マゾ一行は3人組に絡まれた後、鍛錬を切り上げて一緒に飯屋で昼食を食べていた。
「んで、あいつらは本当に何なんだ? とんだ厄介ものじゃねぇか。あんなのと前はつるんでたのかぁ?」
「ガオさん。自分たちに都合が悪かったからと言って人の旧友を悪く言うものではありませんよ。たまたま悪い一面を見ただけかもしれませんし」
大男に窘められたガオだが不満をあらわにし続ける。
「いいや、厄介者だね。じゃなきゃシスイがあいつらと再会した時に嫌そうな顔するわけねぇじゃねぇか。何だよ強いられてるとか洗脳されてる、って。勝手に決めつけてよぉ、腹が立つったらありゃしねぇ」
「でも……私たちはそう言われても仕方がない癖があるのは否定できないですよね……」
「できるっつーの! 裏ばっかり読みやがって余計なお世話なんだよ! あいつらの中で強盗犯には難病を患った妹か子供がいて、子供に優しい人は誘拐の品定めでもしてるんだろうなぁ!? えぇ!?」
ジェスチャーを交えながらまくし立てるガオ。もちろん怒りが根底にあるのもそうだが、あれ以来ずっとしょぼくれているシスイを元気づけようという意図もあった。
しかし、シスイは変わらずに下を向いたまま何もかけていないサラダをもさもさと食むばかり。
「シスイはムカつかねぇのか? いや、まぁ、つってもあの場じゃアカシばっかり詰められて、アタシとフワワの言う事全然聞かなかっただけで、シスイの事はなんも言ってなかったけど」
「いえ、昔は良くありましたわ。私も話を聞いてくれなくて苛立ったことが。自分の傷を治すのが好きだと言ってもあの人たちは聞き入れてくれませんでしたわ」
「なんでそんなことがあったのに黙ってたんだぁ?」
「彼らに悪意はないのです。ボタンの掛け違いといいますか、ただかみ合わないだけで……。その原因は私にも少なからずありますし……」
「なんだぁ、その原因って」
シスイは自分が仲間を庇った時のことを話した。
「それ以降、皆さんが気に病んでいたので私の癖のことを話したのですが。どうにも私が嘘でフォローをしていると思って聞かないのですわ。実演までして見せたのに……だらしない顔まで晒したのに……!」
顔を真っ赤にしてサラダに突っ伏すシスイ。そのままもぞもぞと葉を頬ばって顔を上げれば、元のしょぼくれた表情に戻っていた。
「昔はシスイにもそういう恥じらいあったんだなぁ。今は大っぴらなのに」
「皆さん以外の前ではあんなことはしていませんわ。……とにかく、それ以降どうにも反りがあわなくて……。置手紙を残して逃げるように去りました。そのツケが回ってきましたわね……」
「経緯は分かったけどよぉ、結局どうすんだぁ? あの様子じゃまた付きまとってくる気満々だぜ? それもシスイじゃなくてアカシの方に」
大男はいつもの女を殴っていそうなDV夫じみた笑顔ではなく、場に合わせたしんみりとした表情で答える。
「そうですね……あの様子だと何を言っても聞いてくれそうにないですし。しばらく外出は控えた方が良いでしょうか」
「あいつらがこの街に移住する気だったらどうすんだぁ? 一生日陰者生活だぞぉ? つーか何でこっちが自粛しねぇといけねぇんだ? 一回ぶっ飛ばしてこの街の敷居を二度と踏ませないようにする方が良いだろ、もう」
「そ、それか言葉じゃなくて実際に示すとか……。映像記録の媒体にガオさんは殴られて喜ぶ姿、私は絞められて喜ぶ姿、シスイさんはガオさんの傷を引き受けて喜ぶ姿を収めて送るとか……。それも半端だとシスイさんの時みたいに信じてもらえなさそうなので死ぬ寸前ぐらいまで……」
「止めましょう。それだけは絶対に止めておきましょう」
他の3人がああだのこうだの話している時に、シスイは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
自分のツケを3人に払わせようとしている。本来であればこうなる前に自分で解決するべきだった。しかし、彼女にとって3人組は自分を修羅の道から引き戻してくれた恩人でもある。
