それは今から四時間前、銀河系を脱出する最後のワープを終えた直後の事だった。突如ヤマトの左舷中央部に魚雷が命中。所在不明の敵から逃れるため、私達はヤマトと共に原始恒星系の星間物質に逃げ込み、息を潜めていた。
「敵空間魚雷、微惑星に着弾しました。距離は二千九百」
「また探りを入れて来たか」
「だ、だけどこの中にいれば、敵に見つかる事はないよね」
「けどそれだと敵を倒せないじゃん」
もうかれこれ四時間は、じっと息を潜めている。その間敵の位置を特定しようと、あらゆる機器を総動員しているが、敵がどこから攻撃して来ているのか分からない状態だ。
「敵を倒す必要はないよ。探りを入れ続けていれば、いずれ魚雷も尽きる。それまで待てばこっちの勝ちだよ」
「ですが我々はイスカンダルへの旅路を急がないとなりません。あまり長くここに拘束されるようでは……」
「そうだね。できる事なら、ヤマト側でどうにかしてくれると助かるんだけどな。ハレカゼより装備がいいしね」
ヤマトはハレカゼから少し離れたところで、より大きな微惑星の影に隠れている。念の為通信管制を敷いているから、お互いの様子は一切わからない。
『こちら気象観測室。さっきからずっと、微弱な次元振が起きてるぞな。これって何か関係あるぞな?』
ここまで長時間動きが無いと、戦闘中はそれほどやる事のないはずの勝田三尉でさえ何か仕事を見つけ出してくるようだ。さっきは珍しく主計長の等松二尉が食事を運んできたし、戦闘に関係のない部署は随分と暇をしているのだろう。
「艦長、もしかして敵は次元空洞を任意に行き来できるんじゃ無いでしょうか」
「そんな馬鹿な。次元空洞というと、ヤマトが囚われていた次元断層の事だろ。そんな事ができるなら、ガミラス艦は次元空洞に囚われたりしないはずだ」
次元断層には、ヤマトの他にガミラス艦も閉じ込められていた。波動砲を用いて次元断層から脱出する際、彼らと協力したようだが、もし本当に自由に行き来できるのならヤマトと協力なんてしないはずだ。
「全ての
「しかしそんな都合のいいものが……」
「そんなものが無いと考える方が、都合のいい考えだよ」
艦長は納沙二尉の考えに賛成のようだった。
「その説を百パーセント信じるには、根拠は薄いかもしれない。だけど、現状一番可能性が高いのはそれだよ。一先ずここは、敵が異次元に潜っていると仮定して動こう」
異次元を潜る
「艦長、三時方向に星系外へと転進して行く艦影があります。エンジンの波長にガミラス艦特有のものがあるので、おそらくガミラス艦です」
という事はつまり、我々は根比べに勝ったという事だろう。
「こ、これでようやく一息つけるよ」
「全くだ。ガミラスの奴ら、随分と粘ってくれた」
皆口々に安堵の言葉を漏らす中、艦長だけは油断していなかった。
「まだだよ。まだ終わっていない」
「ガミラス艦は星系外に転進したんだよ」
「レーダー上ではね」
「艦長はこれが偽装だって考えてるの?」
偽装か。ありえない話ではない。だがそれを見破る手段を私達は持っていない。
「ココちゃん、星系外に向かったガミラス艦の数は?」
「一隻です」
「ならダメだね。あらゆる可能性を考えると、これで敵が去ったと考えるのは早計すぎるよ」
「あらゆる可能性というと……」
「エンジン波長を出しているだけのデコイの可能性もあるし、敵の交代艦が来たから引き下がっただけの可能性もある。そもそガミラス艦が一隻しかいない根拠は何?」
予想以上に多くの可能性が艦長の口から話され、私は自分の軽率さを恥じた。副長でありながら、あまりにも油断しすぎだ。
「では艦長はどうするのが最善だと考えますか?」
「ヤマトなら色々と取れる手段があるんだけどね。ハレカゼだと追加で数時間粘るくらいしか手が無いかな」
「わ、ワープ機関のサブシステムをトランスデューサーに転用できないかな」
ワープ機関のサブシステムというと、艦首に装備されたアレか。だが転用とはどういう事だろうか。
「ヤマトが次元断層で得たデータを参考にすれば、次元境界面を超えてピンガーを打てるんじゃないかな」
なるほど、つまりはアクティブソナーか。確かにそれなら敵艦がいるのか確認できる。
「やりましょう艦長。知床二尉の作戦なら、敵の所在を確認できます」
「確認してどうするの?」
敵を攻撃する、と言いたいところだが敵は異次元にいる。こちらの攻撃は届かない。むしろピンガーを打った事で、こちらの位置が露呈し、今よりもさらに危険な状態になるかもしれない。
「ヤマトの新型亜空間ソノブイが使えれば話は早いんだけどね」
「亜空間ソノブイですか。確かにあれも原理は同じですが、この宇宙塵です。投下するための機体を危険に晒す事になります」
「だけどその危険を冒す価値はある。これはただの感想でしか無いけど、四時間も粘った敵が簡単に諦めるとは思えないよ。きっとまだいる」
四時間か。ヤマトの発見にかけた時間も含めたら敵はかなり長い時間、宇宙を彷徨っていただろう。そう考えると、たしかに四時間程度であきらめるとは考えにくい。
「ヤマトは亜空間ソノブイを投下するでしょうか」
