずっと、あなたに会いたかったんです!」

 

『……そうか』

 

 氷輪丸は静かに冬華を見つめた。

 

『我もまた、長くお前を呼び続けていた』

 

「……!」

 

『だが、これまでは声が届かなかった』

 

 冬華は少し申し訳なさそうに眉を下げた。

 

「ごめんなさい……。何度も声は聞こえていたんですけど、ちゃんと聞き取れなくて……」

 

『謝る必要はない』

 

 氷輪丸の声は、落ち着いていた。

 

『お前はまだ幼かった。それでも、我が声を聞こうとし続けていた』

 

「……えへへ」

 

 冬華は照れくさそうに笑った。

 

「だって、気になっていたんです!」

 

『……ふむ』

 

 氷輪丸は小さく唸った。

 

『随分と変わった娘だな』

 

「むっ……! そうでしょうか?」

 

『普通、これほど巨大な竜を前にして、嬉しそうに笑う者は少ない』

 

「……あっ」

 

 冬華は改めて氷輪丸を見上げた。

 

 確かに、大きい。

 

 ものすごく大きい。

 

 けれど。

 

「……怖くありませんよ?」

 

『……何?』

 

「だって、ずっと私を呼んでくれていたんですよね?」

 

 冬華は柔らかく微笑んだ。

 

「それなら、怖がる理由なんてありません!」

 

 しばしの沈黙。

 

 やがて。

 

『……ふっ』

 

 氷輪丸が、わずかに笑ったような気がした。

 

『なるほど。面白い娘だ』

 

     ◇◆◇

 

『……冬華』

 

「はい!」

 

『お前は、何のために力を求める』

 

 氷輪丸の問いかけに、冬華は瞬きをした。

 

「……力、ですか?」

 

『そうだ』

 

 巨大な竜が静かに告げる。

 

『我が力は、氷雪を統べる力。容易に扱えるものではない』

 

 冷たい風が吹き抜けた。

 

『それでも、お前は我が力を望むか』

 

 冬華は少しだけ考えた。

 

 強くなりたい。

 

 その気持ちは、幼い頃から変わっていない。

 

 前世で知っている未来。

 

 藍染惣右介。

 

 雛森桃に降りかかる悲劇。

 

 市丸ギンの最期。

 

 そして、数えきれないほどの戦い。

 

 それらを変えるためには、力が必要だ。

 

 けれど。

 

「……私は」

 

 冬華は顔を上げた。

 

「大切な人たちを守りたいんです」

 

『……』

 

「おばあちゃんも、桃ちゃんも……草冠さんも」

 

 自然と、笑顔が浮かんだ。

 

「みんなと、これからも笑っていたいんです!」

 

 氷輪丸は黙って聞いていた。

 

「もちろん、強くなること自体も楽しいですよ?」

 

 冬華は少し照れくさそうに笑った。

 

「昨日できなかったことが、今日できるようになると、すごく嬉しいですから!」

 

『……ふむ』

 

「でも、それだけじゃありません」

 

 冬華はまっすぐに氷輪丸を見上げた。

 

「誰かが困っていたら、助けられるようになりたい」

 

 そして。

 

「大切な人が傷つく未来を、変えられるようになりたいんです」

 

 氷原に、静寂が訪れた。

 

 やがて、氷輪丸が口を開く。

 

『……その覚悟、確かに聞いた』

 

「……!」

 

『ならば、我が力を託そう』

 

 巨大な竜が、ゆっくりと身体を起こした。

 

 周囲の氷雪が舞い上がる。

 

『我が名は――氷輪丸』

 

 その瞬間。

 

 冬華の胸の奥に、何かが流れ込んできた。

 

「……っ!」

 

 冷たい。

 

 けれど、不思議と心地よい。

 

 まるで、ずっと失くしていたものが戻ってきたような感覚。

 

『我が名を呼べ、冬華』

 

「……はい!」

 

 冬華は満面の笑みを浮かべた。

 

「よろしくお願いします、氷輪丸!」

 

 巨大な竜が、静かに頷く。

 

 そして。

 

 世界が、白く染まった。

 

     ◇◆◇

 

「……っ!」

 

 冬華は勢いよく目を開けた。

 

 見慣れた天井。

 

 自分の部屋。

 

 窓の外には、朝日が差し込んでいた。

 

「……夢?」

 

 冬華はゆっくりと身体を起こした。

 

 けれど。

 

「……違います」

 

 胸の奥に、確かな感覚が残っている。

 

 冷たく、澄んだ霊力。

 

 そして、はっきりと聞こえた名前。

 

「……氷輪丸」

 

 冬華は小さく呟いた。

 

 すると。

 

 ――ふわっ。

 

「……!」

 

 指先に、淡い冷気が生まれた。

 

 小さな氷の結晶が、空中で輝く。

 

「……わあ!」

 

 冬華の顔が、ぱっと明るくなった。

 

「……できました!」

 

 思わず両手を握りしめる。

 

「氷輪丸と、お話しできました!」

 

 嬉しさのあまり、寝台の上で小さく跳ねた。

 

「……ふふっ!」

 

 そして、ふと思い出す。

 

(……あっ! 草冠さんにも教えないと!)

