日番谷に転生した   作:使い手なない

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第8話「託された氷輪丸」

 

 ――日番谷冬華!

 

 瀞霊廷の訓練場に、鋭い声が響いた。

 

「中央四十六室の命令に背くというのだな?」

 

「……はい!」

 

 日番谷冬華は、はっきりと頷いた。

 

「私は、草冠さんを殺しません!」

 

 その言葉に、周囲の死神たちがざわめく。

 

 しかし、指揮官らしき男は表情を変えなかった。

 

「……そうか」

 

 そして、静かに片手を上げる。

 

「草冠宗次郎を処分しろ」

 

「……!」

 

 次の瞬間。

 

 ――シュンッ!

 

 周囲に配置されていた隠密機動の隊士たちが、一斉に姿を消した。

 

(……来る!)

 

 冬華は即座に反応した。

 

「――霜天に坐せ、氷輪丸!」

 

 ――ゴオオオオオッ!!

 

 凄まじい冷気が噴き上がる。

 

 巨大な氷の竜が現れ、冬華と草冠を取り囲むように旋回した。

 

 ――ガキィンッ!!

 

 氷の壁に、複数の刃が突き刺さる。

 

「……っ!」

 

 冬華は刀を振るい、氷の竜を旋回させた。

 

 隠密機動の隊士たちが素早く後退する。

 

「冬華!」

 

「草冠さん! 下がっていてください!」

 

「だが……!」

 

「大丈夫です!」

 

 冬華は振り返らずに答えた。

 

「私が、守りますから!」

 

 草冠は言葉を失った。

 

 目の前の少女は、自分を守るために中央四十六室の命令へ逆らっている。

 

 それが、どれほど重大なことなのか。

 

 草冠にも分かっていた。

 

     ◇◆◇

 

 ――キィンッ!

 

「……っ!」

 

 冬華は迫る刃を受け流した。

 

 続けて短い瞬歩で距離を取り、氷輪丸を振るう。

 

「はあっ!」

 

 ――ゴオオッ!!

 

 氷の竜が地面を這うように突進した。

 

 隠密機動の隊士たちが散開する。

 

 しかし。

 

「……速い!」

 

 背後に気配。

 

 振り返るより早く、鋭い斬撃が迫った。

 

 ――ガキンッ!

 

 冬華は咄嗟に刀を返し、どうにか受け止める。

 

「……くっ!」

 

 相手はすぐに離脱した。

 

 別方向から、さらに二人。

 

(……連携が上手い!)

 

 冬華は歯を食いしばった。

 

 霊圧なら負けていない。

 

 むしろ、自分の方が上だろう。

 

 けれど、相手は実戦経験を積んだ死神たちだ。

 

 瞬歩の精度。

 

 攻撃のタイミング。

 

 複数人による連携。

 

 そのどれもが、霊術院の生徒とは違っていた。

 

 しかも。

 

(……草冠さんを守りながらでは……!)

 

 冬華は氷の壁を作り、背後への攻撃を防いだ。

 

 その隙に、別の隊士が草冠へ接近する。

 

「……!」

 

「草冠さん!」

 

 冬華は瞬歩で割り込んだ。

 

 ――キィンッ!!

 

 刃を受け止める。

 

 しかし、直後に別方向から衝撃が走った。

 

「……きゃっ!」

 

 冬華の身体が地面を滑る。

 

「冬華!」

 

「……大丈夫、です!」

 

 すぐに立ち上がる。

 

 けれど、息が荒い。

 

 氷輪丸の始解を維持しながら、複数の相手を同時に警戒する。

 

 その負担は、想像以上だった。

 

「……抵抗をやめろ、日番谷冬華」

 

 指揮官が告げる。

 

「貴様に勝ち目はない」

 

「……っ!」

 

「草冠宗次郎の処分は、中央四十六室の決定だ」

 

 冬華は刀を握り直した。

 

「……だから、何ですか」

 

「……何?」

 

「私は……!」

 

 翡翠色の瞳が、強く輝く。

 

「そんな命令、認めません!」

 

 再び、冷気が吹き荒れた。

 

     ◇◆◇

 

 どれほど戦っただろう。

 

 訓練場の地面は、すっかり氷に覆われていた。

 

 冬華の肩が上下する。

 

「……はあっ……はあっ……!」

 

 それでも、刀は下ろさない。

 

 草冠を守る。

 

 その一心だった。

 

 しかし。

 

「……今だ!」

 

 隠密機動の隊士が、冬華の背後へ回り込んだ。

 

「……!」

 

 冬華は振り返る。

 

 だが、それは陽動だった。

 

 別の隊士が、草冠へ向かっていた。

 

「……草冠さん!」

 

 間に合わない。

 

 そう思った瞬間。

 

『……冬華』

 

「……!」

 

 胸の奥に、低い声が響いた。

 

『お前は、何を望む』

 

(……氷輪丸?)

