太陽の傲慢   作:HINRON

7 / 7
世界を震わせる傲慢

 

マリンフォードの戦いが終わった。

 

いや――正確に言えば、それは海軍が長年築き上げてきた絶対的な権威が、初めて世界の目の前で打ち砕かれた瞬間だった。

 

海軍本部の広場には、無数の瓦礫が散乱していた。

 

地面には巨大な亀裂が走り、焼け焦げた建物からは黒煙が立ち上る。海軍兵たちは傷ついた仲間を運び、医療班は負傷者の手当てに追われていた。

 

そして、誰もが信じられない光景を目にしていた。

 

海軍最高戦力――三人の大将。

 

赤犬サカズキ。

 

黄猿ボルサリーノ。

 

青雉クザン。

 

その全員が、敗北したのだ。

 

しかも、相手は海賊団ですらない。

 

誰の傘下にも入らず、どの勢力にも属さず、ただ一人で戦場に現れた男。

 

太陽のように輝く斧を手に、黒い稲妻をまとい、海軍の最高戦力をねじ伏せた男。

 

その名は――エスカノール。

 

「……本当に、終わったのか?」

 

一人の海兵が、呆然と呟いた。

 

「大将たちが……全員、倒されたんだぞ……」

 

「ふざけるな……! あの三人が負けるはずがない……!」

 

「だが、現実だ……! 元帥が……敗北を宣言したんだ……!」

 

誰もが現実を受け入れられずにいた。

 

海軍は白ひげ海賊団を公開処刑の舞台で壊滅させ、海賊の時代に終止符を打つはずだった。

 

しかし、蓋を開けてみればどうだ。

 

三大将は倒れ、黒ひげの野望も打ち砕かれ、戦場の主導権は完全に失われた。

 

そして、そのすべてを引き起こした男は、勝利を誇示することもなく、誰かに従うこともなく、夕日に向かって去っていった。

 

まるで――この戦いそのものが、自分にとって取るに足らない出来事だったとでも言うように。

 

「……化け物め」

 

誰かがそう呟いた。

 

だが、その言葉に反論する者は一人もいなかった。

 

*

 

海軍本部、元帥室。

 

割れた窓から吹き込む潮風が、散乱した書類を静かに揺らしていた。

 

センゴクは机の前に座り、目の前に置かれた報告書を睨みつけていた。

 

そこには、戦場で起きた出来事が克明に記されている。

 

黄猿、戦闘不能。

 

赤犬、戦闘不能。

 

青雉、戦闘不能。

 

黒ひげ海賊団、壊滅的損害。

 

そして、海軍本部は敗北を宣言。

 

センゴクは深々と息を吐いた。

 

「……一人の男が、ここまでの事態を引き起こすとはな」

 

その声には、怒りだけではなく、困惑も滲んでいた。

 

「能力の詳細は不明。所属も不明。出身地すら掴めていない……。分かっているのは、太陽のような熱と光を操ること。そして、覇王色の覇気が尋常ではないということだけか」

 

傍らに立つつるが、静かに口を開いた。

 

「あれほどの力……単純な能力者というだけでは説明がつかないね」

 

「能力者であることは間違いない。だが、あの男は能力に頼り切っているわけではない。武器の扱いも、覇気の使い方も、常人の域を遥かに超えている」

 

センゴクは拳を握りしめた。

 

赤犬のマグマを片手で受け止めた。

 

黄猿の光を消し去った。

 

青雉の氷を蒸発させた。

 

そして、黒ひげの闇さえも真正面から打ち破った。

 

それらは、すべて同じ男が成し遂げたことなのだ。

 

「……問題は、あの男が何者なのかということだね」

 

「海賊ならば、縄張りや仲間、野望を手掛かりに動きを予測できる。でも、あの男にはそれすらない」

 

センゴクは黙り込んだ。

 

海軍にとって最も危険な相手とは、必ずしも最も凶悪な海賊ではない。

 

何を目的に動くのか分からず、何を守り、何を奪おうとしているのかも分からない存在。

 

そして、必要とあらば海軍最高戦力を一人で打ち倒せる存在。

 

エスカノールは、そのすべてに当てはまっていた。

 

「つる……」

 

「なんだい」

 

「この男を、放置するわけにはいかん」

 

センゴクの声が低くなる。

 

「海軍が敗北した事実は、いずれ世界中に広まるだろう。だが、それ以上に危険なのは、あの男の存在そのものだ」

 

