6話
マゾ一行はいつも彼女らが鍛錬をする荒野にいた。
そこでは相変わらずガオが腹パンされて地面をのたうち回っているし、腹パンの傷を引き受けたシスイが芋虫みたいな逆U字の体勢で腰をヘコつかせていた。
当然そこには首を絞められるフワワの姿もある。しかし、彼女の首にはいつものように大男の両手がなかった。
代わりにチョークスリーパーを極められる形で大男の腕の中に収まっている。
「ぁ……ぇ……♡♡♡」
窒息する喘ぎ声。どこかハートが多く聞こえるのは、酔った勢いでヤった日に大男の腕を首に巻き付けてセルフ首絞めで気持ちよくなっていた経験を思い出しているのだと推測できる。
その様子を見るのは羽が生えた大きな芋虫状態のシスイ。彼女は2人の間に何かあったことを察していた。
魔法を発動させ、恍惚とした表情で酸素を肺に焚べるフワワ。彼女の隙を伺い、シスイは大男に聞く。
「遺跡探索から帰って来た時は何か訳ありそうでしたが……仲直りしたのですか?」
「ええ。遺跡で彼女のことをおざなりしたことを私が謝りました。幸いにも許していただいたので、今まで通りに」
「そう、ですか……」
彼女が思っていた物とは異なる回答に疑いを持つ。しかし、大男は平気で嘘をつける人間でないことを彼女は知っていた。騙るにはあまりに自然な受け答えだ。
彼女は幸せそうな顔で寝転がるフワワに矛先を変える。
「フワワ様。アカシさんと何かありましたか?」
「あ、えっ…………いえ、べ、別に何も……」
フワワは逡巡の後に手で口を押さえながら答えた。その顔はほんのりと赤い。過剰な反応を見て何かしらあったことを察するシスイ。
フワワ様はどこか浮かれた様子
恥ずかしそうなのも加味
男と女 一つ屋根の下
しかしアカシ様はいつも通り
認識していない 覚えていない
寝てる間に
遺跡帰りの打ち上げの勢い
ワイン ビール 下戸と上戸
シスイの脳裏をよぎる無数の思考。結果たどり着いた結論は恐るべきことにほぼ正解に近い物であった。
彼女は学校の学年の中で一番というレベルの頭の回転の速さを持っていた。
そして訓練から帰ってきて、その仮説を調べるために今。シスイはガオを連れてフワワと大男を尾行していた。
「なぁ、何でフワワの後つけてんだぁ?」
「しーっ! あの態度……確実に何かありましたわよ。それをガオ様にも目撃していただき、大人への階段を上ってもらう必要があるのです!」
彼女はママ友ネットワークの中に一人はいる、どこからともなくゴシップネタを拾ってくるおばさんレベルの下世話さを持っていた。
「その階段を上った大人にはろくなのがいなさそうだけど……。まぁ、暇だし別に良いけどさぁ」
そうして2人はいつかの夜のようにフワワと大男の後をつける。
とはいえ一夜の過ちを盾に既成事実を主張せず、忘れたままにさせている程の奥手なフワワが日中に異性と睦むわけもなく。
シスイが期待するようなシーンは特に訪れることもなく時間が過ぎていく。
「その……先日の探索ではご迷惑をおかけしたので、何かお礼が出来たらと思いまして……」
「いえ、その様に気を使わなくても大丈夫ですよ。そもそも私は迷惑とは思っておりませんし」
「そうですか……? あの、とはいえ、もう品物を用意しちゃってて……。それに、アカシさんの誕生日も近いので、それも兼ねて受け取ってもらえませんか……_」
「そういう事情でしたら、ありがたく受け取らせていただきます」
そうして二人が向かった先は鍛冶屋。その店先には人の背丈ほどはある大きな金属の塊が置かれていた。
「あー、嬢ちゃんかい。ほら、約束の品物だ。」
「あ、ありがとうございます……。しかし、その、外に置いておくのは不用心では……?」
