「ゼハハハハハ! てめェ、ずいぶんと偉そうな口を利くじゃねェか!」
黒ひげことマーシャル・D・ティーチは、エスカノールを見上げながら大きく笑った。海軍本部が敗北を宣言した直後だというのに、彼には目の前の異常な光景を深刻に受け止める様子がない。それどころか、倒れた三大将にも、怯えきった海兵たちにも興味を示さず、白ひげだけを見据えていた。
「まあいい! 俺がここへ来た目的は変わらねェ! 親父ィ! 長ェ間世話になったが、今日でお別れだ! 俺はお前を超えて、新しい時代の頂点に立つ!」
白ひげの表情から、笑みが消えた。
「……ティーチ。てめェ、何をしに来た」
「決まってんだろうが! ゼハハハハハ! 俺はこの世界をひっくり返す! そのために必要なものを、全部いただきに来たのさ!」
黒ひげの仲間たちが船から降りてくる。ジーザス・バージェスは豪快に笑い、ヴァン・オーガーは無表情のまま銃を構え、ドクQは不気味な笑みを浮かべていた。ラフィットは杖を手に優雅に歩き、シリュウは腰の刀に手を添えている。さらに、インペルダウンから引き入れた凶悪な囚人たちまでが、黒ひげの後ろに続いた。
彼らの顔には、勝利を確信した笑みが浮かんでいた。
海軍の三大将が倒れている。センゴクは敗北を宣言した。海兵たちは戦意を失い、白ひげ海賊団も戦争の終結に戸惑っている。
黒ひげにとって、これほど都合のいい状況はなかった。
「まずは白ひげの能力をいただく! その後は俺の時代だ! ゼハハハハハ!」
「……ほう」
その声を聞いていたエスカノールが、静かに口を開いた。
「随分と大きなことを仰いますね。人の命を奪い、恩を仇で返し、他人の力を奪う。それがあなたの言う新しい時代というものですか?」
黒ひげは笑いながら振り返った。
「ゼハハハ! 力こそがすべてだ! 勝った奴が正しい! それがこの海の現実だろうが!」
「なるほど」
エスカノールは、心底つまらなそうに頷いた。
「つまり、あなたは力を持つ者に憧れながら、他人の力を奪わなければ頂点に立てないというわけですね」
「……あァ?」
黒ひげの笑いが止まった。
エスカノールは片手でリッタを持ち上げ、黄金の刃を肩に担ぎ直した。
「お可哀想に。ずいぶんと惨めな王様ごっこをなさっている」
「てめェ……!」
バージェスが前に出た。
「ティーチ船長を侮辱するとはいい度胸じゃねェか! ぶっ潰してやる!」
「おや。あなたもいらっしゃるのですか?」
エスカノールはバージェスを一瞥した。
「失礼。あまりにも存在感がなかったもので、気づきませんでした」
「ぶっ殺す!!」
バージェスが拳を振り上げ、一直線に突進した。
エスカノールは避けなかった。
巨大な拳が顔面へ迫る。しかし、彼は片手を伸ばし、バージェスの拳を指先で受け止めた。
「……え?」
バージェスの顔が固まった。
押しても、引いても、びくともしない。
「な、何だ……!? 動かねェ!」
「あなたは、今の一撃で私を倒せるとお考えだったのですか?」
エスカノールは不思議そうに尋ねた。
「それは……少々、自己評価が高すぎるのではありませんか?」
彼が指先に力を込めた。
次の瞬間、バージェスの身体が宙に浮いた。
「ぐおおおッ!?」
エスカノールは、バージェスを片手で持ち上げると、何のためらいもなく地面へ叩きつけた。
ドゴォンッ!!
