真央霊術院。
日番谷冬華が始解を習得してから、さらに数週間が経過した。
「――霜天に坐せ、氷輪丸!」
――ゴオオオオオッ!!
訓練場に、凄まじい冷気が吹き荒れた。
冬華の刀から青白い氷の竜が飛び出し、上空へと駆け上がる。
「……よし!」
冬華は刀を振るい、氷の竜を旋回させた。
以前は出現させるだけで精一杯だったが、今ではある程度、自由に動かせるようになっている。
もっとも。
「……むむむ!」
氷の竜が大きく揺らいだ。
慌てて制御を立て直す。
「……ふう!」
どうにか氷の竜を消滅させ、冬華は小さく息を吐いた。
その時。
『……冬華』
「……!」
胸の奥に、低い声が響いた。
「……氷輪丸?」
『お前には、まだ引き出せていない力がある』
「……え?」
冬華は目を瞬かせた。
『今のお前では、まだ扱いきれぬ力だ』
(……まだ引き出せていない力?)
冬華は少し考えた。
そして、ある言葉が頭に浮かぶ。
(……もしかして、卍解?)
前世の知識がある冬華には、心当たりがあった。
斬魄刀の真の力を引き出す、死神の奥義。
卍解。
けれど、通常は習得までに長い修行を必要とするはずだ。
(……さすがに、今すぐは無理ですよね)
冬華は小さく頷いた。
「……まだまだ修行が必要ですね!」
『……ああ』
氷輪丸の声が静かに響く。
『だが、いずれその時は来る』
「……!」
冬華は嬉しそうに微笑んだ。
「はい! 楽しみにしています!」
胸の奥で、氷輪丸の気配が静かに揺れた。
まるで、その言葉に応えるように。
「……いや、十分すごいと思うぞ?」
「……あっ!」
振り返ると、草冠宗次郎が立っていた。
「草冠さん!」
「相変わらず、とんでもない斬魄刀だな」
「えへへ……! ありがとうございます!」
冬華は嬉しそうに笑った。
「でも、まだ細かい制御が難しいんです」
「それで難しいって言われたら、俺の立場がないな」
「むぅ……! 草冠さんだって、すごいじゃないですか!」
「……ははっ!」
草冠は楽しそうに笑った。
そして。
「そうだ、冬華」
「はい?」
「実は、報告があるんだ」
「……報告?」
冬華が首を傾げる。
すると、草冠は腰に差した刀へ手を添えた。
「……ようやく、分かったんだ」
「……?」
「俺の斬魄刀の名前が!」
「……!」
冬華の翡翠色の瞳が輝いた。
「本当ですか!?」
「ああ!」
「おめでとうございます!」
冬華は満面の笑みを浮かべた。
「すごいです、草冠さん!」
「ははっ! ありがとう!」
「それで、それで! どんな斬魄刀なんですか!?」
「それがな……」
草冠は少し不思議そうに笑った。
「実は、俺も驚いてるんだ」
「……?」
「まあ、見てもらった方が早いか」
草冠は訓練場の中央へ歩いていった。
「ちょっと離れててくれ」
「はい!」
冬華は素直に距離を取った。
草冠が刀を抜く。
そして、静かに構えた。
「……いくぞ」
「はい!」
次の瞬間。
「――霜天に坐せ」
「…………え?」
冬華の笑顔が固まった。
聞き覚えのある言葉。
いや。
聞き覚えがあるどころではない。
それは、自分が何度も口にしてきた解号だった。
そして。
「氷輪丸!」
――ゴオオオオオッ!!
