「顔60点、体100点」と評価されている幼馴染と同棲することになった俺。彼女は無防備なうえに甘やかしてくるので、毎日が刺激的すぎるんだが…! 作:白井ムク
明日27日はハーメルンのメンテナンスがあるそうなので、
第7話は28日(水)に更新予定です。
1日空きますが、引き続き本作をよろしくお願いします。
白井ムク
その夜。夕食と入浴を済ませた律は、自分の部屋のベッドへ倒れ込んだ。
長い一日だった。陽依にフラれ、小晴と再会し、その小晴と今日から同居することになった。そんな今日一日の記憶が脈絡もなく頭の中を駆け巡る。
『律くんって、すっごくいい人なんだけど……なんか違うなって思って』
と、困ったように笑う陽依。
『やっと会えた! ずっと会いたかったんだよ!』
と、玄関で抱きついてきた小晴。
まるで正反対の言葉が交互に蘇ると、律は枕へ顔を埋めた。
小晴と話しているあいだは、失恋したことさえ忘れかけていた。けれど、一人になれば元に戻る。目を閉じると、別れ際の陽依の顔が浮かんでくる——
『律くんは、私と付き合ってて楽しい?』
あのとき、陽依から訊かれてもすぐに答えられなかった。一瞬躊躇ってしまった。
自分は、本当に陽依と付き合っていて楽しかったのだろうか。学校で一番可愛い女子と付き合えたことに満足していただけではないのか——。
「……やめよう」
一人で考えても答えは出ない。律は身体を起こしスマホへ手を伸ばした。
そのとき、部屋のドアが開いた。
「律くーん、ちょっといいー?」
「ノックくらいしろよ」
「ノックしたよ?」
「返事を待て」
「うん。それじゃあ、次からそうするね」
そう言って、小晴はさも当然かのように部屋へ入ってくる。
「それで、なに——」
振り返った律の動きが止まった。
小晴は、バスタオル一枚だった。
白いタオルが豊かな胸元から太腿の上までを辛うじて覆っている。風呂上がりで上気した肌は薄っすらと赤く、濡れた髪はやけに色っぽい。
「なんだ、その格好は!?」
「ん? お風呂上がりでーす♪」
「見ればわかる! 服を着ろ!」
「着替え、部屋に置いたままだったの」
「だったら先に着替えてこい! 男の前だろっ!」
「え〜? 昔は一緒にお風呂入ったのに、今さら照れるの?」
「何年前の話だよ!」
律は反射的に目を逸らした。
「ふふっ。照れてる照れてる〜♪」
「照れるに決まってるだろ! つーか、お前は恥ずかしくないのか!?」
「ん〜……まあでも、律くんだし」
その一言に、律はわずかに力を抜いた。
昔からそうだった。小晴は律の前では遠慮がない。それだけ信頼されているということなのだろうが——いや、だからといって甘やかすわけにはいかない。
「……用があるならあとで聞くから、早く着替えてこいって」
「うん。——でも、その前に」
と、小晴が近づいてくる。バスタオルの端を押さえながら、律の正面に立った。
「な、なんだよ……?」
「やっぱり、なんかあったでしょ」
からかうような笑顔が消えていた。
「玄関で会ったときから、ずっと変だよ」
「……暑くて疲れてるだけ」
「嘘」
「嘘じゃない」
「律くんの『なんでもない』は、なんでもなくないもん」
「……今は、話したくない」
思った以上に硬い声が出た。
小晴の目がわずかに揺れる。けれど、彼女は無理に訊き出そうとはしなかった。
「そっか。じゃあ、今は聞かない」
小晴はあっけらかんと言った。
「話せるようになったら教えてよ。私が知らないあいだに、律くんにあったこと」
「え?」
「私が知らないあいだにあったこと。話せるようになったらでいいからさ」
責める代わりに、小晴は笑顔で一歩近づいた。そして律の頬を両手で包む。
「でも、私の前でまで平気なふりはしなくていいよ」
「平気なふりなんて——むぐっ!?」
言い終える前に、頭を抱き寄せられた。
視界が白いバスタオルで塞がれる。それと同時に、顔全体を柔らかな感触と温もりが包み込んだ。玄関で抱きつかれたとき以上に、逃げ場のない肉感が顔から押し寄せる。
そして——風呂上がりの甘い香りと、耳元で聞こえる小晴の鼓動。トックン、トックンと、彼女の心臓は驚くほど速いリズムを刻んでいた。
律は、はっとした。
それもそうだ。どんなに小晴が平然と振る舞って見せても、男である自分をこんな風に抱きしめれば緊張だってするはずだ。
——まさか、俺のために?
小晴は無理をしているのではないか——そんな考えが頭の中に思い浮かぶ。
「小晴、待っ……!」
「困ってるなら、困ってるって言っていいんだよ」
頭を撫でる手は、驚くほど優しかった。
「悲しいときは、悲しいって言っていい。律くんが全部一人で我慢しなくてもいいの」
「……小晴」
「私が全部受け止めるから」
小晴の柔らかな声を聞いているうちに、律の身体から少しだけ力が抜けた。
小晴になにがあったのか話したわけではない。失恋したことも、「いい人」と言われてフラれたことも、まだなにも知らない。それでも小晴は、律が傷ついていることだけを見抜き、無理に理由を訊き出そうとせず、緊張しながらも、ただ抱きしめてくれた。
その温もりが、空っぽになった胸の奥へ染み込んでくる。
——ダメだ。
これ以上は、小晴に甘えられない。本能的にも、理性的にも限界がきた。
「わかった! わかったから離せ!」
律は顔を真っ赤にしながら、小晴の身体を押し戻した。
「あ、逃げた」
「この体勢で平気な男はいないって……!」
「元気になった?」
「ま、まあな……」
律が照れ臭そうにそっぽを向くと、小晴は満足そうに笑ってみせた。
「ならよかった」
「よくない。早く服を着てこい」
「はーい。じゃあ、おやすみのハグはまたあとでね〜」
「ハグ禁止!」
小晴は楽しそうに手を振り、部屋から出ていった。
ドアが閉まる。一人になった律は、ベッドに倒れた。
顔に残る柔らかな感触。頭を撫でられた温かさ。そして小晴の言葉。
『私が全部受け止めるから』
陽依にフラれた痛みが消えたわけではない。
けれど、玄関を開けるまで胸を塞いでいた重苦しさは、少しだけ薄れていた。
数年ぶりに再会した幼馴染。昔と変わらず遠慮がなくて、身体だけは驚くほど成長していて、それなのに律の隠したい感情を簡単に見つけてしまう。そして、その気の遣い方が、想像の斜め上をいく。バスタオル姿で抱きしめるのは反則だ。
「……ほんと、なんなんだよ」
失恋したその日のうちに、陽依ではなく小晴のことで頭がいっぱいになっている。
それがひどく不誠実なことのように思えて、律はまた顔を覆った。
——こうして、人生で初めての失恋をしたその日。
律と、数年ぶりに再会した木ノ下小晴との同居生活が始まったのだった。