流星は還らない   作:lourou

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第2章 汀原のヒバリ(3)

 帰り道、ミオはずっと考えていた。

 

 盗賊が来る。拾い子たちはここにはいられない。けれど、彼女たちには、行く場所がない。

 

 ヒバリは天輪学院(てんりんがくいん)の誘いを断った。仲間と離れたくないからだ。

 

 でも、天輪学院が、拾い子を四人まとめて受け入れるとは思えない。

 

 ではどこなら。

 

 汀原学舎(みぎわらがくしゃ)は錆浜(さびはま)の町の学園だ。

 

 共鳴を持つ少女は、数百人に一人しか生まれない。学園は、そういう子たちを集めて乗り手に育て、潮汲みに送り出す。学園が汀(みぎわ)から引き上げた遺物が、町の水になり、灯になり薬になる。

 

 だから、どの町も、自分の町の学園を誇りにしている。潮汲みの朝には、町じゅうの人が丘の下に集まって、乗り手たちを見送る。ミオも小さいころは、姉の艇が空へ昇っていくのを、父の肩車で見上げていた。

 

 けれど、錆浜は天井戸(てんせい)から遠い外れの町だ。汀原学舎はここ何年も、潮汲みで勝てていない。余りの配分はほとんど回ってこない。昔は年に四つあった祭りが、今は一つだけになった。乗り手の才のある子は、井戸の近くの名門へ行ってしまう。若い人も、町を出ていく。

 

 学園がなくなったら、錆浜は、ゆっくりと死んでいく。

 

 町の誰もが口には出さずにそう思っている。ミオにはそう見えていた。

 

 そして汀原学舎は貧しい。生徒は十人に満たない。教官はトキ先生ひとり。殻守(からもり)もトキ先生ひとり。艇の世話も、修理も、餌の配合も、七十八歳のトキ先生が、たった一人でやっている。

 

 ずっと人手が足りなかった。

 

 学園に戻ると、ミオは厩舎へ艇を戻すより先に詰所へ走った。

 

 詰所にはカスミ先輩がいた。

 

 汀原学舎のキャプテン。三年生。すらりと背が高く、短めの髪を頭の高い位置で結んでいる。腕に、色の褪せたキャプテンの腕章。

 

 カスミ先輩は机に向かって、一通の封書を読んでいた。

 

 ミオが戸を開けると、先輩は顔を上げ、封書を手早く畳んで、上着の内ポケットにしまった。封蝋に、観測院の紋が見えた気がした。

 

「ミオ。どうした、そんな顔して」

 

「先輩。お願いがあります」

 

 ミオは息を整えた。

 

「拾い子の子たちを、殻守見習いとして、学園に置いてもらえませんか」

 

 カスミ先輩の眉が、ぴくりと動いた。

 

「拾い子?」

 

「ヒバリの……一昨日の夜に落ちてきた子の、仲間です。三人。盗賊に狙われてます。行く場所がないんです」

 

「ミオ。うちは、いま、自分の食いぶちだけで精一杯なんだよ」

 

「わかってます。でも、トキ先生ひとりじゃ、厩舎の仕事が回ってないのも、先輩はわかってますよね。拾い子の子たちは、艇の世話も、修理も、ずっと自分たちでやってきたんです。膜の煮かたも、鉱石の砕きかたも、たぶん、わたしたちより上手です」

 

 カスミ先輩は黙ってミオを見た。

 

 そのとき、ミオの後ろで戸がきしんだ。

 

 ヒバリが立っていた。外套の裾を引きずって、詰所の中を見回している。

 

「あんたが、ここでいちばん偉い人?」

 

 カスミ先輩は少し面食らったような顔をした。

 

「いちばん偉いのはトキさんだよ。わたしはキャプテン。カスミ」

 

「じゃあ、カスミ」

 

 ヒバリはまっすぐカスミ先輩の前に立った。

 

「取引しよう」

 

「……取引?」

 

「天輪のとこは、あたしに来てほしいんでしょ。あたしが飛べば、なんか得になるんでしょ。だったら、ここで飛ぶ」

 

 ヒバリはミオのほうを親指で指した。

 

「こいつの言ったとおりにして。あたしが飛ぶ。かわりに、あいつらに、仕事と飯をちょうだい」

 

 詰所の中がしんとした。

 

 カスミ先輩はしばらくヒバリを見つめていた。それから、ゆっくりと、上着の胸のあたりに手をやった。さっき封書をしまった、内ポケットのあたりに。

 

