瀞霊廷、十番隊隊舎。
日番谷冬華が十番隊に配属されてから、数日が経過した。
「冬華ちゃーん! こっちこっち!」
「あっ、松本さん!」
廊下の向こうから手を振る松本乱菊に、冬華は小走りで駆け寄った。
真新しい死覇装に身を包み、背中には二本の氷輪丸。
まだ隊舎の構造を覚えている途中だが、少しずつ新しい生活にも慣れてきたところだった。
「今日は隊長に正式に挨拶してもらうわよ!」
「隊長さんに、ですか?」
「そう! うちの隊長、ちょっと変わってるけど、いい人だから安心してね!」
「……ちょっと変わってる?」
「ふふっ。会えば分かるわ!」
乱菊は楽しそうに笑った。
その様子を見て、冬華は首を傾げる。
もっとも。
(……誰なのかは、知っているんですけどね)
冬華には、前世の記憶がある。
そして、原作の知識も。
今の十番隊隊長が誰なのかも、当然知っていた。
(……まさか、一護さんのお父さんの部下になるなんて)
人生とは、本当に何が起こるか分からないものだ。
◇◆◇
「隊長ー! 入りますよー!」
乱菊が勢いよく隊長室の扉を開いた。
「おう! 入れ入れ!」
中から聞こえてきたのは、豪快な男の声。
冬華が部屋へ足を踏み入れると、そこには一人の大柄な男性が座っていた。
黒い髪。
無精髭。
そして、羽織っている白い隊長羽織。
護廷十三隊、十番隊隊長。
志波一心。
「おっ! お前が噂の日番谷か!」
「は、はい!」
冬華は慌てて背筋を伸ばした。
「日番谷冬華です! 本日より、よろしくお願いいたします!」
「おう! よろしくな!」
一心は豪快に笑った。
「いやあ、話には聞いてたが……本当にちっこいな!」
「……むっ!」
冬華の頬が、ぷくっと膨らんだ。
「ち、小さいのは関係ないと思います!」
「がはははっ! 悪い悪い!」
「もう、隊長!」
乱菊が呆れたように腰へ手を当てる。
「冬華ちゃんをからかわないでくださいよ!」
「いや、だってよ! こんな小さな女の子が卍解を使えるってんだから、驚くだろ!」
「……まだ、不完全ですけど」
冬華は少し恥ずかしそうに答えた。
すると、一心はふっと表情を和らげた。
「それでも大したもんだ」
「……!」
「霊術院を一年で卒業して、卍解まで使える。並大抵の努力じゃできねえよ」
「……ありがとうございます!」
冬華は嬉しそうに微笑んだ。
だが、一心は続けた。
「ただし、覚えとけよ、日番谷」
「……はい?」
「強いってことと、いい死神になれるってことは、別の話だ」
その声は、先ほどまでとは少し違っていた。
「どれだけ強い力を持ってても、使い方を間違えりゃ誰かを傷つける。逆に、力が足りなきゃ守りたいもんも守れねえ」
「…………」
「だから、焦らず経験を積め。お前はまだ始まったばかりなんだからな」
冬華は静かに頷いた。
「……はい!」
一心は満足そうに笑った。
「よし! それじゃあ改めて、十番隊へようこそ!」
「よろしくお願いします!」
「おう! 期待してるぜ!」
◇◆◇
それからしばらくして。
「……あの」
「ん?」
「松本さん」
「なあに、冬華ちゃん?」
冬華は、目の前に積み上げられた書類を見つめていた。
「……これ、全部ですか?」
「そうよ!」
「…………」
机の上には、大量の書類。
任務報告書。
隊士の勤務記録。
物資の管理書類。
その他、細々とした事務仕事。
「……あの、私、今日から書類整理も担当するんでしょうか?」
「もちろん! これも立派なお仕事よ!」
「なるほど……!」
冬華は真面目に頷いた。
そして、一枚の書類を手に取る。
「それじゃあ、頑張ります!」
「ふふっ! 助かるわあ!」
乱菊は嬉しそうに笑った。
しかし。
「……あれ?」
冬華の手が止まった。
「松本さん」
「んー?」
「この書類、松本さんの確認印が必要みたいですけど……」
「……あら?」
「それに、こっちの書類も……」
「…………」
乱菊は、そっと視線を逸らした。
「……松本さん?」
「……てへっ!」
「てへっ、じゃありません!」
冬華は思わず声を上げた。
「これ、私が勝手に処理しちゃ駄目な書類ですよね!?」
「だ、大丈夫よ! あとでちゃんと確認するから!」
「本当ですか!?」
「もちろん!」
「……じゃあ、今確認しましょう!」
「ええっ!?」
乱菊が悲鳴のような声を上げる。
その時。
「おーい、松本! 茶でも飲まねえか!」
隊長室から一心が顔を出した。
「あっ、隊長! いいですね!」
「松本さん!?」
「おっ、日番谷もいるのか! 一緒にどうだ?」
「……隊長さん」
「ん?」