つるは静かに頷いた。

 

「懸賞金を?」

 

「ああ。ただし、通常の海賊と同じ基準で考えてはならん」

 

センゴクは報告書を閉じた。

 

「奴は白ひげの部下ではない。黒ひげの敵でも、海軍の敵であることだけを目的とした男でもない。あの男は、自分の意思だけで戦場を支配した」

 

その眼差しが鋭くなる。

 

「敵に回れば、海軍本部そのものが再び陥落しかねん」

 

その言葉に、つるの表情も険しくなった。

 

「……世界政府は、黙っていないだろうね」

 

「黙っていられるはずがない」

 

センゴクは窓の外を見つめた。

 

「問題は、政府があの男をどう扱うかだ」

 

*

 

その頃、聖地マリージョア。

 

世界政府の最高権力者たちは、静寂に包まれた部屋で映像記録を見つめていた。

 

スクリーンに映し出されているのは、黄金に輝く巨大な斧を構えた男。

 

その周囲には黒い稲妻が走り、地面は砕け、海兵たちは次々と倒れていく。

 

赤犬のマグマは届かず、黄猿の光は消え、青雉の氷は熱によって蒸発した。

 

そして最後には、黒ひげの闇さえも圧倒する太陽の一撃。

 

映像が途切れた。

 

長い沈黙の後、五老星の一人が口を開いた。

 

「……これほどの力を持つ人間が、今まで記録に残っていなかったとはな」

 

「能力者の資料を照合させたが、該当する人物は見つからなかった」

 

「サンサンの実……太陽人間、か。そんな悪魔の実が存在するという記録も、確認できていない」

 

「能力の詳細も、弱点も不明。しかも本人は、海賊団にも世界政府にも属していない」

 

別の老人が杖を鳴らした。

 

「厄介なのは、力だけではない。あの男は、海軍の大将三人を倒してなお、何の要求もしなかった」

 

「金も、地位も、名声も求めていないように見える」

 

「白ひげを救った理由も不明だ。両者の間に何らかの関係があるのか?」

 

「少なくとも、白ひげ海賊団の一員ではないという報告が上がっている」

 

五老星の一人が、映像の中の男を見つめた。

 

そこには、戦場のすべてを見下ろすような、傲岸不遜な笑みが浮かんでいた。

 

「……あの男の態度が気に入らん」

 

「海軍の最高戦力を打ち破り、世界政府の権威を踏みにじった。それでいて、まるで自分が何も悪いことをしていないかのような顔をしている」

 

「自分こそが世界で最も強いとでも言いたげな態度だ」

 

「実際、映像を見る限りでは……否定しきれんのが問題だな」

 

その言葉に、部屋の空気がさらに重くなった。

 

彼らは世界の秩序を維持するため、数々の脅威を排除してきた。

 

だが、今回の相手は違う。

 

海賊王を目指す者でもない。

 

世界を支配しようとする者でもない。

 

革命軍のように政府を倒すと宣言したわけでもない。

 

ただ、自分の信念と約束のためだけに動き、結果として世界の均衡を揺るがした男。

 

その行動原理が分からない以上、予測も対策も立てようがなかった。

 

「……結論を出そう」

 

五老星の一人が言った。

 

「この男を、世界にとって最上級の危険人物として扱う」

 

「懸賞金を設定するのか?」

 

「当然だ。あの男の存在を知った海賊たちが、何を考えるか分からん。海軍の敗北を見て勢いづく者も現れるだろう」

 

「だが、懸賞金の額をどうする?」

 

その問いに、誰もすぐには答えなかった。

 

通常の大海賊であれば、数億から十数億ベリー。

 

四皇のような存在ともなれば、数十億ベリーに達することもある。

 

しかし、エスカノールは海賊団を率いていない。

 

領土も、傘下の勢力も、確認されていない。

 

それでも、三大将を同時に戦闘不能にし、海軍本部を敗北に追い込んだ。

 

単純に既存の基準へ当てはめることなどできなかった。

 

やがて、一人が口を開く。

 

「……四十五億ベリー」

 

他の四人が、その数字を反芻する。

 

「四十五億……」

 

「四皇に匹敵する、いや、それ以上の危険性を示す額か」

 

「妥当だろう。あの男を侮れば、世界政府そのものが危機に陥る」

 

一人が念を押すように言った。

 

「だが、これは単なる強さへの評価ではない。世界に対する危険度を示す数字だ」

 

「分かっている」

 

