「顔60点、体100点」と評価されている幼馴染と同棲することになった俺。彼女は無防備なうえに甘やかしてくるので、毎日が刺激的すぎるんだが…! 作:白井ムク
最寄りのスーパーまでは、徒歩で十分ほどだった。
律が少し前を歩き、小晴がその後ろをついてくる。「いい人」の一件から、家を出たあとも会話は少なかった。律は、どこか上の空だった。
「ねえ、律くん」
「なに?」
「歩くの、ちょっと速い」
振り返ると、小晴は額に汗を浮かべていた。引っ越し作業を終えたばかりだ。疲れていることくらい、考えればわかる。
「……ごめん」
律は歩調を落とした。
「無理に合わせなくていいけど」
「疲れてるんだろ? なら俺が合わせるよ」
「でも、律くんはそういうの嫌なんでしょ?」
「嫌とは言ってない」
「いい人って言われるのは嫌なんだよね?」
その返しに、また胸が痛んだ。小晴は意図的に言ったのだと律にはわかった。
「だから、その話はもういいって」
「よくないよ。私、知らないで嫌なこと言っちゃったんでしょ?」
「小晴には関係ないから」
言った瞬間、小晴の足が止まった。
「関係あるよ」
「なんでだよ?」
「幼馴染で同居人だから」
「同居人って……昨日から一緒に住み始めただけだろ?」
「それでも私は——」
「何年も会ってなかったんだ。小晴が知ってるのは昔の俺だけで、今の俺のことなんてなにも知らないだろ」
ひとたび口に出すと、止められなかった。
「だったら、幼馴染だからって、なんでもわかってるみたいに言うなよ」
小晴の目が見開かれ、唇がわずかに震えた。
傷つけたとはっきりとわかった。それなのに、律はすぐに謝れなかった。自分から突き放しておきながら、相手の反応が怖くて動けない。
「……そっか」
小晴が俯いた。
「ごめんね。私、昔と同じつもりで、ちょっと調子に乗ってた」
「小晴」
「私、先にスーパー行ってるね」
顔を上げた小晴は笑っていた。いつもの明るい笑顔だが、目元は少しだけ赤い。
「買うもの、私のものばっかりだし。律くんは家に戻ってていいよ」
小晴は返事を待たず、小走りで先へ行ってしまった。
律はその場に立ち尽くす。
——なにやってんだ、俺。
小晴はなにも悪くない。「いい人」という言葉だって、律を褒めるために使ったのだ。それなのに、陽依に言われた言葉を勝手に重ね、関係のない小晴へ苛立ちをぶつけた。
いい人はやめる——その決意を撤回するつもりはない。
けれど、自分の本音を言うことと、なにも知らない小晴へ苛立ちをぶつけることは違う。誰かに合わせるだけの人間をやめるために、誰かを傷つける人間になる必要はない。
「……最悪だ」
律は拳を握った。このまま家へ帰れば、小晴はきっとなにも言わない。夕食のころにはいつもの笑顔へ戻り、八つ当たりしたことまで「気にしてない」と流すだろう。
そして自分は、それに甘える。小晴の笑顔や優しさに甘えてしまう。
それでは——陽依と付き合っていたときと同じだ。相手の顔色を窺い、気まずいことをなかったことにして、肝心なことはなにも話さない。そんなのは、違う。
律は顔を上げた。
先を行く小晴の背中を追い、走り出した。