「顔60点、体100点」と評価されている幼馴染と同棲することになった俺。彼女は無防備なうえに甘やかしてくるので、毎日が刺激的すぎるんだが…! 作:白井ムク
無防備すぎる彼女との、距離感ゼロな甘々同棲ラブコメをお楽しみください。
「はい、律くん。じっとしててね〜」
「……まず、この状況になった経緯を説明してくれ」
「私が律くんに膝枕をしました」
「見ればわかる。そうじゃなくて、どうしてこうなったのかを訊いてるんだよ」
「律くんがお疲れのようだったので、特別癒やしコースをご用意しました♪」
小晴は明るく、さっぱりした口調だった。恥じらいというものがまるでない——いや、恥じらうこともたまにはあるのだが、こうして自分から積極的に攻めるぶんには、恥じらいをどこかへ捨ててきたような節がある。
律は少し照れながらも、ここははっきり言わねばと自身を奮い立たせた。
「頼んだ覚えがない」
「初回無料だよ?」
「二回目から金取るつもりか?」
「お代は律くんの愛で♪」
「ずいぶん不安定な通貨だけど、いいんだな? 明日には暴落するぞ?」
「明後日V字回復すれば問題なし!」
「どこから来るんだよ、そのポジティヴ思考は……」
夏休みに入って数日。
冷房の効いたリビングでソファに寝転がってスマホを眺めていた律は、突然現れた小晴にスマホを奪われた。返してほしければ言う通りにしろと言われ、意味もわからないまま身体を起こしたところ、肩を摑まれ、半ば強引にソファへ押し倒された。
気づけばこの有り様だ。
律の後頭部には小晴の柔らかな太腿。健康的でもちもちとした肉感。そして視界のほとんどを埋めているのは——薄手のサマーニットを内側から大きく押し上げた、規格外の二つの膨らみだった。小晴がこちらを覗き込むたび、その圧倒的な質量が今にも顔の上へ落ちてきそうになる。
小晴のおっぱいはとにかく大きい。その一言に尽きる。
「……なあ」
「なに?」
「顔が見えない」
「えっ、なんで?」
「胸が邪魔で」
「ちょっと待って。私の顔、どれくらい見えてる?」
「胸の向こうに、顎が少し」
「へえ〜?」
小晴の声が、急に愉快そうなものへ変わった。どうにも嫌な予感がする。
「私のおっぱいが目に入るの、嫌?」
律は一瞬、「うっ」と呻く。ここで選択肢を間違えるわけにはいかないので、慎重に言葉を選ぶ。
「……嫌とは言ってない」
「じゃあ嬉しい?」
「そういう質問には回答できないな」
「嬉しいんだ?」
「だから答えてないだろ」
「正直な身体だなぁ♪」
「身体はなにも反応してない」
「反応してないんだ……」
「なんで残念そうなんだよ?」
律が起き上がろうとした瞬間、小晴の両手が頭を押さえた。
「ダメ。急に動いたら危ないよ?」
「なんで?」
「今から耳かきするから」
「えっ……!?」
小晴の手には、いつの間にか細い耳かき棒が握られていた。
「動くと鼓膜にクリティカルヒットします」
「怖いことを軽い調子で言うな!」
「大丈夫、安心して。北海道で鍛えてきたから」
「耳かきに地域差はないだろ」
「北海道の耳かきは強いよ〜?」
「……耳かきじゃなくて、雪かきじゃないか、それ?」
「う〜ん……まあ、どっちも同じだよね?」
「ぜんぜん違う! やっぱ安心できねぇ!」
小晴は楽しそうに笑いながら、律の顔を横へ向けた。右耳へ、耳かき棒の先端がそっと触れると、律は一瞬ビクッとなった。
「本当に動かないでね」
「だ……だったら、本当に集中してやってくれよ?」
「うん。真面目にやりますのでご安心を〜」
小晴の指が律の耳へ触れる。耳かき棒がゆっくりと中へ入り、内側を優しく掻く音がした。律は緊張しながらも、じっと耳の感触に集中していた。
「痛くない?」
「……今のところは」
「気持ちいい?」
「まあ、それなりに」
「百点満点で?」
「六十点」
「え〜、低いよぉ〜」
「まだ始まったばかりだろ」
「じゃあ、おっぱいのお触りを含めたら点数上がる?」
「どこで加点させようとしてるんだ、お前は……」
呆れながらも、律は身体から力を抜いた。
認めるのは悔しいが、小晴の耳かきは意外と上手かった。指先の動きは慎重で、耳の中を掻く力も強すぎない。太腿は柔らかくて枕としての性能も申し分ないし、視界を覆う胸さえ意識しなければかなり心地よい。