五老星の一人が、冷徹な声で告げた。

 

「この男を、決して自由にさせてはならん」

 

その言葉とともに、エスカノールの処遇が決定された。

 

世界政府は、彼を危険人物として正式に指定。

 

海軍は、ただちに懸賞金付きの手配書を発行することとなった。

 

*

 

その知らせは、瞬く間に世界中へ広がっていった。

 

新聞社には、マリンフォードの戦いを伝える記事が次々と持ち込まれた。

 

記者たちは、海軍が敗北を認めたという前代未聞の事態に騒然となっていた。

 

「おい! この写真を使え! 大将たちが倒れている映像だ!」

 

「いや、こっちだ! 太陽のような斧を持った男の写真を一面に載せろ!」

 

「名前は分かっているのか!?」

 

「エスカノールだ! 海軍の報告書に名前が記載されている!」

 

「懸賞金は!?」

 

その問いに、政府から届いた書類を手にした編集長が、目を見開いた。

 

「……四十五億ベリーだ」

 

一瞬、誰も言葉を発しなかった。

 

「……は?」

 

「四十五億ベリーだ! 聞こえなかったのか!?」

 

「そんな馬鹿な……!」

 

「四皇に匹敵する額じゃないか!」

 

「違う……! この男は、どこの海賊団にも属していないんだぞ!?」

 

編集長は震える手で書類を握りしめた。

 

「それでも政府は、この額をつけた……。つまり、それだけ危険だと判断したということだ」

 

そして、世界中の新聞社が号外を刷り始めた。

 

翌朝。

 

海軍本部の敗北を伝える記事とともに、世界中へ配られた新聞の一面には、あの男の姿が掲載された。

 

黄金の斧を肩に担ぎ、悠然と立つ巨漢。

 

その表情には、恐怖も焦りもない。

 

自分の前に立つ者すべてを見下ろすような、圧倒的な傲慢さだけがあった。

 

記事には、こう記されていた。

 

「海軍本部、三大将敗北――謎の男エスカノール現る!」

 

そして、その下には、世界政府が正式に発行した手配書の情報が掲載されていた。

 

*

 

東の海。

 

とある酒場では、新聞を読んでいた海賊たちが大声を上げていた。

 

「おいおい、見ろよ! 四十五億ベリーだと!?」

 

「白ひげの戦争を一人でひっくり返した男だってよ!」

 

「しかも三大将を全員倒したらしいぞ!」

 

「そんな人間が本当にいるのか……?」

 

その場にいた男たちは、新聞に掲載された写真を食い入るように見つめていた。

 

ある者は恐怖に震え、ある者は目を輝かせ、ある者はその額に野心を燃やした。

 

だが、誰もが同じことを考えていた。

 

――この男には、決して逆らうべきではない。

 

*

 

新世界。

 

海賊たちが集う島でも、新聞は大きな話題となっていた。

 

「四十五億……! 冗談じゃねェ!」

 

「海軍本部を潰した男だ。そりゃあ、そのくらいの額にもなるだろうよ」

 

「だが、海賊団を持っていないんだろ? 何が目的なんだ?」

 

「さあな……。ただ一つ分かるのは、あの男が敵に回ったら終わりだってことだ」

 

別の場所では、ある海賊が新聞を握りつぶした。

 

「クソッ……! 世界の勢力図が変わっちまうぞ……!」

 

そう。

 

白ひげの時代が終わろうとしていたその瞬間、世界は新たな怪物の存在を知ったのだ。

 

四皇の一角が崩れようとする中で、海軍の最高戦力を一人で打ち破った男が現れた。

 

しかも、その男はどの勢力にも属していない。

 

誰の命令も受けず、誰の傘下にも入らず、誰にも頭を下げない。

 

そんな男が、世界の海を自由に歩き回っている。

 

それは、海軍にとっても、海賊にとっても、世界政府にとっても、無視できない事実だった。

 

*

 

そして、世界の均衡を見守る者たちもまた、その名を知ることとなった。

 

ミホークは、新聞に目を落とし、口元をわずかに緩めた。

 

「……四十五億か。政府も、随分と大きく出たものだ」

 

彼の脳裏には、マリンフォードで見た黒い稲妻と、太陽のように輝く斧の光景が蘇っていた。

 

「だが……あの男にとっては、金額など何の意味もないだろうな」

 

ドフラミンゴは新聞を見て、腹の底から笑った。

 

「フッフッフッフッフ! 四十五億ベリー! こいつは最高だ!」

 