「こんな重いもん、誰が盗んでいけるかっての。それに仕事場へ置いといたらそのうち床が抜けちまうわ」
フワワが鍛冶屋の職人と話す間、大男はプレゼントである金属の塊を見て呆然としていた。
「こ、これは……アダマンタイトの塊、でしょうか」
「は、はい……。その、前に部位鍛錬用の鉄塊が小さく削れて、替えが欲しいと言っていたので……。せっかくならアダマンタイト製のをと……」
「いや、しかし……アダマンタイトをこれだけ集めて……。相当な金額だったのでは?」
大男がフワワの方を見ると、今まさに相当な金額が支払われているところだった。その額に目を丸くする大男を見て、フワワはうつ向きがちに言う。
「その、すいません……重いと感じてしまったのなら……。私の勇み足で……」
大男はフワワが自分の胸の前で組んでいる手を取り、優しく語り掛ける。
「いえ、ありがとうございます。前からずっとほしいと思っていた物ですから。このお返しはいつか必ずさせてください」
「ぇ、ぁ……は、はぁぃ……。フッヒヒ……」
真摯にお礼を言われて怪しげな笑みをこぼすフワワ。その顔はシャンパンタワーを建設するホス狂いの女に似ていた。
悲しいかな金を貢ぐことでしか自己の価値を示すことのできない哀れな劣等感の塊であった。劣等感の大きさと愛の重さであれば隣のアダマンタイトの塊にも負けていない。
♢
「すげぇー……。あんな塊のアダマンタイト初めて見た。でも流石にアタシが稽古で使うにはまだ早いよなぁ」
実質ホストのアフター場面を目撃していたガオとシスイの二人。
「見てください! あんな高価なプレゼントを渡すなんて、これはもう相当な所まで踏み込んでいますわよ、あの二人は!」
「プレゼントの値段で関係性を測るのは、なんか……こう、不健全な気がするんだけどなぁ」
「お子ちゃまですわね。恋とはお金のかかるものですのよ。意中の相手には宝石や貴金属を送って気を引くのが常套手段ですわ」
「そんなもんかねぇ……。けどあのアダマンタイトの塊、どうやって持って帰……うわ、普通に2人で持ち上げてる……」
家に帰ろうとする二人を追跡しようとシスイが店の角から飛び出したその時、人影と衝突しそうになる。
瞬間、ガオは物凄い蹴り足でシスイと人影の間に移動。同時に反対の足で地面に踏ん張り、慣性を消す。
そして全身の力を完全に抜き切り、柔らかい肉布団として2人の間に挟まった。
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
「おぅふっ”♡」
ガオをクッションにしたおかげでシスイと人影は怪我を負わなかった。
「も、申し訳ありません……!」
「い、いえこちらこそ! ……って、き、君は……!」
衝突した人影。彼はシスイを見て驚愕する。
「シ、シスイか……?」
同じくシスイも衝突した相手を見て驚いた後、僅かに顔を顰めた。しかし、すぐに愛想笑いを浮かべる。
「ユ、ユウ様。お久しぶりです。それに……」
ユウと呼ばれた細身のイケメンの後ろに立っている二人に目をやるシスイ。
「カリン様とベイル様も。お久しぶりです」
カリンと呼ばれたツリ目の赤髪美少女。ベイルと呼ばれた屈強な大男。
どちらもシスイの顔をみて驚愕している。
「あ、あんた! いったいどこで何して……!」
「そうだぞ! あんな手紙だけ残していなくなって……!」
2人とも泣きそうな顔でシスイに詰め寄ってくる。
「……申し訳ありません。相談も無く抜けてしまって。どうか身勝手な私をお許しください」
シスイは3人の前で膝をつき、額を地面につけようとする。一番近くにいたユウがそれを止めた。
「止めてくれ! 君が謝る必要なんかない! それどころか、僕たちの方が……」
