マゾ一行が拠点にしている街の早朝。路地でゴミと一緒に寝ている3人組がいた。
その3人組はシスイの元同僚であり、情勢の悪化で拠点としていた街がきな臭くなってきたため拠点を移しにこの街に来た。
そこでシスイと再会し、過去のことを思い出してヤケ酒。閉店まで粘って店員につまみ出された後、路地で一夜を明かしていた。
彼らの寝覚めは最悪。ベッドは地面、枕は酒瓶、酒が入って眠りが浅くなったところに過去の悪夢を見続けたのだから。
彼らの悪夢は一様にシスイが瀕死の状態で獣にむさぼられている光景。
自分たちの慢心で難しい仕事を受けた挙句に、その尻拭いを1人に押し付けてしまった。その1人が尻拭いを命がけでやり遂げ、自分たちが気を病まないようにフォローまで入れたのだ。
「そのことならあまり気にしなくても……。その、これが一般的な感性とかけ離れていることは認識していますし、話すのは恥ずかしいのですが……。その、怪我するのはあまり嫌いではなくて……。そ、そういうと被虐趣味があるように聞こえるかもしれないのですが、そうではなくて! 単に痛いのが治る感じが好きで、腹痛いのが収まった時のふーって落ち着く感じと言いますかリラックスのあれと言いますか、それだけじゃなくて何か高揚感もあるのですがそれは置いておいて」
その時のシスイは早口で何やら言っていたが、ともかく本質としては自分たちのフォローのためにありもしない性癖をでっちあげたということに違いないのだ。
なぜならば彼女のように身を挺して仲間を庇う献身と誠実を兼ね備えた者がそのように倒錯した性癖を抱えているはずがないからである。
3人組は顔色の悪いまま街を放浪する。話すのはシスイのこと。
「……やっぱり、僕たちが不甲斐なかったから離れていったのかな」
「……そうでしょうね。正直、あの時の私たちとシスイじゃ全然釣り合ってなかったし」
「……そうだな。レッドクロスの熾天使が俺たちのパーティに入ってくれたのは一時の夢だったと思うしかない」
そうは言いつつも今ここでシスイの話をしている時点で未練たらたらではある。
放浪の途中、偶然シスイを見かけた3人。反射的に駆け寄ろうとしたが、ぐっとこらえてとどまる。
堪えたのは昨日の出来事があったのもそうだが、シスイが何やら自分たち以外の3人と仲良く歩いているのが大きかった。
「だからさぁ、痛いの好きなんだったらアタシやアカシみたいに打鉄の練習したらどうだぁ? あれは良いぞぉ……♡ シスイは戦闘能力薄いんだからそれを鍛えるって意味でもさぁ」
「んー、それはちょっと……。自分から怪我を負うのって怖くないですか? 私からすれば良くあんなことができると思っているのですが」
「シスイだって他人の怪我自分に移してるだろぉ?」
「あれは……私の中では自傷とは違うんですわよねぇ。なぜでしょうか……、やはり物理的に傷つけられるわけではない間接的だから、とか……?」
「相変わらず細かく考えてるなぁ。痛いのが好きって気持ちに正直になれば良いんじゃねぇのか?」
「痛いのが好き……んー、それはちょっと……いや、何でもありませんわ。えぇ、そうですわね。それはそれとして打鉄はお断りさせていただきますわ」
「ちぇー、シスイといられる時間長くなると思ったんだけどなぁ」
「そ、そういうことを素面で言うのは止めていただけますか。普通に照れますので」
「? どうしてだぁ?」
実際には4人仲良くというよりは2人仲良くしている後ろで大男がいつもの女を殴ってそうなDV気質の笑みを浮かべ、フワワが大男の手をちらちらと見ては往来で手を繋ぐ妄想を頭で広げているだけ。
しかしかつての自分たちを重ねてしまったシスイの元同僚3人組には4人仲良しに見えた。
未練たらたらな彼らはいけないことだと分かっていながらマゾ一行の後ろを尾行してしまった。
♢
「お”ぉぉぉおおぉ”ぉ”おお”……ッ!♡!♡」
そして彼らが尾行先で見たのは大男の凶行であった。あろうことか大男は人目につかぬ荒野でシスイと特に仲良くしていた竜人少女の腹を殴ったではないか。少女は聞くに痛ましい叫び声をあげている。
「な、何をしてるんだ!!」
劣悪な環境で育ち、悪意のアンテナが尖っていたシスイに人の心を取り戻した3人組だ。その面倒見の良さと善性が黙っていなかった。
