箸休めで書いたらそこそこの長さになったので投稿します。更新は不定期ですが、次話に関しては完成しているので、明日投稿します。
極東管区に、いや地球に残された航宙艦建造ドックは少ない。極東管区に至っては、イズモ計画の脱出船建造の為に多くの人員を割かれている事もあり、希少な建造ドックの殆どが空の状態で残されていた。
ただでさえ貴重な人員と物資を使って、宇宙艦が建造れているドック。その一際高い場所から中をドック内見渡している人物がいた。
「委員長、エンジンの取り付け作業完了しました」
茶髪の女性士官に声を掛けられた人物は、振り返ると僅かに微笑んだ。
「これでこの
「大型化したとはいえ、磯風型の艤装に一年近くかかるとは思いませんでした」
磯風型突撃駆逐艦は、国連宇宙軍の大多数を占める艦艇だ。建造のノウハウは村雨型や金剛型の比ではない。だというのに、多くの時間がかかったのにはいくつかの理由があった。
「駆逐艦の指揮を担う嚮導駆逐艦として大型化した事と、新型機関への換装に時間を取られちゃったからね」
「柳原一尉が愚痴を言ってましたよ。いくらなんでも
「知ってるよ。私も何度も聞かされたから。だけどマロンちゃんは、無事やり遂げてくれた」
「後は司令部からの、クマノ計画実行の命令を待つだけですね」
その言葉に彼女はゆっくりと頷いた。
「だけどそれは、今行われているメ号作戦の結果次第だよ」
「イズモ計画か、それともヤマト計画か、ですか」
委員長と呼ばれた彼女は、遠い冥王星に思いを馳せるように視線を上へと向けた。
「沖田提督ならきっとやり遂げてくれる。それは疑いようがない。だから私達はクマノ計画ではなく、ヤマト計画を前提に行動すべきだよ」
「それって委員長の願望ですよね?」
「それは否定しないよ。だけどココちゃんだって、地球を見捨てる計画より、救う計画の方がいいでしょ?」
その問いかけに、ココと呼ばれた女性士官は言葉に詰まった。
「私達は軍人ですよ。個人の感情より上層部の命令、つまり人類の生存を優先すべきです」
「軍人なら、全ての人類を救うことを考えるべきだよ。それがたとえ、どんなに困難な道だとしてもね」
さらりと困難な事を言ってのける上官に、ココはため息を吐いた。
「少なくとも今の地球に、その理想を成し遂げる力はありません」
「知っているよ。だけど最初から諦めるのは、違うと思うんだ。少なくともメ号作戦の結果を見るまでは、諦めるべきじゃないと思う」
その言葉にココが何か言う前に、ドックに設置された通信設備が着信を告げた。
「こちら第二十一ドック、納沙です」
『し、司令部幕僚監部の知床です』
通信は極東管区司令部に務める、知床鈴二尉だった。通信相手が誰か分かった二人の間に、俄かに緊張が走った。
「クマノ計画艤装委員長、岬明乃です。メ号作戦の件ですか?」
『そ、そうです。たった今、沖田司令座乗のキリシマからの暗号通信を受信しました』
「内容は?」
暗号の内容によって、さっきまで二人が話していた事の結論が出る。通信によるほんの一瞬の間が、二人には永遠のように感じられた。
『天岩戸開くです』
「なら司令部はイズモ計画を中止すると言う事で間違い無いですか?」
『まだそこまでは決定していません。ですが岬委員長には、ヤマト計画を前提とした準備を行うよう司令部は求めています』
それが全ての答えだった。少なくとも司令部は、イズモ計画ではなくヤマト計画を進めるつもりでいる。知床との会話は他の司令部の人間にも見られているだろう。大っぴらに喜ぶような真似はせず、了解しましたと端的に答えて通信を終えた。
「話は聞いていたよね?」