「沖田提督ならすると思うよ」
「艦長、ヤマトからピンガーが打たれました」
珍しく艦長の予想は外れた。ヤマトは危険を顧みずピンガーを打った。
「ココちゃん、警戒を厳に」
「ヤマトが移動を開始しました。同時に艦載機の発艦を確認」
「我々はどうしますか、艦長」
敵艦を見つけたから動いたのか、それとも敵艦が見つからなかったから動いたのか。それによってハレカゼの行動も変わる。
「沖田提督なら、敵艦がいないと仮定してピンガーを打ったりしない。何か考えがあってピンガーを打ったはずだよ」
「その考えとは、なんなんでしょうか」
「私はヤマトの艦長じゃ無いからね。全ての装備を知っているわけじゃ無いからわからないよ」
「艦長、ヤマト後方に魚雷
納沙二尉の言葉で艦橋に緊張が走った。
「ヤマトはどうなった?」
「おそらく直撃はしていません。ですがかなり近くで爆発したようなので、なんらかのダメージはあると思います」
「艦長の予想が外れましたね」
艦長に視線を向けると、珍しく驚いた様子で首を傾げていた。私の様子に気がついた艦長は、小さく咳払いをすると言った。
「死中に活を求めるのは沖田提督らしいよ。だけど逃げるのはらしく無いね。あまりにも無策すぎる」
「沖田艦長がミスをなさったのでしょうか?」
「ミスならまだいいんだけど……」
艦長は何かを案じるかのように目を伏せた。
「何か懸念があるんですか?」
「今は考えないでおくよ。それより、ヤマトを援護しようか」
「援護と言いうと具体的に何をするんですか?」
「ココちゃん、ピンガーを打って」
ヤマトはピンガーを打ったから、ガミラス艦に見つかった。ピンガーを打っても、反撃手段がないのなら同じ轍を踏むだけだ。
「ハレカゼに反撃手段はありませんが」
「ヤマトは逃げるので手一杯になって、ピンガーを打つ事ができていない。ハレカゼで索敵だけでも肩代わりしよう」
『こちらシーガル。シーガルよりヤマト及びハレカゼ。これより亜空間ソノブイを投下する』
シーガルと言うと、ヤマトに載せられている輸送機か。この声はヤマトの古代戦術長だな。
『やっぱりあなたね! 何勝手なことやってるの!!』
勝手な事? つまり古代戦術長は、命令違反を犯してまでシーガルを発艦させたと言うことか。
「どうしたんですか艦長。笑ったりなんかして」
「いや、なんでもないよ。ただ……ふふっ」
艦長は肩を震わせ笑っていた。私達にバレないように声を押し殺していたが、私にバレたと見るや大声で笑い始めた。ひとしきり笑うと、彼女は目元の涙を拭った。
「ごめんみんな。あまりにも面白くて」
何が面白かったのか。そう聞きたいのは山々だが、今は戦闘中だ。
『こちらシーガル。こちらから魚雷出現予想点を送る。それに従い迎撃されたし』
どうやら亜空間ソノブイは上手く機能しているようだ。
「ハレカゼも魚雷迎撃に協力するよ。機関始動、ヤマトに合流せよ」
艦長の奇行で艦橋内は変な雰囲気のままだが、それでもハレカゼは動き出した。
「魚雷の出現予測地点はハレカゼの射程圏外ですね」
「ヤマトとは随分離れているからね。仕方ないよ。今は追いつく事を第一に考えて」
ヤマトは敵艦から逃れるために、随分と動き回った。さっきまではほんの近くにいたのに、今では随分と離れた位置にいる。
「ヤマト魚雷の迎撃に成功しました」
これまでと違い、今度の攻撃はうまく迎撃できた。この調子で迎撃を続けて、敵の魚雷を使い切らせる事ができれば私たちの勝利だ。
『こちらシーガル。ヤマト後方四時に、敵のプローブらしき物体を発見。これより座標を送る。これを叩けば敵の目を潰せます』
「タマちゃんこっちから狙える?」
「微惑星が多くて無理」
「ヤマトに撃ってもらうしかないか」
敵のプローブがどれほどの大きさかは分からないが、これまでレーダーに探知されていないあたりかなり小さいのだろう。果たしてヤマトの攻撃で撃ち抜けるのだろうか。
「ヤマトの主砲発射を確認しました」
「命中したのか?」
「不明です。しかし座標の地点を正確に打ち抜きました」
『こちらシーガル。敵のプローブの破壊を確認。これよりヤマトに帰投する』
その報告に、漸く肩の力が抜けた。四時間を超える激闘は、想像以上に精神的な疲れを齎していたようだ。
『こちらヤマト副長真田だ。これよりヤマトは最大戦速で現宙域を離脱。星系を離脱後、ワープで敵を振り切る。ハレカゼにもワープ座標のデータを送る』
「こちらハレカゼ艦長岬です。念の為ハレカゼはヤマトとは別ルートで星系を離脱し、ワープ先での合流を目指します」
『了解した。無事を祈る』
別ルートを取るのは、敵が浮上して追撃してきた事に備えるためだろう。岬艦長らしい、慎重な立ち回りだ。
「ハレカゼ最大戦速。直ちに現宙域を離れる!」
小笠原光
2181年11月1日 誕生
2197年4月1日 国連宇宙軍入隊。宙士。巡洋艦アブクマ第一砲塔砲術士
2198年2月20日 第二次火星沖海戦に参加。宙士長。
2198年12月24日 技術開発部兵器実験室。宙曹。
2199年2月11日 宇宙嚮導駆逐艦ハレカゼ第一砲塔運用員