「顔60点、体100点」と評価されている幼馴染と同棲することになった俺。彼女は無防備なうえに甘やかしてくるので、毎日が刺激的すぎるんだが…!   作:白井ムク

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第2話 初カノとの別れ

「別れよ、私たち」

 

 上原(うえはら)陽依(ひより)は、同じ言葉を二度口にした。

 一度目は、聞き間違いだと思った。正確には、聞き間違いであってほしかった。

 

 もうすぐ夏休みという、ある日の放課後。

 律と陽依は、駅へ続くいつもの道を並んで歩いていた。駅前に新しいカフェができたとか、イツメンで夏休みの計画を立てたとか、期末テストの結果が危ないとか、友達のバイト先の制服が可愛いとか。そんな他愛もない話なら、いくらでも聞いていたかった。

 

 けれど、陽依が二度目に告げた言葉は、正確に、刺さるように、蝉の声に紛れることなく律の耳へ届いた。

 

「……なんで?」

 

 ようやく出た声は、律自身でも驚くほどかすれていた。笑顔も引きつる。

 

「んー……」

 

 陽依は少し困ったように笑う。いつもと同じ可愛らしい笑顔だった。

 校内の誰もが憧れる、明るくて華やかな上原陽依。

 その笑顔を崩さないまま彼女は言う。

 

「律くんって、すっごくいい人なんだけど……なんか違うなって思って」

 

 その瞬間、律の胸の奥へ冷たいものが一気に流れ込んだ。

 

「なんか、違う?」

「うん」

「俺、なにかした?」

「そうじゃないの。嫌なことをされたとか、そういうんじゃなくて」

 

 陽依は一度、律から目を逸らした。鞄の持ち手を握り直す指先にわずかに力が入っている。それでも顔を上げたときにはいつもの笑顔へ戻っていた。

 

「律くんは、私と付き合ってて楽しい?」

「え……」

 

 すぐに答えるべきだった。楽しいに決まっている、と。

 

 学校で一番可愛いと評判の女子と付き合っているのだ。友人たちからは羨ましがられ、男子からは「どうやって落としたんだ」と何度も訊かれた。

 

 放課後に一緒に帰り、休日には人気のカフェへ行き、ラブラブなツーショットを撮る。それは律がずっと夢見ていた高校生活のはずだった。

 

 だから楽しくないはずがない。

 

「そりゃ、楽しいよ」

 

 ほんの一瞬の迷いを塗り潰すように、律は笑ってみせた。

 

「陽依と付き合えて、楽しくないわけないだろ」

 

 陽依は「そっか」と小さく呟いた。

 

「私も楽しかったよ」

「だったら——」

「でもね」

 

 律の言葉を遮り、陽依は続ける。

 

「なんか、恋人って感じがしなかった」

「え?」

「友達の延長っていうのかな。律くんは優しいし、一緒にいて安心するんだけど……ずっと、私に合わせてくれてるだけみたいで」

「そんなこと——」

「どこへ行きたいって訊いても、私の好きなところでいいって言うでしょ?」

「それは、陽依に楽しんでほしいから」

「食べたいものを訊いても、私が食べたいものでいいって言う」

「それも、陽依が喜ぶなら——」

「じゃあ、律くんはなにがしたかったの?」

 

 律は言葉を失った。

 陽依が行きたい場所。陽依が食べたいもの。陽依が喜びそうな話題。そういうものなら、いくらでも思い出せる。けれど、自分がどこへ行き、なにをしたかったのか——訊かれてもすぐには答えられない。それはまるで自分という存在がいないかのようだった。

 

「ごめんね」

 

 陽依は先に謝った。

 

「私も上手く言えないんだけど、このまま付き合ってても、ずっとお互いに無理する気がするの」

「俺は無理なんてしてないよ、ぜんぜん……」

 

 笑顔をつくりながら反射的に否定すると、陽依は少し寂しそうに笑う。

 

「律くんなら、そう言うと思った」

「……陽依」

「やっぱりさ……前みたいに、友達でいるほうが自然なんじゃないかな」

 

 その一言でようやく理解した。

 これは説得するための話し合いではない。陽依の中ではすでに決まっていたのだ。律がなにを言っても、今日でこの関係は終わりなのだと。

 

「……そっか」

 

 落ち込みながら口から出たのは、それだけだった。

 本当は「別れたくない」と言いたかった。どこが悪かったのか、どうすれば直せるのか、そういうことをもっと訊きたかった。けれど陽依を困らせたくなかった。別れたいと言っている相手へすがりつき、嫌な思いをさせたくなかった。

 そんな風に、最後まで物わかりのいい人でいたかった律は——

 

「……わかったよ」

 

 寂しそうな笑顔をつくりながら言った。

 

「じゃあ、今までありがとな」

「うん。こちらこそ、ありがとう」

 

 二人は笑顔を浮かべたまま、別々の方向へ歩き出した。

 去り際まで美しく——そんな風に、お互いに途中で振り返ることはなかった。

 

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