1話
一度文明が滅びた後に再び知的生命体が栄えたこの地において、過去のオーパーツが眠る遺跡の探索に人々が熱を上げるのは自然なことであった。
「フワワぁ! そっちいった!」
黒のスポーツブラとホットパンツだけを装着した迷惑防止条例違反ギリギリの露出をしている竜人の女。名前はガオと言い、大きな2つの角に反比例するように身長は小さく、そのバストは平坦であった。
後ろの仲間に注意を促しながら、自慢の尻尾で三つ首の犬を叩き潰す。
「わ、わかりましたぁ……!」
大きく、しかしへちゃりと折れている狐耳。9つの大きな尻尾と標準的な体躯にややだらしない腹を持つケモ女。
フワワと呼ばれた彼女は自身の体を超える薄青色の大盾で棘の生えた巨大アルマジロの転がり突進を受け止める。
一軒家が容易く瓦解する運動量を持った突進だが、フワワは微動だにせず。逆に突進してきたアルマジロが衝撃に負けて気絶する始末。
「しっ!」
フワワの大きなケモ尻尾の後ろに隠れていた4翼の天使。幾何学的な天使の輪っかを頭の上に携え、シスター服に身を包んでいる。しかしそれ自体が戒律に反していそうなボンキュッボンのわがままボディ。服が退職代行を使って辞めたそうにしていた。
名前はシスイと言い、先端が尖った錫杖を気絶したアルマジロの目に突き立ててとどめを刺した。
「アカシぃ! 雑魚は片付いた! すぐそっち行く!」
ガオが鱗に覆われた尻尾を揺らしながら走る先には2mを超える大男。彼は彼以上に大きな肥満体の二足歩行顔豚化け物とがっぷり四つに組んで力比べをしていた。
大男は筋骨隆々でありながら、女を殴ってそうな髪型と糸目と微笑を首から上に引っ提げていた。
「一(ウェン)! 二(フー)! 三(ハイ)ぃい!」
大男と組むのに精いっぱいの顔豚化け物にたっぷりと助走をつけたガオ。地を穿つ三歩の踏み込みを経て最大威力の攻撃を叩きこむ。
巨体を揺らして膝をつく顔豚化け物。その隙を逃さず、大男は淀みなく拳を引いてタメを作る。
そこから放たれる正拳突きは彼の二倍以上の体重を誇る顔豚化け物をピンポン玉のように吹き飛ばし、遺跡の壁に激突して歴史を彩るシミとなった。
襲い来る怪物を倒した4人組は手分けして大部屋の壁を叩いて回る。
「……ここ、音の響きが違います。ガオさん、壁を壊してもらっても良いですか?」
「今行くぅ」
耳の良いフワワの指示を受けて、ガオは壁に手を当てる。傍から見ていると軽く体重をかけたように見えたが、次の瞬間には壁に亀裂が入って砕け、奥の隠し部屋が露わになる。
「アカシのパンチでぶち抜けばアタシを呼ばなくても良いんだけどなぁ」
「すみません。不器用で手加減が苦手なもので、中の物を壊しても遺跡探索の意味がないでしょう」
「ったく、しょうがねぇなぁ。私が居てよかっただろ? ほら褒めろ」
「はい。いつもありがとうございます」
すました顔だが、鱗に覆われた尻尾を揺らして上機嫌なガオ。フワワとシスイも集まり、4人は隠し部屋を探索する。
隠し部屋の中心にあるのは無機質な立方体の上に浮かぶ機械仕掛けの球。近くで観察すると、半透明な物質に覆われた中で無数の歯車が蠢いている。
「うわすげー、浮いてる」
「中でぞろぞろ動いて……見とれちゃいますね……」
「何のための物なんでしょうか」
「恐らくですが観賞用だと思います。時計というわけでもなさそうですし」
大男が球を下からすくい上げ、手繰り寄せる。台座らしき立方体の上からずらし、そっと手を離すが球は浮いたまま。
「浮遊の仕掛けは球自体にあるみたいですね。台座は持ち帰らなくて良さそうです」
「よぉ~し、収穫もあったし今日のところは帰ろうぜぇ」
「他にも探さなくて大丈夫ですか……? こんな深いところまで来ましたし……」
「そうしたいのは山々ですが、このオーパーツは精密そうですし、モンスターとの戦闘で壊れかねませんわ」
「そうですね、今日は帰りましょう。シスイさん、このオーパーツを持ってもらっても良いですが? 道中モンスターが現れたら私たちが守りますから」
「お任せください。翼に包んでいれば多少の衝撃も吸収してくれるでしょう」
そうして4人は遺跡を後にした。
♢
