日番谷に転生した   作:使い手なない

7 / 16
第7話「二つの氷輪丸」

 

 真央霊術院。

 

 日番谷冬華が始解を習得してから、さらに数週間が経過した。

 

「――霜天に坐せ、氷輪丸!」

 

 ――ゴオオオオオッ!!

 

 訓練場に、凄まじい冷気が吹き荒れた。

 

 冬華の刀から青白い氷の竜が飛び出し、上空へと駆け上がる。

 

「……よし!」

 

 冬華は刀を振るい、氷の竜を旋回させた。

 

 以前は出現させるだけで精一杯だったが、今ではある程度、自由に動かせるようになっている。

 

 もっとも。

 

「……むむむ!」

 

 氷の竜が大きく揺らいだ。

 

 慌てて制御を立て直す。

 

「……ふう!」

 

 どうにか氷の竜を消滅させ、冬華は小さく息を吐いた。

 

 その時。

 

『……冬華』

 

「……!」

 

 胸の奥に、低い声が響いた。

 

「……氷輪丸?」

 

『お前には、まだ引き出せていない力がある』

 

「……え?」

 

 冬華は目を瞬かせた。

 

『今のお前では、まだ扱いきれぬ力だ』

 

(……まだ引き出せていない力?)

 

 冬華は少し考えた。

 

 そして、ある言葉が頭に浮かぶ。

 

(……もしかして、卍解?)

 

 前世の知識がある冬華には、心当たりがあった。

 

 斬魄刀の真の力を引き出す、死神の奥義。

 

 卍解。

 

 けれど、通常は習得までに長い修行を必要とするはずだ。

 

(……さすがに、今すぐは無理ですよね)

 

 冬華は小さく頷いた。

 

「……まだまだ修行が必要ですね!」

 

『……ああ』

 

 氷輪丸の声が静かに響く。

 

『だが、いずれその時は来る』

 

「……!」

 

 冬華は嬉しそうに微笑んだ。

 

「はい! 楽しみにしています!」

 

 胸の奥で、氷輪丸の気配が静かに揺れた。

 

 まるで、その言葉に応えるように。

 

「……いや、十分すごいと思うぞ?」

 

「……あっ!」

 

 振り返ると、草冠宗次郎が立っていた。

 

「草冠さん!」

 

「相変わらず、とんでもない斬魄刀だな」

 

「えへへ……! ありがとうございます!」

 

 冬華は嬉しそうに笑った。

 

「でも、まだ細かい制御が難しいんです」

 

「それで難しいって言われたら、俺の立場がないな」

 

「むぅ……! 草冠さんだって、すごいじゃないですか!」

 

「……ははっ!」

 

 草冠は楽しそうに笑った。

 

 そして。

 

「そうだ、冬華」

 

「はい?」

 

「実は、報告があるんだ」

 

「……報告?」

 

 冬華が首を傾げる。

 

 すると、草冠は腰に差した刀へ手を添えた。

 

「……ようやく、分かったんだ」

 

「……?」

 

「俺の斬魄刀の名前が!」

 

「……!」

 

 冬華の翡翠色の瞳が輝いた。

 

「本当ですか!?」

 

「ああ!」

 

「おめでとうございます!」

 

 冬華は満面の笑みを浮かべた。

 

「すごいです、草冠さん!」

 

「ははっ! ありがとう!」

 

「それで、それで! どんな斬魄刀なんですか!?」

 

「それがな……」

 

 草冠は少し不思議そうに笑った。

 

「実は、俺も驚いてるんだ」

 

「……?」

 

「まあ、見てもらった方が早いか」

 

 草冠は訓練場の中央へ歩いていった。

 

「ちょっと離れててくれ」

 

「はい!」

 

 冬華は素直に距離を取った。

 

 草冠が刀を抜く。

 

 そして、静かに構えた。

 

「……いくぞ」

 

「はい!」

 

 次の瞬間。

 

「――霜天に坐せ」

 

「…………え?」

 

 冬華の笑顔が固まった。

 

 聞き覚えのある言葉。

 

 いや。

 

 聞き覚えがあるどころではない。

 

 それは、自分が何度も口にしてきた解号だった。

 

 そして。

 

「氷輪丸!」

 

 ――ゴオオオオオッ!!

