11話
マゾ一行が稽古場という名のSMプレイ場に足を運ぶ途中。
「そういえば……シスイさんはどうして回復魔法を覚えたんですか……?」
「あー、まぁ、それは幼いころの成り行きですわね。怪我が多かったもので」
「確か魔力変換効率が70%ぐらいあるんでしたっけ……。教会とかに師事したんですか……?」
「いえ、独学ですわね。幸いといって良いのか回復魔法をかける相手には困らなかったもので……」
珍しくフワワとシスイが横並びで話していた。シスイは会話の最中にチラチラとフワワの手を見ている。
その視線に気づいたフワワがシスイの手を握った。
「%#"$%#"……」
シスイはもにょもにょと口を動かしながら、まんざらでもなさそうに肉球を遠慮がちに触る。
大男とガオは不思議そうにその様子を後ろから見ていた。仲良くするのは良い事だ。とはいえ、この2人がこうも絡むのは珍しい。
その理由は昨日にさかのぼる。
♢
酔った勢いでシスイと大男がおせっせした後。ベッドで気絶していたシスイが目を覚ました時には、すでに日が沈みかけていた。
酔いのさめていたシスイはベッドの縁に腰を掛けたまま頭を抱える。
(やったやったやったやったやったやったやっちまいましたわ……)
図らずも、と本人は言い訳したいだろうが客観的に見て無理がある。最も悪しく表現するなら仲間の男を寝取ったクソ女と化したシスイ。顔を真っ青にして後悔中。
なんて言い訳する?
このまま黙って何もなかったことに
酒で記憶飛んでたり……
どんな顔して会えば
その時、玄関のドアが叩かれた。驚きながらも最低限の身支度だけ整えて玄関に向かうシスイ。
扉を開ければ、男を寝取られた
「あれ、シスイさん……? まだ牢屋に入れられているはずでは……? アカシさんの匂い、辿って……確かに、シスイさんの匂いもあったけど……。物、じゃなくて本人……? それより……」
獣人の嗅覚は目の前の女狐から大男の香りを感じていた。それもとびきり濃厚な。遅くまで家に帰ってこない大男を心配して探した結果、こんな場面に遭遇するとは想像だにしなかっただろう。
それでもここで何が起きたのかはすぐに察しが付いたらしい。息を止めて胸の前で手を強く握った後、それもそうかという自嘲の笑いを浮かべた。
「おぎゃああぁぁぁああ!!!」
そしてシスイはものすごい勢いで後ろに下がり、突き当たりの壁に衝突する。そのまま体全体で十字を象り、イエスのように自らを貼り付けポーズで固定した。
これは好きにしてください、の意を持つ天使に伝わる土下座を超える最上級の謝意。いや、それすら上回る、煮るなり焼くなり好きにしてくださいのポーズであった。
「私は今から磔刑ですわ……」
大切な人を裏切ったシスイはくしゃくしゃの顔で罰の執行を待つ。フワワは目の前の奇行に戸惑ったものの、なんとなく事情を把握し始めた。
フワワは部屋の奥で自ら磔を演じているシスイの方にゆっくりと近寄る。鼻が触れそうなぐらい接近した後、実際に鼻同士が接触する。
「ふゃっ……♡」
鼻が触れた時に頬を毛で撫でられたシスイはちょっと前にベッドで漏らしていたような声を出した。思っていなかった感触に目を丸くする。
「その……2人とも、は……駄目ですか……?」
シスイは言われた意味が分からなかった。天使という一夫一妻が当然の文化で幼少期を過ごしていたため、仕方がない部分もある。
ちなみにフワワには父が3人、母が4人、異母兄弟姉妹は11人いる。この確認はシスイに対する気遣いであった。
呆けているシスイに追加で説明する。
「1:2で……こう……」
フワワは器用に指で穴を二つ作り、反対の指一本で穴を突くジェスチャーをした。
