冒険者にとって、最も大切なものは何か。
勇気?
友情?
仲間との絆?
……いいや、違う!
金だ。
金がなければ装備は買えないし、美味い飯にもありつけない。何より、働かずに暮らすという俺の崇高なる夢が実現しない。
そして、この迷宮都市オラリオには、金を稼ぐための実に都合のいい場所が存在する。
その名も、ダンジョン。
あちらの世界にもダンジョンはあったが、オラリオのダンジョンは宝箱から報酬を得ると言った不確定な収入に依存していないらしい。
魔物を倒せば魔石が手に入り、魔石を換金すれば金になる。
何とも分かりやすい仕組みではないか。
しかも俺には、他の冒険者にはない秘密兵器がある。
《スティール》。
相手から物を盗み取る、実に素晴らしい技能だ。
俺の高い幸運値と相性が良く、これまでもこのスキルには幾度となくお世話になってきた。
もし、これでモンスターの体内にある魔石まで盗めるとしたら?
戦わずして勝利。
魔石も手に入る。
まさに一石二鳥じゃないか!!
「……ふっふっふ」
俺は朝食のパンをかじりながら、思わず笑みを漏らした。
「何を笑っている、カズマ」
「うおっ!?」
顔を上げると、金髪のエルフが立っていた。
ヘディン・セルランド。
昨日、俺をレベル三の冒険者と戦わせた鬼畜である。
「何だ、ヘディンさんですか。驚かせないでくださいよ」
「お前が不気味に笑っているから声をかけたまでだ」
「人の笑顔を不気味とか言わないでもらえます?」
「今日はダンジョンへ行くのだろう」
「ええ。そのつもりです」
「ならば、準備を怠るな」
「分かってますって。俺、こう見えて冒険者歴は長いんですよ?」
ヘディンは俺をじっと見つめた。
「……その割には、随分と軽装だな」
「そうですか?」
俺は自分の装備を見下ろした。
動きやすい服。
軽い胸当て。
腰には短剣。
背中には弓と矢筒。
そして、小さめの荷物袋。
うん。実に合理的な装備だ。
「俺は重装備で走り回るの、嫌いなんですよ、それに重いと一歩も動けないし(小声)」
「逃走を前提にしているのか」
「もちろん!!」
「……即答するな」
ヘディンが呆れたように息を吐いた。
「初めての探索だ。上層で地形と魔物の性質を確認しろ。無理に深く潜る必要はない」
「はいはい」
「それと、ダンジョン内では油断するな。魔物は壁や天井からも出現する」
「分かりました」
「複数に囲まれた場合は――」
「ヘディンさん」
「何だ」
「俺、初心者じゃないんで」
俺がそう言うと、ヘディンは一瞬黙った。
「……ならば、結果で示せ」
「お任せください!」
よし。
ようやく自由だ。
今日こそ、誰にも邪魔されずに冒険できるぞー!
◇
迷宮都市オラリオの中心。
巨大な白亜の塔、バベル。
その地下に、世界最大のダンジョンが広がっている。
「……でっけえ〜」
俺は塔を見上げて呟いた。
前の世界にも色々と変な建物はあったが、これはまた別格だ。
しかも、この下には何十階層にも及ぶ巨大迷宮が存在するという。
……誰が作ったんだよ、そんなもん。これ作ったのあの傍迷惑な科学者のおっさんみたいなチート持ちとかそんなとこだろうか
まあ、考えても仕方ない。
俺は冒険者たちの流れに混じって、地下へと続く階段を下りていった。
しばらく進むと、周囲の空気が変わった。
石造りの通路。
薄暗い壁。
そして、どこからともなく漂う独特の湿気。
「……おお」
ダンジョンだ。
正真正銘のダンジョンだ。
何というか、冒険者としての血が騒ぐ。
……いや、別に危険な目に遭いたいわけじゃないぞ?