突然の乱入者にガオはスキルを使った拳をひっこめざるを得ない。蓄えたエネルギーを発散しないまま腹を押さえてその場で悶える。
大男とフワワ、シスイでさえも目を丸くしていた。
「貴方! こんな小さい子の腹殴ってどういうつもり!?」
「そうだぞ! 組み手にしても一方的だし、腹筋のトレーニングにしても過剰だ!」
「え、えぇと……これはですね……たしかにトレーニングとしては過剰ですが……」
口が上手い方ではない大男。いきなり詰められて言葉を迷ったが、シンプルに答えることにした。
「端的に言うならば、彼女が望むからです」
「彼女が……望む?」
思ってもいなかった回答にぽかんとする三人組。
「えぇ。そうですよね、ガオさん」
大男はいつもの胡散臭い笑顔で土に脂汗を吸わせているガオの方を向いた。
地面をのたうち回るガオはアへ顔の見えない角度でゆっくりと頭を縦に振った。
「嘘をつくな!! 完全にやらせてるだろう、今のは!!」
冷静な外野であるフワワは、確かに今のは圧をかけたようにしか見えなかったと苦笑した。
理解を得られなかったと焦る大男。3人組の誤解を解くにはどうすれば良いものかと頭を悩ませた。そしてあることを思いつき、実行に移す。
「いえ、本当に彼女は痛いのが好きでして。顔を見れば納得していただけるはずです。ですよね、ガオさん」
大男はガオの頬に手を当て、ゆっくりと三人組の方に顔を向けた。そこには汗だくながらも恍惚とした美少女のご尊顔。
体をひねった時に背中の小石が邪魔でガオはわずかに顔をひきつらせたが、すぐに蕩けた顔に戻る。
「それもやらせてるでしょう! 見たわよ、一瞬顔が引きつったところ!!」
「い、いえ、そんなことはありません。ど、どうしたものでしょうか……そうだ。彼女の方から求める場面を見せればきっと納得していただけるはずです」
男は大きく歪な手を分かりやすいように広げて、ガオの前に見せる。
「殴られて大きな痣になっているお腹、撫でられたいでしょう? ですよね、ガオさん?」
ガオはその暴力的な手でひしゃげた腹を撫でられたことを想像して体を身震いさせる。そして、ゆっくりと頭を縦に振ろうとしたところで大男の腕を3人組の1人ベイルとフワワが掴む。
「止めろ! それ以上の凶行は許さんぞ!!」
「ご、誤解が深まる一方だと思います……。それと、そ、その……「ですよね」ってのを一旦、止めた方が良いと思います……。圧をかけているようにしか見えないので……」
フワワの言葉もあり、大男は手をひっこめた。しかし、どうやって理解してもらおうかと悩む大男サイドと、醜い言い訳を続けるこいつをどうしてやろうかと剣呑な雰囲気を漂わせる3人組サイド。
その間にフワワが割って入った。
「そ、その! 本当に、ガオさんは痛いのが好きなんです! だから、その手伝いをしているアカシさんは別に悪い人じゃなくて……!」
ぎゅうと目をつぶって力説するフワワ。普段気弱な彼女が仲間のためを思って自分を奮うために力を入れているのだが、やはり3人組からすればどこか怯えているようにしか見えなかった。
「い、いやいや! 君だって言わされてるんだろう!? なんだってそうこいつを庇うんだ!」
「か、庇ってるんじゃありません! そもそも誤解でアカシさんは良い人なんです! 私みたいなどうしようないのを拾ってくれましたし、優しくしてくれますし、お願いすればぎゅうって首も絞めてくれるんです!」
「あっ」
当事者だったため、自分の発言の誤解されやすさに気づかなかった大男も今のフワワの発言の誤解されやすさには気づいた。
そして思わずフワワの口元を手でふさぐ。
「く、首を絞める!? 君も暴力を受けてるんじゃないか!」
「それに今の口封じ! やましいことがあるんでしょう!」
「これは……その……」
咄嗟の動きがさらに誤解を招き、もう収拾が付かなくなったと考えた大男。
シスイの方へ助けを求めようと視線を動かす。しかし彼女は強く目を閉じてその場に立ち尽くすばかり。
「大丈夫ですか?」
目の前の喧騒よりもシスイのことを気にかけて声をかける大男。
フワワから手を離してシスイの方に駆け寄ろうとしたが、先に三人組の1人ユイがシスイの前に立ちはだかった。
「止めろ! シスイにも何かする気か!?」
「い、いえそういうつもりは……」
その間にカリンがフワワを確保して大男の方から引きはがす。
