「あ、え、っと……その……あ、あはは……?」
夜の街でガルマと出くわしたフワワ。遺跡であった時と同じように委縮してうまく喋れない。愛想笑いを浮かべて見上げるばかり。
その卑屈な態度を見て、彼もフワワとパーティを組んでいた時のことを思い出したらしい。高圧的な笑みを浮かべてフワワに一歩迫る。
「はっ、久しぶり……でもねぇか。まぁサシで話すのは久しぶりってことでよ。お前の方はどうだ? 遺跡での稼ぎは」
「ぼ、ぼちぼち……です……」
「ふーん……。まぁ良い、今回の稼ぎはともかくその腹を見てりゃあ稼いでるってことは一目でわかる」
ガルマは無遠慮にフワワの腹肉を掴んだ。
「そ、そう、ですね……」
昔同じパーティだった間柄とはいえ、その時の思い出は最悪。触られることに嫌悪感を覚えるフワワだが、愛想笑いを浮かべたまま。
「恰幅の良さで裕福さを示すのは商人や貴族だけかと思ってたが、ハンターもそうだったとは知らなかったな」
ガルマはフワワの腹から手を離した代わりに、肩を掴んで迫る。
「そんだけ羽振りが良いならよぉ。前みたいに金貸せよ、なぁ?」
フワワの脳裏をよぎるのは貸しても帰ってこなかった金、借金の保証人にされた事実。
彼に金を貸しても戻ってこないことは理解している。頭では。
「その、ちょっと外をうろつこうと、思っただけで……今は、手持ち、なくて……」
口から出てくるのは拒絶ではなく言い訳のような言葉ばかり。
「あぁ? じゃあ今から宿に戻って取って来いよ」
「い、いまから、ですか……? き、今日は、もう遅いですし……明日にでも……ぁぐっ!」
ガルマは煮え切らないフワワの腹を殴る。
「昔からお前はそうだよなぁ、ぐずぐず言って。イラつくんだよなぁ。それとも殴られたいから誘ってんのか? 誘い受けってやつか?
……にしてもやっぱ肥えたな。今の方が手ごたえあって良いじゃねぇか」
ガルマは悪びれる様子を一切見せずにフワワの耳を掴んで無理やり顔を上げさせる。
フワワは涙粒を瞳の端に貯めていたが、それでも表情だけは歪に笑顔を浮かべていた。
「お前にとっちゃ逆か? 脂肪のせいでダメージが少ない。戦うことを考えりゃあそれでも良いが、マゾにとっちゃ太るのも考え物か」
「は、はは……」
フワワはもうガルマのパーティではない。新しい居場所もできた。しかしここまでされてなお、何も言い返せない自分のことがほとほと嫌になった。
そんな諦観と習慣が混ざった失笑。その表情を影が遮る。
「放してもらえますか」
影を作ったのは大男。ガルマの腕を掴み、フワワとの間に体を割り込ませる。
「ほらよ」
ガルマが手を離すと、フワワが力を失ったように地面へ座り込む。
「……さっきのセリフ、そのまま返すぜ。放してもらえますか?」
大男に掴まれたままの腕を指して言うガルマ。大男はようやく手を離した。
「ふん、悪かったよ。金づるに手を出してな」
ガルマは不服そうにその場を去った。残された大男はガルマの腕を握っていた手をぐーぱーさせ、怪訝そうにしている。
しかし、すぐに微笑を取り戻してフワワに話しかける。
「フワワさん、大丈夫ですか?」
「……ありがとう、ございます……」
フワワは大男の手を取り、立ちあがった。そのまま二人で宿の方に向かう。
「すみません、見失って助けるのが遅れてしまって。それから勝手に後をつけて。たまたま宿の外に出ていくのを見てしまいました」
「いえ、助かりました……ありがとうございます……」
帰路の途中でフワワは立ち止まり、大粒の涙をこぼした。
「私、情けないです……今なら断れるって……拒絶しようって思ったのに……実際はあんなので……。
あ、こ、こんな事言っても困りますよね……、経緯とか何も知らないアカシさんに……」
「いえ、大丈夫ですよ。何があったかは何となく想像が付きます。その推測の上で言いますが、フワワさんだけでもこの遺跡からは手を引いた方が良いのではないでしょうか?」