加えて彼らの発言に悪意はないのだ。悪意を持って攻撃してくる相手には容赦なく反撃もできるが、善意が元だからこそ反発すら出来ずに逃げる選択肢しか取れなかった。
(前の皆さんより、今の皆さんの方が大切。それは私の中で揺らぎありませんわ。だからこそ……)
シスイは意識を切り替えた。顔に手を当て、精神性を昔に戻していく。死と怨嗟の渦巻く戦場で助けた命の数十倍の死体処理をしたあの時や、親から愛を受けるべき年頃に憎しみを向けられたあの時の頃に。
そしてぼそぼそと何事かをつぶやく。耳の良いフワワだけは聞こえた。
「……優しくしてくれた? 関係ないですわ昔は昔今は今 善意だからって限界あるでしょう無垢なら何してもいいなら子供に殺人強盗でもやらせとけば良いことになりますわよね その昔にぬかしていましたわね正義の無い力は悪で力のない正義は無力とか 結果の伴わない善意は極悪で偽善こそ真の善の間違いじゃありませんの? というか命救った私に負荷かけるとか何様のつもりですのそれすら自覚せずに自分の世界に酔って本当に気持ち悪い こっちの言うことも聞かずに何がそんな嘘つかなくて良いですって? 人の本音と建て前すら見抜けない小便臭い青二才が一丁前に恰好つける資格なんかありませんわ 余計なお世話ありがた迷惑おせっかい出しゃばり過干渉甲斐ない善意自覚のない悪」
フワワは全身の毛を逆立たせる。物知りで品があって、それでいてどこか抜けていて親しみやすいシスイの姿はそこに無い。
顔を覆う手の隙間から見えるのは緊張と重圧の塊。
「だから、何をしても良い」
フワワは笑うシスイに幻覚を見た。鎖につながれた化け物の枷が外れるイメージを。
解き放たれた化け物は席を立ち、獲物を求めて彷徨おうとする。
フワワは咄嗟に後ろから化け物を抱きしめた。
「ど、どうしたぁ? シスイ。用事でも思い出したかぁ?」
フワワが足止めした隙にガオが声をかける。背中からでも伝わってくる狂気に声が上ずっていたが。
「…………」
「も、もしかしてあの3人組に話を付けに行くつもりか? ま、まぁあいつらムカつくしなぁ、一発カマしてくるのが良いと思うぜぇ。アタシも手伝おうか?」
「…………」
返事がないのでガオが一方的に話す。豹変ぶりに戸惑いが勝り、それ以上追及できなかった。
「合法的な手でお願いしますね。会えるのが鉄格子越しでは寂しいですから」
「…………」
寂寥感の漂う大男の言葉。化け物は自分を捕まえるフワワの手を掴んだ。
びくりと震えるフワワだがぎゅうと抱いたまま。化け物の手はしばしフワワの毛並みをゆっくり撫でていた。
そしてついに振り返って言う。
「えぇ、もちろんですわ。……しかし、そのためにも皆様には付いてきていただけますか?」
シスイは化け物と例えるには人懐っこさのある、しかし悪戯っ子のようなと形容するにはあまりに底意地の悪い笑顔を浮かべていた。
♢
一方その頃、例の3人組は先ほど遭遇した信じがたい光景について頭を悩ませながら街をうろついていた。
「シスイはどうしてあんな奴と一緒に行動しているんだ……?」
「どう考えても何か弱みを握られているに違いないだろう!」
「他の2人もきっとそうよ……殴られたり首を絞められて嬉しいなんてどう考えてもおかしいもの。放っておけないわ!」
義憤を募らせる3人組。話は具体的にどうするべきか、というところまで発展する。
「しかしどうする? 彼女らの弱みをどうにかしない限り、我々が介入してもそれを盾にされる可能性が高い」
「そうね……もどかしいけど、一度彼女たちとあいつの身辺を探る必要があるかしら」
「っ……!」
3人のリーダーであるユイは下唇を強く噛んだ。
「僕は無力だ……! 命の恩人1人、今すぐに救う事すらできない……!」
彼は狩人という獣を狩る仕事を生業とする一方、対人戦闘の経験も積んでいた。それもこれも人の悪意から無辜の民を守るため。座右の銘は「力なき正義は無力であり、正義なき力は悪である」。
彼は腕っぷしではどうにもならぬ問題に歯がゆさを感じていた。そんな彼を心配そうに見つめる2人。慰めの言葉をかけようとしたその時、大通りの方が何やら騒がしい事に気づく。
