美の女神と愉快な狂信者たちに祝福を!   作:たぬた山

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この最強派閥の新人に洗礼を!

 魔王を倒した。

 

 世界を救った。

 

 それはつまり、もう働かなくてもいいということではないだろうか。

 

 少なくとも、俺はそう解釈していた。

 

 だってそうだろう?

 

 魔王討伐なんていう人生最大級の偉業を成し遂げたんだぞ?

 

 あとは豪華な屋敷で、美味い飯を食いながら、可愛い女の子たちに囲まれて悠々自適に暮らす。

 

 それくらいのご褒美があってもいいはずだ。

 

 ところが。

 

「起きろ、カズマ」

 

「…………」

 

「聞こえているな」

 

「…………」

 

「三秒以内に起きなければ、寝台ごと訓練場へ放り出す」

 

「起きてます! 起きてますから!」

 

 俺は毛布を跳ね飛ばして飛び起きた。

 

 目の前には、金髪のエルフ。

 

 ヘディン・セルランド。

 

 フレイヤ・ファミリアの幹部にして、レベル六の第一級冒険者。

 

 そして、昨日から俺の人生に暗い影を落としている鬼畜エルフである。

 

「……あの、ヘディンさん?」

 

「何だ」

 

「まだ外、暗くないですか?」

 

「夜明け前だ」

 

「ですよね。じゃあ、もう少し寝ても――」

 

「五分後に訓練場へ来い」

 

「五分!?」

 

「四分五十秒」

 

「カウント始めんな!」

 

 こうして、俺の新しい異世界生活は、実に不本意な形で幕を開けた。

 

◇

 

 フォールクヴァング。

 

 美の女神フレイヤを主神とする、オラリオ最強の派閥の本拠地。

 

 その訓練場では、朝っぱらから大勢の冒険者が汗を流していた。

 

 剣を打ち合わせる者。

 

 槍を振る者。

 

 魔法の詠唱を繰り返す者。

 

 そして、どう見ても本気で殺し合っているようにしか見えない連中。

 

「……あの、ここって訓練場ですよね?」

 

「そうだ」

 

「何人か本気で殺し合ってません?」

 

「互いに高め合っているだけだ」

 

「高め合うって言葉の意味、辞書で調べ直した方がいいですよ」

 

 ヘディンは俺の戯言を無視して歩き続けた。

 

 周囲の団員たちが、ちらちらとこちらを見ている。

 

 いや、正確には俺を見ている。

 

 何だ?

 

 俺の顔に何かついてるのか?

 

「……あいつが例の新人か」

 

「フレイヤ様が直々に連れてこられたという?」

 

「恩恵を受けたばかりのレベル1だろ?」

 

「何でヘディン様が直々に……」

 

 ひそひそ声が聞こえてくる。

 

 なるほど。

 

 どうやら俺は、思っていた以上に注目されているらしい。

 

 まあ、無理もない。

 

 何しろ俺は、あの美の女神フレイヤ様に気に入られた男だからな!

 

 ……いや、待てよ。

 

 この視線。

 

 何かおかしくないか?

 

 羨望というより、嫉妬。

 

 歓迎というより、敵意。

 

 そして、何より。

 

「……気に入らねえ」

 

 今、はっきり聞こえたぞ。

 

 俺はそっとヘディンの背中に隠れた。

 

「おい、カズマ」

 

「はい?」

 

「何故、私の後ろにいる」

 

「いやあ、皆さんの視線がちょっと怖くて」

 

「当然だ」

 

「当然なの!?」

 

「フレイヤ様の寵愛を受ける者は、常に周囲から注目される」

 

「注目っていうか、殺意を向けられてる気がするんですけど!」

 

「気のせいではない」

 

「そこは否定しろよ!」

 

 ……どうやら、このファミリアでの生活は、俺が想像していた以上に面倒くさいらしい。

 

◇

 

「まず、お前の実力を確認する」

 