「はい。と言っても、ヤマト計画とイズモ計画の準備に大きな違いはありませんけど」
「けどヤマト計画の準備をする方が気分はいいよね」
岬の言葉に納沙は口元を緩めて頷いた。
◇◆◇
メ号作戦か失敗した。それは極東管区に所属する軍人の間で、まことしやかに囁かれている噂だった。いや、まことしやかと言うには些か大っぴら過ぎた。私が所属する軌道防衛艦隊司令部はおろか、軍の食堂でさえその噂はなされていた。もはや公然の秘密と言っていいだろう。
「帰還したのはキリシマのみ。他は全滅か」
所属艦艇のいない、名ばかりの軌道防衛艦隊とは言え、軌道上の監視くらいはできる。噂が真実であり帰還したのがキリシマ一隻なのは事実だ。
「……嘘つき」
メ号作戦が失敗したのはまず間違いない。この分だと噂に聞く、地球脱出のイズモ計画が始動するのも時間の問題だ。イズモ計画に選ばれなかった私は、このまま滅びゆく地球と運命を共にする事になるのだろう。
「ご馳走様でした」
軍ではかろうじて一日三食は保たれているが、市井では、配給が滞る事も少なくないと言う。
そのせいで暴動が起きるのも珍しい話じゃない。地球滅亡まで後一年と言うが、果たして地球の滅亡と人類同士が少ない物資を求めて殺し合い、滅ぶのとどちらが先なのだろうか。そんな風に悲観的な事を考えていたのが悪かったのだろうか。正面から走ってくるツナギを着た女性が躓いて、こちらに倒れてきたことに対する反応が遅れてしまった。
「うわ!」
幸いな事に大きな怪我はなかったが、ただの廊下で躓くなんてどれだけ不注意なやつなんだ。
「ご、ごめんなさい! 大丈夫!?」
「大丈夫だ。まったく、気をつけろ」
相手の肩章に目を向けると、何も付いていない。おそらく最近入隊した新人だろう。
「基地内には私よりもっと高位の軍人もいるんだ。どんなに急いでいても、走らず気を付けて歩け」
「ごめんなさい」
新人はもう一度謝罪の言葉を口にすると、私が来た方向に走って行った。
「こら! 廊下は走るなと……」
追いかけて叱りたいところだが、そんなわけにもいかない。極東管区司令部からの出頭命令が下されているのだ。遅れるわけにはいかない。
「宗谷真白一尉、出頭しました」
会議室には既に三十人ほどの人が集まっていた。軽く見た感じ、階級は一番低くて宙士長、一番上はおそらく一尉の私だ。
「納沙二尉です。責任者が来るまで、空いている席に着いてお待ちください」
演台の横に座っていた納沙二尉に言われ、空いている席に座った。納沙二尉の隣には一尉の肩章を付けた女性が座っている。おそらく彼女達が司会なのだろうが、要件は一体なんなのだろうか。
「ごめん遅れた!」
出頭命令の時刻を五分ほど過ぎて、ようやく彼女はやってきた。随分と時間にルーズな責任者だなと、思わず扉に視線を向けた。そこには、さっき私とぶつかった女性が立っていた。だがその女性先ほどとは違い、制帽と艦長服を着用していた。それだけで私よりも遥かに高い階級にある事が分かる。事実、肩章は二佐を示すものがつけられていた。
「遅刻ですよ委員長」
「ごめん。新しい制服をとりに行ってて」
「内示は随分前に出てたはずですよね。用意してなかったんですか? 皆さんを待たせているんですから、早くこっちにきてください」
納沙二尉に促され、彼女は演台に立った。
「初めまして。私は岬明乃三佐、じゃなかった。二佐です」
岬明乃の名前は有名だ。私より二つ上の二十三歳。第二次火星沖海戦では航海長として、戦艦キリシマの操舵を担当。同じく戦術長の古代守と共に、第二次火星沖海戦の勝利に大きく貢献した。火星沖海戦の英雄だ。
「皆さんもご存知の通り、メ号作戦が成功しキリシマが帰還しました」
メ号作戦が成功した?