冬華は、にっこりと微笑んだ。
「お仕事は終わったんですか?」
「…………」
一心の笑顔が固まった。
「……松本」
「……はい」
「この子、なかなか手強いな」
「……そうですね」
「聞こえてますよ!?」
十番隊の廊下に、冬華の声が響いた。
◇◆◇
午後。
十番隊の訓練場。
「……ふう」
冬華は、背中から二本の氷輪丸を抜いた。
右手には、自分自身の氷輪丸。
左手には、草冠宗次郎から託された氷輪丸。
二本とも、同じ名を持つ斬魄刀。
けれど、冬華にとっては、それぞれ違う意味を持つ大切な刀だった。
「……よし!」
冬華は構えを取った。
右の刀を振るう。
続けて、左の刀を振るう。
さらに、両方を交差させるように動かした。
しかし。
「……あれ?」
動きが、どうにもぎこちない。
一本だけなら、もっと滑らかに扱える。
だが、二本になると途端に難しくなる。
「……うーん」
冬華は首を傾げた。
(右手を動かすと、左手が遅れちゃいますね……)
もう一度。
右。
左。
そして、同時に。
「……っと!」
思わず体勢を崩しかけた。
「……難しいですねえ」
「そりゃそうだろ」
「……ひゃっ!?」
突然、背後から声がした。
振り返ると、そこには一心が立っていた。
「た、隊長さん!?」
「おう。頑張ってるみてえだな!」
「……はい!」
一心は冬華の両手を見た。
「二刀流か」
「はい。まだ、全然上手く扱えないんですけど……」
「まあ、そうだろうな」
一心は腕を組んだ。
「一本の刀を扱うのと、二本を同時に扱うのじゃ、身体の使い方がまるで違う」
「……なるほど」
「それに、お前はまだ小せえ。二本の刀を振り回そうとすりゃ、余計に体勢が崩れやすい」
「……むぅ」
「がははっ! そんな顔すんなって!」
一心は笑いながら続けた。
「だが、悪いことばかりじゃねえぞ」
「……?」
「お前、霊圧の制御が得意なんだろ?」
「はい!」
「なら、そいつを生かしてみろ。無理に腕の力だけで二本を扱おうとする必要はねえ」
「……霊圧を?」
「身体の動きと霊圧の流れを合わせるんだ。左右で別々の動きをするなら、それぞれの動きを意識してみろ」
「…………」
冬華は、二本の氷輪丸を見つめた。
(……なるほど)
霊圧を細かく制御することは、昔から得意だった。
全身に霊圧の膜を纏わせる訓練も、ずっと続けている。
ならば。
(……左右の動きを、もっと丁寧に意識すれば……)
冬華は再び構えた。
右手を振る。
左手を動かす。
先ほどよりも、少しだけ動きが滑らかになった。
「……あっ!」
冬華の顔がぱっと明るくなる。
「さっきより、動かしやすいです!」
「おう! いいじゃねえか!」
「ありがとうございます、隊長さん!」
「ただし、調子に乗って無茶すんなよ!」
「はい!」
一心は満足そうに頷いた。
冬華はもう一度、二本の刀を構える。
まだまだ未熟。
けれど、確かに一歩前へ進めた気がした。
◇◆◇
数日後。
冬華に、初めての現世任務が言い渡された。
「虚の討伐、ですか?」
「そうよ!」
乱菊は任務書を広げた。
「現世の空座町から少し離れた地域で、虚の反応が確認されているの。今回は先輩隊士と一緒に行ってもらうわ」
「はい!」
「相手は通常の虚と推定されているけど、油断しちゃ駄目よ?」
「分かりました!」
冬華は元気よく頷いた。
そして、背中の二本の氷輪丸を確かめる。
(……初任務、ですね)
少し緊張する。
けれど、それ以上に気持ちが引き締まった。
◇◆◇
現世。
夕暮れの住宅街。
「……ここが、現世」
冬華は周囲を見渡した。
高い建物。
舗装された道路。
電柱に張り巡らされた電線。
前世では見慣れていたはずの景色。
しかし、こうして死神として訪れると、どこか不思議な感覚があった。
「日番谷、気を抜くなよ」
「あっ、はい!」
隣を歩く先輩隊士が声をかける。
「虚の反応は、この付近だ」
「分かりました!」
冬華は周囲の霊圧を探った。
すると。
「……!」
建物の向こう側から、禍々しい霊圧が感じられた。
「来ます!」
次の瞬間。
「グオオオオッ!!」
巨大な影が、建物の屋上から飛び降りてきた。
白い仮面。
長い腕。
鋭い爪。
虚だ。
「日番谷! 下がれ!」
先輩隊士が斬魄刀へ手を伸ばす。
しかし。
「大丈夫です!」
冬華は地面を蹴った。
――瞬歩。
一瞬で虚の側面へ移動する。
「……はっ!」
背中から右の氷輪丸を抜き放った。
銀色の刃が、夕日を反射する。
虚が腕を振り下ろす。
だが、冬華はその動きを冷静に見極めた。
(……遅い!)