 

 冬華は息を呑んだ。

 

 視界が、一瞬だけ白く染まる。

 

 果てしない氷原。

 

 灰色の空。

 

 そして、巨大な氷の竜。

 

『……答えよ』

 

 氷輪丸が、静かに問いかけた。

 

『お前は、何のために力を求める』

 

 冬華は顔を上げた。

 

(……決まっています)

 

 強くなりたかった。

 

 前世で知った悲劇を変えるために。

 

 大切な人たちを守るために。

 

 そして、何より。

 

(……友達を、失いたくない!)

 

 冬華は叫んだ。

 

「草冠さんを……守りたいんです!」

 

 巨大な氷竜が、その瞳を細めた。

 

『……ならば、示してみせよ』

 

「……!」

 

『その覚悟に、我が力がどこまで応えられるか』

 

 次の瞬間。

 

 冬華の意識は、現実へ戻った。

 

 草冠へ迫る刃。

 

 それを見つめながら、冬華は刀を握りしめた。

 

「……氷輪丸!」

 

 刀身から、青白い光が溢れ出す。

 

 そして。

 

「――卍解!!」

 

 ――ドオオオオオオオオンッ!!

 

 凄まじい霊圧が、訓練場を震わせた。

 

「……なっ!?」

 

 隠密機動の隊士たちが、思わず動きを止める。

 

 冬華の背中から、巨大な氷の翼が広がった。

 

 青白く輝く翼。

 

 長く伸びる氷の尾。

 

 そして、背後に浮かび上がる氷華。

 

 その姿は、まるで氷雪を纏った小さな竜のようだった。

 

「……冬華……?」

 

 草冠が呆然と呟く。

 

 冬華自身も驚いていた。

 

(……これが、卍解……?)

 

 けれど。

 

「……っ!」

 

 全身に、激しい負担が走った。

 

 霊力が凄まじい勢いで消費されていく。

 

 氷の翼も、時折不安定に揺らいでいた。

 

(……違う)

 

 冬華は直感した。

 

(……まだ、完成していない!)

 

 本来の大紅蓮氷輪丸。

 

 その力を、完全には引き出せていない。

 

 不完全な卍解。

 

 それでも。

 

「……十分です!」

 

 冬華は顔を上げた。

 

「今は、これだけあれば!」

 

 氷の翼が、大きく広がった。

 

 ――ゴオオオオオッ!!

 

 冬華の身体が宙へ舞い上がる。

 

「……何だ、あの霊圧は!?」

 

「霊術院の生徒が、卍解だと……!?」

 

 隊士たちが動揺する。

 

 冬華は上空から刀を振り下ろした。

 

「……はあっ!」

 

 ――バキバキバキッ!!

 

 地面から無数の氷柱が伸びた。

 

 隊士たちの足元を凍らせ、動きを封じる。

 

「……くっ!」

 

「動けない……!」

 

 冬華は次々と氷雪を操った。

 

 相手を傷つけるためではない。

 

 草冠へ近づけさせないために。

 

 しかし。

 

「……っ!」

 

 翼の一部が砕け散った。

 

 背後の氷華が、不安定に揺れる。

 

(……もう、限界……!)

 

 それでも、冬華は刀を下ろさなかった。

 

     ◇◆◇

 

「……日番谷冬華!」

 

 指揮官の声が響いた。

 

「これ以上の抵抗は許されん!」

 

 冬華は荒い息を吐きながら、振り返った。

 

「……私は、草冠さんを守るだけです!」

 

「貴様の行為は、中央四十六室への明確な反逆にあたる!」

 

「……!」

 

「これ以上抵抗するならば、草冠宗次郎だけでなく、貴様も処分対象となる!」

 

 その言葉に、草冠が目を見開いた。

 

「……冬華まで?」

 

 指揮官は冷たく告げる。

 

「命令に背き、処分を妨害したのだ。当然だろう」

 

「……そんな!」

 

 草冠は拳を握りしめた。

 

 しかし、冬華は迷わなかった。

 

「……それでも」

 

 刀を構え直す。

 

「私は、草冠さんを見捨てません!」

 

 その姿を見て。

 

 草冠は、何も言えなくなった。

 

(……どうして、そこまで)

 

 自分たちは、まだ霊術院の生徒だ。

 

 出会ってから、それほど長い時間が経ったわけでもない。

 

 それなのに。

 

