異世界に来て、早くも数時間。
俺、佐藤和真は今、人生最大級の幸運を噛み締めていた。
なにせ、道端で途方に暮れていたところを、金持ちの女神様が拾ってくれるというのだ。
しかも、話を聞く限り、その女神様はとんでもない美人らしい。
これはもう、勝ったと言っても過言ではない。
いや、勝った…!!
俺の第二の異世界生活、早くも勝利が確定してしまった。
「いやあ、オッタルさん。世の中、捨てたもんじゃないですね!」
「…………」
「異世界に飛ばされたときはどうなることかと思ったけど、こんなに早く救いの手が差し伸べられるとは。やっぱり日頃の行いって大事なんだな!」
「…………」
「……なあ、オッタルさん?」
「なんだ」
「さっきから全然喋らないけど、俺の話聞いてる?」
「聞いている」
「……そうですか」
なんだこの人。
無口にも程があるだろ。
俺の知り合いにも無口なやつはいたが、ここまで会話が成立しないのも珍しい。
「ところでさ、そのフレイヤさんってどんな人?」
「美しく、慈悲深く、尊き御方だ」
「ほうほう」
「我らが全てを捧げるに値する、唯一無二の女神であらせられる」
「……お、おう」
……なんか重くない?
いや、神様を敬うのはわかる。ただし、あの駄女神を除いて。
わかるんだが…全てを捧げるって。
ちょっと宗教色が強すぎやしませんかね?
「……ちなみに、その女神様って怒ると怖い?」
「…………」
「おい、なんでそこで黙るんだよ!」
「フレイヤ様は慈悲深い」
「いや、それさっきも聞いたから!」
……大丈夫か?この人んとこのファミリア。
若干、不安になってきたんだが。
◇
案内されたのは、オラリオでも一際目立つ立派な建物だった。
広い敷地、豪華な内装、整然とした廊下。
そして、すれ違う冒険者たちの雰囲気が、明らかに普通ではない。
……なんだろう。
こいつら、全員強くない?
紆余曲折あったとはいえ、俺も魔王を倒した男。
それなりに修羅場を潜ってきた自負はある。
だからこそわかる。
この建物にいる連中、なんかおかしい。
「……オッタルさん、オッタルさん」
「なんだ」
「ここって、もしかして結構強いファミリアだったりする?」
「オラリオでも屈指の戦力を有している」
「…………」
屈指、屈指ねえ。
「……ちなみに、冒険とか頻繁に行く?」
「当然だ」
「…………」
「ダンジョンの深層へ赴くこともある」
「…………」
俺は足を止めた。
「……あの、オッタルさん」
「なんだ」
「やっぱり俺、帰っていい?」
「駄目だ」
「即答かよ!?」
おかしい。
話が違う。
俺は金持ちで美人の女神に養ってもらいたいのであって、命懸けの冒険をしたいわけではない!
深層?
なんだその不吉な単語。
もっとこう、浅いところで小遣い稼ぎする感じじゃ駄目なの?
「……なあ、オッタルさん。俺、戦闘とかあんまり得意じゃないんだけど」
「問題ない」
「いや、あるだろ! 大アリだよ!」
「フレイヤ様がお前に興味を持たれた。それだけで十分だ」
「……お前らの女神様への信頼、ちょっと重すぎない?」
オッタルの視線がこちらを向いた。
「……何か言ったか」
「いえ、何でもありません!」
怖っ!
なんだ今の目!
ちょっと文句言っただけで殺されそうになったんですけど!?
……まずい。
これはひょっとして。
とんでもないところに来てしまったのでは?
◇
案内された部屋には、数人の男女が集まっていた。
そして、その中央。
豪華な椅子に腰掛けていたのは――。
「……おお」
俺は思わず声を漏らした。
銀色の長い髪。
透き通るような肌。
整った顔立ち。
何よりその肉体を魅せつけるかのような服装。
とんでもなく色気のある美人だった。
いや、マジで。
俺が今まで出会った女性の中でも、間違いなく上位に入る。
……なんだよ、ちゃんといるじゃないか!!
まともそうな女神様!