気になった3人はその騒ぎを目の当たりにするまで近くに寄った。
「ひぃいんッ♡」
そして彼らの大恩ある四翼の天使が噴水前の広場で大男にスパンキングされている姿を目の当たりにした。
シスイは噴水に腰かける大男の膝の上に腹を乗せ、尻を丸出しにした状態でじっとしている。俗にいう子供が罰を受ける時のおしりペンペン体勢。
「あのー、先ほど私たちに荒野でお会いした3人組の方はいませんか? お話がしたいのですが」
「ほおぉぉぉぉおお……♡」
大男は手形の残ったシスイの尻を優しくなでる。皮膚を叩かれる一瞬の痛みが引いていく相対的幸福にシスイはだらしない声を漏らしていた。
そして十分に時を置いて大男は再びデカケツをひっぱたいた。
「ほぉおおッ♡」
「先ほどの3人組の方。憲兵が来る前に顔を出していただけると助かるのですが」
あまりに非現実的な光景を前にしてあっけにとられた3人組だが、すぐに怒りを滲ませて公開SMプレイをしている二人の前に躍り出る。
「お、おまえッ! 何をしているんだッ!?」
「あぁ、またお会いできましたね。何って証明ですよ。変態的性癖の証明。彼女は痛みが引く瞬間が特に好きなようで」
大男は大きく振りかぶる。
「や、止めろッ!!」
ユイの制止を無視してシスイの尻に平手打ち。
「ぉほほぉッ♡」
「スパンキングが特に良いそうです。痛みは針のように鋭く、しかし継続は一瞬。スコールのようにたちまち去る。この緩急がたまらないそうで」
シスイと3人の目が合う。瞬間にシスイの恍惚とした表情は瞬く間に引っ込み、瞳に涙を浮かべながら顔を真っ赤にした。
「どうやら彼女の性癖が嘘だと思われてしまったため、こうして公衆の面前ですら堂々と行為に及べる彼女の本気さを見せて差し上げているのです」
「ーーッ! 抜かすなッ!! このサディストが!」
「こんな公衆の面前で彼女を辱めて! 今すぐ止めろッ!」
「そうよ! 恥ずかしいと思わないの!」
大男は困ったように頭を掻く。
「そう言われましても……彼女が言い出したのです、貴方達3人に自分の性癖を証明したいと。私は彼女に付き合っているだけですので。そうですよね、シスイさん」
大男はいつもの女を殴っていそうなDV夫風笑顔をより一層深めてシスイに語り掛ける。
「……は、はい。そのとおりですわ……」
シスイは力なく返事をした。
「そして彼らは中止してほしいようです。 どういたしますか? まだ信じていただけていないようですが」
「……このまま、続けてください」
震える声で返事をするシスイに3人は激昂した。
「貴様ァ!! どこまで狼藉を働くつもりだ!」
「人の心がないのか! お前には!」
「最低! こんなやつ今ここで……ッ!」
キレた3人が大男に掴みかかろうとするが、その前にシスイが急いで立ちはだかる。
「待ってください! これは……本当に私が望んでやっていることなのです……」
顔を真っ赤にして3人を押しとどめるシスイ。
「シスイ……! なんであんな男の言いなりなんだ!」
「……言いなりなんかではありません。これは私が望んでやっていることなのです。だから、皆さん納得してください……。お願いします……早く……」
「シスイ、止めてくれ……!」
シスイはすがるような目で土下座を始めた。3人はそれを無理やり立たせながら大男を睨みつける。
しかし、今ここで何を騒ぎ立てたところでシスイを開放することはできない。それが分かったからこそ奥歯がきしむほど悔しさをかみしめながらその場を去ろうとする。
その背中に大男が声をかける。
「おや、彼女がここまでしても認めていただけませんか? そうなるとまた絡まれてしまう恐れがある……。仕方ないですね、また日を改めて今日より過激なことをするしかありません。そうでないと信じてもらえないようですので」
大男はいつもの笑顔でシスイに詰め寄った。彼女の手を取り、目と目を合わせて語り掛ける。
「何か思いつきますか? 今日より過激なこと」
「そ、それは……き、急には……」