 訓練場の一角で、ヘディンがそう告げた。

 

「使える武器を選べ」

 

 目の前には木剣、槍、弓、盾。

 

 俺は迷わず弓を手に取った。

 

「弓か」

 

「ええ。俺、狙撃には自信があるんで」

 

「ならば、あの的を射てみろ」

 

 ヘディンが指差したのは、訓練場の向こうに置かれた木製の的だった。

 

 結構な距離がある。

 

 だが、問題ない。

 

 俺は矢をつがえ、弓を引いた。

 

 呼吸を整える。

 

 風向きを読む。

 

 狙いを定める。

 

「《狙撃》」

 

 放たれた矢は、一直線に飛んだ。

 

 そして。

 

 トンッ!

 

 的の中心を正確に射抜いた。

 

「おお……」

 

 周囲から小さなどよめきが起こる。

 

 俺は得意げに鼻を鳴らした。

 

「どうです? なかなかのもんでしょう?」

 

「もう一度」

 

「はい?」

 

「今度は動く的だ」

 

 ヘディンが合図すると、団員が滑車を使って的を動かし始めた。

 

「いや、いきなり難易度上げすぎじゃ……」

 

「撃て」

 

「はいはい」

 

 再び矢をつがえる。

 

 今度は的の移動速度を計算し、少し先を狙った。

 

 ヒュッ!

 

 矢は動く的の中央付近に突き刺さる。

 

「よし!」

 

「……なるほど」

 

 ヘディンが顎に手を当てた。

 

「弓の腕は確かだな」

 

「でしょう?」

 

「では、次だ」

 

「え?」

 

「剣を取れ」

 

 嫌な予感がした。

 

◇

 

「おい」

 

 低い声がした。

 

 振り返ると、一人の男が立っていた。

 

 茶髪を短く刈り込んだ、筋骨隆々の青年。

 

 年齢は二十代半ばくらいだろうか。

 

 その目には、明らかな敵意が宿っていた。

 

「お前がカズマか」

 

「ええ、まあ」

 

「フレイヤ様に拾われたっていう新人だな?」

 

「拾われたっていうか、スカウトされたっていうか……」

 

「ふざけた野郎だ」

 

「初対面でそれ!?」

 

 男は俺を睨みつけたまま、ヘディンへ向き直った。

 

「ヘディン様。次の模擬戦、俺にやらせてください」

 

「……グランか」

 

 ヘディンが男を見た。

 

「お前はレベル3だ。こいつは恩恵を受けたばかりのレベル1だぞ」

 

「承知しています」

 

「ならば、何故志願する」

 

「……フレイヤ様の御目に留まったという男が、どれほどのものか確かめたいのです」

 

 言葉は丁寧だ。

 

 だが、その目は全然丁寧じゃない。

 

 絶対に俺をぶちのめす気だろ、こいつ。

 

「いやいや、ちょっと待ってください!」

 

 俺は慌てて割って入った。

 

「レベル3って何ですか!? さっき聞いた話だと、レベルが一つ違うだけでも相当な差があるんですよね!?」

 

「そうだ」

 

「じゃあ二つも上の相手と戦わせるのはおかしいでしょう!」

 

「……通常ならばな」

 

 ヘディンが俺を見下ろす。

 

「だが、お前は普通の新人ではないのだろう?」

 

「…………」

 

 うっ。

 

 そう来たか。

 

 確かに、俺は魔王を倒した経験がある。

 

 冒険者としても、それなりに修羅場をくぐってきた。

 

 だがな。

 

 それと、好き好んで格上と戦うかどうかは別問題なんだよ!

 

「どうした、怖いのか?」

 

 グランが鼻で笑った。

 

「フレイヤ様に気に入られた男が、この程度で尻込みするとはな」

 

 ……お?