「ようこそ、カズマ」
女神が微笑んだ。
「私がフレイヤよ」
「…………」
俺はしばらく見惚れていた。
そして。
「……あ、これはどうも。佐藤和真と申します」
慌てて頭を下げる。
「ふふっ。そんなに緊張しなくてもいいのよ」
「いやあ、緊張っていうか……」
「?」
「……めちゃくちゃ美人ですね、あんた」
その瞬間。
部屋の空気が変わった。
「……貴様」
金髪のエルフが、低い声を漏らした。
……ん?
「フレイヤ様に向かって、なんという口の利き方だ」
「……え?」
別の場所からも、刺すような視線を感じる。
見ると、黒髪の猫耳男がこちらを睨んでいた。
……なんだ?俺は今何かやらかしたんだろうか?
「いや、褒めただけなんだけど……」
「口を慎め、下郎」
「下郎!?」
おいおい。
初対面の相手、それもこのカズマさんに向かって下郎だって?
いや、よく考えたら、アクセルの街でも、鬼畜外道のカスマさんだのクズマだの、散々な言われようだったな。
うっうっ、俺だって一応、魔王を倒した男なのに、寄ってくる女の子は魔王討伐の報奨金目当ての女の子ばかりだったしな。
「ヘディン」
フレイヤが静かに声をかけた。
「構わないわ」
「しかし、フレイヤ様」
「私が許しているのよ」
「……承知しました」
金髪のエルフは不満そうに口を閉じた。
……おお。
さすが女神様。
話がわかる。
「いやー、助かったよフレイヤさん。いきなり怒鳴られたからびっくりしたぜ」
「ふふっ。ごめんなさいね」
「いやいや、あんたが謝ることじゃないって。部下の教育も大変だよな」
「…………」
金髪のエルフのこめかみに、青筋が浮かんだ。
……あれ?なんで?
「……貴様、いい加減に――」
「ヘディン」
「……っ」
再びフレイヤに止められる。
俺はそんな二人を見ながら、首を傾げた。
なんなんだ?このやたら怒りっぽいエルフは
今度差し入れにカルシウムが取れるものを持っていってやろう
◇
「それで、カズマ」
「ん?」
「あなたは、どこから来たの?」
フレイヤが尋ねてきた。
……来た。
当然の質問だ。
さて、どう答えたものか。
正直に異世界から来たと言っても、信じてもらえるかわからない。
ここは適当に誤魔化して――。
「……そうだな、遠い田舎から来たんだよ」
「そう」
「うん。まあ、いろいろあってさ。気づいたらこの街にいたっていうか」
「……ふふっ」
「…………」
フレイヤが微笑んだ。
なぜだろう、妙に見透かされている気がする。
「本当のことを話してくれてもいいのよ?」
「……え?」
「あなた、何か隠していることがあるでしょう?」
「…………」
……おい。
なんでわかるんだよ。
「いや、別に何も隠してないけど?」
「そう?」
「そうそう。俺みたいな善良な一般市民が、隠し事なんかするわけないだろ?」
「……ふふふっ」
「…………」
フレイヤが楽しそうに笑い始めた。
……なんだ?
この人。
俺が何か言うたびに笑ってない?
「……なあ、フレイヤさん」
「なあに?」
「もしかして、俺の嘘とか見抜けたりする?」
「どうしてそう思うの?」
「いや、なんかそんな感じがしてさ」
「……ふふっ」
「…………」
俺は頭を抱えた。
……おいおい。
冗談じゃないぞ。
この世界の神様って、そんな便利な能力持ってんの?
前の世界じゃ、嘘を見抜くのに専用の魔道具が必要だったんだぞ。
「……なんだよ。この世界の神様、全員あの嘘発見器の魔道具でも内蔵してんのか?」
「……?」
フレイヤが不思議そうに首を傾げる。
「嘘発見器?」
「ああ、いや、こっちの話」
俺は手を振った。
……まずい。
この女神様、見た目は最高だが、ちょっと厄介なタイプかもしれない。
◇
「それで、カズマ。あなたは冒険者になりたいのかしら?」
「……まあ、できれば」
「できれば?」
「いや、正直に言うとさ」
俺は少し身を乗り出した。
「俺、あんまり危険なことしたくないんだよ」
「……あら」
「前にいたところで、もう十分すぎるほど働いたんだ。魔王だって倒したし、今度こそ平和に暮らしたいわけ」
「そうなのね」
「うん。できれば、毎日美味い飯食って、適当に遊んで、たまに冒険して小遣い稼ぎするくらいが理想かな」
「……ふふっ」
フレイヤが口元を押さえた。
……また笑ってる。
「……おい」
横から低い声がした。
黒髪の猫人だ。
「てめぇ、さっきから何様のつもりだ?」
「……はい?」
「フレイヤ様の御前で、ふざけたことを抜かしやがって」
「……いや、だって希望を聞かれたから答えただけだろ?」
「……あ?」
「なんだよ。希望を聞かれて正直に答えたら怒られるって、どんな理不尽な面接だよ!」
「てめぇ……!」
猫人が一歩踏み出した。
……怖っ!