 

 凄まじい冷気が噴き上がった。

 

 草冠の刀から、巨大な氷の竜が姿を現す。

 

「……!」

 

 青白く輝く鱗。

 

 長大な身体。

 

 周囲を凍てつかせる霊圧。

 

 その姿は。

 

 冬華の氷輪丸と、あまりにもよく似ていた。

 

「…………」

 

 冬華は呆然と立ち尽くした。

 

(……やっぱり)

 

 知っていた。

 

 前世で見た、あの劇場版。

 

 日番谷冬獅郎と草冠宗次郎。

 

 二人の前に現れた、同じ名前を持つ斬魄刀。

 

 そして、その先に待っていた悲劇。

 

(……二つの、氷輪丸)

 

 冬華は小さく拳を握った。

 

 けれど。

 

「……冬華?」

 

「……あっ!」

 

 草冠の声に、我に返る。

 

 氷の竜が消え、草冠がこちらへ歩いてきていた。

 

「……どうだ?」

 

「……!」

 

「驚いたか?」

 

 草冠は少し困ったように笑った。

 

「俺も名前を聞いたときは驚いたよ。まさか、お前と同じ名前だなんてな」

 

「……そうですね」

 

 冬華は自分の刀へ目を落とした。

 

 同じ名前。

 

 同じ解号。

 

 同じ氷の竜。

 

 偶然で済ませられるはずがない。

 

 それでも。

 

「……ふふっ!」

 

「……ん?」

 

 冬華は顔を上げた。

 

「草冠さん!」

 

「お、おう?」

 

「お揃いですね!」

 

「…………は?」

 

 草冠が目を丸くした。

 

「……お揃い?」

 

「はい!」

 

 冬華は嬉しそうに笑った。

 

「私たち、斬魄刀までお揃いになっちゃいました!」

 

「……いや、冬華」

 

「はい?」

 

「もう少し驚くところじゃないか?」

 

「驚いていますよ?」

 

「……そうは見えないんだが」

 

「えへへ……!」

 

 草冠はしばらく冬華を見つめていた。

 

 そして。

 

「……ぷっ!」

 

「……?」

 

「ははははっ!」

 

「むぅ……! どうして笑うんですか!」

 

「いや、悪い!」

 

 草冠は笑いながら頭を掻いた。

 

「お前らしいなと思ってさ!」

 

「……?」

 

「普通なら、もっと深刻に考えるところだろうに」

 

「……そうでしょうか?」

 

 冬華は首を傾げた。

 

 そして、柔らかく微笑む。

 

「だって、草冠さんも私も、氷輪丸に選ばれたんですよね?」

 

「……ああ」

 

「だったら、どちらかが悪いわけじゃありません!」

 

 冬華は自分の刀を軽く持ち上げた。

 

「これからも、一緒に頑張りましょう!」

 

「……!」

 

 草冠は少し驚いたように冬華を見つめた。

 

 やがて。

 

「……ああ!」

 

 嬉しそうに笑った。

 

「もちろんだ!」

 

 その様子を。

 

 訓練場の端から、教官たちが険しい表情で見つめていた。

 

     ◇◆◇

 

 数日後。

 

 瀞霊廷の奥深く。

 

 中央四十六室。

 

「……同一の斬魄刀が、二本?」

 

「はい」

 

 報告に訪れた死神が、深く頭を下げた。

 

「真央霊術院の生徒、日番谷冬華と草冠宗次郎。両名の斬魄刀が、同じ名と解号を持つことが確認されました」

 

「……前例のない事態だな」

 

「同じ名を持つ斬魄刀など、あってはならぬ」

 

「しかも、双方とも始解に至っているというのか」

 

「はい」

 

 死神は頷いた。

 

「両名とも、氷雪系の斬魄刀を使用しております」

 

 しばしの沈黙。

 

 やがて。

 

「……二本の氷輪丸」

 

 重々しい声が響いた。

 

「同じ斬魄刀が二つ存在するなど、認めるわけにはいかぬ」

 

「しかし、両名とも正式に浅打を受け取り、始解を習得した生徒です」

 

「それがどうした」

 

 冷たい声が返された。

 

「斬魄刀は、死神の魂そのもの」

 

「同じ名を持つ刀が二本存在するという異常事態を、放置することはできぬ」

 

 そして。

 

「……決闘を命じよ」

 

「……!」

 

「日番谷冬華と草冠宗次郎」

 

 中央四十六室の決定が下された。

 

「両名を戦わせ、勝者のみが氷輪丸を所有することを認める」

 

 その命令に、異議を唱える者はいなかった。

 

     ◇◆◇

 

「…………え?」

 

 真央霊術院。

 