 

「……今、何て?」

 

「聞こえなかったか? 臆病者と言ったんだ」

 

 俺は少し考えた。

 

 そして、にっこり笑った。

 

「はい、そうですけど?」

 

「……は?」

 

「いや、普通に怖いですよ。レベル3なんでしょ? そりゃ怖いに決まってるじゃないですか」

 

「…………」

 

「何なら不戦敗でいいですよ。不戦敗。俺、痛いの嫌なんで」

 

 手をひらひらさせながらそう言ってのけるカズマ。

 

 周囲が静まり返った。

 

 グランが口をぱくぱくさせている。

 

 ふっ。

 

 甘いな。

 

 こんな安っぽい挑発に乗るほど、俺は単純じゃない。

 

 魔王軍幹部との戦いで学んだのだ。

 

 勝てない戦いは避ける。

 

 これ、冒険者の基本中の基本だからな!

 

「……カズマ」

 

 ヘディンが口を開いた。

 

「何です?」

 

「模擬戦を受けろ」

 

「何で!?」

 

「お前の戦い方を見るには、格上の相手が適している」

 

「いや、俺の意見は!?」

 

「殺傷は禁止。勝敗は私が判断する」

 

「わかりました」

 

「ちょっとおおおお!」

 

 こうして俺は、望んでもいない模擬戦に参加する羽目になった。

 

◇

 

 訓練場の中央。

 

 俺とグランが向かい合う。

 

 相手の武器は木剣。

 

 俺も木剣を持たされた。

 

 ……いや、待て。

 

 こいつ、明らかに俺より体格がいい。

 

 しかもレベル3。

 

 正面から剣を交えたら、まず勝てないだろう。

 

「どうした、新人」

 

 グランが木剣を肩に担いだ。

 

「今から謝るなら、少しは手加減してやるぞ」

 

「いやあ、優しい先輩ですねえ」

 

「……何?」

 

「ちなみに、俺が勝ったら何かくれるんです?」

 

「勝てると思っているのか?」

 

「思ってませんよ。でも、万が一ってこともあるじゃないですか」

 

 グランの眉間に皺が寄った。

 

「……好きにしろ」

 

「じゃあ、俺が勝ったら昼飯奢ってください」

 

「……いいだろう」

 

 よし。

 

 昼飯確保。

 

 いや、まだ勝ってないけど。

 

「始め!」

 

 ヘディンの声が響いた。

 

 その瞬間。

 

 グランの姿が消えた。

 

「うおっ!?」

 

 速っ!?

 

 俺は反射的に横へ飛んだ。

 

 直後、木剣が地面を叩く。

 

 バシンッ!

 

 ……いやいやいや。

 

 あれ、当たってたら普通に骨折してただろ!?

 

「逃げるだけか!」

 

「当たり前だろ! 誰が真正面から受けるか!」

 

 グランが踏み込む。

 

 俺はさらに後退した。

 

 速い。

 

 重い。

 

 そして、攻撃の一つ一つが雑に強い。

 

 ……なるほど。

 

 これがレベル3か。

 

 確かに、普通のレベル1なら手も足も出ないだろう。

 

 だが。

 

 俺は普通のレベル1じゃない。

 

「《クリエイト・アース》!」

 

 グランの顔面へ土を放つ。

 

「小賢しい!」

 

 相手は腕で顔を守りながら突っ込んできた。

 

 だろうな。

 

 この程度で止まるとは思ってない。

 

「《ウィンド・ブレス》!」

 

 巻き上がった土埃が視界を覆う。

 

 そして俺は。

 

「《潜伏》」

 

 気配を消した。

 

「……何!?」

 

 グランの足が止まる。

 

 よし。

 

 相手の位置は《敵感知》で把握できる。

 

 俺は土埃の中を回り込み、背後へ移動した。

 

 そして。

 

「《バインド》!」

 

 魔法の縄がグランの腕と脚に絡みつく。

 

「ぐっ!?」

 

「よし!」

 

 だが、喜んだのも束の間。

 

「こんなもの!」

 

 ブチブチッ!

 

 縄が引きちぎられた。

 

「ですよねえええ!」

 

 分かってた!