石畳が砕け、バージェスの巨体が陥没した地面に沈む。
「バージェス!!」
黒ひげが叫んだ。
「てめェ、何をしやがった!」
「何を、と仰られましても」
エスカノールは首を傾げた。
「少し、地面に寝かせて差し上げただけですが?」
その声に、黒ひげ海賊団の面々が一斉に殺気立った。
ヴァン・オーガーが銃口を向け、引き金を引く。弾丸がエスカノールの頭部を狙って飛来した。
しかし、弾丸は彼の身体に届く前に、熱で軌道を歪めた。
エスカノールは、ゆっくりと銃を構える狙撃手へ視線を向けた。
「遠くから撃つことしかできないのですか?」
「……!」
「狙撃手というものは、もう少し腕の立つものだと思っていましたが」
ヴァン・オーガーは無言で銃を構え直した。しかし、照準器の向こうに映るエスカノールの姿が、陽炎によって揺らいでいる。
そのとき、ドクQが不気味に笑いながら近づいてきた。
「ケケケ……ならば、病に倒れてもらおうか……」
彼が病を仕込んだ爆弾を投げつける。
エスカノールはそれを見て、わずかに眉をひそめた。
「今度は病ですか。実に趣味の悪いことをなさる」
彼が手のひらを軽く振る。
爆弾は彼に届く前に、空中で燃え尽きた。
「な……!?」
ドクQの表情が凍りつく。
エスカノールは笑った。
「私に病を与えるおつもりでしたら、まずはご自身の頭の中に巣食う愚かさを治療なさってはいかがです?」
「ケケ……ケケケ……!」
ドクQは笑おうとしたが、その声は震えていた。
一方、ラフィットは杖を握り直し、エスカノールを注意深く観察していた。
「これは……想定以上ですね。海軍大将三名を倒したというのは、誇張ではなかったようです」
シリュウは刀を抜いた。
「なら、俺が斬る」
その姿が、一瞬で消えた。
シリュウがエスカノールの背後へ回り込み、刀を振り下ろす。刃は確実に首を狙っていた。
だが、刀が触れる直前、エスカノールの身体から熱風が噴き上がった。
「ぐっ……!」
シリュウは弾き飛ばされた。刀を握る手が痺れ、彼は地面を滑りながらどうにか踏みとどまった。
エスカノールは振り返りもしなかった。
「姿を隠さなければ斬れないとは……」
彼は、退屈そうにため息をついた。
「あなた方は、私を楽しませるどころか、失望させる才能だけはお持ちのようですね」
黒ひげの顔から、笑みが完全に消えた。
バージェスは倒れ、ヴァン・オーガーの弾丸は届かず、ドクQの攻撃は燃え尽き、シリュウの奇襲も通用しなかった。
それでも、黒ひげはまだ理解していなかった。
目の前の男が、今どれほどの力を発揮しているのかを。
なぜなら、太陽はまだ、頂点に達していなかったからだ。
マリンフォードの空では、朝日がゆっくりと高く昇り続けていた。エスカノールの身体は、光を浴びるたびにさらに大きく、さらに力強くなっていく。黄金の髪が輝き、筋肉が膨張し、周囲の空気が熱を帯びていった。
白ひげは、その変化に気づいていた。
「……おいおい。まだ強くなるってのか?」
マルコが呆然と呟く。
「オヤジ……あいつ、さっきより明らかに……」
白ひげは、空を見上げた。
太陽は、正午へと向かっていた。
そして、エスカノールはふと、空を見上げた。
「……おや」
彼の口元に、ゆっくりと笑みが浮かぶ。
「これは、ちょうどよい」
黒ひげが眉をひそめた。
「何がだ……?」
エスカノールは答えず、リッタを肩から下ろした。
「皆様。少々、お待たせいたしました」
彼は黄金の太陽を背に、堂々と胸を張った。
「どうやら、私の最も素晴らしい時間が訪れたようです」
その瞬間だった。
太陽が、天頂へと達した。
正午。
世界を照らす光が、マリンフォードの戦場へ降り注いだ。
エスカノールの身体が、黄金の光に包まれる。筋肉はさらに隆起し、巨大な体躯は圧倒的な存在感を放つ。肌からは陽炎が立ち上り、周囲の石畳が熱で赤く染まり始めた。
リッタが黄金に輝く。
その刃を、漆黒の武装色が覆い尽くした。
さらに、黒い稲妻が爆ぜる。
バリバリバリバリッ!!