 教官から告げられた言葉に、冬華は耳を疑った。

 

「……決闘、ですか?」

 

「そうだ」

 

 教官は険しい表情で頷いた。

 

「中央四十六室からの正式な命令だ」

 

「……」

 

「日番谷冬華。草冠宗次郎。両名は指定された場所で決闘を行い、氷輪丸の所有者を決定する」

 

 冬華は隣を見た。

 

 草冠も、驚いたように目を見開いていた。

 

「……そんな」

 

 冬華の口から、小さな声が漏れた。

 

(……やっぱり)

 

 知っていた。

 

 この展開を。

 

 前世で見た物語と、同じ流れ。

 

 同じ斬魄刀を持つ二人。

 

 中央四十六室による決闘命令。

 

 そして。

 

(……草冠さんが、死んでしまう)

 

 冬華は唇を噛んだ。

 

 けれど、すぐに顔を上げる。

 

「……教官!」

 

「何だ?」

 

「どうして、そんなことをしなければならないんですか!?」

 

「……」

 

「草冠さんも私も、何も悪いことなんてしていません!」

 

 冬華は必死に訴えた。

 

「同じ斬魄刀を持っているだけですよね!?」

 

「……日番谷」

 

「それなのに、どうして戦わなければならないんですか!」

 

 教官は苦しそうに眉を寄せた。

 

「……私にも分からん」

 

「……!」

 

「だが、中央四十六室の命令は絶対だ」

 

 その言葉に、冬華は拳を握りしめた。

 

「……そんなの」

 

 翡翠色の瞳に、強い意志が宿る。

 

「そんなのおかしいです!」

 

「冬華……」

 

 草冠が小さく呟いた。

 

 冬華は振り返る。

 

「草冠さん!」

 

「……」

 

「私、絶対に嫌です!」

 

 冬華ははっきりと言った。

 

「草冠さんと殺し合うなんて、絶対に嫌です!」

 

 草冠は何も答えなかった。

 

 ただ、静かに冬華を見つめていた。

 

     ◇◆◇

 

 決闘の日。

 

 瀞霊廷の一角に設けられた、広い訓練場。

 

 周囲には複数の死神が配置されていた。

 

 その中央で。

 

 冬華と草冠は、互いに向かい合っていた。

 

「……冬華」

 

「……はい」

 

 草冠が静かに口を開く。

 

「本当に、やるしかないみたいだな」

 

「……」

 

 冬華は答えなかった。

 

 腰に差した氷輪丸へ、そっと手を添える。

 

(……どうすれば)

 

 原作では、草冠が敗れた。

 

 そして、隠密機動によって処分された。

 

 けれど。

 

(……私は、絶対に)

 

 冬華は顔を上げた。

 

「……草冠さん」

 

「ん?」

 

「私、負けませんからね!」

 

「……!」

 

 草冠は一瞬驚いた。

 

 そして、笑った。

 

「……ああ!」

 

 刀を抜く。

 

「俺だって、負けるつもりはない!」

 

 冬華も刀を抜いた。

 

 二人の視線が交差する。

 

 そして。

 

「――始め!」

 

 合図が響いた。

 

 ――キィンッ!!

 

 二本の刀が激しくぶつかった。

 

「……っ!」

 

「はあっ!」

 

 草冠の斬撃。

 

 冬華はそれを受け流し、素早く横へ踏み込む。

 

 続けて放った一撃を、草冠が防いだ。

 

 ――ガキンッ!

 

「……やるな、冬華!」

 

「草冠さんこそ!」

 

 二人の刀が火花を散らす。

 

 これまで何度も繰り返してきた稽古。

 

 互いの癖も、得意な動きも知っている。

 

 だからこそ。

 

「……!」

 

 草冠の踏み込みを見た瞬間、冬華は身体をひねった。

 

 鋭い斬撃が、すぐ脇を通り過ぎる。

 

(……ここ!)

 

 冬華は刀を返した。

 

 しかし。

 

「甘い!」

 

「……っ!」

 

 草冠が素早く距離を取る。

 

 二人は再び向かい合った。

 

「……ははっ!」

 

 草冠が笑った。

 

「本当に強くなったな、冬華!」

 

「……えへへ!」

 

 冬華も小さく笑った。

 

「草冠さんのおかげです!」

 

「……そうか!」

 

 草冠が刀を構え直す。

 

「なら、次はこれだ!」

 

 そして。

 

「――霜天に坐せ、氷輪丸!」

 

 ――ゴオオオオオッ!!