 

 分かってたけど、もうちょっと保ってくれてもよくない!?

 

 グランが振り返る。

 

「この程度か!」

 

「いや、まだですよ!」

 

 俺は木剣を投げ捨てた。

 

 そして右手を突き出す。

 

「《スリープ》!」

 

「……っ!?」

 

 グランの動きが一瞬鈍った。

 

 目が虚ろになる。

 

 だが。

 

「……舐めるな!」

 

 男は自分の頬を強く叩き、意識を保った。

 

 ちっ。

 

 やっぱり、簡単には眠らないか。

 

 ただ、完全に無効化されたわけじゃない。

 

 一瞬だけでも隙ができた。

 

 それで十分だ。

 

「《スティール》!」

 

 俺の手の中に、何かが現れた。

 

 革製の小さな袋。

 

「……ん?」

 

 中を覗く。

 

 銀貨が数枚。

 

 ……財布?

 

「おい」

 

 グランが低い声を出した。

 

「それは……俺の財布じゃないか?」

 

「…………」

 

 俺は財布を見つめた。

 

 そして。

 

「……昼飯代、先払いってことで」

 

「ふざけるなああああ!」

 

 グランが突っ込んできた。

 

「うわああああ!」

 

 俺は全力で逃げた。

 

 しかし、相手はレベル3。

 

 いくら何でも速度差がありすぎる。

 

 あっという間に距離を詰められた。

 

 ……くそっ。

 

 こうなったら。

 

 《ドレインタッチ》を使えば、相手の体力を奪えるかもしれない。

 

 だが、接触する必要がある。

 

 それに、これはあくまで模擬戦だ。

 

 手の内を全部見せる必要もない。

 

 何より。

 

 俺には、もっと便利な逃走手段がある。

 

 ――《テレポート》。

 

 登録した場所へ移動できる、非常に便利な魔法。

 

 だが。

 

 こんな場所で使うわけがない。

 

 あんな能力を知られたら、絶対に面倒なことになる。

 

 ダンジョンの運搬係だの、緊急輸送だの、便利屋だの。

 

 下手をすれば、一生こき使われる。

 

 冗談じゃない。

 

 俺は自由に暮らしたいんだよ!

 

 だから。

 

「降参! 降参しまーす!」

 

 俺は両手を上げた。

 

「……は?」

 

 グランの足が止まる。

 

「いや、もう無理です! 俺の負けでいいです!」

 

「貴様……!」

 

「はいはい、俺の負け! 先輩の勝ち! おめでとうございます!」

 

 俺は財布を投げ返した。

 

 グランはそれを受け取り、怒りに顔を歪める。

 

「……ふざけやがって」

 

「いや、真面目に負けを認めてるんですけど?」

 

 そのとき。

 

「そこまでだ」

 

 ヘディンが間に入った。

 

「勝者、グラン」

 

 周囲からざわめきが起こる。

 

 俺はほっと息を吐いた。

 

 よし。

 

 生き残った。

 

 これで十分だ。

 

◇

 

「……カズマ」

 

 模擬戦の後。

 

 ヘディンが俺を呼び止めた。

 

「何です?」

 

「お前は、まだ何か隠しているな」

 

 ……ぎくっ。

 

「な、何のことですか?」

 

「戦い方に余裕があった。追い詰められても、絶望した様子がない」

 

「いやあ、俺って昔から諦めがいいんで」

 

「……そうか」

 

 ヘディンはしばらく俺を見つめた。

 

 そして。

 

「まあいい。手の内をすべて晒す必要はない」

 

「……お?」

 

「冒険者にとって、手札は重要だ」

 

 おお。

 

 この人、意外と分かってるじゃないか。

 

「ただし」

 

「はい?」

 

「味方の命に関わる場面でまで隠すなよ」

 

「…………」

 

 俺は少しだけ真面目になった。

 

「……それは、まあ」

 

 確かに。

 

