16話
マゾ3人が竿姉妹になってから1か月。彼女らと大男の進展は一切なかった。
それもこれも恋愛となると顔を赤くするばかりである羽の生えたヘタレと、酒が入ってないと碌に手を繋ぐことすら出来ない毛むくじゃらのヘタレのせいであった。
唯一、角と尻尾の生えた情緒と貞操お子様な竜人だけは別だった。月日が経つにつれて自己嫌悪の感情も薄れて以前のような態度で大男に接する。
「なぁ、手ぇ繋いでも良い?」
「良いですよ。人込みの中はぐれてもいけませんし」
「ありがと」
その態度はいささか甘えたものに変わっていた。やや悪し様に言うなら、わがままというべきだろうか。
前までのどこか一歩引いた感じはなく、感じたままに振る舞う。それがたとえ相手に何かを要求する事だったとしても。
その微笑ましい様子は「え~、彼女さん厳しー(笑) でもぉ、私ならぁ……」が口癖の尻軽女からすれば鼻で笑うような篭絡術だろう。
とはいえ、こういうストレートなスキンシップは得てして変にこねくり回すより功を奏するものだ。
恋愛偏差値25の2人からすればなおさら。その行為は尊敬を禁じ得ないものだった。さながら補助輪なしで自転車に乗る小学生を見つめる幼稚園児のごとく。
しかし恋愛スキルは子供でも頭脳は大人。お手本を真似する知恵ぐらいはある。
(シスイの場合)
「その、アカシ様?」
「なんでしょうか?」
「えっと、あの、手、手、ててて手を」
「手、ですか?」
「……その、ててて組合*1 についてお話しできればと、思っておりまして。えぇ」
(フワワの場合)
(「あの……アカシさん……」
「はい、なんでしょうか?」
「手を繋ぎませんか……?」
「それは止めておきましょう」
「そ、そうですよね……ごめんなさ」
「手を繋ぐと、いつか離すことになります。私はそれが耐えられそうにありません」
「そ、それって……」
(強く抱き寄せられる)
「っ……!」
「それでも今日だけはーー貴方を離したくない」
ぎゅっ
true love……) ここまで妄想
現実
「……」
「……(大男の手をちらっと見る)」
「……」
「……(妄想に入る)」
あるのは知恵ばかりで真に必要な勇気が欠けていた。
♢
「ヤバくありませんか? 私たち」
食事場の一角で同じ机を囲むシスイとフワワ。シスイの言葉にフワワも肉球を冷や汗まみれにしながらうなずいた。
シスイが頭を抱えながら呟く。
「え……? どうしましょう……? 私、恋愛になるとこんなに終わってるとは思いもしませんでしたわ……」
「まぁ……私に至っては2年ぐらい同棲しておきながら今までゴールインしてない時点でお察しではありますが……。はは、ははは……」
「先輩面してガオさんを巻き込んだくせにこの体たらくとは、私たちって一体……。今なら分かりますわ。自分がどうしようもなく嫌になって、自傷したくなる気持ちが……」
「もう、あの2人をくっつけてそれで終わりで良いんじゃないですかね……」
「確かに……意気地なしの余りものどうしで生涯寂しく暮らすのが良いかもしれませんわね」
「そうですね……アカシさんの家に私OUTで代わりにガオさんINして……。私のベッドありますか? シスイさんの家に……」
「今から買いに行きましょうか?」
「それが良いかもしれませんね……」
2人とも泣いていた。負け天使と負け狐って感じの表情。
「2人とも、どうかしたのかぁ?」
同じく昼食を食べに来たガオが2人のテーブルに顔を見せる。暫定正妻の登場に側室未満たちは瞳から流す涙を増やした。
「な、なんだよぉ、いきなり泣いて。嫌なことでもあったのかぁ……?」
かくかくしかじか。2人は大男との関係を進展させられないことをガオに話す。
「……多分、禁句なんだろうけどさぁ。普通に手を繋いでほしいって言えば良いんじゃないのかぁ? アタシとも繋いでくれるぐらいだし」