遺跡探索を生業とする者たちを人々は遺跡ハンターと呼ぶ。遺跡の中にいるモンスターに襲われ怪我や死亡のリスクは高いが、実入りは良い。
遺跡のオーパーツを持っていることが権威者の間でのステータスとなっており、飛ぶように高く売れるのだ。
先の4人組はオーパーツをオークションで売り捌き、売却金の分配を行った後、いつもの稽古を行うためにだだっ広い草原に来ていた。
「おっ、丁度良い岩があるじゃんねぇ」
ガオは自分の身の丈の4倍はある大岩にもたれかかる。
「おーし、アカシぃ。頼むぜ」
「はい、わかりました。シスイさんは危なかったらいつでも治療できるように準備しておいてくださいね」
「心得ていますわ」
この世界にはスキルというものがある。人が先天的に持って生まれる特殊能力。ガオの場合は、受けたダメージを蓄えて好きな時に拳からぶっ放すことができるというスキルを持っている。
今から行われるのは、そのスキルの練習である。
大男は遺跡で顔豚化け物に放ったように、右こぶしを引いてタメを作った。
「ふー……♡」
ガオは肺の空気を吐き出し、横隔膜を上にあげる。これから訪れる惨劇を想像し、岩の上でピクリと指を跳ねさせた。
大男は顔豚化け物を壁のシミにした一撃を、躊躇なくガオの腹に叩きこんだ。
鍛えられた筋肉の上にうっすらと脂肪が乗った白い肌。
そのお腹を擦るために大枚を叩く人間もいるであろう、くびれのついた宝玉に男の拳がめり込む。
一般人100人の命が消し飛ぶであろうパンチが少女のたおやかな腹へめり込む。
その音は工事現場で発破解体をした時の爆発音にも似ていた。
「ッッッッッッッッ!♡♡!!!♡!♡!!」
肺に空気がないので声は出ていない。声帯をパタパタと開閉する音だけが口から洩れてくる。
確かに横隔膜を上げて臓器の無い個所を作り出し、そこに拳が命中した。しかしそれがなんの気休めになろうか。
後ろの岩のおかげで衝撃は少女の体の中で炸裂。余波で砕けた大岩を見れば、その滑らかで幼い腹の中で起きたビッグバンを僅かながら想像できるだろう。
べっこりと凹んだ腹を携えるガオは震える足で立ち、大男と同じように右手でタメを作る。
瞬間、ガオの透き通るような白い髪が金色に染まり、密なエネルギーを放ち始める。
そのエネルギーはガオのパンチに合わせて髪から右腕に移動し、衝撃波として放たれた。
衝撃波の風圧ではるか先にあった森の木々が暴風に煽られたかのように揺れる。
「すーーー~~~……っ」
ガオは大きく息を吸い込み。
「おほぉ”おおぉぉォオおォォオオッ…………!♡!!♡!」
渾身のオホ声を草原に響き渡らせながら倒れ伏した。
「へー~~ッ”♡ へー~ーッ”♡」
腹を押さえて重篤患者のように危険な呼吸を繰り返す。
「ガオ様、大丈夫ですか? 治療が必要ですか?」
シスイが声をかけるが、ガオは力なく首を振る。シスイは少し不満そうに頬を膨らませていた。
「あの、アカシさん……。私の練習も手伝ってもらってよいですか……?」
いつものことなので、フワワは瀕死のガオをスルーして大男に声をかけた。
「はい、もちろんです。ガオさん、危なかったらシスイさんに治療してもらってくださいね。ぽっくり逝かれたら私はとても悲しいです」
フルスイングかました張本人の発言とは思えない言葉を残しながら、大男はフワワの目の前に立った。
「じゃあ、お願いします……♡」
「では失礼して」
大男の武骨な手がフワワの喉元に伸びる。
フワワのスキルは息を止めている間、魔法発動時に練れる魔力の上限がなくなるというもの。
この世界の生物は魔力というエネルギーを保有しており、それを運動エネルギーや熱エネルギーなどに変換して魔法という技術を行使する。
魔力を用いて魔法を使用する際、魔力のエネルギーをそのまま魔法に変換はできない。変換ロスが生じ、その効率は素人で5%、中級者で10~15%、達人で20%程度と言われている。
しかしフワワは息を止めている間、魔力の変換効率を上昇させられる。具体的には最大2分の窒息で100%まで効率上昇が可能。
そして今から行われるのはこのスキルの練習である。
「ぐ、ぅ……♡ ぁ……♡」
大男の指がふわふわと毛に包まれたしっかりと太さのある首に埋まる。気道を押さえられ、呼吸がままならなくなったフワワは魔力を練り始める。