ただ、こういう場所には男のロマンというものがあるのだ。
「さて、と」
俺は周囲を見渡した。
近くには、他の冒険者たちの姿もある。
さすがに入口付近は人が多いらしい。
ここで派手な魔法を使えば、すぐに目立ってしまうだろう。
俺は人通りの少ない通路を選び、奥へと進んだ。
「《敵感知》」
意識を集中させる。
すると、少し先に小さな反応が三つ。
さらに、その奥に二つ。
なるほど。
ちゃんと使えるな。
この世界の魔物にも、俺の技能は通用するらしい。
「よしよし」
俺は弓を構えた。
まずは普通に戦ってみよう。
《スティール》の実験は、その後だ。
◇
「ギギッ!」
曲がり角の向こうから現れたのは、小柄な緑色の魔物だった。
ゴブリン。
……うん。
どこの世界にもいるんだな、お前ら。
しかも、見た目まで大して変わらない。
「悪いな。こっちも生活がかかってるんで」
俺は弓を引いた。
「《狙撃》」
ヒュッ!
矢がゴブリンの頭を射抜く。
「ギッ!?」
魔物はその場に倒れ、しばらく痙攣した後、灰となって崩れた。
そして、地面には小さな紫色の石が残された。
「……おお!」
俺は駆け寄って拾い上げた。
魔石。
これが金になるわけか。
「……思ったより小さいな」
まあ、ゴブリンだから仕方ないか。
俺は魔石を袋へ入れた。
続いて、通路の奥から二匹のゴブリンが現れる。
「ギギッ!」
「ギャッ!」
俺は弓を構え直した。
だが、そこで思い出す。
……そうだ。
せっかくだし、試してみるか。
「《スティール》!」
俺の右手が光った。
次の瞬間。
ぽんっ。
手の中に、何かが現れた。
「……ん?」
木製の棍棒。
……棍棒?
「…………」
俺は手元を見た。
そして、目の前のゴブリンを見た。
ゴブリンも、空っぽになった自分の手を見つめていた。
「ギ……?」
「…………」
「ギギャアアッ!」
ゴブリンが素手で突っ込んできた。
俺は棍棒を放り投げ、短剣を抜く。
「ほいっ!」
横へかわしながら、首筋を一閃。
ゴブリンはあっさりと倒れた。
「……ふむ」
なるほど。
やっぱり《スティール》は、何でも好きなものを盗めるわけじゃない。
相手が持っている物の中から、ランダムに選ばれる。
まあ、知ってたけど。
問題は、魔石が対象になるかどうかだ。
俺は残った一匹へ向き直った。
「よし。もう一回だ」
「ギギッ!」
「《スティール》!」
再び右手が光る。
そして。
ころん。
小さな紫色の石が、俺の手の中に現れた。
「…………」
目の前のゴブリンが、ぴたりと動きを止める。
次の瞬間。
さらさらさら……。
その体が灰となって崩れ落ちた。
「…………」
俺は手の中の石を見つめた。
魔石。
間違いない。
これは魔石だ。
「…………」
そして。
「……マジかよ」
俺は思わず呟いた。
……成功した。
成功してしまった。
《スティール》で魔石を盗めた。
つまり。
俺は、魔物を一撃で倒せる。
「……ふっ」
口元が緩む。
「ふっふっふ……」
笑いが込み上げてくる。
「ふはははははは!」
最高じゃねえか!
これ、めちゃくちゃ便利じゃん!!
何だよ!
ダンジョンって意外と楽勝なんじゃね!?
俺は魔石を握り締めた。
「よーし! 今日から俺は、魔石泥棒として生きていくぞ!」
……いや。
何か響きが悪いな。
魔石泥棒って。
もっとこう、格好いい名前はないものか。
魔石ハンター?
魔石コレクター?
……まあ、何でもいいか。
とにかく、金になることに変わりはない!