3,2,1で処理が完了し、顔が真っ赤になるシスイ。
「そ、そんな……! は、破廉恥……な……」
シスイは言っていて嫌な気持ちになった。何も良い思い出の無い幼少期の常識を引きずって、可能性を潰そうとしている。果てはフワワの事を否定する言葉でもある。
「よろしくお願いいたしますわ!」
意見を翻して即答したのは過去への反抗心が一番大きかっただろう。とはいえ彼女にとって、常識との齟齬以外はフワワの提案に文句のつけるところはない。
そういう事情で2人の距離は以前より格段に縮まっていたのだ。ちなみに2人集まっても記憶の無い大男に責任を取らせる度胸はなかった。あいも変わらず大男は何も知らないまま。
♢
そんな仲の良い2人を後ろから見るガオと大男。大男はいつもの女を殴ってそうな細い瞳で胡散臭い笑みを浮かべているが、ガオは煮え切らない表情をしている。
ガオは内心、言いようのない不安を抱えていた。仲の良かったシスイをフワワにとられた、という思いもあるだろう。
しかしそれよりも。言葉にはできないが、自分以外がいつもと違う気がする。目の前のフワワとシスイはもちろん、大男も。
正確に言えば、大男はいつもと変わらない。フワワとシスイが大男に向ける目が、態度が違う。大男との間で何かあったような感じ。それが何かは分からない。
彼女の内心を言葉にするなら、仲の良い友達が自分の知らない話題で盛り上がっている時の疎外感、というのが一番近いだろう。
ガオは黙っていた。ただ、その内心は穏やかならざるものだ。精神的に幼い彼女は疎外感を消化しきれずに大きなストレスを感じていた。
この嫌な気持ちを解消するには、きっと目の前の二人の会話に割り込んで自分の分かる話に持って行けば良い。
しかしそれを無遠慮に実行するほど彼女は自分勝手でなかった。かといって彼女の秘めた暴力性は目の前の光景を前に無理やり意を通せと囁く。
その板挟みにガオは尻尾を地面に擦り付け、苛立ちを無意識のうちに表していた。
「そういえば、ガオさんは廃協会に住んでいるんでしたっけ」
突然大男に話しかけられたガオはぶっきらぼうに返事をする。
「そうだけど……」
「余計なお世話かもしれませんが、普通の家を借りて住まないのですか? 色々と不便でしょうし」
「別に、アタシは立って寝るから寝具はいらないし。雨風凌げれば別にそれで……」
ガオはぶっきらぼうな態度で大男に接している自分に嫌気が差していた。自分の感情を制御できない無能感、単純に仲の良い人に愛想悪くしている決まりの悪さ。
今すぐこの場から逃げ出したい気持ちに駆られる。すでに自分の思考と感情の中に閉じこもって大男の声を聴く余裕などなかった。
それを察してか大男もそれ以上話しかけなかった。
♢
ガオは物心つく前に崖から捨てられた。落下の衝撃で片角と
すぐに人に見つかり治療を受けたため命こそ助かったが、この時から彼女は常にハンデを背負って生きることになる。
その後は孤児院に引き取られたが、あまり裕福な受け入れ先ではなかった。限られた資源は子供たちの間で奪い合いになる。
幼く、体躯も小さい上にブレスも吐けないガオは孤児院で最も軽んじられる存在だった。ましてや片角の欠けた器量悪しならなおさらだ。人間に例えれば顔の片方に大やけどを負っているに等しい。
ガオは常に生傷が絶えず、腹をすかせた状態で日々を過ごしていた。孤児院の院長も子供同士の争いには干渉しない。
成長のための栄養どころか生命活動を維持できるかも怪しい食事の毎日。ある日耐えかねたガオは料理の完成後、物置に放火して気を取られている隙に盗み食いをした。
