鉄が鳴いていた。
墜ちた宇宙船の腹の中は、昼でも夜みたいに暗い。裂けた外壁の隙間から、細い光が何本も差しこんでいる。光の中を、錆の粉がゆっくり泳いでいく。
ヒバリは、その光の一本に指をかざした。
指の先が、ほんのかすかに、緑と薄紫に揺れて見えた。
「ヒバリ、手が止まってる」
頭の上から、モズの声が降ってきた。
見上げると、ひょろ長い影が鉄骨にまたがっている。額に古いゴーグルを押し上げて、腰の投石紐をぶらぶらさせていた。
「止まってない。見てただけ」
「それを止まってるって言うんだよ」
モズは鼻を鳴らして、また上の階へ消えた。あっちのほうが、星鉄の良いのが残っている。そのかわり、床が抜ける。
ヒバリは足もとの壁に向き直った。
壁一面に、乾いた膜が貼りついていた。昔この船の中で死んだ、どこかの艇の膜だ。昆虫の翅みたいな細い脈が網の目に走っていて、触るとかさかさ鳴る。脈の走り方は、艇ごとに一つずつ違う。
ヒバリは小刀を差しこんで、膜の端をそっと剥がした。
破れないように。ゆっくり。
ひと晩かけて煮て、油を染ませれば、また柔らかくなる。継ぎ合わせて外套にすれば、
いまヒバリが着ている外套も、そうやってできている。何艇分の膜を継いだのか、もう数えていない。継ぎ目ごとに脈の模様が違う。ひとつひとつが、誰かが見送った艇だった。
「ほら。直ったよ」
横から、手が伸びてきた。
ツグミだ。そばかすの浮いた頬を煤で汚して、二つに結んだ髪の片方がほどけかけている。手のひらに、小さな巻貝のようなものを乗せていた。
歌うだけの、小さな殻。
ヒバリが首から下げているものだ。昨日、残骸の角に引っかけて、紐が切れてしまった。
「紐、替えといた。前のより丈夫なやつ」
「ありがと」
「ありがと、じゃなくてさ」
ツグミは囮殻をヒバリの首にかけ、紐の結び目を確かめるように引っぱった。指に、殻を削った小さな傷がいくつもある。墜星原の拾い子の中で、ツグミほど囮殻をうまく作れる者はいなかった。
「これ、ちゃんと使ってよ。いざってときに投げるの、ヒバリ、いっつも忘れるんだから」
「忘れない」
「この前も忘れた」
「この前は、投げなくても逃げられた」
「それは運が良かっただけ」
ツグミは笑って、ヒバリの額を指で弾いた。ひとつ年上なだけなのに、ツグミはいつも姉のような顔をする。
「ねえ、ツグミ」
「なに」
「ここ、天井が抜けてる」
ヒバリは上を指さした。
船の天井の、ずっと上。裂け目の向こうに、空が見えていた。
昼の、色の薄い青空。その高いところに、目をこらさないとわからないくらいの、淡い光の筋がかかっている。ゆっくりうねって、ほどけて、また重なる。夜になれば、あれが空いっぱいの光の幕になる。
「抜けてるね。それが?」
「あの向こうにも、星があるんでしょ」
「帳の向こう?」
「うん。本物の星。この船は、そこから来たんでしょ」
ツグミは少し黙ってから、肩をすくめた。
「来たんじゃなくて、落ちてきたんだよ」
「同じだよ」
「同じじゃないって」
ヒバリは膜を剥がす手を止めずに、裂け目の空を見上げつづけた。
いつか、あの向こうへ行く。
誰も行けない場所。誰も見たことのない星。そこへいちばんに飛んでいって、いちばんに見る。
ずっと前から、そう決めていた。誰にも言っていないけれど。
ツグミは、たぶん知っている。知っていて、何も言わない。
「……ヒバリはさ」
「ん」
「行ったら、帰ってくる?」
ヒバリは首をかしげた。
「なんで」
「なんでって」
「行ったら、行きっぱなしでいいでしょ。帰る用なんか、ないし」
ツグミは何か言いかけて、やめた。
そのとき、下の階から、メジロの甲高い声がした。
「ヒバリー! ツグミー! チドリがお芋、焦がしたー!」
「焦がしてない! ちょっと香ばしいだけ!」
チドリの怒鳴り声が続く。ツグミは吹き出して、ヒバリの背中を押した。
「ほら。お昼にしよ。日が落ちる前に、隠れ家まで戻らなきゃ」
◇
拾い子は、五人いた。
いちばん上がツグミで、十七。ヒバリとチドリが十六。モズが十五。メジロは九つで、まだ共鳴が目覚めていない。
誰にも、町の名前はない。
町に生まれた子は、「
飛べるようになりたいから、なのかもしれない。
あるいは、墜星原でほかに満足に生きのびている生き物が、鳥くらいしかいないからかもしれない。
五人は船の外へ出て、焦げた芋を分け合った。
午後の墜星原は、静かだった。
見わたすかぎり、墜ちた宇宙船の残骸が転がっている。山のように大きなものも、家くらいのものも、手のひらほどの破片も。そのあいだに、ガラスの円い窪みが、あばたのように散らばっていた。
空が落ちてきた跡だ。
底の砂が溶けて、帳と同じ色に淡く光るガラスになっている。ヒバリは小さいころ、あれを宝物だと思って拾い集めていた。触ると、知らない誰かの夢を見ることがある。
ずっと遠く、地平線のあたりに、一本の白い塔が立っていた。
空へ向かって伸びる、巨大な螺旋の殻。てっぺんは帳の膜に溶けて見えない。あのまわりには町がたくさんあって、帳が落ちてこない。だから、町の人たちはあそこから離れない。
墜星原は、あそこから遠い。
だから空が、よく落ちてくる。
「ヒバリ、ヨダカの餌」
モズが、鉱石のかけらを詰めた袋を放ってよこした。
ヒバリは受け取って、残骸の陰へ歩いていった。
そこに、ヒバリの艇がうずくまっていた。
細い。骨ばっている。鳥の骨格を引き伸ばしたような背骨に、継ぎはぎだらけの膜が張ってある。拾い子のほかの艇と比べても、一回り小さい。
ヨダカ。
三年前、墜星原の帳痕のそばで、半分死んでいた種を拾った。誰も見向きもしない、ひびだらけの種だった。ヒバリは毎日それに水をやり、鉱石を砕いて食べさせ、夜は自分の外套でくるんで寝た。
育ってみると、みっともない艇だった。膜はでこぼこで、骨の伸び方もいびつだった。チドリは笑った。モズは「よく飛ぶな、あれで」と言った。
だから、ヒバリはこの艇にヨダカと名前をつけた。
昔ツグミが話してくれた、古い話に出てくる鳥の名前だ。みんなに醜いと言われた鳥が、空を昇って、昇って、とうとう星になる話。
ヒバリが近づくと、ヨダカは首をもたげた。膜がふるりと震え、喉の奥で、かすれた低い音を鳴らす。
ヒバリは袋から鉱石をつかみ出して、ヨダカの口もとに差し出した。
ばりばりと、骨の顎が鉱石を噛みくだく。
ヒバリはヨダカの首に額をつけた。
殻の奥の、
とたんに、ヨダカの感覚が流れこんでくる。乾いた風。膜を撫でる錆の粉。空から降ってくる、帳の、かすかなざわめき。
いつもの、空の音。
――いつもより、少しだけ、うるさい。
ヒバリは顔を上げた。