「それは、でも、いきなり私が抜けたら皆さんに迷惑が……。い、いえ……そう考えることすらおこがましい、ですよね……。いや、そもそも……」
うだうだと自責するばかりの今こそ迷惑をかけていると気づき、嫌な気持ちがぎゅうと頭に押し込められるフワワ。
言葉に詰まり涙を流す。
大男はフワワの頭に手を伸ばしたが、触れる寸前で止めた。代わりにフワワの手を掴んで軽く引く。
「帰りましょう」
フワワはうつ向いたまま頷き、大男に先導される。
「どうしたいかはフワワさんが決めることです。ですので何を決意しようと他の誰も文句をいいません。ただ、今のあなたの状況において逃げることは悪ではないと、それだけは頭の片隅に置いてください」
「……はい」
宿に戻る途中、大男と目が合って大慌てで屋台の隅に隠れたシスイと、眠そうな顔(=_=)でその場に佇むガオを見つける。
「ガオさん、それにシスイさん。もしかして、私たちの後を追って?」
大男に尋ねられ、シスイは観念したように姿を現した。
「も、申し訳ありません……お二人が外に出ていくのが気になってつい……」
「シスイが「お、逢瀬ですわッ!」、とかよくわかんない事言いながら「大人の世界を見せて差し上げます!」とか息巻いてアタシまで駆り出さ」
ガオの口をシスイが塞いだ。
「い、いえ決してそういう出歯亀根性で後を追いかけたわけでは……! お、おほほ……?」
気まずそうにしていたシスイだったが、フワワの暗い雰囲気を感じて何かあったことを察する。
「その、勝手に後をつけておいて図々しいかもしれませんが……何かありましたの?」
大男はさっきの出来事を説明するべきか、少し考える。その間にフワワが口を開いた。
「いえ、大丈夫です……。わざわざ心配していただいて、ありがとうございました……」
「あ、あぁ……えっと……」
邪な気持ちで後をつけていたシスイとしては、感謝されることに後ろめたい物を覚える。
一方でガオは瞼を半分閉じた状態でフワワに言葉をかける。
「まぁ、何かあったら……いつでも手ぇ貸すから……あんまり考えすぎないようにな。……ふあぁ……」
あくび交じりではあったものの、フワワを心配する気持ちに偽りはない。
シスイも色々と吹っ切ってフワワに言葉をかける。
「もちろん私も何かあればもちろん手を貸しますわ! ですから困ったことがあったらいつでも相談してくださいね」
「私もお2人と同じ気持ちです」
シスイと大男の言葉を受けてフワワは自分のみぞおちの前で拳を握る。
「……ありがとうございます」
結局その日、フワワはガルマのことを2人に話さなかった。
♢
新しい遺跡が見つかり土地の管理者や国が一斉探索の許可を出したとき、遺跡の規模にもよるが3日が勝負といわれている。3日で遺跡内に存在するオーパーツの7割近くがハンターたちによって回収されるのだ。
成果を得やすい最後の3日目、マゾ一行は遺跡に潜っていた。フワワも随行している。
そのまま危なげなく下層の最深部まで到達し、そこに保管されていたオーパーツを入手するマゾ一行。
最深部の部屋に仕掛けられていた2人以上侵入すると発動する転移トラップを避けるために、大男以外のメンバーは入り口で待機していた。
「んー……やはりここが最深部で間違いなさそうですわね」
シスイはお手製のマップを見つめて唸っている。
「なんでそんなことわかるんだぁ?」
「建築材や部屋のデザインからして、この遺跡はテルト時代に建てられたものと考えられます。この時代の遺跡は北北東に最も大事な部屋を置くことが統計的に多いのですわ」
「北北東ねぇ。何か理由あるのかぁ?」
「私が聞いた話だと、この時期には南南西の方角に強力な魔力嵐が発生していて、大切な部屋はその対極に置くのが良いという風水的な流行があったらしいのですが……。まぁ、眉唾ですわね」
「へぇ~」
「それより、さっきの戦闘の傷を早く治させていただけませんこと?」
「別に良いだろぉ、もうちょっとだけ。へへ……♡」