「大丈夫だからね」
「え、あ、そ、その……」
捕獲されたフワワだが相手の悪意の無さにどうしても反発しきれずにされるがまま。
「シスイ! 何でこんなやつの仲間になってるんだ!? 何か弱みでも握られているのか!?」
ユイに詰められたシスイは眉を歪ませて口を開閉させる。しかし、言いたいことが頭の中で渋滞して口から上手く出てこない。
その様子をみたユイはさらに義憤を募らせた。
一瞬即発の雰囲気の中、1人手を上げる者がいた。
「で、でじゃぶ……ってやつ、これぇ……? いったん、治して……もらえ、るかぁ……」
ユイとシスイが出会い頭にぶつかった時同様に放置されていたガオだった。
♢
ひとまずシスイに治療してもらったガオは地面に胡坐をかき、組んだ足の中に手を置いた状態で言った。
「そっちの3人はさぁ、心配してくれるのはありがたいんだどさぁ。まぁ余計なお世話ってわけ。皆が言うように私は痛いのが好きでアカシに頼んで殴ってもらってるわけだから」
一度3人組と顔を合わせているガオは、またこいつらかといった気だるげな表情を浮かべている。
しかし、3人組は理解の及ばないといった表情で食い下がった。
「い、いや! おかしいって明らかに! 意味が分からない!」
「意味が分からないって……自傷にも限界があるだろぉ? 自分殴るにも腰が入らないしよぉ。だから他人に頼むしかないじゃんかぁ」
「そこじゃない! 痛いのが好きって、そんなはずないだろ?」
「え、えぇ……? そんなはずない、って言われてもよぉ」
ガオは困った。何しろ前提を理解してもらえないのだ。
「そんなはずだからぶん殴られてたわけでさぁ。それ以外に理由ないだろ?」
「そ、それは……そこの男に強いられていたんじゃないのか?」
ガオはきょとんと表情を白けさせた後、首を傾げた。
「……強いる、って。強い奴が弱い奴に強制するってことだよな?」
「あ、あぁ。そうだが」
「じゃあなんでアカシがアタシに強いれるんだ? アタシの方が強い……」
そこまで言ってガオは反対側に首をかしげる。
「いや、試合したわけじゃないから分かんないのか。う~ん、でもアカシに負けるイメージはないんだよなぁ。まぁともかく白黒はっきりしてないんだから強いるなんてそんなことないよなぁ……。判断つかないのに上から命令する程アカシは馬鹿じゃないし……」
淡々と己の理論を紡ぐガオ。3人組からすれば怯えるでもなく牙をむくでもなく、明日の献立に頭を悩ませるような姿は異様に見えた。
「き、君はそこの男に洗脳されているんじゃないのか? 痛いのが好きだと思いこまされているんじゃないのか!?」
「洗脳、かぁ……洗脳した? アタシのこと」
大男に聞くガオだが、帰ってくるのは当然否定。
「いえ、していません」
「だってさ」
「いやいや、そいつはそう言うだろ!」
「あぁ? じゃあどうしろってんだよ……」
ガオはムッと表情で投げやりに言う。そこからも3人組を納得させる言葉を考えようとしたが、一度イライラに感情が触れてしまったため冷静に思考できなかった。
ガリガリと頭を掻きながら吠えた。
「あぁーもう! こいつらムカつく! 何か知らないけど異様にムカつく!」
ガオは跳ねるように立ち上がって三人組を睨みつけた。
「びっくりだ。フワワに絡んできたあいつ以上にムカついてるぞ。あいつみたいに悪意満々じゃないのによぉ……」
瞳孔が爬虫類のように細く絞られ、発散せずに蓄えられていたエネルギーで髪が金色に輝いていた。その時シスイがガオの頭に手を置いた。
「ガオ様、落ち着いてください」
なだめる様に頭を撫でられるにつれ、暴力的に輝いていた髪色が元に戻っていく。
そしてシスイは断腸の思いで言い放つ。
「ユイ様、カリン様、ベイル様。帰っていただけませんか?」
「シスイ……!」
「帰って、ください」
何か言いかけたユイの言葉を遮り断定口調で言った。地面に落としていた錫杖を手に持ち、3人組の方へ尖った先端を向けるおまけ付きで。
言葉だけならまだしも凶器を向けられるというあからさまな敵対行為にショックを受けた3人組。
「わ、わかった……今日の所は退こう……」
渋々といった様子で去る3人。
「今日の所は、じゃねぇんだよなぁ。二度と来るな」
背中に捨て台詞を吐いたガオは未だに不機嫌そうだった。