 何かを、確かめるように。

 

「……留星(とどめぼし)が、うちで飛ぶ」

 

 カスミ先輩は独り言のように言った。

 

 それから、ゆっくりと息を吐いた。ミオは、先輩がそんなふうに息を吐くのを初めて見た気がした。何か、ずっと肩に乗せていたものを、ほんの少しだけ下ろしたような。

 

「留星が一人いれば、うちみたいな学園でも、潮汲みで上を狙える。錆浜に、水と灯を、もう一度増やせる。祭りだって、増やせるかもしれない」

 

 カスミ先輩はヒバリを見た。

 

「わたしは、それが欲しい。だから、あんたを使う。……それでいい?」

 

「いい」

 

 ヒバリは即答した。

 

「あたしも、あいつらのために、あんたたちを使う。おあいこ」

 

 カスミ先輩は、初めて、少しだけ笑った。

 

「わかった。トキさんには、わたしから話す」

 

 ヒバリはうなずいただけだった。

 

 礼も言わず、喜びもせず。ただ、取引が成立した、という顔で。

 

 ミオはヒバリの横顔を見ていた。

 

 この子にとって、学園は、まだ「取引の相手」でしかないのだ。

 

 ――居場所、ではなくて。

 

◇

 

 トキ先生は話を聞いても怒鳴らなかった。

 

 ただ、長いこと黙っていた。それから、「使えなかったら叩き出す」とだけ言って、厩舎へ戻っていった。

 

 次の日から、モズとチドリが、トキ先生のあとについて厩舎の仕事を始めた。メジロはまだ小さいので、コハルの手伝いで厨房に入った。

 

 モズはトキ先生に口答えばかりしていた。

 

「ババア、その鉱石、砕きすぎだって」

 

「誰がババアだ」

 

「あんただよ。そんなに細かくしたら、艇の顎が弱る」

 

「……ふん」

 

 トキ先生は鼻を鳴らしたが、次から、鉱石を砕く手を少しだけ緩めた。

 

 三日目。ヨダカの膜の裂け目がようやくふさがり、ヒバリは厩舎でヨダカに餌をやっていた。

 

 ミオもトモシの世話をしながら、それを横目で見ていた。

 

 トキ先生が杖をついてヒバリの横に立った。

 

「その配合じゃ、だめだ」

 

 ヒバリが振り返った。

 

「墜星原(ついせいげん)では、ずっとこれだった」

 

「墜星原では、それしかなかったんだろう。だが、その艇は、帳(とばり)の深みから戻ってきた。膜が変わってる。前と同じものを食わせたら、腹をこわす」

 

 トキ先生は、腰の袋から、別の鉱石の粉を取り出した。白っぽい粉と、黒い粉。それを、手のひらの上で指先で混ぜ合わせる。

 

「これを、三分。いつもの餌に混ぜろ。氷を溶かした水で練って、人肌に温めてからやれ」

 

 口調はいつものように乱暴だった。

 

 けれど、ミオは見ていた。

 

 トキ先生が、ヨダカの顎の下に手を差し入れて、膜の裂け目の縫い目をそっと確かめる手つきを。骨ばった、しわだらけの指が、まるで生まれたばかりの子どもに触れるように、やさしく動くのを。

 

 ヨダカは、ぐるる、と喉を鳴らして、トキ先生の手に首をこすりつけた。

 

 ヒバリが目を丸くした。

 

「……ヨダカが、懐いた」

 

「艇の機嫌は、乗り手の機嫌だ。おまえが警戒しなくなったから、こいつもしなくなった。それだけだ」

 

 トキ先生はヨダカの首を軽く叩いた。

 

 それから、ぽつりと言った。

 

「昔の船はな、腹の中で、艇を飼ってたんだ」

 

 ミオはトモシにブラシをかける手を止めた。

 

「昔の船?」

 

 ヒバリが訊いた。

 

「墜星原に転がってる、あのでかい鉄の船だ。あの腹の中で、こいつらの先祖を、何十艇も飼ってた。餌をやって、種を取って、代々育ててた」

 

「なんで」

 

「さあな」

 

 トキ先生はそれ以上は言わなかった。杖をついて、厩舎の奥へ歩いていった。

 

 ヒバリは、ヨダカの首を撫でながら、トキ先生の背中を見送っていた。

 

「……あたしたちが膜をはがしてた船の壁」

 

 ヒバリがミオのほうも見ずにぽつりと言った。

 

「あれ、艇の家だったのかな」

 

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