 冬華は、自分の未来を懸けて戦っている。

 

 中央四十六室の命令に逆らってまで。

 

(……俺は)

 

 草冠は、静かに目を伏せた。

 

 死神になるなら、規律を守るべきだと思っていた。

 

 命令には従う。

 

 それが正しいことだと、信じていた。

 

 だから、決闘にも応じた。

 

 けれど。

 

『だって、私たちは友達でしょう?』

 

 冬華の言葉が、胸に蘇る。

 

(……そうだな)

 

 草冠は、小さく笑った。

 

(……俺たちは、友達なんだよな)

 

 ならば。

 

 自分にも、守りたいものがある。

 

     ◇◆◇

 

「……冬華」

 

「……草冠さん?」

 

 草冠が、静かに歩み寄ってきた。

 

 冬華は慌てて振り返る。

 

「危ないですよ! まだ――」

 

「……もういいんだ」

 

「……え?」

 

 草冠は、穏やかに微笑んだ。

 

「十分だよ、冬華」

 

「……何を言ってるんですか?」

 

「お前は、俺のために戦ってくれた」

 

「……!」

 

「中央四十六室の命令に逆らってまで、俺を守ろうとしてくれた」

 

 冬華は首を横に振った。

 

「そんなの、当たり前じゃないですか!」

 

「……ああ」

 

 草冠は笑った。

 

「お前なら、そう言うと思ったよ」

 

 そして、指揮官へ視線を向けた。

 

「……ひとつ、確認させてください」

 

「何だ?」

 

「俺が死ねば、二本の氷輪丸の問題は終わるんですよね?」

 

「……草冠さん?」

 

 冬華の表情が変わった。

 

 指揮官は、しばらく沈黙した。

 

「……氷輪丸の所有者が一人になれば、当初の決闘命令の目的は達成される」

 

「……では」

 

「日番谷冬華の処分については、改めて中央四十六室の判断を仰ぐことになる」

 

 草冠は静かに頷いた。

 

「……分かりました」

 

「……草冠さん?」

 

 冬華の声が震えた。

 

「何を……考えているんですか?」

 

 草冠は、冬華へ向き直った。

 

「……冬華」

 

「……はい?」

 

「俺はずっと、死神になるなら規律を守るべきだと思ってた」

 

「……」

 

「でも、お前を見て……少し考えが変わったよ」

 

 草冠は柔らかく笑った。

 

「俺も、お前を守りたい」

 

「……っ!」

 

 冬華は息を呑んだ。

 

「……駄目です」

 

「……冬華」

 

「駄目です!」

 

 冬華は必死に首を振った。

 

「そんなこと、考えないでください!」

 

 草冠は何も答えなかった。

 

 ただ、静かに冬華を見つめていた。

 

「……一緒に」

 

 冬華の声が震える。

 

「一緒に死神になるって、約束したじゃないですか……!」

 

「……ああ」

 

 草冠は小さく頷いた。

 

「約束したな」

 

「だったら……!」

 

 冬華は草冠の腕を掴もうとした。

 

 しかし、その瞬間。

 

「……っ!」

 

 氷の翼が砕け散った。

 

 ――パキィンッ!!

 

 不完全な卍解が、限界を迎えたのだ。

 

 冬華の身体から力が抜ける。

 

「……あっ……!」

 

 膝が崩れ落ちた。

 

 草冠が、咄嗟にその身体を支える。

 

「……冬華!」

 

「……大丈夫、です……!」

 

 冬華は立ち上がろうとした。

 

 けれど、身体が言うことを聞かない。

 

 霊力を使い果たしかけていた。

 

 草冠は、そんな冬華を静かに見つめた。

 

「……本当に、頑張ったな」

 

「……草冠、さん……?」

 

「ありがとう」

 

 その言葉に、冬華の胸が締めつけられた。

 

「……嫌です」

 

 冬華は、かすれた声で呟いた。

 

「……そんな言い方、しないでください……」

 

 草冠は、腰の氷輪丸へ手を添えた。

 

「……冬華」

 

「……はい……?」

 

「ひとつ、頼みがあるんだ」

 

「……頼み?」

 

 草冠は、自分の刀へ視線を落とした。

 

「……俺の氷輪丸を、お前に託したい」

 

「……え?」

 

「お前なら、きっと大切にしてくれる」

 

 冬華は、目を見開いた。

 

「……何を、言ってるんですか……?」

 

 草冠は静かに笑った。

 

「俺たちの氷輪丸は、お揃いだろ?」

 

「……っ!」

 

 冬華の脳裏に、あの日の光景が蘇る。

 

『私たち、斬魄刀までお揃いになっちゃいました!』

 