覇王色の覇気が、戦場全域へと広がった。
海兵たちの身体が震えた。倒れた者の周囲でさえ、空気が押し潰されるように重くなる。白ひげ海賊団の隊員たちも息を呑み、七武海たちは警戒を強めた。
そして、黒ひげ海賊団の面々は、本能的な恐怖に襲われた。
「な……何だ、こいつ……!」
ラフィットが思わず後ずさる。
「先ほどまでとは……まるで別人……!」
エスカノールは、ゆっくりと黒ひげを見下ろした。
その顔には、絶対的な自信と傲慢さが浮かんでいた。
「さて」
彼はリッタを片手で持ち上げた。
「先ほど、あなたは世界をひっくり返すと仰いましたね?」
黒ひげは歯を食いしばった。
「……ああ! それがどうした!」
「結構」
エスカノールは微笑んだ。
「では、まずはご自身が立っている場所を守ってみてはいかがです?」
その瞬間、黒ひげが両腕を広げた。
「ゼハハハハハ! 調子に乗るなよォ!!」
黒い闇が、彼の身体から噴き出した。
「闇穴道!!」
地面が黒く染まり、瓦礫が吸い込まれていく。黒ひげは闇の力でエスカノールを飲み込もうとした。周囲の石片や武器が引き寄せられ、黒い渦が広がっていく。
「俺の闇は、すべてを引きずり込む! てめェの太陽だろうが何だろうが、飲み込んでやるぜェ!!」
エスカノールは、その闇を見つめていた。
そして、静かに笑った。
「闇ですか」
彼はリッタを握り直す。
「なるほど。確かに、光の届かぬ場所というものは存在するでしょう」
黒ひげの笑みが深くなる。
「ゼハハハ! 分かったか! てめェも俺の闇に――」
「ですが」
エスカノールの声が、黒ひげの言葉を遮った。
「太陽が昇っている限り、闇が世界を支配することなどできません」
彼が一歩踏み出した。
その瞬間、黒い闇の周囲に黄金の光が広がった。
闇が、揺らいだ。
「な……!?」
エスカノールの身体から放たれる熱は、黒ひげが作り出した闇の中でさえ衰えなかった。むしろ、正午の太陽から注がれる圧倒的な力が、黒い渦そのものを押し返していく。
黒ひげは歯を食いしばり、さらに闇を広げた。
「ふざけるなァ!! 俺の闇を押し返せるわけがねェ!!」
「いいえ」
エスカノールは、冷たく告げた。
「押し返すまでもありません」
リッタの刃が、黄金の光を帯びた。
「あなたの闇ごと、焼き尽くせばよいのですから」
エスカノールが斧を振り上げる。
武装色が漆黒に染まり、覇王色の稲妻が刃を包み込む。さらに、正午の太陽から降り注ぐ熱がリッタへと集まり、刃の周囲に黄金の炎が渦巻いた。
マリンフォードの空気が、震えた。
「黒ひげ殿」
エスカノールは、王者のように告げた。
「あなたの時代は、まだ始まってもいない」
そして――。
「太陽の裁き(サン・ジャッジメント)!!」
リッタが振り下ろされた。
黄金の光が、爆発した。
それは、単なる斬撃ではなかった。
太陽の熱、武装色の覇気、そして覇王色の黒い稲妻。そのすべてが一つになり、巨大な光の奔流となって黒ひげ海賊団へと襲いかかった。
「うわああああああッ!!」
バージェスの叫び声が響いた。
ヴァン・オーガーが銃を構える間もなく、熱風に吹き飛ばされる。ドクQは馬とともに地面を転がり、ラフィットの杖が手から弾き飛ばされた。シリュウは刀を構えて耐えようとしたが、圧倒的な熱と衝撃の前に踏みとどまることさえできなかった。
黄金の炎が、黒ひげ海賊団を包み込む。
船の帆が燃え上がり、甲板が赤熱し、黒い旗が炎の中へと消えていく。海面からは巨大な水蒸気が噴き上がり、戦場の空が黄金色に染まった。
「やめろォォォ!!」
黒ひげが叫んだ。
彼は両手を広げ、闇を最大限に広げた。襲い来る炎を吸収しようとする。しかし、正午の太陽から放たれた熱量はあまりにも膨大だった。闇が飲み込めるものには限界があり、押し寄せる衝撃と熱のすべてを受け止めることはできなかった。
「ぐおおおおおッ!!」
黒ひげの身体が吹き飛ばされ、地面へ叩きつけられた。
闇が乱れ、黒い渦が消えていく。
黄金の炎は、黒ひげ海賊団の船を包み込み、甲板を焼き、帆柱を砕き、黒い旗を灰へと変えていった。