彼は新聞を掲げ、愉快そうに続けた。

 

「海軍の大将を三人まとめて叩き潰し、黒ひげの計画までぶち壊す! しかも、どこの組織にも属していないだと!?」

 

笑い声が、部屋中に響き渡る。

 

「いいねェ……! 世界がどんどん面白くなってきやがった!」

 

一方、クロコダイルは新聞を無言で読み進めていた。

 

やがて、煙草をくわえたまま、小さく息を吐く。

 

「……四十五億、か」

 

彼の視線が、手配書の写真に止まった。

 

「政府がこれほどの額をつけるということは、相当本気で恐れているらしいな」

 

そして、低く呟く。

 

「厄介な男が現れたもんだ」

 

女帝ハンコックは、別のことを考えていた。

 

ルフィは無事だろうか。

 

あの戦場で、あの男と出会ったことで、何かが変わったのだろうか。

 

「……ルフィ」

 

彼女は新聞をそっと置いた。

 

エスカノールという男の力がどれほどのものかは、もう疑いようがない。

 

しかし、彼女が気にかけているのは、その力ではなかった。

 

あの戦場で、ルフィが何を成し遂げたのか。

 

それだけだった。

 

*

 

その頃、マリンフォードを遠く離れた海上。

 

小さな船が、夜の海を静かに進んでいた。

 

船の上にいるのは、痩せ細った一人の男。

 

エスカノールだった。

 

夜の姿に戻った彼は、船縁に腰掛け、海面を見つめていた。

 

「……はぁ。やはり、あのような場所へ行くべきではなかったのでしょうか……」

 

弱々しい声が、波音に紛れる。

 

「大将の方々を倒してしまうなんて……。きっと、私は恐ろしい人間だと思われているのでしょうね……」

 

彼は小さく肩を落とした。

 

だが、ふと顔を上げる。

 

脳裏に浮かんだのは、かつて自分に食事を与え、何の見返りも求めずに去っていった大海賊の姿だった。

 

「……それでも」

 

エスカノールは、胸元に手を当てた。

 

「約束は……守れました」

 

ほんの少しだけ、表情が和らぐ。

 

「白ひげさんが、ご無事でいてくだされば……それで、十分です」

 

その時だった。

 

遠くの海を渡ってきた一羽の新聞配達鳥が、彼の船の上空を横切った。

 

一部の新聞が、風に煽られて船の甲板へ落ちる。

 

「ひゃっ!? な、何ですか!?」

 

エスカノールは驚いて身を縮めた。

 

おそるおそる新聞を拾い上げ、表紙に目を向ける。

 

そこには、見覚えのある巨漢の写真が大きく掲載されていた。

 

黄金の斧を肩に担ぎ、傲然と世界を見下ろす男。

 

昼間の自分だった。

 

「……え?」

 

エスカノールは、ゆっくりと新聞を持ち上げた。

 

その下には、黒々とした数字が並んでいた。

 

4,500,000,000 BERRY

 

「よ、四十五億……!?」

 

彼は思わず声を裏返らせた。

 

「ど、どうして私が……!? いえ、確かに戦いましたけれども……! で、でも、これはあまりにも……!」

 

震える手で新聞を握りしめ、今にも泣き出しそうな顔になる。

 

「ど、どうしましょう……! これでは、世界中の恐ろしい海賊たちに狙われてしまいます……!」

 

彼は船の隅へ逃げ込むと、膝を抱えて震え始めた。

 

だが――。

 

その新聞の片隅には、もう一つの文字が刻まれていた。

 

傲慢の罪 エスカノール

 

世界政府が名づけた、彼の異名。

 

世界が恐れ、海軍が警戒し、海賊たちが畏怖する名。

 

しかし、当の本人はというと――。

 

「うぅ……どうして、こんなことに……」

 

船の隅で、今にも泣きそうになっていた。

 

その姿は、マリンフォードで三大将を圧倒した男とは、到底結びつかないものだった。

 

それでも、世界はもう知ってしまった。

 

太陽が昇れば、誰にも頭を下げない傲慢なる王が現れることを。

 

そして、その王が本気で怒れば、世界の均衡すら揺らぎかねないということを。

 

海軍本部を震撼させ、世界政府を警戒させ、海賊たちに畏怖された男。

 

その名は――

 

傲慢の罪、エスカノール。

 

懸賞金、四十五億ベリー。

 

世界は今、新たな伝説の誕生を知ったのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。