「見てて痛々しいんですのよ、その青痣。ほら治療させなさい!」
「そう言ってぇ。自分も気持ちよくなりたいだけだろぉ?」
シスイが手を伸ばすが、そのことごとくを避けるガオ。
「くっ……触れることすら出来ないとは。ここまで戦力差がありますの……!」
「おー、いちち……♡ 回復役なんだから私より弱くても気にする必要ないと思うけどなぁ。あ、しまった」
シスイに触れられた瞬間、ガオの青痣は無くなる。代わりにシスイが同じ個所を庇うように手を当てる。
それもやはり一瞬。
「くっ……! ……おほ~っ……♡ この痛みが引いていく瞬間がたまりませんわ……♡」
不満そうにするガオと恍惚のシスイ。蚊帳の外のフワワだが、その大きな狐耳をぴくりと動かした。
「危ない!」
部屋の前のT字路。I部分で待機していた3人に、左右の道から突然襲い掛かってくる人影が。
その奇襲はほぼ完璧であり、優れた聴覚を有するフワワ以外は気づきもしなかった。
フワワは回復役のシスイを大盾で庇う。一方でガオは顔面を殴られていたが、追撃を避けて一発殴り返す。
しかし、そのやり取りでマゾ一行の3人も襲撃者たちも部屋の中に足を踏み入れてしまった。
「定員をオーバーしました。不正な侵入とみなし、部屋の生命体を転移させます」
そんなアナウンスが部屋に響き渡る。それは古代の言葉であり場の誰もが理解できない。直後、それぞれが別の場所に転移させられた。
♢
「転移トラップがあったとは迂闊だったなぁ……。それにしてもお前と二人きりとは、縁があるらしいな。久しぶりに再会した事といいよぉ?」
石造りの殺風景な部屋。元々魔法で動く金属ゴーレムが多数配置されていたが、他のパーティがすでに破壊したらしく動かぬ鉄塊が散らばっているだけ。
生命体はフワワとガルマの二人だけだった。
「ど、どうして、私たちを襲ったんですか……?」
「それは偶然。別に稼いでそうな奴なら誰でも良かったんだけどな。そういう意味でもとことん縁があるよなぁ、俺たちは」
ガルマはフワワが持っているオーパーツに目線を送る。
「そういうわけだからよ、痛い目見ないうちにそいつを渡しな。……おっと、お前の場合は痛い目見たかったら、って言った方が良いのか?」
ヘラヘラと笑いながら迂闊にフワワの方へ近寄るガルマ。フワワは一歩引いてタメを作り、大盾をガルマにぶつける。
まるで金属同士がぶつかったかのような甲高い音が部屋に響き渡る。まともに大盾の一撃を受けたガルマは仰向けに倒れていた。
「……どういう風の吹きまわしだ? いつもみたいに気持ち悪い顔で笑いながら貢いでりゃ良いものをよぉ?」
ガルマは大盾の攻撃に全く堪えていない。あり得ないといったように呆然としている。しかし、次第に怒りを帯びていく。
自分の制御下に置かれてしかるべきモノが思い通りにならない事実へといら立ちを募らせる。
「早くそれを渡せ。今なら殺さないで許してやるからよ」
「わ、渡さない……!」
大盾の後ろから断固たる声が響く。
「これは私の物じゃない……! 皆の……私なんかの心配をしてくれる皆の物だ……!」
「……はぁ。威勢は良いが、お前がどうやって俺に逆らうんだ? あぁ?」
フワワはガルマの元パーティメンバー。故にガルマの戦闘能力やスキルを良く知っていた。近接戦闘では勝ち目がないことも、窒息した状態での魔法しか有効打がない事も。
フワワは盾を構えたまますぐに息を止めた。そのまま魔法を構築するが、その隙を相手が逃すはずもない。
距離を詰めたガルマはフワワの大盾を正面から殴りつけた。重く堅牢なオリハルコン製の盾が段ボール箱のように凹み、フワワは3歩後退する。
「なんだぁ、昔より馬力が減ったか? これぐらいで押し込まれるとはよぉ。力と魔法の燃費の良さだけがお前の取り柄だろうが」
息を止めた状態でできるだけ酸素を消費しないようにしているフワワは本来の力を発揮していない。