◇
それからしばらく、俺は上層を探索した。
ゴブリン。
コボルト。
そして、何だかよく分からない小型の魔物。
出会うたびに《スティール》を試してみる。
「《スティール》!」
ぽんっ。
棍棒。
「違う!」
「《スティール》!」
ぽんっ。
ボロボロの布切れ。
「いらねえ!」
「《スティール》!」
ころん。
魔石。
「よっしゃあ!」
……うん。
成功率は、思ったほど高くない。
だが、それでも十分だ。
普通に倒すより早いこともあるし、何より魔石を直接回収できる。
しかも、魔物の武器を奪えば、そのまま戦闘を有利に進められる。
実に素晴らしい。
ただし、一つ問題があった。
「……魔力、結構使うな」
《スティール》は便利だが、無制限に使えるわけではない。
連発すれば当然、魔力を消費する。
それに、相手によっては何度使っても魔石が出てこない。
……まあ、世の中そんなに甘くないか。
俺は壁際に腰を下ろし、水筒を取り出した。
「ふう……」
それでも、今日の収穫は悪くない。
魔石もそれなりに集まった。
しかも、まだ大きな怪我はしていない。
これは上出来だろう。
……さて。
そろそろ帰るか。
そう思ったときだった。
「……ん?」
《敵感知》に反応があった。
少し先の通路。
複数の魔物。
そして、その近くに人間らしき気配。
……何だ?
俺は立ち上がった。
別に、わざわざ首を突っ込む必要はない。
俺は平和主義者だ。
他人の面倒事に巻き込まれるのは御免である。
……だが。
「た、助けてくれえええ!」
悲鳴が聞こえた。
「…………」
俺は天井を見上げた。
……ああ、もう。
何でこうなるかな。
◇
通路の先では、若い冒険者が5匹のコボルトに追い詰められていた。
男は片手に短剣を持っていたが、足を怪我しているらしい。
まともに動けていない。
「く、来るな!」
「グルル……」
コボルトたちがじりじりと距離を詰める。
……なるほど。
これは確かに危ないな。
俺は少し離れた場所から状況を確認した。
5匹といっても所詮はコボルト。
だが、怪我人を守りながら戦うのは面倒だ。
……仕方ない。
「《クリエイト・ウォーター》!」
大量の水がコボルトたちの足元へ広がった。
「グルッ!?」
「《フリーズ》!」
直後、水が凍りつく。
5匹の足が氷に取られ、動きが鈍った。
「な、何だ!?」
冒険者が驚いた声を上げる。
俺は物陰から姿を現した。
「おーい! 生きてるかー!」
「あ、あんたは!?」
「通りすがりの冒険者だよ!」
俺は弓を構えた。
「《狙撃》《狙撃》《狙撃》!」
俺のンソゲキッスキルで3匹の頭を射抜く。
続いて、近づいてきた4匹目に短剣を突き立て魔石を砕く。
そして、怯んでいる最後の一匹に。
「《スティール》!」
俺の手の中に魔石が現れ、魔物は灰となって崩れ落ちた。
「……ふう」
俺は息を吐いた。
よし。
何とか片付いたな。
「だ、大丈夫か?」
俺が声をかけると、若い冒険者は呆然とこちらを見つめていた。
「あ、ああ……助かった」
「そりゃよかった」
「ありがとう。本当に……」
「いや、礼はいいって」
俺はしゃがみ込み、男の足を確認した。
深い傷には見えないが、そこそこ出血している。
このまま歩かせるのは厳しいだろう。
仕方ない。
「……《ヒール》」
俺は傷口へ手をかざした。
淡い光が広がり、傷が少しずつ塞がっていく。
「……え?」
男が目を見開いた。
「あんた、回復魔法まで使えるのか!?」
「まあ、一応な」
「す、すげえ……」
「いや、そんな大したもんじゃないって」
実際、俺の回復魔法は専門職ほど強力じゃない。
どこぞの駄女神が勿体ぶるせいで初級のヒールしか使えないしな。
だが、これくらいの傷なら初級でも十分だ。
「ほら、立てるか?」
「あ、ああ!」
男は恐る恐る立ち上がった。
どうやら歩けるようだ。
「助かったよ。本当にありがとう!」
「いいってことよ」
俺は軽く手を振った。
……ふっ。
たまには人助けも悪くない。
何だかんだで、俺も英雄だからな。
「ところで、あんたの名前は?」
「佐藤和真だ」
「カズマ……? もしかして、フレイヤ・ファミリアの?」
「……え?」
俺は固まった。
「何で知ってんの?」
「いや、最近噂になってるんだよ。フレイヤ様が新しい眷族を迎えたって」
「…………」
……マジか。
俺、もう噂になってんの?