含みを持たせたように押し黙るユウ。それに続いてカリンやベイルも目を伏せて堪えるように下唇を噛んでいた。
その一方、顔を伏せて誰にも見えない所でシスイは苦虫を噛み潰したような表情を隠さない。
「取り込み中失礼なんだけどさぁ。アンタたち誰?」
膠着を破ったのは1人地面で悶えていたガオ。なんとなくシスイが困っていると思った彼女は、3人に剣呑な雰囲気を感じたまま話しかける。
「あ、いや、僕たちはシスイの元仕事仲間で……って、それより君! 大丈夫!? ごめん、ほったらかしにしちゃって! 痛くなかった?」
「痛かった♡ あーあ、これは骨の2,3本折れたかもなぁ♡」
ゆすり屋が肩をぶつけた拍子に通行人にたかるような口調にもかかわらず、顔だけはにやにやと笑っている。
「え、えっと、それは……ご、ごめん……?」
ユウはとりあえず謝った。ガオはニヤつきを抑えて立ち上がり、体についた土を払いながら言った。
「ま、とにかくさぁ、今日はシスイとお出かけの予定なの。ナンパなら別の日にしろよなぁ。ほら行こうぜぇ」
「あ、ガ、ガオ様……」
無理やりシスイの手を引っ張るガオ。シスイもそれに逆らうことなく付いて行った。
残された3人に謝罪の意を示すでもなく、助かったとでも言いたそうな顔で。
♢
シスイは元々貴族の生まれだった。天使族の当主とメイドの間に生まれた子供。
メイドは側室ですらなく、さらには正妻の子も生まれていない時にシスイは誕生した。
そもそも天使族は厳格な一夫多妻制。当主の行為に正妻は怒り狂い、周りもその怒りはもっともだと同調した。
その結果、当主は貴族の恥さらしとして嘲笑や侮蔑の対象となり、正妻が実質的な権限を握るようになった。
そしてシスイも当主や母親であるメイドと同じように嘲笑と侮蔑の対象とされた。
もちろん博愛と誠実を最大の美徳とする天使族のことだ、公然とシスイたちを責めるわけはない。
表向きは不自由なく生活をさせているように見せ、裏では陰湿に、狡猾に、姑息な手段でシスイたちに不自由を強いていた。
その中には体に痣が残るような暴力も含まれていたが、シスイは治癒魔法でその傷を治していた。
彼女にとってそれは単なる自己防衛にとどまらず、正妻の行為を無為にしたという客観的に見れば哀れな、しかし本人にとっては正気をつなぎとめるための復讐だった。
その復讐に達成感と快感を感じなければとうに壊れていただろう。
シスイが傷を治す腕を上げるにつれて正妻の暴力も激しくなっていた。正妻からすれば面白かっただろう。わざわざ目立ちにくい場所を選ぶ必要がなくなり、暴力の手段も増えたのだから。
そんな環境で育ったシスイはとあるキッカケで家を出た。当てもないまま彷徨い、行き倒れたところを傭兵団に拾われる。レッドクロスと呼ばれる治療を主な仕事とする異質な傭兵団。その仕事は天災に見舞われた地域の救援から戦争の衛生兵まで。
治療と名の付く仕事であればなんでも請け負う傭兵団で彼女は持ち前のスキルと治癒魔法の腕を磨いた。
しかし、その傭兵団もとあるキッカケを元に退団。各地を放浪していた時に出会ったのが例の3人組、ユウ、カリン、ベイルだった。
彼らは狩人であり、危険な野生動物の討伐や栽培できない薬草の採取などを生業として生きていた。もちろん怪我の危険が絶えない職業であり、回復魔法の使えるシスイは喉から手がでるほど欲しい存在だった。
悪意と殺意渦巻く環境に身を置いていたシスイ。当時尖りに尖っていた彼女は3人の申し出をにべもなく袖にしたが、諸葛亮10人が劉備の仲間になるほどの訪問と交流を経て、丸くなったシスイは3人と一緒に仕事をするようになった。