ばっさり切り捨てられた2人は再び机の上に沈む。しかし、シスイが顔を上げて反論する。
「そ、その、恥ずかしくないですか? 年頃の男女が公衆の面前で手を繋ぐという提案をするのは……。街にも風紀というものがありますし、異性交遊を公に晒すというのは謙虚さにかけるというか……」
「そ、そうなのかぁ? アタシ、アカシと外で手ぇ繋いだけど、迷惑かけちゃったってことだよなぁ……?」
シュンとしたガオを見てシスイはテーブルに額を打ち付けた。
「全て嘘です。この度は私の矮小なる臆病さを隠す建て前としてガオ様の行動を批判するという結果になってしまい大変申し訳ございませんでした。私のことはこれからウジ虫とお呼びください」
「い、いや……別に迷惑かけたわけじゃなかったんだよなぁ? なら、良かったけどよぉ」
額を打ち付けた状態から顔を横に向けるシスイ。そのまましょぼくれた声で話す。
「ぐだぐだと言いましたが、とどのつまり断られるのが怖いのですわ……」
「そうですね……。もし拒絶されたら一生立ち直れないと思うので……それぐらいならいっそ、何も行動しないという結果に落ち着いてしまって……」
「断られる……?」
シスイとフワワが ガオはきょとんとした顔を浮かべる。それから首をかしげて思案する。彼女にとってその可能性は考えもしないものだ。
だって彼は自分の弱さを許容してくれるから。力を背景に理不尽を強いてこないから。それに比べれば手を繋ぐことなど些事なのだから。
「ありえなくないかぁ?」
「いえ! 分かってはいますわよ! それぐらいで拒絶されないだろうと! 流石にそこまでの好感度はあるはずだと! それでも! それでも……ねぇ?」
「はい……」
ガオは卑屈な笑みを浮かべる2人に渋い表情を浮かべる他なかった。
「あぁ、そういえば。さっきアカシから聞いたけどさぁ、誰の手も入ってない旧時代の廃墟の場所が分かったからアタシたちにも手伝ってほしいって」
「私は問題ありませんわ」
「私も……」
大男の誘いを了承した後にシスイはふと疑問に思った。
「それにしても、アカシ様はどうして遺物探索に熱を上げているのでしょうか。概算で一生遊んで稼げるぐらいの額はすでに稼いでいると思うのですが」
「浪費もしてないしなぁ」
「確かに……。逆に遺物探索のためにお金をつかっていますしね……。今回の廃墟の場所の情報だって相当お金がかかっているはずですし……」
「論理的に考えるのであれば、遺物を売ったお金ではなく遺物そのものが目的ですわよね。特定の機能を持った遺物が必要な状況にあるとか」
「例えばぁ?」
「そう言われると急には思い浮かびませんが……」
3人は少しの間首をかしげて考える。
「……不老不死?」
「……病気の身内を治す?」
「……無敵の力?」
言ってからそのどれもが当てはまりそうにないと3人は思う。
「アカシ様、ご家族に病気の方が居られるのですか?」
「いえ……、そもそも身内はすでに亡くなられたと聞いたことが……」
「じゃあ、誰にも負けない無敵の力かぁ?」
「それもイメージに合わない気がしますが。前に我々の目より高性能な義眼の遺物を見つけましたが、移植とかしませんでしたし。そこまで強さに固執していないのでは?」
「いや……流石に今ある目ん玉えぐって義眼入れるのは無しじゃねぇかぁ?」
「一生遊んで暮らせるお金を手放してまで強さを求めているのでしたらそれぐらいの事はやりそうにも思えますが……。良い意味であの方、イカれてますし」
「どこらへんがぁ?」
「私たちを躊躇なく殴れるではありませんか。普通親しい間柄の者を傷つけるのは抵抗があるでしょう。前にガオ様がおヘラりになった時、私とフワワ様は角を折るのをためらいましたし」