 

 巨大な氷の竜が姿を現した。

 

 凄まじい冷気が訓練場を駆け抜ける。

 

「……!」

 

 冬華も刀を掲げた。

 

「――霜天に坐せ、氷輪丸!」

 

 ――ゴオオオオオッ!!

 

 もう一体の氷の竜が現れる。

 

 二頭の巨大な竜。

 

 同じ名前を持つ、二本の斬魄刀。

 

 それぞれの主の意思に応えるように、氷雪が渦巻いた。

 

「……いくぞ、冬華!」

 

「はい!」

 

 二頭の氷竜が激突した。

 

 ――ドオオオオオンッ!!

 

 凄まじい衝撃。

 

 氷の破片が四方へ飛び散り、白い冷気が視界を覆った。

 

「……っ!」

 

 冬華は素早く刀を振るい、飛散した氷を制御する。

 

 草冠も負けじと氷雪を操った。

 

 互いの力がぶつかり合う。

 

 けれど。

 

(……違う)

 

 冬華は、刀を握る手に力を込めた。

 

(……こんなことをするために)

 

 氷輪丸の名を知ったわけではない。

 

 強くなりたかったのは。

 

 大切な人たちを守るため。

 

 みんなと、笑って暮らすため。

 

 それなのに。

 

(……どうして)

 

 目の前にいるのは、敵ではない。

 

 何度も一緒に稽古した。

 

 苦手なことを教え合った。

 

 笑い合った。

 

 大切な友達だ。

 

「……冬華!」

 

「……!」

 

 草冠が叫んだ。

 

「ちゃんと戦え!」

 

 冬華は顔を上げた。

 

「……草冠さん」

 

「このままじゃ、どちらも助からないかもしれないんだぞ!」

 

「……!」

 

「だから、頼む!」

 

 草冠は必死だった。

 

「本気で戦ってくれ!」

 

 冬華は、しばらく草冠を見つめていた。

 

 そして。

 

「……嫌です」

 

「……何?」

 

「嫌です!」

 

 冬華ははっきりと言い切った。

 

「私は、草冠さんを殺すために強くなったんじゃありません!」

 

「……冬華」

 

「こんな命令、間違っています!」

 

 冬華は刀を下ろした。

 

 周囲の冷気が、ゆっくりと薄れていく。

 

「……おい、冬華!」

 

 草冠が目を見開いた。

 

「何をしてるんだ!」

 

「……草冠さん」

 

 冬華は静かに微笑んだ。

 

「私は、草冠さんを殺しません」

 

「……!」

 

「たとえ中央四十六室の命令でも、絶対に嫌です!」

 

 周囲の死神たちがざわめいた。

 

 しかし、冬華は気にしなかった。

 

 ただ、まっすぐに草冠を見つめる。

 

「……どうして」

 

 草冠が小さく呟いた。

 

「どうして、そこまで……」

 

 冬華は首を傾げた。

 

 そして。

 

「……ふふっ!」

 

 いつものように、柔らかく笑った。

 

「だって、私たちは友達でしょう?」

 

「…………!」

 

 草冠は言葉を失った。

 

 冬華は、もう一度微笑む。

 

「私は、草冠さんと一緒に死神になりたいんです」

 

 その声は、静かだった。

 

 けれど、迷いはなかった。

 

「だから、こんなところで終わりになんてしません!」

 

 草冠は冬華を見つめた。

 

 何かを言おうとして、口を開く。

 

 しかし、言葉は出てこなかった。

 

 やがて。

 

「……本当に」

 

 草冠は小さく笑った。

 

「お前には、敵わないな……」

 

 冬華も嬉しそうに笑った。

 

 その時。

 

「――日番谷冬華!」

 

 厳しい声が響いた。

 

 周囲を取り囲む死神たちが、一斉に動き出す。

 

「中央四十六室の命令に背くつもりか!」

 

 冬華は振り返った。

 

 そして、静かに答えた。

 

「……はい」

 

 翡翠色の瞳に、揺るぎない決意が宿る。

 

「私は、草冠さんを殺しません!」

 

 二本の氷輪丸。

 

 本来なら、共に歩むはずだった二人。

 

 その運命は今、中央四十六室の命令によって引き裂かれようとしていた。

 

 けれど。

 

 日番谷冬華は、決して刀を向けなかった。

 

 大切な友達を守るために。

 

 自分が信じた道を、選んだのだから。

 

 ――第7話「二つの氷輪丸」・完。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

引き続きよろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。