 自分が笑って。

 

 草冠も笑って。

 

 これからも、一緒に頑張ろうと約束した。

 

「だからさ……」

 

 草冠は、氷輪丸の柄を握りしめた。

 

「俺の氷輪丸も、一緒に連れていってくれ」

 

「……嫌です……!」

 

 冬華は首を横に振った。

 

「そんなの……嫌です……!」

 

「……冬華」

 

「草冠さんが、自分で持っていてください……!」

 

 涙が、頬を伝った。

 

「私……草冠さんと一緒に、死神になりたいんです……!」

 

 草冠は、少しだけ悲しそうに微笑んだ。

 

「……ごめんな」

 

 そして、冬華をそっと地面へ座らせた。

 

 自分の氷輪丸を抜く。

 

「……草冠さん……?」

 

 冬華の声が震えた。

 

「……やめて、ください……」

 

 草冠は、刀を握ったまま冬華を見つめた。

 

「……お前と出会えて、よかった」

 

「……っ!」

 

「俺の氷輪丸を……頼んだぞ」

 

「……草冠さん!!」

 

 冬華が必死に手を伸ばした。

 

 けれど、身体は動かなかった。

 

 そして。

 

 草冠は、自らの氷輪丸を己の身体へ突き立てた。

 

「…………!」

 

 冬華の瞳が、大きく見開かれた。

 

 草冠の身体が、ゆっくりと崩れ落ちる。

 

「……草冠、さん……?」

 

 冬華は震える腕を伸ばした。

 

 倒れ込む草冠の身体を、どうにか抱きとめる。

 

「……嘘、ですよね……?」

 

 返事はなかった。

 

「……草冠さん……?」

 

 草冠の手から、氷輪丸が滑り落ちた。

 

 ――カランッ。

 

 乾いた音が、訓練場に響いた。

 

「……どうして……」

 

 冬華の頬を、涙が伝った。

 

「……どうして、ですか……!」

 

 草冠の身体を、ぎゅっと抱きしめる。

 

「……私、守るって……!」

 

 声が震えた。

 

「守るって、言ったじゃないですか……!」

 

 何度も一緒に稽古した。

 

 剣術を教えてもらった。

 

 鬼道を教えた。

 

 笑い合った。

 

 競い合った。

 

 一緒に死神になると約束した。

 

 それなのに。

 

「……うっ……!」

 

 冬華は唇を噛んだ。

 

「……草冠さん……!」

 

 訓練場に、少女の泣き声が響いた。

 

     ◇◆◇

 

 どれほどの時間が経ったのだろう。

 

 冬華は、草冠のそばに座り込んでいた。

 

 隠密機動の隊士たちは、誰も近づいてこなかった。

 

 指揮官も、ただ静かにその光景を見つめていた。

 

 やがて。

 

「……日番谷冬華」

 

 指揮官が口を開いた。

 

「草冠宗次郎の死亡を確認した」

 

「…………」

 

「二本の氷輪丸に関する決闘命令は、これをもって終了とする」

 

 冬華は何も答えなかった。

 

「貴様の命令違反については、中央四十六室の判断を待つ」

 

 その言葉にも、反応しなかった。

 

 ただ。

 

 草冠が残した氷輪丸へ、そっと手を伸ばす。

 

「…………」

 

 冷たい刀だった。

 

 けれど。

 

 確かに、草冠が握っていた刀だった。

 

 冬華は、その氷輪丸を胸に抱きしめた。

 

「……草冠さん……」

 

 小さな声が漏れる。

 

「……約束、したじゃないですか……」

 

 涙が、刀身に落ちた。

 

「一緒に……死神になるって……」

 

 自分の氷輪丸。

 

 そして、草冠の氷輪丸。

 

 二本の刀が、冬華のそばにあった。

 

 けれど。

 

 その持ち主の一人は、もういない。

 

「……私……」

 

 冬華は、震える声で呟いた。

 

「……もっと、強くなります……」

 

 涙を拭うこともできないまま。

 

 ただ、二本の氷輪丸を抱きしめる。

 

「……だから……」

 

 その先の言葉は、声にならなかった。

 

 冬華が欲しかったのは、もう一本の氷輪丸ではない。

 

 草冠宗次郎と、共に歩む未来だった。

 

 その願いは、もう叶わない。

 

 白く凍りついた訓練場に、静かな風が吹いた。

 

 二本の氷輪丸。

 

 一人の少女。

 

 そして、失われた友との約束。

 

 日番谷冬華は、この日。

 

 守りたかった友達を、失った。

 

 ――第8話「託された氷輪丸」・完。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
引き続きよろしくお願いします!
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