「顔60点、体100点」と評価されている幼馴染と同棲することになった俺。彼女は無防備なうえに甘やかしてくるので、毎日が刺激的すぎるんだが…!   作:白井ムク

10 / 10
第9話 八つ当たり

 最寄りのスーパーまでは、徒歩で十分ほどだった。

 

 律が少し前を歩き、小晴がその後ろをついてくる。「いい人」の一件から、家を出たあとも会話は少なかった。律は、どこか上の空だった。

 

「ねえ、律くん」

「なに?」

「歩くの、ちょっと速い」

 

 振り返ると、小晴は額に汗を浮かべていた。引っ越し作業を終えたばかりだ。疲れていることくらい、考えればわかる。

 

「……ごめん」

 

 律は歩調を落とした。

 

「無理に合わせなくていいけど」

「疲れてるんだろ? なら俺が合わせるよ」

「でも、律くんはそういうの嫌なんでしょ?」

「嫌とは言ってない」

「いい人って言われるのは嫌なんだよね?」

 

 その返しに、また胸が痛んだ。小晴は意図的に言ったのだと律にはわかった。

 

「だから、その話はもういいって」

「よくないよ。私、知らないで嫌なこと言っちゃったんでしょ?」

「小晴には関係ないから」

 

 言った瞬間、小晴の足が止まった。

 

「関係あるよ」

「なんでだよ?」

「幼馴染で同居人だから」

「同居人って……昨日から一緒に住み始めただけだろ?」

「それでも私は——」

「何年も会ってなかったんだ。小晴が知ってるのは昔の俺だけで、今の俺のことなんてなにも知らないだろ」

 

 ひとたび口に出すと、止められなかった。

 

「だったら、幼馴染だからって、なんでもわかってるみたいに言うなよ」

 

 小晴の目が見開かれ、唇がわずかに震えた。

 傷つけたとはっきりとわかった。それなのに、律はすぐに謝れなかった。自分から突き放しておきながら、相手の反応が怖くて動けない。

 

「……そっか」

 

 小晴が俯いた。

 

「ごめんね。私、昔と同じつもりで、ちょっと調子に乗ってた」

「小晴」

「私、先にスーパー行ってるね」

 

 顔を上げた小晴は笑っていた。いつもの明るい笑顔だが、目元は少しだけ赤い。

 

「買うもの、私のものばっかりだし。律くんは家に戻ってていいよ」

 

 小晴は返事を待たず、小走りで先へ行ってしまった。

 律はその場に立ち尽くす。

 

 ——なにやってんだ、俺。

 

 小晴はなにも悪くない。「いい人」という言葉だって、律を褒めるために使ったのだ。それなのに、陽依に言われた言葉を勝手に重ね、関係のない小晴へ苛立ちをぶつけた。

 

 いい人はやめる——その決意を撤回するつもりはない。

 

 けれど、自分の本音を言うことと、なにも知らない小晴へ苛立ちをぶつけることは違う。誰かに合わせるだけの人間をやめるために、誰かを傷つける人間になる必要はない。

 

「……最悪だ」

 

 律は拳を握った。このまま家へ帰れば、小晴はきっとなにも言わない。夕食のころにはいつもの笑顔へ戻り、八つ当たりしたことまで「気にしてない」と流すだろう。

 

 そして自分は、それに甘える。小晴の笑顔や優しさに甘えてしまう。

 

 それでは——陽依と付き合っていたときと同じだ。相手の顔色を窺い、気まずいことをなかったことにして、肝心なことはなにも話さない。そんなのは、違う。

 律は顔を上げた。

 

 先を行く小晴の背中を追い、走り出した。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。