凄まじい冷気が噴き上がった。
草冠の刀から、巨大な氷の竜が姿を現す。
「……!」
青白く輝く鱗。
長大な身体。
周囲を凍てつかせる霊圧。
その姿は。
冬華の氷輪丸と、あまりにもよく似ていた。
「…………」
冬華は呆然と立ち尽くした。
(……やっぱり)
知っていた。
前世で見た、あの劇場版。
日番谷冬獅郎と草冠宗次郎。
二人の前に現れた、同じ名前を持つ斬魄刀。
そして、その先に待っていた悲劇。
(……二つの、氷輪丸)
冬華は小さく拳を握った。
けれど。
「……冬華?」
「……あっ!」
草冠の声に、我に返る。
氷の竜が消え、草冠がこちらへ歩いてきていた。
「……どうだ?」
「……!」
「驚いたか?」
草冠は少し困ったように笑った。
「俺も名前を聞いたときは驚いたよ。まさか、お前と同じ名前だなんてな」
「……そうですね」
冬華は自分の刀へ目を落とした。
同じ名前。
同じ解号。
同じ氷の竜。
偶然で済ませられるはずがない。
それでも。
「……ふふっ!」
「……ん?」
冬華は顔を上げた。
「草冠さん!」
「お、おう?」
「お揃いですね!」
「…………は?」
草冠が目を丸くした。
「……お揃い?」
「はい!」
冬華は嬉しそうに笑った。
「私たち、斬魄刀までお揃いになっちゃいました!」
「……いや、冬華」
「はい?」
「もう少し驚くところじゃないか?」
「驚いていますよ?」
「……そうは見えないんだが」
「えへへ……!」
草冠はしばらく冬華を見つめていた。
そして。
「……ぷっ!」
「……?」
「ははははっ!」
「むぅ……! どうして笑うんですか!」
「いや、悪い!」
草冠は笑いながら頭を掻いた。
「お前らしいなと思ってさ!」
「……?」
「普通なら、もっと深刻に考えるところだろうに」
「……そうでしょうか?」
冬華は首を傾げた。
そして、柔らかく微笑む。
「だって、草冠さんも私も、氷輪丸に選ばれたんですよね?」
「……ああ」
「だったら、どちらかが悪いわけじゃありません!」
冬華は自分の刀を軽く持ち上げた。
「これからも、一緒に頑張りましょう!」
「……!」
草冠は少し驚いたように冬華を見つめた。
やがて。
「……ああ!」
嬉しそうに笑った。
「もちろんだ!」
その様子を。
訓練場の端から、教官たちが険しい表情で見つめていた。
◇◆◇
数日後。
瀞霊廷の奥深く。
中央四十六室。
「……同一の斬魄刀が、二本?」
「はい」
報告に訪れた死神が、深く頭を下げた。
「真央霊術院の生徒、日番谷冬華と草冠宗次郎。両名の斬魄刀が、同じ名と解号を持つことが確認されました」
「……前例のない事態だな」
「同じ名を持つ斬魄刀など、あってはならぬ」
「しかも、双方とも始解に至っているというのか」
「はい」
死神は頷いた。
「両名とも、氷雪系の斬魄刀を使用しております」
しばしの沈黙。
やがて。
「……二本の氷輪丸」
重々しい声が響いた。
「同じ斬魄刀が二つ存在するなど、認めるわけにはいかぬ」
「しかし、両名とも正式に浅打を受け取り、始解を習得した生徒です」
「それがどうした」
冷たい声が返された。
「斬魄刀は、死神の魂そのもの」
「同じ名を持つ刀が二本存在するという異常事態を、放置することはできぬ」
そして。
「……決闘を命じよ」
「……!」
「日番谷冬華と草冠宗次郎」
中央四十六室の決定が下された。
「両名を戦わせ、勝者のみが氷輪丸を所有することを認める」
その命令に、異議を唱える者はいなかった。
◇◆◇
「…………え?」
真央霊術院。
教官から告げられた言葉に、冬華は耳を疑った。
「……決闘、ですか?」
「そうだ」
教官は険しい表情で頷いた。
「中央四十六室からの正式な命令だ」
「……」
「日番谷冬華。草冠宗次郎。両名は指定された場所で決闘を行い、氷輪丸の所有者を決定する」
冬華は隣を見た。
草冠も、驚いたように目を見開いていた。
「……そんな」
冬華の口から、小さな声が漏れた。
(……やっぱり)
知っていた。
この展開を。
前世で見た物語と、同じ流れ。
同じ斬魄刀を持つ二人。
中央四十六室による決闘命令。
そして。
(……草冠さんが、死んでしまう)
冬華は唇を噛んだ。
けれど、すぐに顔を上げる。
「……教官!」
「何だ?」
「どうして、そんなことをしなければならないんですか!?」
「……」
「草冠さんも私も、何も悪いことなんてしていません!」
冬華は必死に訴えた。
「同じ斬魄刀を持っているだけですよね!?」
「……日番谷」
「それなのに、どうして戦わなければならないんですか!」
教官は苦しそうに眉を寄せた。
「……私にも分からん」
「……!」
「だが、中央四十六室の命令は絶対だ」
その言葉に、冬華は拳を握りしめた。
「……そんなの」
翡翠色の瞳に、強い意志が宿る。
「そんなのおかしいです!」
「冬華……」
草冠が小さく呟いた。
冬華は振り返る。
「草冠さん!」
「……」
「私、絶対に嫌です!」
冬華ははっきりと言った。
「草冠さんと殺し合うなんて、絶対に嫌です!」
草冠は何も答えなかった。
ただ、静かに冬華を見つめていた。
◇◆◇
決闘の日。
瀞霊廷の一角に設けられた、広い訓練場。
周囲には複数の死神が配置されていた。
その中央で。
冬華と草冠は、互いに向かい合っていた。
「……冬華」
「……はい」
草冠が静かに口を開く。
「本当に、やるしかないみたいだな」
「……」
冬華は答えなかった。
腰に差した氷輪丸へ、そっと手を添える。
(……どうすれば)
原作では、草冠が敗れた。
そして、隠密機動によって処分された。
けれど。
(……私は、絶対に)
冬華は顔を上げた。
「……草冠さん」
「ん?」
「私、負けませんからね!」
「……!」
草冠は一瞬驚いた。
そして、笑った。
「……ああ!」
刀を抜く。
「俺だって、負けるつもりはない!」
冬華も刀を抜いた。
二人の視線が交差する。
そして。
「――始め!」
合図が響いた。
――キィンッ!!