当然その仕業はバレて他の子どもたちからはもちろん、孤児院の院長にも叩きのめされた。大人の腕力で棒を頭に何度も振り下ろされる。死を直感し、無駄だとは分かっていながらもガオは反撃した。
パンチとも呼べない、手のひらで院長を押し出すだけの抵抗。それだけで院長は20メートルほど吹っ飛び、強かに体を打ち付けて気絶した。初めてのスキルの発露であった。
以来、全てが変わった。ガオは孤児院の王になった。誰からも殴られなくなった。料理は一人分食べれた。誰も自分の角のことを言わなくなった。
この歪んだ成功体験。彼女に暴力という短絡かつ絶対的な権力と逆転につながる痛みへの快楽。その信仰を植え付けた。
それからほどなくしてガオは孤児院を出た。己の暴力を鍛えるために山奥の寺に弟子入りした。九林寺と呼ばれる僧兵がルーツの武術寺。山での自給自足を基本とし、外界から隔絶したそこは10000人ほどが暮らす力こそが正義の治外法権の地。要素を抽出すると孤児院とそれほど変わらない環境であったが、才能と経験の分母がまるで違った。
そこでは様々の流派の師範代の元に弟子入りする決まりがあり、ガオは迷わず一番強いと言われている流派に弟子入りした。しかし一番強い所はもちろん弟子の数も多く、まともに稽古をつけてもらえる席の倍率は高い。さながら甲子園常連校のレギュラーのごとく。
その例えで行くならガオは球拾い、いやそれ以下だった。スキルだけの一発屋では底辺を這いずるだけが精いっぱいの魔境で、ガオは王になる前の孤児院以下の扱いを受けた。
農業や雑用が基本で稽古の時間などほとんどない。食事は兄弟子姉弟子が食べ終わって残ればありつける。体は兄弟子姉弟子の技の実験台でしかない。
苦痛が快感なのは逆転の未来があるからこそだ。一方的な痛みと蔑みは彼女の精神を蝕む。
孤児院という井の中の王であり続けた方が良かったと後悔しない日はなかった。
耐えかねたある日、寺を脱走しようとする。しかし兄弟子たちにあっけなく見つかり、その場で私刑を執行された。
220はある全身の骨を手の指から順に30本も折られた頃。
「貴方達、何してるの?」
岩のような骨太の手を持つ女性が現れた。その女性はボロボロのガオを心配して手当てをしようとする。それを邪魔した兄弟子たちを軽く捻って、手当てを敢行した。
ガオを助けた女性の名前はフヨウ。自分の道場を構える師範代だ。彼女はガオを道場まで連れ帰り怪我が治るまで面倒を見た。看病の途中ガオの身の上話を聞く。
「貴方、どうしてこの寺に来たの?」
「強くなるため」
「どうして強くなりたいの?」
「ご飯、いつでも食べれるように」
「そう。じゃあ、私の弟子にならない? ご飯はいつでも好きなだけ食べさせてあげる」
フヨウは一人も弟子が居なかった。彼女が弱いからではない、彼女の流派が時代遅れだと認識されていたからだ。
部位鍛錬を第一とし純粋な外部破壊力で戦う外勁よりも、衝撃を体内に通し内部を破壊する内勁、そして竜人に特有の息胞を鍛えブレスを動きに組み込む息勁の方が効率的かつ上限値が高いというのが一般的な認識だった。
ともかくガオはその提案を一も二もなく飲んだ。それからは怪我が治り次第、マンツーマンで稽古をつけてもらう毎日。フヨウが感覚派ではなく理論派の秀才であったため、その指導は分かりやすく的確だった。
それでもガオは成長期に栄養失調の時期があったのが祟ってか体が小さいまま。すぐれた指導者からの指導があっても中々勝てるようにはならなかった。
強くなった実感が持てないまま絶望するガオにフヨウは言った。
「外勁はね、確かに内勁とか息勁みたいに器用じゃない。でもやった分だけ必ず積み重なるのが良い所だと思ってる」
フヨウは自分の手を万力に挟んだ。ねじ式ではなくテコの原理で動く原始的な構造の奴。