——意識するなってほうが無理ゲーだけどな……。
小晴の身体は、律が記憶していたころから大きく変わっていた。小学生のころは、背も身体つきも律より小さかった。それが数年ぶりに再会してみれば、顔には昔の面影を残しているくせに、身体だけはすっかり大人の女性へ成長していた。
それも、
「はい、終了」
小晴は耳からそっと耳かきを抜くと、身体を前へ倒した。
「うおっ……!?」
視界にあった二つの膨らみが律の右耳や額と頬へ押し当てられる。
「柔らか……じゃなくて、なにしてんだっ!?」
「集中して疲れたからちょっと休憩という名のサービスタイム♪」
「だったらサービスタイムでいいだろ、それ!」
律が慌てながらツッコむと、小晴は「ふふっ」と微笑んだ。
「元気になったね」
「……え?」
不意に、小晴の声からからかうような響きが消えた。律の頭を抱いたまま、その指先が髪へ優しく触れる。
「さっきまで、ずっと難しい顔してたから」
「……いいや、してない」
「してたよ」
「スマホ見てただけだって」
「画面、ぜんぜん動いてなかったよ?」
図星だった。スマホを眺めてはいた。だが、なにを見ていたのかはほとんど覚えていない。画面の向こうへ意識を逃がしながら、頭の中では同じ言葉を繰り返していた。
『律くんってさ、すっごくいい人なんだけど……なんか違うなって思って』
それから、
『別れよ、私たち』
という言葉も。
忘れようとすればするほど、元カノの声が鮮明に蘇ってくる。
「仕方ないよ。別れたばっかりだもんね」
小晴が静かに言った。
「……心配しなくても、もう大丈夫だって」
「大丈夫じゃなくてもいいんだよ」
髪を撫でる手が、どこまでも優しい。
「すぐに元気にならなくてもいいし、忘れなくてもいい。悲しいなら悲しいって言っていいし、悔しいなら悔しいって言っていい。律くん、そういうの我慢する癖あるから」
「……昔の話だろ」
「今も同じだよ」
律は強く否定できなかった。小晴の言葉は、いつだって律が見られたくないところへ真っ直ぐに届いてしまう。
「私は、律くんが元気になるまで待つからね」
「……なんだよ、それ?」
「ふふっ。乙女心♪」
小晴の胸越しに少し速い鼓動が聞こえた。抱きしめる腕は優しく、逃げようと思えば簡単に逃げられる程度の力しか入っていない。
それでも律は、すぐには離れようとしなかった。柔らかな温もりに包まれていると、胸の奥へ沈んでいた重苦しいものが、ほんの少しだけ軽くなる気がした。
「——というわけで」
小晴の声が、急にいつもの明るさへ戻った。
「特別癒やしコース、延長しまーす♪」
「……え?」
抱きしめる腕に力が入る。律の顔が、小晴の胸元へさらに深く埋まった。
「ちょっ、待て……!」
「私の包容力を全身で味わってね」
「包容力って物理的なもんじゃない!」
「ほらほら、よしよし〜。気持ちいいでしゅか〜?」
「赤ちゃん言葉だけはやめろ!」
「大丈夫。遠慮なくバブっていいよ? 男の子はみんな、女の子の前では赤ちゃんになるって聞いたから」
「どこでそんな間違った知識を仕入れた!?」
「インターネット」
「今すぐ使用制限かけてやる!」
律は必死に小晴の腕から抜け出した。ソファの端へ逃げ、乱れた髪と呼吸を整える。
小晴は膝の上に耳かき棒を置き、心底楽しそうに笑っていた。
「律くん、今度は左耳やる?」
「もういい」
「遠慮しなくてもいいよ?」
「遠慮じゃない。ガチめの命の危険を感じた」
「気持ちよかったくせに」
「耳かきはな」
「太腿は?」
「……まあ、気持ちよかった」
「おっぱいは?」
「それだそれ。もはや凶器!」
「ひどいなぁ〜」
小晴の軽やかな笑い声が、夏のリビングへ響く。
ほんの数日前まで、律の日常に小晴はいなかった。自分の家で当たり前のようにくつろぎ、膝枕をし、抱きしめ、失恋の傷まで見抜いてくる女の子などいなかったのだ。
いったい、どうしてこんなことになったのか。
話は数日前。律が、人生で初めてできた彼女から、人生で初めて別れを告げられた日の放課後まで遡る。
『——別れよ、私たち』
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