二本の刀が激しくぶつかった。
「……っ!」
「はあっ!」
草冠の斬撃。
冬華はそれを受け流し、素早く横へ踏み込む。
続けて放った一撃を、草冠が防いだ。
――ガキンッ!
「……やるな、冬華!」
「草冠さんこそ!」
二人の刀が火花を散らす。
これまで何度も繰り返してきた稽古。
互いの癖も、得意な動きも知っている。
だからこそ。
「……!」
草冠の踏み込みを見た瞬間、冬華は身体をひねった。
鋭い斬撃が、すぐ脇を通り過ぎる。
(……ここ!)
冬華は刀を返した。
しかし。
「甘い!」
「……っ!」
草冠が素早く距離を取る。
二人は再び向かい合った。
「……ははっ!」
草冠が笑った。
「本当に強くなったな、冬華!」
「……えへへ!」
冬華も小さく笑った。
「草冠さんのおかげです!」
「……そうか!」
草冠が刀を構え直す。
「なら、次はこれだ!」
そして。
「――霜天に坐せ、氷輪丸!」
――ゴオオオオオッ!!
巨大な氷の竜が姿を現した。
凄まじい冷気が訓練場を駆け抜ける。
「……!」
冬華も刀を掲げた。
「――霜天に坐せ、氷輪丸!」
――ゴオオオオオッ!!
もう一体の氷の竜が現れる。
二頭の巨大な竜。
同じ名前を持つ、二本の斬魄刀。
それぞれの主の意思に応えるように、氷雪が渦巻いた。
「……いくぞ、冬華!」
「はい!」
二頭の氷竜が激突した。
――ドオオオオオンッ!!
凄まじい衝撃。
氷の破片が四方へ飛び散り、白い冷気が視界を覆った。
「……っ!」
冬華は素早く刀を振るい、飛散した氷を制御する。
草冠も負けじと氷雪を操った。
互いの力がぶつかり合う。
けれど。
(……違う)
冬華は、刀を握る手に力を込めた。
(……こんなことをするために)
氷輪丸の名を知ったわけではない。
強くなりたかったのは。
大切な人たちを守るため。
みんなと、笑って暮らすため。
それなのに。
(……どうして)
目の前にいるのは、敵ではない。
何度も一緒に稽古した。
苦手なことを教え合った。
笑い合った。
大切な友達だ。
「……冬華!」
「……!」
草冠が叫んだ。
「ちゃんと戦え!」
冬華は顔を上げた。
「……草冠さん」
「このままじゃ、どちらも助からないかもしれないんだぞ!」
「……!」
「だから、頼む!」
草冠は必死だった。
「本気で戦ってくれ!」
冬華は、しばらく草冠を見つめていた。
そして。
「……嫌です」
「……何?」
「嫌です!」
冬華ははっきりと言い切った。
「私は、草冠さんを殺すために強くなったんじゃありません!」
「……冬華」
「こんな命令、間違っています!」
冬華は刀を下ろした。
周囲の冷気が、ゆっくりと薄れていく。
「……おい、冬華!」
草冠が目を見開いた。
「何をしてるんだ!」
「……草冠さん」
冬華は静かに微笑んだ。
「私は、草冠さんを殺しません」
「……!」
「たとえ中央四十六室の命令でも、絶対に嫌です!」
周囲の死神たちがざわめいた。
しかし、冬華は気にしなかった。
ただ、まっすぐに草冠を見つめる。
「……どうして」
草冠が小さく呟いた。
「どうして、そこまで……」
冬華は首を傾げた。
そして。
「……ふふっ!」
いつものように、柔らかく笑った。
「だって、私たちは友達でしょう?」
「…………!」
草冠は言葉を失った。
冬華は、もう一度微笑む。
「私は、草冠さんと一緒に死神になりたいんです」
その声は、静かだった。
けれど、迷いはなかった。
「だから、こんなところで終わりになんてしません!」
草冠は冬華を見つめた。
何かを言おうとして、口を開く。
しかし、言葉は出てこなかった。
やがて。
「……本当に」
草冠は小さく笑った。
「お前には、敵わないな……」
冬華も嬉しそうに笑った。
その時。
「――日番谷冬華!」
厳しい声が響いた。
周囲を取り囲む死神たちが、一斉に動き出す。
「中央四十六室の命令に背くつもりか!」
冬華は振り返った。
そして、静かに答えた。
「……はい」
翡翠色の瞳に、揺るぎない決意が宿る。
「私は、草冠さんを殺しません!」
二本の氷輪丸。
本来なら、共に歩むはずだった二人。
その運命は今、中央四十六室の命令によって引き裂かれようとしていた。
けれど。
日番谷冬華は、決して刀を向けなかった。
大切な友達を守るために。
自分が信じた道を、選んだのだから。
――第7話「二つの氷輪丸」・完。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
引き続きよろしくお願いします!