ハレカゼ艦橋では、不思議なラジオ視聴の機会が設けられていた。
『亜空間ソナーに感なし。次元境界面にさざなみは立ってない』
『ヤマト進路場に例の
試作した亜空間ソナーを搭載した、百式偵察機による対潜哨戒任務。ヤマト戦術長の古代一尉と船務長森一尉による任務は、通信の切り忘れで通話が筒抜け状態になっていた。
「艦長、古代戦術長達に伝えなくていいんですか?」
「彼らはヤマトの指揮下にあるからね。ヤマトが教えてないのに、私達がわざわざ伝える必要はないよ」
艦長は真面目な顔をしているが、面白がっている事は明らかだ。試作機の運用という事で、艦長は艦橋に様子を見にきていたが、別にずっと立ち会う必要はない。なのにここにいるのは、面白がっているからに他ならないだろう。
『ねぇ、古代くん』
『何?』
『良い機会だし、操縦交代しない?』
『ダメ』
森船務長の可愛らしいおねだりは、無情にも却下された。その反応に、艦橋では小さな笑いがおきた。
『哨戒任務も終わったし、良いじゃない』
『大事な機体を失いたくない』
『それ、どういう意味!?』
『いや、そのまんまだけど』
よっぽど森船務長の操縦が下手なのか。それとも仲の良い二人がじゃれあっているだけなのか。
『古代一尉、船務長命令。操縦を渡しなさい』
『戦術長権限で、お断りします』
『あなた、この前の一件で戦術長権限停止中でしょう』
『あ、それ言っちゃうわけ』
『言っちゃいます』
この前というと、独断専行で亜空間ソノブイを投下した件の事だ。ハレカゼにも先日、古代戦術長の権限が停止中だと言う通達が送られてきた。
漸くヤマトが通信が筒抜けな事を伝えると、焦った様子で通信は切られた。
「せっかく面白くなりそうだったのに、残念ですね」
「趣味が悪いぞ、納沙二尉」
「えー、しろちゃんだって黙って聴いてたくせに」
「うるさい。というか、勤務時間中は副長または宗谷一尉と呼べ」
いつだったか彼女の好きな、仁義のない映画を一緒に見て以来、定期的に鑑賞会が開かれている。そのせいか納沙さんには妙に懐かれている。
「それにしてもあの二人、怪しいですよね」
「古代戦術長と森船務長がか? 何も怪しいそぶりなんてないが」
「どっからどう見ても怪しいじゃないですか。あの感じ、付き合ってるんじゃないですか?」
「他人の恋愛事情に首を突っ込むのは感心しないな」
ハレカゼより大きいとは言え、ヤマトには様々な設備がある。人が自由に生活できる空間は案外少ない。そんな狭い艦内にあれだけの男女がいれば、恋愛の一つや二つ起こり得るだろう。
「だってハレカゼじゃあ男がいないから、恋愛が身近にないじゃないですか。こう言う機会に楽しまなきゃ損ですよ」
「古代戦術長と森船務長も可哀想に。恋愛ぐらい自由にさせてやれ」
「そう言えばしろちゃんは、物資のやり取りで古代戦術長とよく話してますよね」
古代戦術長とは、一週間に一回ほどの頻度で通信を行う事にしている。基本的にはハレカゼ側の物資の過不足を補うためだ。
「この間の通信、随分と楽しそうでしたよね」
この間と言うと、異次元に潜る敵と戦った後の通信か。
「世間話くらいはするさ」
古代戦術長は、この間の一件で戦術長権限を停止された。だがハレカゼとのやり取りは、戦術長ではなく古代一尉個人に対する命令であるとして、継続するよう命令されていた。お陰で暇な時間が減って助かると笑っていた。
「面白くないですねぇ。万里小路さんもそう思いませんか?」
今砲雷長席に座っているのは、交代要員の万里小路准宙尉だ。
「恐れ入りますが。年頃の男女が通信をしているからと言って、必ずしも恋愛には発展しないと思います」
「万里小路准宙尉の言う通りだ」
全く、納沙さんの豊かな想像力には困ったものだ。
『何だこれ? 歌? 歌だ、歌が聞こえーー』
『どうした相原。ヤマト、応答せよ。ヤマト!』
突如として途絶えたヤマトからの通信に、古代戦術長の焦った様子で呼びかけた。
「ココちゃん、ハレカゼからもヤマトに通信を送って」
「了解しました」
突然の事態にも動揺せず、艦長は冷静に命令を下した。納沙さんがヤマトに呼びかけるが、やはり応答はない。
「か、艦長、ヤマトが変です」
知床さんの言葉に、前方に目を向けるとヤマトが回っているのが見えな。
「ど、どう言うことなんだ?」
見たところ機関は停止され、そのまま縦に回転している。
『ハレカゼ、こちら古代。ヤマトにて非常事態発生。格納庫にもアクセスできない。岬艦長の支持を請いたい』
「こちらハレカゼ艦長岬。古代、森両一尉は非常用エアロックより内部に侵入、内部を確認して可能なら事態の解決に当たるよう要請します』
『了解』
まるで予期していたかのように、いや実際予期していたのだろう。取り残された古代戦術長達が、この艦隊の先任である岬艦長に支持を請う事を。だからこんなにも早く決断を下せた。
「ハレカゼからも増援を送るべきではありませんか?」
「彼らからその要請があればね。だけどハレカゼからの増援でどうにかなるとは考えにくいかな。それで解決するなら、今ヤマトはああなっていない」
反乱でも起きたのか、それともガミラスの攻撃か。沖田艦長が無事なら反乱何で起きるはずが無いと断言できる。正直あの人に対して、反乱を起こそうなどという気は起きない。だが先の先頭で、沖田艦長は緊急施術を受け今も療養中だ。今ならそれもあり得る。