 

 冬華は慌てて寝台から降りた。

 

「今日も頑張りましょう!」

 

     ◇◆◇

 

 それから、数か月が経過した。

 

 真央霊術院の訓練場。

 

「……本当に、もう名前が分かったのか?」

 

「はい!」

 

 冬華は嬉しそうに頷いた。

 

 隣では、草冠が驚いたように目を丸くしている。

 

「すごいな……。俺はまだ、はっきり声を聞けてないのに」

 

「えへへ……!」

 

「……でも、悔しいな」

 

 草冠は小さく笑った。

 

「また先を越された」

 

「ふふっ! 草冠さんも、きっとすぐですよ!」

 

「……そうだといいけどな」

 

 冬華は腰に差した浅打へ手を添えた。

 

 氷輪丸の名前を知ってから、何度も練習してきた。

 

 最初は冷気が漏れるだけ。

 

 次は刀身に薄い霜が降りる程度。

 

 しかし、少しずつ。

 

 確かに、力を引き出せるようになっていた。

 

(……今日は、きっと!)

 

 冬華は一歩前へ出た。

 

 訓練場の端では、教官が様子を見守っている。

 

「日番谷。準備はいいか?」

 

「はい!」

 

 冬華は刀を抜いた。

 

 そして、ゆっくりと構える。

 

 胸の奥にある、冷たい霊力。

 

 その流れを感じ取る。

 

(……氷輪丸)

 

 心の中で呼びかける。

 

(力を貸してください!)

 

 すると。

 

『……応えよう』

 

 低い声が、確かに響いた。

 

「……!」

 

 冬華は嬉しそうに微笑んだ。

 

 そして。

 

「――霜天に坐せ」

 

 刀身から、白い冷気が溢れ出す。

 

「氷輪丸!」

 

 ――ゴオオオオオッ!!

 

「……っ!?」

 

 凄まじい冷気が、訓練場を駆け抜けた。

 

 刀身から氷雪が噴き上がる。

 

 そして、青白く輝く巨大な氷の竜が姿を現した。

 

「「「……なっ!?」」」

 

 周囲の生徒たちが息を呑む。

 

 氷の竜は空へ向かって大きく身体を伸ばし、訓練場の上空を旋回した。

 

 ――ゴオオオオオッ!!

 

 冷たい風が吹き荒れる。

 

「……すごい」

 

 草冠が呟いた。

 

 教官も、目を見開いていた。

 

「……これが、日番谷の斬魄刀……!」

 

 やがて、冬華はゆっくりと刀を下ろした。

 

 氷の竜が霧散し、冷気が静かに消えていく。

 

「……ふう!」

 

 冬華は小さく息を吐いた。

 

 思っていた以上に、霊力を消費した。

 

 まだ、氷雪を自在に操れるわけではない。

 

 それでも。

 

(……できました!)

 

 冬華は嬉しそうに笑った。

 

「……氷輪丸!」

 

 その名を呼ぶ。

 

 胸の奥で、かすかに冷たい気配が揺れた。

 

 まるで、返事をするように。

 

「……ふふっ!」

 

 冬華は刀を見つめた。

 

 ようやく出会えた。

 

 ずっと夢の中で、自分を呼んでくれていた存在に。

 

「……冬華!」

 

「……あっ!」

 

 振り返ると、草冠が駆け寄ってきていた。

 

「すごかったぞ!」

 

「えへへ……! ありがとうございます!」

 

「まさか、あんな巨大な氷の竜が出てくるなんてな!」

 

「私もびっくりしました!」

 

「……ははっ!」

 

 草冠は楽しそうに笑った。

 

「これは、俺も負けてられないな!」

 

「はい!」

 

 冬華も笑顔で頷いた。

 

「一緒に頑張りましょう、草冠さん!」

 

「ああ!」

 

 二人は顔を見合わせて笑った。

 

 その時。

 

 草冠の腰に差された浅打が、かすかに震えた。

 

「……ん?」

 

「どうしました?」

 

「……いや」

 

 草冠は自分の刀へ目を向けた。

 

「今、何か……」

 

 しかし、その感覚はすぐに消えてしまった。

 

「……気のせいか」

 

「……?」

 

「何でもない。さあ、次は俺の番だな!」

 

「はい! 応援しています!」

 

 冬華は嬉しそうに笑った。

 

 まだ、二人は知らない。

 

 その刀に宿る、奇妙な運命を。

 

 そして、やがて訪れる出来事を。

 

 ただ今は。

 

 互いに競い合い、笑い合いながら。

 

 二人は、同じ未来を目指していた。

 

 ――第6話「霜天に坐せ」・完。




【あとがき】

第6話をお読みいただき、ありがとうございます!
引き続きよろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。