なんだこいつ!
目つき悪すぎだろ!
「アレン」
フレイヤが声をかけた。
「……チッ」
猫人は舌打ちして下がった。
……なんだよ。
このファミリア、まともなやついないの?
「ふふっ。ごめんなさいね、カズマ」
「いや、フレイヤさんは悪くないけどさ……」
「それで、あなたは私の眷族になってくれる?」
「…………」
俺は考えた。
とんでもなく美人な女神、金持ち、住居あり、食事あり。
ただし、周囲の連中が異常に怖い。
……うーん。
これは悩む。
非常に悩む。
「……ちなみに、給料とかって出るのか?」
部屋の空気が、再び凍りついた。
「……貴様ぁ!」
「いや、なんでだよ! 大事なことだろ!?」
金髪のエルフが立ち上がる。
「フレイヤ様から恩恵を賜るという栄誉を、貴様は金銭で測るつもりか!」
「いや、栄誉じゃ腹は膨れねえだろうが!」
「何だと!?」
「俺だって生活がかかってんだよ! そもそも、住む場所も金もないんだから仕方ないだろ!」
「……っ!」
エルフが何か言い返そうとした、そのとき。
「……ふっ」
小さな声が響いた。
フレイヤだった。
「……ふふっ」
肩が震えている。
「……ふふふっ!」
そして。
「……あははっ!」
とうとう、声を上げて笑い始めた。
「…………」
「…………」
部屋が静まり返った。
オッタルが目を見開く。
ヘディンが固まる。
アレンが呆然とする。
……え?
なんだ?
そんなに珍しいの?
「……フレイヤ様?」
オッタルが恐る恐る声をかけた。
「ご、ごめんなさい……ふふっ……だって、この子……!」
フレイヤは口元を押さえながら、俺を見つめた。
「あなた、本当に面白いわね」
「……そう?」
「ええ。とっても」
「……いやあ、それほどでも」
「貴様!調子に乗るな!」
ヘディンが怒鳴った。
「おい、なんなんだよこのエルフ! さっきから俺にだけ当たり強くない!?」
「貴様が無礼だからだ!」
「初対面で下郎呼ばわりするやつに言われたくないね!」
「なっ……!」
「……ふふふっ!」
フレイヤが再び笑い始めた。
……ああ。
なんとなくわかった。
この女神様、俺のことを面白がってるな?
まあ、いい。
気に入られたなら、それに越したことはない。
俺は咳払いした。
「……それで、フレイヤさん」
「なあに?」
「俺、ここに入ってもいいの?」
「もちろんよ」
「……マジで?」
「ええ。あなたさえよければ、ぜひ」
「…………」
俺は少し考えた。
そして。
「……じゃあ、お世話になります!」
深々と頭を下げた。
……よし!
これで住居と食事は確保できた!
あとは、適当に仕事をして、なるべく危険なことを避ければいい。
完璧だ。
我ながら完璧な計画だ。
「ふふっ。よろしくね、カズマ」
「おう! よろしく、フレイヤさん!」
「…………」
ヘディンが頭を抱えた。
アレンが舌打ちした。
オッタルは静かに目を閉じた。
……おっと、皆さん歓迎ムードには程遠い反応ですね。
そんなに嫌か、俺が入るの。
◇
その後。
俺はフレイヤから、この世界の冒険者について詳しい説明を受けた。
神様の恩恵、ステイタス、レベル、ダンジョン。
それから、ファミリアの仕組みについて。
……なるほど。
前の世界とは、かなり違うらしい。
「それじゃあ、カズマ。恩恵を授けるわね」
「おう、頼む」
「上着を脱いで、背中を見せてちょうだい」
「……ん?」
俺は固まった。
……上着を脱ぐ?