回復役を仲間に引き入れ無茶が効くようになった一行。丁度と言うべきか、多くの狩人が返り討ちにされた凶暴な人食い狼を倒す依頼が出回っていたためそれを受けた。
「危険ではありませんか? どうやら私たちより実績のある狩人も怪我を負わされているようですし」
シスイはそう提言したが、他の3人は今の自分たちならと自信をもって依頼を受ける。シスイも狩りにおいてはまだまだ素人であったため、他3人の意見を受け入れた。
しかし現場に向かえば件の狼はすでに骨だけになっていた。代わりに口元を血で汚しているイタチが一行を見つめた。
イタチはその体格に見合わない大きな声を発する。風魔法で増幅された鳴き声は一行の三半規管に甚大なダメージを与え、即座に気絶せしめる。
シスイだけは反射レベルに落とし込んだ治癒魔法のおかげで耳から血を流しながらも気絶を逃れていた。膝を付くにとどまった彼女を敵とみなしたイタチは襲い掛かる。
シスイは傭兵団でも治療に特化した要員であったし、狩人になってからも数か月と日が浅い。魔法の使えるイレギュラーな個体と戦って勝とうとは考えていなかった。
イタチから放たれたカマイタチを両腕でガードする。玩具みたいに切断された両腕とかろうじて肋骨までの切断にとどまった負傷を負いながら仰向けに倒れる。
傷は治癒魔法ですぐに治ったものの、倒れたまま動かない。イタチは敵が死んだと思い込んだ上に狼で腹もいっぱいになっていたためその場を去った。
「……何とか、なりましたわね」
切断された両腕を再生した両腕でなんとなく持ち上げては狼の死体の方に放り投げる。そして気絶した三人の治療を行った。
傷は治ったが、失った意識までは戻せない。野生動物の跋扈する森の中、意識ない3人を守りながら街に帰れるのか。
(私では無理がありますわね……。そもそも私では1人すら担いで移動するのは難しい……。傭兵団を辞めてから狩人になるまで訓練をサボっていたツケですわね……)
シスイは1人ずつ引きずりながら離れた巨木の洞に3人を移動させる。
そこで3人が目を覚ますまで待った。しかし、自然の掟は無抵抗な餌をみすみす見逃しはしない。イタチに殺された狼の部下だろうか、数匹の狼がシスイの前に姿を現した。
シスイは大きくため息をついてから洞の穴の前で座り込んだ。
「お腹が空いているようでしたら腕の1本や2本ぐらい差し上げますので、退いていただけないでしょうか」
シスイが腕を前に突き出す。1匹の狼はそれを無視してシスイの喉元に噛みついた。遅れて他の狼もシスイの体に噛みつく。
彼女としては噛みついてきたやつの目ん玉に指でも突っ込んでやろうかと思っていたが、両腕に噛みつかれて抑え込まれているため、されるがままだった。
「……根競べということで」
そこからは凄惨だった。傍から見てる分には。
狼たちの腹が満ちるまで体を食いちぎられるシスイ。痛みに脂汗を流しながらも食われたそばから再生しては、マイナスからゼロへの相対的幸福に笑みを漏らす。
後半の方は体の前面を服ごと食われすぎて逆びんぼっちゃまスタイルになっていたが、ともかく狼の攻撃から仲間を守り切る。
そして血の匂いに誘われたクズリやクマなどの猛攻をあへあへと再生しながら耐えること数時間。魔力切れに陥っていた彼女は、限界を迎えていた。
オコジョに腹の肉をむさぼられるのをぼうっと見つめる。死ぬことに恐怖を抱いてはいなかった。傭兵時代の経験から、死人の顔は意外と安らいでいるのを知っていたから。
そしてなぜ安らいでいるのかを身をもって体験していた。死に瀕し、体をかじられる痛みを優に上回る脳内ホルモンの分泌。マイナスからゼロを飛び越してプラスの麻薬に身をゆだねていた最中、背後で音がした。