「そんなもんかぁ? 試合とかなら普通に殴ったり蹴ったりするけどなぁ」
「試合はそういう形式ですので。一度無抵抗のフワワ様の首を絞めてみたらどうですか?」
シスイがフワワを立たせ、ガオの方まで連れて行った。
「んー、じゃあ、失礼して」
「あ、は、はい……」
ガオの手がフワワの喉に食い込む。二人ともお互いをじっと見つめていたが、次第にフワワの瞳が異常事態に瞳孔を引き絞る。
「……っ、ぁ……♡」
口はぱくぱくと無駄に酸素を求め、手は反射的にガオの手を振りほどこうともがく。
その仕草にガオの手からほんのわずかに力が緩んだ。
「~~~~~…………っ♡」
びくりとフワワの手が痙攣してガオの手首を掴む。
ガオはその接触を受けて、嫌いな虫を触ってしまった時のように手を大げさに振りほどいた。そして手のひらに残る感触を消すように自分の服にこすりつける。
「でしょう?」
シスイがしたり顔でガオの肩を叩いた。
「う、うん。なんかこれ、本能的にダメだぁ……。ご、ごめん、ホントにごめんなぁ……?」
「い、いぇ……♡ 私は全然、大丈夫ですから……♡」
蕩けた顔で喉を擦るフワワ。シスイが大げさに咳をして仕切り直す。
「まぁ、強さの線もなくなるとやはり不老不死が妥当ではないでしょうか。万人が求めるものでもありますし」
「でも、不老はともかく不死は物語とかだと基本マイナスのイメージがありませんか……? 死にたくても死ねないとか、大切な人に先立たれるとか……」
フワワがそこまで言って、3人は一様に固まった。そして同じ結論にたどり着く。
「……その、良く考えるとアカシ様とそういう関係になったとしても、我々は確実に先立たれるという事ですわよね」
妖狐、天使、竜人、いずれも300年以上は生きる種族だ。人間と比べて明らかに寿命が長い。
「そうですね……。その時は一緒に死ねば良いんじゃないですか……?」
「あの、さらっと心中するの止めていただけます? ……まぁ、私としてはそれも悪くはありませんが。フワワ様には仲の良いご家族もおられるでしょう。先立つ親不孝は止めておくべきかと」
「それを言われると、はい……。確かに……」
「あ、アタシは無理だぁ……。一緒に死ぬのも、みんな、いなくなっちゃうのも……」
覚悟ガンギマリの二人とは対照的にガオは顔を青くして呟く。
「仮にその時が来たら未亡人トリオとして生きていきましょうか」
「そうですね……」
シスイとフワワがガオの頭を撫でて落ち着かせる。
「まぁ、今のままだとその仮の時すら来なさそうなのが問題なのですが……」
シスイが自嘲気味に呟き、フワワが乾いた声で呼応する。
「やっぱり特別な関係にならないまま流れでフェードアウトしていくのが最適解ですかね……? その、失った時の悲しみを考えれば……」
「確かに……いや! これが! この思考こそが私たちを恋愛弱者たらしめる悪しき源泉ではないですか!?」
シスイが急に席を立って熱弁しだす。
「それらしい理由をでっちあげ! 逃げる方へ逃げる方へ! 水が低きへ流れるがごとく! 目指すはその逆! つまり鮭です! 遡上する鮭に我々はならなければなりません!」
「鮭って……具体的にはどういう……?」
「行きましょう、告白。遺物探索が終わったらすぐ!」
「今から言いに行ったら良いんじゃねぇかぁ?」
「元々上流に居る鮎の発言は認められませんわ!」
言論弾圧されたガオは呆れた顔で黙った。
「この際先立たれることなんかもう考慮しませんわ! その時になって心中するなり心に傷を負いながら生き永らえるなり決めれば良いではありませんか!? だから三位一体で! ワンフォーオール! オールフォーワン!」
「わ、わかりました……」
「りょうかぁい」
そうして告白の言葉を考えるシスイとフワワを傍目にガオは昼食を食べた。