「思いつきませんか……。えぇ、それは仕方ありません。私も力をお貸ししますので一緒に考えましょう。頑なな彼らに貴方の性癖を信じてもらえるような事を」
限界だった。ユイは踵を返して肉食獣のような瞬発力で大男に掴みかかる。
「お前ッ! もしこれ以上のことをしてみろ! その時は……!」
「まぁまぁ、落ち着いてください。こういう面倒ごとにならないように性癖を認めてほしいと彼女が言ったのですが……逆効果だったようですね」
「何を白々しく!」
「わかりました、こうしましょう。決闘をするのです」
「け、決闘だと……?」
「えぇ。私たちと貴方達で戦い、勝った方が自分の望みを通す。私たちが勝った場合はもう私たちのそばに寄らないでください。どうですか?」
いきなりの申し出に面食らったものの、3人組にとってこれ以上ない提案だった。
「わ、わかった! 俺たちが勝ったらシスイを開放するんだ! それだけじゃないあの荒野にいた他の2人も! そして彼女たちに二度と近づくな!」
「え、っと……それは……」
ここにきて困ったような表情を見せる大男。まさか逃げる気かと焦燥に駆られる3人。
そこでシスイが大男の方に近づいた。
「そ、そんな……! 決闘だなんて……止めてください! お願いいたします……!」
そう叫ぶ一方で、小さく大男にだけ聞こえるようにつぶやく。
(信じて)
それを聞いた大男は小さくうなずいた。
(私の言葉を繰り返してください)
言われた通り彼女の言葉を反芻する。
「えー……わかりました。その勝負を受けましょう。あー……ただし決闘中武器はナシです。こんなくだらない事で命を落とすのはバカバカしいですからね」
随分と酷い棒読みだったが、冷静さを失っている3人組に吐き捨てる言葉としては問題なかったらしい。
3人組はこの件がバカバカしいと切って捨てられたことに怒りを強めていた。
「保証は!? お前が勝った時彼女たちに2度と近づかないって保証だ!」
「あー……それは決闘をご覧になる街の皆さんが保証してくれるでしょう。えー……これだけ見物人が居ればこの街にいる限り約束を違えるのは難しい。その……違反の場面を見れば私刑でも何でも思うがままにして良い。えっと……こういう時の群衆の団結はこの世の何よりも信じるに値すると思っています」
「それで……そもそもこれ以上の厄介ごとに巻き込まれる価値なんか、こいつらにはありませんから」
小刻みに顎を上げるシスイの意図を汲みとり、大男はシスイの顎を乱暴に掴んで自分の方へ引き寄せた。
3人組にすれば眉間に皺を増やす要因にしかならなかったが、大男にすれば声が聞きやすくなってありがたかった。
「ともかく……早く始めましょう。準備をするので数分お待ちください」
3人組は持っている武器を外し、地面に降ろした。そんな彼らの元に群衆の中から抜け出して駆け寄る者が2人。
「君たちは……」
突然現れたガオとフワワに一瞬驚いた3人組。
「その……決闘の間に武器を盗まれるのも困ると思うので……。わ、私が預かりましょうか……?」
能面のような顔で黙っているガオの前にフワワが出て、そう申し出る。
「わ、罠だとか疑われるなら……そのままでも良いです……。見てはおくので……」
「いや、助かる。預かっててくれるか?」
「は、はい……」
フワワに武器を預ける3人組。持ち切れなかった分は渋々ガオが持った。
手がふさがった2人の頭を3人組が順番に撫でる。
「大丈夫、絶対に勝つからね」
「心配しないで待っていなさい」
「俺たちに任せておけ!」
フワワは乾いた笑いで誤魔化す。ガオは表情こそネガティブな方向に変えなかったものの、尻尾でザリザリと地面を掻いて不快感をあらわにしていた。
そして準備の整った3人が大男の方へ振り返る。
「お待たせしました。始めましょう」
そして彼らは予想だにしない光景を目撃する。
シスイが大男の前面に張り付いていた。
正確には両手が大男の首の後ろで拘束されており、上半身は両側からパイスラする形で紐に結ばれており、両ひざは畳まれ邪魔にならないように大男の太ももに巻き付けられていた。
端的に言うなら肉鎧というやつだ。