「ちょっと待て! メ号作戦はキリシマを残して全滅、失敗したはずじゃないのか!?」
「メ号作戦は戦術的敗北と引き換えに、戦略的勝利を得ています」
戦略的勝利だと? 艦隊を犠牲にして、一体どんな勝利を得たと言うんだ。
「皆さんもイズモ計画の噂くらいは耳にした事があるでしょう。本来の皆さんの役割はイズモ計画、そのサブプランのクルーです」
「サブプランとはなんだ。まさか私達も地球を脱出するのか?」
「当初のプラン、クマノ計画ではそうでした」
でした、と言う事は今は違うと言う事だろう。
「計画を説明する前に、まずはこちらの映像を見てください」
そう言ってスクリーンに映し出されたのは、イスカンダルのスターシャからのメッセージだった。
遠く十六万八千光年離れたイスカンダルには、ガミラスにより荒廃した地球を元に戻すシステムがある。それを取りに来るために、地球とイスカンダルを往復しろ。そのために必要なエンジンの設計図は渡した。要約するとそんなところだった。
「一年前に技術供与された次元波動エンジンには、起動に必要なコアのデータがありませんでした。それを確実に受け取る為に行われた陽動作戦が、メ号作戦です」
陽動作戦だと? それなら、それなら真冬姉さんは!
「私の姉宗谷真冬は、第一艦隊所属の駆逐艦弁天の艦長でした。姉は作戦が揺動である事を知っていたのでしょうか?」
「……作戦は沖田提督と、旗艦キリシマの一部乗員以外は把握していませんでした」
何も知らずに姉さんは死んでいった。その事実に打ちのめされそうになる。
「死んだ戦友達に報いる為にも、人類は立ち止まるわけにはいきません。メ号作戦により波動コアの受け取りは完了しました。これによりイズモ計画は、イスカンダルに向かうヤマト計画に変更となります」
地球を再生する為にイスカンダルに向かう。だけどそれがどうしたと言うんだ。私はイズモ計画のメンバーに選抜されてすらいない。
「同時にサブプランであるクマノ計画も凍結。ヤマト計画に統合され、計画艦ヤマトのイスカンダルへの旅路に同行。これを援護します」
「ちょ、ちょっと待ってよ! イスカンダルって片道だけでも十六万八千光年もあるんでしょ? イスカンダルから技術供与を受けたヤマトはともかく、他の船でそこに行けるの?」
問いかけたのはポニーテールの三尉だった。
「次元波動エンジンは一つではありません。最初にユリーシャ・イスカンダルが、地球に来た際に乗ってきた宇宙船。ヤマトのものよりやや小型ですが、これにも次元波動エンジンが使われています」
スクリーンが切り替わり、映し出されたのはドックに入った、どこか違和感のある磯風型駆逐艦の画像だった。
「これは元々駆逐艦の指揮を担当する、嚮導艦として建造されていた新造艦です。これにユリーシャが乗ってきた宇宙船のエンジンを無理矢理取り付け、光速での航行を可能としました」
磯風型の形をしているのは間違いない。だがやはりどこか変だ。その疑問に答えたのは、真っ白な髪をした二尉だった。
「大きい」
一緒に映る人に対して、磯風型駆逐艦があまりにも大きすぎる。おそらく通常の磯風型の倍くらいあるんじゃないだろうか。
「区分は嚮導駆逐艦ですが、サイズは村雨型宇宙巡洋艦以上です。主砲も二十サンチ連装陽電子衝撃砲塔三基。二十サンチ陽電子衝撃砲二基と、駆逐艦にしては巨大です」
通常の磯風型が十二センチの主砲。村雨型で二十センチだから、本当に巡洋艦並みの艦だ。
「艦名をハレカゼ。この艦でヤマトの旅路を掩護します。当然、優先すべきはヤマトです。生存率は高くないでしょう。地球に帰ってこられない事も考えられます」
優先すべきはヤマト。つまり私達は最悪の場合、捨て石にされる事もあり得ると言うことか。
「強制はしません。地球に残りたい人は残っても構いません。明朝、
岬明乃
2176年7月20日 誕生
2180年 第二次内惑星戦争で両親を失う。
2184年 両親の友人が養子として引き取る。
2192年4月1日 実の両親の姓で、宇宙軍士官学校入学。
2196年3月31日 宇宙軍士官学校を次席で卒業。同日付で戦艦キリシマ航海士に。
2198年2月20日 第二次火星沖海戦に戦艦キリシマ航海長として参加。その功績により一等宙尉に昇進。
同年3月12日 晴風艤装委員長に。三等宙佐に昇進。
2199年2月20日 宇宙嚮導駆逐艦ハレカゼ艦長兼クマノ計画最高責任者に任官。二等宙佐に昇進。