「部位鍛錬は裏切らない。やった分だけそこが頑丈になるの。ガオ、おもりを吊るして」
万力のてこ棒におもりを吊るせば、その重量×3倍の力でフヨウの手が締め付けられる。
「10年で鉄まで。50年でミスリルまで。100年でアダマンタイトまで」
フヨウの手よりも、アダマンタイト製の万力よりも、先に鉄製のてこ棒がおもりに耐えれずへし折れる。
次にフヨウは軽く頑丈な手漉きの紙を持ち上げて落とす。
「10年で鋳造剣まで。50年で名刀まで。100年で黒曜石まで」
ひらひらと落ちてくる紙に人とは思えないほど異様に発達した肘を押し当てる。そして目にも留まらぬ勢いで肘を振りぬく。紙は真っ2つに切れていた。
「頑張る量にもよるけど、毎日やればほとんどの人はこれができるようになるよ。稽古は痛いから敬遠されがちなんだけどね。それと手もズタズタになるし」
フヨウが目を向ける先には大きな鉄球があった。それはきさげを施した後のようなまだら模様に輝く。フヨウがその手と足で叩き、削り、ほぼ真球に成形したものだ。
「最初は砂袋から。竹筒、岩、鉄、ミスリル、オリハルコン。私はアダマンタイトまでやったことあるけど……ちょっとお財布がね……」
ガオは部位鍛錬にサボらず励んだ。子供のように柔らかい彼女の手は次第に硬く、肘は鋭く、足は猛禽類のように発達していった。
そしてフヨウに弟子入りしてから1年。彼女は他流試合で初めての勝星をあげる。それを機に彼女は変わった。過冷却水に衝撃を与えた瞬間凍り始めるように、勝利をキッカケに彼女の才能が爆発する。
他流試合で連戦連勝。しかし、その勝ち方は傍から見て残忍なものだった。戦意を失った相手にも追い打ちを仕掛ける。審判の声を無視して追い打ちを仕掛ける。
フヨウはその様子を見て心配していた。試合前にいくら言っても聞かない。かといって、試合後にそのことを問い詰めると悪びれた顔で半泣きになる。
そういう態度を取られるとフヨウは強く言えず、膝の上にガオを置いて頭を撫でて慰めた。
再生して立派に2本生えそろっているガオの角を擦りながら問う。
「ガオはどうしてやりすぎるの?」
「……怖いから」
「怖い?」
「……負けるのが怖くて。確実に仕留めなきゃ、って」
「負けるのが怖いなら、いっそ戦わないのはどう? 勝ち取らなくても、今はいつでもご飯食べれるでしょ」
「……夢が、あるの」
「何?」
「師匠に勝って、対等に接したい。自分より強い人には怯えちゃうから」
「そっか」
すました顔でガオの頭を撫で続けるフヨウ。しかし、内心は以下の通りであった。
(対戦相手を執拗に攻撃するの今まで自分がされたことへの仕返しとかじゃないんだ。この子の境遇でそれをしないとか良い子過ぎてヤバい。というか私って怯えられてたんだぴえん。でも仕方ないよねこの子の境遇ならそれも仕方ないよね。というか怖いと思いながらもそれを乗り越えて私と接してくれようとしてるとかてぇてぇが鼻から出そう)
今すぐ膝の上のガオを抱きしめたい思いを必死に押さえながら、心を落ち着ける。己の衝動と戦っている間、いつの間にかガオが寝ていた。頭をフヨウに預けてすぅすぅと寝息を立てている。
(は、はわわわ寝てる! 怯えてるはずの私の膝の上で寝てる! つまり自認と反して私には気を許してる……ッてコト!? 私だけは特別なんてダメダメダメ! そんなの耐えられない! )
首から下は地蔵のように動かさず、首から上はバンギャもびっくりのヘドバンで自らの高ぶりを表現していた。
(膝上睡眠顔尊尊鼻噴射爆了。我胎動否止母性射出処女懐胎不可避陣痛確定)
フヨウの心情を忠実に表すために、ここだけは竜人語の原文ママで表記させていただいた。