 俺だって、仲間を見捨ててまで秘密を守るつもりはない。

 

 あいつらと冒険していた頃も、何だかんだでそうだった。

 

「分かってますよ」

 

「ならばいい」

 

 ヘディンは頷いた。

 

「それと、グランの財布を盗んだ件だが」

 

「……はい」

 

「次からは返すのを忘れるな」

 

「そこ!?」

 

「盗みそのものは、戦術として評価する」

 

「マジですか!?」

 

「相手の装備を奪う能力は、使い方次第で強力だ」

 

 ……なるほど。

 

 この人、やっぱり合理主義者なんだな。

 

 少しだけ印象が変わった。

 

 まあ、鬼畜エルフなのは変わらないけど。

 

◇

 

 昼過ぎ。

 

 ようやく訓練から解放された俺は、廊下をふらふらと歩いていた。

 

「……疲れた」

 

 レベル3相手の模擬戦。

 

 弓の訓練。

 

 魔法の確認。

 

 そして、ヘディンによるありがたい説教。

 

 俺、今日だけで何回死にかけたんだ?

 

 そんなことを考えながら歩いていると、廊下の先に一枚の扉が見えた。

 

『医務室』

 

 ……おお。

 

 これは、まさに今の俺が求めていた場所ではないか。

 

 俺は迷わず扉を開けた。

 

「失礼しまーす……。すみません、ここで怪我の治療をしてもらえるって聞いたんですけど」

 

「あら、いらっしゃい」

 

 柔らかな声が返ってきた。

 

 顔を上げたのは、一人の女性だった。

 

 落ち着いた雰囲気をまとった、美しいお姉さん。

 

 その穏やかな微笑みを見た瞬間、俺は思わず立ち止まった。

 

「……おお」

 

「どうかなさいました?」

 

「あ、いえ、何でもありません!」

 

 いかん。

 

 つい見惚れてしまった。

 

 だって仕方ないだろう。

 

 朝から殺気立った連中ばかり見ていたんだぞ?

 

 こんな優しそうな女性に出会ったら、そりゃ感動もする。ここがこの殺伐としたファミリア唯一のオアシスか

 

「初めまして。俺、サトウ・カズマっていいます。昨日、このファミリアに入ったばかりで」

 

「ああ、あなたが……」

 

 女性は納得したように微笑んだ。

 

「初めまして。私はヘイズ・ベルベットと申します。こちらで治療師を務めています」

 

「ヘイズさん、ですか」

 

「はい。どうぞよろしくお願いしますね、カズマさん」

 

「こちらこそ!」

 

 ……何だ、この人。

 

 めちゃくちゃ優しいじゃないか。

 

 俺の知ってるフレイヤ・ファミリアと違うんですけど!

 

「それで、どちらを怪我なさったんですか?」

 

「体中です。主に精神が」

 

「ふふっ。精神の方は、少し治療が難しいかもしれませんね」

 

「そんな! このファミリアで一番必要な治療なのに!」

 

 ヘイズさんは口元に手を当てて笑った。

 

「では、まずはお体の方から診ましょうか」

 

「お願いします!」

 

 俺は椅子に腰掛けた。

 

 ヘイズさんが俺の腕を取り、怪我の具合を確かめる。

 

「……あら。結構、擦り傷がありますね」

 

「いやあ、朝からレベル3の人と戦わされまして」

 

「そうですか、レベル3と…」

 

「しかも、俺のことめちゃくちゃ嫌ってるんですよ!」

 

「……グランさんですか?」

 

「知ってるんですか?」

 

「ええ。フレイヤ様への忠誠心が強い方ですから」

 

 ヘイズさんは少し困ったように微笑んだ。

 

「カズマさんが特別に目をかけられていることを、快く思っていないのでしょう」

 

「……なるほど」

 

 やっぱり、そういうことか。

 

 俺としては、別に特別扱いしてほしいわけじゃないんだけどな。

 

 むしろ、放っておいてほしい。

 