反乱かガミラスか。いずれにせよヤマトを制圧できるのなら、ハレカゼでどうにかなる相手ではない。しかしそれなら何故艦長は、二人を向かわせたのだろうか。
「二人を向かわせた理由は何ですか?」
「偵察だよ。中をを確認しない事には、判断を下せないからね。ヤマトをよく知る二人が適任だよ」
ヤマト艦内に詳しい者は、ハレカゼにはいない。あったところで迷って役に立たないだろう。だがもしこれで、二人まで制圧されてしまっては、もうヤマトを助ける手段がなくなってしまうのではないだろうか。
「ヤマト、通常航法に復帰しました」
「どうやら二人は上手くやったみたいですね」
「それはどうかな。こんな短時間で、ヤマトのコントロールを奪取できるとは思えないけど」
「確かにそうですね。ヤマトに通信で呼びかけますか?」
あの二人は拘束され、反乱者達によるヤマトの乗っ取りが成功したのかもしれない。いや、その可能性の方が極めて高い。
「リンちゃん、ハレカゼはヤマトの後方、艦尾やや下の位置につけて。距離はできる限り近づけて」
艦長はヤマトが攻撃してくる可能性も考慮しているのだろう。その場所は、ヤマトが主砲で狙う事も、魚雷で狙う事もできない場所だ。艦底部にはミサイルがあるが、距離を詰めておけば自爆を恐れて使えないだろう。
「艦長、ヤマト応答ありません」
それは、古代戦術長達が失敗した事を意味する。
「総員第一種戦闘配備」
「艦長、それはつまり……」
その命令はヤマトを敵である可能性が高いという、艦長の考えを何よりも物語っていた。
「ハレカゼではヤマトを沈めることはできません」
波動防壁がなければ、当たりどころによっては主砲でもダメージを与えられるだろう。ダメージが蓄積すれば、撃沈も不可能ではない。しかしそれは、ヤマトが無抵抗で攻撃に晒され続けると言うのが大前提だ。
「魚雷ならヤマトを沈める事も可能だよ」
「た、確かに魚雷が全弾当たれば、主砲よりは簡単に沈める事ができます。ですが、それは同時に人類の希望が潰える事も意味するんですよ」
心情的には沈める事は避けたい。だが同時に、今のままではその目的の完遂も困難な事は理解できる。
「何者かに乗っ取られたヤマトが、イスカンダルへの旅路を続けてくれる保証はどこにも無い。それはわかっています。ですがだからと言って、安易に沈めるのはどうかと思います」
「ヤマトの進路は、既に当初の航路から外れています。それと艦長、ヤマトエネルギー反応にワープをする兆候があります」
ワープをされては、その行き先を特定する事は今の人類では不可能だ。いつまでも話し合っている時間は無い。
「タマちゃん、魚雷の発射準備に入って」
「本気ですか艦長!」
「ワープの妨害ができればいいの。沈める必要はないよ。照準をエンジンルーム付近に合わせて」
撃つのが好きと公言してやまない西崎三尉も、ヤマトを撃つのには躊躇いなくある様子だった。いつもよりゆっくりと照準がなされている間に、納沙さんより続報が告げられた。
「ヤマトワープします!」
納沙さんの言葉に反して、ヤマトはワープしなかった。波動エンジンが停止し、ヤマトは停止した。
「どういう事だ?」
「古代戦術長達が上手くやったんでしょうか?」
「分からない。けどしばらく様子を見よう」
暫くの間、ヤマトの機関は停止し続けていた。だが突如としてエンジンに火が灯り、ヤマトは動き出した。
「……撃沈しますか?」
「ココちゃん、ワープの兆候は?」
「今の所ありません」
「ワープをする前兆があれば、即座に魚雷を発射するよ」
今度はしっぱいしない。そんな艦長の決意が感じられる一言だった。だがそれは、嬉しい事に徒労に終わった。
『こちらヤマト。ヤマトは敵のコントロール下からの脱出に成功』
通信を寄越してきた森船務長に、私は思わず椅子にしなだれかかった。背筋には嫌な汗が流れ、今すぐにでもシャワーを浴びたくなる。
「ヤマトで何があったんですか?」
『詳細は不明ですが、おそらく敵の攻撃です。ヤマトを何処かにワープさせ、そのまま拿捕しようとしていたようです』
「敵の捕虜などは得られましたか?」
『それが、影も形もないんです。おそらく撃退は出来たのですが、まるで幽霊みたいに消えてしまって……』
幽霊のように消える。そんな事があり得るのだろうか。異次元に潜る艦を作るガミラスだ。我々にとってはあり得ないことが、奴らにはできる。地球側の物差しで考えるのはよした方がいいかもしれない。
『可能であれば、ハレカゼより鏑木医師を派遣してもらえないでしょうか。敵の攻撃の影響がないか、医師による確認が必要なんです』
ヤマトには医師が一人しかいない。衛生科もいるが、医師による確認の方がより安心だ。
「分かりました。こちらから鏑木医師と宗谷副長を派遣します」
当然のように私も同行する事になったが、私はヤマトとの窓口だ。行くのは当然だろう。素直に準備を始め、一時間後にはヤマトに乗り移っていた。
武田美千留
2182年1月11日 誕生
2197年4月1日 国連宇宙軍入隊。宙士。巡洋艦アブクマ第二砲塔砲術士
2198年2月20日 第二次火星沖海戦に参加。宙士長。
2198年12月24日 技術開発部兵器実験室。宙曹。
2199年2月11日 宇宙嚮導駆逐艦ハレカゼ第二砲塔運用員