やがて、光が収まった。
マリンフォードに、再び静寂が訪れる。
黒ひげ海賊団の船は、見る影もなく焼け落ちていた。甲板には黒焦げになった木材が散らばり、煙が立ち上っている。仲間たちは次々と地面に倒れ、戦闘を続けられる者はほとんどいなかった。
バージェスは動かず、ヴァン・オーガーは銃を失い、ドクQは意識を失っている。ラフィットは片膝をつき、シリュウでさえ、刀を支えにしなければ立ち上がれなかった。
黒ひげ自身も、全身を焼かれた痛みに呻きながら地面に伏していた。
「ぐ……が……!」
彼は震える腕で身体を起こそうとした。
「な……何なんだ……てめェは……!」
エスカノールは、リッタを肩に担いだ。
正午の太陽を背にしたその姿は、あまりにも巨大だった。黄金の光が彼の身体を包み、黒い稲妻が肩から斧へと走っている。
「何者、ですか?」
エスカノールは、ゆっくりと黒ひげを見下ろした。
「先ほどから、何度も申し上げているつもりですが」
彼は胸を張った。
「私は、太陽の下において最強の男。エスカノールです。」
黒ひげは、言葉を失った。
自分は世界をひっくり返すつもりだった。海軍本部が弱体化し、白ひげが消耗したこの瞬間こそ、野望を実現する絶好の機会だと考えていた。
だが、その計画は、正午の太陽の下で跡形もなく焼き払われた。
彼は初めて理解した。
目の前の男は、自分がこれまで出会ってきたどの強者とも違う。
能力を奪えば勝てる相手ではない。策略を巡らせれば倒せる相手でもない。
そもそも、エスカノールは黒ひげの野望など、取るに足らないものとして見下していた。
「さて」
エスカノールは、焼け落ちた船を見渡した。
「世界をひっくり返すというお話でしたが……」
彼は黒ひげへ視線を戻す。
「随分とあっけなく、ひっくり返されてしまいましたね」
「て……てめェ……!」
黒ひげが歯を食いしばる。
しかし、エスカノールはすでに興味を失っていた。
「安心なさい。今のあなたに、私を倒す力はありません」
彼はリッタを肩に担ぎ直し、堂々と背を向けた。
「もう少し、ご自身を鍛えてから出直してくることです。もっとも、その時にも私があなたの相手をする必要があるかどうかは、分かりませんがね」
黒ひげ海賊団は、敗北した。
海軍三大将を倒した男に挑み、正午の太陽の前に、その野望ごと焼き尽くされたのだ。
その光景を、マリンフォードにいた誰もが目撃していた。
海兵たちは呆然と立ち尽くし、七武海たちは表情を引き締め、白ひげ海賊団の隊員たちでさえ言葉を失っていた。
「……オヤジ」
マルコが、ゆっくりと口を開いた。
「……あいつ、正午になった途端、さらに強くなったよい……」
白ひげは、しばらくエスカノールの背中を見つめていた。
そして、腹の底から笑い声を上げた。
「グララララララ!! とんでもねェ男だ!」
その隣で、ルフィは口を大きく開けていた。
「……すっげェ……!」
彼の目は、エスカノールから離れなかった。
「なあ、ジンベエ! あいつ、めちゃくちゃ強いぞ!!」
「……ああ。強いなどという言葉では、足りぬかもしれんな」
ジンベエは、焼け落ちた黒ひげ海賊団の船を見つめながら答えた。
「しかし、ルフィ。今はあの男の力に驚いている場合ではない」
「……あっ!」
ルフィは、はっと顔を上げた。
「エース!!」
彼は再び走り出した。
エスカノールがどれほど強くても、黒ひげがどれほどの野望を抱いていても、ルフィにとって最も大切なのは兄を救うことだった。
そして、エスカノールもまた、白ひげへの恩返しを終えた今、再び自分の道を歩もうとしていた。
正午の太陽は、マリンフォードを黄金色に照らし続けていた。
海軍本部は敗北し、三大将は倒れ、黒ひげ海賊団の野望は打ち砕かれた。
そのすべてを成し遂げた男は、ただ一人。
神器リッタを肩に担ぎ、誰よりも高い場所から世界を見下ろす、傲慢なる王。
エスカノール。
彼は太陽の下で、誰よりも強かった。
そして、この日、世界は思い知ることになる。
正午の太陽に逆らうことが、どれほど愚かなことなのかを。