フワワが体勢を整える間にガルマは大きな音を立てて一歩踏み出す。そして二歩目で音を消した。瞬間、フワワの動きが一瞬止まる。
ガルマは大盾を左から回り込んで大盾の持ち手を打つ。的確な一撃はフワワに開指反射を引き起こさせ、大盾を無理やり手放させる。
「そのクソでけぇ盾で視界もままならねぇのに音だけでよくやるぜ。ま、通じるのはおつむの弱いモンスター相手だけだな」
顔面目掛けて拳を繰り出すガルマ。反射的に顔を庇うフワワ。
がら空きの腹にアッパーが食い込んだ。
「……ッ!!」
「素直だなぁ、おい。格闘センスねぇよ。マゾで痛みに強いのは素質ありだけどよ。未だに息止めてんのは流石だな」
膝から崩れ落ちるフワワの耳を掴んで無理やり立たせる。
「お前のスキル、息を吸うのはもちろん吐いても効果が切れるんだろ?」
ガルマはフワワの腹に腕を伸ばし、肋骨の隙間に手を差し込んだ。
「無駄な努力、ご苦労さん」
横隔膜を外部から押し上げ、無理やり息を吐き出させようとした。しかし手ごたえがない。
すでに横隔膜は一番上に居る。
「て、てめぇっ……! 息を吸わずに……!?」
フワワが息を止めてから47秒。すでに瞳孔は拡散しており、手足は時折痙攣していた。
「こ、この野郎……!」
渾身の腹パン。吹き飛ばされ、タンブルウィードみたいに地面を転がるフワワ。
顔がガルマの方を向いた状態で止まったのは幸運か、執念か。
発動した火の魔法はガルマの足に命中し、肉を焼く。
「がぁああぁぁああッ!! ~~っクソがぁ!!」
急いで下のズボンを脱ぎ、火から逃れる。衣服の下の皮膚はまるで融解した金属のように表面が滴っていた。
「いってぇ……! 俺をこんな目に合わせやがって……! 殺す……殺してやるぞぉ!!」
痛みにのたうち回るガルマ。しばらくすると落ち着いたのか、ゆっくりと立ち上がり白目をむいて転がっているフワワの方に近寄る。
「気絶しやがってよぉ……! 叩き起こしてマゾのテメェでも音を上げるぐらいの生き地獄を見せてやる……!!」
鬼の形相でフワワに手を伸ばす。
「随分と苦痛を与えることに自信があるようですね」
その時、部屋の入り口から声が聞こえる。ガルマが振り返ると、そこには大男がいた。
「ちっ……合流が早すぎる。仲間同士で探知魔法でもつけてたか?」
「手前味噌で恐縮ですが、私も自信があるんですよ」
大男は言葉を発しているが、ガルマと対話をする気は全くない。いつもの微笑を張り付けたままガルマの方に近づく。
(くそっ……! 脚さえ無事ならこんなやつ……! まぁ良い、俺のスキルは体をアダマンタイトのように固くできる。魔法が使えねぇ格闘家に負ける道理はねぇ!)
ガルマは大きな怪我を負っており、まともに動けないが己のスキルを頼りに勝負を諦めていなかった。
大男は思いっきり右こぶしを振りかぶり、タメを作った。
(バカが! 世界一硬いアダマンタイトを殴ろうなんてよぉ! 拳がイカレちまいなぁ!!)
鳩尾目掛けてぶっ放される拳。ガルマは腕をクロスして腹を防御する。
拳がガルマにぶつかった瞬間、つんざくような金属音が響く。スチールコイルがほどけた時の方がまだまし、という程の大きな音。
大男の拳は傷一つついておらず。反対にガルマの両腕は曲がった鉄パイプのようにひしゃげていた。
「俺の腕がぁああぁぁぁああっ!!」
ひしゃげた腕を庇いながら地面をのたうち回るガルマ。大男は転がる彼を踏みつけ、腹目掛けて貫手を振り下ろす。
プレス機で鉄板を成型するような音が響いた後、ガルマの腹には大男の4指の跡がくっきりと残っていた。
「~~~~~~~~~ッッッ!!!!」
目をかっぴらき、折れた腕のことも暴れるガルマ。
「ガオさんが良くせがんでくるんです。それにお答えしていたら自然と身に付きました。良く知っています、より痛く、より苦しい打撃を」
痛みで朦朧とする意識の中、ガルマは大男と目が合った。
「そしてあなたのおかげで私の技術はより磨かれるでしょう」
いつもの微笑、ただし眼だけが笑っていなかった。