「顔60点、体100点」と評価されている幼馴染と同棲することになった俺。彼女は無防備なうえに甘やかしてくるので、毎日が刺激的すぎるんだが…! 作:白井ムク
「でもさ……律くんは、フられたから『いい人』って言われるのが嫌なの?」
「……正直にな。誰かに好かれるためだけのいい人でいる意味は、もうないと思ってる」
「じゃあ、いい人をやめるの?」
「ああ。もう誰かに合わせるだけの人間ではいない。自分が嫌なことは嫌だって言うし、やりたいことも自分で決める」
「それで、相手のことはなにも考えずに好き勝手する?」
「いや、それは違う。俺は自分の気持ちまでなかったことにするのをやめたいだけだ。誰かを傷つけたいわけじゃない」
「うん。だったら、いい人をやめることと、嫌な人になることは違うと思うよ」
小晴はそう言って、持っていた買い物かごを指差した。
「たとえば、このカゴ」
「これ?」
「私が持つの大変だから、律くんに持ってほしいって言ったら?」
「持つよ」
「どうして? 私に嫌われたくないから?」
「そういうわけじゃない。ただ、引っ越しで小晴も疲れてるだろうし、俺が持とうと思っただけ」
「それって優しさだよ。損得勘定で物事を決めない、普通の優しさ」
そう言って、小晴は満足そうに笑う。
「誰かに好かれるためじゃなくて、自分が持ちたいから持つ。だったら、それはやめなくていい優しさなんじゃない?」
「それって……けっきょくどうなんだろうな?」
同じことなら陽依にもしていたが——けっきょくフラれてしまった。
「知らない」
「いきなり突き放したな……」
「だって、私は昔の律くんしか知らないから、今の律くんの気持ちはわからないもん」
先ほど律がぶつけた言葉を、小晴はさらっと、厭味なく使った。
「だから、これから教えて。今の律くんのこと」
小晴は真っ直ぐに律を見る。
「昔と変わったなら、変わったところ。嫌なことがあるなら、嫌だって言って。私が間違えたら、怒ってもいい」
「……また、さっきみたいに傷つけるかもしれないぞ?」
「そのときは、私も傷ついたって言うし、私が悪かったらちゃんと謝るよ」
律の肩から一気に力が抜けた。
「だからさ……今日みたいに、もう一回話せばいいじゃん。とことん話して、喧嘩したなら仲直りすればいいし」
律には、そんな考え方がなかった。相手を傷つけないことが優しさだと思っていた。だから自分の言葉を飲み込み、衝突を避けてきた。
だが、どれほど気をつけても、誰も傷つけないことなどできないのかもしれない。それなら、傷つけたあとに向き合うことのほうが大切なのではないか。
「……そういうの、面倒じゃないの? 俺の話を聞いたり、八つ当たりされたり」
「たしかに八つ当たりは面倒」
「そこは面倒なんだな」
「でも、本音を言ってもらえないほうが嫌」
小晴は当然のように答えた。
「だから、私のことはちょっとくらい雑に扱ってもいいよ」
「いいのか?」
「なんでもこのコハルッピーに相談して♪」
「……なんだそれ?」
「チャッピーの上位互換」
「いや、お前のほうがスペック低そうだぞ……」
「ひっどーっ!」
小晴が笑うと、律の胸に残っていた重苦しさがもう一段軽くなった。本音で話し合える相手——たしかに、昔をよく知る小晴となら成立するかもしれない。
そして、相談に乗ってくれるというのも、なんだかありがたい。
「そっか……ありがとな。話、聞いてくれて」
「どういたしまして」
小晴は得意げに頷くと、律の腕へ自分の腕を絡めた。
「じゃあ、仲直りに腕を組んでもいい?」
「もう組んでるだろ……つーか、なんでだよ?」
「なんとなく♪」
柔らかな胸が、律の肘へ押し当てられる。律が腕を引こうとすると、小晴は逃がさないように力を込めた。
「おい、近い」
「嫌?」
「……暑いから。あと、ご近所さんに見られたら困る」
「嫌かどうかを訊いてるんだけど?」
「……嫌ではない」
「ふふっ。ちゃんと本音言えたね〜?」
「言わせたんだろ」
「そうとも言う♪ そうやってコハルッピーにどんどん言ってね」
小晴は上機嫌に腕を組んだまま、律を引っ張って、棚のあいだを回り始める。
「さあ、買い物の続きしよ♪ あとは服と雑貨と、新しい枕も見たい」
「スーパーに全部あるか?」
「なかったら明日ショッピングモール行こうよ。律くんとデート二日目♪」
「デートじゃないって」
「男の子と女の子が二人でお出かけしてるんだから、立派なデートだよ?」
「定義が雑だなぁ……」
律が呆れて言うと、小晴は楽しそうに笑った。
その笑いにつられ、律の口元も自然と緩む。相手の機嫌を取るための愛想笑いではない。
小晴の言うことがあまりにもバカバカしくて、勝手に零れた笑いだった。
——なんか、こういうのがいいのかもな……。
気を遣わずに話し、本音をぶつけ、傷つけ、謝り——それでも、もう一度並んで歩ける。完璧ないい人でなくても、自分を偽らなくても、関係が壊れない相手。
それは自分がずっと求めていた相手だったのかもしれない。
ふと、右手を見る。
両手で持った買い物カゴは、小晴が商品を入れるたびに重みを増していく。
それでも自分で選んで引き受けた重みがそこにあるような気がして、律にとっては、なんだか嬉しくもあり、誇らしくもあった。
しかし——
「……律くん。カート使う?」
「そ、そうだな……うん……ちょっと、もう限界かも……」
帰宅部の筋力では持ちきれないものもあると知った律だった。