勘弁してくれよ。
俺は目立たず平和に暮らしたいんだが。
「……そ、そうだったのかー!それじゃ俺はこの辺で、応急処置だからな気をつけて帰れよ」
俺はそそくさと立ち去ろうとした。
「あ、待ってくれ!」
「ん?」
「何かお礼をさせてくれ!」
「いや、別にいいって」
「でも……」
男は少し考えた後、腰の袋を探った。
そして、小さな魔石をいくつか取り出す。
「これ、受け取ってくれ!」
「…………」
俺は魔石を見つめた。
……おお。
何ということだ。
人助けをしたら、金がもらえた。
素晴らしい。
実に素晴らしいじゃないか。
「……いやあ、悪いなあ」
俺は遠慮がちに手を伸ばした。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
……うん。
やっぱり、善行は積むべきだな!
◇
夕方。
俺は無事にダンジョンから帰還した。
バベルの外へ出ると、夕日が街を赤く染めていた。
ダンジョンというやつは相変わらず時間感覚が狂う。
「……ふう」
疲れた。
だが、悪くない一日だった。
魔石も集まったし、《スティール》が通用することも分かった。
何より、怪我人を助けて礼までもらえた。
……いやあ、今日は実に充実していたな。
俺はギルドの換金所へ向かった。
そして、袋いっぱいの魔石を差し出す。
「換金お願いします!」
「はい。少々お待ちください」
受付の女性が魔石を数え始める。
俺は期待に胸を膨らませた。
ふっふっふ。
これだけあれば、結構な金額になるだろう。
何しろ、俺は今日一日でかなりの数の魔物を倒したのだ。
これはもう、大儲け間違いなし!
「お待たせしました」
受付嬢が微笑んだ。
「合計で、こちらになります」
俺は差し出された硬貨を見た。
「…………」
そして。
「……え?」
思わず聞き返した。
「……これだけ?」
「はい」
「いや、結構倒したんですけど?」
「上層の小型モンスターの魔石ですからね。どうしても単価は低くなってしまいます」
「…………」
俺は硬貨を見つめた。
……なるほど。
確かに、魔石は金になる。
だが。
弱い魔物の魔石は、あまり金にならないらしい。
「……はぁ…世知辛い」
俺は肩を落とした。
やっぱり、楽して大金を稼ぐというのは難しいものだ。
……いや。
待てよ。
弱い魔物の魔石が安いなら。
もっと強い魔物を倒せばいいのでは?
「……ふっふっふ」
俺は再び笑みを浮かべた。
そうだ。
何も、上層にこだわる必要はない。
俺には《スティール》がある。
魔法もある。
それに、いざとなれば――。
……いや。
あの魔法は、まだ使わない方がいいな。
「……さて」
俺は硬貨を袋へ入れた。
明日は、もう少し深く潜ってみるか。
もちろん、無理はしない。
危なくなったら逃げる。
それが俺の信条だ。
◇
その頃。
フォールクヴァングの一室では、ヘディンが一枚の報告書に目を通していた。
「……ほう」
報告書には、今日のカズマの行動が簡潔に記されていた。
単独でダンジョンへ入り、上層を探索。
多数の魔物を討伐。
負傷した冒険者を救助。
そして、無事に帰還。
「……初日としては悪くない」
ヘディンは小さく呟いた。
ただし。
報告書には、書かれていないことがあった。
カズマが《スティール》で魔石を抜き取ったこと。
そして。
彼が、まだ誰にも明かしていない切り札を持っていること。
それを知る者は、今のところ本人だけだった。
たぬた山と申します。思ったよりも感想と評価の方いただけてとても嬉しいです、励みになります。n番煎じの見切り発車も良いとこだなーと思いつつ始めたのですが、これからもエタラない程度には頑張るのでよろしくお願いします。