こんな美人の前で?
背中を?
「…………」
……おいおい。
ちょっと待て。
なんだこの展開。
もしかして、この世界の神様って、眷族になるときに何かこう、特別な儀式でもするのか?
「……あの、フレイヤさん」
「なあに?」
「こういうのって、二人きりでやるもんじゃないのか?」
「ええ。普通はそうね」
「…………」
俺は周囲を見渡した。
オッタル。
ヘディン。
アレン。
全員、こちらを見ている。
……なんだよ。
そんなに見つめられると緊張するだろ。
「……じゃあ、皆さんには席を外していただいて、フレイヤさん、よろしくお願いします(イケボ)」
「「貴様ぁぁぁ!!」」
「あぁもう、なんだよ!めんどくさいやつらだな」
ヘディンとアレンが再び怒鳴った。
……もう嫌だ、このファミリア。
入団初日なのに、すでに胃が痛い。
そんな俺を見て。
フレイヤは、今日何度目かわからない笑い声を漏らしていた。
◇
しばらくして。
俺はフレイヤの恩恵を受け、正式にフレイヤ・ファミリアの一員となった。
ステイタスというものも確認した。
どうやら、俺の能力値は全て最低値から始まるらしい。
……まあ、そりゃそうか。
この世界では新人なんだし。
しかし、フレイヤは俺の背中を見ながら、何やら興味深そうにしていた。
「……あら?」
「ん? どうした?」
「……ふふっ。なるほどね」
「……おい、なんだよ。気になるだろ」
「あなた、とても不思議な子なのね」
「……そう?」
「ええ。これからが楽しみだわ」
……なんだろう。
この人、俺のことを珍獣か何かだと思ってない?
まあ、いいけど。
そして。
「ヘディン」
フレイヤが金髪のエルフを呼んだ。
「はい、フレイヤ様」
「カズマの教育をお願いできるかしら?」
「…………承知しました」
……ん?
教育?
「この子、少し変わった技能を持っているみたいなの。きっと、あなたなら上手に育てられると思うわ」
「お任せください」
「…………」
俺は二人を交互に見た。
……あれ?
なんか、嫌な予感が。
「……なあ、フレイヤさん」
「なあに?」
「教育って、具体的には?」
「ふふっ。ヘディンに聞いてみて」
「…………」
俺は恐る恐るエルフを見た。
ヘディンは、静かに微笑んでいた。
……いや。
微笑んでいるというより。
獲物を見つけた肉食獣みたいな顔をしている。
「……早速だが、明朝から訓練を始める」
「……は?」
「まずは基礎体力の確認だ。その後、武器の扱い、魔法、戦術、ダンジョンでの立ち回りを徹底的に叩き込む」
「……え?」
「安心しろ。貴様がどれほど無能であろうと、最低限の戦力には仕上げてやる」
「…………」
俺はフレイヤを見た。
「……フレイヤさん?」
「なあに?」
「俺、平和に暮らしたいって言ったよね?」
「ええ。聞いたわ」
「……じゃあ、なんで?」
「ふふっ」
フレイヤは楽しそうに微笑んだ。
「強くなれば、もっと安全に暮らせるでしょう?」
「…………」
……ああ。
なるほど。
そういう理屈ね。
いや、確かに間違ってはいない。
間違ってはいないんだけど。
「……なあ、ヘディンさん」
「なんだ」
「ちなみに、その訓練ってどれくらい厳しい?」
「……死ぬ気でやれ」
「…………」
「死ななければ問題ない」
「…………」
俺は天井を見上げた。
そして。
「……今回はご縁がなかったということで、やっぱり入団は取り消しでお願いします(土下座)」
「却下だ」
「なんでだよおおおおお!!」
俺の悲鳴が、フレイヤ・ファミリアの本拠地に響き渡った。
その日。
美の女神フレイヤは、久しぶりに腹の底から笑ったという。
そして、ファミリアの幹部たちは思った。
――とんでもない問題児が入ってきた、と。
なお、その予感は、翌日から早速的中することになる。