身体をひねり、爪をかわす。
そして。
――ザンッ!
鋭い斬撃が、虚の腕を切り裂いた。
「グギャアアッ!!」
虚が悲鳴を上げる。
冬華は着地と同時に、再び瞬歩を使った。
今度は虚の背後。
「……これで!」
刃を振り抜く。
――ザシュッ!
虚の仮面が、真っ二つに割れた。
「ギ……アアア……!」
虚の身体が崩れ、霊子となって消えていく。
静寂が戻った。
「……ふう」
冬華は小さく息を吐いた。
そして、氷輪丸を鞘へ収めた。
「……討伐、完了です!」
振り返ると、先輩隊士が呆然としていた。
「……お前」
「……はい?」
「今の……始解もしてないよな?」
「はい!」
「……瞬歩と斬術だけで倒したのか?」
「……えっと、はい」
冬華は少し困ったように笑った。
「普通の虚でしたし……」
「…………」
先輩隊士は、しばらく言葉を失っていた。
「……噂以上だな、お前」
「……えへへ」
冬華は照れくさそうに笑った。
◇◆◇
その日の夜。
十番隊隊舎。
「おう! 帰ったか、日番谷!」
「はい! ただいま戻りました!」
一心の声に、冬華は元気よく返事をした。
「初任務はどうだった?」
「無事に虚を討伐できました!」
「そうかそうか!」
一心は豪快に笑った。
「聞いたぞ! 始解も使わずに倒したんだってな!」
「はい!」
「がははっ! やるじゃねえか!」
その隣では、乱菊も嬉しそうに微笑んでいた。
「冬華ちゃん、すごいわねえ!」
「ありがとうございます!」
「でも、怪我はしてない?」
「はい! 大丈夫です!」
「ならよかった!」
乱菊は冬華の頭を優しく撫でた。
「……えへへ!」
冬華は嬉しそうに笑った。
すると、一心が口を開いた。
「ま、今日はゆっくり休め!」
「はい!」
「明日からも仕事は山ほどあるからな!」
「……あっ」
冬華は、ふと思い出した。
「そういえば、隊長さん」
「ん?」
「昨日の書類、まだ終わっていませんでしたよね?」
「…………」
一心の動きが止まった。
「……松本」
「……はい」
「日番谷って、仕事のことになると容赦ねえな」
「……そうですねえ」
「聞こえてますよ!?」
二人が顔を見合わせて笑う。
冬華も、つられて笑ってしまった。
賑やかで。
少し騒がしくて。
けれど、どこか温かい場所。
(……いい隊ですね)
冬華は、心の中で呟いた。
そして、ふと背中の二本の氷輪丸を意識する。
今日の任務では、一本しか使わなかった。
二刀流も、卍解も、まだまだ修行が必要だ。
(……もっと、強くならないと)
脳裏に浮かぶのは、未来の記憶。
藍染惣右介。
圧倒的な実力を持つ、あの男。
原作が始まれば、いつ対峙することになるか分からない。
(……それまでに、絶対に)
冬華は、そっと拳を握った。
(……もっともっと、強くなってみせます!)
「冬華ちゃーん? どうしたの?」
「……あっ!」
乱菊の声に、冬華は顔を上げた。
「なんでもありません!」
そして、にっこりと微笑む。
「明日も頑張りましょうね、松本さん!」
「ええっ!? もう少しのんびりしましょうよ!」
「駄目です!」
「冬華ちゃ〜ん!」
一心の豪快な笑い声が、隊舎に響いた。
こうして、日番谷冬華の死神としての日々は、少しずつ動き始めた。
――第10話「十番隊の日常」・完。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
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