「……ぁ……♡ っ……♡」
自らの首を絞める大男の手に、毛におおわれた肉球付きのフワモチおててが無意識に伸びた。なおも魔力を練り続ける。
「ぇ…………♡ ぁ…………♡」
目の焦点がぼやけ始め、防衛本能でフワモチおててから爪を出してはなけなしの理性でひっこめ、さすさすと男の腕を引っかく素振りを見せる。足はパタパタとせわしなくステップを踏んでいる。なおも魔力を練り続ける。
「…………♡…………♡」
口をパクパクと開いて口内いっぱいに酸素を取り込むも気道を通らない。もう爪を出す気力もないのか、相変わらずおてては大男の腕をくすぐるだけ。足はたまにビクンと伸びて爪先立ちを繰り返す。なおも魔力を練り続ける。
「アカシさん、流石に不味いのでは……」
フワワの口端から力なくよだれが垂れるのを見て、シスイが大男に忠告する。
「いえ、よだれが 'たらり' 1つではまだ余裕があります」
大男は真摯にフワワの様子を観察し続ける。
反対の口端からもよだれが溢れる。
「たらり、たらりと来ました。ここです」
大男はフワワの気道を開放する。
「……ッすぅうううううぅうう!!」
メガホンで拡大しているのかと疑うほどの息継ぎ音。
瞬間、練りに練った魔力が解放され、魔法を発動させる。
何もない空間に30cm四方の雪塊が出現した。否、常温で湯気を放つそれは雪ではない。大気を凝固点まで冷やしたために生まれた窒素の個体。
「ふー……ッッ”♡ ふー……ッツッ”♡」
ぽこぽこと泡を吹きながら必死に酸素を吸うフワワ。大男はハンカチを取り出し、よだれや泡を拭いてあげる。
「ごめ……なひゃ……っ♡ ハン……っ……よごし……っ♡」
「大丈夫です。フワワさんの顔をきれいにできて私もハンカチも本望ですから」
緊急事態にピンと張りつめたフワワの狐耳の根元を大男の手がくしくしと撫でる。
「ぁーー……っ♡ ぁーー……っ♡」
酸欠の快楽、死から遠のく安堵、優しい手つきにあやされてフワワの目が怪しく溶けていく。
しばらく大男の手にされるがままだったフワワ。呼吸も落ち着き、目も正気を取り戻していた。
「へー……♡ へー……♡」
「落ち着きましたね。それでは」
大男の手が再びフワワの喉に食い込む。
「2セット目を始めましょう」
フワワの口が「あぃ♡」と言葉にならない返事をした。
♢
「あー、相変わらず酷い特訓ですわね」
シスイは首絞め魔法訓練をする2人を眺めながら、しみじみと呟く。
「ぉ前が……言ぇた義理、かよ……♡」
瀕死のガオがそう食って掛かった。
「あら、私は痛いのとか苦しいのが好きなわけじゃありませんし。痛みや苦しみがなくなるあの瞬間の快感。マイナスからゼロに戻る相対的疑似幸福に身をゆだねるのが好きなだけですもの」
シスイはガオの側にしゃがみこんで彼女の真っ青に痣ができている腹を撫でる。
「ォ”オぉ”おおおぉぉ……っ”♡」
「よしよし。私も我慢できなくなってきたので、この傷いただきますわね?」
シスイのスキルは他人の傷を自分に移すというもの。一見マゾ以外にメリットがなさそうなスキルだが、回復魔法は他人に使うより自分に使う方が魔力変換効率が高い。
このスキルは代償無しで使えるため、痛みに耐え、魔法を行使する精神力があれば魔力の節約になるのだ。
「……ごくっ♡」
シスイはつばを飲み込んでから、スキルを発動する。
瞬間、ガオの見るも痛々しい青痣がみるみる消えていく。
「か”ぁぁああ……ッ!」
代わりにシスイの顔が見る見るうちに歪む。
「はッ”……! はっ”……! ……んほぉおぉ~……♡」
耐え難い痛みに歯を食いしばっていたのも束の間、回復魔法で苦痛が引いていく相対的幸福にだらしなく顔を緩ませるシスイ。
「ほっ……♡ ほぉぉおおぉ……っ”♡ こりぇしゅごい……♡」
「うわぁ……」
すっかり元気になったガオは、地面に顔を突っ伏し、羽をパタパタ、腰を高く上げてへこへこしている情けないパーティメンバーの姿に引いていた。自分を差し置いて。
「……改めて思うけどさぁ」
ガオは大男に未だ首を絞められているフワワの方を見て言う。
「このパーティ、マゾ多くない?」