「でも、カズマさん」

 

「はい?」

 

「実は今日の模擬戦、少しだけ拝見していたんですよ」

 

「……え?」

 

「面白い戦い方をなさるんですね」

 

 ヘイズさんが微笑む。

 

「普通なら、あれほど格上の方を相手に、あんなに落ち着いて行動できません」

 

「いやあ、実は内心めちゃくちゃビビってましたけどね」

 

「ふふっ。そうは見えませんでしたよ」

 

 ……おお。

 

 何だか褒められている。

 

 これは嬉しい。

 

「それに、最後は無理をせず降参なさったでしょう?」

 

「まあ、死にたくないですから」

 

「それも大切な判断です」

 

 ヘイズさんは、俺の腕にそっと触れた。

 

「少し、痛みますか?」

 

「まあ、ちょっとだけ」

 

「では、治療しますね」

 

 柔らかな光が腕を包む。

 

 痛みがゆっくりと消えていった。

 

「おお……ありがとうございます!」

 

「どういたしまして」

 

 ヘイズさんが微笑む。

 

 ……うん。

 

 この人、やっぱり天使だ。

 

 周りが戦闘狂と鬼畜ばっかりだから、余計にそう思う。

 

「ヘイズさん」

 

「はい?」

 

「このファミリアで俺が生き残れるかどうかは、あなたにかかってます」

 

「大げさですね」

 

「いや、本気です!」

 

「ふふっ。では、できるだけお力になりますね」

 

 ……ああ。

 

 癒やされる。

 

 この人がいるなら、もう少し頑張ってもいいかもしれない。

 

 ……いや、明日の早起きは嫌だけど。

 

◇

 

 その夜。

 

 俺は自室の寝台に寝転がりながら、天井を見つめていた。

 

 今日の模擬戦。

 

 レベル3のグラン。

 

 確かに強かった。

 

 身体能力では、今の俺より遥かに上だろう。

 

 だが。

 

 勝てない相手ではなかった。

 

 もし本気で倒すつもりなら、別の手段もあった。

 

 《ドレインタッチ》。

 

 《スリープ》。

 

 そして、まだ誰にも見せていない魔法。

 

 ……まあ、だからといって、わざわざ喧嘩を売るつもりはないが。

 

 俺は魔王を倒した。

 

 だからこそ分かる。

 

 強い相手に勝つ方法なんて、いくらでもある。

 

 ただし、勝つ必要があるかどうかは別問題だ。

 

「……さて」

 

 俺は寝返りを打った。

 

 明日はダンジョン。

 

 この世界の冒険者にとって、最大の稼ぎ場らしい。

 

 この世界の魔物には心臓に当たる魔石という器官があり、魔物を倒せば魔石がドロップするらしい。

 

 そして、魔石は金になる。

 

 ……そこで、俺は一つの可能性に気づいていた。

 

「……魔石って、盗めるんじゃね?」

 

 《スティール》。

 

 対象の持ち物をランダムに奪う技能。

 

 もし、モンスターの体内にある魔石も対象になるなら。

 

 戦わずして魔物を倒せる。

 

 しかも、魔石まで手に入る。

 

「……ふっふっふ」

 

 俺は思わず笑みを浮かべた。

 

 いいぞ。

 

 実にいい。

 

 ようやく、この世界で楽して稼ぐ方法が見つかったかもしれない。

 

 そして何より。

 

 ダンジョンには、あの鬼畜エルフもいない。

 

 誰にも邪魔されず、自分のペースで探索できる。

 

 ……最高じゃないか。

 

「よし。明日こそ、楽して大儲けしてやる!」

 

 俺はそう決意し、毛布をかぶった。

 

 なお。

 

 このときの俺は、まだ知らなかった。

 

 ダンジョンという場所が、想像以上に面倒くさいところだということを。

 

 そして。

 

 俺の《スティール》が、この世界の冒険者たちの常識をひっくり返す可能性を秘めていることも。

 

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