「顔60点、体100点」と評価されている幼馴染と同棲することになった俺。彼女は無防備なうえに甘やかしてくるので、毎日が刺激的すぎるんだが…! 作:白井ムク
「これで最後?」
「うん。たぶん」
「たぶんって?」
「どこかにもう一箱くらい隠れてるかもしれない。捕獲せよ!」
「なんか緊急クエスト始まったなぁ……」
律は、おそらく最後の一箱を床へ下ろし、額の汗を腕で拭った。
何度も階段を往復したせいで脚と腕が重い。だが、黙々と身体を動かしているあいだは、余計なことを考えずに済んだ。学校では、教室にいるだけで陽依の姿が視界へ入る。別れたことを知らない友人から、二人の関係について話を振られるかもしれない。
誰にどう説明するべきか。陽依は、いつみんなへ話すのか。
そんなことばかり考えて過ごすより、今は目の前の箱を運べばいい。汗だくになり、格好をつけることもなく、小晴から指示されるまま動く。不思議とそのほうが楽だった。
「律くん、お疲れ様」
小晴が冷えたペットボトルを持ってきた。
——と。
そのまま律の首筋へ押し当てる。
「っ〜〜……冷たっ!」
「ふふっ。いい反応」
「急にやるなよ!」
「昔、律くんもよくやってたじゃん。私のパンツの中に入れて、『ほら見ろ、男の子完成!』って」
律は固まった。心当たりがなくて困惑したわけではなく、そんなことをした記憶が鮮明に蘇ったからだった。
「い、いやぁ〜〜〜……記憶にございません」
「今、明らかに目を逸らしたよね? 都合の悪いことは記憶喪失?」
「いやいや、小学生のころの話なんて、全部覚えてるわけないだろ……」
そうは言ったものの、そういう悪戯を小晴に仕掛けて楽しんでいた記憶ばかりがどんどん蘇ってくる。どれも、この歳でやったら確実にアウトになる悪戯ばかりだ。
「もらうよ……」
律は気まずい気持ちでペットボトルを受け取った。それは炭酸飲料だったのだが。
「あ、これ……」
「ふふっ、気づいた? それ、好きだったでしょ?」
「覚えてたのか?」
「うん。引っ越しを手伝ってくれるって聞いたから、買っておいたの」
小晴の手には、水のペットボトルが握られていた。「舌がピリピリするから」と、炭酸が苦手なのも、昔と変わっていないらしい。
「いただきます」
キャップを開けて一口飲む。この舌の上で弾ける刺激と懐かしい甘さ——久々の味わいだったが、妙に美味く感じた。
「美味しい?」
「うん」
「よかった」
小晴は満足そうに笑って、律の隣へ腰を下ろした。
「なあ……本当にうちでよかったのか?」
「どういう意味?」
「友達の家とか、親戚とか。ほかにも選択肢あったんじゃないか?」
小晴は「まあね」と笑う。
「親戚はみんな東京とか関西地方だから、けっきょく学校変わることになるし。こっちの友達とは何年も会ってないから、急に一年半も住ませてって頼めないよ」
「うちとも何年も会ってなかっただろ」
「律くんの家はべつ。家族みたいなものだから」
小晴は迷わず答えた。
「信頼されすぎてる気がするけどな」
「ふふっ。それに——」
小晴は身体を寄せた。肩と肩が触れ合う。
「私、律くんと暮らせるの、楽しみにしてたんだよ」
律は思わずドキッとしながら訊ねる。
「……そうなの?」
「うん。律くんは嫌?」
明らかに、嫌とは言わせないずるい目だ。
「べつに……嫌じゃないけど」
「じゃあよかった♪」
小晴が嬉しそうに笑と、律の肩から力が抜けた。
「これから同棲生活、楽しもうね♪」
「ちょっと待て。同棲じゃない。お前は居候」
「じゃあ、新婚生活に昇格!」
「悪化した!?」
「じゃあ律くんのおうちに永久就職で♪」
「えっと……解雇」
「ひっどーい!」
小晴が肩を叩いてくる。律も「やめろよ」と笑いながらその手を払い除けた。
数年会っていなかったはずなのに、話し始めれば昔と同じ調子へ戻れる。相手の言葉を深く考えずにツッコみ、軽口を返しても気を遣わなくて済む。
そんな風に、小晴の前では言葉を一つ一つ選ぶ必要がなかった。
「——あっ」
小晴が急に声を上げた。
「どうした?」
「洗剤とシャンプー、買うの忘れてた」
「母さんの使えばいいだろ?」
「シャンプーはお気に入りのがあるの。あと、部屋に置くものも少し欲しい」
「じゃあ、あとで買いに行くか」
「付き合ってくれるの?」
「店の場所もわからないだろ。このあたりも昔とちょっと変わったし」
律が気を利かせて言った、次の瞬間だった。
「さすが律くん。
律の胸の奥で、なにかが弾けた。
「……それ、やめろよ」
「え?」
「いい人って言うの」
思った以上に冷たい声が出た。小晴の笑顔が止まる。
「あ……ご、ごめん! 嫌だった?」
そこで律は、はっとした。
「あ、いや……今のは強く言い過ぎた。俺のほうがごめん……!」
「あのさ、律くん……今のって——」
「買い物行くなら早くしよう。夕方になると混むから」
口早にそう言って、律は立ち上がった。
小晴はしばらく床へ座ったまま、慌てる律の背中をじっと見つめていた。